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銀の槍のつらぬく道  作者: F1チェイサー
銀の槍と銀の月
76/175

銀の月、永遠亭へ行く

「えいっ、やあ!」


 気合の掛け声と共に、銀月は銀色に光る二枚の札を携えて相手に打ち込んでいく。

 その攻撃は絶え間なく、相手の武器を弾き飛ばして攻め込んでいく。


「せいっ、はっ!」


 それに対して、涼は手にした朱の柄の十字槍を巧みに操って捌いていく。

 劣る手数を槍の長いリーチを上手く使って補っている。


「そこだっ!」


 銀月は涼の槍を弾いて隙を作ると、即座に札から槍を取り出して突き込んだ。

 その突然の切り替えは、初見であるならば間違いなく対応出来ない程素早かった。


「甘いでござるよ!!」


 しかし、その放たれた槍を涼は脚捌きを使って避けながら弾き、銀月の側面に回りこんだ。

 そして、銀月の背中に槍の柄を叩き付けた。


「ぎゃうっ!?」


 銀月は叩かれた衝撃で地面を転がり、倒れ臥した。

 将志の守り神の守護が掛けられているため大怪我はしないが、それでも痛いことには変わりない。


「惜しかったでござるなぁ、銀月殿。でも、まだまだ拙者はお主には負けんでござるよ」

「うう~っ、修行不足かな~?」


 涼が声を掛けると、銀月は涙眼になりながらそう言った。

 それを聞いて、涼は大きくため息をついた。


「……間違ってもそれは無いから安心するでござる。現に、銀月殿の技量はその年齢では考えられないくらい高いでござる。銀月殿に足りないのは実戦経験でござるよ。こればかりはここでの修行だけでは補えんでござるからなぁ」

「経験か……どうすればいいんだろう?」

「手っ取り早いのはここで開かれている大会に参加することでござるな。そこで戦ってみれば、今のお主がどのくらいの強さを持っているかの指標にもなるでござるからな」

「そっか……それじゃあ、お父さんに聞いてみるよ」


 銀月はそう言うと社の中に入ろうとする。

 その肩を、涼はがっしりと掴んだ。


「その前に……ちょっとその槍を見せるでござる」


 涼の声を聞いて、銀月の顔はみるみるうちに蒼くなった。

 どうやら、何か後ろめたいことがあるようであった。


「うっ……て、手入れはちゃんとしてるよ?」

「いいから見せるでござる」

「……はい……」


 そう言って、銀月は恐る恐る手にした槍を差し出した。

 涼はそれを受け取ると顔をしかめた。


「……ほうほう、総鋼造りの槍でござるか……道理で打ち合った感触が重かったわけでござるなぁ……これ、結構高かったでござろう?」

「うん……今までのお小遣い全部使って……」


 銀月は頭を抱え、震える声でそう言った。

 それは正に親に怒られるのを怖がる子供の図であった。

 それを聞いて、涼は再び大きくため息をついた。


「はあ……成長期の子供がこんなものを扱ってたら身体を壊すでござるよ……可哀想でござるが、このことはお師さんに報告するでござる」


 それを聞いた瞬間、銀月は弾けた様に顔を上げた。


「ええっ!? お願い涼姉ちゃん、お父さんに言うのだけは……」

「駄目でござる。唯でさえ修行のし過ぎで体が悲鳴を上げているはずなのに、こんなものを使っていたら身が持たないでござるよ。お師さんにこってりと搾られるが良いでござる」


 泣きそうな眼で懇願する銀月に、涼は非情な一言を投げかける。


「あううう……」


 それを聞いて、銀月はがっくりとうなだれるのだった。

 そこに、燃えるような紅い髪の小さな少女が駆け寄ってきた。


「お、いたいた。銀月、兄ちゃんが呼んでるぜ……って、うなだれてどうしたんだ?」

「ああ、アグナ殿。これを持ってみれば分かるでござるよ」


 涼はそう言ってアグナに銀月の槍を手渡した。


「ん? って重っ!? 何だ、この槍は!?」


 あまりの重さに落としそうになり、アグナは慌てて持ち直す。

 そんなアグナに、涼は苦笑しながら正体を告げる。


「銀月殿が買ってきた総鋼造りの槍でござる」


 それを聞いた瞬間、アグナはガシガシと頭を激しく掻いた。


「か~っ! 滅茶苦茶すんな~、お前は! こんなん見つかったら兄ちゃんに怒られっぞ!?」

「……うん……」

「これは叱られるべきでござるよ。どうにも銀月殿は修行と無茶の区別が付いていないようでござるからな」

「連行だな、こりゃ」


 そう言うと、アグナと涼は銀月の両腕をしっかり抱え込んで歩き出した。

 向かう先は、将志の居る書斎である。


「ううう~っ……」


 連行される最中、銀月はうなだれたまま唸り続けていた。

 書斎の前に立つと、アグナは戸を三回叩いて中に入った。


「兄ちゃん、銀月連れてきたぜ」


 アグナが声を掛けると、植物図鑑を読んでいた将志は顔を上げた。


「……ありがとう、アグナ。冷蔵庫にプリンが入っているから、それを食べるが良い」

「お、いいのか!?」


 将志の言葉に、アグナのオレンジ色の瞳がキラキラと輝きだす。

 それに対して、将志は笑顔で頷いた。


「……元々お前の分だ、遠慮することはない」

「おう! ……それはそうと兄ちゃん……」


 アグナはそう言いながら、若干頬を染めて将志を見る。

 それを見て、将志は苦笑した。


「……分かった。食べさせてやるから待っていろ」

「へへへ~、んじゃ待ってるぜ!!」


 アグナは嬉しそうに笑うと、部屋からスキップしながら出て行った。


「お姉さま、そういうことなら私が食べさせて「テメエはすっこんでろぉ!!」あ~れ~!!」


 突如飛びついてきたルーミアを、アグナは見事なジャイアントスイングで投げ飛ばして星に変えた。


「……ファー」


 星になったルーミアを遠い眼で見送る将志。

 そんな将志に、銀月が声を掛ける。


「それで、僕に用って何?」

「……今日は出かけるから、仕度をしろ」

「出かけるって……どこに?」

「……そろそろ紹介しても良い頃合だと思うのでな。付いてくればわかる」

「う、うん……」


 将志の言葉に、銀月は素直に頷いた。

 その一方で、将志は銀月の隣に居る涼に眼を向けた。


「……ところで、何故涼がここに居るのだ?」

「お師さん、何も言わずにこれを持って欲しいでござる」


 涼はそう言って銀月の鋼の槍を手渡した。

 将志はそれを持って軽く振ると、小さくため息をついた。


「……これは……成程、全てが鋼で作られた槍か。それで、これがどうかしたのか?」

「それ、銀月殿が買ってきたものでござるよ。先程まで、銀月殿はそれを使って鍛錬をしていたでござる」


 涼の言葉は、将志の予想通りのものだった。

 それを聞いて、将志は頭を抱えて盛大にため息をついた。


「……また無茶なことを……銀月、矢鱈滅多にこういうことをすれば良いと言う物ではないと、何度言ったらわかるのだ? このような物はきちんと段階を踏んでから使っていくものだ。今のお前に、この槍は重すぎる。しばらくの間これは預からせてもらうぞ」

「そんなぁ~……」


 銀月は眉尻をハの字に下げ、泣きそうな眼で将志を見つめる。

 そんな銀月を見て、将志はまた小さくため息をついた。


「……なに、その行為自体はそこまで間違ってはいない。身体に負荷を掛けることで筋力を増強させることが出来るし、重い武器と言うものは使いこなせれば一概に高い威力を持つものだ。だが、お前のそれは程度が過ぎているのだ。もう少し落ち着いて鍛錬を積むが良い。時期が来たらお前に返してやる」

「は~い……」

「……それから、罰として今日一日は鍛錬を禁止する。今一度、修行について考え直すが良い」


 将志は銀月に淡々と処分を下す。

 それを聞いて、銀月はふくれっ面をした。


「むう……修行時間を減らせば大丈夫だと思ったのになぁ……」

「……だから、方法が極端すぎるのだ。その為の槍が欲しいのなら、俺が新しいのをやろう。さあ、仕度をしてくるが良い」

「……うん、分かったよお父さん」


 銀月は不承不承といった面持ちで仕度をしに行った。


「……さて、俺はアグナのところへ行くとしよう」


 銀月を見送ると、将志はアグナとの約束を果たしに向かった。




 銀月が仕度を終えて将志がアグナにプリンを食べさせ終えると、二人は迷いの竹林へと向かった。

 銀月はここに来るのは初めてであり、将志の後ろにしっかりついて行く。

 しばらく竹林の中を進んでいくと、二つの人影が見えてきた。

 ひとつは、地面に倒れている長い黒髪の少女。

 もうひとつは、長い銀の髪に六輪の花の髪飾りをつけた少女だった。


「……きゅうううう~……」

「あら、もうお終いですの、輝夜? 少しだらしが無いのではなくて?」


 眼を回して倒れている輝夜に、六花はにこやかにそう問いかける。

 その表情は、とてもスッキリとした表情であった。

 そんな六花に、銀月が声を掛ける。


「あれ、六花お姉ちゃん? どうしてここに居るの?」

「ちょっとした運動ですわよ、銀月。運動不足は避けないといけないでしょう?」


 六花は相変わらずにこやかに笑いながら銀月に答える。

 それを聞いて、将志が首をかしげた。


「……だが、お前は戦闘を好まないのではなかったのか?」

「ああ、輝夜は別ですわよ。こういう運動にはちょうど良いですし、何よりこれほど気分がスッキリする相手も居ませんわ」


 六花の答えを聞いて、将志は大きくため息をついた。


「……相変わらずだな、全く。六花、今日は主の元へ行くから、後は任せたぞ」

「了解しましたわ、お兄様」


 将志は輝夜を担ぎ上げると再び歩き出し、銀月もそれに続く。

 しばらく進むと、なにやらテーブルが置いてあった。

 ご丁寧に白いテーブルクロスが掛かったそのテーブルの上には、赤ワインが半分ほど注がれたワイングラスが置いてあった。


「……銀月、輝夜を任せる。ここから先は俺の後ろを黙ってついて来い。空を飛ばず、俺が踏んだところ以外は決して踏むな」


 将志は銀月に輝夜を託すと、ワイングラスを手に取った。

 その瞬間、グラスの中の透き通った深く赤い液体が揺れる。


「う、うん……」


 銀月は輝夜を背負うと、将志の後ろにピッタリ付いた。

 それを確認すると、将志は歩き出した。

 銀月はその後ろを黙ってついて行く。


「……ふっ」


 ある地点まで来ると、将志は軽やかに跳び始めた。

 その柔らかい動作は、グラスの中の赤ワインをほとんど揺らすことは無い。

 池の飛び石を踏むように、将志は軽々と進んでいく。


「それっ! それっ!」


 銀月はその後ろを必死でついて行く。

 霊力で脚力を強化し、将志が足を付けたところを頑張って踏みに行く。

 しかしその一つで加減を間違えた瞬間、銀月の足は地面に沈み込んだ。


「うわわっ!?」


 周囲の地面が崩れ落ちると同時に、銀月は咄嗟に将志が踏んだ足場を掴んだ。

 背中には輝夜を背負っているため、当然片手である。

 下を見ると、なにやら白い物体が顔を覗かせていた。

 そのべったりとした質感から、鳥もちのようである。


「んしょ……」


 銀月は足に霊力を通し、壁に足を突き刺しながら何とかよじ登る。

 日頃鍛えているおかげで、少女を一人担いだ程度ではどうと言うことはない。

 更に壁に深々と足を突き刺しているため、手を離しても落ちることが無く片手で登ることが出来るのだ。


「な、何でこんなに大きな落とし穴が……」


 銀月は浮島のような足場に何とか立つと、思わずそう漏らした。

 落とし穴は道全体を覆うほど広く、異様に大きかった。


「……急がなくっちゃ」


 銀月は見失ってしまった父親の背中を急いで追いかけ始めた。

 すると、前方から大きな物音が聞こえてきた。


「……えっ?」


 銀月は将志の足跡をたどりながら、その方向へと足を進める。

 すると、そこには瓦礫の山が出来上がっていた。


「……お父さん?」


 銀月は気絶している輝夜を瓦礫の上に乗せると、瓦礫を退け始めた。

 その途中で耳をそばだててみると、僅かながら呼吸が聞こえてくる。

 それを聞いて、銀月は急いで瓦礫を退ける。

 すると、中からウサギの耳をつけた少女が現れた。


「あれ……女の子?」


 銀月は突如現れた少女をジッと眺める。

 よく見ると足首を捻挫しているらしく、そこが赤く腫れあがっていた。

 銀月はしばらく考えた末、収納札の中からロープを取り出した。

 そして輝夜を背負うと落ちないように固定し、身体を動かして落ちたりしないか確認した。


「……よし、これで大丈夫」


 銀月はそう言って両手で頬を叩き気合を入れると、気絶している二人目の少女を抱きかかえた。

 そして、将志の足跡を再びたどり出した。


「よっ、はっ!」


 飛び飛びになっている足跡を、銀月は次々と跳躍しながら踏んでいく。

 その額には汗が滲んでいて、かなり消耗しているようである。


「う……ん……あれ?」


 そんな中、銀月の腕の中から声がした。

 少女は銀月の小さな腕の中に居ることを確認すると、慌てだした。


「え、ええっ!?」

「落ち着いて、兎さん。暴れると落ちちゃうよ?」

「え……あ、はい……」


 銀月が優しく声を掛けると、少女は大人しくなった。


「それじゃあ、しっかり掴まってね!」

「ひゃああああ!?」


 銀月は少女をしっかり抱えると、飛ぶように走り始めた。

 その急加速に、少女は思わず銀月の首にしがみつく。

 それを受けて少女を抱く腕に力を込め、銀月は走り続けるのだった。




 一方、永遠亭の前では一人の少女が面白く無さそうな表情を浮かべていた。

 その視線の先には、ワイングラスを手にした銀髪の男。


「……今度こそあんたの間抜け面が拝めると思ったのに……」

「……ははっ、残念だったな。それとお前の挑戦にも勝ったぞ、てゐ」


 将志はてゐに笑顔で手にしたワイングラスを見せる。

 中の赤ワインは一滴もこぼれた様子はなかった。


「くっ……この化け物……」


 てゐの表情が悔しげに歪む。

 それを見て、将志は苦笑いを浮かべながら通ってきた道を見た。


「……しかし、銀月にはまだ早かったか? てゐの罠はかなりえげつないからな……」

「そのえげつない罠を難なく突破するあんたは何なのよ……」

「……さあ、何であろうな? ……ふむ、このワインはなかなかに美味いな。銘柄を調べておくとしよう」


 ジト眼を向けるてゐに、将志はワインを飲みながらそう答えた。

 それからしばらくすると、なにやら色々抱え込んだ人影が現れた。


「あの……重くない……?」


 抱えられた少女はおずおずと銀月に声を掛ける。


「ううん、そうでもないよ。僕、鍛えてるからね。お姉さんくらいなら軽いものさ」


 その問いかけに、銀月は笑顔で答える。

 しかし、少女は困惑した表情で銀月の後ろを見る。


「でも後ろには姫様も居るし、降ろしても良いのよ? 二人は流石につらいんじゃ……」

「ダメだよ。兎さん、脚を怪我してるじゃないか。無理して酷くなったら大変だから、我慢して」

「は、はい……」


 銀月の一言で、少女は黙り込んだ。

 そんな少女を運ぶ銀月に、将志が声を掛ける。


「……ご苦労だったな、銀月。まさか二人目を拾ってくるとは……」

「お父さん、何でこの道はこんなに罠だらけなの?」


 銀月は将志に疲れた表情でそう問いかける。

 すると、将志の眼が急に泳ぎ始めた。


「……あ~……それに関しては俺には何も言えんのだ。とにかく、そういう道だって言うことにしておいてくれ」


 将志は冷や汗を流しながら苦笑いを浮かべ、銀月にそう答えを返す。

 その横で、てゐがニヤニヤと笑いながら腕の中の少女を眺めていた。


「で、いつまで抱かれてるのよ、鈴仙。しかも子供に」

「は、はひっ!? あ、あの、もう良いから降ろして!!」


 鈴仙は何とか降りようとジタバタをもがく。

 しかし、それに対して銀月は落とさない様にギュッと腕に力を込めた。


「却下。そんな腫れた足じゃ歩けないでしょ? せっかくの綺麗な脚をダメにしたくないんなら、大人しく運ばれて」

「あ……はい……」


 少し語気を強めてかけられた言葉に、鈴仙は少し頬を染めて大人しくなった。

 そんな鈴仙を抱える銀月に、将志が声をかけた。


「……銀月、俺が代わろうか?」

「ダメよ、将志。こんな面白い光景滅多に見られないんだし、そのままにしておきましょ?」


 行動を制するように掛けられたてゐの声に、将志は首をかしげた。


「……そういうものなのか?」

「そういうものよ」

「それで、この人達はどこに運べばいいの?」

「……医務室があるから、そこに運ぶが良い。てゐ、案内してやってくれ」

「了解。それじゃあ、こっちよ、銀月」


 てゐはそう言うと、永遠亭の中へと歩き始めた。

 そんなてゐの言葉に、銀月は首をかしげた。


「あれ、何で僕の名前知ってるの?」

「さっき将志があんたのことをそう呼んでたじゃない。さあ、早く行くわよ。いつまでもそのままじゃ重いでしょ?」

「そんなこと無いんだけどな……」


 銀月は苦笑いを浮かべてそう呟きながら、てゐについていった。

 一方、将志は一人廊下を歩いて居間に向かっていた。

 居間の襖を開けると、そこには自分が主と慕う女性が待っていた。


「お帰りなさい、将志。将志がここに居るってことは罠に掛かったのは別の人物ね?」

「……ああ。どうやら鈴仙と銀月が掛かったようだ」


 銀月の名前を聞いて、永琳は口に人差し指を当てて思い出す仕草をした。


「銀月……ああ、何年か前にあなたのところに来た人間だったわね。それじゃあ、その二人は今医務室かしら?」

「……ああ。銀月が輝夜と鈴仙を運んでいるはずだ」

「輝夜も?」

「……先程六花に手酷くやられたようでな」


 将志のため息混じりのその言葉を聞いて、永琳は苦笑いを浮かべながらため息をついた。


「またなのね……まあ、喧嘩するほど仲が良いとも言うし、さっさと起こしに行きましょう」


 永琳がそう言うと、二人は医務室へと向かった。

 二人が医務室に着くと、そこでは空っぽのベッドが待っていた。

 それを見て、二人は首をかしげた。


「……おかしい、まだ着いていないのか?」

「でも、現にここには誰も居ないわよ?」

「……てゐに案内させたのは失敗だったかも知れんな……」


 将志がため息混じりにそう言った瞬間、廊下を誰かが歩く音が聞こえてきた。

 軽やかな足音と若干重たい足音が近づいてくると、医務室の戸が開いた。


「ああそうそう、ここだったわね。着いたわよ、銀月」

「ここだね……ってお父さん?」


 銀月は先に医務室で待っていた将志を見てそう呟いた。

 そんな銀月に、将志は疑問をぶつけてみた。


「……銀月、今までどこに行っていた?」

「てゐさんに案内してもらったんだけど……てゐさん迷っちゃったみたいで……」

「それでその格好で歩き回っていたってわけね?」

「うん」


 永琳の問いに、銀月は素直に頷いた。

 無論、てゐが迷ったのはわざとであるが、銀月はそれを疑うそぶりも見せない。


「うう……引き回しの刑に遭いました……」


 その手の中には、顔を真っ赤にして縮こまっている鈴仙の姿もあった。

 どうやら銀月はこの状態のまま永遠亭の中を歩き回ったようである。


「二人も担いで、重くは無かったのかしら?」

「ううん、そんなこと無かったよ。二人とも軽いもん」


 永琳の問いかけに、銀月は笑顔でそう答えながら鈴仙と輝夜を寝台に寝かせる。


「……銀月は並の鍛え方をしていないからな。ただ歩くだけならこの程度は平気だろう」

「ふぅん……まだ子供なのに凄いわね。つまり、将志が手塩にかけて育てているわけね」


 少し誇らしげな将志の言葉に、永琳は感心したようにそう言った。

 しかし、それを聞いて将志は首を横に振った。


「……いや、勝手に育っているのだ」

「……そうだった、いつも休んでくれないってぼやいていたわね、将志は」

「……鍛錬が好きなのは大いに結構、しかし限度を知らないようでは困るのだがな……」


 そう言って大きくため息をつく将志。

 そんな将志に、永琳は笑顔を見せる。


「本当に将志そっくりね、そういうところは。二人とも向上心が凄いもの」

「……だがあまりに酷いから、今日などはもう鍛錬禁止を言い渡してある。時間があれば全員見張っておいてくれ」

「あはは……姫様と違ってサボらないように見張るんじゃないんですね……」


 疲れたような将志の呟きに、鈴仙が乾いた笑みを浮かべる。


「悪かったわね、いつもサボってて」


 その声に、鈴仙の隣の寝台から不機嫌な声が飛んできた。


「あら、起きたのかしら、輝夜?」

「……ちっくしょー、また負けた……ああ、腹立つわね!!」


 輝夜は苛立った声でそう言いながら枕を殴りつける。

 そんな輝夜に、銀月が声を掛けた。


「あの……大丈夫?」

「……何、この子?」

「あの、銀の霊峰でお世話になっている銀月って言います。随分ボロボロになっちゃってるけど、大丈夫ですか?」

「……別に平気よ。いつもの事だし」


 銀月の問いかけに、憮然とした表情で輝夜は答えた。

 それを聞いて、銀月はホッとした表情を浮かべた。


「そっか……鈴仙さんはどう?」

「私はちょっと足首が痛みますね……」

「あらあら、これまた随分酷い捻挫ね。見たところ骨折はして無さそうだけど、薬を塗ってしばらく安静にしてないとダメね」


 永琳は鈴仙の腫れあがった足首を見てそう診断し、塗り薬を取り出した。


「そうですか……」


 それを聞いて、鈴仙は陰鬱なため息をついた。

 そんな鈴仙に、銀月が笑顔を見せながら声をかける。


「鈴仙さん、ちょっと面白いものを見せてあげるよ」

「はい?」


 銀月はそう言うと札の中から無色透明なガラスのコップを取り出した。

 鈴仙は銀月の行動の意味が分からず、困惑した表情を浮かべる。


「確認して。空っぽだよね?」


 銀月は鈴仙にコップを手渡し、空であることを確認させる。


「え、ええ」


 鈴仙は確認を終えると、銀月にコップを返した。

 すると銀月は近くにあった木の机の上にコップを置き、ポケットから赤いハンカチを取り出した。


「それじゃあ、このハンカチを掛けるよ……っと、その前に何もないか確認して?」


 銀月はハンカチを鈴仙に手渡す。

 鈴仙はハンカチを裏返してみたり揉んで見たりするが、何か仕掛けがあるようには思えなかった。


「……やっぱり何もないね」


 鈴仙はそう言いながらハンカチを返す。

 銀月はそれを受け取ると、コップが完全に隠れるようにハンカチを掛けた。


「はい、それじゃあ改めてハンカチを掛けるね。じゃあ行くよ。……3、2、1、それっ!」


 銀月はそう言ってハンカチを取る。

 しかし、コップは空のままだった。


「……あれ?」

「あれれ? おかしいな、これ何度も練習したのにな?」


 銀月はそう言うと再びハンカチをかけてそれを取る。

 しかし、やはりコップは空のまま。

 銀月はハンカチを掛け直して首をかしげる。


「あはは……上手く行かないこともありますよ、銀月くん」

「おっかしいな~……鈴仙さん、試しにちょっとめくってみてくれる?」

「ええ、いいですよ」


 鈴仙は苦笑いを浮かべてそう言うと、ハンカチをめくった。

 すると、いつの間にかコップの中に橙色の液体が入っていた。

 もちろん銀月はコップに手を触れてなどいない。


「あ、あれ!?」


 突然現れたそれに、鈴仙は驚きの声を上げた。


「……ほう……」

「え、何、今の?」

「へぇ……上手いものね……」


 周りで見ていた将志達も感心したり、驚いたりしていた。

 そんな中、銀月は鈴仙に笑いかけた。 


「はい、僕が作ったニンジンのジュースだよ。良かったら飲んでね♪ あと、それから……」


 銀月は鈴仙の前にスッと手を差し出した。

 その手には何も握られておらず、ただひらひらと振られるだけだった。


「3、2、1、それっ!」


 銀月が素早く手首をくるりと回すと、いつの間にかその手には白い鈴蘭の花が握られていた。

 その花からは、鈴蘭特有の芳しい香りが漂っている。


「えっ?」


 突然現れた鈴蘭の花に、鈴仙は呆然とした表情を浮かべる。

 そんな鈴仙の手を包み込むように、銀月は花を手渡す。


「これ、あげるよ。だから、早く元気になってね。笑ってる顔のほうが、絶対に可愛いと思うから」

「あ、はい……」


 優しい笑顔を浮かべて銀月がそう言うと、鈴仙は顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 そんな銀月を、唖然とした表情で女性陣は見ていた。


「うっわ~……気障な口説き方……」


 鳥肌を立てながらてゐはそう呟く。

 その横で、永琳は額に手を当てながらため息をついた。


「……銀月も将志と同じかそれ以上の女誑しになりそうね……それに鈴蘭の花って狙ってやってるのかしら?」


 永琳の言葉に、輝夜とてゐが首をかしげた。


「どういうこと、えーりん?」

「鈴蘭の花言葉は『純潔』『幸福の訪れ』もしくは『純愛』なのよ」

「……ますます持って気障ね」


 永琳の言葉に、てゐは銀月にジト眼を向ける。

 実際のところ、銀月は見た目と香りで鈴蘭の花が気に入っているだけなのだが、この場で言っても信じてもらえないであろう。

 そんな女性陣の言葉に、将志が腕を組みながら首をかしげる。


「……口説いてるのか、これは?」

「「「どこからどう聞いても口説き文句です。本当にありがとうございました」」」


 将志の言葉に鈴仙以外の女性陣の声が見事に重なる。


「……て言うか鈴仙、あんたも何頬染めてるのよ。ひょっとして、銀月は射程範囲内?」

「え、ちがっ、その、そういうわけじゃ、」


 ニヤニヤと笑うてゐに声を掛けられて、鈴仙は慌ててそれを否定しようとする。

 そんな鈴仙の言葉を遮って、永琳が声をかける。


「あら、そう言って否定するのは勿体無いんじゃないかしら? 銀月がこの先とっても素敵な男の子に成長する可能性は大いにあると思うわよ? いえ、この調子ならその可能性のほうが大きいわね」


 永琳のその言葉を聞いて、輝夜は考え込んだ。


「……まあ、確かに歪んで育つような環境じゃないし、これだけ心配りが出来るんなら上等な部類ね。それに顔も将来に期待が出来そうだし、要らないって言うんなら私がもらっていこうかしら?」


 輝夜はそう言いながら、値踏みをするかのように銀月を眺める。

 そんな輝夜に、鈴仙は再び慌てた声をあげる。


「ま、待ってください! 私はまだ何も、」

「ふ~ん、そう言った反応をするってことはちょっとは考えてるわけね、逆光源氏計画」

「だからちょっと待ってよ、てゐ!」


 からかうような表情のてゐに、鈴仙は真っ赤な顔で怒鳴るように抗議する。

 そんな鈴仙を見て、永琳もまたニヤリと笑って声をかける。


「成程ね……貰えると良いわね、枯れた白薔薇。ね、うどんげ?」

「か、枯れた白薔薇?」

「教えてあげる、枯れた白薔薇の花言葉はね……」


 永琳はそう言って鈴仙に耳打ちする。

 そしてその花言葉を聴いた瞬間、鈴仙の顔から火が噴出した。


「……ちょ、ちょっと師匠!?」

「ま、私はある意味貰った様なものだけどね。ねえ、将志?」


 永琳はそう言いながら将志に視線を送る。

 それを聞いて、将志は深く頷いた。


「……確かにそうだな。何なら、改めて贈ろうか? 枯れた白薔薇を」

「いいえ……私はそんなものより、態度で示して欲しいわ」


 永琳はそう言いながら将志の腕に抱きついた。

 その表情は笑顔で、何かを期待する表情であった。


「……出来る限りの努力をしよう」


 そんな永琳に、将志は少し困った表情をしながら、それでいてしっかりと眼を見つめながら答えを返した。


「……銀月、貴方紅茶かコーヒーかどっちか淹れられる?」


 二人の世界を構築する将志と永琳を見て、輝夜が銀月に声を掛けた。

 その横では、てゐと鈴仙も銀月に視線を送っている。

 その威圧感に、銀月は少したじろぐ。


「え、ええと、一応両方淹れられるけど……」


 銀月のその言葉を聞いた瞬間、三人は眼を見合わせて頷いた。


「深煎りのコーヒーを特濃で飲みたいわ」

「深煎りのコーヒーを特濃でちょうだい」

「深煎りのコーヒーを特濃で下さい」


 三人の声が見事に重なる。


「えっと……ミルクやお砂糖は……」


「要らないわ」

「要らないわ」

「要らないわ」


 語気を強め、再び見事なまでに三人の声が重なる。


「……分かった」


 それを聞いて、銀月は台所へと歩いていった。


 その後、銀月が入れたコーヒーは胸焼けしそうなほど異常に苦かったが、三人は全員三杯ずつブラックで飲み干した。

 そのお茶請けは、甘い空気だったそうな。

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