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今週始めからオレは部室のある特別棟を中心に見回っている。なんでも金曜の報告会でアレらの出没がそっちに集中してるんだそーだ。
オレには見えないし、黒い穴がそんな特殊なもんだと知ったのは先週だから、比較のしようがない。だが出没場所だの異物の特定だのといった記録を毎週集計している連中が、記録を見てそう判断しているんだから本当なんだろう。
で、オレは志野田さん経由で月曜から特別棟を重点的にチェックするように指令をうけて回っている。網軍団のようにいちいち毎日部室には行かない。面倒だし意味ないし。用があれば志野田さんか片瀬が伝言ゲームしてくるし、問題なかろう。まー、月一位で顔を出せばいいんじゃねーの? と勝手に決めた。
ただ、周防先生の所にはなんとなく顔を出している。辞典だけ見て覚えるよりは、フィギュア見たほうが頭に入るもんで。最初は不気味だったあの物置部屋も意味がわかれば何ということも無い。
……と言ったら志野田さんにも片瀬にも変な顔されたが。
とにかくオレは一人でぶらぶらと特別棟の廊下を歩いた。黒い穴を見つけては粘土で埋めていく。たまに網男や網女が網を振り回しているのを遠目に眺めることもある。網だけじゃなく、火はさみらしきもので何かを拾って巾着状になった網に放り込んでいることもある。生き物じゃなくてごみとか無機物だったのかね。
ん? そういえばあの火ばさみっていつも持ち歩いていたか? 志野田さんが持っているのを見たことないぞ。そう思っていつも見かける網軍団を思い出して見るが、虫取り網は持っていても火バサミを持ち歩いている姿は見たことがない。
疑問に思ったら聞くべし!
オレはちょうどゴミ拾い状態の見知らぬ網男に声をかけてみた。
「もしもーし」
振り返った網男は見知らぬ奴ではなかった。確か片瀬と反対側の隣のクラスの奴だ。おそらく研究会てくてく連絡網で志野田さんが毎度伝えに行くのはこいつだろう。見覚えがあるし。同じ一年ならタメでいいや。
「その火バサミっていつもどこに持ってんの?」
その隣の(クラスの)網男は何も答えず、オレを上から下までジロリと眺める。とてつもなく非友好的視線。
「あー、オレ隣のクラスの嵐山。この間準部員になってるから、研究会の活動内容も知ってるわけよ。だけど火バサミは初めて見たからどーなってんのかなと思ってさ。教えてくんねー?」
警戒されてんのかと思って自己紹介までしてみたが無言。オレよりちょっと背が低い隣の網男はオレを見上げるように睨む。男にしては少々可愛らしい顔はニコリともせず、一体なんだ?
「何も見えない役立たずの癖に。大きな顔して調子こいてんじゃねーよっ」
低い声で吐き捨てるように言うと、容姿に似合わぬ険しい顔して、あっけにとられるオレを残して行っちまった。
なんだあっ!? オレが準部員になったのが気に入らねーってことか? ……研究会ってそんなご大層なものかい。と思わなくもない。大きな顔ってどーよ。オレが何したっての。わけがわからん。
隣の網男の印象がた崩れ。ファンシーな顔にあの毒ってなー。嫌な奴だ。そのうちアイツの評判をほかの野郎どもから聞いたろ。普段からああいう態度なら、何かしら弱点をつかむネタがあるかもしれん。ククク……今に見てろ。今のオレは黒いぜっ。
とか言って、案外どーとも思っていないのに盛り上がってみるのはオレのお約束。面白いからなーっ! 本当に黒い理由ではないとはいえ、気まぐれのお楽しみネタにされることには変わらんので、隣の網男にとっては同じことだ。ご愁傷様。からかってやるのが今から楽しみだぜーっ。忘れてなければなーっ。
火バサミは明日にでも志野田さんに聞こう。
翌日は快晴だった。
オレは早速志野田さんに火バサミについて聞いてみた。すると彼女は虫取り網の柄頭を引き寄せてすぽんと抜いて見せた。
「なるほど便利グッズ! ないす仕込み!」
柄の筒の中に40センチほどの火バサミを収納してあったわけだ。そりゃ持ち歩くのを見ないはずだ。
「便利だよー。軽いし、つかみやすいようになってるんだよ。でも嵐山君でも知らなかったんだね」
……別に網軍団のすべてを網羅するつもりもありませんが。
「昨日、隣の網男が使ってるのを見て、どこに持ってるのか気になったんだよ」
そういってオレはあいつの顔と態度を思い出して顔をしかめた。ほんと顔に似合わず感じ悪い奴だった。
「すぐに聞かなかったの? 珍しいね。隣のって片瀬のことでしょ?」
「片瀬じゃねぇ。反対側の隣だ」
「え、プリティ爆弾西尾くん?」
「なんだそのあだ名は」
あんまりなあだ名に思わず沈没しそうになった。たしかにファンシーなフェイスだったけどよ、男にプリティはねーだろ、プリティは。
第一あんな狷介な奴にソレも似合わんと思うが。あー、だからわざわざ「爆弾」までついてんのか?
「顔は可愛いでしょ? だけどすっごく怒りっぽくて。またどこがスイッチか分かりにくいもんだから『爆弾』」
あー、そーですか。
「片瀬じゃなかったにしても珍しいね、その場で聞かないなんて」
「聞いた。んがっ、睨みやがって答えなかったんだよ」
「あーらー」
「口も利いたことない奴になんで睨まれんだ。しかも調子こいてだの、役に立たないだのフザケンナっての」
「そんなこといったんだぁー。あーらー」
「あらじゃねえっ。何なんだあいつは」
「本人に『君、可愛いね。お茶しない?』と言ったとか!」
「あほかあっ! 言うわけねーだろ! おりゃあ一応自己紹介までしてやったわっ」
「ううっ。フォローできないっ」
志野田さんが頭を抱えている。そこへ片瀬がやってきて、何をしているのか目で問うてくる。面倒だなあ、もっと早く登場しやがれよ。と思うが、西尾の野郎のことを言ってみる。すると片瀬はさもありなんといった感じで肩をすくめて見せた。
「嵐が特別扱いされたように見えたんだろ。理事長と面会までするなんて他にないし、しかも理事長預かりだ。お前の価値をわかってないようだし、格下なのにって感じだろ。やっかみだ」
なんだそれ。迷惑なっ。
「それにお前は基本的に目立つから、以前から見知ってたろうし、コンプレックスも刺激されてそうだ」
「は? 目立つって何が」
オレが言うと、志野田さんと片瀬が目を見合わせてため息ついた。
「自分を知らないよねぇ」
「しかもあんだけ暴れといてなあ」
ぼそぼそとなんだよっ。オレは高校に入ってかーなーり大人しくしてるぞ? 同じ中学出身の連中には熱でもあるのかと言われるし、それを聞いた他学の親友も心配して電話までしてきたくらいだぞ。失礼な奴らだな!
「嵐山くんて、自分の容姿もどう見えるか考えてないよね・・・・」
あー? 普通だろ。やんちゃだの、暴れん坊だの、恐いだの言われるが。あー、目が恐いとかもあったか。
「うわー、ぜんぜんわかってないよー。それって印象の話で、実際黙って真面目に立ってるときの話じゃないもん。最近片瀬がよく来るから余計目立つし」
真面目にってなんだよ。意味不明だ。それより話が逸れてないか。
「微妙に逸れてはいるが、基本的にはずれてない。とにかくお前は目立つ。しかも可愛い系じゃなくて、男っぽい系だから西尾もやっかむんだよ」
筋肉あんまねぇよとか強面でもねぇっと思ったり。ま、そういう意味でないのはわかるが。
「嵐山は男子からの信頼があるし一目置かれてる。先輩受けもよさそうだし、男子が遊び騒いでいると大体中心にいる。かと思えば一匹狼のように飄々としてるし硬派に見える。女子からすると近寄りがたいだろう」
硬派ねえ。少なくとも軟派ではないが。特定の連中と常につるむってわけでもないな、確かに。どいつとも割りと友好関係を結んでるのも確かだが、信頼は知らん。
「ううーん、そういわれると西尾君は外見が柔らかいから女の子がよく話しかけてるねー。愛想はないけど。男子からは、うーん、けっこう反感持たれてるね」
また二人で納得してやがる。おもむろに二人して肩ポン。またかよ!
「仕方ないよ。西尾くんとしたら恨めやましいんんだから。我慢して」
「そのうち嵐の価値がちゃんと理解できるだろうから、それまでほっとけ」
がーっ!!
体育は水泳だ。今日もまた暑いし、ちょうどいい。だけど移動がけっこう面倒だ。
プールに行くには本校舎を出て特別棟を通って行くから遠いのだ。前の授業が長引いたりするとダッシュしても開始時間に間に合わない。
その辺は一応けむけむも了解してはいるが、だからといってだらだら歩いて行こうものなら雷が落ちてくるから、どのみち走らないとならない。女子の方も同じことだが、男子ほど厳しいことは言われないらしい。それでも小走り程度には急いで行く。
今日は微妙に片瀬のクラスのほうが先に終わって、オレ達の一歩先を走っている。片瀬はこんな時にも網を時折振り回しながら、クラスメイトに網が当たらないようにちょっと下がって一人で走っている。律儀な奴め。
オレもクラスメイトの野郎共と走りながら(半分競争だよなあ)、片瀬につられて周囲を観察するが、特に黒い穴は見えない。ま、走ってたら小さい穴には気づかないかとも思うけどな。
更衣室でがっしゃがしゃと着替えてプールサイドに集合。
「うっし一番乗り!」
「くそっ、負けた!」
などなど。腕組んで仁王立ちで待つけむけむの前に駆け込むオレ達。どこまでも勝負は忘れない! 残念オレはクラスで六位。授業開始のチャイム直前にプールサイドに滑り込みセーフ。その後ぞくぞくと野郎共がなだれ込んでくる。
「おまえら、速すぎ」
「ちゃんと服、片してない奴いるだろ! パンツ落ちてるぞ!」
「ぎゃーーーっ!!」
靴下程度ならともかく、パンツは嫌だ。コンクリ打ちっぱなしの薄暗い、雑然とした更衣室の真ん中にぽつんと。げぇー。けむけむも濃い色のグラサンしているからはっきり表情は読めないが、サングラスを押さえながら太くため息をついた。
「お前たち、時間厳守しようという姿勢はいいが、整理整頓くらいちゃんとやれ。恥ずかしい」
そういってちらりと女子担当の女先生(小柄元気なおばちゃん。ハンドボール部顧問)の方を見た。つられてそっちを見るオレ達。
「げっ」
オレ達が大騒ぎしている間に女子のほうもプールサイドに出てきて整列していた。先生の方はそ知らぬ顔をしているが、今にも笑い出しそうだし、女子の方はこちらを見てクスクス笑う者あり、顔を赤くそらしている者、呆れ顔の者ありと様々だが、ばっちり聞かれていたこと間違いなしだった。
……恥ずかしい。
しかも今日はオレたちの他に幹やんたちのクラスもいて、当然年上のお姉さまがたもいるわけで。
余計恥ずかしいわっ! ダレだ、そんなもんポロリ放置したやつ!
きまり悪く口をつぐんだオレ達は大人しくけむけむの前に整列。今日もひたすら泳ぐ授業開始。
男子はオレたち一年と三年一緒くたに泳ぐことが先生同士で取り決めてあったらしい。っていうか、三年男子担当の教師が出張なのかいなくて、けむけむが引き受けたようだ。だもんで一年三年が入り乱れてひたすら泳ぐことになった。
ぞろぞろとコースに分かれていく。泳げる奴と泳げない奴の区別はしていて、1、2コースが泳げない連中の練習用でけむけむが教え、その他は3、4コースをひたすら泳ぐって寸法。ゴーグルの装着をしてプールサイドを歩きつつ、そういえば先週ここで穴一個見たなあと思い出した。
歩きながらざっと床を見たが、ソレらしきものはない。見たときも目の端にちらりと映った程度で、すぐに忘れ去ったくらいだから、その穴があった具体的な場所は覚えていない。しかも先週の時点ではアレの存在を知らなかったから、果たしてそれが例の穴だったのかはわからない。
念のため、放課後に見に来たほうがいいかも知れないと思ったが、放課後は水泳部が活動してるんだよなあと思うと、いまいち乗り気になれん。
入部希望と勘違いされるのも嫌だし、女子の水着姿をスケベ心で見に来たと勘違いされる危険性もある。
(こういうときに網軍団の「えへっ」が使えるといいんだが……。今度頼んでみるかな。どうかな、正規の部員じゃないと教えられないとか言うかな。そういえばアレが見えないと出来ないとかなんとか言ってたような。さて困った)
片瀬や志野田さんに声をかければ、喜んで付き合ってくれるはずだが、このときのオレにはちっともそんな考えは頭に浮かばなかった。
そんな風に考え事しながら適当にプールサイドに並んで順番待ちしていたら、幹やんが後ろに並んでいて後ろから両耳を思い切り引っ張られた。思いもよらない攻撃にぎゃっと悲鳴をあげてしまった。そんなオレをにやにやっとしながら幹やんが眺めおろす。痛い上に見下ろされるのはむかっ。しかもひでー事言いやがる。
「まさかお前じゃないだろうなあ、ぱんつ」
「な! ひでぇっ。オレじゃねーよっ」
ほんとにオレじゃねえ。周囲の予想に反してオレはそういった整理整頓はきっちりするほうだ。というか、事前準備はしっかりしとくタイプであるわけよ。だから着替えなんかは着る順番に重ねて置いておくのだ。
一番上にタオルで、次がぱんつ。絶対床に放置はありえんっ!
「はっはー。相変わらず変なところで几帳面だよな。とてもそんな風には見えんけど」
「えいくそ、うるせいやいっ」
頭をぐりぐり撫で回された。幹やんには子供の頃からの行状を知られているから、なにかと逆らえん。幸い順番が来たので、手を振り払ってプールに飛び込んだ。ついでに特大の水しぶきをあげてやれ。
ばしゃんっ。
「こらっ、嵐ぃーっ!!」
ばっちり幹やんに水しぶきがナイスヒット。ふふん。この技だとて、小学生の頃に編み出した技だて。へへへへへ。悪戯小僧をなめんなよ!
オレは気分よく泳ぎだした。
気分良くがしゃがしゃと泳ぎだしはしたのだが、なんとなく違和感が。なんっか変な感じだなあ。
いつもなら何も考えずに25mを一気に泳ぎきってしまうのだが、なんつーか、ひっかかる。途中立ち止まってその原因を確かめたいという欲求に駆られたが、止まると後ろが支えてしまうからそういうわけにもいかない。そんで、とにかく最後まで泳いで邪魔にならないように端によった。
「どうした?」
後に続いていた幹やんが怪訝な顔をしていた。ゴーグルをしていたから正確に表情を読めていたわけではないが、そういう風に受け取れたということ。
「あっ」
「なんだよ?」
今のオレにはゴーグルというフィルターがかかっているわけで、見逃していることがあるかも。
だからといって、幹やんに説明できるもんではないから、あいまいに誤魔化した。幹やんは肩をすくめて水から上がり、またプールサイドを歩いてスタート地点に戻っていった。
オレはゴーグルを取って水面を見た。しかし野郎どもががっしゃがっしゃと問答無用で泳いでいるため、水面は大きく波立ち暴れている。とても変化を見て取るどころではない。
放課後もどうせ水泳部が使うんだから、同じことだ。いっそ昼休みにでも来ないと駄目かもと考え、いったん水から上がろうとした。
隣のコースを泳いでいた片瀬が血相を変えてがばっと水から上がり、ついでとばかりにオレの腕まで掴んで体を引っ張りあげた。そのままずんずんフェンスに立て掛けてあった虫取り網の所まで引きずっていかれた。
なんか一言いえやあぁっ!! びっくりするだろがっ。
しかし片瀬はそんなオレを無視してプールの方を振り返る。つられて見ると、今度は志野田さんが慌てた様子で同じく水から上がり、こっちへ小走りに駆けてきた。
つんのめりそうな勢いでオレ達の前に来た彼女は、その口調も詰め寄らんばかりの勢いだった。開口一番。
「見た!?」
で。オレにはなんの事やらだったが、片瀬は重々しく一つ肯いた。
「見た」
「虫食いミミズだったよね」
「虫食いミミズだったな」
とハモリ。
「「最悪」」
完全にせりふが重なった。なんのこっちゃ。
次回投稿分で完結です