第十一話
三人が向かったのは、某ファミリーレストランのチェーン店だった。
時間が時間だけに、客は少ない。
ちらほらと学生達の姿も見受けられたが、幸いな事に、秀樹の友人らしき人物はいないようだ。
啓輔は出来るだけ奥の方の席を選び、腰かける。
着席とほぼ同時にやってきた店員に軽食とソフトドリンクを三つ頼み終えると、啓輔は口を開いた。
「まずは、自己紹介から始めましょうか。私、沢内探偵事務所所長、沢内啓輔と申します。本日は、依頼人である、速水菜々さんの件について、幾つかお尋ねしたい事がありますので、このような場を設けさせて頂きました。隣に座っているのが、娘の優です。秘密は厳守致しますが、席を外させたい時は言って下さい」
「ご丁寧に、どうも……。俺、菜々の彼氏の、松浦秀樹です」
啓輔の正体は、思いもよらないものだったらしい。秀樹は呆然とした面持ちで彼を見つめている。
緊張をほぐすため、啓輔は小さく微笑を浮かべた。
「そんなに、固くならなくても結構ですよ。ただ、私の質問に幾つか答えて下されば、結構です。勿論、答えにくい質問には、無理に答えて下さらなくても構いません」
「分かりました。俺なんかの証言で、菜々が少しでも救われるなら……」
「ご協力、感謝します」
「あ。でも、その前に一つ、俺から質問しても良いですか? どうしても、確認したい事があるんです」
「何でしょう?」
「――ここ一週間の間に、菜々と会われたんですよね? あいつ……元気にしてましたか?」
啓輔の意と反し、それは素朴な疑問だった。
しかし、秀樹の浮かべる表情はどこか切実だ。
こんな胡散臭い者の言葉でも、そこに彼女が戻ってくる可能性があるのなら、迷わず信じる、という事だろう。
菜々は、間違いなく想われていた。
「どうでしたか? 俺、何度かあいつの家行ってみたんですけど、居留守使われて。あいつと最後に会ったのは、もう一週間くらい前なんです」
「――勿論、元気でしたよ」
その瞬間啓輔は、隣で優がはっと息を呑んだのを感じた。
事務所に来た時の菜々は、情緒不安定で、お世辞にも元気と言える状態では無かった。
しかし、真実とは時に残酷な物となる。それを知る彼は、敢えて嘘をついた。
啓輔の答えに、秀樹がほっと息をつくのが分かった。
心なしか、先程よりも落ち着いている。
「有難うございました。俺に答えられる範囲の事なら、何でも聞いて下さい」
「……では、質問に移させて頂きます」
啓輔は、この少年に聞いておきたい事が二つほどあった。
「まず、一つ目に。……松浦さん。貴方は、菱本舞花さんに疑いをかけた菜々さんと口論になり、喧嘩をしたんですよね?」
秀樹がはっと顔を強張らせたのが分かった。
幾ら何でも、いきなりすぎただろうか……? と少し反省する。
しかし、彼は少し間を置いた後、小さく頷いた。
「今思えば、あいつ――菜々には、酷い事をしたな、って思ってます。……自惚れかもしれないけど、信頼を寄せてくれていた菜々からしてみれば、結構辛かったと思います。それに気付いて、慌てて謝ろうと思って、あいつの姿探したんですけど――何処にも、いなくて……」
それっきり、彼は口をつぐむ。その当時、菜々がいたのは旧校舎の女子トイレだ。
男子の彼が探しあてられなかったのも、無理はない。
「貴方は、幼馴染の無実を訴えた。ただ、それだけの事をしたまでです。貴方に責任はありません」
「……ありがとうございます。そう言って貰えると、少し気分が晴れます」
秀樹は、弱々しく微笑んだ。
やはり、“気にするな”と言われても、そう簡単に受け入れられるものではないらしい。
これは当人達の問題であり、部外者が口出しする事ではない。
啓輔はそれ以上その事には触れず、話を進めた。
「では松浦さん――貴方は、何故そこまで、彼女を信じているのですか?」
「彼女、って、舞花の事ですよね? 俺、あいつの幼馴染なんですよ。あいつの事は、小学校の時から知ってるんです」
「ええ。その辺りは、速水さんから伺っています」
「そうですか。……いや、実はこの話には続きがあって――恥ずかしながら、俺、小学生低学年の頃、一時期苛められてたんですよ」
「……ほお」
その情報は初耳だった。照れくさそうに頭を掻きながら、秀樹は話を続ける。
「俺、昔は結構弱っちくて、その事をからかわれて、ちょっかい出されてたんですよね。そんな俺を助けてくれたのが、舞花でした――」
“止めなさいよ、あんた達! そんな事してて、恥ずかしくないわけ!?”
“秀樹君も秀樹君よ! 男の子でしょ? なんで言い返さないの!?”
「――後で知ったんですけど、あいつんち、一人兄貴がいるらしくて。結構やんちゃに育ってきたらしいんです。あんまり仲良くなかった俺の事も、何の見返りも持たずに、助けてくれて……だから、そんなあいつが、ストーカーなんて卑怯な真似……絶対にするわけないんです」
そう告げる彼の瞳は真剣そのもので……とても、嘘をついているようには見えなかった。