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第十七話

 それから約一年後の始業式。三人には転機が訪れる。


 秀樹と菜々のクラスが離れたのだ。


 多くの生徒が通う高校。只単に運が無かっただけのか。それとも、普通の男女より仲の良い二人を疑った、先生達の策略なのだろうか? ――真相は、闇の中だ。



 玄関付近にでかでかと貼られているクラス発表の紙を見て、菜々は残念そうな声を上げる。


 仲の良い菜々と琴音の二人は、朝校門で合流した後、真っ先にここへと向かって来たのだ。


 流石に早い時間だったこともあり、辺りに人は少ない。


 紙を見て自分の名前を探しあてると、菜々は溜息をついた。


 菜々のクラスは、二年二組。琴音は三組、秀樹は一組……と、三人は見事に分かれていた。


「残念だね、ことちゃん」


「うん。松浦君とも離れちゃうし、寂しいでしょ?」


「……ちょっと、ね」


 少し間を開けて、菜々は答える。その声の調子は、いつものそれより低い。


 どこか寂しげな笑みを浮かべる彼女を見て、喜んでしまう自分が嫌で、琴音は無意識に強く握り(こぶし)を作った。


「来年こそ、三人で一緒になれるといいね!」


「うん。だよね」


 口から出る言葉は、驚くほど無機質な物で……琴音は、菜々に自分の感情が読み取られまいかと不安で仕方が無かった。




 それから数カ月後。夏休みに入る少し前に、学校全体は()める事になる。


 各クラス一名ずつの、文化祭の実行委員決定――活動は、夏休みも返上して行われる為、余程行事に力を込めている人物でない限り避けられる役割だ。


 そういう場合は、大抵気の弱い者――菜々のような存在が、標的(ターゲット)となる。


“先生! 実行委員は、速水さんが良いと思います!”


 クラスの中心格の少女の一言により、自分が文化祭実行委員に選ばれてしまったと菜々は言った。


 本当はやりたくないのだろう。彼女は、困ったような笑みを浮かべていた。


「でも、折角選んでもらったんだし……頑張らなくちゃね」


 その頃、秀樹と菜々はクラスも離れ、軽く疎遠(そえん)状態になっていた。


 それと同時に、彼女に対する黒い思いも段々と薄れていた琴音は、昔から不器用な親友を放っておく事が出来なかった。


 実行委員は琴音のクラスでもなかなか決まらず、揉めていた事だ。


 夏休みの雑務と親友の苦しみを天秤(てんびん)にかけ――琴音は、前者を選ぶ。


「菜々だけじゃ頼りないよ。しょうが無いな……私も実行委員入ったげる!」


「本当? ありがとことちゃん!」


 琴音の言葉を聞き、菜々は天使のような笑顔を浮かべる。


 そんな彼女の笑顔を見て、琴音もまた幸せな気持ちになるのだった。




 この決断は、後に大きな影響を(およ)ぼす事になる――。




 それは、本当に偶然だった。


 各クラスの実行委員が決まり、初めての集まりの日。


 二人は、あらかじめ指定されていた教室に入った。


 集合時刻が近いだけあって、そこには既に殆どの人が集まっており、各々雑談を交わしていた。もう少し早く来るべきだったか――と軽く後悔する。


 琴音はきょろきょろと辺りを見回してみるが、委員長らしき姿は見受けられない。まだ来ていないらしかった。


 ……と、その時。琴音は、視界に見知った姿を捕らえる。


 あれって、もしかして――。


「……ねえ、ことちゃん。あれって、松浦君だよね?」


 菜々が琴音に囁く。どうやら、彼女も気付いたらしい。


 その声は、驚きと喜びが入り混じったものだった。


 彼の顔を見て、微笑みを浮かべる菜々を見つめながら、琴音の心には、再びざわざわとした物が()きあがっていた――。


 そんな時、秀樹の視線がこちらを捕らえる。


 二人――主に、菜々を見つめると、小犬のような人懐(ひとなつ)っこい笑みを浮かべ、こちらへと近づいて来た。


「速水と塚本じゃん! 二人も実行委員? 偶然だな!」


「うん、そうなの! 久しぶり!」


「偶然だね。宜しく」


 秀樹とは出来る限り関わらないようにしよう、という琴音の決意は、彼の一言であっけなく裏切られる事となる。


 その時、乱暴に引き戸を開ける音とともに、教室に一人の少年が入ってきた。

 

 雰囲気から察するに先輩――それも、実行委員長らしかった。

 

 彼は教卓の前に立ち、男特有の低い声で教室中に呼び掛ける。


「実行委員。学年ごとに分かれて、席に着け! 三年が窓側。二年が真ん中。一年は廊下側だ」


 彼の言葉で、それまでざわついていた教室内がシンと静まりかえる。まさに(つる)の一声だ。


「……二年の席、あっちみたい。行こうぜ」


 秀樹の囁き声で、三人は真ん中の席へと移動した。




 委員長の話によると、仕事は学年ごとに()り行われるらしい。


 それで学年ごとに分かれたのか――と、琴音は納得する。


 二年生は全部で四クラスある。つまり、計四名の委員がいるという事だ。


 琴音と菜々と秀樹以外のもう一人の委員は、気の弱そうな男子だった。


 名前は確か――白川(しらかわ)(のぼる)


 去年同じクラスだった筈だが、影の薄いタイプで、あまり関わった事はない。


 恐らく、菜々と同じように、クラスの中心格の者に押し付けられたのだろう。


「二年生には主に教室、及び西校舎のエリアを担当してもらう。大まかな仕事は、先程説明した通りだ。詳細は、その都度(つど)連絡する」


 実行委員に説明を受け、取りあえず今日は解散となる。


 これからまた二人の仲良さ気な様子を見なければいけないのかと思うと、琴音は気が重くてしょうがなかった……。




 こうして、琴音の受難(じゅなん)の夏休みは幕を開ける――。

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