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エピローグ

「研究会部員は至急網を持ってプールに集合してください。繰り返します。研究会部員は、至急網を持ってプールに集合してください。…えへっ」


 放送にまで「えへっ」を入れるか!

 志野田さんは部員が集まったところで、着替えに行った。濡れて張り付いたTシャツ水着姿が眼に眩しくも毒なわけで、しかもそれがオレのTシャツってあたりも、なんとも言えない甘酸っぱい気分で落ち着かなかったから、着替えてくれるのは歓迎。ちょこっと惜しいと思ったけど歓迎。プールに集まってきた隣の網男・西尾が志野田さんを見てフリーズしてるのを見て、余計着替えるの歓迎っ! そんで。オレもいつまでも水着でいられない。流石に日焼けが気になる。痛くて寝られないのは勘弁だ。

 着替えている間に、研究会部員と顧問、理事長総出で虫食いミミズを取りまくった。んで、一掃されたのを確認したところでプールの水を抜き、そのあとオレは再度穴の有無を確認していく。

「うぉーい。ついでに掃除するぞーう」

 顧問無精ひげ親父は部員のブーイングなぞどこ吹く風。どーせ押し付けて帰っちまうんだろうなとか思ってたら、ブラシ片手に白衣を羽織ったままゴシゴシとプールの底を磨き始めて驚かせた。鼻歌まで歌ってやがる! 

 オレは穴の有無を点検しながら、このくそ暑いのに白衣のままな先生に「暑くないんデスカ」と聞いたのだが。

「ダイジナお肌が日に焼けて黒くなっちゃうだろうが」

 と、真面目な顔で返されてしまった。理事長は苦笑しているが、この人も五十歩百歩ではなかろうか。背広の上着こそ脱いだが、長袖のワイシャツに三つ揃えのベストとネクタイは着けたままだし、ズボンにしたって巻くってすらいない。辛うじて靴だけは素足にサンダルって程度。あちいよ! 呆れてみると、これまたズレタこと言ってるし。

「足はいまちょっと水虫がね…」

 ダレもそんなこと聞いてねーッ!! まさか、さっきの苦笑の意味、全然違ったりするんだろうか。違う意味って、なんだ!?

 しかし他の部員たちはそんな大人には慣れっこなのか、気にもしてないっぽい。気にするだけ無駄とか。

「よしっ、おわりー!」

「お疲れ様ーっ!」

「うおっしゃー!」

 ようやく全てが終了したとき、ちょうど四時限目終了のチャイムが鳴った。体育が三時限目だったから、2時間近くプールにいたわけか。げーっ! 

「全員集合!」

 部長の呼びかけにぞろぞろと集結。先生も生徒に混ざって集結。何故。

「お疲れ様でした。今日は暑い中で疲れたと思います。この後は十分水分取って、午後の授業を頑張ってください。なお、本日の部活は無しにします。休養とって、明日からまた頑張りましょう。解散」

 あー、午後の授業。絶対寝そうだな、こりゃ。オレは天を仰ぎ見てため息をついた。



 翌日の朝、教室の机に突っ伏していると、志野田さんがまた時間ギリギリで駆け込んできた。暑いのに走ってりゃ、余計汗かいて気色悪いと思うんだが、その辺は気にしないらしい。

「嵐山くんっ、ちょっと、起きてよ」

「ああー?」

 寝不足なオレの腕をつつくのは止めろ。仕方なく顔だけ志野田さんの方に向けたが、どう頑張ってもジロリと睨むような目つきだったと思う。しかし全然かまわない志野田さんは、はいっと笑顔で白いものを差し出した。

「昨日はTシャツ貸してくれてありがとう! 肩焼けなくて済んだんだ~。なんだか眠そうだけど、嵐山くんは大丈夫だった?」

「あー、まーな」

 被害は色が黒くなっただけで済んだ。多少風呂に入った時にピリっとはしたが、それ以上痛くなったりはなかった。寝不足なのはそのせいじゃない。ひとえに目の前にいる「君」のせいだ。ずっと志野田さんの水着姿と、水中で抱きとめた感触が離れないんだっ。

 オレは気の無い返事で体を起こし、Tシャツを受け取ろうと手を伸ばし、顔を上げたところで志野田さんの顔がドアップに迫っていて仰け反った。椅子がガタンと鳴り、コケそうになるのをどうにかこらえた。

「ほんとに大丈夫? 疲れてる?」

 どうも彼女は心配になってオレの顔を下から覗き込むようにしていたらしい。

「び、びっくりさせんな!」

「そういうつもりじゃなかったんだけど」

 無邪気に小首をかしげている。

「いいから、Tシャツよこせっ」

「うん。ほんとにありがとっ」

 志野田さんはにっこり笑ってTシャツをオレの手に置いてった。ああ、心臓に悪い。

 Tシャツを鞄にしまおうと手に取ると、ふわりと我が家とは違う甘い洗剤の香り。志野田さんの香り。そう思ったとたんにどきんと心臓がなった。顔が熱くなった。そんで。

(オレは志野田さんが好きなんだ)

 オレは自覚した。やっと自覚した。

(オレは彼女が好きなんだ)

 いつからなのか、わからない。

 いや、違う。オレは知ってる。本当は知ってる。

 多分あの時から。初めて虫取り網を綺麗に操る姿を見たときから。ただの顔だけ知ってるクラスメートから、名前のついた「志野田さん」という少女となったあの時から。

 オレは、彼女に恋をしてたんだ。

 このTシャツと心臓の音がその証拠。

 だけど今はまだ、そのまま眠らせておこう。甘酸っぱい片思いの恋心も楽しいじゃん。何事も堪能しなけけりゃもったいない。

 ソレより何より。

 自分の今までの不可解な心境に名前がついた今、ほっとするやらなんというか。


 だからオレは、寝る。おやすみ。

 

-了-

お付き合いありがとうごさいました。

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