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 翌日、オレは志野田さんにその後の穴の様子を聞こうかと思ったが、部員たちのあの過剰反応振りを思い出して止めた。下手に刺激して穴埋め後の確認が出来なくなると困る。

 いや、オレは別に困らんのか。ちゃんと定着してれば研究会の連中にとっても問題なしだし。ううむ。いやいや、違う、オレの好奇心と穴埋め趣味にとって困る。うむ。困る困る。

 という考えで、教室ではオレからは何も言わなかった。が、志野田さんと片瀬は微妙に違った。

「ねえねえねえ、昨日の穴って本当に穴に見えたの? っていうか、えーっと、穴だけ見えたの? 何か他に見えなかった?」

「お前、本当に穴にしか見えないのか」

 相変わらず意味不明な事言うな、網女っ。なんだよ、その非難がましい目は、網男っ。

「深さ約1センチの穴以外のなんだというのかっ。見えるっつったら地のコンクリ以外あるか……?」

 昨日の穴を思い浮かべて言ったのだが、そういえば何故いつもオレがどうしても埋めたくなる穴は黒いんだろうな。表面のセメントが剥がれた後とか、ほじくった痕ってのは白っぽいか、又は灰色だよな。だけど昨日のといい、やたら気になる穴ってのは揃いもそろって黒い。ペンキでも塗りたくったような黒っぷり。よく考えてみると、なんかヘンか?

 思わず黙ったオレに、なんだか嬉しそうな顔した網女がずいと乗り出してきた。

「あっ、なんかみたんでしょっ。そうでしょう。白状しなさいよーっ!」

「何も見てないっ。単に壁が黒かっただけだっ。だいたい昨日の大人数の『えへっ』はなんだ。気色悪いだろうが!」

 白状ってなんじゃい。ちょっとムカッの為、微妙にずらして攻撃してみる。

「やっぱり数で勝負してもダメだったな。そもそもこの会話が成り立ってる時点でアウト」

「そ、それは。先輩たちに言ってもらわないと。実際にやってみないと先輩達も納得しないし」

 網男は腕組んでもっともらしく頷き、網女はしどろもどろ。先輩が納得? はぁ? 本当に相変わらず分からん連中だ。

「いいかげん、えへっとか、研究会の活動内容を白状する気にならんのか、お前らは」

 二人ともそっぽ向きやがった。まあ期待はしちゃいねーけどな。どーせコイツら下っ端だしっ。

「ともかくさっ、放課後は部室に来てみてねっ。ねっ」

 言われなくても行ってやるわい。



 放課後ってのは案外早くやってくる。あっという間に六時限目が終わって、運動部の連中はすっ飛んでいった。一年の下っ端は上級生より早く現場について、セッティングなりしなきゃいけなくて大変だよな。

 うちの学校の部活に関して言えば、鉄拳制裁とか、陰湿ないじめっぽいペナルティがあるという話は聞かないが、全体が「オモシロ至上主義」をモットーとしているために、時に愉快な罰を受ける場合があるとかないとか。

 実際何をやってるかは知らん。ただ罰を受けた奴も、与えた上級生も笑っていることは確かで、同時に「爆笑もんだけど、二度とやりたくねー」と思っているようだ。いったい何だろね?

 今日は掃除当番ではなかったため、走って研究会の部室に行った。扉に手をかけると、あっさり開いて、中には片瀬が丁度かばんをテーブルに置いたところだった。

「よう」

 軽く挨拶して、堂々と中に入ってみる。特に何も言わないから、オレも片瀬かばんの隣に自分のを置いて、埋めた穴のところに行って目が点になった。

 セメントにさわらないようにする為なのか何なのか、穴に被せるようにポリか何かの底抜け盥が壁に張り付いている。布ガムテープでがっちがちに止めてあって絶句した。

 盥は元々底が抜けていたのか、通気乾燥を気にしてわざわざ開けたのか分からんが、空洞の底には虫取り網と同じ素材っぽい虹色網を張ってあった。なんで?

「片瀬。アレはなんじゃい」

「えへっ」

「やる気のないえへっだなあ、おい」

「答えようがないんだっ」

 片瀬はちょっとトイレに行ってくると、肩を怒らせて出て行った。

 丁度いい。オレは盥をひっぺがした。セメントの状態を確認する。

 大体乾いてはいる、が、中心あたりがなんか弛んでるよなあ。ってか、よく新聞紙ごとセメント落ちずにいるよな。面白いな。うーん。やっぱりちゃんと剥がして塗りなおした方がいいよな。ヨシ。また新聞紙剥がすとうるさそうだから、まだ人が来ないうちにやるか。

 オレはヘラを取り出して、周囲のセメントを軽く落として新聞紙のはしを露出させた。そこから一気に引っぺがした。セメントの大部分は新聞紙の上だから簡単なもんだ。

「あれ?」

 新聞紙の下の地を見てオレは眉を寄せた。普通にうっすらグレーかかった白だ。

「なんで黒くないわけ?」

 オレが昨日見た時は確かに黒かった。真っ黒だった。なのに今目の前にあるのは普通に白だ。そんなこと、あるわけないが、もしや新聞紙に黒色が吸着してやしないよなと、セメントがついてない面の新聞紙を見たが、べつに黒くはなっていない。なんだそりゃ。

 少々混乱したが、壁面の地のほうは特に不自然な凸凹も汚れもなく、触っても、ただただ普通のコンクリだ。

「……。ま、いっか」

 志野田さんとの会話を思い出して、本当に「まいっか」でスルーするのはどうなんだろうかと、がらにもなく思ったが、目の前に普通の色のコンクリがあるわけで、どーしようもない。

 そこへ片瀬が戻ってきて「うおっ」とくぐもった声をだした。

「おまえ、剥がしたのか!」

 驚愕した顔してるよ。やっぱり他の部員がいないとき狙って剥がしたの正解だな。

「あのな、そもそも新聞紙の上から埋めようってのが間違ってんの。これから塗りなおしてやるから安心しろ」

 片瀬は無言で金庫を開けて虹色網(柄がついてない、丁度1メートル正方形の形)を取り出して、せっせと穴に上から被せて貼り付けた。ふーっとため息をついて苦笑いでオレを見た。

「嵐~、心臓に悪いことしてくれるなよ。ここにいるのが部長だったら怖いことになってたぞ」

 なんで?   

「別になんの変哲もない普通の壁だぞ。よく見て触ってみろよ、綺麗なもんだぜ」

 オレに言われて片瀬はマジマジと穴を見る。でも触らない。

「予想してないわけじゃなかったが、本当に普通の壁に戻ってる……」

「じゃ、オレはセメント貰いにいってくるわ」

 呆然としている片瀬を残して、オレは部室を出て行った。


 部室にもどってみると人が増えていた。数人がいかにも怖々と穴を覗き込んでいる。なんじゃらほいとそのまま観察していたら、いくらか大胆になって網の上から指でつんつんと突いていた。

 片瀬はと見ると網に手をかけていかにも取りたそうだ。

 あいつはクールそうな外見に反してかなり好奇心が強いからなぁ。本音としてはべったべたさわりたいに違いない。

 オレは片瀬の肩をポン。にやぁーりと笑った。

「はいはい、穴をふさぎますよー。どいてくださーい」

 言うなりオレは網をばりっと剥がした。

 ……だからといってそんなあからさまに飛び離れなくてもさあ。穴を覗き込んでた部員たちは「ぎゃあ」とも「ぐう」ともつかぬ声を上げて、半径一メートルは離れたのだ。

 片瀬もちょっと引いたが踏みとどまり、いそいそと穴埋めの準備をするオレの横に並んで手元を覗き込んだ。

「お前も塗るか?」

 言ってみたのだが、首を振った。

「さすがにそこまで思い切れん」

 なんだいそりゃ。

 オレは穴を触ってみた。背後で息を呑む気配。昨日黒かったはずの穴はやはり今日は白っぽい灰色。黒い色の欠片も見当たらない。まったくなんだろな。でもまあ感触としては別に普通。だから普通に壁を塗り始めた。

 オレが穴を埋めている間に見物の部員が増えて行く。いつの間にやら背後に昨日の大きい網を広げ持って控えているうえ、勝手に背後でわいわい話してるし。

「すごいな、本当に穴がふさがったぞ」

「片瀬、お前のクラスメイトはなんでうちの部員じゃないんだ」

「先輩、俺のクラスメイトじゃなくて、志野田さんのクラスメイト。勧誘許可がおりてないんですよ」

「なんでだ。えへっは効かないし、これだけ出来て部員じゃありませんじゃ、おかしいだろう」

 穴埋めなんぞ、材料と道具があれば誰でも出来るだろうが。そんなにこの会の連中は不器用なんかいな。

「そういわれても、こいつはアレが見えてるわけじゃないし、穴埋めにしたって今回初めてわかったんですよ。志野田さんは結構部長に食い下がってたけど、えへっが効かないだけじゃ単に特異体質なだけだろうから、勧誘の許可はだされなかったんです」

「お前の親友はわけわからんな」

「まあ、知り合ってからまだ三ヶ月ほどしか経ってませんから、親友といってもまだまだ知らないことが多いんですよ」

 この網男っ、勝手に親友にすなっ! 抗議すると、二年生の方は

「は? クラス違うんだろ? なのに片瀬と遊んでるのをよく見るから、きっと親友なんだとばかり」

「おれもよく見るわ、お前ら。また目立つし。よくアホなことやってて楽しそうだよなあ」

 なぜっ。目をむいて片瀬を見れば、しれっと肩ぽん。

「実際、気が合うよな。嵐といると色々面白い。今回はこんなかくし芸があったしな」

 きーっ!! 勝手にオレをあだ名で呼ぶなっ。オレは嵐山だーっ。悶絶するオレを尻目に、網男集団の会話は続く。

「やっぱこいつは研究会に入れよう。おれらも部長に掛け合ってやる」

「うんうん。オレも推薦。いつも面白そうなことやってんじゃん。この間の壁のぼりもコイツらだろ? 部会があって参加できなくて片瀬、くやしがってたもんなあ」

 うわーっ。なんでそうなるんだ。部長にって、なんでだ。いらん。推薦なんかすなっ。

「入れば紙粘土代が支給されるんじゃねー?」

「紙粘土だの、新聞紙だので穴がふさがるってすごいよな。そもそも穴が見えるってのが珍しい」

「おれも初めて見た。そんな奴いるんだなー。おまえ、絶対部員になれ」

 なんでオレが! しかしオレはふと思った。「研究会」なのに、何故「部長」。「会長」と言うべきじゃねーの? んで、「部員」じゃなくて「会員」じゃないのかね?

 疑問に思いはしたが、好き勝手言う背後にオレはもう何も言う気にならずにひたすら穴埋めをした。

 ぺたぺたぺた。もうすぐ塗り終わる。ぺたぺたぺた。そういえば志野田さんの姿はまだない。来れば多分騒ぐだろうからすぐにわかる。掃除当番終わらんのだな。ぺたぺたぺた。せめて彼女の表情豊かな顔を見て帰りたいぞ。

 ……は。何考えてんだ、オレは??

 あともう少しで終わりというところで、廊下からどたばた走る音がしたかと思ったら噂の部長さんが飛び込んできた。

「大きい網持ってきて!」

 そう叫ぶと、あっという間に虫取り網をひるがえして廊下を駆けてゆく。

 あっけにとられるオレを尻目に、網を広げてオレの背後に控えていた連中が表情を引き締めてサッと部長を追いかけて飛び出していった。それ以外の部員も虫取り網を手に取ると、ゆったり歩いて廊下に出て行く。

 片瀬はと見ると虫取り網を手にしながら、オレを見てなんか考えている。

「見える方法か……。案外難しいな」

「何言ってんだ?」

「しょうがない。ちょっと他の教室に寄り道していくぞ」

「ちょっとまて。オレも行くのか」

「研究会が何をしてるのか知りたいんだろ? 教えてやるから来い」

 なんだなんだ。どういうことだ。訳がわからんが教えてくれるなら行くしかないダロ。

「ついでにマスクしておけよ」

 一体何をやる気なんだ? オレは虫取り網を担ぐ片瀬についていった。途中の教室で持参のビニール袋に、黒板けしクリーナーからチョークの粉を入れていた。意味不明。



 研究会の連中に追いついた。指示する部長さんを中心に、虫取り網もって構えていたり、大きい網を広げていたり、とにかくわさわさしている。オレの前にいる片瀬はあちゃあとでも言いたげに、片手で目をおおっている。

「またデカイのが出たなあ」

 不信な顔をするオレに、片瀬は言った。

「嵐、この辺に穴、みえたりするか?」

 多分黒い穴のことだろうなあ。オレは周囲を見渡してみたが、大小含めてなさそうだ。

「部長! アレってどこか校舎内を移動してきたんですか?」

 オレの答えを聞いた片瀬は、部長にそう聞いた。アレって何だ。

「ええ。上の階に急に現れて、ここまで追いかけてきたの」

「穴って、ありましたか?」

 部長ははっとした表情をしたが、力なく首をふった。

「いいえ、よくわからないわ。そうよね、その可能性を忘れていたわ。昨日あんなことがあったばかりなのにね」

「仕方ないですよ。昨日のことも前代未聞だし、ソレの大きさもびっくりします。今から嵐と上に行ってみます」

「ええ、お願いね。まだ小さいのがいたから、志野田さんが残ってるはずよ」

「了解です」

 会話がさっぱりわからん。片瀬はいぶかしげなオレを引っ張って、上の階へと走っていった。

「よー、せつめいはー、どーしたー」

「ちゃんとしてやる。その前に上の階に穴があるかどうか見てくれ。多分それなりに大きいとは思う」

「それやれば白状するんだな?」

「昨日までは会に入ったところで居心地悪いだけだろうと思ってたから、志野田の意見に反対してたけどな。アレの意見が正しかったみたいだから、部長の説得含めてまかせろ。ま、今日の部室の壁と、これからの結果見ればあっさり認めるだろう。というか、無理やりにでも入会させられるだろう」

「なんのこっちゃ」

 でもまあ、今までうやむやにされていた回答を目の前にぶら下げられたオレは素直に片瀬についていった。


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