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山暮らし  作者: のきした
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姿形

 パチパチという音と、美味しそうな匂いに、男の子は目を醒ましました。男の子がいるところは屋敷の一部屋のようでした。その部屋には火がくべられた囲炉裏があり、その上には鍋がつり下がっていました。

 美味しそうな匂いはその鍋から漂ってきます。男の子は思わず、ごくりと喉をならしました。

 そこへ、微かにのしのしと歩く音が、屋敷の外から聞こえてきました。男の子は驚いて、寝たふりをしました。

 ガラリと引き戸が開く音がしました。屋敷の主が帰ってきたのです。屋敷の主はどんどん囲炉裏のある部屋へやってきます。男の子はちろりと、目を開いて部屋にやってきた主を見ました。

 そこには大きな大きな、狸が肩に猪を乗せ立っていました。

 男の子は夢ではないかと、ぎゅっと目を瞑りました。男の子の心臓は早く波打ちます。

「坊主、狸寝入りはもうバレとるぞ」

 大きな狸はドシンと囲炉裏の前に座り、猪を横に置きました。男の子は狸が座った振動で身体が少し浮き、心臓が一瞬止まりました。

「も、申し訳ございません!」

 男の子は慌てて飛び起き、土下座をしました。

「お帰りらなさい、アナタ。でもあらあら、坊やが怯えていますよ」

屋敷の奥から、軽い足取りと共に誰かがやってきました。優しい女性の声です。

 男の子はその声に少し安心しましたが、頭は上げませんでした。

「坊主、ワシは怖がらせるために言ったわけではない。頭を上げよ」

 狸の声は低く、嗄れた声でしたが、悪意は微塵もない声色でした。

「いえ、僕はとても醜い顔なので頭を上げるのは……」

 男の子は頭を上げるのに躊躇します。もう、醜い鬼の子だ、と言われるのは嫌でした。

「あらあら」

 優しい女性の声の持ち主は、男の子の側に座り背を撫でてあげました。男の子は久しぶりの優しさに涙が滲みました。

「坊主はワシが拾って来たんだから、顔のことぐらい知っている。そんな些細なことは気にせんから頭をあげよ」

 狸は深く息を吐きながら、言いました。男の子はその言葉に恐る恐る、頭を上げました。

 隣にいた優しい声の持ち主はヒョイと男の子の顔を覗きこみした。

「まぁ! なんて綺麗な眼をしていること。キラキラしているわ」

 男の子は驚きました。優しい声の持ち主は狐でした。それよりなにより、男の子は綺麗だなんて言われたことがありません。それに男の子の目はコブのせいで、半分開かないのですから、今まで誰も見向きもしませんでした。

 男の子は涙をボロボロ零しました。悲しくないのに何故涙がでるのか、男の子は不思議で溜まりません。

「あらあら、綺麗な真珠が零れ落ちてくるわ。どうしましょう」

 さらに不思議なことに狐の手のひらに、男の子の涙が落ちると、小さな真珠に変わっていきました。

「真珠は嬉しいけれど、泣き止みなさい坊や。嬉しいときは笑うものですよ」

 狐はそう言うと、男の子の頭を一撫でしました。するとたちまち、男の子の涙は止まって、変わりに笑顔が浮かびます。

 くしゃくしゃの笑顔でしたが、とても愛嬌がありました。

「坊主、好い顔になったな」

 男の子の正面に座る狸はニヤリと笑いました。

「アナタ、この真珠で首飾りを造ってもらってもいいかしら?」

 狐は金色の豊かで美しい尻尾を振って、狸に聞きました。

「嗚呼、いいとも造ってやる。だが、今は飯にしよう。坊主の腹の虫も鳴いている」

 その言葉に男の子は顔を赤くして、縮こまりました。

「それもそうね。猪は明日にして、今日は鹿の干し肉を食べましょう。鍋のお粥も出来ているし」

 狐は干し肉と茶碗等を取りに、また屋敷の奥へ戻っていきました。男の子と狸はまた2人きりになりました。

「自己紹介がまだだった。ワシの名前は源一郎という。この一帯の土地は全てワシが治めておる」

「一帯の土地を治めるとは源一郎様は神様ですか?」

 男の子は驚き、尋ねます。

「ワシが神を名乗るのはおこがましい。数千年生きて、知恵を持ったため、褒美として、治める権利を山神様から戴いたのよ」

 男の子は尊敬の目で源一郎を見ました。源一郎はその目に、照れくさくそうに頭を掻きました。そして次はお前の番だ、と言いました。

「僕には名乗る名がありません。父がつけてはくれませんでした。この山にいたのは父に捨てられたからです。数日は、父が教えてくれた木の実で腹を満たしていましたが、寒さと疲れで寝てしまいました。助けてくれてありがとうございます」 男の子は深く頭を下げお礼を言いました。

「お前みたいに、賢い坊主を捨てるとは、その父も阿呆だな。母はどうした?」

「母は新しく出来た弟を大変可愛がって、僕のことは見てくれなくなりました。でもそれは全て僕の醜い顔のせいです。両親を恨んではいません」

 男の子は話しながら、本当にそうだ、と思いました。全ては醜い僕のせいだと改めて思ったのです。

「あらあら、名前が無いのは私達にとって幸運なことだわ」

 いつの間にか、ご飯の支度を整えた狐が戻っていました。源一郎はそれもそうだ、と同意しました。 そして狐から茶碗を受けとると粥を山もりつぎました。それをヒョイと男の子に渡すのです。男の子は自分に渡されるとは、思っていなかったので、慌てて熱い茶碗を受け取りました。

「坊主、ワシらの子にならんか?」

 源一郎は自分の大きな茶碗に同じように山盛りつぎながらいいました。

「いい話しだわ。とても」

 男の子は突然の話しに目を白黒させました。そして胸が暖かくなる反面、不安に胸が苦しくもなりました。

「そのお話しはとても嬉しいです。でも僕は醜いから……」

 男の子は言葉に詰まります。

「なーにそんなちっぽけなことを。ワシらなんて狐と狸が番になっとるんじゃ。姿形なんぞ端から気にならんよ」

 源一郎は大きく笑いながら言います。

「そうですよ。それに私達、種族が違うために子供が出来にくいの。坊やみたいな良い子が私達の子供になってくれたら嬉しいわ」

 狐も微笑みながら言いました。

「血の繋がりはないが、ワシらが坊主に名を与えたら繋がりができる。名は自分を示し、在るべき場所へも縛るものだ」

 男の子は嬉しくてたまらなくなりました。また家族が出来るのです。しかも容姿を気にしない家族です。名もくれます。 「輝彦はどうでしょう?目がキラキラ輝いているし、私達の光になってくれるわ」

 狐はすぐさまそう言いました。源一郎はそれは良いと同意しました。男の子はとても素敵な名前だと思いました。

「これから坊やの母になる私の名前は椿というのよ。よろしくね」

 椿は優しくそう言い、輝彦の前に鹿肉を置きました。

「よし、輝彦! ワシらを父ちゃん、母ちゃんと呼んでみろ!」

 源一郎は優しい眼差しで、輝彦を見ました。

「……父ちゃん、母ちゃん」

 輝彦は恐る恐るそう呼びました。

「なんだ、輝彦」

「なーに、輝彦」

 源一郎も椿も笑って答えました。輝彦は持っている茶碗より、胸がポカポカ暖かくなるのを感じました。

「父ちゃん! 母ちゃん!」

 輝彦は今度ははっきりと、そう呼び大きく笑いました。父と母と名は輝彦の大事な大切にすべき宝物になりました。

「よし! 輝彦。飯にするか」

「それでは、頂きましょう」

 輝彦は大きく、頂きますと言い、茶碗の粥を口にかき込みました。お米がこんなにたくさん入った粥を食べるのは初めてでした。

「すごくおいしい!」

 椿はそれを聞くと嬉しそうに笑いました。

「こんどからは、輝彦のためにもっと料理の腕を磨くわね」

「そうだ酒を飲もう。ワシらに子供が出来た、祝い酒だ」

 源一郎は大きく笑い、お酒を取りにいきました。廊下から源一郎の鼻歌が聞こえます。椿と輝彦は顔を見合わせ、笑い合いました。



 山の奥のそのまた奥にある屋敷は明るく、賑やかなものになっています。 その屋敷には姿形の違う家族が仲良く暮らしています。きっとこれからくる冬の寒さを吹き飛ばすほど、暖かい家庭になるでしょう。


ここまで読んで頂いてありがとうございます。

申し訳ないですが、あと1話続きます。よろしくお願いします。

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