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銀の槍のつらぬく道  作者: F1チェイサー
銀の霊峰と幻想郷
63/175

銀の槍、話し合いに出る

「やああああ!」


 六花は長い銀色の髪を振り乱しながら、将志に向かって斬りかかる。

 その攻撃は残像が残るほど素早く、相手に息をつかせぬものだった。


「……はあっ!」


 それに対して、将志は的確に槍を突き出していく。

 包丁と槍が激しく打ち合う。

 二つの刃がぶつかり、火花を散らす。


「せいっ!」


 六花は懐に飛び込み、将志に攻撃を仕掛ける。

 槍の刃の内側に入り、絶好の機会を得る。


「……っと!」

「っ!」


 将志はそれに素早く反応し、手首を返して槍を回転させる。

 下方向から槍の石突が六花の鳩尾を狙い、六花は後退を余儀なくされた。


「……流石だな、六花。いい動きだ」

「お兄様には及びませんわ。第一、私の攻撃を全て捌ききっておいてから言われても信憑性に欠けますわよ?」


 将志の言葉に、六花は少し不満げにそう答える。

 二人はそれぞれ自分の武器を納め、神社の本殿へと帰っていく。


「……それは仕方が無いだろう、俺は一撃でももらうと倒れてしまうのだからな。おかげで俺は常にお前達の倍以上修練を積まねばならなかったんだぞ?」

「……お兄様、無理をしないでくださいまし。ただでさえお兄様の仕事量は多い上に家事も全部やって、その上に修行を私達の倍も積んでいたらそのうち倒れてしまいますわ」


 他人の倍以上修行をしなければならないと言うことを、将志は楽しそうに六花に語る。

 それを聞いて、六花は心配そうに将志の眼を見てそう言った。


「……なに、無理だと思ったらすぐに休む。だからそんなに心配する必要も無い」

「そうは言ってもお兄様ですし……」


 健康を憂う六花の頭に、将志の手が軽く置かれる。


「……六花。心配してくれるのは嬉しいが、あまり心配しすぎると今度はお前の身が持たんぞ? もう少し気軽に考えるがいい」


 将志は微笑みながらそう言って、六花の頭を優しく撫でる。

 六花はそれをくすぐったそうに目を細めながらそれを受け入れる。


「……努力はしてみますわ。ところで、今日のご予定はどうなってますの?」

「……今日は紫への定時連絡の日であったな。この後紫の家に行くことになるだろう」

「そうですの。でしたら、後のことは任せて今は休んでくださいまし」

「……それがだな、今日は藍からの連絡で六花にも連れてくるようにという連絡が入ったのだ。だから今日は六花にも同行してもらうぞ」


 将志の言葉を聞いて、六花は首をかしげた。


「はあ……私にいったい何の用なのですの?」


 その六花の質問に、将志は肩をすくめた。


「……さあ? 俺は何の用なのか具体的には聞かされてはおらんのだ。俺に伝えんと言う事は何か個人的な用なのだろう」

「そうなんですの? 私、全く心当たりありませんわよ?」

「……まあ、行ってみれば分かるだろう。さて、昼前には来る様にということだからそろそろ出るとしよう」


 二人はそういうと支度をし、紫の待つマヨヒガへと向かうことにした。

 しばらく行くと、目的地に着いた。


「……む?」


 玄関先に降り立つと、将志は違和感を感じて声を上げた。

 その声に反応して、六花は将志を見る。


「お兄様? どうかしたんですの?」

「……気配が一つ多い。どうやら紫と藍の他にも誰か居る様だ」

「紫さんのお客様ですの?」

「……いや、どうにも違うようだ」


 将志はそう言うと普段足場に使っている銀の玉を作り出し、それを玄関の横にある茂みに落とした。


「ふぎゃっ!?」


 するとそこから短い悲鳴が聞こえ、中から小さな人影が転がり出てきた。

 その人影には猫耳と、黒い二本の尻尾が生えていた。


「……化け猫ですわね」

「……その様だな」

「いったぁ~……いきなり何するの!?」


 その化け猫は涙眼で頭をさすりながら将志達を睨みつける。

 それを受けて、将志は肩をすくめた。


「……ああまで明確に敵意を持たれてはこちらとしても警戒せざるを得ないのでな。悪いが先手を打たせてもらったよ」

「だ、だからっていきなり殴ること無いじゃない! というか、あんたたち誰!?」

「……銀の霊峰の首領を務めている槍ヶ岳 将志というものだ」


 将志が名乗りを上げると、化け猫の少女の表情が固まった。


「槍ヶ岳 将志……た、大変だ~! ら、藍さま~!」


 化け猫の少女は大慌てで家の中へと駆け込んでいった。

 将志達はそれを呆然と見送った。


「……六花、俺がここに来ると何かあるのか?」

「……さあ……私は知りませんわよ?」


 将志達は顔を見合わせ、首をかしげる。

 しかし、次に家の中から聞こえてきた声に事態は一変する。


「藍しゃま~! 玄関の外に危険人物が~!!」

「ぶっ!?」

「……ああ、なるほど。そういうことですのね」


 先程の少女の声に将志は噴出し、六花は全てを察して納得する。

 そんな六花の様子に将志は眼を向ける。


「……六花……俺は本当に何かしたのか?」

「お兄様、こればっかりは仕方がありませんわ。お兄様はある意味では大変な危険人物ですもの」

「……解せぬ」


 六花の言葉の意味を理解できず、将志はポツリと呟いた。

 すると、家の中から誰かが廊下を走ってくる音が聞こえてきた。


「何処だ危険人物……って何だ、将志のことか。橙、将志は危害をくわえるような奴じゃないぞ?」


 家の中から飛び出してきた狐の九尾を持つ人影は将志の姿を見て拍子抜けした表情を浮かべた。

 そんな藍に、橙と呼ばれた化け猫の少女は困惑した表情を浮かべる。


「で、でも藍さま危険人物って……」

「ああ、危害は加えないが確かに危険人物だよ。だから迂闊に近づいちゃ駄目だぞ?」

「はい、藍さま!!」


 藍の言葉に、橙は力強く返事をした。

 そのやり取りを聞いて、将志は藍に抗議の視線を送った。


「……おい、藍。俺が危険人物とはどういう了見だ?」


「自分の胸に聞いてみるのだな、将志」

「自分の胸に聞いてくださいまし、お兄様」


 将志の質問に、藍と六花の声が見事に重なる。


「…………解せぬ…………」


 そのダブルパンチを受けて、将志はがっくりと肩を落としてそう呟くのだった。

 そんな将志を尻目に、一行は中へと案内される。


「紫様、将志達が来ました」

「相変わらず計ったかのように時間通りくるわね……って、藍? 将志が何か凹んでいる様に見えるのは何故?」


 紫はうなだれた状態で現れた将志を見て、藍に質問をする。

 そんな紫に、将志は助けを求めるような視線を送る。


「……紫、俺は危険人物なのか?」

「……どういうことかしら?」

「紫様、気にすることはありませんよ。紫様には実害はありませんから」


 首をかしげる紫に、藍がそう答えを返す。


「実害?」

「仮に紫様が被害にあっても、紫様は目を回して伸びるだけですから」

「……ねえ、それって十分に被害を受けるって言わない?」


 藍の言葉を聞いて、紫が将志をジッと見ながらそう返す。

 その眼にはわずかながら将志に対する警戒心が含まれていた。


「いいえ、本当に被害を受けるともっと深手を、場合によっては一生ものの呪いを受けることになるので軽いほうですよ」

「……おい、何のことだ?」


 藍の言葉に、紫の眼が興味深そうなものに変わる。

 将志はそれを受け、訳が分からず首をかしげる。


「将志がそんな呪いをねえ……ちなみに、貴女はどうなの、藍?」

「私ですか? 私はもう手遅れですよ。たぶん、掛かった呪いも一生ものでしょうね」


 藍はそう言いながら将志のことを舐めるように見やる。

 私を堕としたからには責任を取れ。

 その視線はそう語っていた。


「……ああ、呪いってそういうこと。確かに危険ね、特に女は」


 紫は藍の様子を見て、全てを理解し、そう言って頷いた。

 その言葉に、六花が眉をひそめる。


「紫さん、お兄様の呪いが男に効果があるように言わないでくださいまし」

「あら、戦国武将には戦場での寂しさを紛らわせるために衆道の道に走る者も……」

「紫様? 将志に関してそのような行為に走る者は私が責任を持って処理をいたしますから問題ありませんよ?」


 からかうような紫の言葉に、間髪入れずに藍はそう言った。

 藍は笑顔こそ浮かべているがその語気は強く、その体からは周囲に重圧をかけるほどの妖気が立ち込めていた。


「ちょ、じょ、冗談よ、藍。だからその立ち込める妖気を引っ込めなさい」


 その藍の様子に紫は慌ててそう告げる。

 その横で、将志は理解できないことがあったようで首をかしげていた。


「……六花。衆道とは何だ?」

「……知らない方がお兄様の身のためですわよ」


 純粋な好奇心からそう聞いてくる将志に、六花は頭を抱えながらそう答えを返した。

 すると場の流れを変えるために藍が話題を提供する。


「そうだ。六花には少し橙の様子を見ていて欲しいんだが、構わないか?」

「別に構いませんけど……ひょっとして今日の用事ってそれですの?」


 六花が質問をすると、藍は六花に近寄り耳元に口を置いた。


「……いつ何時将志の毒牙に掛かるか分かったものじゃないからな。念のための用心という奴だ」

「……それは言えてますわね。分かりました、それでは私は橙さんのところに行きますわ」


 小声での藍の言葉に、六花もまた小声で答えて頷く。

 それを確認すると藍は六花から体を離した。


「案内しよう。一度私から話を通しておかないと橙も納得しないだろうからな」


 そう言うと藍は六花を連れて部屋を出て行く。

 しばらくして、紹介と案内を終えた藍が戻ってくると話し合いが始まった。

 将志は銀の霊峰の現状をまとめた書類を紫に提示し、状況を説明した。

 藍はその隣で筆を持ち、話し合いで決まった事を記録する。


「……これが現在の銀の霊峰の現状だ。現在のところ特に困っていることは特には無い……が、今日はそちらの話が本題だったな?」

「ええ、今日の本題は外交関係の話よ」


 紫の言葉に、将志は首をかしげる。


「……外交だと? 外の世界を相手にするつもりか?」

「ええ、そうよ。幻想郷では原則的に自給自足の生活を心がけているけど、外の世界じゃないとどうしても手に入らないものもあるのよ」


 幻想郷では手に入らないが、需要があるものは意外と多い。

 例えば、幻想郷の気候では育てられない作物及びその生産品。

 例えば、幻想郷では手に入れられる地形が無いもの。

 前者の例では重要なところでは砂糖が、後者には塩や魔法使いが使う貴金属や宝石類が挙げられる。

 また、幻想郷内の需要に生産が追いつかないものもかなりあり、必然的に外との物流を考えなくてはいけなくなったのだった。


「……ふむ。確かに博麗大結界の後から品不足になった品がいくつかあるな。だが、それを買い集めるには外の世界の通貨が必要だぞ? 通貨というものは時代によって変わっていくものなのだからな」

「だから今、各組織の代表に外の世界に売れるものを集めているのよ。手っ取り早いのは金とか銀だけど、幻想郷じゃあ取れないから外に売れる特産品みたいなものが欲しいのよ」

「……そうだな……包丁等はどうだ? うちの山の鍛冶師が打った物だが、なかなかに良い物が揃っているぞ?」

「それ、緋緋色金だとかミスリルだとか、原料に幻想入りしたものは使っていないかしら?」


 紫は将志にそう問いかける。

 実は幻想入りした品物が再び外に出ること自体に特に問題はない。

 しかし、幻想入りしたものは人に信じられなくなったために幻想入りしたのであり、外の世界の人間には信用が無い。

 つまり、外に持っていっても価値が認めてもらえないのである。

 当然、そんな勿体無いことをするくらいなら中で使うことだけを考えるべきである。

 紫の質問は、単に物的価値を損なわないための質問であった。


「……使っているものもあるが……基本的には使っていないな。そもそも、緋緋色金などは包丁などの日用品に使うには数が少なすぎる。基本的にそういった物は儀礼用の刀剣に使われるぞ」

「そう……それじゃあ今度その実物を持ってきてくれないかしら? 外の世界で売れるかどうか検品をするから」

「……ふむ、良いだろう。次の機会に持ってくるとしよう」

「お願いするわ。ああ、そうそう。そういえば最近……」


 話し合いはまだまだ続く。






 紫達が話し合いをしている頃、六花と橙は玄関先の門に来ていた。

 橙は門の前に立ち、あたりをキョロキョロと見回している。


「橙さん、何をしてるんですの?」

「怪しい奴が来ないか見張ってるの」

「それで、来たらどうするんですの?」

「戦って追い払う!!」


 橙は六花の問いかけに元気よく答えた。

 その様子に、六花は笑いかける。


「ふふふっ、元気がいいですわね。それじゃあ、私も手伝いますわ」


 六花がそういうと、橙の眼が六花に向いた。


「む、そういうあんたは強いの?」

「戦うのは好きじゃありませんけど、それなりに腕に覚えはありますわよ?」

「……怪しいな~、本当なの?」


 橙は疑りの視線で六花をじろじろと見回した。

 その様子に、六花は苦笑しながら軽くため息をついた。


「……それじゃあ、瞬きしないで見ていてくださいまし」


 六花がそう言うと、橙の視界から六花が消え失せた。


「……あ、あれ?」


 橙はその場からいなくなった六花を捜して周囲を見回す。


「ここですわよ、橙さん?」

「うにゃあ!? び、びっくりした~」


 そんな橙の背後から、六花が声をかけた。

 橙は飛び上がって驚き、六花から大きく距離をとる。

 尻尾の毛は逆立ち、その驚き方が激しいものであったことが分かる。


「今の動きが貴女に見えまして?」

「……見えなかった」


 六花が橙に質問をすると、橙は少し悔しそうにそう答えた。

 それを聞いて、六花は満足そうに笑みを浮かべた。


「とまあ、私はこんな感じですわ。だから、橙さんが私のことを心配する必要はありませんわよ?」

「……ねえ、他には何が出来るの?」


「他には……そうですわね、こんなことが出来ますわ」


 六花はそういうと、足元に転がっていたこぶし大の大きさの石を手に取った。


「……ふっ!」


 六花はその石を上に放り投げると、その石に対して包丁を素早く滑らせた。

 石は地面に落ちると、六つの櫛切りにされた欠片に分かれた。

 その断面は鏡のように磨かれた状態になっており、六花の包丁の切れ味をうかがわせる。


「……おお~……六花って凄いね!」

「ふふふ、ありがとう」


 感嘆の声を上げる橙に、六花は笑顔で答えを返す。

 そんな六花の袖を、くいくいと橙が引いた。


「あのね、私も一つ練習してることがあるんだ。ちょっと見てくれる?」

「いいですわよ」


 六花はそういうと、橙の邪魔にならないように離れて縁側に座る。

 それを確認すると、橙は大きく深呼吸をした。


「それじゃ、いくよ」


 橙はそういうと、指笛を吹いた。

 すると、何処から現れたのか大小さまざまな猫があちらこちらから集まってきた。


「あら、猫ですわね? これまた随分たくさん来ましたのね」

「……よし、呼ぶのは出来た。次は……」


 橙はそう言って猫達に次の行動を指示しようとする。


「あ、あらら?」


 しかし、猫達は橙が指示する前に一斉に六花に群がっていった。

 六花の周囲はあっという間に猫まみれになり、肩や膝、果ては頭の上にも所狭しと猫が乗っている。


「はぁ~……私まだ何も指示出してないんだけどなぁ……やっぱりまだダメか~……」


 言うことを聞かない猫達に、橙はがっくりと肩を落とす。

 そんな橙を励ますべく、六花は優しく声をかける。


「でも、猫を呼ぶまでは上手くいってるんですからそこまで落ち込むことはありませんわよ?」

「そ、そうかな?」

「私には出来ないことですもの。練習すればきっと凄いものになると思いますわよ?」

「……うん、私頑張る!」


 六花の言葉に、橙は力強く応えた。


「みぃ~」

「きゃあ!? ちょっと、くすぐったいですわよ!?」


 突如として胸元に子猫が潜り込み、六花はそのくすぐったさに身をよじる。

 子猫は六花の胸の中心にすっぽりと収まり、その温かさに気持ち良さそうに眼を細めている。

 そんな六花を見て、橙は首をかしげた。


「それにしても、六花って人気者ね。何かあるのかな?」

「さあ……猫に好かれる要素なんて思いつきませんわよ?」


 六花はそう答えながら膝の上に乗っている猫達の頭を撫でる。

 猫達はそれが気持ちいいらしく、ゴロゴロと喉を鳴らした。

 そんな猫達を、橙はジッと眺める。


「……ねえ、私も膝の上に座ってもいい?」

「別に構いませんわよ。それじゃあ、ちょっと失礼しますわよ」

「にゃあ……」


 六花が膝の上の猫を退かすと、猫達は未練たらたらな声を上げてその場から退いた。

 そして空いた膝の上に、橙は座ろうとする。


「それじゃあ、よいしょっと」

「み゛ぃぃぃぃ~!」

「にゃあぁ!?」


 六花の胸にもたれかかった瞬間、その胸元から苦しそうな子猫の声が聞こえた。

 それを聞いて、橙は驚いて飛び上がった。


「ああ、そういえばそこに居ましたわね。ほら、出てらっしゃい」

「みぃぃぃぃ!!」


 六花は苦笑いを浮かべて胸元に潜り込んでいた子猫を引っ張り出そうとする。

 しかし子猫は六花の服に爪を引っ掛けて抵抗する。


「こらこら、爪を立ててはいけませんわ。大人しく出ておいでなさい」


 六花はそう言いながら子猫を前後左右に動かし、布に引っかかっている爪をはずして外に引っ張り出した。

 外に出ると、子猫は六花の手から逃れようとジタバタと脚を動かした。


「ごめんなさいね。少し我慢してくださる?」

「みぃ……」


 六花がそう言うと、子猫はしょんぼりとした声を出して六花の肩の上に移動した。

 それを確認すると、六花は赤い長襦袢に付いた猫の毛を軽く手で払う。


「さ、橙さん、もう大丈夫ですわよ」


 六花はそういうと、誰もいなくなった自分の膝の上を叩いた。


「大丈夫? じゃあ、こんどこそ……」


 橙はそういうと再び六花の膝の上に座った。

 すると、橙の体を柔らかい感触が包み、段々と人肌の温かさが伝わってきた。


「座り心地はどうですの、橙さん?」

「何か、あったかくてやわらかくて良い気持ち~♪」


 橙は気持ち良さそうに眼を細めながら六花にそう答える。

 六花はそれを聞いて笑みを浮かべる。


「まあ、この時期ですと肌寒くなってきますから暖かくはあるでしょうね。それにしても、そんなに座り心地の良いものですの?」

「うん……気を抜くと寝ちゃいそう」


 橙はそういうと眠そうに眼をこすった後で欠伸をする。

 それを見て、六花は手を伸ばして橙の体を抱きかかえる。


「別に寝ててもいいですわよ? 会議が終わるまでまだ時間があるでしょうから」

「そう? それじゃ、遠慮なく……」


 橙はそう言うと全身の力を抜いて六花に体を預けた。

 しばらくすると、橙から規則正しい寝息が聞こえ始めた。


「本当に寝ちゃいましたわね……気持ち良さそうな寝顔ですこと」

「すぅ……」


 六花はすやすやと眠る橙の顔を見て微笑む。

 頬を指でつつくと、ぷにぷにとした心地良い感触が伝わってくる。 


「そういえば、眠ったアグナを膝の上に乗っけているお兄様もこんな感じでしたわね……」


 六花はそう言いながら、書斎の椅子で同じ状態になっている将志の様子を思い浮かべた。

 将志の膝の上で眠るアグナは幸せそうで、一方の将志も優しい表情でアグナの頬を撫でているのだった。

 そんな様子を思い出して、六花は笑みを深くした。


「それにしてもどうしましょう……猫達も寝ちゃいましたし、全く身動きが取れませんわ……」


 六花は全身に猫がくっついた状況に我に返ると、苦笑いを浮かべてそう呟いた。






「橙、そろそろお昼の時間だぞ~」


 六花が身動きが取れなくなって半刻ほど経ち、藍が橙を呼びにやってきた。

 その声を聞き、六花は顔を上げる。


「藍さん、こっちですわ」

「ん、何だそこにいるのか……って何がどうなってるんだ、これは?」


 藍は猫まみれになっている六花を見て疑問の声を上げる。

 唖然とした藍の様子に、六花は苦笑した。


「見ての通りですわよ。私の上に座ったまま橙さんが寝てしまったのですわ」

「ほう、橙も随分と懐いたようだな。これなら次からは警戒することも無いだろう」

「話し合いはもう終わったんですの?」

「ああ、終わったよ。今は将志が昼食を作ってくれている」

「……この匂い、炊き込みご飯ですわね?」


 六花は漂ってくる匂いを嗅いで、昼食の献立を言い当てた。

 すると、藍がくすくすと笑い始めた。


「どうかしたんですの?」

「いや、それが将志と来たら橙に危険人物と言われたのが相当堪えたらしくてな……そのご機嫌取りに魚の炊き込みご飯を作っているんだよ。その他にも焼き魚とか煮付けとか、今日は魚尽くしだ。紫様も献立を聴いた瞬間、腹を抱えて笑いだしたぞ」


 楽しそうに笑いながら藍はそう話す。

 その話を聞いて、六花もまた面白そうに笑い出した。


「ふふふっ、お兄様ってば必死すぎますわね。まあ、お兄様はあんまり嫌われたことがありませんし、その分心にくるものがあったのだと思いますわ」

「そうかもな。正直、私は将志が嫌われているところなど想像もつかん。さて、もうすぐ食事も出来ることだし、橙を起こすとしよう。橙、もうすぐお昼ご飯になるぞ」

「ん~……らんしゃま~……」


 橙は寝ぼけ眼をこすりながらそういうと、六花に抱き付く。

 それを見て、六花と藍は目を見合わせた。


「……盛大に寝ぼけてますわね」

「私と六花を間違えるくらいだ、これは完全に寝ているな……橙、起きろ!」

「ふにゃあっ!? な、なんでしゅか、藍しゃま!?」


 藍が少し強く呼びかけると、橙は六花の膝の上から飛び退き、藍に向かってそう問いかけた。

 その様子に、藍は少し呆れ顔でため息をついた。


「もうすぐお昼だからこっち来なさい。今日は将志がお前のために頑張ってくれているからな」

「は、はい!」


 勢いよく答えて橙は藍の後について行く。

 そんな橙に、六花は声をかける。


「ちょっと、橙さん」

「え、なに?」

「この猫達はどうすればいいんですの?」


 六花の膝の上には大量の猫が乗っかっており、肩も頭の上も猫で満席状態であった。


「……どうしよっか」


 そんな様子を見て、橙は乾いた笑みを浮かべて頬をかくのだった。

 ちなみに、猫達は将志が庭で七輪を使って魚を焼くことで無事に六花の上から退かすことが出来た。








「……では、次来るときは包丁を一式持って来ればいいのだな?」

「ええ。お願いするわ、将志」


 将志と紫はそう言って今日の話し合いで決まった事を確認しあう。


「……次は一週間後だったか。それまでに鍛冶師に用意させよう」

「一週間といわず、毎日来ても良いんだぞ?」


 将志の言葉に、藍がそう言葉をかぶせる。

 それを聞いて、将志は小さくため息をついた。


「……流石にそれは厳しいな。来れても三日に一度程度だろうな」

「無茶を言わないでくださいまし、お兄様。そんなことしたらお兄様は睡眠時間を削って仕事をするのでしょう? もう少しご自愛くださいまし」

「む、それはいかんな。会いにきてくれるのは嬉しいが、それで体調を崩して何日も会えなくなったら本末転倒だ。それなら私に構わずゆっくり休んでくれ」


 将志の言葉を六花が少し強い口調で諌めると、藍も少し心配そうに顔をしかめてそう言った。

 それを聞いて、将志は少し残念そうな表情を浮かべた。


「……む……藍と会って話をするのはなかなかに有意義だから好きなのだが……仕方がないか」

「う……そう言われると後ろ髪を引かれるな……そうだ、今度うちに泊まりに来ればいい。そうすれば話も出来るし、ゆっくり休むことも出来るぞ?」


 将志の言葉に、藍は少し嬉しそうな表情を浮かべてそう言った。

 それを聞いて、紫も頷いた。


「それは名案ね。いっそのこと家に住み込んでもらって家事と仕事を「……調子に乗るな、戯け!」あいったあ~~~~!?」


 嬉々として仕事を押し付けようとする紫の脳天に、将志は容赦なく手刀を振り抜いた。

 ガツンと言う凄まじい音が鳴り響き、紫の頭を激しく揺らした。

 紫はその場に頭を抱えてしゃがみこみ、うなり声を上げている。 


「……まあ、考えておくよ」

「そうか。期待して待っているからな」


 そんな紫を放置して、将志と藍はそう言葉を交わすのであった。


「六花、今度はうちに遊びに来てね」


 一方、橙は六花と話をしていた。

 橙の言葉に、六花は首をかしげる。


「あら、貴女はここに住んでるんじゃないんですの?」

「違うよ。私はこことは違う迷い家に住んでるのよ。今日は紹介したい人がいるからって、藍さまに呼ばれたんだよ」

「そうだったんですの。橙さんも一人暮らしは大変でしょうに」


 六花がそういうと、橙は首を横に振った。


「私のことは橙って呼んで? その代わり、私も六花って呼ばせてもらうから」

「……分かりましたわ、橙。それじゃあ、今度は貴女の家に遊びに行きますわ」

「うん、待ってるよ、六花」


 橙はそういうと、藍のところへ戻っていった。


「……さて、俺達はこれで失礼しよう」

「では、またお会いしましょう」


 二人はそういうと、銀の霊峰へと帰っていった。








「の、脳が揺れるわ~……きゅぅ~……」

「ゆ、紫様!?」


 その日、将志の脳天唐竹割りを喰らった紫は、一日中眩暈が止まらず寝込むことになったという。

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