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みみずをリアルに想像するとキモチワルイので注意

 虫食いミミズとはなんじゃそら。

 網男女がそろって言うってことはアレなんだろうが、バケモノ辞典その1にはそんな名前は載ってなかったなと思う。もっとも辞典には名無しな物も数多いし、あだ名のように網軍団が勝手に呼び名をつけてる可能性もあるが。

「俺は先生たちにちょっと言ってくる。志野田は排除できる範囲でやっておいてくれ」

「わかったー」

 いつも思うが、主導権は片瀬なのな。

「んー、多分適材適所って感じ?」

 ……否定はしないが。

「で、虫食いミミズってなんだ」

「うーん。外見普通の二倍サイズのミミズ。二倍サイズじゃ大した大きさじゃないんだけど、ちょっと厄介な性質持ってるし……数が多いんだよねー」

 なんだか視線が彼方に泳いでいる。おいおい、大丈夫かよ?

「んだから嵐山君の出番がありまくりだと思うよ」

「はぁ?」

 思わず傍らに立つ彼女を見下ろした。ついつい目線が谷間に行ってしまいそうなのをグッとこらえて視線を彼女の顔に向ける。

 おお、げっそりな表情で先生と話す片瀬を見ている。つられて片瀬を見ると、女子の先生二人も呼ばれて頷いている。

「なあ、先生たちってアレの事知ってんの?」

「少なくともけむけむ先生は知ってるし、はっきり知らなくても研究会に関しては暗黙の了解っていうか。特に今みたいに緊急事態の時もあるから、研究会の名前で先生に協力してもらったり出来るんだよ。でもちゃんと報告義務はあって、うそだってバレたらペナルティあるよ。謹慎とか」

「へー……」

 まだまだ知らない事がありそうだが、しかし。現状がそんな緊急事態には見えないんだが。厄介な性質ってのが問題なのか?

 首を傾げていると、片瀬は先生から離れて更衣室へと走っていく。一方で先生たちはそれぞれの持ち場に戻って声を張り上げた。

「全員プールから上がれ!」

「早く上がりなさーい。整列してー!」

「今日の体育は教室で自習に変更しますよ」

「ええーっ」

「なんで?」

「らっきー」

 などなど。生徒たちは様々な感想でざわめきながら続々とプールサイドに上がってくる。

 っていうか、なんで自習? アレが原因だろうが、プールを止めにしなきゃいけないほどヤバイわけ? だけど皆平気で泳いでたし、オレだって違和感はあったけど気のせいだと言われればそれまでだったぜ?

 どういうこった。

「あたし達も行こう」

「このまま教室に戻っていいのか」

 一応聞いてみた。

「だめー。とりあえず片瀬が戻ってくるまで待機してないと。それでこの後の行動が決まると思う」

 やれやれと思いつつ志野田さんと分かれて野郎の整列に加わった。

 がやがやと騒がしいが、けむけむはとにかくオレたちに点呼を取らせてとっとと教室へ行けと促した。水着軍団は更衣室へと流れていく。

 やっぱりついつい女子に視線が行ってしまうがご愛嬌ってことで。ちなみにオレは足を見てしまうけどな~。

 一人流れに逆らって立っていたら、幹やんが通りすがりにオレの頭をぽんと叩いた。オレより背の高い鍛えた筋肉質がニクイ。

「お前行かないのか?」

「あー、オレは野暮用っす」

 適当に答えた。他に言い様がないしな。しかし幹やんはそのまま去ってはくれなかった。

「ふーん? あっちの彼女も網持ったままいるけど、さっきプールサイドで仲良さそうに話してたじゃねーの。彼女とデートか」

「な、な、なぁっ!? なにいってんすか! ただの仲間っ」

 なんと特大の爆弾投下をしてくれやがるのかっ。志野田さんが、お、オレの彼女って! 彼女って!

 さらには「カノジョの志野田さん」をうっかりと想像してしまい、体中ががーっと熱くなった。んなばかな!! なんと阿呆なことをっ。

 赤くなったり青くなったり赤くなったりのオレを見た幹やんは、口の端を片方だけニヤリと上げたかと思うと、オレの頭をグシャグシャとかき回しやがった。オレは反射的にうがっと手を振り払う。

 あせったオレは志野田さんを目で探した。ああ、大丈夫だ。友達と話をしていて全然こちらの声は聞こえてないようだ。そうだよな、こんだけザワザワしてれば女子集団の中にいる志野田さんに聞こえているわけがない。あせって損した。って、損ってなんだ。

「ふふん。まあ、がんばれよ」

「だから、ぜんっぜん違うっ」

「全然違うからエール贈ってやってんだろうが。鈍感はこまるぜ」

 幹やんは訳のわからん事を言いながら更衣室へ去っていきやがった。

 そっちだってカノジョなんて居ないくせにっ。こんちくしょーッ!



 幹やんを睨みつけている間に、プールサイドにいた者はすべていなくなっていた。後にはオレと網女の志野田さんだけ。なんだか急に静かになった。

 頭上にはどこまでも澄んだ青い空にぎらぎらと照りつける日差し。そして蝉の鳴き声に現実から隔絶した感覚がする。

(しかも非現実的なアレに、虫取り網だもんな)

 オレは額の汗を振り払いながらそう思った。

 顧問を探しに行ったのか、理事長を探しに行ったのか知らんがまだ片瀬は戻ってこない。

 志野田さんは網を水中に突っ込んでは掬う仕種を繰り返している。

 ってことは、プールん中にいんのか、アレ。二倍サイズのミミズが。げーというか、ぞっというべきか。

 そういえばさっき「数が多い」とか言っていた気がする。ま、まさかマジでうようよ居るんじゃなかろうな! オレら泳いじまったぞっ。ミミズてんこ盛りのプールで泳ぐ…。ひーっ!!

「ねー嵐山くん。ゲートがあるかどうか調べてくれないかな」

 一人で青くなって身悶えていたオレに志野田さんがそばに来て言った。

「は? ゲート?」

「えっと、嵐山くんには穴って言ったほうが通りがいっか。今まで私たちは空間を繋ぐところを『ゲート』って呼んでたから」

 へー。ゲートねえ。仕切りはないのに扉とはいかに。などと思いながら目の前に立つ志野田さんを見た。ぱっちりした大きな目でオレを素直に見上げる。

(うをっ!?)

 ついうっかり幹やんにからかわれたことを思い出し、慌てて首をぶんと振って視線をそらせたら、心持ち志野田さんがむーっとした声で抗議してきた。

「なによう。ゲートじゃ気に入らないの? それに話してるんだから、そっぽ向かないでよ」

 思いっきり見当違いのこと言ってんじゃねーッ! と、反射的にまた志野田さんの方を向いてしまい、こ、困った。

 顔、は、不味い。かといって、そのまま視線を下げれば小ぶりだけどつんとバランスと形の整ったイイ胸が。って、なに言ってんだオレーッ!? 

 内心の動揺を必死こいて隠しつつ(冷や汗脂汗だらだら)、オレは目線を彼女の額あたりに設定。下は見ない、下は見ない……。目も見ない、目も見ないーっ。

 そんなオレの様子に気づいた気配も無く、志野田さんはようやくオレが自分を視界に納めたとみて満足そうにうなずいた。

「虫食いミミズって変わった能力があるっていったでしょ? 産卵のために自分たちに合った環境と場所を求めて異空間をつなげちゃう能力があるの。しかもランダムっていうか、空間を選ぶ能力は無いらしくて、行き当たりばったりで繋げてるんだって。だからたまにとんでもない所と繋がって大変なこともあるって聞いてる。しかも閉じる能力はなくって開けっ放し」

 なんつー適当にはた迷惑なイキモノか。しかしまてよ。閉じる能力ないってことは、世の中穴だらけじゃねーの? と言ってみたら。

「空間を繋げるっていうのは、やっぱり強引な話なんだって。だから維持となると長い時間は一般的に無理らしいの。ただこのミミズの場合はゲートがすごく小さいものだから、けっこう維持できちゃうんだって。だから一ヶ月くらいはそのままらしいよ。逆に言えば放っとけばそのうち塞がるんだけど、その間にミミズ以外の生物がゲートを見つけて無理やり入り込んできたり、逆に行ったりがあるから厄介なの」

「なるほどなー」

 納得。

「だからゲートを見つけて塞いでほしいの」

「了解。更衣室から粘土持ってくるわ」

 と、オレは行きかけて。志野田さんの方に振り向いた。

「ところで志野田」

「ん? なに?」

「……上にTシャツでも羽織る気はないのか」

「なんで?」

 なんでって。水着は困るんじゃー! 目のやり場に困るんじゃー! とは口が裂けても言えん。ので。

「…日焼け。肩が痛くなるぞ」

「あ、そっか! じゃあ取ってくる。ありがとう!」

 志野田さんはにっぱり笑って走っていった。

「いいええ~」

 もうちょっと危機感っていうか、さあ! 羞恥心とか水着だって自覚持ってくれってのは駄目かあ?

 オレも疲れたため息つきつつ、粘土を取りに更衣室へと歩いていった。



 粘土片手にプールサイドで水面を眺めていると志野田さんが更衣室から出てきた。んが。

「お前、Tシャツ着てねーだろうが!」

 何のために更衣室に行ったんだお前は! と、思わず指差して喚いてしまったのだが、志野田さんはどこ吹く風。

「Tシャツ持ってきてないもん。だから日焼け止めをもう一回塗ってきたの」

「体操服はっ」

「今日は天気良いから絶対水泳だし、学校に持ってこないよ」

 ほけほけとのん気に言いやがる。荷物になるから嫌だとかなんとか。日頃持ち歩く網の方がよっぽど荷物だっての!

「だーっ!!」

 オレは男子更衣室に駆け戻った。

 これはオレの癖ではあるのだが、学校へは夏場は学校名入りTシャツを一枚持ち歩いている。汗かいて着替えたくなる時あるし、馬鹿やって遊んで濡れたり汚したりって事もたまにあるから予備だ。

 体操服のTシャツより薄く涼しいし、学校のオフィシャルTの為、校内で着てのし歩いてもオッケーな代物だから便利なんである。

 オレはそれを袋から取り出し掴んで戻った。

「ソレ着てろ!」

 志野田さんに放る。ばさりと反射的に両手を差し出した彼女の腕に白いTシャツが落ちた。ぱちくりと手元のTシャツと、多分怖い顔になってるオレを見て首をかしげた。

「嵐山くんが着るんじゃないの?」

 おーまーえーはーっ!

 ただでもつり気味の目がさらに凶悪になった自覚あり。このあたりで普通は「あ、睨んでる」と怖がるもんだが、志野田さんは全然……。実に不思議そうな顔してオレを見つめる。

 口の端をぴくぴくと引きつらせながら、オレはにっこりと物騒に笑ってやったのだが、ナニを思ってるやら、彼女もまたオレとは対照的なほっこり笑顔で返しやがる。もう、なんといっていいのやら。脱力。

「いいから着ろ。昨日洗濯したばっかの清潔きれいだから」

「別に日焼け止め塗ったから大丈夫だよ?」

「頼むから着ろ。着てくれ。頼むから着れ!」

「うーん。わかった」

 やっと着た。なんで拝み倒さなきゃならんのだと思ったが、胸の谷間に視線釘付けの罠にはまって切羽詰りたくねー。変態呼ばわりされたくねーという健全男子の防衛本能の方が勝った……。

「見てみて~」

 ホッとするすやら、無駄に疲れるやらで深いため息をついていたオレは、その言葉に素直に振り向いた。志野田さんがぶかぶかのTシャツで両手広げて立っている。胸の谷間が隠れたのを確認して、額を押さえて安堵の溜息。

「やっぱり男子の服って大きいよねー。ほら、チュニックサイズ」

「ん?」

 くるりと一回りしてにっこり。なんだか嬉し楽しそうだ。

 ま、たしかにチュニックサイズ。長さはお尻がすれすれ隠れるって状態で、太ももはむき出しになるから、マイクロミニスカートって言うには短すぎる。

 上から下。足。細すぎず、適度な筋肉適度な肉付き、裾からすんなり伸びる白い足。ふくらはぎ。しまった、やばいっ、視線がはなれんっ。実はオレ、本当は胸じゃなくて脚フェチなんだよぉぉーっ! Tシャツ着せるんじゃなかった。余計脚に目が行っちまう。やべーっ。

 オレは無理やり視線は外し、校舎へと向けた。片瀬、頼むから早く来いー。と念じても来ない。顔が熱くなってくるし、下手に志野田さんのこと見れないし、本格的に困ったぞ。なんで今回に限って動揺してんだ、オレは。女子の水着なんて毎年見てるじゃねーかい。

 なんだか途方にくれた気分で、無意識に握り締めていた粘土の感触にふと気づく。そうだ、とにかく穴。探すべし。

 粘土とゴーグルを飛び込み台の上に置き、オレはプールに飛び込んだ。

 さて、虫食いミミズとやらはどのくらいの数が居るのやら。片瀬達が一泳ぎするまで気づかなかったわけだから、うじゃっといる訳ではないだろう。と、思う。多分。

 今度はゴーグルしてないから、その分クリアな感じがする。視界が広くなるからってのもあるかもしれん。裸眼の欠点は水中で目を開け続けていられないことだな。痛くなってくる。穴か。ちょっと待てよ。水中か? コンクリか? 

 オレはざばりと水から顔を出して志野田さんを探した。先ほどと同じようにプールサイドに立って、網で水面を掬っている。

「おーい、穴って水中にぷかぷか浮いても出来るのか。それともプールの底とか壁とかに出来るのか」

「うーん、多分底とか壁だと思うよ。陸上でも地面とか壁に穴を開けて、空中に開けたなんて話は聞いたこと無いから」

「……」

 それはオレの潜り損とかいわねーか。なにも今潜らずとも、プールの水を抜いてから探せば良かったじゃねーか。

「……教室帰っていいか」

「駄目ー。本当に水を抜くかどうかわからないよ。うかつに水抜きして、排水溝にミミズが流れて下水道に行っちゃったら厄介だもん」

「あー……」

「だから、やっぱり潜って穴探して正解だと思うな。がんばって、嵐山くん」

「はぁぁぁぁ」

 面倒なことだ。オレは仕方なく潜ることにした。ただ闇雲にでは非効率だから、端から順に見ていく。

(穴が大きけりゃ探すの楽なんだけどなあ)

 と思う。一センチやそこらの穴を水を通して探すってのはなあ。プール自体は白くペイントされて、水は鮮やかにブルーで、その中に黒点というのは結構目立つことは確かなんだが、きっついなあ。助っ人が全く全然期待できないからタマラン。全部確認し終わる頃には体中がフヤケテそうだ。冷たくなって白く腑ややけた指。気色悪いよなあ! 

 下らんことも考えつつ、けっこう真面目。早く片瀬が戻ってきてくんねーかな。うかつに上がれねーんだよ。プールサイドには目の毒、ある意味健全青少年の敵・志野田さんだよ。いっそ制服に着替えてきてほしいところだが、それだと今度はスカートなんだよな。下手すっとスカートの中が下から見えちまうかもしんねー。そーれーもー困るっ。オレは問答無用の助平野郎にはなれんっ。本音の本音は見たいデスヨ!? だからといって、そんなわけにはイカンだろう! 本当に、頼むから早く帰って来い、片瀬!

 ぷかーり浮かんだり潜ったり、穴をいくつか発見。最初飛び込み台に置いていた粘土も面倒になって持ったまま。見つけては千切って埋め込む。先日、オレが触れば穴は塞がるようだと発覚したが、絶対の確信があるわけじゃないから、念のため粘土を埋める。ただ水中だからなあ。ちゃんと埋め込めてるかどうか。やっぱり水を一回抜いた方がいいと思うけどな。

 また5mほど先に底に新たな穴を発見して、泳いで近づこうとした。

(ん? なんだ?)

 なんだか穴が、徐々に大きくなってきている気が、する?

「おい、志野田。今穴が……」

 穴に視線を置いたまま、水面に顔を出して志野田さんに言いかけた。

 その間にも穴はどんどん大きくなり、盛り上がってきたように見える。それによって水面が揺れ、波紋となり小波が起きる。そしてそれは突如爆発したかのように真上に弾けた! 

 ザバアーっ!

 プール中の水が掻き集めれられたかのような巨大な水柱が吹き上がり、そして一瞬のうちに怒涛のように崩れ落ちた。

「うひゃぁー!」

 志野田さんの純粋なびっくり声が聞こえた。こんなときでも「キャー」じゃないのな。とか思っている間もなく、遥か頭上から落ちてくる圧倒的かつ暴力的な水でオレは押し流され、プールのヘリに体をぶつけた。溺れなかっただけマシか。

「くっ!」

 水の圧力に体が押し付けられる。これ以上流さに翻弄されないように、プールサイドにしがみつく。すぐにおさまるはずと思って堪える。そして大波は徐々に衰え治まりつつあるとほっとしたのだが。

「キャアー!」

 今度はびっくり驚きというより、恐れの入った驚愕の声。その声音に驚いて志野田さんの方を見る。彼女も頭から水をかぶって全身がすっかり濡れてしまい、まとわりつく水滴が日の光で光って見える。綺麗だ。だが、その表情は発した声と同じ。強張った視線の先は先ほどの水柱が上がったプールの中央付近だ。

(なんだ? なにがある?)

 何もない。いや、オレには見えないアレが、いる。オレに辛うじてわかるのは、アレにまとわりつく水。アレの動きによって光り、落ちる水滴。

(なんでオレには見えねーんだっ。どうすりゃいいんだ! くそっ、ペンキでもあれば)

 焦燥。

 今のオレはとにかくプールサイドに上がることしか出来なかった。


 プールサイドに上がろうが、見えないもんは見えない。が、幸いプールの水がアレの体を濡らしたままのおかげで、なんとなく輪郭はわかる。眩しい日差しも、水を反射してくれるから今はありがたい。これで曇った日には、わけわからんままだ。

「で、どうする?」

 ショックを隠しきれず頭をかかえる志野田さんに聞いてみるが、さっぱりこっちの言うことは聞いてなさそうだ。

「あああー。最悪ぅー。やっぱり出てきちゃった、間に合わなかったーっ!」

「だから、なんだってんだよ。いつもどおり回収すりゃいいんじゃないのか」

「そりゃそうなんだけど、大変なんだってば」

 静止滞空しているように見えるが、それ以外でどう大変なのかさっぱりわからん。

 虫取り網を構えて睨みつけるようにアレから目を離さない。

「えっと、嵐山くん、アレの輪郭くらいは見えてるんだよね」

「まあな」

 濡れている限りは。乾いてしまえば駄目だが。しかしやけにブンブンと水滴が舞ってるなあ。どうなってんだ。暴れてんの?

「じゃ、じゃあ、絶対目を離さないで! すんごく素早いから。もう弾丸フライング・フィッシュって名前がついてる位だから、ほんとに気をつけて」

「あー…」

 またなんとも言えないネーミングだな、おい。

「わわわっ! くる、よけて!」

「なんだぁっ!?」

 上空の水滴がトルネード状にぐるぐると周囲に飛び散り、見る間にオレに向かって突っ込んでくるように見え、とっさに熱いコンクリの上に伏せた。風圧がオレの前髪をなで、ぎゅいんと音まで立てて曲がり、そのままプールにどかんと突っ込んだ。おそらくは立っていても衝突はしなかったと思うが、どのみち風圧で尻餅ついていたかもしれない。

「なんだありゃ!」

「虫食いミミズが大好物で狙ってるんだけど、ものすごいノーコンなの。また飛ばなきゃいいのに、興奮するらしくて、いつもああなんだって」

「はぁぁぁっ!?」

 胸が熱いの半分、呆れ仰天半分で跳ね起きた。ノーコンって。今のも狙いは水中のミミズなのにプールサイドに突撃しやがったよな。なるほど確かにノーコンだよなあっ。

「えっとねえ、形状は一見魚なんだけど、胸ヒレに普通のヒレじゃなくて、体を中心に三枚のプロペラがついてると思って。それが回転して、勢いよく突進してくるから、ぶつかられると物凄く危ないの。人を襲うことはないけど、なんたってノーコンだから。気をつけて」

 ごくりと喉がなる。あんなもんに直撃されたら、最悪内臓破裂するんじゃないか。

 オレも志野田さん同様、水中に大注目したが残念ながら見えない。いつまたカッ飛んでくるかと思うとなあ。

「もしかして、授業中止にさせたのはミミズが問題じゃなくて、その魚のせいか?」

「半分あたりー。ミミズに釣られてたまに出てくるから危なくて」

 オレが見たのはミミズの開けた穴を見つけた魚が、ミミズ食べたさに小さい穴に無理やり突っ込んできた所だったわけか。とんでもねーなー。

「うきゃっ、また!」

 プールから上空へざぱっと飛び出てくるアレ。でまた水中へと弾丸のように突っ込んでいくのを繰り返し始めた。

「志野田さん、アレを捕まえるんだよなあ。やれるのか」

 オレは水の軌跡を追いつつ、うわうわ言ってる彼女に問いかけた。

「だ、い、じょうぶ。なんとかやる」

 まあ、口ではうわうわ言ってるが、手が震えているわけでも、顔色が青くなってるわけでもなく、案外自然体でいるから「なんとかやる」んだろう。心配ではあるが、見えないオレに手出しできるもんじゃない。やれるもんなら、やってるけどなあ。

 それにオレも出来ることしないといかん。新たな魚が出てこないように、とにかく一刻も早く穴を塞がないとタマラン。

「しかたない。水に入るか…」

 ぼそりと言うと、志野田さんがびっくり眼でこっち見た。

「えっ、正気? アレが突っ込んでくるんだよ」

「しょーがねえだろうが。第一あの魚が増えたらどうすんだよ」

 それに、魚以外のモノが出てくるかもしんないじゃねーか。あの突撃魚のおかげで一個の穴は大きくなっちまったし。

「だから、ただの網あるか? 柄とかついてないやつ。あったらくれ」

「はいはい。あげるあげる」

 そういって志野田さんは虫取り網の柄の中ほどをクルクルと回して二つに分解すると、その中から網を出した。仕込み火バサミに続く、虫取り網の秘密その2、仕込み網か? 一体あの虫取り網ってどーなってんだか。

「ほんとにほんとに気をつけてね!」

 こんなアホなことで死にたくないから、言われなくても力一杯気をつけるぜ。

「そっちこそ、無理して怪我するなよ。じゃあな」

 オレは網を片手に、魚の影を注視しながらそろそろとプールに入った。

 拡大した穴はプール中央。本気であぶねーよな。水の底だし、はて、どうやって塞ぐか。網は固定できないし、適当な錘…もないな。

 手に網を巻きつけて、少しずつ撫で塞ぐしかねーのかな。触っただけで塞がるってのは未だに半信半疑だが、水を抜いてない状態では他にしょうがないし、やるしかねーや。

「おーい、とっとと捕獲してくれよー」

 言いながら、オレはそおっと穴の方へ泳いでいく。また魚が水上へと飛び上がっていく。

 志野田さんが網を構えるが、どうだろうなあ。突撃方向がわかっていればやりやすいだろうが、わかんねーもんなあ。ミミズが一箇所に溜まってればそこ以外に行きようがないから捕獲しやすいが。

 ったく、片瀬め。役に立たんっ。

 魚を見上げると、こちらに飛沫は飛んでこない。ってことは、こっちにはこないかな。…わからんが。来ないことを信じてオレは穴に向かって、水に潜った。

 魚のおかげさまで、水中もまた波紋が広がって揺れている。それでも大きくなってしまった穴は見間違いようがない。細かな水泡を掻き分けてふわりと網を広げ、左手で上から穴に被せるように押さえる。

 オレの手からはみ出す網は、浮力によって浮き上がり穴を塞ぐことは出来ないから、その隙間に右手を差し出し、撫でていく。三度ほど撫でると黒い底は普通の白い底になる。塞がってくれているのだろう。

 だが息なんてそうそう続くもんじゃない。

 苦しくなって大急ぎで上に上がっていく。水面に顔をだして息をついたところ、そのほんの1m横にまたあの魚が突撃しやがった。ばしゃりとまた頭から水を被る羽目になる。

「うわっ。っぶねー!!」

「うううー、どうしよっかな。あ、そうだっ。おとりおとり、えさえさ」

 志野田さんは何か考え付いたようだが、囮? 餌? 餌ってミミズ、だよなあ。何する気なんだ? と思って見ていると、虫取り網をプールに突っ込んで引っ掻き回している。もしや、ミミズを捕獲してる?

「どーする気だ?」

「やー、これを狙って網に突っ込んできてくれないかなと思って」

「……」

 無謀っていうか、行き当たりばったりっていうか、なんというか。そう都合よく引っかかるとは到底思えないが。プールにミミズはまだ沢山いるんだろう? それなのにわざわざ、ちっこい網をめがけて喰いついてくるとは思えん。

「でも大分プールの中は減ったんだよ? なんとかしたいよ」

「ソウデスカ。ガンバッテクダサイ」

 オレは再びプールに潜った。しかし、志野田さんの案にはイマイチ引っかかる部分があるんだよな。それが何なのかはっきりしないから、なんとなくモヤモヤする。だから早く残りを塞いでプールから出てやるっ。

 相変わらず、オレの周囲で魚がザッパザッパやってくれたが、接触なく(すれすれで危なかったこともあったが、避けた)穴は塞げた。志野田さんのミミズには引っかかってくれないらしく、なにやらふて腐れた顔をしている。

 頬を膨らませる顔もけっこう可愛いもんだ。ハムスター?(笑)

 やれやれと、魚の動向に注意しながらプールサイドへと泳いでいくが、彼女は懲りずに網を水面に浮かべたり上げたりしている。そんでまた魚がザバンと飛び上がって滞空。さて、今度はどこに行くのかね。

 最初の衝撃はどこへやらで、すっかり慣れてしまった自分に笑う。

 あのとんでもない勢いだけは気が抜けないけどな。いつになったら志野田さんのミミズのところへ行ってくれるやら。

 そう思っていたのだが。

(ん? まてよ。勢い?)

 水に顔をつけずに流しながらのクロールで、志野田さんを見る。モヤモヤの原因って、それ、か? 勢い。

「げっ! まずいっ。志野田っその方法やっぱまずい!」

「えっ? なんで? こっちから一人で捕まえに行くのって難しいよ」

「だったら片瀬が来るのまてっ」

「んー? でもやっと捕まえられそうだよーん」

 のん気に言って、彼女は魚のほうを嬉しそうに見上げた。

 って、ことは。まさか今度こそ魚の目指す先ってのは。

「逃げろッ! そいつはノーコン突撃ミサイルだんだろがっ」

「あれ?」

 あれじゃねえ!!

 魚が志野田さんに向かって弾丸のように急降下した。もちろんオレには魚がまとう水しか見えやしないが、おそらく回転する胸ヒレから高速で飛び散る水しぶきやらで、物凄い勢いで突進していくのがわかった。

「避けろっ!!」

 ザンッ!!

 オレの叫び声と魚の着水とほぼ同時。魚は志野田さんにはぎりぎり当たらず、水の中に勢いよく突っ込み、水柱が上がった。

 ごぃんっ!

「いや、きゃあ!」

 ほっとする間もない。志野田さんが水中の虫取り網に引っ張られる形でプールに落ちていく。

「志野田!」

 オレはプールに落ちた彼女を抱き、水面に引っ張り上げた。水の中でオレの胸にしがみ付くような格好になった志野田さんは、涙目でゲホゲホと咳を繰り返して苦しそうだ。突然のことだったから、水を飲んでしまっただろうし、鼻にも水が入ってそうだ。アレは痛いよな。

 少しでも楽になれるようにと、オレはしばらくの間彼女を抱きしめたまま背中をさすった。妙に穏やかに落ちついた時間だった。

 腕の中には志野田さんがいる。柔らかな肢体を感じ、鼓動が伝わってくる。オレの鼓動と重なってくる。ずっとこのままでいたいような、いたくないような。

 しかしそんな時間はそうそう続くはずも無く、志野田さんは次第に落ち着きを取り戻し、ほっとため息をついた。そして顔を上げて、オレと目があった。

「あ、ありがと」

「ああ、大丈夫か」

 志野田さんは恥ずかしそうに下を向き、オレの胸を軽く押して離れた。オレもまた夢から覚めたような、そんな気持ちで名残惜しげに腕をゆっくりと解く。

「えと、網は、どこだっけ」

 オレも彼女も真っ赤になった顔を隠すように、きょろきょろと虫取り網を探す。

 あのとき、オレの位置からはよくわからなかったし、どのみち見えやしないわけだが、志野田さんは網に引っ張られた形でプールに落ちてたから、魚は珍しく目標を外れずにノーコン返上で網に入ったんだろう。と思う。思いたい。

「あったー。よかったー」

 すぐそばの水底に横たわっていたのを発見した志野田さんは、すぐに潜って引き上げた。キラキラと水滴が落ちてくるが、暴れる様子はない。もしや逃げられたんじゃねーだろうな。

「…なんか、気絶してるっぽい」

「はあっ?」

 そういえば、「ごぃんっ」と変な音がしてたがと思い出し、オレはちょっと潜ってみた。するとプールの壁面にちょっとぼこっと、凹んだ部分があった。もしや、勢いあまってぶつかって気絶?

「よかったー。これで逃げられてたらたまらないもん」

「ま。そうだな」

 二人してプールからあがり、魚を網でぐるぐる巻きにしたところで、やっと片瀬が戻ってきた。

「「おっそーいっ!!」」

 糾弾の声が綺麗にはもったのだった。



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