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銀の槍のつらぬく道  作者: F1チェイサー
銀の霊峰と幻想郷
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銀の槍、戦いを挑む

「……っ」


 とある日の夜、書斎で本を読んでいた将志はふと顔を上げた。

 その表情はやや険しく、眉間に皺がよっている。


「ん? どうかしたのか、兄ちゃん?」


 それを横で本を読んでいたアグナが感じ取り、声をかける。

 その膝には眠っているルーミアの頭が乗せられていて、今まで穏やかな夜をすごしていたことが分かる。


「……妙な胸騒ぎがする。何やら良くないことが起きそうな気がする」


 将志は立ち上がると、近くに立てかけてあった赤い布が巻かれた長物を手に取った。

 それを背負って部屋を出て行こうとすると、後ろから声が掛かる。


「兄ちゃん?」

「……少し出る。アグナ、お前は念のため何があってもすぐに動けるように待機していてくれ」


 将志の言葉に、アグナは眉をひそめる。


「……気のせいじゃねえのか?」

「……だと良いのだがな。念のためだ」


 アグナの問いかけに、将志はそう言って返す。

 それを聞くと、アグナは大きく息を吐いた。


「……あいよ。気をつけていってきなよ、兄ちゃん」

「……ああ。後のことは任せたぞ」


 将志はアグナにそういうと急いで玄関に向かい、玄関先に立てかけてある黒い漆塗りの柄の槍を持って外へと飛び出した。






 将志は外に飛び出すと、周囲を念入りにチェックしながら空を飛ぶ。

 少し飛んだところで、将志はふっと小さくため息をついた。


「……悪い予感がするわけだ。これほどまでに濃密な悪意を放たれていてはな」


 将志は幻想郷の端にある銀の霊峰から少ししか離れていないその場所で、強い悪意が放たれているのを感じた。

 その悪意の方向はバラバラで、まるで何かを探しているようでもあった。


「……まずは人里に向かわねばな」


 将志はそういうと地面に降り、全速力で人里へと走っていった。

 将志はその強靭な脚力で風を置き去りにしながら人里へと向かう。 

 そして人里に着くと、一軒の家を訪ねた。 


「……慧音、居るか?」


 将志は中の住人に呼びかけながら家の戸を叩く。

 すると、家の中で誰かが動く気配がした。


「誰だ、こんな時間に……む、将志じゃないか。どうかしたのか?」


 その家の住人は、やってきた客人の顔を見るなり怪訝な表情を浮かべた。

 将志は慧音に対して、単刀直入に用件を伝えることにした。


「……外から力の強い妖怪が来たようだ。そして、恐らくこの人里に向かってくる」

「何だって? 将志、それは本当か!?」


 将志の言葉を聞くなり、慧音は掴みかからんばかりに将志に詰め寄った。

 そんな慧音の言葉を頷くことによって肯定する。


「……ああ。先程からまるで襲う相手を求めているかのように悪意をばら撒いている。もしここが見つかれば、襲われてしまう可能性が高い」

「銀の霊峰から人員は割けないのか?」

「……今から連絡しても待機中の連中では数が足りんし、何より間に合わん。悪意を放つものが拡散してしまっていて、それらの対応に追われることになるだろう」


 幻想郷の中心部にある人里では、将志はあらゆる方向からの無作為な方向に伸びる悪意を感じていた。

 よって銀の霊峰の妖怪達を対応に当たらせるにも、広い範囲に人員を割かなければならないためすぐに動ける人数だけでは足りなくなってしまっているのだ。

 それを聞いて、慧音は苛立たしげな表情を浮かべた。


「くっ……分かった、人里は任された。私の能力で人里を隠し通すくらいは出来る。その間に、何とか事態を収めてくれ」

「……了解した。銀の霊峰の威信にかけて、この事態に収拾をつけて見せよう」


 将志は慧音にそう告げると、人里から飛び出していった。

 それからしばらく空を飛び、人里や妖怪の集落から遠く離れたところで立ち止まった。


「……さて、始めるとするか」


 将志はそういうと一度山の中に降り、カモフラージュ用の黒塗りの柄の槍を地面に突き刺し、背負った赤い布に巻かれた鏡月と銘打たれている銀の槍の布を解く。 

 そして再び空に上がると、将志はその手に妖力で編み上げた銀色の槍を作り出した。

 それと同時に、将志の体から鋭く輝く銀色の光が漏れ出し始める。


「……さあ、侵入者達よ。これは俺からの挑戦状だ。この銀の槍が怖くなければ、掛かって来るが良い!」


 将志はそう言い放つと、空に向かって手にした妖力の槍を力強く放り投げた。

 星の降りしきる暗い夜空に向かって一条の光が一直線に伸びていき、やがて大爆発を起こした。

 その光は辺りを昼のように明るく照らし出し、空一面を銀色に染め上げた。 

 すると、将志は不揃いだった悪意の方向が一斉に自分の方向を向くのを感じた。


「……そうだ。真っ直ぐ俺に向かって来い」


 将志は槍を構え、自らの周りに纏わせた銀の光を強く光らせた。

 その光に向かって、妖怪の大軍の黒い影が向かってくる。


「テメェか、さっきの光は?」

「……ああ。その通りだ」


 そのうちの一人、熊のような妖怪が将志に話しかけてくる。

 将志はそれを肯定する。


「テメェ、どこのもんだ?」

「……幻想郷常駐軍、銀の霊峰首領、槍ヶ岳 将志。お前達全員に挑戦状を送らせてもらう」


 問いかけに将志は正直に答える。

 すると、相手は失笑した。


「へっ、正気か? テメェがどんな奴だかしらねえが、一人で俺達全員を相手にしようってのか?」


 相手は周囲と笑いあい、将志に見下した視線を向ける。

 それを見て、将志は思わず笑い返した。


「……なに、心配することはない。お前達のような軟弱者共が幾ら束になったところで俺一人倒せんよ」

「なんだとぉ?」

「……御託はいいから早く掛かって来るが良い。それとも、お前達の爪や牙は飾りか?」


 眼の色を変えた相手の妖怪達に、将志は不敵な笑みを浮かべながら槍を構える。

 その将志の言葉を聞いて、話をしていた妖怪は激昂した。


「テメェ、ぶっ殺してやる!!」


 妖怪は鋭い爪を振りかざし、将志に向かって振り下ろす。

 将志はそれを体を少し傾けることで避けると、無言で相手に向かって槍を振り抜いた。 


「……がっ……」


 頭を殴られた妖怪は、気を失って地面へと落ちて行く。

 将志をそれを見ずに、呆れ顔で大きくため息をついた。


「……相手が一人だからといって慢心する、その精神が軟弱だというのだ。俺の首を取りたくば、全力で向かってくるが良い」

「ちっ、やっちまえ!!」


 妖怪達の十数人が将志に向かって踊りかかる。

 将志はその妖怪達の中を音もなくすり抜けていく。

 すると、将志が通り抜けた妖怪の群れはその場で動きを止めた。


「……はて、俺は全力で掛かって来いと言ったはずだが?」


 将志はそう言って、手にした銀の槍で空を切る。


「うっ……」

「ぐぅ……」

「がはっ……」


 すると襲い掛かった妖怪達は一人残らず地面に向かって落ちていった。

 将志はそれを一瞥もくれずに妖怪の大軍に槍を向けた。


「……どうやら勘違いしているようだから言ってやろう。俺は、全軍の、全力を尽くして、俺一人に掛かって来いと言っているのだ!! 戦神、建御守人の名は伊達ではないぞ!!」


 将志は妖怪の大軍を前にそう恫喝した。

 そのあまりの覇気に、妖怪達は尻込みをする。


「……戦神、ね……それじゃあ、貴方を倒せば神を超えたことになるのかしら?」


 そんな将志の目の前に、妖怪の大軍を割るようにしてその後ろから人影が現れた。

 人影は幼い風貌の少女で、背中には蝙蝠の様な翼が生えていた。

 その少女からは、幼い見た目からはかけ離れた力と威厳が感じられた。


「……なるほど、お前が大将か」


 将志はそんな少女の姿を見て、彼女こそが大将であると確信した。

 そんな将志に、少女は微笑み掛けた。


「ええ、そうよ。今日は良い夜ね」

「……ああ、確かに良い夜だ。強いて言うならば、俺としてはもっと静かに過ごしたかったがな」


 話しかけてくる少女に対して、将志もそう言って笑い返す。

 その言葉を聞いて、少女は呆れたようにため息をこぼした。


「あれだけ派手なことをしておいてよく言うわ。おかげで分散させていた妖怪達がほとんど集まっちゃったわよ」

「……当たり前だ。あちこちで騒ぎを起こされては余計に騒ぎが大きくなる。それならば、原因をまとめて掃除した方が良いだろう?」


 将志は不敵に笑いながら少女に自分の考えを滔々と述べる。

 それを聞いて、少女は不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「ふん、私達全員を一人で相手して勝つつもりだったってわけ。随分と舐められたものね」

「……勝算もないのにああいうことをするわけがないだろう? 勇気と蛮勇は別物だ。俺は死にたがりではないから、生きて帰る算段は当然ある」

「そう。でも、その算段は狂っているわよ。貴方がいくら強くても、この人数を相手にしながら私の相手をするのは厳しいでしょう?」


 少女はそう言って将志を見やる。

 すると将志は笑みを浮かべたまま肩をすくめた。


「……それはやってみないと分からないだろう? それに、お前は何か勘違いをしていないか?」


 将志の言葉を聞いて、少女は眉をひそめた。


「勘違いですって?」

「……俺はな、「一人で戦う」などと口にした覚えは全くないぞ?」


 将志がそういった瞬間、真上から極彩色の弾丸の雨が降り注いだ。


「……っ!」


 突然の襲撃に、少女は素早く身を翻して弾丸を避ける。

 その一方で、後ろに控えていた妖怪達が弾丸を受けて数を減らしていった。


「やっほ、将志くん♪ ちゃんと無事みたいだね♪」


 そんな中、陽気な声を響かせながらオレンジ色のジャケットの少女が、オレンジと黄色の二色が交互に塗られた大玉に乗って上から降りてきた。

 愛梨はトランプのマークが入った黄色いスカートを翻しながらその場でくるりと向きを変えると、真っ赤な靴を履いた足で大玉を転がしながら将志のところへ向かった。


「……おい相棒。お前、出る機会を狙ってたな?」

「キャハハ☆ だって、将志くん余裕そうなんだもん♪ だったら、ドラマチックに登場した方が楽しいでしょ♪」


 愛梨は太陽のような明るい笑顔を若干呆れ顔を浮かべる将志に向けながら、楽しそうにそう言った。


「……それはそうだが、どうやら向こうは面白くなかった様だぞ?」


 そんな愛梨の言葉に、将志は苦笑しながらそちらのほうに眼を向ける。

 すると、そこには苛立たしげに真紅の瞳で二人を見つめる少女の姿があった。


「……馬鹿にしているの? たかが一人が二人になった程度で状況が変わるとでも言うのかしら?」

「ん~、変わるか変わらないかって言われたら、あんまり変わらないかな♪ だって、たぶん僕が来なくても将志くんは勝っちゃうもんね♪ 僕はね、君達を逃がさないようにするために来たんだよ♪」

「……それにだ。戦場においては、一足す一は二にはならないものだ。俺と愛梨が揃えば、十にも百にでもなるさ」


 少女の問いかけに、愛梨は楽観的な答えを返し、将志は飄々と答える。

 すると少女は、スッと眼を伏せた。


「ふ……ふふふふふ、ここまで馬鹿にされたのは初めてよ。貴方達、覚悟は良いかしら?」


 少女は暗い声で笑いながら二人に眼を向ける。

 当然その眼は笑っておらず、瞳には怒りの炎が灯っていた。

 それを見て、将志はため息をつきながら首を横に振った。


「……やれやれ、大将とは一騎討ちをしたいと言う俺の心情を汲んではくれないのか?」


 将志は残念そうに首を振りながら少女に向かってそう言った。

 すると少女は拍子抜けして力が抜けたのか、がくっと肩を落とした。


「あ、貴方ねぇ、二人で連携を取るのか一対一の勝負をするのかはっきりしなさいよ……全く、調子狂うわね……」


 少女はため息混じりに頭を抱えながら、将志に向かってそう呟いた。

 それを聞くと、将志は一つ頷いた。


「……ならば、一対一で勝負といこうではないか。お互いに大将同士、非常に分かりやすいと思うが?」

「……良いわよ。確かにそれが一番分かりやすいわ」


 将志の言葉に、少女は気を取り直して頷く。


「それじゃ、他のみんなは退屈しないように僕がお相手するよ♪」

「……頼んだぞ、相棒。一つ派手な演舞を見せてやってくれ」

「キャハハ☆ 任されたよ♪」


 愛梨はそういうと将志から離れて敵の大軍の前に移動する。

 そして全体が見渡せる場所に来ると、全体の注目を集めるためにクラッカーを取り出して破裂させた。

 その音に全体の視線が集まったことを確認すると、愛梨はかぶった黒いシルクハットを取って彼らに向かって恭しく礼をした。


「紳士淑女の皆様、今宵はお集まりいただきありがとうございます。これより始まりますは愉悦の舞。しがない道化師の私めではございますが、精一杯のおもてなしをさせていただきます。皆様、笑顔のご用意をお忘れなく。それでは、開演と参りましょう!!」


 愛梨はそういうと、手にした黒いステッキを空高く放り投げた。

 次の瞬間、ステッキは赤・青・黄・緑・白の五色の光る玉に姿を変え、敵陣の中を縦横無尽に駆け巡った。

 敵陣からは悲鳴が上がり、バラバラと地面に向かって落ちて行く。

 しばらくすると五つの玉は愛梨のところに戻ってきて、その周りでふわふわと浮きながら待機状態になる。

 その玉の一つ一つに愛梨から妖力が送られ、それぞれの色の力強い光を放っている。


「キャハハ☆ いきなり驚かせてごめんね♪ でも、これで僕が君達み~んな相手に出来るってわかったよね?」


 愛梨は敵軍にそう言って笑顔で話しかける。

 それに対して、敵は憤怒の形相で愛梨をにらみつけた。


「やってくれたな……ただで済むと思うなよ!」

「ごめんね♪ でもこれもみんなの笑顔のためなんだ♪ だから、ちょっと痛いけど我慢してね♪」


 次々と襲い掛かってくる敵達の攻撃を、愛梨は笑顔を崩さずに踊るように避けて行く。

 それと同時に、光り輝く五つの玉と色鮮やかな弾幕で敵に向かって反撃する。

 反撃のたびに悲鳴が上がり、その数だけ地面に墜落して行く。


「……失敗したわね。こんなことなら、出し惜しみなんてしないで門番も一緒に連れて来れば良かったわ」


 次々と愛梨に倒されていく妖怪達を見て、少女はため息と共にそう呟く。


「……なに、過ぎたことを悔いても仕方がないさ。そんなことよりも、その失態を取り戻す術が今目の前にあるだろう?」


 それに対して、将志は苦笑しながらそう答えを返した。

 その言葉に、少女は不敵な笑みを浮かべる。


「そうね。あいつらの勝敗に関わらず、私が貴方を倒せばこちらの勝ち」

「……そして、俺が勝てばこちらの勝ちと言うわけだ」


 将志はそう言うと、右手に持った槍をゆっくりと掲げ上げる。

 槍が天を指すと今度はその槍を振り下ろし、切っ先を少女に向けた。

 その様は異様に芝居がかっていて、少女は一つの舞台に立っているような感覚を覚えた。


「……戦神及び守護神、建御守人にして幻想郷常駐軍銀の霊峰首領、槍ヶ岳 将志。一手所望だ」


 闇夜に響くような声で将志は名乗りを上げ、戦いを申し込む。

 それを聞いて、少女は楽しそうに笑みを浮かべる。


「あら、戦いの前に名乗りを上げるのがここの作法なのかしら?」

「……いや、そういう訳ではないさ。単に気分の問題だ」

「そう。でも、そういうのは嫌いじゃないわ」


 そう言って笑う少女は、戦いの中でなければ見とれてしまうほど綺麗で、生き生きとしていた。

 少女は将志に向き直ると、スカートの端をつまんで礼をした。


「ツェペシュの末裔にしてスカーレット家現当主、レミリア・スカーレットよ。貴方の挑戦、受けて立つわ」


 レミリアはそう言うと、手を上にかざす。

 するとその手の中に、真紅に輝く槍が現れた。





「――――こんなに月も紅いから――――」





 レミリアは天を仰ぎ、謳うように言葉を紡ぐ。

 漆黒の夜空には数多の星が散りばめられており、その真ん中には鮮血のように紅く光る月が浮かんでいた。

 それを見て笑みを浮かべると、銀の槍を持って泰然と佇む将志の方へと顔を向ける。





「――――その首、私が貰い受ける!」






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