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銀の槍のつらぬく道  作者: F1チェイサー
銀の霊峰と幻想郷
64/175

銀の槍、冥界に寄る

 先が見えないほど長く伸びる石の階段。

 その階段を銀色の髪の男が延々と登っていく。

 その男、槍ヶ岳 将志の背中には赤い布が巻かれた長物が背負われており、手には黒い漆塗りの柄の槍が握られている。

 空を飛べるはずのこの男が何故わざわざ歩いているかといえば、ちょっとした修行になるかもしれないという思いつきでやっているだけである。


「おお、ようこそいらっしゃいました、将志様」


 そんな将志の上から声が掛かる。

 将志がそれに顔を上げると、目の前には冥界の管理者の屋敷とその門番があった。


「……妖忌か」

「はい。今日はどうかなさったのですかな?」

「……いや、たまたま近くを通りかかったから立ち寄っただけだ」


 将志が黒塗りの槍を持つときは大体が人里に顔を出す時である。

 将志の持つ銀の槍、『鏡月』はただでさえ全身が銀色に輝いて目立つ上に、けら首の部分に銀の蔦で巻かれた黒曜石の真球が埋め込まれるという印象に残りやすいものである。

 そのため、将志は人里に降りるときはその身分を隠すために銀の槍を力を遮断する赤い布で覆い隠し、代わりに黒塗りの槍を持つのである。

 つまり、黒塗りの槍を持っている今は人里からの帰りであるのだった。


「そうですか。そうだ、実は貴方様にお伝えしたいことがございまして……」

「……伝えたいこと?」

「はい。実は、そろそろ引退しようと思っておるのです」


 年老いてしわがれた声で妖忌はそう言った。

 妖忌の肌には歳を重ねることによって出来た皺がいくつも見受けられ、口元からは髭が伸びている。

 将志は妖忌の言葉に、小さくため息をついた。


「……そうか……お前も随分と歳を取ったからな……だが」

「むっ」


 いきなり黒塗りの槍を振りぬく将志に、妖忌は腰に刺した刀を素早く抜き放った。

 刃と刃がぶつかり合い、火花を散らす。

 舞うように槍を繰り出す将志に対して、妖忌は流水のように自然な動きで刀を振るう。

 数合打ち合った後、二人はお互いの得物を引いた。


「……俺の眼に狂いが無ければ、お前の剣は老いて衰えるどころか冴えが増している気がするがな。以前に比べて雑念が完全に消えている。俺としては引退には早いと思うが」

「だからこそ、です。私もいつまで生きられるか分からない身、体が動くうちに後進を育て、それを見守っていこうと思うのです」

「……跡継ぎがいるのか?」

「はい。今はまだ半人前ですが、私が教えられることは全て教えました。後は本人が経験を積んで、自分で成長していくだけです」

「……なるほど。もう自分のやることは全て終わったと、そう言いたいのだな?」

「はい」


 そう話す妖忌の眼に迷いは無く、どこまでも澄み切っていた。

 それは悟りを開いた者の眼であった。

 その眼を見て、将志は微笑と共にため息をつく。


「……ふっ、それも良いだろう。今まで主人に尽くしてきた分、自分の人生を楽しむが良い」

「とは言うものの、私は暇な時間と言うものを今まで持ったことが無いので何をすればいいのやら……」

「……それは俺に言われても分からんな……」


 困った表情を浮かべる妖忌に、将志はそう答える。

 将志の場合は人生の大半を旅をして過ごしていたが、幻想郷内では行けるところなど限られている。

 更に永琳と再会してからは銀の霊峰の首領としての仕事や建御守人としての神の仕事も行っていたため、暇な時間など大して存在していないのだ。

 強いて言うならば、将志の趣味は修行であろうか。


「……一つ聞くが、ここを出てどこに行くつもりだ?」

「そうですな……妖夢が簡単に私を頼れぬようなところにでも隠居しようと思うのですが……」

「……それならば、迷いの竹林に行くと良いだろう。そこであれば、仮に居場所を知られたとしても簡単にはたどり着けんからな」


 将志は妖忌にそう進言する。

 なお、将志は妖忌に永遠亭が発見される危険性は考えていない。

 何故なら、永遠亭はそう簡単に発見されるような場所には無い上、近くに寄ったところでてゐの罠があるのだ。

 それ以上に将志は妖忌のことを信用しているため、何も話したりする必要はないと将志は考えたのだった。

 将志の進言を聴いて、妖忌はうなずいた。


「分かりました。行ってみることにします」

「……ところで、やけに幽霊の数が多いようだが何事だ?」


 将志は周囲を見回してそう言った。

 白玉楼の庭にはたくさんの幽霊たちが漂っており、人口が飽和した状態になっていた。


「どうやら外の世界からの死者が爆発的に増え始めた様で、冥界の許容量を超え始めてるのです。戦争でも起きたにしては何年もずっと続いてますし、……何か心当たりはありませぬか?」

「……おそらくは医学の進歩や大戦争の終結など、人口を増大させるような環境が整い始めているのだろう。だとすれば、これから先もっと幽霊の数が増えてくると考えたほうが良いだろう」

「となれば、これは紫様に相談しなければなりませぬな?」

「そうなるだろうな。だが、その前に幽々子に詳しく話を聞いてみないことにはな。幽々子のことだ、もう既に話を通しているかもしれん」

「くせ者ー!」

「……おっと」


 殺気を放つ幼い声に反応して、突如斬りかかってきた少女の一撃を将志は槍で受ける。

 その幼い少女は将志を睨みながら攻め込む隙を探す。

 そんな少女に、将志はため息混じりに問いかけた。


「……いきなり斬りかかってくるとはどういう了見だ?」

「貴方を斬ってみれば全部分かる!」

「……妖忌、非常に身に覚えのあるやり取りなのだが?」


 少女の言葉に、将志は昔を懐かしむような表情を浮かべて妖忌を見た。

 一方の妖忌は少女の言動にため息をつきながら首を横に振った。


「……妖夢。刀を交えてみれば相手が分かるとは言ったが、いきなり斬りかかる前に相手の力量を測るようにとも伝えたはずじゃぞ?」

「でもお爺様、そこにくせ者が!」

「妖夢、彼は曲者でもなければお前が敵うような相手でもない。もう少し相手をよく見ることじゃ」


 妖忌の言葉を聞いて、妖夢と呼ばれた少女は将志を見やった。

 その眼は未だに将志を警戒しており、睨むような視線を送っていた。


「……そうなのですか?」

「……ああ、幽々子と妖忌の友人の、槍ヶ岳 将志と言う」

「槍ヶ岳 将志ですか……確認を取ってきます」


 妖夢はそう言うと屋敷の中へ走っていく。

 その姿を将志は見送ると、妖忌のほうを見やった。


「……幼いながらになかなかの太刀筋だな」

「そうですな。ですが、それはあの歳にしてはと言うだけの話です。今後伸びていくかどうかは、本人次第ですな」

「……俺の見立てだが、あれは伸びると思うぞ。だが、少々固すぎる部分も見受けられるな。まるで出会った当初のお前みたいにな」

「ほっほっほ。当時の私は無鉄砲でしたからな。今であれば、いきなり斬りかかるなどと言う無体なことはしますまい」


 妖夢が返ってくるまで将志と妖忌は取り留めの無い雑談をすることにした。

 しばらくすると、大慌てで妖夢が屋敷の中からすっ飛んできた。


「し、ししし、失礼しましたぁー! まさかあの建御守人様だとは知らずにとんだご無礼を!」


 妖夢は将志の前に現れるなりスライディング土下座を決め込んだ。

 将志はそれを見て、少々疲れた表情を浮かべて妖忌を見やる。


「……妖忌。これまた身に覚えがありすぎるやり取りなのだが?」

「ほっほっほ。まさかここまで同じやり取りをするとは私も思いませんでしたぞ」


 妖忌は過去の自分と今の妖夢を照らし合わせ、そう言って笑う。

 将志は面倒なことになったと思いながら深々とため息をついた。


「……全く……幽々子め、こうなるから俺が何者なのか伏せておいたと言うに……」

「建御守人様!」

「……気にすることはないから顔を上げてくれ。それから俺のことはその名前ではなく、将志と呼んでもらえたほうがありがたい」


 土下座をしながら頭を上げようとしない妖夢に、将志は困った表情を浮かべてそう告げる。

 すると妖夢はキョトンとした表情を浮かべて顔を上げた。


「え、でも……」

「……良い。神とは言っても、こうして話す分には人間や妖怪とさして変わらんし、そもそも元をただせば俺はただ古いだけの妖怪に過ぎない。建御守人の名はこの様な場では不要だ」

「でも、私いきなり斬りかかって……」

「……それを言うなら、道場破りを多数して師範から門弟まで全員叩きのめした俺はどうなるのだ? それに、俺は辻斬りに会うのは慣れている。だからそう気に病むな」

「……将志様、そんなことをなさってたのですか?」


 将志が白状した自らの所業に、妖忌は若干呆れたような視線を送る。

 それに対して、将志は肯定の意を示した。


「……ああ。嘘だと思うなら紫にでも頼んで記録を見せてもらうがいい。鑑 槍次という俺の偽名が出てくるはずだ」


 将志が告げた偽名を聞いて、妖忌は記憶を呼び起こそうとする。

 すると、思い当たる節があったのかその場でうなずいた。


「鑑 槍次……そういえば、過去にここに来た武芸者の中にその名前を尋ねてきた者が結構いましたな……あれは、将志様だったのですか」

「……恐らくそうであろう。まあ、そういうわけだからいきなり斬りかかった事も全く気にしていない。むしろ久々に緊張感を感じて心地よいくらいだ」

「そ、そうですか……」


 将志の言葉に、萎縮しながらも釈然としないといった表情で妖夢はうなずいた。


「……それはさておき、幽々子と話をしなければならんな。妖忌、通してもらうぞ」

「はい、どうぞお通りください」


 妖忌の返事を聞いてから、将志は白玉楼の中へと入っていく。

 屋敷の中も、客間などには幽霊が大勢入り込んでいて、かなり窮屈そうである。

 将志が幽々子の姿を探して屋敷の中を歩いていると、奥の座敷で茶を飲んでいる幽々子を発見した。

 奥のほうは幽霊は立ち入れないらしく、幽々子の周りには幽霊はいなかった。


「あら、将志じゃない。今日は何の用?」


 幽々子は将志の姿を確認すると、にこやかに笑いながら手を振った。

 将志は座敷の中に入り、幽々子の対面に机をはさんで座る。


「……いや、特に用も無く来てみたのだが、来てから少し訊きたい事が出来てな」

「それはここに溢れている幽霊たちのことかしら?」


 幽々子は将志が聞きたいであろう事を察して先に話を持ちかける。

 将志はそれに対してうなずいた。


「……ああ。紫には相談したのか?」

「ええ、一応は。今は閻魔様との協議待ちよ」

「……ふむ。それで、現状としてはどうなのだ?」

「冥界が満員になって捌ききれないわよ。三途の川の渡し主もずっと働き詰めているけどもう限界。それで、どうしようもないから幽霊達にここの一部を開放しているのよ」


 幽々子は苦い表情を浮かべながら将志にそう言った。

 どうやら事態は将志が思っている以上に深刻な様である。


「……その原因、幽々子はどう見る?」

「恐らく、もう戦争のような一時的なものでは無いでしょうね。やってくる幽霊も若い人は少なくなってきてるし、お年寄りの割合が増えているもの。それにその歳の取り方も以前とは段違いに長い年齢を重ねたような人ばかり。つまり、外の世界では怪我や病気では死ににくくなったと考えられるわ」

「……やはり幽々子もそう思うか。となると、子供の病気も減って生き延びる確率が高くなり、成長した子供が更に子供を増やす……そう考えるべきだろうな」

「そうね。きっと、これから先はもっと死者は増えてくるでしょう。それを受け入れるためにも、冥界をもっと大きな新しいものにしなければならない。それに関しては紫にも話してあるし、後は協議の結果を待つだけ。まあ、余程の事が無ければまず通るでしょう」

「……つまり、さし当たって幽々子に出来ることはないわけだ」


 幽々子の話から状況を整理して、将志はそう言った。

 それに対して幽々子もうなずいた。


「そういうこと。私の仕事は新しい冥界が出来てからが本番ね。恐らくゴタゴタするでしょうから、貴方のところの妖怪達の力を借りるかもしれないわよ?」

「……うちの妖怪を誘導に使うのか? 確かに出来なくはないが、もっと他に適した連中がいるのではないか? 妖怪の山の天狗衆などの方が向いていると思うが」


 将志はそう言って首をかしげながら幽々子の言葉に疑問を呈する。

 その疑問に幽々子はゆっくりと首を横に振る。


「そうでもないわよ? いくら力の弱い幽霊達といってもこの数ですもの。天狗達では大人数になるし、私が天狗達をまとめ切れないわ。その点、銀の霊峰の妖怪たちは一人一人が強い力を持っている。つまり、その分一人当たりの担当人数を大きくすることが出来るし、私が管理をする人数も少なくなってまとめやすいのよ。それに移動回数が少ないほうが先導の負担も少ないでしょう?」

「……となると、うちの連中の中から力が強く、集団行動に向いたものを選抜せねばなるまい。やれやれ、うちの重鎮共を総動員せねばならんかも知れんな」


 将志はそう言って苦笑した。

 銀の霊峰の連中は基本的には脳筋な連中ばかりである。

 頭を使って行動できるタイプの妖怪はそういう連中を上手く捌いて来れる為、大体は上位陣を占めてくるのだ。

 その中でもリーダーシップを持つものとなると、もう古くから将志に付き従っている重鎮達を動かさざるを得ないのが現状である。

 ……もう少し知性派の妖怪が増えてもいい、そう思っている将志であった。


「宜しく頼むわ。……さて、せっかく来たんだし、ご飯よろしくね~」


 突然幽々子が発した言葉に、将志は一気に脱力する。


「……普通せっかく来たのだからという時は、家主が客をもてなすものではないのか?」

「他所は他所、うちはうちよ~♪」


 呆れ顔で問いかける将志に、幽々子はルンルン気分で将志に問いかける。

 将志はそれに対して盛大にため息をついた。


「……全く、人遣いが荒いな。台所を借りるぞ」


 結局、将志は幽々子の分の料理と妖忌と妖夢の分の料理を作ることになったのだった。




「……」

「……」

「……」

「……あの、皆さんどうなさったんです?」


 食事が終わり、無言で目の前に置かれたものを眺めている三人に、妖夢がちょこんと首をかしげる。


 将志達の目の前に置かれているのは大皿に乗った人数分の蒸したての饅頭。

 その大皿の中央には台座が作られていて、その上には翡翠色の玉が乗っかっていた。

 そしてその翡翠色の玉を見た瞬間、幽々子と妖忌は固まったのだった。


「……将志。この真ん中の玉って、あの飴玉よね?」


 幽々子は引きつった笑みを浮かべて将志に問いかける。

 その額には玉のような冷や汗が浮かんでいる。


「……ああ。そうだが?」


 それに対して、将志は平然とそう答える。


「……と言う事は、あの饅頭があるんでございまするか?」


 今度は妖忌が恐る恐るといった様子で将志に問いかけた。

 妖忌の顔は青ざめており、声は少し震えている。


「……そうでないと、その飴玉が意味を成さないのだが……」


 それに対して、将志はやはり泰然と答える。

 そう、目の前にある四つの饅頭のうちの一つは例の地獄饅頭なのであった。


「お爺様、あの饅頭とは何なんです? 将志様の作った料理にまずいものはありませんでしたよ? むしろ何度でも食べたくなるような美味しい料理で……」


 妖夢はうっとりとした表情のまま目の前の饅頭に手を伸ばす。


「ま、待て妖夢! この饅頭に迂闊に手をつけてはならん!」

「え、ええ?」


 すると妖忌は慌ててその手を掴み警告した。

 妖夢は訳が分からず、キョトンとした表情を浮かべる。

 そんな妖夢の肩を幽々子は掴んで、自分のほうに顔を向ける。


「……よく聞きなさい? 将志は確かに並び立つものの居ない程の料理の達人よ。でも、将志はとても捻くれた性格をしていて、わざと酷い味がするものを作ることがあるのよ」

「え、じゃあ……」

「そう。この四つの中の一つに食べると地獄の苦しみを味わうようなお饅頭があるのよ。その名も地獄饅頭。将志の隠れた一面を表すような鬼畜な味のするお饅頭よ」


 幽々子は真剣な表情で妖夢にそう語る。

 そのあまりの真剣さに、妖夢は若干及び腰になった。


「……幽々子、お前とは後でじっくりと話し合う必要がありそうだな?」


 そんな幽々子に対して、将志は額に青筋を浮かべながら幽々子にそう語りかける。


「事実を言われて怒るのは大人気ないわよ、将志?」

「……今に見ていろ……」


 そう言って受け流す幽々子を、将志は恨めしげに見つめるのだった。


「……お饅頭、冷めちゃったら美味しくなさそうですし、私これもらいますね」


 そんな中、妖夢が目の前にある饅頭を手に取る。


「……それでは俺はこれをもらおう」

「で、では、私はこれを」

「……ということは、私は残ったこれね」


 それを皮切りに、全員が饅頭を選んで手に取る。

 ちなみに饅頭の中身は将志にもわからないようになっているため、将志が地獄饅頭に当たる可能性もある。


「じゃあ、一斉に食べましょう。せ~の……」


 幽々子の合図で、全員が一斉に饅頭を口にした。


「……俺のはただの肉饅頭だな」


 将志が食べたのは普通の肉まん。

 口の中に肉汁があふれ出し、旨味が口の中に広がる。


「私のはなにやら甘い汁が出てきますな。甘味としては申し分ないですぞ」


 妖忌が食べたのは将志特製の甘い饅頭。

 かじると中からトロリとした優しい甘みの汁が出てくる。


「……ということは、残りのどちらかが大当たりというわけだ」


 将志はそういうと、残りの二人に眼を配る。


「…………」

「…………」


 幽々子と妖夢は饅頭に噛り付いた体勢のまま固まっており、どちらがどんな饅頭を食べているかは分からない。


「……っっっっっ~~~~~~!!!」

「……っっっっっ~~~~~~!!!」


 次の瞬間、幽々子が頭を抱えて転げ周り、妖夢が蒼い顔で口を押さえてその場に倒れ臥した。


「……妖夢が大当たりで幽々子がはずれか」


 将志はそういうと皿の上の救済飴を手に取り妖夢の元へ向かう。


「……妖夢。助かりたければ口を開けろ」

「~~~~~~~~っ!!」


 妖夢は将志の言葉にすぐに口を押さえていた手を退け、口を開ける。

 すると将志はその口の中に翡翠色の救済飴を放り込んだ。


「……みょ~ん……」


 口の中に究極にして至高の味が広がり始める。

 蒼ざめていた表情に一気に赤みが注し、苦悶の表情が至福のものに変わる。


「……と言うわけで、地獄を見た後には相応の救いがあるという話だ。その味はあの饅頭を食べた後でしか味わえないからな。じっくり味わうと良いだろう」


 そんな妖夢に、将志は笑顔でそう語りかけた。

 すると妖夢は蕩けた表情のままそれにうなずき、じっくりとその味を味わうことにした。


「将志様、幽々子様はどうするので?」

「……頭に響くほど酸味の強い饅頭を食べただけだ。直に治る」


 妖忌の問いに将志は素っ気なく答える。

 先程の妖夢への対応に比べると随分と冷たい反応である。


「……何やら幽々子様の扱いがぞんざいではございませんかな?」

「……幽々子曰く、俺はひねくれていて鬼畜なのだろう? ならばその通りに振舞ってやろうではないか」


 将志はニヤリと笑って幽々子を見やる。

 幽々子は余程つらいのか、苦し紛れにゴンゴンと柱に頭をぶつけている。


「ところで、はずれが私や妖夢に当たった時はどうするつもりだったのですかな?」


 妖忌がそう問いかけると、将志は懐から包み紙にくるまれた木の実を取り出した。


「……実はここに酸味を中和する木の実があってだな。これを食えば酸味は無くなるのだ。これがあるから、饅頭を激辛にせずに酸味の強いものにしたのだ」

「ちゃんと妖夢のことは考えていたのですな」

「……当然だろう。いくらなんでも幼子に料理でつらい目にあわせるだけというのは気が引けるからな。ちゃんと救済策は持たせてあるのだ」


 感心した様子の妖忌に、将志はそう言って返す。

 その言葉を聞いて、妖忌は笑みを浮かべた。


「それで、それを幽々子様に使う気はありますかな?」

「……もうしばらく悶えてもらうことにしようか」


 結局、それから四半刻ほど幽々子がのた打ち回った後でその木の実は手渡されたのであった。

 柱に頭を打ちつけ続けていたせいで、幽々子の額は赤く腫れていた。







「……ひどいわ~……将志、いくらなんでも大人気なさ過ぎるわよ……」

「……ならば、言葉には気をつけるのだな。台所に立つ人間を敵に回すと怖いぞ?」


 涙眼で抗議する幽々子に、将志はそう言い放つ。

 将志の表情は薄く笑みを浮かべたものであり、いかにもしてやったりといった表情であった。


「妖夢、お前は大丈夫か?」

「はい……お饅頭は酷い味でしたが、その後の飴は天にも上るような味でした……あれを食べられるんなら、あのお饅頭も食べられる気がします」

「そ、そうか……」


 一方、妖忌の問いに妖夢は夢心地の表情でそう答える。

 どうやら、地獄饅頭のあとの救済飴の味が余程気に入ったらしかった。

 そんな妖夢を見て、将志は笑みを浮かべた。


「……どうやら、こういうところは妖夢のところが上のようだな、妖忌?」

「この身は老い先短い身、そう冒険することもありますまい」

「……それも考えの一つだが、中には先が短い故に冒険に出るものも居る。まあ、頭の片隅にでも留めておくと良いだろう」


 妖忌に対して、将志はそう語りかける。

 そんな将志に、妖夢が声をかけた。


「将志様、今度稽古をつけてくださいますか?」

「……ふむ、時間が空けば稽古に付き合うとしよう。次に来るまで、しっかりと修練を積むのだぞ?」

「はい!」


 将志の言葉を聞いて、妖夢は嬉しそうに返事をした。

 将志はそれを聞いて笑みを浮かべる。


「……良い返事だ。さて、そろそろ俺は帰るとしよう」

「……今度は美味しいものだけ作ってちょうだい」


 恨めしげな表情で幽々子は将志にそう言い放つ。

 それを聞いて、将志は全身に虚脱感を覚える。


「……お前は食事以外に言うことはないのか? まあいい。では、達者でな」


 そう言うと、将志は持ち直して帰路に付いた。

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