第十九話
琴音と秀樹が訪れたのは、様々な用具の置かれた体育倉庫だった。
本来なら、体育祭用の物だけが仕舞われてある筈の場所だが、予算の関係上なのか、文化祭用の道具も結構置かれている。
この倉庫の整理もまた、琴音達委員の立派な仕事の一つなのだった。
……とはいえ、昼間でも薄暗く、何処か不気味な此処。
近寄りがたい雰囲気を漂わせている為か、二人以外の姿は見られなかった。
「ゴメンな、塚本。こんな所連れて来ちゃって」
「あ、ううん。大丈夫」
先程の事が原因らしく、秀樹が酷く落ち込んでいるのは、琴音の目から見ても明らかだった。
少し物憂げに瞳を伏せ、彼はぽつりと溢す。
「……速水ってさ。白川の事、好きなのかな?」
「――」
その言葉は、琴音に問いかけている――というよりは、自問自答をしているようだった。
恐らく、此処に来た本当の理由は、仲良さ気に話す二人の事を見ていられなかったからなのだろう。
そしてその気持ちは、琴音にも痛いほど分かる。
昨年の二人の事を思い出し、琴音はちくりと胸が痛んだ。
「塚本、速水の親友だよな? ……何か、聞いてない?」
「――っ」
流石の琴音も、とっくに気付いていた。
彼の向ける視線が、主に親友に注がれていた事に――。
自分では駄目なんだ――と、頭では理解していても、実際彼の態度を見せつけられるのは、やはり悲しかった。
内心の動揺を隠し、琴美は冷静を装った。
「――ゴメン。何も聞いてないや」
「そっか。……悪い、変な事聞いちゃって」
そこまで言い終えると、秀樹は無理矢理口角を上げる。まるで、去年の琴音のように。
困ったように眉根を寄せながら、彼は言った。
「折角来たんだし、そろそろ仕事しようぜ。……って、仕事始まんなかったのって、俺のせいか――」
「無理して、笑わなくていいよ」
「え?」
明るい調子で声を上げる秀樹を、琴音は静かに制す。
再び無表情に戻った彼に、琴音はそっと諭した。
「――私、分かるから。大好きな人が、自分以外の人と仲良くしてるのが、どんなに辛くて、悲しい事なのか……」
「――」
秀樹は何も言わない。
彼は自分の気持ちに気付いているのか、いないのか――それは、琴音にも分からなかった。
黙り込んでしまう秀樹を前に、琴音は更に言葉を続ける。
「そういう時は、無理して笑わないで。……辛かったら、泣いても良いんだよ? 私、誰にも言わないし」
「……さんきゅ。俺なんかの事、気にかけてくれて」
彼は泣かずに、小さく微笑む。
しかし琴音にはその笑顔が、静かに涙を溢しているように見えた――。
その日の帰り道。いつも通り、菜々と一緒に下校していた琴音は、彼女に詰め寄る。
「どういう事よ、菜々。ちゃんと説明してくれる?」
「……え? ことちゃん、急にどうしたの?」
「――分かってるくせに」
琴音がそこまで言っても、菜々には思いあたる節がないらしい。
小首を傾げながら、琴音を見やっていた。
そんな親友に向かって、琴音は静かに告げる。
「……松浦君との事に決まってるでしょ? 彼がいるのに、どうして必要以上に白川君と仲良くしているの?」
琴音の怒気を孕んだ言葉に、菜々は思い切り慌てた。
「わ、私別に、そういう事を思ってるわけじゃなくて……」
「じゃあ、あの思わせぶりの態度は何!? あれじゃあ、松浦君にも白川君にも誤解を与えちゃって当然だよ! そんな中途半端な気持ちのまま、二股でもかけるつもり?」
「そ、そんな事しないよ!」
そこまで言うと、流石の菜々も辛くなったらしい。
悲しげに眉根を寄せている。
そんな親友の煮え切らない態度が嫌で、琴音はついつい声を荒げる。
「じゃあ、そのどっちつかずの状態を何とかしなさいよ! このままじゃ、松浦君も白川君も可哀想よ!」
「それは――」
そこまで言うと、菜々の瞳にはじわりと雫が滲む。
菜々の困った事があるとすぐに涙を溢す癖は、昔から変わっていない。
これ以上泣かせると色々と面倒な事になると思った琴音は、少し語調を緩め、言葉を続ける。
「――ゴメン、少しキツく言いすぎたかも」
「……ううん。私こそ、優柔不断のせいで、ことちゃんの事やきもきさせちゃってゴメン。これからは、ちゃんと注意するね」
目尻を軽く拭いながら、菜々はそっと微笑んだ。
全く話が進まない&グダグダストーリー&前回同様短めですorz すみません(汗)