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銀の槍のつらぬく道  作者: F1チェイサー
銀の槍と銀の月
78/175

銀の月、人里に行く

「それじゃあ銀月、晩ごはんまでには帰ってきてね」


 白い胴衣と袴の少年に、巫女は笑顔でそう告げる。

 どうやら夕飯を暖かいまま食べられるのが嬉しいらしい。

 なお、普段は銀月が朝に三食分作っていくので、昼と夜は必然的に冷めたものとなるのだった。

 巫女の言葉に、銀月は小さくため息をついた。


「……作るのは僕なんだけどなぁ……というか、霊夢は行かないの?」

「だって特に行く理由もないし。行くとしたら買出しぐらいだけど、そんな必要もないしね」

「そうだ、ついでだし何か欲しいものはある? それか何か食べたいもの」

「そうね……あ、そうそう、前に作ってくれたクリームコロッケが食べたいわ」

「クリームコロッケね……ちょっと待って、材料確認するから……コンソメスープ、残ってたかなぁ……」


 銀月はそう言いながら台所にあるものを確認しに行った。

 その背中を、霊夢と紫は見送る。


「……すっかり主夫ね、銀月……」

「そうね。我ながら良い拾い物をしたわ」


 苦笑いを浮かべた紫の呟きに、霊夢が満足げに笑いながら頷く。

 その言葉に、紫は呆れ顔でため息をついた。


「拾ったのは貴女じゃないでしょう? それにあんまり銀月に任せ切りだと、銀月に何かあったときに何も出来なくなるわよ?」

「あんたも式神に全部やらせてるくせに、何言ってるのよ」

「あら、私は良いのよ。家事が出来なくても困らないから」


 ジト眼をくれる霊夢に、紫は胡散臭い笑みを浮かべてそう返す。

 そんな中、台所では冷蔵庫を漁る銀月の姿があった。

 氷冷式の冷蔵庫の中を、銀月は確かめていく。


「えっと……バターとパン粉とトウモロコシ……ソースは前に作ったのが残ってるからそれを使おう。キャベツが無いな、買って来よう。コンソメは……ああ、あったあった。うん、これだけあれば大丈夫だね。霊夢、今日はクリームコロッケにするよ」

「宜しく~♪」


 銀月がそう言うと、霊夢はそう言ってにこやかに手を振った。

 それを確認すると、銀月は買い物袋を収納札の中にしまって紫の元へとやってきた。


「お待たせ、紫さん。準備できたよ」

「良いかしら? それじゃあ飛んでいくわよ」

「うん」


 銀月が紫の手を握ると、二人は空へと浮かび上がった。

 手を繋ぐのは藍の方針であり、紫の異性に対する苦手意識を克服させるためのものであった。

 しばらくのんびりと飛んでいくと、人里が見えてきた。


「はい、ここが人里よ。ここから先は一人で行ってちょうだい」


 紫の言葉を聞いて、銀月はちょこんと首をかしげた。


「あれ、紫さんは行かないの?」

「ついて行ってあげたいけど、私が人里に入ると大騒ぎになっちゃうのよ」


 苦笑いを浮かべながら、紫はそう言う。

 それを聞いて、銀月は頷いた。


「あ、そっか。紫さん、幻想郷で一番偉い人だもんね」

「少し違うけど、まあそういうこと。博麗神社までの帰り道は分かるわね?」

「うん、大丈夫だよ。案内してくれてありがと、紫さん」


 銀月はそう言うと紫の頬にキスをした。

 これもやはり藍の差し金である。

 紫はそれを受けて、嬉しそうに笑った。


「どういたしまして。それじゃあ、失礼するわね」


 紫はそう言うと、スキマの中へと消えていった。

 それを確認すると、銀月は人里の入り口へと降りていった。


「……えっと、晩ごはんまで時間があるから……ちょっと町の中を歩いてみよう」


 銀月はそう呟くと、人里の中を歩くことにした。

 あっちこっちを見てまわり、そのうち人通りの多いところへとやってきた。

 真っ直ぐに伸びた道の両脇に、様々な品物を並べた店がたくさんある通りであった。


「ここが商店街かぁ……色んなお店があるね」


 銀月は商店街の店を興味深そうに眺めながら歩いていく。


「あら、見ない子ね。どこから来たのかしら?」


 しばらく歩くと、銀月は声を掛けられた。


「えっと、僕のこと?」


 突然の声に、銀月はその方を向く。

 すると、そこには恰幅の良い女性が立っていた。

 その後ろには店があり、たくさんの野菜や果物が並んでいた。

 青果店のようである。


「そうよ。今日はお使いか何かかな?」

「うん。あ、そうだ。え~っと……これがいいかな。このキャベツ下さい」


 銀月はキャベツの山の中から、緑色が濃いキャベツから芯の様子や重さを見て選んだ。

 店番の女性は、銀月の選別眼をみて驚いた表情を浮かべた。


「あら、随分と良いのを持っていくわね。おばさんびっくりよ」

「だってこれが一番美味しそうだったんだ。でも、他のも美味しいと思うよ?」

「ありがとう。そうだ、これおまけしてあげる」


 店番はそう言うと、銀月にりんごを手渡した。

 すると、銀月は笑顔を浮かべた。


「いいの? ありがとう! あ、そうだ。せっかくだからこのりんごももう一つ下さい」

「あら、誰かへのお土産かしら?」

「うん、ちょっとデザートに焼きりんごを作ってあげようと思って」


 銀月がそう言うと、店番はキョトンとした表情を浮かべた。


「え、料理できるの?」

「うん。今日の晩ごはんはクリームコロッケだよ」

「凄いねぇ。だったらりんごをもう一個サービスしちゃうよ」


 店番はそう言うと、銀月にりんごをもう一つ手渡した。

 銀月はそれを受け取ると、困惑した表情を浮かべた。


「えっと、本当にいいの?」

「良いの良いの。頑張る男の子にはうんとサービスしないとね♪」


 店番はそう言って銀月に笑いかけた。

 それを聞いて、銀月はぺこりと頭を下げた。


「ありがとう。それじゃ、次のところに行くね」

「毎度あり。これからもうちの店をご贔屓にね」

「うん!」


 その後、銀月は色々と店を回って買い物を済ませていった。

 小さい子供のお使いに店員は次々とサービスしていき、銀月の買い物袋は膨れ上がった。

 銀月は道の脇で買い物袋の中を確認し、買い忘れがないか確認する。


「……えっと、お買い物はこれで全部だね。うん、時間もあるしちょっと散歩してみようかな」


 銀月は買い物袋を収納札にしまうと、気分良く歩き始めた。





  *  *  *  *  *




 時間は少しさかのぼり、昼前。

 人里の人気の無い通りに、一人の少年が立っていた。

 壁に寄りかかったその少年は金髪で、ジーンズと黒いジャケットを着ていた。


「全く、何で俺がこんなところに……」


 少年は苛立ちを隠すことなくため息をつく。

 ふと上を見上げると、一羽の白い鳩が止まっていた。

 その鳩はジッと少年のことを見つめており、微動だにしない。

 その鳩を見て、ギルバートという少年は再びため息をついた。


「……親父の奴、母さんに監視させてまで俺にこんなことさせて、いったい何がしたいんだ……?」


 ギルバートはそう呟く。

 目の前の白い鳩は母親であるジニがギルバートの様子を観察するために飛ばしているものであった。

 これによって、ギルバートは嫌でも人里に入らなければならなくなったのだ。

 しばらくその鳩を眺めていると、横から誰かが近づいてくる気配を感じた。

 その気配が真っ直ぐ自分に向かってくるのを感じ、ギルバートは顔をしかめた。


「……なあ、お前さっきから何やってんだ?」


 近づいてきた人影はギルバートに声をかける。

 声をかけてきたのは同年代の少女で、モノトーンの服に金色の髪が特徴的であった。

 その少女から、ギルバートは眼を背ける。


「……別に」

「んじゃ、暇なのか? なら少し話でもしようぜ!」


 少女はギルバートの様子に構うことなく話を続けようとする。

 ギルバートはそれを受け、嫌そうな顔を浮かべながら背を向ける。


「……いきなりなんだよ。話しかけんな、人間」

「え、人間じゃないのか?」

「ああ違うね。俺は人狼だ。人間なんかと一緒にすんじゃねえよ」

「人狼って、夜になると狼になるあれか?」

「ああそうだ。頼む、もう話しかけんな。本当は人間何ざ見たくもねえんだからな」


 強い好奇心を滲ませる声で話しかけてくる少女。

 そんな少女に、ギルバートは背を向けて眼を合わせずに話をする。

 突き放すようなその言葉に、少女は首をかしげた。


「……んじゃ、何でここに居るんだ? ここは人間だらけなんだぜ?」

「知らねえよ。俺はただ、親父に言われてきただけだ。……人間の良い所を見つけて来いだなんて、何をかんがえてるか知らねえけどな。それじゃあ俺は行くぜ、あばよ」

「待った! そういうことなら私が人間の良さをじっくり教えてやるぜ! 私は霧雨 魔理沙! お前、名前は?」


 立ち去ろうとするギルバートの前に、霧雨 魔理沙と名乗る少女は回りこんでそう言った。

 それを受けて、ギルバートは180度方向転換をして背を向けた。 


「……おい、人の話を聞いてなかったのか? 俺は話しかけんなって言ってんだよ。あっち行けよ」


 ギルバートは手で追い払う動作をしながらそのまま立ち去ろうとする。

 そんな彼の目の前で、再び回りこんだ魔理沙の人差し指が振られた。


「ちっちっちっ……ダメだぜ、そんなことじゃ。そんなこと言ってたら人間の良い所なんて見つけられないぜ! なあ、名前教えてくれよ」

「うるさいな……ギルバートだ。これでいいな、さっさとどっかに行ってくれ」


 詰め寄ってくる少女に、ギルバートは頭を抱えながら名前を告げる。

 しかしその言葉とは裏腹に、魔理沙は更に詰め寄ってきた。


「ギルバートだな。どっから来たんだ?」

「……お前、本当に人の話を聞かないな。どっか行けって言ってるんだよ。俺は人間なんて大っ嫌いなんだからな」

「おいおい、そんなこと言うなよな。お前は人間の良い所を探しに来たんだろ? そんなんじゃ一生掛かっても見つけられないぜ?」

「知るかよ、そんなこと。もう良いだろ、俺は行くぜ」


 ギルバートは吐き捨てる様にそう言うと、魔理沙に背を向けて歩き出す。


「しょうがないなぁ……それじゃ、私が案内してやるよ!」


 すると、魔理沙はその横について一緒に歩く。


「ついて来るなよ」


 ギルバートはそう言いながら歩調を速める。


「そうは言うけど、ギルバートは一人だろ? 食事できる場所を知らないとお腹減るぜ?」


 魔理沙はそう言いながら、早足でついて来る。

 ギルバートはしばらく考えて、自分が食事のできる場所のことを何も知らないことに気づき、苛立たしげに頭をかいた。


「……ああくそ、もう勝手にしやがれ」

「じゃあ、そうさせてもらうぜ」

「……ふん」


 満足げに笑う魔理沙に一瞥をくれると、ギルバートは歩き出した。

 その横に、魔理沙はしっかりとついて来る。


「そっちに行っても何もないぜ」

「良いんだよ、何もなくて。人間が居ない方に行きたいんだからな」

「だからダメだって。ったく、しょうがないなぁ~ 私が連れてってやるよ!」


 魔理沙はそう言って笑うと、ギルバートの腕に抱きついた。

 そしてしっかりと掴んだのを確認すると、ぐいぐいと引っ張って歩き始めた。


「っ、放せ!」


 ギルバートは魔理沙を振りほどこうとする。

 しかし肘の部分をしっかりと抱え込まれているため、簡単には抜け出せそうも無かった。

 そんなギルバートの様子に、魔理沙はニヤリと笑みを浮かべた。


「い~や、放さないぜ。こうでもしないと人間の居るところに行かないだろうしな。さあ、行こうぜ!」

「あ、おいっ!?」


 魔理沙はどんどん人が多いところへ向かって歩いていく。

 すれ違う人間は、ギルバートの腕を抱え込んだ魔理沙を微笑ましいものを見る眼で見送っていく。


「お、霧雨のところの嬢ちゃんじゃねえか。隣のは彼氏か?」


 そんな中、一人の男が魔理沙に声をかける。


「いんにゃ、人間の良さを探しに来た人狼だってさ」


 その男に、魔理沙はギルバートを腕を抱えたまま見せびらかすように突き出す。

 眼を逸らしているギルバートを、男は興味深そうに眺めた。


「へぇ、そうかい。人狼のところにゃお世話になってるからな、人間の良さをじっくり語ってやってくれよ!」

「言われなくてもそのつもりだぜ!」


 お互いに親指を立ててそう言い合うと、男は去っていった。

 その後しばらく歩いていくと、二人は商店街へとやってきた。

 人間が多い通りを見てギルバートが嫌悪感を示すが、魔理沙はそれに構わずどんどん進んでいく。


「こんにちは、八百屋のおばちゃん!」

「こんにちは、魔理沙ちゃん。隣の子は誰?」

「ギルバートって言って、人狼なんだ。今、人間の良さを教えてるところなんだ」

「あら、そうなの。それじゃ、おばさんもいいとこ見せないとねえ……ほら、これあげるよ」


 そう言うと、店番は魔理沙にりんごを手渡した。

 それを受け取ると、魔理沙は嬉しそうに笑った。


「いいのか? やった、今日はついてるぜ!」

「ほら、君も」


 続いて、ギルバートにもりんごを差し出す。


「……礼は言わないからな」


 それを、ギルバートはぶすっとした表情のまま顔を背けて受け取る。

 それを見て、店番は苦笑いを浮かべた。


「あらあら、気難しい子なのね。それじゃ魔理沙ちゃん、頑張ってね」

「うん!」


 魔理沙はその後もギルバートをあちらこちらに連れまわした。

 明るい魔理沙に周囲はどんどん声をかけ、ギルバートもそれに晒される事になった。

 それに対して魔理沙は笑顔で答え、ギルバートは憮然とした表情で最低限の答えを返すのだった。


「どうだ? 人間の良さ、何か分かったか?」


 しばらく歩くと、魔理沙は隣の少年に声をかけた。

 それに対して、ギルバートは疲れた表情でため息をついた。


「……どうでもいい。とにかく少し休ませてくれ……」

「なんだよ、だらしないな。男がそんなことでどうするんだよ?」

「あのなあ、自分のペースで歩けないのは思ってるよりきついんだぞ? お前のペースにずっと合わせてりゃきついに決まってるだろ。ちょっとはこっちの事も考えろ、人間」

「まあ良いじゃないか、将来彼女が出来たらこうなるんだろうし。て言うか、いい加減私のことを名前で呼べよ。ちゃんと名乗っただろ、魔理沙って」


 ギルバートの物言いに、魔理沙は不満げに頬を膨らませて抗議する。

 その抗議を、ギルバートは一笑に付した。


「知るかよ。人間は人間で十分だ……?」


 突如として、ギルバートの動きが止まる。

 辺りを見回し、何かを探しているようである。


「ん、どうしたんだ、ギルバート?」

「……悪いが、案内はここまでだ。少しやることが出来たからな!」


 ギルバートはそう言うと魔理沙の手を振りほどき、民家の屋根へと飛び上がった。

 そして、そのまま屋根伝いに走って行ってしまった。


「あ、おい! ……行っちゃった。どうしたって言うんだ?」


 一人残され、魔理沙はそう呟くしかなかった。




  *  *  *  *  *



「銀月!」

「ん、この声はギルバート?」


 突如として上から声がかかり、銀月はその方を向く。

 すると屋根の上から人影が飛び降りてきた。


「よお、こんなところで会うとは奇遇だな」


 ギルバートは笑みを浮かべて銀月に話しかける。

 その笑みは、獲物を前に笑う獣のようなものだった。

 そこから発せられる威圧感をものともせず、銀月は首をかしげた。


「あれ、人間嫌いの君がどうしてここに?」

「親父の言いつけでね、仕方なくここに来てんだよ」

「そうなんだ……で、僕に何の用?」


 銀月はそう言うとスッと眼を細める。

 どうやら、相手の様子から何が望みなのか大体分かっているようである。


「少し憂さ晴らしに付き合ってもらうぜ。人間だらけのところに居てムカムカしてんだよ」


 ギルバートはそう言いながら銀月を見つめる。

 それを聞いて、銀月は大きくため息をついた。


「はあ……また八つ当たり? 君は人狼でしょ? 人狼が人間に対して弱いものいじめをしていいの?」

「どの口でそんな台詞を吐いてやがんだよ。俺はお前を弱者だなんて絶対認めねえからな」


 呆れ口調の銀月に、ギルバートも呆れ口調でそう返す。

 それを聞いて、銀月は薄く笑みを浮かべた。


「……分かったよ。僕も修行を禁止されてね、少し運動したいところだったんだ。ちょうど良いから相手してあげるよ」


 銀月はそう言いながら肩を回す。

 どうやら欲求不満だったのはギルバートだけではなかったようだ。

 そんな銀月の様子に、ギルバートは不敵な笑みを浮かべた。


「上等だ。なら移動しようぜ。ここじゃあ人が多すぎるからな」

「そうだね」


 二人は頷きあうと、屋根の上に飛び上がって町中を風のように駆け回った。

 そしてしばらくすると二人は揃って上を向き、空へと飛び上がった。

 集落を一望できる高さまで飛び上がると、ギルバートは頷いた。


「……ここなら良さそうだな。人も居ないし、広いし」

「ねえ、ギルバート。君、狼になるの?」

「あ? どういうことだよ?」

「だって、人里の中で狼になるのは拙いでしょ?」


 銀月がそう質問すると、ギルバートは大きくため息をついた。

 そして煩わしそうに舌打ちをすると、銀月に向き直った。


「……余計な心配すんな。今日は魔法と体術だけでやってやるよ」

「分かった。そう言う事なら僕も札や槍は使わないよ。これで対等だね?」

「ああ。それじゃあ、始めようぜ!」

「うん!」


 二人はそういうと、お互いに弾幕を展開した。

 片方は金色の弾幕の中にサファイアのように輝く青い弾丸。

 片方は銀色の弾幕の中にエメラルドのように煌く緑の弾丸。

 二つの弾幕はぶつかり合い、空を複雑な色彩に染め上げた。

 その中心では、それらを放った本人達がぶつかり合う。


「はあっ!」

「おっと、やあっ!」


 ギルバートの下からの飛び蹴りを、銀月は紙一重で躱す。

 そして、後ろを向いているギルバートに追撃をかけようとする。


「そこだぁ!」

「うっ!?」


 銀月が蹴りを入れようとすると、ギルバートはカウンター気味に拳を放ってきた。

 それを銀月は咄嗟に交差させた腕で受け後ろに後退し、ギルバートを睨んだ。


「……やるね。ちょっと見ない間に随分と修行を積んだみたいだね?」

「ああ。この前と同じだと思うなよ?」


 防御の体制をとった銀月に、ギルバートはニヤリと笑った。

 その一方で、銀月は額を押さえながら大きく深呼吸をした。


「ふぅ……いけないいけない。『どんな相手も決して侮るな』。そうだったね、お父さん」


 銀月はそう呟くと、眼を閉じて大きく息を吸い込んだ。

 そしてその息を吐き出しながら、銀月は構えを変えた。

 左手を前に突き出し、右手を腰の位置に添えると、銀月は眼を開いて相手を見据えた。


「……来なよ。もう油断はしないよ」

「ああ……行くぜ!」


 ギルバートはその言葉と共に、弾幕を潜り抜けながら銀月に拳を繰り出した。


「……ふっ!」

「ぐあっ!?」


 銀月はその拳を巻き取り左手で掴むと、その手を引きながらギルバートの右わき腹に右ひじを突き刺した。

 相手の勢いに自分の力を乗せた一撃に、ギルバートは思わず怯む。


「こなくそ、まだだ!」

「そこっ!」


 再び銀月に突っ込んでいくギルバート。

 そのギルバートに、銀月は前に突き出すような蹴りを繰り出す。


「ぐぅ、喰らえっ!」


 ギルバートはあえてその蹴りを左肩で受け、反転する身体を使って強烈な右ストレートを叩き込んだ。

 そのパンチは、銀月の腹へと吸い込まれていった。


「がふっ!? ごほっ、ごほっ……やったなあ!」


 銀月は体勢を立て直すと、今度は自分からギルバートに向かって攻め込み始めた。

 それからしばらくの間、二人は激しい打ち合いを始めた。

 銀月がカウンターを狙えば、ギルバートはそれを力技で打ち破ろうとする。

 ギルバートが攻撃を耐え切ると、銀月は素早く動いて相手を翻弄する。

 二人はお互いの弾幕を潜り抜けながら、ひたすらに殴りあった。

 が、しばらくすると、段々と趨勢が決し始めてきた。

 銀月の速度に、ギルバートが追いつけなくなってきたのだ。


「そらっ!」


 疲れてガードが上がったところを、銀月が鳩尾に突き刺さるような蹴りを入れる。

 ギルバートは対応できず、その直撃を受けた。


「ぐふっ……く、くそっ……まだ!」


 ギルバートはそれを何とか耐え切り、銀月への反撃に移ろうとする。


「遅い!」

「があああっ!?」


 そこに、銀月は上から強烈な踵落としを喰らわせた。

 ギルバートは頭頂部にそれを受けて、地面に叩きつけられる。


「これで、終わり!」


 そこに止めを刺すべく、銀月は高速で降下して行った。


「ちょっと待ったあああああああ!」


 その間に、一人の少女が割ってはいる。

 それは先程までギルバートと一緒に街中を歩き回っていた少女だった。


「ええっ!?」


 突然の闖入者に、銀月は慌ててブレーキをかける。

 その体は足から着地すると激しく滑り、魔理沙の目の前で立ち止まった。


「やめてくれよ! もうギルバートはボロボロじゃないか!」


 魔理沙はギルバートをかばうように手を広げ、銀月の前に立ちふさがる。

 その脚は震えており、目の前の人間に恐怖しているのが分かった。

 目の前の人間は空を飛び、人間離れした身体能力で戦っていたのだ。

 その相手に向かってただの人間が立ち向かうのは、どれだけの勇気がいるのかは分からない。

 魔理沙はただギルバートを助けたい一心で、銀月の前に立ちはだかったのだ。

 そんな少女の様子に、銀月は困惑した表情を見せた。


「えっと……これ、僕とギルバートの勝負なんだけど……」

「そんなの知るか! 友達がボロボロになっていくのを黙って見ていられる訳ないだろ!」


 魔理沙は涙眼になりながらも、銀月に必死でそう訴える。

 するとその後ろでギルバートが立ち上がろうとする。

 その姿は傷だらけであり、口の中が切れているのか口から血の混じった唾液を吐き出していた。


「ぐっ……退けっ……」

「いいや、退かないぜ! 私はお前がやられるのを見たくないんだ! どうしてもやるって言うんなら、私を倒してからにしろ!!」


 戦いを続けようとするギルバートに、魔理沙は彼に背を向けたまま気丈にそう言い放つ。

 その様子に、銀月は大きくため息をついた。


「……はあ……これじゃあ僕が悪人みたいじゃないか……もう良いや。ギルバート、この勝負なしでお願いしていいかな?」


 銀月はそう言って二人に背を向け、肩をすくめる。

 その行動に、ギルバートが怪訝な表情を浮かべた。


「何だと?」

「だって、続けるにはそこの女の子を君が倒さなきゃいけないんでしょ? そんなことしたら弱いもの虐めになるじゃないか」


 銀月は心底やる気が失せたと言った声色でギルバートにそう言った。

 それを聞いて、ギルバートは苛立たしげに舌打ちをした。


「ちっ……しょうがねえな……分かったよ、この勝負なしだ。これで良いだろ、魔理沙?」


 ギルバートは仏頂面で魔理沙に向かってそう言い放つ。

 その場に胡坐をかいて座り込み、不機嫌そうに頬杖をつく。


「う、うん……へへへ、やっと名前で呼んでくれたな、ギルバート」


 ようやく名前を呼ばれ、魔理沙は嬉しそうに笑う。


「ふん……」


 そんな魔理沙から、ギルバートは少し照れくさそうに眼を背けるのだった。


「お~い、お前達!」


 突然、その場に人影がやってきた。

 その人影は成熟した女性のもので、三人の下へ真っ直ぐ走ってきていた。


「あ、はい。何でしょうか?」


 その人影に、銀月は応対しようとする。

 しかしその能天気な対応が走ってきた女性、上白沢 慧音の逆鱗に触れたようである。


「あんな派手に喧嘩しておいて、何でしょうかじゃないだろう! 二人とも、そこに直れ!」

「え、えっ!?」

「な、なんだよ!?」


 慧音は銀月とギルバートの腕を掴むと、横に並ばせる。

 突然のことに、二人は慧音のなすがままになる。


「ふんっ! ふんっ!」



 ごっすん。ごっすん。



 慧音は思いっきり、骨が砕けんばかりの勢いで二人に頭突きをかました。

 周囲に鈍い音が響き渡る。


「あいったああああああ!?」

「いってえええええええ!?」


 頭突きを受けた二人はあまりの痛さに倒れこみ、その場で悶絶する。

 そんな二人を慧音は容赦なく立たせ、その場に正座させる。


「さあ、何であんなことをしていたのか説明してもらおうか?」


 かくして、慧音のお説教タイムが始まるのだった。




 説教が終わり二人が解放されると、魔理沙が二人の下へとやってきた。


「お、終わったみたいだな。怪我、大丈夫か?」


 魔理沙はそう言いながらギルバートの怪我を心配する。

 すると、ギルバートは不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「……この程度どうってことねえよ。人狼を舐めるな」

「その頑丈さは僕も見習いたいな。というか、前に比べると急に強くなったよねギルバート。秘密の特訓でもしたの?」

「お前に負けるのだけは癪に障るんだよ。負けたくないなら、鍛えないとダメだろ」


 銀月の浮かべた疑問に、ギルバートはそう言って答える。

 そんな二人を、魔理沙が興味深そうに眺めていた。


「なあ、お前らいつもこんなことしてんのか?」

「ああ、こいつと会ったときは大概こんな感じだよ。だから止める必要なんざねえってのに……」


 魔理沙の質問に、ギルバートは不機嫌そうにそう答えた。

 やはり人間である銀月に負け越しているのが気に食わないのである。


「まあ、仕方が無いさ。今回は人里って言う人目の多い場所だったわけだし。今度は邪魔の入らない場所でしようか?」

「……ああ、いいぜ。次は絶対にお前を倒してやる」


 銀月が笑顔で誘うと、ギルバートもそれに笑みを浮かべて答える。

 今度こそ倒す、ギルバートの眼はそう言っていた。


「ところでさ、二人ともどうやって空飛んでたんだ? あと、何か撃ち合ってただろ? あれ、何だ?」

「……どうせ渋ったところでしつこく聞いてくるんだろうから答えてやる。魔法だよ」


 魔理沙の問いにギルバートはため息をつきながらそう答える。

 すると魔理沙は楽しそうな笑みを浮かべて考え込んだ。


「魔法かぁ……私も使えるようになるかな?」

「……知るかよ」

「あはは……こればっかりは僕にも分かんないな」


 魔理沙の呟きに、ギルバートは吐き捨てるようにそう言い、銀月は乾いた笑みを浮かべる。

 すると、魔理沙は銀月に視線を向けた。


「そう言えば、お前誰だ? 私は霧雨 魔理沙。で、そっちの名前は?」

「僕? 銀月って言うんだ。宜しくね、魔理沙さん」

「おいおい、堅っ苦しいのはなしにしようぜ? 魔理沙でいいぜ」

「じゃあそうさせてもらうよ、魔理沙」


 二人はそう言って笑いあう。

 すると、魔理沙は何か気になったことがあったのか首をかしげた。


「ところで、銀月は苗字は無いのか?」

「あ~……あるけど、ちょっと今は名乗れないかな……」


 魔理沙の質問に、銀月は冷や汗を浮かべて苦笑いを浮かべながらそう返す。


「え~、なんだよそれ。言えよ~」


 そんな銀月の答えに、魔理沙は不満そうに頬を膨らませながら肘で銀月のわき腹を突く。

 すると、しどろもどろになっていた銀月が何かを思い出したように顔を上げた。


「あ、そうだ。早く帰って霊夢に晩ごはん作ってあげなきゃ! じゃ、じゃあね!」


 銀月はそういうと風のように空を飛んで行った。

 それは一切の妨害の余地を見出せない、見事な撤退であった。


「あ、こら逃げんな! ……ちぇ、逃げられたか」


 魔理沙は悔しそうにそう言いながら足元の石を蹴る。

 その横で、ギルバートは自分の腕時計を見てため息をついた。


「さてと、俺ももう帰っても大丈夫だろ。それじゃあ魔理沙、俺も帰るぜ」

「え~……もう帰っちまうのかよ」


 魔理沙はそう言いながらギルバートのジャケットの袖を掴む。

 ギルバートはため息をつきながらその手を外した。


「良いだろう、俺がどうしようと。それにもう帰らねえと遅くなっちまうからな。じゃあな」


 ギルバートはそう言うと、ふわりと宙に浮かび上がった。

 そんなギルバートを、魔理沙は走って追いかける。


「ギルバート! また会えるよな!?」

「……さあな」


 ギルバートはそう言い放つと、人狼の里に向けて飛び立っていった。

 その去り際、魔理沙には彼の口は笑っているように見えた。


「……また、会えるよな」


 魔理沙は笑顔を浮かべてそう呟くと、家に帰ることにした。

 その足取りは、とても軽いものだった。




  *  *  *  *  *




「あら、帰ったのね、ギル」


 ギルバートが家に帰ると、薄紫色のアラビアンドレスを身に纏った褐色の肌の女性が出迎えた。


「ただいま、母さん。疲れた、少し寝る」


 ギルバートはそう短く告げると、自分の部屋へと向かおうとする。


「それで、人間の良い所は見つかった?」


 その背中に、ジニはそう問いかける。

 すると、ギルバートはその場に立ち止まってため息をついた。


「……知らねえ。人狼とあまり変わらねえし」


 ギルバートはため息混じりにそう話す。

 それを聞いて、ジニは満足そうな笑みを浮かべた。


「そう。おやすみ、ギル」

「うん、おやすみ、母さん」


 ギルバートはそう言うと、自分の部屋へと入っていく。

 部屋に入ると、きちんと整えられたベッドの上に身体を投げ出した。

 そして、しばらくそのまま天井を見つめる。


「……友達、か……」


 ギルバートはそう呟くと、眠りの淵へと落ちていった。

 その時の夢は、とても良い夢だった。

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