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銀の槍のつらぬく道  作者: F1チェイサー
銀の槍と銀の月
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銀の槍、未だ分からず

 ある日、将志がその日の書類仕事を終えて広間でくつろいでいると、来客があった。

 その客は、黄金色の毛並みの九本の尻尾を持つ親友の一人であった。


「将志、一つ頼みがあるんだが良いか?」

「……む、藍か。頼みとは何だ?」

「銀月を少し貸して欲しいんだが……」


 藍の申し出に、将志は首をかしげた。


「……銀月を? 何故だ?」

「紫様の仕事に少し付き合わせようと思っているんだ」

「……紫の仕事に? はて、書類仕事はまだ教えていないし、荒事にしても銀月は筋は良いが経験が無い。何かの役に立つとは思えないが……」


 藍が何を考えているか分からず、将志は考え込む。

 そんな将志を見て、藍は苦笑交じりに答えた。


「ああ、仕事をさせるわけじゃあないんだ。銀月にはただ傍にいて話をしてもらうだけだ」

「……話が見えんな。銀月でないと駄目な話なのか?」

「ああ、その通りだ。この役目は銀月でないと出来ない」


 将志の問いに、藍はそう言って頷く。

 銀月にしか出来ないことと言われ、将志はますます何がしたいのか分からなくなる。


「……分からん。説明してくれ、藍」

「実はな、以前からの大問題が解決できるかもしれないんだ」

「……と言うと?」

「紫様ははっきり言って男に免疫が無さ過ぎる。ほら、将志に抱きしめさせた時、紫様は眼を回して倒れてしまったろう? 少し口説かれただけでも舞い上がってしまうのだ」


 現に将志が抱きしめて少し甘い言葉を囁くと、紫は顔を真っ赤にして混乱し、眼を回して倒れてしまうのだ。 

 しかし、そんな現状を聞いても将志の頭の上には疑問符が浮かぶ。


「……だが、それでも特に問題は無いのではないか? 紫と対等に話をする男は俺とアルバートくらいのものだろう?」


 どういう訳かは分からないが、幻想郷では女性の方が強い力を持つ傾向がある。

 よってほとんどの組織の代表は女性であり、男で代表となっている将志やアルバートは珍しい例なのであった。

 ちなみに、将志やアルバート、果てはその執事であるバーンズまでも一部のご婦人方に狙われているのだが、それはまた別の話。

 どうやら、歳を取っていようが既婚者であろうが気にしていないようである。


「確かにそうなんだが、それは幻想郷の中の話だ。紫様は仕事柄、幻想郷の外で活動することがある。その時に声をかけてくる男が後を絶たないんだ」


 藍は困り顔で事情を説明する。

 要するに、幻想郷内では問題はなくとも外に出たときに大きな問題になるのだ。

 ナンパしてきた男の話を聞くだけで卒倒している現状では、はっきり言って仕事にならないのだ。

 紫の実態を聞いて、将志は深々とため息をついた。


「……紫の正体を知っていればそんな命知らずなことは出来ないだろうに……」

「全く持ってその通りだが、それが現実なのだから仕方が無い。そこでだ、銀月を使って男に慣れさせようと思うんだ」

「……銀月なら平気なのか?」

「ああ。お前が言ったなら卒倒してしまう様なことを、銀月が言っても紫様は笑顔で受け流していたからな」

「……単に子供が言ったから平気と言うことはないのか?」

「その可能性は大いにあるが……ああも自然に口説き文句を吐ける子供と言うのはなかなか居なくてな」

「……それで銀月と言うわけか……」


 藍の説明を聞いて、将志は納得した様に頷いた。

 そこに、パタパタという少し早足な歩調が聞こえてきた。


「あ、お父さん見つけた! と、こんにちは、藍さん」


 その足音の主は藍の姿を見るなり頭を下げて挨拶をする。

 自分の事を探していたらしい黒髪の幼い少年に、将志は声をかけた。


「……どうした、銀月?」

「あのね、お父さんにこれあげる」


 銀月はそう言うと、一枚の札を差し出した。

 細長い長方形の紙には筆で文字が書かれており、力が込められていることが分かる。


「……札?」

「こう使うんだ、ちょっと見てて」


 銀月は手にした槍に札を当て、軽く念じた。

 すると、槍は札の中に吸い込まれるようにして消えていった。


「……消えた?」

「それでね、もう一度念じるとね……」


 再び念じると、札から突然先程の槍が現れた。

 銀月はそれを将志に見せ、傷などが無いことを確認させる。


「どうかな、お父さん? お父さん、いつも槍を背負ってて通りづらそうな時があるから作ってみたんだけど……」


 銀月は笑顔で将志にそう問いかける。

 ところが、将志はそれに対して苦い表情を浮かべた。


「……気持ちはありがたいが、俺の槍には使えないな」

「え、何で?」

「……試しに、俺の槍に対してその札を使ってみるが良い」

「うん」


 銀月は将志の持つ銀の槍に札をあて、軽く念じる。

 すると、確かに銀の槍は札の中に吸い込まれた。


 ……ただし、その担い手である将志ごと。


「あ、あれれ?」

「……まさか、将志もその中に?」


 銀月が慌てて出てくるように念じると、銀の槍と共に将志も札から出てきた。

 その顔には、苦笑いが浮かんでいる。


「……とまあ、こういう理由で俺には使えん。俺の本体がこの銀の槍である以上、こいつから離れることは出来ないのでな」

「…………」


 将志の言葉を、銀月は俯いたまま聞く。

 銀月は何か考え事をしているようであり、ぶつぶつと何かを呟いている。


「……銀月、どうかしたのか?」

「ううん、ちょっと今新しいお札のアイディアが浮かんだだけ。それじゃあ修行してくる!」

「ああ、待ってくれ銀月。今日は少し手伝って欲しい事があるんだ」


 走り出そうとする銀月を、藍は引き止めた。

 銀月は振り向くと、キョトンとした表情を浮かべた。


「え、僕が手伝うの?」

「そうだ。なに、特に難しいことをするわけじゃないんだ。少し紫様と話をするだけだ」

「……それだけで良いのか? 下手をすると紫の邪魔になってしまうと思うのだが……」

「なっ!?」


 突如として銀月の口から発せられた言葉に、藍は驚愕する。

 何故なら、銀月の口から出たはずの声は将志の声と同一のものであったからだ。

 それを聞いて、将志は額に手を当ててため息をつく。


「……銀月、何故そこで俺の真似をする?」

「えへへ、少しびっくりさせてみたくなったんだ。どうかな?」


 将志の問いに、銀月は悪戯が成功した時のように笑った。

 銀月の言葉に、藍は呆然とした状態から抜け出して答える。


「いや……素直に驚いたよ。眼を瞑って聞いたら本人の声と間違えそうだ」

「あとね、こんなことも出来るんだよ? ちょっと耳貸して?」

「ん? ああ、良いぞ」


 銀月の言葉を聞いて、藍はその口元に耳を置く。

 すると、銀月はにこりと笑った。


「……(ぽそっ)」

「っっっっ!?」


 銀月が何かを囁くと、藍の顔が一気に真っ赤に染まった。

 その様子を見て、将志は首をかしげた。


「……おい銀月。藍に何を言った?」

「お父さんが滅多に言いそうにない言葉だよ。試しに言ってみたらどうなるのかなって思って」


 銀月は楽しそうに笑いながら将志にそう答える。

 すると、突如として藍が将志に抱きついた。


「将志……」


 藍の顔は上気しており、将志の眼を潤んだ瞳で見つめながら腕と尻尾で将志を抱え込む。

 突然の行為に、将志はその場に固まる。


「……急に抱きついたりしてどうした、藍?」

「……すまない。銀月の言葉だと分かってはいるが、どうにも止められないんだ……んっ」


 藍はおもむろに将志と唇を重ねる。

 訳が分からないまま、将志は素直にそれを受け入れる。


「んむっ……おい、銀月。本当に何と言ったのだ?」

「えっとね……「……愛しているよ、藍」って言ったんだよ」


 銀月は将志の真似をしながら感情を強く込め、甘い声で愛の言葉を囁いたのだった。

 その効果のほどは、ご覧の通りである。


「なあ、将志……今から家に来ないか? ここに居ると言うことは仕事は終わっているんだろう?」


 藍は熱のこもった声で将志に問いかける。


「……確かに終わっているが……っ」


 将志が答えると、藍は将志の唇を素早く奪う。

 そして、それによって出来た隙を利用し、将志の腕を取って引っ張り出す。


「なら、紫様も待たせていることだし早く行くとしよう。銀月も、良いな?」

「う、うん……」


 少々強引な藍の言葉に、銀月は多少気圧されながら従うのだった。

 その表情は、何でこんなことになったのか良く分かっていないようであった。




 紫達が住むマヨヒガに着くと、そこにはちょうど紫が居た。

 紫は飛んでくる人影を確認すると、微笑を浮かべて手を振った。


「あら、いらっしゃい、銀月。それに将志も……って藍、貴女は何をしているのかしら?」

「恥ずかしながら、どうにも止められなくなりまして……」


 将志にべったりとくっついている藍に、紫は苦笑いを浮かべる。

 何しろ、藍は両腕で将志の左腕を抱きかかえており、九本の尻尾で首と胴と左脚を抱え込んでいるのだ。

 自分に思いっきり抱きついている藍に、将志は少々言いづらそうに話しかける。


「……藍、幾らなんでもここまでくっつかれると動きづらいのだが……」

「良いじゃないか、そんなに動く必要も無いのだし。ところで紫様、これからお出かけですか?」

「ええ、ちょっとあの子の様子を見にね」


 紫はそういうと、何か思いついたようにぽんと手を叩いた。


「そうだ、銀月も一緒に行ってみないかしら? 同世代の子供が友達になればあの子も喜ぶでしょうし」

「うん、いいよ。良いよね、お父さん?」


 紫の言葉に頷き、銀月は将志の方を見た。

 すると将志は少々苦い表情を浮かべた。


「……俺は別に構わないが……道中には気をつけるのだぞ?」

「うん。ねえ紫さん。手、繋いでくれる?」

「上手く飛べるかどうか自信が無いから、かしら?」

「うん……」


 微笑を浮かべて問いかけてくる紫に、銀月は少し恥ずかしそうに頷く。

 それを聞いて、紫は笑みを深くした。


「ふふふっ、大丈夫よ。飛んだりしなくてもすぐに着くわ」


 紫はそういうと、目の前にスキマを開いた。

 目の前に避けた空間は両端にリボンが結んであり、中には大量の眼が覗いていた。


「これを潜ればすぐに目的地よ。さあ、行きましょう?」

「え、えっと……やっぱり手を繋いでもらっても良い?」


 銀月は少し慌てた表情で紫にそう言った。

 それを聞いて、紫は苦笑いを浮かべた。


「……ひょっとして、これが怖いのかしら?」

「ちょっとだけ……だめ?」


 少し潤んだ茶色の純粋な瞳で、上目遣いに紫に頼み込む銀月。

 そんな銀月の頭を、紫は優しく撫でる。


「……本当、素直で可愛いわね……あの子にこの可愛げが半分でもあればいいのに……はい」


 紫はそう言って銀月に手を差し伸べる。

 銀月がその手を握ると、紫も優しく握り返した。


「……手、暖かくてすべすべしてて綺麗……」


 銀月は呟くように握った手の感触を述べる。

 それを聞くと、紫は嬉しそうに笑った。


「ふふふ、ありがとう。それじゃ、目的地に着くまで離しちゃ駄目よ?」

「うん」

「宜しい。じゃあ、行ってくるわね、藍」

「はい。行ってらっしゃいませ」


 藍がそういうと、二人はスキマの中に入っていった。

 それを確認すると、藍は将志に眼を向けた。


「……さてと、二人きりになった訳だが……」

「……ふむ……茶でも飲むか?」


 将志がそう言うと、藍は首を横に振った。

 そして腕から手を離すと、今度は正面から将志に抱きついた。


「いや……それよりも、私はお前を感じていたい。なあ、抱きしめてくれるか?」

「……良いだろう」


 藍の要望を受け、将志は優しく抱きしめる。

 その腕の中で、藍は嬉しそうに微笑んだ。


「……やはり暖かい……初めて会った時も、お前は敵である私を抱きしめたんだったな……」

「……もう千年近く前の話か。あの時の事はまだ鮮明に覚えているよ。その後、俺は柿の実を頭に受けて気絶したのだろう?」

「あの時は驚いたぞ。私が操る人間の群れを一人で打ち倒し、無傷で私のところまで来た猛者が、たかが柿の実を頭に受けたぐらいで気絶するとは思わなかったからな」


 昔の己の失態を思い出し、将志は苦笑する。

 そんな将志に、藍も苦笑いを浮かべながら相槌を打つ。


「……しかし、よくもあの時逃げ出さなかったものだな? 俺がお前を騙しているとは考えなかったのか?」

「お前と同じだよ。「他の誰が信じなくとも俺はお前を信じる」、そう言ったお前の眼はどこまでも真っ直ぐだったからな。あんな眼をする奴が嘘をつくなんて思えなかったのさ」


 藍は将志の眼を真っ直ぐに見つめながらそう言った。

 将志の黒耀の瞳は今も真っ直ぐな透き通った輝きを放っている。

 しかし、以前はどこか無機質だったものが、今は温かみを帯びたものになっていた。


「……そうか……」

「あの時から、私はお前が愛おしくてたまらない……私の心は、ずっとお前に囚われたままだ。私はいつになったらお前を捕まえられるのだろうな……」


 藍はそう言いながら将志の頬を優しく撫でる。

 その問いに、将志は藍を抱く腕に力を込めながら答える。


「……捕まえなくとも、俺はここに居るぞ?」


 しかし、その答えに藍は首を横に振る。


「違う。私が捕まえたいのはお前の心だ。唇を重ねるのも、こうして抱き合うのも簡単だ。だが、それでは心は手に入らない。私はどうすればお前の心を手に入れられるのだろうな?」


 そう言いながら藍は将志の胸に耳を押し当てる。

 将志の鼓動は落ち着いたもので、どこか安心感を与えてくれる音であった。

 藍の言葉に、将志は首を横に振った。


「……そう言われても、何を持って心を捕らえるというのかが分からん。ただ、俺は確かに藍を好いている。これでは不満なのか?」

「ああ、不満だ。今まではそれでもいくらかは我慢できた……だが銀月の演技とはいえ、ああまで情熱的な愛の言葉を聞いてしまってはもう満足など出来ない。私はお前の口から、心からの愛の囁きを聞いてみたい」


 藍はじれったそうな声で将志にそう告げる。

 藍の吐息は艶っぽく、将志の唇をそっと撫ぜる。

 それに対して、将志は困った表情を浮かべた。


「……とは言われてもな。ただの好意で満足できないとなると、俺はどうすればいいのだ?」

「銀月の演技は完璧だった。もし恋愛感情を持っているのならば、ああ言った感じなのだろう。だが、それは演技として完璧なだけだ。本物の愛の囁きはあんなものではない。私を満足させたいのなら、銀月の演技を上回る告白を聞かせて欲しい」


 藍はそう言いながら、将志の唇を人差し指でなぞる。

 そして、その指を自分の唇に塗りつけた。

 そんな藍を他所に、将志はため息をつく。


「……恋愛感情か……俺はお前が以前に話してくれた感覚をまだ知らない。分からないのだ……」

「ふふっ……それを私に感じたら、いつでも言ってくれ。私は喜んでお前を捕まえに行くからな」


 藍はそう言うと将志の頭を抱え込み、再び唇を重ねる。

 そして舌を吸い出し、甘噛みし、自分のものと絡めあう。

 将志はそれを特に抵抗することなく受け入れ、藍に身を委ねた。

 しばらくして藍が口を離すと、両者の間に銀色の架け橋が出来ていた。


「……はぁ……さて、こんなところでいつまでもこうしていないで、早く中に入るとしよう」

「……ああ。茶でも飲んで休憩するとしようか」

「そうだな……今日は長いんだ、続きは後でゆっくりと、な?」


 そう言って、藍は妖艶に微笑むのだった。

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