番外編 クリスマスカラー
この話は東日本大震災より以前に書いたものです(念の為)
十二月に入って、世の中は一気にクリスマスカラーだ。
正確に言えば十月のハロウィンが終わった途端にお店等ではクリスマスに変わっているが、まあ外を歩いてもろ分かりになるのは、やっぱり十二月に入った所でだ。イルミネーションとか増えるしな。
イルミネーションについては山ほど言いたいことがあるが。地球温暖化で省エネしろって言ってんのにナニやってんだっとか、電力足りねーとかいってんのにナニ考えてんだとか、足りねーっていってんのにオール電化しろってのは何だとかなんとか。
……。そんなことはオレのちょっとしたプチッとした怒りであって、クリスマスには関係あるけど無いないけどさ。いやまあ、クリスマス万歳、万歳。
まあともかく十二月。暖かかった十一月が過ぎて十二月になったら朝はさすがに寒くなってきた。おかげでいつもより布団が離れがたく(あくまで布団が)、ちびっと寝坊してちびっと登校が遅くなった。
昼間は案外ぽかぽか暖かいが、さすがは朝。手が冷たくて片手をポケットに突っ込んでざわざわした廊下を歩いた。片手はかばん持っているから両手は無理だ。
は、しまった、リュックにすれば……! 今度引っ張り出しておこう。
教室に近づくと見慣れた男女が立ち話をしていた。いつもはオレの方が早くついているのだが、ぷちっと遅くなった分あっちが早く到着していたらしい。声をかけようとさらに近づいて目が点になった。
「ナンですかソレは」
志野田さんが肩にかけてるいつもの虫取り網、それに大きな赤いリボンが揺れ、さらに小さな小さなリースが!
さらによく見りゃ、隣の片瀬のシルバーの柄にも赤、白、緑のクリスマスカラーのリボンがっ。正気か片瀬!?
「十二月に入ったし、クリスマスバージョン。かわいいでしょ」
「……邪魔にならないんデスカ」
網女はにっこり笑ってそんなことないと否定したが、片瀬は正直だった。
「多少それなりに(邪魔)」
そういってリボンを指差した。
「だから俺はリボンを若干下に下げている」
たしかによく見れば網男と網女のリボンの位置は違った。網女はわっかと柄をつないだ部分にして、網男はそれより位置が下だった。それとリボンの大きさも網男の方がコンパクトだった。
でも視界的に邪魔なことには変わりなかろうし、男がリボンするかぁ?
「片瀬よ、邪魔なら何故つける」
邪魔を理由に付けなけりゃいいじゃねーかという含みも持たせてみる。が、返答は決まってらぁなあ。
「おもしろいからだ」
と片瀬がいえば、志野田さんも口を出す。
「可愛いからだよー」
「「えへっ?」」
予想どうり過ぎてコトバもゴザイマセン。
二人を放り出して教室に入ろうとして、網女に止められた。手を出せというから、素直に出してみた。
「はい、使ってね」
一瞬リボンかと思って戦慄したが、毛糸の四角い物体だった。しかも3色のクリスマスカラーに編んである。しかし、何に使うんだ?
「えーっとね、一応指なしの手袋なの。嵐山くんてさ、紙粘土使うから指先は素手の方が都合がいいかなと思って。それと指を作るの難しくて出来なくって。だから四角く作って指のところを毛糸で縫ったって言うか、止めてあるの」
ああ、なるほど。このゴム編みの部分が手首になると考えるのか。その先は確かによく見れば指が入るようになってるな。親指だけ。
って、自分で編んだのか!
驚いて志野田さんを凝視するオレ。そのオレを少し不安そうに、ちょっと赤くなりながら見上げる志野田さん。
志野田製手袋を見る。けっしてその網目は綺麗に整ってはいないけど、十分使用に耐えうるほど上手く編めていると思う。暖かそうだし、何よりオレ仕様だし。
……そうだよ、オレ用なんだよ。志野田さんがオレの為に編んだんだよ!?
そう考えたとたんにカッと頭に血が上ったような、のぼせたような。いやいかん。ここはぽーかーふぇいすに、れーせーに。
「さ、さんきゅー。使わせてもらうわ」
「うん」
志野田さんの頬にぽっと赤い花が咲いた。笑顔にオレの平常心はすっ飛んだ。顔面は確実にトマトになったに違いない!
だがオレはまだ負けないっ。(何にダ? オレ)
「しかし、このクリスマスカラーでは今月しか使えないぞ」
「お祭りだもーん。いいんだよ」
そう言って、志野田さんはオレの赤面たす照れ隠しに気づいているのかいないのか(気づいてない、と、思う。元来彼女は鈍感だ)、にこにこしたまま教室に駆けていった。
そしてオレは。オレの顔は、志野田さんが教室の中に消えたとたん、にやけ、崩れ落ちた。
(うっわー。やっべー! 超かわいいぞーっ!!)
手袋を手に突っ立ったまま、オレの中にはそんなコトバがぐるぐる、ぐつぐつと駆け巡った。が、はたと気づいた。
(奴はっ。奴はどこだった!?)
オレは片瀬の存在を忘れていた! 最初からいたのに、志野田製手袋を手にした後、奴は何処にっ。
オレは顔をギリリとまわした。
奴は、片瀬は無言のまま立っていた。最初と同じ位置に、まったく変わらぬ位置に。静かに、そっと、一部始終を、壊れるオレを、にやにやとして!!
「えへっ?」
奴はそう言ってオレの肩をポンと、ポンと叩いて去っていく。
なんだその「えへっ?」はっ。どういう意味だっ、どういう意味だか教えろ片瀬っ! そのまま無言で行くな片瀬っ! うおーっ!?
オレは口をぱくぱくと、片瀬に何も言えないまま立ち尽くし、担任が来るまで固まったままだった。
嬉しいやら、恥ずかしいやら、何がなにやら。なんて間抜けな……しあわせなオレ(やっぱ馬鹿)
結局手袋は春になるまでオレの手を包んでいた。