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案の定、昨日夕方に雨が降った。だけどそれは眠っている間に上がって、今日は雲ひとつ見えない完璧な快晴。気温はぐんぐん上がり、時折通り抜けていく風が心地よい。
今日の昼休みはコンビニに行った。食後のおやつを誰が買ってくるかのジャンケンに負けて、教師の目を掠めて近所のコンビニまでひとっ走り。これもまたスリルなレース。
スリル感がぐんと増したのは、学校を囲む塀の修理が始まったからだ。今までは校庭の隅っこの目立たないところに人が一人潜れるほどの穴が貫通していて、そこを出入りする通路にしていたのだが、いよいよ塞がれる事になったらしい。他にも塀には補修しないといけない箇所あって、そのへんすべてを直すようだ。
おかげでコンビニへの絶好のショートカットがなくなった。
穴と、穴のそばで休憩とってる職人さんたちを遠目に眺め、どういうルートで脱出しようか考えたが、ちょっとずれたところから素直に塀を登って突破することにした。
あ、セメントだ。穴を埋めるにはやはりセメントだよな。本当は校舎の壁もセメントなどで埋めたいもんだけど、扱いがなー。紙粘土みたいなわけにはいかんもんな。あ~、やっぱオレには紙粘土か。
オレは一人でぶつぶつ言いながら、こっそり塀を越えて往復した。戻ってきたときには汗だくだった。
隣に座る志野田さんも暑いはずだが、友人と楽しそうにはしゃぐ姿にそんな様子は窺えない。
そういえばさっき網男・片瀬が伝言ゲームしに来たときに、「おお、彼氏が来たぞ」と周囲がにやにやしていたら、昨日のオレとの会話を思い出したのだろう。志野田さんは彼女をつつく友人達を振り返り、憤然とした顔で断言していた。
「こんなの彼氏でもなんでもないからっ!」
まさに片瀬を蹴り飛ばさん勢いであった。いやあのまま教室に留まっていたら確実に蹴り飛ばされ、けちょんけちょんにされていたのではなかろーか。網女の新たな一面発見だ。案外乱暴なのな。
いつもの片瀬なら、オレとか、うちのクラスの「オモシロ主義者」と雑談して帰るのだが、このときばかりは恐れをなして逃げてった。
志野田さんは本気で片瀬と自分のカレカノ説を知らなかったのだろうが、おそらく片瀬は知っていたに違いない。このクラスの反応と、志野田さんの鈍感ぶりが面白くて黙っていたに違いないのだ。何故なら片瀬は「オモシロければなんでもおっけー」なオモシロ主義者だからだ……。
しかし彼女にとってそんな誤解はさぞ迷惑だったと思われる。何故なら片瀬って男はオレと違ってモテるからだ。背は高い、顔も良し。黙って立っていればクールな雰囲気で、ちょっと話しかけにくいがカッコいい所謂王子様キャラ。ち、羨ましい奴め。ま、カレカノ説を放っておいたのは女避けの効果を狙ってのことかもしれんけどな。それはともかく。
「あいつのおかげで私大迷惑してんだからーっ。しらない子に睨まれたり、嫌味言われたりする理由がやっとわかったわ。あいつのせいだーっ!」
だそうです。当分志野田さんの片瀬に対する風当たりは強そうだ。強風かもな。自業自得。
だが志野田さんの大騒ぎで誤解を解く女子がどの程度いるのかね~。しばらくこのまま騒いでおかないと信じてもらえんかも。実際会話してる姿は仲良さそうに見えるもんなあ。
本当にカレカノじゃねーのかぁ。
後でためしに片瀬に聞いてみると。
「違う。俺に彼女はいない。志野田に対して恋愛感情ゼロ」
なにも噛んで含むような言い方をせんでもいいですヨ。そーですか、断言ですか。
「志野田がオマエの彼女って思われてんの知ってたんだろ?」
「知ってたけど面白いから放っておいた。志野田が気づいてなくて面白かっただろ?」
そうだろうと思ってたよ。外見からはわからんが、中身はそういう奴だ。
「うわっひでー。なんか片瀬ファンの連中に意地悪とかされてたって話じゃん。どーよ」
「そこまで考えてなかったからなあ。それだけは悪かったとか思う」
うんうんと腕組んでうなずいているが、本当に反省してるんかいな。
「……おまえ慰謝料やんないと、当分蹴り飛ばされて鉄拳制裁されて血の雨が止まらんぞ」
あきれて言うと、片瀬はそっぽ向いて「うーん、ありえる。慰謝料三倍で足りるか?」とかなんとか。うなりながらどっか去っていった。
三倍……。志野田さんの怒りはかなり深そうだ。
片瀬にちょびっと同情しつつも、付き合ってないという事実にホッとし、ほっとする自分に愕然として落ち着かない気分を味わうハメに陥った。
「超絶ヘンな網女だぞ、あれはーーーっ!!」
オレの頭はただそれだけ。
放課後はあっという間にやってくる。
オレはポケットに手をつっこんで、昨日の続きをしようとまた校舎内をぶらぶらと歩き出した。
特別教室と文化部の部室が並ぶ区画に行くと、なんだか騒がしい。廊下に幾人か出て話をしているというか、揉めてるっぽいな。近づいてみると落語研究部と吹奏楽部の連中がにらみ合っている。その中で落研部の上級生の後ろでのんきそうに立っている顔見知りの一年生に声をかけてみた。
「ナニやってんだ?」
「おう、嵐山じゃん。散歩か」
「散歩じゃなくてボランティアなのだ。じゃなくて、吹奏楽ともめてるわけ?」
「おう、縄張り争いだな」
なんだそりゃ。
そいつの説明によると、もともと落研部が使っている部屋は落研部だけが使っていたそうなのだが、三年前に吹奏楽部員が増えて楽器を置く場所などが手狭になり、そのため楽器を置くのに少し場所を貸して欲しいということで、当初教室の四分の一ほどを貸し、パーテーションで区切ったのだそうだ。ところが、それから徐々に、徐々に吹奏楽部側がパーテーションを落研部側にずらして行き、今では五分の三ほどを吹奏楽部が占拠しているという。
今までも抗議したりしていたのだが、相手は撤退するどころか勢力拡大をし、果ては半分を超えたため、堪忍袋の緒が切れた落研部部長が吹奏楽部に怒鳴り込み、置いてあった楽器を片っ端から廊下に放り出したという。でまあ、現在のにらみ合いに至っているのだそうだ。
「はー。顧問はナニやってるわけ?」
「今病欠なんだよね~」
「どっちの顧問が」
「両方」
……まさか顧問同士で前哨戦やって相打ちして入院中とかいわんよな。
「いや、たまたま偶然病気。顧問同士は仲良いよ」
そもそもだから最初、吹奏楽部に場所を貸したんだという。
「うちの顧問もあっちの顧問ものんきだからさ、吹奏楽部の連中がうちの教室をじりじり狭くさせてるのしらないんじゃないか?」
ここまで露骨に詰め寄られて教室狭くなってんのに? 部長だって顧問には訴えてるだろうに。
「いやぁ、三年の間に徐々にだからさあ、あんましわかって無さそうだな。それに吹奏楽部の顧問は楽器置き場には来ないって」
吹奏楽部の顧問に限ってはそうか。荷物置き場には来ないか。しかし一体全体、落研部顧問て何者だ。いくらなんだって気づかないって(絶句)
「ん~、超お人よしの鈍感、天然だから」
そういう問題なんだろうか。
「生徒会はなんとかしてくれんのかいな」
「うちは弱小なんだよね~。んで、あっちは県大会だの全国大会とか出てて実績あるからイマイチ」
あ~、そういえばそうだった。実績ね。
「いっそどっか施設にお笑いを一席慰問に行くとかどーだ。新聞に取り上げてもらって実績」
「うーん、善行なんだか腹黒いんだか、びみょ~」
とか話していたら部長らしき二人が叫んだ。
「勝負だ!!」
なんだなんだ。何が始まるんだ。
「さあなあ?」
ほんと、当事者のくせにどっか他人事だよな、オマエ。
あきれていると、部長を取り巻いていた上級生が「どいたどいた」とビニールテープをロープ代わりにはっていった。
「このテープの内側にははいるなよー!」
双方の部員が廊下の左右に別れ、そのほかの見物人も適当に分かれた。みんな二本のテープの外側に立って興味津々だ。
「えー、只今から部室の使用権を賭けて落研部と吹奏楽部の部長がレースを行いまーす。ここからスタートして端の階段を上がり、上の階を巡ってここに戻る一周のレースです。」
なんだ、ただ単に一周じゃあ足の速いほうが勝ちじゃねーかと思ったら、おもむろに座布団を掲げた。
「なお、このレースはこの座布団に座って行います! 座布団にすわり、座ったまま滑り、飛び跳ねるなど、技を駆使して一周してもらいます。座布団に座っていることが条件です」
このがっこの遊びはやはり一筋縄じゃいかねーな。やっぱ落研だけに座布団か? あれで階段の昇り降りか。こわー。これなら一周はきついわ。
「勝負は一回こっきり。部長同士の一騎打ち! 文句ないっすねっ。それでは用意、スタート!」
うわー、本当に始まっちまったよ。
「座布団って案外滑らないもんなんだなあ」
吹奏楽部の部長はスタートから勢いを付けて滑っていこうとしたようだが、予想外に滑らないことを、つんのめることで身を持って学んでしまったようだ。
一方の落研部の部長は最初から正座の姿勢で膝をつき、脛から先を座布団の外に出して、特に足首をちょこまかと使って素早く前進している。最初の躓きの後、それを見た吹奏楽部長も真似てずりずりと追っていく。けどあれ、絶対足を攣りそうだ。足の筋が痛くならねーのかなあ?
レースとしては互角。追いつ追われつで、見物人の中には賭けをしている奴もいて、やんや、やんやと応援にも熱が入ってヒートアップ。
だけどオレとしては今ひとつ。お祭りごとは自分が参加してなんぼじゃあっ。というわけで、ちょっとつまらない。最後まで見届けるとなると時間もかかりそうだし、ここはひとつ、見物は他の連中にまかせて巡回に戻ろうか。そんなわけでオレは騒ぎから離れて階段を下りようと足をかけた。
「おまえら、何を騒いどるかーっ!」
燃え盛ってるかもしんないレースのさらに向こうから、けむけむ先生の怒鳴り声?
あ、そうか。今日は華道部の活動日か。あー、らー、このレースは没収試合だな、こりゃ。両部活とも説教+正座かもしんないな。でもまあ、あの先生が間に入れば部室問題もなんとかなんだろ。けむけむは公平だから。む。まてよ。その辺を狙ったか? 落研部長。吹奏楽の正式な部室と活動場所は階が上だし、華道部の活動日まで気にしないだろう。だけど落研部は華道部と同じフロアだ。同じフロアなら先生が長居する曜日はチェックしてるよな。はははーあ。すげえ、落研部。怒られるの覚悟でやったかー。でもなー、けむけむ先生ものんきだよ。ここまで騒がしくなるまで待ってやってんだからな~。さすが、我が校の卒業生だぜぇ。
オレは騒ぎを尻目にのほほんと階段を下りていった。
下のフロアに一歩踏み入れたとき、がたんっ、がたがた、どたばたばたっと、すごい物音がした。一瞬上の騒動かと思ったが、このフロアの部室の一つから生徒が吐き出されてきたのだ。慌てふためいて飛び出してきたように見えたのだが、その全員が出てきた部屋の扉に鈴なりに張り付き、中を覗き込んでいる。表情からすると恐怖半分、好奇心半分といった感じだ。そしてどの手にも虫取り網……。
あー、ここは連中の部室だったっけな。
網女と網男の集合体だ。中には志野田さんと片瀬の姿も見えた。みな一様に扉の中を覗き込んでボソボソと話しているが、興奮して大声で話すものはいない。ただ不安そうにしている。
あの連中、一体なにをやってんだ? 正直言って、廊下をふさいで通行の邪魔だ。
なんとなく見たくない気もしたのだが、野次馬根性は抑えられない。しかもあの飄々とした片瀬が珍しく真剣かつ深刻な表情をしているのだ。ちょっと青くもなってる感じで。それはもー、覗いてみたくなるっしょ。
オレはしずかーにその集団に近づくと、人と人の合間をぬってするすると扉に近づいていった。誰もが扉の中に意識を集中させているため、部外者が入り込んでも案外バレナイもんである。
扉の脇からそろそろと首を出して中を見る。思っていたより広い部室で、コの字型に配置された事務用の机に椅子。ロッカーに棚、そして似つかわしくない、腰ほどの高さのある金庫。しかも二つ! 何故金庫。何を入れるんだ、何を。
ざっと見渡してみても、彼らが飛び出してしまうような危険物などは見当たらない。動物がいるわけでもなく、科学的な器具もないから何かの実験に失敗したわけでもない。
オレは密かに首をかしげ、網軍団の方に意識をしてみた。目線は部屋の奥。皆一点に集中している。ぼそぼそと洩れ聞こえる声は……は? 穴? 穴ですか!?
もう一度、視線の先を追って部屋の奥を見てみた。ホワイトボードを見ている……訳じゃない。
「あれ、穴だ」
穴だった。可動式ホワイトボードの背面の陰に隠れたところに、けっこうな穴が黒くぽっかり。およそ30センチほどか。穴があいてる位でなんでこんなに大騒ぎになってんだ、こいつら? しかし穴ですよ、穴! あんだけ大きいのはさすがに紙粘土じゃキツイっしょ。ああ~、でも塞ぎてー。材料がねー……って、まてよ。あるじゃん、材料。セメント! 壁の補修やってるし、少しもらってこよう。セッメント、セッメント~。
オレはまた静かにするすると後退すると、走っていった。
でもなあ、なんであんな穴ができてんだ? 虫取り網の柄でがんっと穴あけちゃったのかねえ。でもそれだったらあんな風に廊下に出て中を窺うなんてことしないよな。謎~。第一穴あけたって言ったって、表面だけぢゃん。貫通したわけじゃなし、ちょっと補修すりゃあ済む話。ヘンな連中~。
外で仕事していた職人さんに訳話したら、大笑いしてセメントを都合してくれた。やった! 急いで戻って塗るのダーっ。
ものの十分も掛かっていなかったとはいえ、部室の前の状況はあまりかわってなかった。扉は閉じられ、さっきよりはわいのわいの言っている感じはある。
なんだか中にある道具で応急処置をしようとか、誰かを呼びに行けとか。で、誰かを呼びに走っていった人影もあったのだが、中に入ろうとするものはいないようだ。その辺は中の道具でなんとかしよう派と、「誰か」が来るまで待機派とあるらしく、なんだか騒がしげ。なんだろなー。
「よう、片瀬。穴が開いてるらしいじゃん。セメントもってきてやったぜ。埋めさせろ~」
片瀬捕まえて言ってみた。
「おまえ、何言って……」
と、バケツ持ったオレの手元をみて。
「……本気みたいだなあ」
「穴埋め名人に埋めさせろー。さっき覗いたらたいした穴じゃないじゃん。面積は広いけど、せいぜい表面の1センチってところだろー。やーらーせーろーっ」
オレ達の問答に気づいた上級生が割ってはいった。
「穴ってなにっ。そんなものないわよ。セメントで埋めるってなんの冗談? って、あなたうちの部員じゃなじゃない。何してるの」
「あのっ、部長。そいつが例の、「えへっ」が効かないヒトですっ」
志野田さんの焦ったような声に、その場の全員がぐりんとオレを見た。オレ、珍獣??
「あの、例の少年。穴……。そういえば志野田さん、片瀬君、この子の穴埋めの穴もヘンだって言ってたわね」
半眼になった部長さんは腕を組んでオレを見た。なんつーか、迫力。蛇に睨まれたカエルっつーか、カエルだから帰して~とか(馬鹿)ってダメか。
部長さんは一つうなずくと、閉じていた扉をがらりと開けた。
「で、少年。君には何が見えるの?」
そんなのわざわざ聞く事か? ただの穴だろーに。オレが素直にそういうと、部長さんも部員も、酢を飲んだような顔になった。なんじゃい、文句あっか。
「本当にアレ、穴に見えるのね? 塞げるの?」
「そりゃ、材料もらってきたし、塞げない理由なんて無いんじゃないんですかね?」
「じゃあ、お願い。あなたの言う穴を塞いで」
「らじゃーっ」
喜び勇んで行こうとしたら、ちょっと待ったがかかった。
「こちらも準備があるから、ちょっとまって」
部長さんは振り返ると幾人かの部員を選んで指図している。オレはその間に部屋に入り、穴を見た。別にとりたてて変わったところがあるとは思えんっ。さわろうとして悲鳴のような待ったがかかった。なんじゃい、漆でも塗ってあって被れるわけでもあるまいに。
「絶対に直接さわらないっ!」
しょうがないなあ。オレは部室を見回して、新聞があるのを発見。使っていいかと確認してから穴の上に新聞を被せた。そんで四隅をガムテープでちょいちょいと止める。ただそれだけでも息を呑んで見守っているのがわかる。風でもキマグレに入ったのか、なんだか新聞紙が凸凹波打った気がしたから、新聞の上から穴をなでると、さらに緊張感が高まったような。
「大丈夫なの?」
「は? 何がっすか」
振り向くと、オレの背後に来ていた部長さんが真面目な顔で言う。志野田さんも心配そうにしているし、片瀬もなんか硬い顔だ。だーかーらー、なんで?? 新聞を見るともう波立ってはいない。
「穴埋めちゃっていいすか」
再び振り向いて聞くと、部長さんと片瀬、志野田さん、総勢6人ほどで、オレの背後に立って大きな虹色の網を広げていた。
「ええ、お願いします。でもお願いだから新聞紙の上からやって。精神衛生上悪いわ……」
「はぁ」
部員全員がうなずく気配。なんじゃらほい。
オレは素直に新聞紙の上からセメントを塗っていった。隅から隅まで、嬉々として。念願かなってせめんと~。オレ将来そっち系に就職すっかな~。建築業でもいいし、セメント開発なんかもいいカモ~。それにはやはり、理系! 理系を勉強せにゃー!!
相変わらずどうでもいいことを考えながら、塗りたくった。表面も綺麗に均して完璧。
「どーですか?」
「……」
「おーい、ぶちょうさーん、せんぱーい」
「気配が、なくなっちゃったわ。あなたって一体……」
絶句してしまった。なんで?
「とにかく、ありがとう。これで部屋に入れるわ」
「あ~、まださわらないでくださいね。また明日様子見にきますから」
「ええ、絶対に触らないわ。保証する」
ちょーっと青い顔で断言されたぜ。他の部員もなんとも言えない、複雑そうな顔で突っ立っている。片瀬なぞは今にも笑いたいのを堪えているような。失礼な奴だなー。一つため息をついた部長さんが、その後の活動の指示した。今日は部室での活動は取りやめて、別の教室を借りて会議らしい。ま、オレには関係ないけどー。
「じゃあ失礼しマース」
オレはセメントで穴を埋められた満足感で、彼らの様子はどうでも良くなって軽い足取りでその場を去った。バケツや道具を返しに行って、あとはかーえーろーっと。
「ちょっとまって」
なんですか今度は。
再び廊下に集まってきた部員達が部長を筆頭に一並び。
「「「えへっ」」」
がーっ!!
オレは後も見ずに憤然と立ち去った。もうぜってー振り返らないっ。
かーっ、まったく! なんだあの連中はっ。わざわざ全員でやるか、フツー。
オレはバケツ片手に廊下を歩きながら、ぷりぷりしていたが、やっぱり穴に目が行く。程よくセメントも残っていて、所々立ち止まってはぺたぺた埋めていく。
ぺたぺたぺた。ぺたぺたぺた。
……なんだか楽しくなってきた。
あ、それ。ぺたぺたぺた。
下駄箱につく頃にはすっかりイライラはどっか彼方に飛んでいって、バケツ返しに職人さんの所へ機嫌よく、鼻歌でも歌いながら歩いていった。
しかし、あの穴は本当にアレでいいのかねー。部長さんの迫力に圧されて、言われるままに新聞紙の上からセメント塗ったけど、フツー落ちるよな。穴の周辺はくっついてるけど、それ以外の新聞紙の上に塗った方は壁には接着してないわけだから。……の割りに、なんか落ちそうな感触が無かったのが謎。
どう考えても明日はチェックに見に行った方がいいな。ごとっと落ちてそうだし。
オレはバケツを返却しつつ、職人さんに「もう一個穴があったから、明日もセメント少し分けて欲しい」と頼んでおいた。
……座布団レースは危ないので良い子は真似しないようにw