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銀の槍のつらぬく道  作者: F1チェイサー
紅い霧と翠の眼
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銀の月、倒れる

 蝋燭の光に照らされた、薄暗い地下室。

 飾られていた調度品は壊れ、床は所々砕け、血が流れ出した跡が見受けられる。

 その戦いの爪痕が生々しく残る部屋に四つの人影があった。

 そして、そのうちの倒れている黒髪の少年を、他の三人がジッと見つめていた。


「……銀月が壊れちゃった」


 宝石が吊り下げられた枝の様な翼を持つ少女が、倒れている少年を見て呆然とそう呟く。

 その隣で、こうもりの様な翼を持つ青い髪の少女が銀の髪のメイドに声を掛けた。


「……咲夜、皆を私の部屋に集めて頂戴」

「……かしこまりました」


 咲夜はそう言うと地下室から出て行く。

 それを確認すると、レミリアは銀月の身体を抱え上げた。

 銀月の白い胴衣は焼け焦げて穴だらけであり、白い袴は乾き始めた血で赤黒く固まっていた。

 レミリアは力なくぐったりとしている銀月を見てため息をつくと、部屋の外に向かいながらフランドールに声を掛けた。


「フラン、私の部屋に来なさい」

「え、でも……」


 レミリアの言葉にフランドールは困惑する。

 普段部屋の外に出てはいけないと言われているからである。

 そんなフランドールに、レミリアは振り向くことなく話を続ける。


「……今はここに閉じこもっていられる状況じゃないのよ。この後どうするか、ちゃんと話をしないといけないわ」

「うん……」


 フランドールはレミリアに返事をすると、後について行った。




 ところ変わってレミリアの部屋。

 赤い壁の広い部屋には全員で掛けられるような机と人数分の椅子があり、高い天井には部屋を明るく照らすシャンデリアが吊るされている。

 その部屋の一角にあるキングサイズの天蓋付きのベッドに銀月を寝かせると、レミリアとフランドールは机の椅子に腰掛けて使用人達の到着を待った。

 しばらくして、部屋にノックの音が響いた。


「入りなさい」

「失礼します」


 レミリアが声をかけると、咲夜に続いて本を持った紫色の髪の少女と中華風の服を着た赤髪の女性が入ってきた。


「レミィ、凄い物音だったけど片は付いたの?」


 パチュリーはレミリアにそう問いかける。

 それを聞いて、レミリアは額に手を当てて陰鬱なため息をついた。


「……ええ、付いたわよ。ああいう形でね」


 レミリアはそう言うとベッドに横たわっている銀月を指差した。

 それを見た瞬間、パチュリーと美鈴は驚きに眼を見開いた。


「え……銀月さん?」

「……レミィ。銀月が服だけボロボロになってそこで寝ている訳を話してくれるのよね?」


 呆気に取られる美鈴と、やや剣呑な表情で問いただしてくるパチュリー。

 パチュリーは銀の霊峰の情報を調べているため、事の重大さが分かっているようであった。

 そんな彼女に対して、レミリアは重々しく頷いた。


「ええ。そのつもりよ。まず何があったかを話すわ」


 レミリアはそう言うと自分が知っている事の概略を話した。

 それを聞いて、パチュリーは懐疑的な眼差しをレミリアに向け、美鈴は唖然とした表情を浮かべていた。 


「成程ね。暴走状態になった銀月を止めるためにフランの能力を使った……そう言いたいのね」

「お嬢様、私は銀月さんは暴走するような人には見えませんでしたが……彼が暴走した原因は何ですか?」

「それはフランが知っているはずよ。フラン、何があったのかしら?」


 レミリアはそう言ってフランドールに話を促す。

 するとフランドールは俯いたまま、親に怒られている子供の様に話し始めた。


「私は銀月と遊んでたのよ。それで引っ掻いたらそのまま倒れて、動かなくなったわ。それで近づいてみたら突き飛ばされて、銀月の眼が綺麗な翠色になっていたのよ」

「翠色の眼ですって?」


 翠色の眼の話を聞いてパチュリーが眉を吊り上げる。

 それに対して、レミリアは肯定の意を見せた。


「ええ。一時期辺りを騒がせていた翠眼の悪魔。その正体が銀月が暴走した姿だったのよ」

「翠眼の悪魔……右腕が異様に長かったり、猫の様な獣に見えたりするんだったかしら?」

「それじゃあ、銀月さんは人間じゃないんですか?」


 パチュリーがあげた翠眼の悪魔の特徴を聞いて、美鈴がそう問いかける。

 それを聞いてレミリアは首を横に振った。


「いいえ、銀月自身は間違いなく人間よ。右手が長く見えたって言うのは槍を持っていたから。猫の様な獣って言うのはその動きがそう見えたからだと思うわ。目撃者はきっと殺されかけて錯乱していたから、この人間の姿がもっとおぞましい何かに見えたのでしょうね。でもまあ、悪魔みたいな強さだったのは認めるわ」

「しかしお嬢様、銀月の先程の戦いを見ているととても人間とは思えません。吸血鬼顔負けの再生能力に、あの身体能力。おまけに私の時を止めた世界で動いて居たんですよ?」


 咲夜は少し蒼い顔でレミリアにそう話しかける。

 どうやら先程の戦いの光景がまだ頭に残っているらしい。

 レミリアはそんな咲夜に話を続けた。


「その正体は銀月の能力にあるわ。ただの人間が私達吸血鬼を超えるような身体能力を得て、咲夜の能力を打ち破る、そして銀月が暴走状態になるような能力がね」

「……見たんですね。銀月の能力を」


 咲夜は真剣な表情でレミリアを見つめる。

 そこには自分の能力を破ったものの正体を知りたいという想いが籠もっていた。

 咲夜の問いに、レミリアは一つ頷いた。


「ええ。銀月の能力、それは『限界を超える程度の能力』よ」

「限界を超える程度の能力?」

「そう。恐らく、銀月はその能力で人間としての限界を超えていたんでしょうね。身体能力も然り、治癒能力も然りよ」

「それでは、私の能力を破ったのは?」

「それは咲夜の能力の限界を超えたのよ。つまり、咲夜の能力で時を止められない存在に無理矢理なったって訳。だから、咲夜の時を止めた世界の中でも動けたのよ。はっきり言ってただの人間が持つには強すぎる能力だけど、逆に銀月が人間で良かったとも思うわ。もし吸血鬼や身体能力の高い妖怪がこの能力だったらどうなっていたことか……」


 レミリアは咲夜に銀月の能力の正体と推測される事態を述べていく。

 それを聞いて隣でパチュリーが興味深そうに頷き、そしてため息をついた。


「そう。ということはどういう方法でも彼を捕らえる事は出来ない訳ね。どうやってもその方法の限界を超えて破ってしまうのだから。それ故、殺すくらいしか止める方法がなかったのね」

「そうなるわね。一撃で殺してしまえば、治癒能力が発揮されることはない。だから、私はフランの力を頼ったのよ」


 たとえロープで縛ったとしても、ロープの耐久力の限界を超えられて千切られてしまう。

 たとえ魔法で拘束したとしても、その魔法の能力の限界を超えて解かれてしまう。

 たとえ四肢を切断したとしても、人間の治癒力の限界を超えて再生してしまう。

 だから、一撃で殺すことによって止めるしかなかった。

 パチュリーの言葉に、レミリアはそう言って頷いた。 


「それは分かりました。それじゃあ、何で銀月さんは自分の能力で暴走を始めたんですか? 話を聞く限りじゃ、暴走を起こしそうな能力には見えませんけど……」


 レミリアに対して、美鈴が疑問をぶつける。

 ここまでの話では、何がどうなって銀月が暴走に至ったかが分からないからである。

 それを聞くと、レミリアは考えるそぶりを見せた。

 そして頭の中で推論を組み上げ、言葉に纏めていく。


「……これは推測なんだけれどね……銀月にはとても強い、狂気とも取れる程の生存願望があったんじゃないかしら? そしてフランに殺されかけたとき、きっと死にたくないって今まで以上に強く願ったでしょうね。そしてその願いは能力を覚醒させ、本能を呼び起こした。それも、理性など吹き飛んでしまうような強い生存本能を」

「銀月の能力が、本能に理性と知性の限界を超えさせたって言う訳?」

「ええ、そうよ。そして銀月は自身が生き延びるために、目の前に居る敵を殺すことにした。それを邪魔する私達も敵と見なして一緒にね」


 銀月の能力はその生き延びたいと言う強烈な願望に応えた。

 その結果、生き延びるために不要なものを全て斬り捨てて、生きるために最適な行動を取るべく動き出した。

 それがレミリアの出した結論であった。


「お嬢様、それでは何故銀月さんは今まで暴走することが無かったんですか? 銀月さん、妖怪と命がけで戦ったことがあるって言う話も聞きましたよ?」

「それは銀月の性格に拠るものが大きいんじゃないかしら? 銀月と話したのなら分かると思うけど、彼はとても冷静で理知的な性格で激しい感情なんて滅多に出さないわ。それに、本人は親のために飛び出したって割には私にしたことは一発殴っただけ。銀の霊峰の他の連中は人にトラウマを植え付けるようなことをしたって言うのにね。こんなドライな性格だから、ただ戦うだけじゃ暴走するような事態にならなかったんだと思うわ。それに銀月本人も銀の霊峰で門番になれるレベルの強者。そこらの妖怪に殺されかけるようなこともなかったのでしょうね」

「つまり、暴走するための条件が揃わなかったってことね。成程、考えてみれば翠眼の悪魔の目撃者は必ず人食い妖怪の死骸を見ている。そして今回はフランの攻撃で瀕死の重傷を負っていた。銀月は本当に生命の危機に陥らないと暴走することは無いと考えて良さそうね」


 今までの話をまとめて、パチュリーはそう結論付けた。

 それを聞いて、レミリアは首を横に振った。


「今となってはもう過去のことよ。それよりも、これからの事を考えましょう……銀の霊峰が黙っているはずないもの」

「……ねえ、お姉様。銀月、どうするの?」

「……まずは誠意を見せましょう。銀月の暴走に関して将志達が何も知らなかったとは考えられないもの。銀月の死体を持って銀の霊峰に行くわよ」

「……その必要はない……」

「え?」

「なっ!?」


 突如聞こえてきたか細い声に、全員騒然となる。

 その声の方向を見てみると、倒れていた銀月がゆっくりと身体を起こすところであった。


「……俺はまだ生きてるぞ……」


 銀月は身体を起こすと、手を付いて体を支えた。

 その手には上手く力が入らないのか、震えが見られる。

 美しい翠色だった眼は、元の茶色い瞳に戻っていた。


「お、お前は不死身か!?」


 そんな銀月に対してレミリアがそう叫んだ。

 フランドールの能力によって心臓を潰されたはずの人間が生きていたのだから、驚かないはずが無い。

 そんなレミリアの発言に、銀月はゆっくりと首を横に振った。


「いいや、不死身な訳ないだろう……何の対策もしてなかったら、俺は死んでただろうさ……」

「でも、私は銀月に能力を使ったんだよ!? 心臓を潰したんだよ!? なのに何で!?」

「……そのからくりはこれさ……」


 パニック状態になっているフランドールの前に、銀月は着ていた服の無事だった部分から何かをはがして膝の上に散らした。

 するとパチュリーが近寄ってその紙切れを確認した。

 紙切れは千切れたような跡があり、赤黒い文字で模様が書かれていた。


「千切れた札? 血文字で何か書いてあるわね」

「……身代わりの札さ……これを持っていれば、死ぬような眼にあっても一度だけ身代わりになってくれる……こいつは俺の代わりに死んだ札なのさ」


 どうやらフランドールの能力の効果を、心臓の変わりにこの札が受けたようであった。

 銀月はそう言ってふらつく頭を押さえる。

 眼の焦点があっておらず、意識が朦朧とした状態であることが見て取れた。


「その割には随分ふらふらですよ? 本当に無事なんですか?」

「……これは札の効果さ……生き返ってしばらくの間は前後不覚の状態になるようにしていたんだ……」


 美鈴の疑問に消え入りそうな声で答える銀月。

 それを聞いて、パチュリーから疑問の声が上がる。


「分からないわね。何故そんなことをしたの?」

「俺がいつ暴走するか分からないのは知っていた……もし、暴走すれば俺は父さん達によって殺されることになっていたのさ。だから、俺はこの札を作った。意識を取り戻した時に暴走が治まっている事を祈ってね。だけど、意識を取り戻したときにまだ暴走したままかもしれない。その時のために、俺はこの時間を作ったのさ……」


 銀月は今の状態のことを全員に説明する。

 それを聞いて、レミリアは小さくため息をついた。


「そう……やっぱり銀の霊峰はお前が暴走するかもしれないことは知っていたのね?」

「ああ……全員知っているよ……」

「それで、この札を作り続ける限り貴方は死なない訳だけど、ただで済むわけないわよね?」


 パチュリーは札の残骸を弄りながら銀月に問いかける。

 身代わりの札の詳細が気になって仕方がない様子であった。

 その問いかけに、銀月はガクッと力を抜くようにして頷いた。


「もちろん……その札を作るのに、俺は自分の命を一年縮めなければならないのさ」

「あら、それだけで良いのかしら?」

「……簡単に言ってくれる……削るのは寿命じゃない、天命だ……人間はほんの些細なことで死ぬ。それは何十年先かも知れないし、明日死ぬかもしれない。それから一年減らすんだ。もし俺が事故で一年後に死ぬと決められていたとしたら、俺は作り終えたその瞬間に死ぬし、明日この札をどこかに忘れて死ぬかもしれない。決して安い札ではないさ」


 生物は生きていれば、いずれ確実に死を迎える。

 銀月の話す寿命とは、病気もせず事故にも遭わず、長生きするための最大限の努力をした上で迎える死までの時間のことである。

 一方、彼の話す天命とは事故や病気など、様々な要因で迎える死までの時間のことである。

 例えば、何事も無く生きれば百歳まで生きられる人間が何らかの要因で三十歳で死んだとき、その寿命は百歳、天命は三十歳ということである。

 つまり銀月は、生きていられる年数を一年削って自分に保険を掛けていたのである。


「一つ訊くけど、今までそれを何枚作って、何枚使った?」

「……二枚作って二枚使った。一枚は今使った奴。もう一枚は札が本当に効くか確かめるために知り合いの不老不死者に使ってもらったよ」


 身代わりの札が本当に効果があるか実証するために、銀月はあらかじめ妹紅に頼んで札のテストをしていた。

 つまりそれは銀月は札が本当に効くか確かめるためだけに、自分の持ち時間の一年を捨てたということである。

 それを聞いて、レミリアは呆れ顔を浮かべた。


「そうまでして生きていたいの、貴方は?」

「ああ、生きていたいね。死ぬのは怖いからな」

「そう。それで、その札はまだ持っているのかしら?」


 銀月の言葉に頷いてパチュリーが問いかける。

 それに対して、銀月は首を横に振った。


「いや……流石にもう打ち止めだよ。今殺されたら俺は本当に死ぬ……正直な話、俺は今すぐにでもここから逃げ出したい気分だよ」

「そういう訳には行かないわ。生きている以上、お前とはじっくりと話をしなければいけないわ」


 レミリアはそう言いながら、銀月とドアの間に立った。

 それを見て、銀月は頭を抱えてため息をついた。


「話か……俺は何を話せばいいんだ? それとも君達の話を聞けばいいのかい?」

「フラン、貴女は銀月に言うことがあるでしょう?」


 レミリアはフランドールに声を掛けた。

 するとフランドールは銀月の前にやってきた。


「……あの、銀月……」

「謝罪の言葉なら聞きたくないな」

「え……?」


 突然言葉を遮られ、フランドールは呆然とする。

 そんな彼女に、銀月は冷たい視線を送る。


「謝って済む問題でもない。過程や結果がどうあれ君は俺を傷つけ、殺しかけたんだ。それを許すわけには行かないし、許す気もない」

「う……」


 感情の篭らない機械的な銀月の言葉に、フランドールは言葉を詰まらせる。

 一方、銀月の言葉を聞いてレミリアが不機嫌そうに息を吐いた。


「ふ~ん……それじゃあ、お前が暴走してフランはおろか、止めに入った私や咲夜を殺そうとしたことについてはどうするつもり? 正当防衛が成立するのはフランに対しての攻撃だけよ? 謝って許されないのなら、お前はどう償うつもり?」

「それは……」


 レミリアの言葉に、今度は銀月が言いよどむ。

 そんな彼に対してレミリアは飛び掛った。


「ぐあっ……」

「……ふざけるなよ。確かにお前は殺されかけたかもしれない。だけど、私だって家族を殺されかけて頭にきてるのよ。お前に被害者面は絶対にさせないわ」


 銀月の首をベッドに押さえつけながら、レミリアは吐き捨てるようにそう言った。

 その様子を、全員緊張した面持ちで眺めている。

 そんな彼女達の様子に気が付いたのか、レミリアは銀月の首を押さえたまま声を掛けた。


「……咲夜、美鈴、パチェ。私の部屋から離れなさい。ここから先は、少し荒っぽい対話になるから」

「……かしこまりました」

「では、門番に戻りますね……」

「……くれぐれも早まったことはするんじゃないわよ、レミィ」


 レミリアにそれぞれ声を掛けながら、全員部屋から出て行く。

 レミリアは全員が出て行ったことを確認すると、下に居る銀月に眼を落とした。


「……それで、使用人や客人を遠ざけて俺に何をするつもりだい?」

「言ったでしょう、少し荒っぽい対話をするって」


 わざと軽薄な言葉を使って緊張を和らげようとする銀月に、レミリアは微笑と共にフランドールを見た。

 銀月はその視線をたどると、状況を理解して乾いた笑みを浮かべた。


「……成程ね。フランを残したのはそのためか。まだ俺の命は君達に握られているわけだ」

「そういうことよ。心臓を破壊されれば、暴走する隙を与えずにお前を殺すことが出来る。ここから逃げられると思わないことね」


 つまり、逃げようとすればお前を殺す、そうレミリアは言っているのだ。

 そのレミリアの言葉を聞いて、銀月は大きなため息をついた。


「……命を天秤にかけるのが好きな姉妹だね、君達は。それで、俺に何の話がしたいのさ?」

「話は簡単よ。貴方、フランの付き人になりなさい」

「……何だって?」


 突然のレミリアの言葉に、銀月は耳を疑った。

 すると、レミリアは呆れ顔で首を横に振った。


「分からないかしら? ここで執事をして、フランの世話をしなさいって言っているのよ」

「それで、俺が頷くと思っているのかい? わざわざ命の危険に晒されに行く様な事を誰がしたがるうっ……」

「拒否権があると思うな。お前の命は私達が握っているのだからね」


 拒絶の意思を示す銀月を、レミリアは首を絞めることで黙らせる。

 そうして拒否権が無いことをはっきり示すと、レミリアは首を絞める手を緩めた。 


「けほっ……本気かい? こういう言い方はあまりしたくないけど、実際問題として暴走もしていない俺を殺せば父さん達が黙っていないと思うけど?」

「ええ、本気よ。嘘やハッタリでも何でもない、断って逃げ出すようなら本気でお前を殺す」


 レミリアはそう言いながら、鮮血の様な紅い瞳で銀月の眼を覗き込んだ。

 それを見て、銀月は息を呑んだ。


「……どうやら本気みたいだね。それじゃあ、どうしてそうまでして俺をフランの付き人にしたいんだ?」

「フランがお前を壊すことに躊躇したからよ。狂気に狂って物を与えては壊してばかりいたフランが、お前を壊す時になって壊したくないという意思を見せた……私はフランにもっといろんなことを知って欲しいのよ。そのための教育係に、お前が欲しい」


 レミリアはそう言いながら、空いている右手で銀月の頬を撫でた。

 銀月はその手の動きを受けて、背中にゾクリとした感覚を覚えた。


「……正気じゃないな……それだけのことのために、ここまでするのかい?」

「……お前は家族の本質が分かっているようで分かっていないわね。お前が父親を救うために暴走の危険を省みずに飛び出したように、私はフランのために全てを賭けることが出来る。皆には悪いけど、フランの為なら咲夜も美鈴もパチェも皆巻き添えにして地獄に落ちてやるわ。これが狂っているって言うのなら、私は喜んで狂ってやるわよ」


 銀月の問いかけに、レミリアは躊躇うことなくそう言い切った。

 その眼差しには異様な気迫があり、本気であることを示していた。


「お姉様……」


 そんなレミリアの気迫に、フランドールも飲み込まれていた。

 そしてレミリアは右手で銀月の頬を掴んで固定し、銀月に問いかけた。


「……選べ、銀月。承諾して生き延びるか、断って私達の命を背負って死ぬか。今、この場で決めなさい」


 レミリアはそう言って自分の持っているもの全てを天秤に賭け、銀月の答えを待った。

 銀月はしばらく考えていたが、やがて力なく息を吐き出した。


「……はあ……こんな理不尽な二択があるか……君達と一緒に心中するなんて真っ平御免だ。そんなことをするくらいなら、飲んでやるよ。だが、無条件で飲む気もないけどね」

「でしょうね。もっとも、お前の出した条件に合わせて私も条件を出させてもらうけど」

「……俺が出す条件は、住む場所はここにしないこと。次に、毎日来られるわけではないことを承諾すること。銀の霊峰から要請があった場合はそちらを優先させてもらう。そして、フランが外に出られるのは俺がいるときだけにすること。この三つだ」

「成程ね。それじゃあ、こちらからも条件を出すわ。休む際は前日までに申し出ること。サボりは許さないわ。それから、私やフランが呼びつけたら銀の霊峰の出動要請がない限り来ること。お前の命は私が握っていること、忘れないことね」

「……ならば、貴様の命も俺達が握っていることを忘れないことだ」

「っ!?」

「え?」


 突然聞こえてきた男の声に、全員一斉にその方を見る。

 すると部屋の入り口には銀の髪に小豆色の胴衣と紺色の袴を着けた青年が立っていた。


「……父さん、どうしてここに?」

「……戯け者。お前が引き出した力、出所はどこだと思っている。あんな異常な引き出し方をすれば、嫌でも気付く」


 将志は先程銀月が暴走して力を引き出した際、その異様な力の流れを察知して銀月を探し回っていたのだった。

 そして、今ようやく見つけ出したところであった。


「ここに来るまでの門番やメイドはどうしたの?」

「……眠ってもらった。心配せずとも、殺しはしていない……もっとも、ここで銀月が殺されていたら冷静でいられたかどうかは分からんがな」


 レミリアの質問に将志は無表情で答える。

 その手には銀の槍が握られており、そのけら首に埋め込まれた『檻中の夜天』と呼ばれる真球の黒耀石の中では銀色の光の粒が荒々しく渦を巻いていた。

 そこから感じられる力に、レミリアは内心冷や汗を掻く。


「そこは銀月の生への執着に感謝しないといけないわね。銀月が用意周到じゃなかったら、今頃殺されてるわ」

「……さて、御託はここまでだ。何があったか、洗いざらい話してもらおうか。隠し事は許さん」


 将志が睨むような眼つきでそう言うと、レミリアは事の次第を話し始めた。

 すると将志は状況を把握していくうちに顔を険しくしていき、腕を組んで考え始めた。


「……成程……お前の妹の攻撃を受けて銀月の『限界を超える程度の能力』が暴走し、それをまた妹の能力を使って銀月を殺害することで止めた。しかし、実は銀月は身代わりの札のお陰で生き延びていた。これが事件の全容か」

「ええ、簡単に纏めてしまえばそういうことよ」

「……『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』か……そのような危険な能力を持つ者がいたとはな」


 将志はそう言いながらフランドールを見やる。

 それを見て、レミリアは将志の前にフランドールを庇うようにして立った。


「……フランをどうするつもり?」

「……この時点を持って銀の霊峰の管理下におく。流石に全てのものに対して脅威となりえる能力を持つ人物を、野放しにしておくわけにはいかん」

「フランを連れて行く気かしら?」

「……いや、下手に連れ出すよりもここに住んでいた方が精神も安定するだろう。だが、こちらもフランドールの力を利用させてもらうぞ」


 将志はそう言うと、レミリアの肩越しにフランドールを見やった。

 するとフランドールは将志の黒耀の瞳を警戒するように見返した。


「……私をどうするつもりなの?」

「……フランドール・スカーレット。お前には俺が身動きが出来ない場合の銀月の監視を申し付けることになる」

「なっ!? 父さん、それはどういうことだ!?」


 将志の言葉を聞いた瞬間、銀月は彼に対してそう叫んだ。

 自分の命を奪いかけた人物に自分を監視させるのだから、この反応は当然であろう。

 しかし、それに対して将志は困ったような表情で首を横に振った。


「……お前は自分の異常性が良く分かっていないようだな。はっきり言うが、話を聞く限り暴走したお前を止めるには、一撃で心臓を破壊するか全てを纏めて吹き飛ばすくらいしかない。そんなことが出来るのは俺と封印を解いたアグナ、そしてそこのフランドールくらいのものだ。アグナの封印を解く事はそう簡単には出来んから、必然的にフランドールを頼ることになるだろう?」


 異常な身体能力と再生能力、更に修行によって得た技量を持つ暴走した銀月は、生半可な人材や手段では止められない。

 フランドールは銀月を停止させることが出来る、数少ない人材の一人として見られたのだった。

 そんな父の言葉を聞いて、銀月は歯を食いしばりながら、苛立たしげに将志に問いかける。


「……それで良いのかよ、父さん。俺はフランに殺されかけたんだぞ?」

「……もちろんそれで良い訳はない。銀月にはこれから常に身代わりの札を持ってもらう。ただし、それを作る際に俺の力を混ぜて作れ。そうすればお前の身に何かあったとき、俺は気付くことが出来るからな。発動したときは、双方共に理由を聞くことになる」

「つまり、暴走すれば容赦なく俺を殺すということか……」


 将志の決定に、銀月はそう言って力なく肩を落とした。

 身代わりの札を持つように指示した、と言うことはいつ殺されても良い様にしておけということである。

 そう言わざるを得ない状況に、将志はため息をついた。


「……仕方があるまい。今のところそうする以外にお前を止める術が無いのだからな。第一、お前は暴走していた時の意識が無いのだろう?」


 将志は確かめるように銀月に問いかける。

 すると銀月は叫びたくなるのを堪えるように歯を食いしばった。


「ぐっ……確かに、俺は気がついたらこのベッドの上にいた……」

「……明日からは紫のところでしばらく検証を行うぞ。能力の正体が発覚したことだ。暴走の原因如何によっては色々と考えなければならんからな」

「それで、フランを管理下に置くって言っていたけど、具体的にはどうするつもり?」

「……そこは銀月との緩い相互監視の形を取ることになる。あまりきつくすると双方の負担になるだろうからな」


 割り込んできたレミリアに、将志はそう言って答えた。

『限界を超える程度の能力』がいつどんな理由で暴走するか分からない銀月と、『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』という危険な能力を持つフランドール。

 この二人を共に行動させることでお互いに監視をさせる、それが将志の決定だった。

 その決定を聞いて、レミリアは意外そうな表情を浮かべた。


「……私が言うのもなんだけど、随分と寛大ね。こっちはフランを殺されるかもしれないと戦々恐々だったのに」

「……もし、他の場所で銀月が暴走していたら、俺はこの手で銀月を殺さなければならなかっただろう。正直、そんなことをするのは俺には耐え切れん。その点で言えば、俺は銀月を止めてくれたことに関しては感謝すらしている。そういうことだ」


 将志は苦しげな声でレミリアにそう返し、それを聞いて銀月は俯いた。

 愛する子を殺さなければならない親の心情は、銀月には耐え切れそうも無かったからだ。


「……銀月。お前はもう少し自分のことを考えるべきだ。次にまたこのようなことが起きた時、お前を殺すのは俺かもしれないのだからな……頼むから、俺にお前を殺させないでくれ」


 将志は銀月に背を向けたまま、震えた声でそう言って去っていった。

 その声を聞いて、銀月は眼を覆った。

『限界を超える程度の能力』で再現した将志の心境は、胸が張り裂けそうになるものだった。


「……俺って親不孝ものだなぁ……」 


 銀月は思わずそう呟いた。

 親をあんな気持ちにさせた自分が情けなくて、悔しかった。

 仰向けに寝転がり、眼を腕で覆う。

 その横から熱い雫が一筋流れ落ち、頬を伝っていた。


「何泣いてるのよ」

「……泣いてなんてないさ」


 レミリアが話しかけると、銀月はそのままの体制で答えを返して起き上がった。

 それを見て、レミリアは小さく笑った。


「あら、存外に立ち直りが早いのね」

「……気にしていても仕方が無いからね。次があるなら次は気を付ければ良いだけの話さ」


 銀月はそう言って自らの頬を強く張る。

 二度とこんな過ちを繰り返さないと言う意思を込めたものであった。


「それにしても……俺ってそんな監視が付けられるほど異常かなぁ……?」


 銀月はレミリアに対してそう呟くと、深々とため息をついた。

 それを見て、レミリアは呆れ顔で更に大きなため息をついた。


「アンタねえ……吸血鬼二人を圧倒した上に時を止められた空間でも動いた挙句、全身ハリネズミにされても生きていた人間が普通だと思うかしら?」

「いや、でも心臓を潰されたら死ぬんだからまだ……」

「黙らっしゃい。とにかく、私はお前を人間だとは認めないわ。翠眼の悪魔の異名の通り、悪魔だって言われた方がまだしっくり来るわよ」


 銀月の言葉をレミリアはそう言って全否定する。

 その言葉を受けて、銀月はフランドールに縋るような眼を向けた。


「……ごめん銀月、私も人間はあんなのじゃないと思う」


 しかし、銀月の願いも空しくフランドールはそう言って首を横に振った。


「酷いなあ……」


 銀月はがっくりとうなだれ、シーツの上にのの字を書く。


「それでお話を纏めると、銀月は私と一緒にいてくれるってこと?」

「……ああ、そうだよ。正直不本意だけどね」


 フランドールの言葉に、銀月は跳ね除けるようにそう返した。

 それを聞いて、フランドールの表情が曇る。


「う……そんな風に言わなくても……」

「悪いけど、一度だけ恨み言に付き合ってくれ。自分を殺しかけた相手にそう簡単に心を開くほど、俺は人間が出来ていない」

「……わ、私、人間が簡単に死ぬなんて知らなくて……」

「だからって、理由も無く簡単に傷をつけて良い理由にはならない。まして、ただの娯楽で殺されるなんて反吐が出る。そんなことをする奴は死ねばいいと何度思ったことか」


 泣きそうな表情を浮かべるフランドールに、銀月は容赦なく恨みつらみをぶちまける。

 怒鳴るでもなく、泣くでもなく、全ての感情を取り払った言葉。

 お前には心の一端も掴ませないと言わんばかりのその言葉は鋭利な刃物のように鋭く、フランドールの心に突き刺さる。


「銀月……お前……!」


 そんな銀月の言葉に、レミリアが銀月に跳びかかった。

 再び銀月は首を掴まれてベッドに押し倒される。

 しかし、銀月はそんなレミリアを冷ややかな眼で見つめ返した。


「……レミリアさん。貴女だってそうでしょう? もし、悪ふざけの感覚で流水を掛けられたり銀をぶつけられたら、貴女は黙っていられますか? 俺は無理だ。相手は殺す気で来てるんだから、俺は相手を殺す」

「ぐっ……」


 銀月の言葉に、レミリアは何も言い返せなかった。

 銀月はレミリアの手を自分の首から外すと、起き上がってフランドールを見つめた。


「……私は、ただ銀月と遊びたかっただけなのに……」


 フランドールは俯いたままそう呟く。

 そんな彼女に、銀月は感情の籠もらない言葉を返した。


「なら、もっといろいろ知ることだ。世の中、知らなかったでは済まされないことがある。少なくとも今のフランとは遊べないし、遊ぶ気も無い」

「お前、まさか父親の言いつけや私との契約を破るつもり?」


 レミリアはそう言って銀月を睨んだ。

 それに対して、銀月は小さくため息をついた。


「……俺は約束を破る気は無い。父さんの言ったとおりフランの監視はするし、レミリアさんの約束どおり付き人だってしよう……だけどフラン、俺の君に対する感情はどう頑張ってもマイナスだ。それだけは覚えておいてくれ」

「うん……」


 フランドールは銀月の言葉に短く返事をすると、そのまま黙り込んでしまった。

 レミリアも何も言い返せず、ただ心配そうにフランドールを見つめている。

 そんな中、銀月は大きく深呼吸をした。 


「ところで、俺が着れる服は無いかな? 胴衣も袴もボロボロでもう使い物にならないんだけど」

「……待ちなさい。それならどこかに……」


 レミリアはそう言うと部屋のクローゼットの中を漁り始めた。


「……ああ、あったあった。これを着なさい」


 しばらくすると、レミリアは一着の服を取り出した。

 銀月はそれを手渡されると、手にとって広げてみた。

 するとそれは血潮のように赤い執事服だった。


「……これは、執事服? 赤いけど」

「そうよ。着てみなさい」


 銀月は言われるがままにそれを着ることにした。

 白いワイシャツを着てやや落ち着いた赤色のスラックスを穿き、黒いネクタイを締めてスラックスとお揃いの色の上着を羽織る。

 最後に黒い靴下を履いて黒い革靴を履く。

 そして、最後に銀月は一言呟いた。


「……何でピッタリなのさ」


 銀月が着た執事服は丈の長さ、腰周り、肩幅に至るまで全ての寸法が銀月に合わせてあった。

 それを身に付けた銀月の呟きを聞いて、レミリアは面白そうに笑った。


「それは元々お前に着せるために仕立てたからよ」

「ちょっと待った。俺は寸法を取られた覚えはないんだけど?」

「そりゃそうよ。咲夜が時を止めて計ったのだから」


 どうやら、いつの間にか銀月は採寸されていたようである。

 暴走状態に無ければ咲夜の能力は破れないので、しっかり止められていたのだった。

 銀月は訳が分からず、呆れ顔で首をかしげる。


「で、何でこれを作ったんだ?」

「似合いそうだったから。本当はこの前の宴会で着せるつもりだったんだけどね。タイミングを逃したのよ。うん、予想通り良く似合ってるわ」


 レミリアはそう言って満足そうに頷いた。

 それに対して、銀月は大きなため息をついた。

 この赤い執事服を作った理由があまりにくだらなくて、脱力する。


「……まあいいか。これで裸で帰らなくても済むわけだし」


 細かいことを気にしてもしょうがない。銀月はそう思うことで気を持ち直した。

 そんな銀月の前に、レミリアは正面を向いて立った。 


「銀月」

「はい……っ」


 銀月が意識を向けた瞬間、レミリアは銀月の喉元に真紅の槍を突きつけた。

 銀月は立ったまま、その状況を受け入れる。


「その服に袖を通すからにはお前は紅魔館の一員。その命、私が預からせてもらうわ。これから先、お前は勝手に死ぬことは許されない。この言葉、胸に深く刻みつけておきなさい」


 レミリアは厳かな口調で銀月に向かってそう言い放つ。

 それは紅魔館の当主としての、執事に対する最初の命令であった。


「……かしこまりました、レミリア様」


 銀月はそう言うと執事としてのスイッチが入ったようで、胸に手を当てて恭しく礼をした。

 その銀月の言葉に、レミリアは興味深そうな表情を浮かべた。


「……銀月は咲夜や美鈴みたいにお嬢様とは呼ばないのね?」

「私のお嬢様はフランドール様ですので。それと、次に来られるのは私の能力の検証が終わってからになりますのでご了承ください。では、失礼致します」

「ええ、次からは頼むわよ」


 レミリアがそう言うと銀月は再び礼をして部屋から出て行こうとする。

 しかし、ドアに手を掛ける直前にレミリアに向き直った。


「ああ、それからレミリア様……そこで落ち込んでおられるお嬢様のフォローをお願い致します。では」


 銀月は事務的な口調でそう言って礼をすると、今度こそ部屋から出て行った。

 それを確認すると、レミリアは部屋の中央で俯いている妹を見た。


「フラン……」


 レミリアは立ち尽くしているフランドールをそっと抱きしめた。

 すると、フランドールは落ち込んだ声で話を始めた。


「お姉様……どうしよう。私、銀月に嫌われちゃった……」

「まあ、仕方が無いわよ。フランは人間が死にやすいってこと知らなかった訳だし……」

「でも、銀月はそれじゃあ済まないって言ってたよ……私、嫌われたまま一緒に居るなんて我慢出来ないよ……」


 レミリアが慰めるも、フランドールは泣きながらそう訴える。

 今までずっと閉じこもっていて、人と接することが無かった彼女は今まで誰かに嫌われた経験など無い。

 その上、最初の出会いがとても楽しいものであったためにフランドールは銀月にかなり好感を持っていた。

 そのため、今回のことで銀月にマイナスの感情を持たれた事はかなりのショックになっていたようであった。

 そんなフランドールに、レミリアは困った表情を浮かべた。


「……参ったわね……時間が解決してくれると良いのだけど……」


 レミリアがそう呟いた瞬間、ノックの音が響いた。

 レミリアは一瞬どうしようか迷ったが、急ぎの用事である可能性があるので中に入れることにした。


「入りなさい」

「失礼します。お嬢様、妹様にお話があるんですけど良いですか?」


 中に入ってきたのは美鈴だった。何やらフランドールに話があるようである。

 そんな美鈴に、レミリアはため息をついた。


「後にしなさい、美鈴。フランが落ち着いたら話をさせてあげるわ」

「あはは……それが、落ち着かせるためのお話なんですけど……」


 美鈴は暢気に笑いながらレミリアにそう話す。 

 するとレミリアは、美鈴の方を向いて首をかしげた。


「……どういうことかしら?」

「まあ、ちょっと話をさせてください」


 そんな美鈴の言葉を聞いて、レミリアは少し考えて結論を出した。


「分かったわ。そういう事なら話してみなさい」

「ありがとうございます」


 美鈴はそう言うと、声を押し殺して泣いているフランドールの元へと向かった。

 フランドールは美鈴が近づくと、ゆっくりと顔を上げた。


「妹様、少しお話良いですか?」

「……何?」

「銀月さんとの仲なんですけど、そんなに心配することは無いですよ」

「……何でそんなことが言えるの?」

「それがですね、銀月さんのお友達にギルバートさんって居るんです。この人、今は銀月さんと兄弟って呼び合うくらい仲のいい人なんです」

「……それが、どうしたの?」

「実はですね……ギルバートさん、人狼なんですけど本当は大の人間嫌いで、最初は銀月さんを殺そうとしたらしいんですよ」

「……え?」


 美鈴の話を聞いて、悲しげだったフランドールの表情が変わった。

 銀月の親友が元は自分を殺しに来た人狼だと言う話への興味のほうが先に出て、美鈴の顔をジッと見つめて先を促す。

 そんなフランドールに美鈴は話を続ける。


「最初のうちはそれは酷かったみたいですよ? 会うたびに殺し合いみたいな大喧嘩をして、周りに迷惑を掛けていたみたいですから。でも、今はもう親友とも言える仲なんです」

「それじゃあ……」

「はい。そこまで気にすることは無いと思いますよ。最初は嫌われても、段々仲良くなっていけばいいんですよ」

「……そっか」


 美鈴が話し終えると、フランドールの表情には安堵の表情が窺えるようになった。

 まだ改善の余地はある。フランドールは今の話をそう理解した様であった。

 それを見て、美鈴は笑みを浮かべて一つ息をつく。


「……落ち着いたみたいですね。それじゃあ、私は門番に戻りますね」

「待ちなさい。美鈴、貴女何故そんな話をしようと思ったの?」


 部屋を出て行こうとする美鈴に、レミリアが声を掛ける。

 すると、美鈴は関節が錆付いたロボットの様な仕草で振り返った。


「え……あ、その、それはですね?」

「……銀月の差し金ね?」

「うっ、その……」

「答えなさい」


 しどろもどろになっている美鈴に、レミリアは威圧感を出して一気に畳み掛ける。

 それを受けて逃げられないと悟った美鈴は、肩を落としながらため息をついた。


「……はい。確かに銀月さんに話をするように言われました……黙っておくように言われてたんですけどね」

「それで、他に何か言ってなかったかしら?」

「主人の機嫌を直すのも従者の務めですから……って言ってましたよ。案外素直じゃないですね、銀月さん」


 美鈴はそう言って苦笑いを浮かべた。

 それを聞いて、レミリアは額に手を当ててため息をついた。


「……本当、よく出来た執事だこと。というか、実は殺されかけたことを全然気にしてないんじゃ……」

「かも知れませんね……て言うか、本当に銀月さんここで執事をするんですか?」

「そうよ。それも、銀の霊峰の長である父親の半ば公認の形でね。思わぬところで有能な執事が手に入ったわ」


 レミリアはそう言うと嬉しそうに笑った。

 それにつられて美鈴も笑い出す。


「あはは、きっと咲夜さんやパチュリー様も喜びますよ。二人とも結構銀月さんのことは気に入ってるみたいですし」

「特に咲夜はそうでしょうね。仕事の負担が一気に減るものね」

「そうですね。私としては、門番の負担も軽減して欲しいなー、なんて……」

「……そこは自分で何とかしなさい。でないと、また咲夜のナイフが額に刺さるわよ」


 一気にジト目に変わるレミリア。

 それを見て、美鈴は乾いた笑みを浮かべて固まった。


「あ、やっぱり……で、では、私は門番に戻りますね」

「ええ。ありがとう、美鈴」

「いえいえ、銀月さんの言うとおり、主人の機嫌を直すのも従者の務めですので。じゃあ、失礼します」


 美鈴はそう言うとレミリアの部屋を辞した。

 それを見届けると、レミリアは大きく伸びをした。


「さてと……これから銀月を迎える準備をしなければいけないわね。フラン、ちょっと良いかしら?」


 レミリアはそう言ってフランドールを手招きする。

 するとフランドールはレミリアのところへと歩いてきた。


「なあに、お姉様?」

「フランにはこれから覚えてもらうことがあるわ。外に出ることになるのだから、しっかりと覚えて私達の顔に泥を塗ることがないようにしなさい」


 レミリアがそう告げると、フランドールはにこやかに笑った。


「うん、私頑張るよ! それからお姉様、一つお願い事があるんだけど良い?」

「何かしら?」

「えっとね……」


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