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銀の槍、出稼ぎに出る

 将志は情報収集のために都にくると、すぐ近くの料理屋に顔を出した。


「……邪魔するぞ」

「おう槍の字、来たのか。生憎と今日はアンタがやれる仕事は無いぞ? それとも、今日こそはうちで働く気になったか?」


 将志が声をかけると、料理屋の店主であるが威勢のいい声でそう話しかけた。

 この料理屋、実は手配師としての側面も持っており、将志は屋敷の警備などをして生活費を稼いでいた。

 仮にも一介の神が何故そんなことをしているのかというと、料理に使う調味料などの代金を稼ぐためであった。

 なお、各地で奉納される供え物は全て現地の人間に還元している。

 つまり、信仰はあれども収入は無いのだった。


「……俺はこれでも多忙の身だ。ここで本格的に働く時間は無い。それに仕事が無いことはないだろう? ここ最近の流行病で護衛が欲しい所が多いのではないのか?」

「つれねえなあ。アンタがここで包丁握ってくれりゃあウチも繁盛間違いなしなんだがなあ。それに、その手の仕事は俺のところに来る前にほとんど貴族様が自分で取っちまってるよ。俺のところに来るのは余程の物好きか、つてのねえ連中さ」


 店主は心底残念そうにそういうと、再び仕事に戻る。

 将志はカウンター席に座ると、出されたお通しを口にする。


「そういや、最近巷じゃお公家様が熱心に通う場所があるんだよな」

「……どうせ女だろう。遊び暮らしている公家達が通うようなところなど、それくらいだ」


 将志は若干呆れ口調で、吐き捨てるようにそう呟いた。

 将志からしてみれば、日々を遊び暮らしている公家の生活が無意味なものに思え、受け入れがたいものであった。

 そんな将志の言動に、店主は磊落に笑った。


「アンタずいぶんと辛辣なこと言うねえ。ま、正解だがな。なよ竹のかぐや姫と呼ばれている超美人さんらしい。興味わいたか?」


 店主はニヤニヤと笑いながら将志にそう問いかける。

 それに対して、将志は心底どうでも良いと言った風にため息をついた。


「……どうでも良い。そもそも、そんなことに構うくらいならば俺は仕事をする」

「かぁ~っ! 若い兄ちゃんがそれで良いのかよ!?」


 二人がそうやって話していると、立派な服装をした武官がやってきた。

 店主は話を止め、客に応対する。


「へいらっしゃい。ご注文はお決まりですかい?」

「玉将定食の出前を頼む」

「ああ、かしこまりやした。でしたら、そちらの暖簾を潜ってその先の席でお待ち下せえ」


 店主はそういうと、店の奥へ引っ込んで行った。

 それと同時に、武官も店主に言われたとおり暖簾をくぐる。

 なお、もうお気づきの方もいらっしゃると思うが、玉将定食の出前とは手配師としての仕事を依頼するときの暗号である。


「……仕事、か……」


 将志はお通しをちびちび食べながら話が終わるのを待つ。

 すると、暖簾の奥から店主が出てきた。


「おーい、槍の字! ちと来てくれや!」

「……了解した」


 将志は店主に呼ばれて暖簾の奥へ入る。

 そこには、先程の武官が席について待っていた。

 机の上には、依頼内容が書かれた木の板が置かれていた。


「槍の字、お待ちかねの仕事だぜ。かぐや姫の護衛だとさ」

「……詳しい話を聞こう」


 将志は武官から詳しい話を聞いた。

 何でも、町で流行の病によって護衛が大幅に減少してしまったそうな。

 そこで、夜に忍び込んでくる不届き者を追い払うための腕の立つ護衛を探しているらしい。

 内容を聞くと、特に問題は無いと判断したのか将志は頷いた。


「……良いだろう。引き受けよう」

「ありがたい、任期は十五日間だ。その間、しっかり頼む」


 そんな訳で、将志はかぐや姫のところへ向かうことになった。




 武官に連れられて、かぐや姫の屋敷に案内される。

 屋敷に着くと、家主に侵入者と間違われないようにするために顔見せを行うことになった。

 奥の間に案内されると、そこには翁と嫗、そして艶やかな長い黒髪を持つ見目麗しい少女が居た。


「失礼致す。新たなる護衛の者をお連れ致した。……お主、名を名乗れ」

「……槍ヶ岳 将志という。覚えてもらえるとありがたい」


 将志がそう名乗ると、竹取の翁は頷き、少女は興味深げに眼を細めた。

 

「うむ、下がってよいぞ」

「……失礼する」

「待ちなさい。貴方は今、確かに槍ヶ岳 将志と名乗りましたね?」


 将志が下がろうとすると、少女が将志にそう声をかけた。

 その問いに対し、将志は小さく頷いた。


「……ああ。確かに俺はそう名乗った」

「そう……後で話があります。半刻の後、私の部屋に来なさい」

「……? 了解した」


 突然の呼び出しに、将志は首をかしげながらも承知する。

 これには周囲の人間も真意が分からず、同様に首をかしげることになった。


「お主、姫に何かしたのか?」

「……いや、初対面のはずだが……」


 詰め所に向かう間、武官と将志はかぐや姫の言葉について話しながら歩いていく。

 そして半刻後、将志は言われたとおりにかぐや姫の部屋に向かうことにした。


「……槍ヶ岳 将志、ただいま参上した」

「……入って」


 将志が部屋に入ると、少女は将志を頭のてっぺんからつま先までじーっと見つめだした。

 それはまるで何かを確認するような目つきで、髪、眼など体を一つ見るたびに彼女の表情は楽しそうなものに変わっていった。

 将志は訳が分からず、首をかしげる。


「……俺がどうかしたのか?」

「へえ……貴方があの槍ヶ岳 将志ね……まさか、こんなところでこんな有名人に会えるなんて思わなかったわ」


 少女は弾むような口調で将志にそう言った。

 その唐突な物言いに将志は首をかしげた。

 自分が彼女に名前を知られるような行為をした覚えは全く無いからであった。


「……どういうことだ?」

「自己紹介がまだだったわね。私は蓬莱山 輝夜。月の民よ。輝夜でいいわ」

「……なに?」


 輝夜の言葉に、将志は固まる。

 何しろ、目の前に居るのは捜し人と同じ月の民なのだ。

 そして、そんな将志を輝夜は面白いものを見るような眼で見ていた。


「まあ、そこに座りなさいな。……しっかし、本当に生きてたのね~ 最初に聞いたときは信じられなかったけど」

「……何の話だ?」


 月の民を目の前にして、将志の口調が少々強いものになる。

 主のことを知っているかもしれない、そのことが将志の心を焦らしていく。

 そんな将志の心境を知ってか知らずか、輝夜は楽しそうに話を続ける。


「あら、貴方月の民の間じゃ超有名よ? 何しろ、最高の料理を作る『料理の妖怪』で、たった一人で妖怪たちから船を守った『銀の英雄』……そして『天才の最初の理解者』。そんな有名人の名前を最近噂で聞いて、思わず探してみようかと思ったわよ」


 輝夜の言葉に、将志はピクッと反応した。

『天才の唯一の理解者』、この言葉の天才に当たる部分の人間に心当たりがあったからである。


「……主を知っているのか?」

「永琳のこと? もちろん知っているわよ。だって、貴方のことは永琳から散々聞かされていたもの。妖怪だから生きている可能性があることも含めてね」


 輝夜は将志の質問に朗々と答える。

 それを聞いて、将志は小さく息を吐いた。

 将志は永琳が自分のことを忘れていないことを知ると、真っ先に気を病んでいないかを気にしたのだ。

 もし、自分と離れ離れになったが故に心を壊していたとすれば、将志はどうしようかと考える。

 永琳の境遇からすれば、彼女が自分にかなり精神的に依存していたであろうことが想像できたからである。

 将志は緊張した面持ちで輝夜に質問をすることにした。


「……息災だったか?」

「ええ、元気よ。時々淋しそうな顔して地球を見つめていたけどね」

「……そうか……」


 将志は永琳が無事だと聞かされて安心した笑みを浮かべた。

 主が気を病むことは無かった、それを知って心の底から安堵した。

 その様子を輝夜はニヤニヤと笑いながら見ていた。


「……どうした?」

「い・い・え~♪ 傍から見れば貴方たちが途方もない遠距離恋愛をしているように見えるだけよ?」


 そんな輝夜の言葉を聞いて、将志は首をかしげた。


「……何を言っている? 主は主であり、友人だぞ?」

「……貴様もか、似たもの主従め」


 将志の返答に、輝夜はギギギと歯がゆい表情を見せてそういった。

 ちなみに、遠距離恋愛云々に関して永琳に輝夜が言及したときには、


「え? 恋愛なんて私は知らないけど、将志は私の親友よ。……そう、私の大事な大事な、一番の親友」


 と、月についてから作った将志とおそろいのペンダントを握り締めながら、満たされた表情で永琳はそう言ったのだった。

 輝夜は内心「ペアルックとかどう見ても恋人同士です、本当にありがとうございました、というか二億年間相思相愛とか、もうとっとと結婚しちまえお前ら」と思ったり思わなかったりした。

 気を取り直して、輝夜は将志に話しかける。


「とにかく、貴方が生きてるなんて知れたら月じゃ大変な事態になるわよ。下手すると、貴方を回収するために使者が来るかも」

「……流石にそれは大げさ過ぎないか?」

「ちっとも大げさじゃないわよ。さっきも言ったとおり、貴方は有名人なのよ? それも永琳と肩を並べるほどのね。確か貴方を題材にした映画まであったはず。死んだと思われてなければ一斉捜索をされるレベルよ?」

「……そうか」


 将志はそう言うと考え込んだ。

 何せ、月へ行って永琳に会うことが出来る可能性が出てきたのだ。

 将志はどうやって月に居る人間と連絡を取ろうか考え始めた。

 そんな彼に、輝夜が話しかける。


「ところで、貴方は今何をしているの?」

「……護衛だが?」


 すっとぼけた将志の返答に、輝夜は顔から床に崩れ落ちた。

 その輝夜の反応の意味が分からず、将志は首をかしげた。

 将志にとっては今していることといえば輝夜の護衛なので、大真面目にそれに答えただけなのである。

 輝夜は額を手で擦りながら立ち直ると、将志に質問を続けた。


「……そうじゃなくて、普段は何をしているの?」

「……神と妖怪の頭領、それから日雇いの仕事だな」


 将志は自分の現状を輝夜に簡単に説明した。

 すると、輝夜は唖然とした表情を浮かべた。


「何よ、それ? 神なのか妖怪なのかはっきりしなさいよ。ていうか、日雇いの仕事をする神様って何?」

「……信仰だけでは飢えはしのげん」

「……あ、何か涙出てきた……」


 世知辛い世の中に、輝夜は無性に悲しくなる。

 それからしばらく話をしていると、翁がやってきた。


「輝夜、そろそろお公家様がいらっしゃるから準備なさい」

「は~い……な~んだ、もうそんな時間なの」


 輝夜は気だるげにそう答えるとため息をついた。

 将志はそれを見て立ち上がる。


「……大変そうだな」

「ええ……あ~あ、何が悲しくてあんなおじ様方の相手をしなきゃならないのよ……」


 輝夜はそう言いながらごろりと床に転がった。

 もう心底面倒だと言わんばかりに床に伸び、大きなため息をついている。

 それを見て、将志は小さくため息をついた。


「……俺なら逃げ出しているところだ」

「私も出来ればそうしたいわよ。つまらない話を毎度毎度聞かされるくらいなら、こうやって貴方と話していたほうが何倍も有益よ」

「……そうか」

「そ。そういうわけで、また後で私の相手をしなさい。雇い主の命令だから、ちゃんと来なさいよ?」

「……ふむ、そうまでして俺と話がしたいか。……了解した。終わり次第そちらに向かおう」


 将志はそういうと、輝夜の部屋を辞した。





 数刻の後、輝夜の部屋には疲れた二つの人影があった。

 ひとつは絹のような質感を持つ黒髪の少女、もうひとつは小豆色の胴着と紺色の袴を着けた青年だった。


「……なんで貴方が疲れてるのよ……」

「……任務に戻った途端に質問攻めだ……護衛衆も輝夜に興味があるらしい」


 ぐったりと身体を投げ出した輝夜に、背中を丸めて胡坐をかいた将志。

 ふと、将志の言葉に輝夜が顔を上げる。


「じゃあ、そういう貴方はどうなのよ? 貴方も私に興味があるのかしら?」

「……無いと言えば嘘になるが、俺が興味あるのはお前が持つ主の情報だ。そもそも、俺は仕事が無ければお前に関わることは無かっただろう」


 将志は自分が輝夜に関わった理由を嘘偽り無く話した。

 それを聞いて、輝夜は少し悔しそうな表情を浮かべた。


「それはそれで何か悔しいわね……私、これでも容姿には自信があるのよ?」

「……輝夜が綺麗なのは認めよう。だが、俺にとってはそれだけのこと。俺が輝夜個人に興味を持つには至らん」


 将志がそう言い放つと、輝夜は大きくため息をついた。


「はぁ~……将志みたいな人に限ってそうなのよね……他は私の容姿を見たいがために簡単に釣れるのに」

「……そういうものなのか?」

「そういうものよ」


 容姿だけで簡単につれる男達の感情が分からずに首を傾げる将志。

 輝夜はそんな将志をジッと見つめる。


「……どうかしたのか?」

「ねえ、将志はどんな人なら興味を持てるの?」


 輝夜の質問に将志はあごに手を当てて考え込んだ。

 そしてしばらく考えると、将志は答えを出した。


「……そうだな……守ってやろうと思える人物か?」

「例えば?」

「……例えば、恩義を感じた者、孤独の中で迷う者……挙げればキリが無いな」

「って、それじゃ私はその挙げればキリが無い例にもかかってないって事?」

「……そういうことになるな。少なくとも、今の時点では俺の琴線には触れていないな」


 輝夜の質問に、将志はばっさりと真っ向から何のためらいも無くそう言った。

 その言葉を聞いて、自尊心を一刀両断された輝夜は再び床に突っ伏した。


「将志……貴方、乙女のプライド傷つけるような言葉をズバズバ言ってくれるわね……」

「……それはすまない」


 少しいじけたような輝夜の言葉に、将志は本気で申し訳なさそうな表情をほんの少し浮かべた。

 それを聞くと、輝夜は突如ガバッと身体を起こして立ち上がった。


「あ~もう! 貴方のせいで乙女のプライドズタズタよ! ほら、悪いと思っているなら何か慰めの言葉とか無いわけ!?」


 ビシッと将志を指差しながら輝夜はそうまくし立てた。

 それに対して、将志は困り顔で考え込んだ。


「……う……ん……? あ、あ~……?」

「だあああ~! 考え込むほど慰める要素も無いの、私!?」


 輝夜は将志の態度に地団太を踏んだ。

 将志にしてみれば全くもって理不尽なものであるし、そもそも誰かを口説いた経験は全く無いため、それを責めるのは酷というものであろう。


「ていっ!」

「……むっ?」


 突如として、輝夜は将志に抱きついた。

 突然の奇行に、将志はきょとんとした表情を浮かべる。


「……ねえ……これでも何も感じないの……?」


 輝夜は狙い済ました上目遣いと、切なげな声でそう呟いた。

 それは、男なら十人中十人が堕ちてしまいそうな、そんな仕草だった。


「……輝夜も誰かに抱きついたほうが安心できる性分なのか?」

「何でそんなに冷静なのよ!?」


 が、相手が悪かった。

 何しろ、この手のことに関しては六花という強力な相手が居るのだ。

 輝夜に負けず劣らずの美貌を持つ六花に常日頃からこのようなことをされていれば、嫌でも慣れるというものであろう。


「ああもう、こうなったら意地でも興味を持たせてやるんだから!」


 それからしばらくの間、将志は輝夜から猛烈なアタックを受け続けることになった。

 将志はそれをのらりくらりと無意識で躱していく。

 気がつけば、時刻は草木も眠る丑三つ時となっていた。


「……どうしてこうなった……?」

「……うう……まだまだ……」


 今現在、将志は胡坐をかいて座っている。

 そして膝の上には、輝夜の頭が乗っかっていた。

 輝夜は将志の胴着の裾をしっかりと掴んでいて、放す気配が無かった。


「……仕方が無い……」


 仕方が無いので、将志はそのまま寝る事にした。


 翌朝、嫗に輝夜が将志に膝枕をされているのを発見され、大騒ぎになったのは言うまでもない。

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