第十三話
翌日、午後六時過ぎ。二人は再び青港高校の校門前にいた。
何故また同じ場所に足を運んでいるか――? 答えは簡単だ。
昨日話を聞きそびれた、菱本舞花を呼びだす為だった。
しばらくそうしていると、やがて校門から見覚えのある少年――秀樹が顔を出す。
今日は一人のようだ。周りに昨日一緒にいた友人達はいない。
彼はぼーっと歩いていたが、啓輔の存在に気が付くと、少し驚いた様な顔をしながら、近付いて来た。
「沢内探偵? 今日も何か?」
「ああ。今日は、菱本さんに話を聞こうと思ってね。……彼女は、まだ学校に?」
「はい。マネの仕事があるみたいで……。少し、遅くなるそうです」
“菱本”の名を出した割に、彼はあまり動揺していない。
小さく微笑みながら、校舎の方を指差した。
「といっても、あと少しすれば来ると思いますよ。そんなに長引く仕事じゃない、って言ってたんで――あ、ほら、来ました」
秀樹の言葉に校門を見やると、確かにそこからは一人の少女が歩いてきていた。
彼が手招きすると、怪訝そうな表情でこちらに向かってくる。
「舞花、お前に話しがあるんだって」
「話? ……って、貴方。昨日の人じゃない」
「昨日? ……ああ。貴方が菱本さんだったんですか」
少女――菱本舞花は、昨日校門前で秀樹を呼んだ張本人だった。
「成程。探偵さん――ね」
納得したような言葉とは裏腹に、舞花の表情は訝しげだ。
非協力的なその態度に、啓輔は苦笑いを浮かべた。
彼等のいる場所は、昨日も訪れたファミレス。現在席に腰かけているのは、啓輔、舞花、優の三人だ。
舞花は秀樹に来てほしかったようだが、彼がいると答えにくいであろう質問を控えていたので、啓輔の方から同席を断った。
その事も関係しているのか、舞花は先程から不機嫌そうだった。
「すみません。秀樹さんがいると、答えにくいと思う事が幾つかあったので――彼には席を外してもらいました」
「……何ですか、それ。私に、そんな変な事を聞くつもりなんですか? 人様に聞かせられられないような話をする気はありません」
舞花は、良く言えば真っすぐ――悪く言えば、頑固だった。
己を貫き通す意思は立派だと思うが、今の啓輔にとっては苛立ちの対象にしかならない。
必死に口角を上げながら、啓輔は問うた。
「では、本題に入ります。菱本さん、速水菜々さんをご存知ですか?」
「知ってるわ。秀樹の彼女でしょ? で? 私と彼女に、一体何の関係が?」
「単刀直入に聞きますが――菱本さん。貴方、松浦さんに好意を抱いているんじゃありませんか?」
「……それは、私が彼に惚れている――と、そういう解釈でよろしいのでしょうか?」
「そう考えて下さって構いません」
「――」
啓輔がそう告げると、舞花は俯き、黙り込んでしまう。
よく見ると、彼女は肩を震わせていた。
……もしや、自分の心無い言葉で泣かせてしまった――?
つい苛立っていたからといって、彼女の心の傷を抉ってしまったのではないか――と、啓輔は後悔する。
啓輔は珍しく、慌てた声を上げた。
「すみません……こんな、くだらない事聞いてしまって。……あの、今の質問の事は、忘れて――」
「……っく、くすくす……」
「え?」
啓輔の言葉に、舞花は堪え切れなくなったかのようにくぐもった声を出す。
「あっはっはっはっは――!」
彼女は、笑っていた。
「成程、そういう魂胆ってワケ。速水さんの不登校は私のせい――私が、彼女に“秀樹と別れなさい!”とでも告げた。だから私は、脅迫罪で停学処分。……ううん、退学処分、かしら? そして、秀樹と速水さんの二人は、二人仲良く過ごしました。めでたしめでたし――そんなシナリオ?」
そこで舞花はふっと真顔になる。
盛大に笑った後なので、それは、少し恐怖すら感じさせた。
「――ふざけないでよ。何の根拠があってそんな事を言えるわけ? 私を悪者にして、全ては万事解決? 馬鹿馬鹿しい。本当にそんな迷推理言いだしたら、私、一生あんたの事怨み続けるわよ」
「……それを推理して、真相を探るのが私の仕事ですから」
「それは随分、“迷探偵”さんの台詞にふさわしいですわね」
舞花は“迷探偵”の部分を強調する。
彼女のその一言で、場の空気は一気に重たくなった――。