銀の槍、救出する
銀の霊峰の中腹にある広場に六つの影が降り立っている。
先ほどマヨヒガで準備を済ませた一行が、周囲への被害を考えて紫のスキマで移動したのだ。
その広場の中央に、藍が立っている。
「それで、最初は誰が掛かるのかしら?」
「俺! まずは俺にやらせてくれ!!」
紫の問いかけに、燃えるような赤い髪の小さな少女が元気よく手を上げる。
それを受けて、紫は頷いた。
「ええ、いいわよ。えーっと……」
「おっとこいつはいけねえ、自己紹介がまだだったな! 俺はアグナだ! 宜しくな、紫!!」
「ええ、こちらこそ宜しく頼むわ、アグナ」
自己紹介を終えると、アグナはまっすぐに藍のところへ向かい、正面に立つ。
藍はアグナを真正面から見据える。
「最初はお前か。こう言っては何だが、お前みたいな奴に攻撃するのは正直……」
「なあに、遠慮すんな! 俺も毎日兄ちゃんや姉ちゃんに鍛えてもらってんだ、どーんと来い!!」
「ああ、分かった。それじゃあそうさせてもらうよ。もっとも、やるからには容赦はしないからな」
「おう! ……先に言っとくけど、俺の炎は魂を焼き尽くすほど熱いぜ?」
アグナがそういった瞬間、風が熱を持ち始めた。
アグナの足元からはまるで踊っているかのように炎が吹き上がり、周囲を赤く染め始めた。
それを見て、藍は息を呑んで身構えた。
「……本当に、見た目など当てに出来ないな。これは本当に容赦が出来そうにない」
藍の目の前は、アグナが巻き起こす炎で埋め尽くされている。
その一方で、藍も妖力を集めて弾丸を作り出した。
そんな二人を見て、紫は微笑んだ。
「双方とも準備は良さそうね。では、始め」
「燃え尽きろぉ!!」
紫が号令をかけると同時に、アグナは身にまとった炎を一斉に藍にぶつける。
炎は巨大な束となって、大量の火の玉と共に一直線に飛んで行った。
「ふっ」
藍は慌てることなくそれを避け、攻撃を放った直後のアグナに無数の弾丸を撃ち返す。
するとアグナは躊躇することなくその弾幕の中に突っ込んできた。
「なっ!?」
「へへっ、喰らえぇ!!」
体が小さいことを利用して弾幕を素早く潜り抜けてきたアグナは、藍に向かってスライディングを掛けた。
その速度は弾丸の様に速く、地面には紅蓮に燃える一筋の線が引かれる。
藍は一瞬驚いたが、上に飛び上がることでそれを回避した。
「そこだぁ!!」
突如として、アグナがそう叫んだ。
次の瞬間、藍は頭上に強烈な熱を感じた。
上を見てみると、そこには真っ赤に燃える龍の顎が迫っていた。
「くぅ!」
藍は避けきれないと悟り、自らの妖力を集めて障壁を作る。
その直後、炎の龍が藍の体を飲み込んだ。
「はっ、まだまだぁ!!」
「ちぃ……!」
アグナは追撃の手を緩めずに炎をまとって目の前の火柱に飛び込んだ。
すると真っ赤に燃え盛る炎の塔から藍が弾き飛ばされてきた。
藍は空中で体勢を整えると、着地して地面を滑った。
「そこだ!」
藍は火柱の中から出てくるアグナに対して弾丸を放つ。
しかし、その直後藍の眼は驚愕に見開かれた。
「なにっ!?」
「へへっ、はっずれ~!!」
一瞬硬直する藍に、悠然と佇むアグナ。
直撃したはずの弾丸は、アグナの体をすり抜けて彼方へと飛んでいったのだ。
アグナは目の前の現象に驚いている藍を見て、笑みを浮かべた。
「おらおらぁ! 次いくぜぇ!!」
アグナがそういうと炎の塔が集束していき、その手に小さな光の玉ができた。
その玉は純白に輝いており、今までとは比べ物にならない熱量を含んでいることが見て取れる。
「……っ!」
それを見て藍は思わず息を呑んだ。
まともに受ければ、生きていられるかどうか分からない。
今まで培ってきた本能がけたたましく警鐘を鳴らし始めた。
「そぉらよ! 骨まで燃えろぉ!!」
アグナはそういうと純白の光を放つその玉を藍に向かって放り投げた。
それが着弾した瞬間玉ははじけ、激しい閃光が周囲を包み込んだ。
「きゃあっ!?」
その光は離れて見ていた紫の視界すらも奪っていく。
それと同時に、紫は肌が焼け付いてしまいそうになるほど異常な熱を感じた。
光が収まり視界が開けてくると、着弾した一帯は溶岩のように変化していた。
「……まったく、いくらなんでもやりすぎだ、アグナ」
将志はそう言いながら空に浮かんでいる。
その腕の中には、呆然としている藍の姿があった。
将志は藍が逃げ切れないと見るや、即座に救出に入ったのだった。
「……大丈夫か、藍」
「……あ、ああ……」
状況に気がつくと、藍は頬を染めて将志の小豆色の胴衣を掴んで胸に頬を寄せた。
将志はゆっくりと降下していき、安全な区域に降り立った。
「……まずはこちらの一勝だ、紫」
「……ちょっと将志。この火力はいったい何?」
藍を降ろして勝利宣言をする将志に、紫は冷や汗を垂らしながら質問をする。
将志はその質問を聞いて笑みを浮かべた。
「……なに、うちの最終兵器だ。何しろ火力に関しては連中の中では最強だからな」
「いくらなんでも強すぎよ。これじゃあ封印が必要になるわよ?」
自慢げに話す将志に、紫は深々とため息をついてそういった。
それを聞いて、将志はきょとんとした表情を浮かべた。
「……そうか?」
「ええ。ここで力を見る機会があって良かった。アグナの力が悪用されたら幻想郷が火の海になりかねないところだったわ」
「……いや、別に本人がちゃんと制御できていれば良いだけの話ではないのか?」
「残念だけど、その制御を失わせる術式は存在するし、アグナ本人を狂わせる術式だって存在するわよ。万全を期すためにも、私はアグナの力を一部封印することを勧めるわ」
紫の言葉に、将志は腕を組んで考え込んだ。
しばらくして何か思い当たったようで、将志は頷いた。
「……なるほど、確かに俺にも心当たりはある。ふむ、それならば後でアグナと話をしよう」
将志がそういうと、駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。
振り返ってみると、一直線に走ってくるアグナの姿があった。
「兄ちゃーん! どうだった!?」
アグナはそう言いながら将志の胸に飛び込んでくる。
その眼は期待に満ちており、褒められるのを待っている眼だった。
「……少々やりすぎだな。もう少し加減を覚えろ。だが、戦い方としては悪くなかったぞ。最初に主導権を握って短期決戦に持っていく上手い戦い方だった」
「へへへ~♪」
将志が苦笑を浮かべながら頭を撫でると、アグナは嬉しそうに笑った。
そしてその視界の中に藍を見つけると、グッと親指を立てた。
「よお、姉ちゃん! どうだ、燃えたろ?」
「……ああ。本当に燃え尽きるかと思ったよ」
「へへっ、そうだろ! 俺の炎に燃やせないものは無いんだからな!!」
アグナは楽しそうにそういって笑うと、興奮が冷め遣らないのかどこかへ飛んでいった。
それを確認すると、藍は将志の肩を叩いた。
「将志、もう一度力を分けてくれないか? アグナとの勝負でちょっと使いすぎた」
「……良いだろう。手を出すがいい」
その言葉に、藍は自分の右手を差し出した。
将志はその手を両手で包み込むようにして持ち、力を送り込む。
しばらくそうしていると、藍は将志の胸に身を寄せてきた。
「……藍?」
「……すまないが、しばらくこうさせてくれ。正直、さっきの火球を見たとき、私はもう死ぬかもしれないと思った。今もまだ、怖くて足がすくみそうなんだ。だから落ち着くまでしばらくこうさせてくれ」
うつむいた藍の体はわずかに震えており、縋るように将志の服の裾を掴んでいた。
将志は藍の手を離し、その体を抱きしめた。
「将志?」
「……怖がることはない。確かにアグナの炎は危険だった。だが、俺が守っているからにはお前には傷一つたりとて負わせはしない。だから安心しろ」
将志はそう言いながら安心させるように藍の髪を指で優しく梳いた。
藍は心地良さそうに目を細め、将志の腰に手を回して胸にしなだれかかった。
「……いきなり抱きしめるとは、随分と大胆だな」
「……親しい相手が不安な時、こうしてやると相手は安心すると聞いている。俺はお前の不安な表情など見たくはない。その不安を解くためなら、いくらでもこうしてやるさ」
優しく響くテノールの声で藍の耳元で囁く。
それを聞いて、藍は将志を抱く腕に軽く力を込めた。
「ふふっ……本当に罪作りな男だな、お前は。そういう言葉を殺し文句って言うんだぞ?」
「……そうなのか?」
「ああ……おかげで私はいつまでもこうしていたいと思っているよ」
安らぎに満ちた声で藍は将志の胸元で囁く。
将志はそれを聞いて小さくため息をついた。
「……そうか。ならば好きなだけそうしているが良い」
「……ありがとう」
藍は将志の体に九本の尻尾を巻きつけ、夢見心地の表情でその身を預けた。
それに応えるように、将志は藍を抱く腕にそっと力を込めるのだった。
そんな二人の姿を遠巻きに眺める姿が二つ。
「……六花ちゃん? ちょっとお話があるんだけど良いかな? あれ、六花ちゃんが仕込んだのかなぁ?」
愛梨はにこやかに笑いながら六花に問いかけた。
そのあまりの威圧感に、六花は思わず体を後ろに引いた。
「な、何のことですの?」
「だって、将志くんにああいうことを教えそうなのは君ぐらいだよ?」
「くっ……認めますわ。私は確かにお兄様の教育方針を誤った……まさか、お兄様にそういう才能があるなんて思いもしませんでしたわ」
実は六花は日頃から将志に対して様々なことを吹き込んでいた。
その内容は人が落ち込んでいるときの慰め方や女性に対する禁句など、六花が独自に実体験や恋愛小説などを参考にじっくり研究を重ねてきたものである。
……もっとも、流石に兄妹なのでキスやらそれ以上のことは自粛していたのだが。
その結果がご覧の有様である。
「どうするのさ、あれじゃあ将志くんの毒牙に掛かる子がどんどん増えちゃうよ!?」
「本人が気づいていないのも問題ですわね……早く手を打たないと、どんどん手遅れになりますわ……」
目の前の惨状に二人して頭を抱える。
将志の性格上誰にも彼にもそういうことをするとは考えられないが、一定以上近づいた相手ではふとした拍子に餌食になりかねないのだ。
「……今はそんなこと考えていても仕方ないですわね。まずは現状を打破しないことには始まりませんわ」
「……そうだね♪」
二人はそう言い合って頷いた。
すると六花が抱き合っている二人の下へと向かう。
「あの、そろそろ次に行きたいのですけど、宜しくて?」
「……ああ、すまない。そろそろ始めるとしよう」
六花が声を掛けると、藍は名残を惜しみながら将志から体を離した。
その様子を見て、将志は小さく頷いた。
「……もう大丈夫そうだな」
「ああ。おかげで随分楽になったよ。ありがとう」
「……なに、役に立ったのならば幸いだ。俺でよければ、いくらでも胸を貸そう」
「ふふっ、それじゃあまた今度借りることにするよ」
将志の言葉に藍はそう言って笑いかけた。
「……なにを口走ってますの、お兄様……」
その横で、考えなしの将志の台詞に六花は頭を抱える。
将志本人は完璧に善意のみでそう言っているのだから、まったく持って始末に負えない。
「それで、次は誰がやるんだ?」
「私、槍ヶ岳 六花がお相手いたしますわ。宜しくお願いいたしますわよ、藍」
「ああ、こちらこそよろしく頼む」
六花と藍はお互いにそう言って礼を交わすと、広場の真ん中へと歩いていく。
溶岩と化していた広場の地面は、紫が大量の海水をスキマによって運んで冷却済みである。
「……お前は将志の妹か?」
「ええ、実の妹ですわ。それがどうかいたしまして?」
「いや、何でもない。姓が同じだったから少し気になっただけだ」
藍は六花にそう言うと、自分の立ち位置に向かった。
そんな藍の言葉に、六花は眉をひそめた。
「今のは探りに入りましたわね……」
六花はそう呟きながら自分の立ち位置に立った。
藍はすでに準備を終えており、いつでも始められる状態であった。
「双方共に準備は良いかしら?」
紫は開始位置に二人が立つと、それぞれに確認を取った。
それに対して二人は頷く。
「ええ、いつでも大丈夫ですよ」
「こちらも準備は出来ていますわ」
藍はそういうと手に力を込め、六花は帯に挿した包丁を抜き放った。
六花の包丁は銀色に光り輝き、その切れ味を感じさせる。
「では行くわよ。……始め」
紫がそういった瞬間、激しい弾幕合戦が始まった。