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銀の槍のつらぬく道  作者: F1チェイサー
銀の槍と銀の月
71/175

銀の月、修行を始める

 明けましておめでとうございます。


 今年もぼちぼち更新していくので、皆様どうかよろしくお願いします。

「……銀月、こっちへ来い」


 銀の霊峰の神社の本殿の一室で絵本を読んでいる黒髪の少年に、銀髪の青年が声をかける。

 その声を聞いて、銀月と呼ばれた少年が部屋の入り口までやってくる。


「どうしたの、お父さん?」

「……今からお前に渡したいものがある」


 将志はそういうと、銀月に細長い棒状のものを手渡した。

 簡素な木の棒の先には、銀色に光る笹葉状の刃が付いていた。


「これ、槍だね」

「……そうだ、お前の槍だ。試しに作ってみたのだが、どうだ?」


 手渡された槍を眺める銀月に、将志はそう問いかける。

 銀月は手にした槍を少し弄ると、こてんと首をかしげた。


「……よく分かんない」

「……それもそうか。では、俺の動きを真似て振ってみろ」

「うん」


 将志は自身の本体である、けら首に銀の蔦に巻かれた黒耀石の玉が埋め込まれた銀の槍を取り出した。

 そして、手本になるように少し遅めの動きで舞うように槍を振るう。

 銀月はそれを見て、その真似をしながら槍を振るった。

 その動きは固く、肩に余計な力が入っているようであり、身体も少しぶれていた。

 将志はその動きを見て、槍が銀月に合っているか確認した。


「……少し身体を持っていかれているが……まあ、この程度ならそのうち慣れていくか」

「お父さん、どうだった?」

「……少し力みすぎだ。もう少し肩の力を抜き、余裕を持たせて構えろ。振る時にも無駄な力が入らないように意識しながら振るべきだ」

「う、うん……こうかな?」


 銀月はそう言うと再び槍を振るった。

 すると今度は腕が大きく振り回され、上体が大きく揺れた。

 将志はそれを見て、小さくため息をついた。


「……今度は抜きすぎだ。力を抜きすぎるから槍の重さに身体を持っていかれる。身体の軸がぶれないようにすることも重要なことだぞ?」

「う~……難しいよ……」


 将志のアドバイスを聴いて、銀月は悔しそうな顔でそう呟いた。

 それを見て、将志は苦笑いを浮かべた。


「……まあ、俺も初めから出来るとは思っていない。槍も作っては見たが、それ以前に基本的な体捌きを覚えなければならんからな」

「……それ、生きるために必要なこと?」


 銀月はそう言って将志の顔を見上げた。

 茶色の瞳は将志の黒耀の瞳に真っ直ぐ向けられており、本人にとって重要な質問のように思えた。


「……ああ。俺達と共に生活するというのならば、是非とも覚えていて欲しいものだ。俺達の生活にはどうしても戦いが付いて回るし、お前も銀の霊峰の一員だというだけで戦いを挑まれるかも知れんからな。だから、お前にはせめて自分の身は自分で守れるくらい、相手が強くても俺達が駆けつけるまで耐えられるだけの力を持っていて欲しいのだ」


 将志は銀月の言葉にそう言って答える。

 すると、銀月はその言葉を噛み締めるように頷いた。


「……そうなんだ。じゃあ、それ教えて」

「……では、こっちへ来るが良い」


 将志は銀月を連れて、本殿の裏にある広場にやってきた。

 そこは、銀の霊峰の本殿の住人が私的な鍛錬を積むための場所になっており、かなりの広さがあった。

 その真ん中で、二つの人影が体術を使って手合わせを行っていた。

 一人は赤いリボンの付いた黒いシルクハットを被った小柄なピエロの少女。

 もう一人はくるぶしまで伸びた燃えるような赤い髪を三つ編みにして青いリボンで留めた小さな少女であった。


「てりゃあ! せやあ!!」


 アグナは小さい身体を生かそうと、手足を素早く繰り出して攻撃を加えながら何とかして相手の懐に飛び込もうとする。

 飛び込みながらの脚払いや全身をしなやかに使ったアッパー等を流れるように放っていく。


「よっ♪ はっ♪ おっと、危ない危ない♪」


 その攻撃を、愛梨はトランプの柄の入った黄色いスカートを翻しながら軽快なステップで避けていく。

 アグナとは一定の距離を保ちながら、相手が攻撃しづらいところへと移動して捌いていく。


「攻守交替だよ♪ それっ♪」


 愛梨はそう言うと、アグナに反撃を始める。

 その攻撃は蹴りが主体で、ダンスのような足捌きであった。


「ほっ、ふっ、よっ!!」


 アグナは上下左右から揺さぶりをかけてくる愛梨の多彩な蹴りを、小さい身体を上手く利用して潜り抜けていく。

 しばらく避け続けると、アグナは大きく前に踏み込んだ。


「へへっ、今度はもう一度俺の番だ! やあっ!!」


 アグナはそういうと、回し蹴りを放って後ろを向いた状態の愛梨に正拳突きを放った。


「迂闊だよ、アグナちゃん♪」

「あ、やべっ!?」


 愛梨はアグナの攻撃を身体を開くことで避けると、その手首を掴んだ。

 その瞬間、アグナの顔に焦りの表情が浮かぶ。


「キャハハ☆ つ~かま~えた♪」

「ぐえっ!」


 愛梨はそのまま回転するようにアグナを背負い、鮮やかな一本背負いを掛けた。

 相手の力を巻き込んだ合気の技に、アグナは背中から地面に叩きつけられた。

 勝負ありである。


「……どうだ、銀月。体術も突き詰めていくとここまで来る」


 その様子を、将志は銀月と共に見学していた。

 勝負が付いたところで、将志は銀月に感想を問う。


「……すごいや……」


 すると銀月は、呆然とした様子でそれに答えた。

 将志はそれを見て、満足そうに頷く。


「……お前の場合、こちらをある程度覚えてから槍を持たせたほうが良いのかも知れんな」

「お父さんはどうだったの?」

「……俺は少し反則でな。最初からそれなりに心得があったのだ」

「そうなんだ。ねえ、早く教えて、お父さん」

「……そう焦るな。さて、どうしたものかな……」


 早く教えるようにせがむ銀月に、将志はどうすれば良いか考える。

 そんな将志のところに、先程まで手合わせをしていた二人がやってきた。


「将志くん、銀月くんなら大丈夫だと思うよ?」


 愛梨は将志に向かってそう意見する。

 それに対して、将志は首をかしげた。


「……どういうことだ?」

「だって、将志くんの槍を持って妖怪達をやっつけちゃったんでしょ♪ 試しにどれくらい避けられるのか試してみようよ♪」


 愛梨は手にした黒いステッキをくるくると回しながら、楽しそうにそう話す。

 それを聞いて、将志は納得したように頷いた。


「……そういえばそうだったな。では愛梨、頼めるか?」

「キャハハ☆ お安い御用さ♪」


 愛梨は将志にそう言うと、銀月のほうを向いた。

 そして、手のひらにこぶし大の玉を作り出して銀月に見せた。


「それじゃあ銀月くん、僕が君にこの小さいボールをたくさん投げるから、それを避けながら僕のところに来てね♪ 当たるとちょっと痛いから、頑張って避けてね♪」

「……うん、分かった」


 銀月は愛梨に一つだけ頷いて答えた。


「……む?」


 そんな銀月に、将志は若干の違和感を覚えた。

 何故か銀月の眼の色が変わったような気がしたのだ。

 首を傾げる将志を尻目に、訓練が開始される。


「それじゃあ、いっくよ~♪ それっ♪」


 愛梨はそう言うと、妖力で作り出した玉をばら撒いた。

 手加減されているのかその密度はそこまで高くは無いが、上手く避けないと当たってしまうような数であった。


「んっ、しょ、やっ!」


 銀月はその中をすいすいと潜り抜けながら愛梨の元へと近づいていく。

 その動作は安定していて、安心して見ていられるものであった。 


「キャハハ☆ やるね~、銀月くん♪ それじゃあ、少しレベルアップするよ♪」


 その言葉と共に、愛梨は弾丸の数を増やしていく。

 赤青黄緑白の五色の玉は時間と共にその数を増やしながら銀月に向かっていく。


「わっ、ととっ、んしょ!!」


 いきなりの玉の増加に銀月は一瞬戸惑う。

 しかし、すぐに持ち直して再びすいすいと躱していく。

 それを見て、愛梨は若干の驚きを込めて笑みを浮かべる。


「わぁ、頑張るね~♪ じゃあ、これはどうかな♪」


 愛梨はそういうと、バスケットボール位の大きさの赤い玉を三つ作り出して銀月に放った。

 その玉は銀月を的確に狙い打つもので、外れても再び銀月をめがけて飛んでいくものだった。


「うわっ、たた、あいたぁ!?」


 銀月はその玉に意識を持っていかれ、弾幕を避け切れずに額に受ける。

 余程痛かったのか、銀月は額を押さえてその場にしゃがみこんだ。


「……そこまでだな」

「いったぁ……」


 将志は銀月に訓練の終了を告げる。

 すると、銀月は眼に涙を浮かべて顔を上げる。


「う~ん、正直ここまで出来ると思ってなかったよ♪ 凄いよ銀月くん♪」

「お前なかなか器用な動きが出来るんだな。やっぱ兄ちゃんみたいに才能あるんじゃねえの?」


 そんな銀月に、愛梨は笑顔で拍手を送りアグナは感心したそぶりを見せた。

 それを受けて、銀月は嬉しそうに笑った。


「そ、そうかな……? あの、もう一回練習させてください!」

「おっけ♪ 何度でも良いよ♪」


 元気良く練習を申し込む銀月に、愛梨も笑顔をで答えを返す。

 そんな愛梨に、将志は少々複雑な表情で声をかけた。


「……愛梨、頼みがある」

「どうかしたのかな、将志くん?」

「……しばらくの間、銀月の様子を良く見てやってくれ」

「ん~? 銀月くんがどうかしたの?」

「……俺の勘だが、恐らく銀月は何度でも立ち上がってくる。もう無理だと思った時点で止めてやってくれ」


 そう話す将志の顔は少々真剣なものである。

 そんな将志に、愛梨は首をかしげる。


「それは良いけど……銀月くんはまだ子供なんだよ? そんなに無理するのかな?」

「……俺が銀月の立場なら、何度でも立ち上がって愛梨に挑むだろう。例えどんなに傷だらけになろうと、立ち上がれる限りはな」


 愛梨の言葉に、将志はそう言って首を横に振った。

 銀月と将志は魂から非常によく似ている。

 つまり、二人は性格もかなりに通っていると言うことである。

 と言うことは、将志は銀月の取りそうな行動が大体分かるのだ。

 その将志の話を聞いて、愛梨は頷いた。


「……そっか……そういえば、将志くんも最初はそうだったね……うん、分かったよ♪」


 愛梨は将志の言葉に頷くと、銀月との訓練を再開した。





「うわあっ!?」


 誘導型の赤い玉が銀月の身体を捉える。

 強い衝撃を受けた銀月は弾き飛ばされ、後ろに転がる。


「も、もう一度……」


 銀月は立ち上がり、もう一度愛梨に練習を申し込む。

 しかし身体は既に痣だらけであり、受けたダメージのせいで脚はがくがくと震えていた。

 既に銀月は数十回にわたり訓練を続けており、被弾するたびに立ち上がっていたのだ。


「……もう無理だよ、銀月くん……だって君、脚震えてるじゃないか……」

「そうだぜ……そんなんじゃ碌に動けねえぞ、銀月?」


 そんな銀月に、愛梨とアグナは心配そうな表情で思いとどまるように言った。


「ううん……まだ、動ける……もう一回、お願いします!!」


 しかし、そんな二人に対して銀月は首を横に振る。

 銀月の眼は死んでおらず、強い光を放っていた。 


「……却下だ、戯け者」

「あうっ!?」


 その銀月の頭に、将志は拳を軽く振り下ろす。

 頭を殴られた銀月は再びうずくまり、頭を抱えた。


「お、お父さん?」

「……早く強くなりたいと思う心とその根性は認めてやる。だが、無理をしたからといって強くなれるわけではない。やるにしても、休息をしっかりとってからだ」

「でも……」

「……例えば、今無理をして怪我をしたとする。すると、それが治るまでの間は鍛錬など出来ん。その分を取り戻すのは大変だぞ? そうならないためにも、しっかりと休息すべきだ」

「……はい」


 淡々と、それでいて強い口調の将志の言葉に、銀月は渋々訓練を取りやめる。

 それを見て、将志は頷いた。


「……では、全員で休憩するとしよう。茶を用意してくる」


 そう言うと、将志はお茶の用意をしに台所へ向かった。



 しかし、これは始まりに過ぎないのだった。






「銀月! いい加減に出てらっしゃいまし!!」

「…………」


 激しく流れ落ちる滝の水に打たれている銀月に、六花は叫ぶように呼びかける。

 しかし聞こえていないのか、銀月は一向に出てくる気配が無い。

 将志は六花の姿を認めると、滝音響くその場所にやってきた。


「……六花、どうかしたのか?」

「それが、滝行で精神を鍛えると言って滝の中に入ったのですけど、銀月と来たらもう一刻くらい打たれっ放しなんですの」


 つまり、銀月は二時間滝の中から出てきていないことになる。

 普通であれば、体温が奪われてかなり危険な状態になっている可能性もあり得るのだった。


「……連れ戻してくるか」


 将志は大きくため息をつき、銀月を呼び戻しに行った。







「銀月殿、あんまり根を詰め過ぎると身体が持たないでござるよ?」

「……まだ、大丈夫。それよりも、ちょっとでも上手くなりたいんだ」


 少々困った様子で話しかける涼に、銀月はそう言った。

 銀月は歯を食いしばりながら霊力で弾丸を大量に作り出し、宙に浮いた空き缶を落とさないように撃ち続けていた。

 そこに将志が通りかかった。


「……涼。この射的はどれくらい続いている?」

「かれこれ一刻程やっているでござる。その前は飛行訓練をずっとやっていたから、銀月殿はもういつ倒れたとしてもおかしくないでござるよ」


 銀月はこの射的を行う前に、徹底的に空を飛ぶ練習を積んでいたのだ。

 つまり、かなり消耗した状態から二時間あまりこの集中力が必要な特訓を行っていたことになるのだった。

 それは練習量から言えば、無謀と言わざるを得ない状況であった。


「……やめさせるとしよう」


 将志は頭を抱えてそう言うと、銀月の元へと向かった。




 それからも、銀月は疲労で動けなくなるほどの厳しい修行を毎日続けた。

 ある時は手から血を流すほど槍を振るい続け、ある時はひたすらに銀の霊峰の険しい山道を往復し、ある時は力尽きるまで霊力の制御の練習を行っていることもあった。

 そして悪いことに、その修行を積むことで銀月の能力や技量はメキメキと伸びていったのだ。

 そのせいで、銀月は更に激しい修行を自らに課すと言う悪循環が生まれてしまった。

 監督者の制止すらも振り切って修行を重ねるその行為は、もはや暴走と呼べるものであった。


「……幾らなんでも、これは酷い」


 将志は集まった社の住人にそう言いながら、陰鬱な表情でため息をつく。

 なお、現在銀月は修行で疲れ果てて自室で眠っている。


「このままじゃ、銀月くん大変なことになっちゃうよ……」


 愛梨は少し泣きそうな表情で銀月を心配する。

 いくら静止しても隠れて修行をするので、どうすることも出来ないのだ。


「危なっかしくて見てられませんわ」

「あれならまだサボってくれた方が何倍もマシだぜ……」


 六花とアグナは呆れ顔でそう言い放つ。

 特にアグナは毎日おぼつかない足取りで帰ってくる銀月の世話をしているため、かなり苦々しい表情であった。


「……正直、銀月が怖いわ。まるで何かに取り憑かれてるみたい」

「拙者から見ても修行量が出鱈目でござるよ。いったい何が銀月殿をそこまで駆り立てるんでござろうな……」


 涼とルーミアは異常とも言える銀月の修行に対してそう評した。

 それに対して、将志も頷いて同意する。


「……少なくとも、ただ強くなりたいわけでは無さそうだ。何と言うか、銀月からは何かに追われる様な、強迫観念のようなものを感じる。それを何とかしない限り、銀月は無理をし続けるだろうな」

「お兄様、銀月が強迫観念を持つようなことに心当たりはありますの?」


 六花は将志に対してそう問いかける。

 銀月と似通った将志であれば何か答えが得られるかもしれないと思ってのことであった。

 しかし、将志はそれに対して首を横に振る。


「……それが分からんのだ。銀月にはかつての俺の様な使命感などはないはずだからな」


 将志は腕を組んで考えながら、そう答えた。

 かつて、将志は強くなろうと修行を積んでいた。

 それは己が主を守るためと言う、明確な目的があってのことであった。

 しかし、銀月が置かれている状況は違うのだ。

 それ故に、将志は何故銀月がああまで過剰な修行を積むのかが分からなかった。


「う~ん……何とかならないかな?」

「銀月が抱えている強迫観念の正体が分からないことにはどうしようもないですわね。とにかく、今は銀月を休ませることを考えないといけませんわ」


 必死で考える愛梨に対して、六花はまず目の前にある問題を解決することを提案した。

 すると、普段面倒を良く見ているアグナと涼が深々とため息をついた。


「と言っても、あの様子じゃ全然休みそうにないでござるよ。表向き休む格好で、その影で隠れて修行とかしそうでござるな」

「だよなあ……ついこの間も、休憩時間に隠れて霊力の操作の特訓してたもんなあ……」


 そう言うと、二人は再び大きくため息をついた。

 休みと言う休みを取らないため、見ているほうは気が気ではないのだった。


「それじゃあ、一日中誰かが銀月に付いてないと休ませられないってことになるのか~……」

「……そうなるな。もうこうなったら銀月に交代で誰かが付いているしかない。それで修行をする暇を与えないようにしなければならんな」


 ルーミアの呟きに、将志がそう言って肯定する。

 それに対して、六花が考え込むような仕草をしながら将志に質問をした。


「でも、銀月に暇を出さないようにするってどうするんですの? いくら係を作っても、銀月から一秒たりとも眼を離さない何てことは不可能ですわよ?」

「……それなのだが、銀月に趣味があれば良いのではないか? 他にやることがあれば、銀月もそちらになびくと思うのだが……」

「趣味ねえ……銀月が興味ありそうなものって、何があるってんだ?」


 銀月の興味を引けるものを考えながらアグナが質問をする。


「……本人曰く、銀月は料理に興味を持っているようだ。だから、銀月にはまず料理を教えてみようと思う」

「そういえば、銀月殿は愛梨殿の芸を結構眺めているでござるなあ。ひょっとしたら、曲芸や手品などにも興味があるかもしれないでござるよ」

「曲芸はちょっと厳しいんじゃないかな? 手品とか簡単なお芝居なら、銀月くんに教えられると思うけど……」

「何でも良いですわ。とにかく、銀月の興味を引けそうなものを色々と試してみましょう?」

「……ふむ、ならばまずは俺が試してみよう。その結果を見て、今後の方針を決めようではないか」


 将志の言葉に全員頷く。

 こうして、銀月を何とかするための仮の方針が決まったのだった。





「えいっ、やあっ!」


 本殿裏の石畳の広場で、銀月が一心不乱に槍を振るう。

 将志や涼に教わってからと言うもの、銀月は見違えるほど槍の扱いが上達していた。

 それは確かに、自らに課した激しすぎる修行の成果であった。


「……銀月」


 修行中の銀月に、将志は声をかける。

 すると銀月は手を止め、将志の元へとやってきた。


「どうしたの、お父さん?」

「……なに、これから料理を教えようと思ってな。どうだ?」

「でも……」


 将志の誘いに、銀月は手元の槍に眼を落とす。

 どうやらまだ修行を続けるつもりの様であった。

 そんな銀月に、将志はため息をつく。


「……どの道、今のお前は鍛錬が過剰だ。その休憩も兼ねて教えようと思っているのだが……」

「……うん、だったら教えて」


 将志の言葉に、銀月は後ろ髪を引かれるような感覚を覚えながら頷く。

 すると将志は、ホッとした表情を浮かべて頷き返した。


「……では、台所へ行くとしよう」


 台所へ向かうと、二人は料理を始めた。

 将志が教えたのは簡単な煮込み料理である。

 その中で包丁の使い方や火の起こし方等も教えていく。

 銀月は将志の教えに沿って、少しぎこちない手つきで料理を作っていく。

 その間将志は一切手を出さず、手本を一度見せるだけであった。


「……後はこのまましばらく煮込めば良い」


 将志は銀月に鍋に落し蓋をさせるとそう言った。

 初めての料理で緊張していたのか、銀月の口からは大きなため息が漏れ出した。


「ふぅ……分かった。どんな味になるのかな……」

「……お前は何故ああまで修行を積むのだ?」


 鍋をジッと見つめている銀月に、将志はそう問いかけた。

 それに対して、銀月はキョトンとした表情で将志のほうを見た。


「え?」

「……はっきり言って、お前の修行のこなし方は異常だ。人間はおろか、妖怪ですらお前の様な修行の仕方はしない。何故、倒れそうになるほどの修行をするのだ?」

「強くなりたいから」


 将志の問いかけに、銀月は素直に答えた。

 銀月は俯いており、その表情は窺えない。


「……何故強くなりたいのだ?」

「僕、妖怪に襲われるかもしれないんでしょ? だから、それに負けないように強くなりたい。死ぬのは、嫌だ」


 そう話す銀月の肩は震えていて、死に対する恐怖が浮かんでいた。


「……なるほど……死にたくないから強くなる、と言うことか……」


 将志は納得したように頷きながらそう呟いた。

 それと同時に、生半可なことでは銀月の修行を止められない事も理解した。

 恐怖のような感情は膨大なエネルギーを生み出すものである。

 特に死に対する恐怖と言うものはとりわけ強いもの。

 銀月はそれに追われて、普通なら倒れてしまいそうな修行を重ねていたのだった。


「……銀月。お前が何を思って修行を積んでいたのかは良く分かった。では、お前は生きて何をしたい?」

「……え?」


 急な将志の問いに、銀月は呆気に取られた表情を浮かべて顔を上げた。

 そんな銀月に、将志は話を続ける。


「……ただ生きるだけではつまらないだろう? 生きるからには、何か打ち込めるものがあった方が良い。さて、お前はいったい何をする?」


 将志が再び質問をすると、銀月は考え込んだ。

 しばらくして、銀月は首を横に振った。


「……分かんない。何がしたいのかなんて分かんないよ……」

「……本当か? どんな些細なことでも良いのだぞ?」

「……それでも分かんない……けど、僕は死にたくなんてない。お父さん、僕はどうすればいいの?」


 銀月は泣きそうな眼で将志を見つめる。

 必死になってやりたいことを探そうとするその姿に、将志は思わず苦笑した。


「……何を悩む必要がある? そのようなものは生きている間に探すものだ」


 将志がそう言うと、銀月はぽかーんとした表情を浮かべた。

 そしてその言葉の意味を理解すると、こてんと首をかしげた。


「そうなの?」

「……第一、生まれたばかりの赤子は何をしたいのかなどとは考えることもしないのだぞ? 生きてさえいれば、生きがいと言うものはいつか見つかるものだ」

「そっか……うん。それじゃあ、僕もやりたいことを探してみるよ」


 将志の言葉を聞いて、銀月はホッとした表情を浮かべてそう言った。

 その言葉に将志は頷く。


「……ああ。だが、今のままでは駄目だ。修行以外にも自分が興味を持ったことには積極的にならなければならない。そのためには今のように余裕の無い修行ではなく、もう少しだけゆとりのある修行をするべきだ」

「僕、練習するの嫌いじゃないんだけどな……強くなれそうな気がして」

「……戯け。お前が良くても、周りが見ていて怖いのだ。大体、修行が終わるたびに倒れて寝るようなことでどうする。それでは修行の後で疲れ果てたところを襲われたら一巻の終わりだぞ? お前の場合、少し物足りないくらいがちょうど良いと思うが」


 将志は銀月に戒めの意を込めて強い視線を送る。

 それを見て、銀月の身体は萎縮した。


「う……分かった、気をつけるよ」


 銀月がそう言うと、将志は一つため息をつく。

 そして何を思ったのか、将志は笑みを浮かべた。


「……しかし、本当にお前は俺に似ているな。俺も最初のうちは一日中修行に明け暮れたものだ」

「そうなの?」

「……ああ。それで下手を打って倒れるところまでそっくりだ」


 将志は修行に明け暮れていた時の自分を思い返してそう呟いた。

 事実、初期の将志はよく修行中に気絶し、永琳や愛梨に看病されたものである。

 そんな話を聞いて、銀月はにこやかに微笑んだ。


「そっか……僕、お父さんにそっくりなんだ」

「……どうかしたのか?」

「だって、嬉しいんだ。お父さんに似てるの」


 銀月はそう言って嬉しそうに笑う。

 それを見て、将志は照れくさそうに眼を背けた。


「……そうか……だが、目的のために無茶をするところまでは似るなよ?」

「でも、それでも何とかしちゃいそうなところはそっくりになりたいな」

「……本当は無茶をしなければならない状況にしないようにすることが重要なのだ。無茶をするようでは、まだまだ二流だ」

「そういうものなの?」

「……そういうものだ。さて、そろそろ火も通ったところだろうし、仕上げに入るとしよう」

「うん」


 二人はそう言うと、料理を再開した。


 なお、初めての銀月の料理はその日の食卓にのぼり、好評を得ることが出来たのだった。

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