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銀の槍のつらぬく道  作者: F1チェイサー
幻想郷と繚乱の花
175/175

花映塚:銀の月、情報を集めに行く

「……なあ、結局妖怪の山は空振りだった訳だが、どうするんだ?」

「そうだね……まさか文さんも天魔様も留守だったなんて思わなかったし……」

「だな……そもそも、話を聞ける状況じゃなかったもんな……」


 ギルバートと銀月は疲れ果てていた。

 妖怪の山に立ち入るや否や、大勢の天狗達が二人に殺到してきたのだ。

 それも無理はない。

 何しろ、銀月はただでさえ役者の顔が知られており、顔立ちはそれだけで人気が出るほど魅力的なものだ。

 一方のギルバートも、その勇ましく仲間思いな性格と、彼の周りに居るメイド達が時折見とれるほどの容姿を持っており、評判がある。

 男女の人口比において少数である男子の中でも、特に彼女達の出す出版紙に顔を出す頻度の高い有名な両名が来たとなれば、ただでさえ話題に飢えている天狗達が騒ぎ出すのは目に見えていることなのだった。

 なお、天狗達は業を煮やした霊夢達によって蹴散らされ、今は大人しくなっている。


「しっかし、銀月はともかくギルバートも随分な人気者だな。いったい何をやったんだ?」

「んなもん、俺の方が知りてえよ……」


 魔理沙の質問に、ギルバートはそう言って天を仰ぐ。

 それもそのはず、椛にせがまれて何度か天狗の里で舞台をする羽目になった銀月とは違い、彼は天狗達に対して何かした覚えは全くないのだ。

 しかし、どういう訳か彼の評判は天狗達に広まっているのだった。

 その下手人は、いつもカメラを手にしている烏天狗と、付き合いのある人形遣いと門番が主であるのだが、そんなことは被害者には知る由もなかった。


「とにかく、ここが空振りならもう片方に行くしかないわね」

「そうね。銀の霊峰の妖怪なら、首領が居なくても知っている妖怪は居そうだし」

「まあ、そうだね。父さん達が居なくても、四柱の人なら知ってるかもね」


 霊夢と咲夜は二人してそう言いあい、それを銀月が肯定する。

 銀の霊峰には将志や愛梨達が居なくとも、千年以上彼らに付き添う四柱と呼ばれる四人の幹部達が居るのだ。

 それぞれに将志のことを大将、殿、聖上、御大と呼ぶ彼らは、表舞台に登っている首領を影から支えているのだ。

 その四柱は気の遠くなるような長い年月の中で将志達のために修行や勉強を重ねており、たとえ首領やその側近たちが全員不在の時でも組織の管理を円滑に行うことが出来るのだ。

 これとほぼ同格に居るのが門番をまとめている涼であることを考えれば、彼らがどれ程の信頼を集めているかは想像に難くない。

 ……余談ではあるが、彼らと同年代の妖怪は他にも何人か居るのだが、書類仕事が任せられそうなのは彼らしか居ないと言うのは、将志の悩みの種でもあるのだったりする。


「んじゃ、行ってみようぜ」


 ギルバートの言葉に、一行は銀の霊峰を目指して飛んで行った。



 銀の霊峰に着いた一行は、銀月の案内で門をくぐり、塀伝いに右へと進んで行った。

 荘厳な拝殿や本殿を横目に摂末社の奥へと進むと、その奥には何やら見慣れない建物があった。

 それは景観を壊さないように作られており、それでいて大勢の人間が中に入れそうな立派な建物であった。

 なお、道中は銀月が居たために余計な争いをせずに済んだようだ。


「なあ、銀月。ここは何なんだ?」

「この神社の社務所だよ。本殿の中を捜し回るよりは、ここで聞いた方がみんなが居るかどうかは早く分かるからね」


 銀月は魔理沙の質問に簡潔に答える。

 実際、将志達は留守にする際、余程のことが無い限りここで外出する旨を伝えて行く。

 と言うのも、銀の霊峰の面々は一部を除いて放浪癖があり、誰が何処に行ったのかを把握していないと、行方不明になったとされて大騒ぎになるのであった。


「すみません、首領は今皆様を連れて外出中です。涼さんも、只今白玉楼に行ってますね」


 銀の霊峰の神社の社務所の受付を尋ねてみると、担当の妖怪はそう返事をした。

 銀月とはもう十年来の付き合いになっているため、かなり友好的な感じであった。

 それを聞いて、銀月は頷いた。


「それじゃ、四柱のみんなは?」

「あの人達は奥の事務所に居ます。けど、今は近づかない方が良いですよ?」


 続いての銀月の質問に、受付は苦笑いと共にそう答える。

 それを聞いて、銀月は首をかしげた。


「それは何で?」

「主立った人が全員不在だから、と言えば分かりますね?」

「あ~……」


 受付の質問に、銀月は彼らの性格を思い出して乾いた笑みを浮かべた。

 それを見て、今度は霊夢が首をかしげた。


「どうしたの? 何か問題でもあるの?」

「いやね、今日はどうにも話を聞いてくれそうにないや」

「まさか、みんなサボって寝てるとか?」

「……近くに行けばわかるよ」


 咲夜の言葉に、銀月は苦笑いを浮かべてそう言う。

 一行はそのまま社務所の奥へと歩いて行く。

 すると、しばらくして行政室と言う看板が掛かった部屋が見えてきた。


「うおおおおお! 今日こそはこの書類をすべて解決するのです!」

「おうよ! 住民共の不満要求を捌くのは今しかねえ!」

「なんとしても、我々の行動が聖上の耳に入る前に解決しなければ……!」

「そのためにも確認だ! 全てを効率化し、最速で片付けるのだ!」


 中からは凄まじい気迫のこもった声が聞こえてくる。

 そのやる気に満ち溢れた声は、他の者が中に入ることを躊躇する程であった。


「では、私は財務管理や諸手続きの資料をまとめ、改善策をまとめた稟議書を作成しましょう!」


 威勢の良い女の声が、自らの役割を声高らかに口にする。

 先程から先陣を切って話をしている彼女が、どうやらこの四柱と呼ばれる者達のリーダー格のようであった。


「俺は土木関係だ! 既に着工している工事の進捗の確認や、工事が必要な個所の視察と見積もりを出すぜ!」


 それに負けじと、野太い男の声が大声でそう宣言する。

 その発言の内容から、おもに外に出て回る役割は彼のもののようである。


「某は警邏の関係を。多発する許可なき決闘の取り締まりや、それに関連する法についての見直し原案を作成致す」


 刃物のように鋭い、透き通った凛とした女の声がそれに続く。

 抑揚の無い声ではあるが、その力強さは他の者に後れをとるものでは無かった。


「小生は農業を。人里や人狼の里との貿易を優位に進められるブランドの開発や、虫害や病害への対策などの草案を出そう」 


 次に聞こえてきたのは、理知的な男の声。

 他の三人に比べると優しい声色ではあるが、その言葉には並々ならぬ決意が感じられる。


「全ては殿のために!」

「全ては大将のために!」

「全ては聖上のために!」

「全ては御大のために!」


 そして、四つの声が重なり、社務所中に響く。

 その聞こえてきた声を聞いて、霊夢達は一斉に銀月に目を向けた。


「……何なんだ、こいつら?」

「銀の霊峰って、結構大きいでしょ? だから、父さん達だけじゃ手が回らない部分が結構多いんだ。それで、父さん達はこういう事務仕事を四柱のみんなに任せてるんだ。けど、普段は挑戦者が多くてね……」


 魔理沙の質問に、銀月はそう言って大きなため息をついた。

 実際、銀の霊峰は外から来た妖怪達によって膨れ上がり、かなりの大組織に変貌している。

 そこで周囲に顔が知られている将志達は外交や教練に徹し、その他の部分はそれが出来るものに回しているのだ。

 しかし、銀の霊峰は元々好戦的な力自慢を集めたような組織であり、その力の強さがその妖怪の格となっている節がある。

 したがって、自分よりも強い妖怪に挑戦を仕掛ける者が後を絶たず、銘々が修行をしているのもそのためなのであった。

 もちろん、その中には四柱の面々も含まれる。

 すると必然的に、事務仕事をしている時間などなくなってしまうのであった。

 それを聞いて、今度はギルバートが首をかしげた。


「でも、それならそれを休みにして、そう言った時間に充てるんじゃないのか?」

「それがね、それをやってもこういった事務仕事が出来る人が少なくて……この四人が居なかったら、父さん達は事務所の中で毎日缶詰だよ。俺も含めてね。もちろん、父さんは倒れないように休養を取らせたいんだけど……」

「忠義爆発のこの人達は、そうじゃないと?」

「そう。監視の目が無いのをいいことに、目につく問題をすべて解決しようとするんだ。それこそ、放って置いても良い問題までね」

「別にお父さんの目の前でやっても良いんじゃないの?」

「それがね、やりすぎちゃうんだよ。たぶん、明日か明後日くらいにはみんな仲良く睡眠不足と過労で病院行きだよ。それが分かってるから、父さんも休養させるんだけど……本当は、今日だって休みのはずだよ」


 続く咲夜の質問に答えると、銀月はそう言って遠い目をした。

 以前将志が口にしていたように、銀の霊峰の面々はほぼ戦うことに特化したような連中なのだ。

 彼らにとっては畑仕事も修行の一環であり、職人なども一部を除いて似たようなものなのであった。

 つまり、それらの足しにならない事務仕事を進んでやろうと言う者がほとんど居らず、またその能力を持つものが皆無なのだ。

 必然的に慢性的な人材不足に陥り、将志達も出来る人間を草の根を分けて探し出さなければならなかったのだ。

 これを逆手に取ったのが、四柱の妖怪達である。

 他の者が出来ない、もしくはやらないことを自分がやれば、もっと首領の役に立てる。

 そう考えた彼らは、自ら積極的に勉強を重ね、将志達に行政の一部を任されるようになったのだ。

 そして、それは逆に将志達が手を焼くほとになってしまっていることは、彼らには知る由もない。


「で、銀月はこれを止められるのか?」

「う~ん、俺がここに入ったら、逆に巻き込まれるかも。主に労働環境の改善や、能率的な一ヶ月分のシフトの作成とかで」

「それ、紅魔館で貴方がやってることじゃない……道理で手慣れてると思ったわ」

「って言うか、それをお前がやらないと駄目だったのかよ……」

「うん……酷い人手不足だから……」


 咲夜とギルバートの愕然とした目に、銀月はそう言って肩を落とす。

 銀月の場合、そうせざるを得なかったと言った方が正しい。

 勉強熱心な銀月を見て、将志が事務仕事を小さい頃から少しずつ教えこんでいたのだ。

 その結果、銀月は十三歳くらいからそう言った業務の内から簡単なものを少しずつ振り分けられるようになったのだった。

 だがその代償として、職場においても勉強熱心な彼は四柱の目に入り、巻き込まれる形でどんどん激務を振られるようになってしまったのだ。

 そのせいで、修行のしたかった銀月は必要な時だけ顔を出し、残りの時間は彼らかの眼から逃れるようにして修行を重ねるようになったのであった。


「なら、力ずくで止めればいいんじゃないか?」

「それが出来ないから、ああやってハッスルするんだよ。あの人達、一人一人が涼姉さんとほぼ互角だし……」


 魔理沙の発言に、銀月は再びため息をついた。

 彼らとて、伊達に四柱などと大層な名前で呼ばれている訳では無い。

 銀の霊峰に所属している以上、その戦闘能力もそれらしいレベルで持っているのだ。

 つまり、銀月にとっても格上の相手であり、もし止めに入れば力でねじ伏せられた上で仕事に巻き込まれるのが目に見えているのであった。

 それを聞いて、魔理沙が天を仰いだ。


「じゃあ、手詰まりじゃないか」

「そうだね……あれを止められるのは、父さん達と、あと雷禍くらいだよ」


 銀月はそう言って肩をすくめた。

 それを聞いて、ギルバートが口を開いた。


「雷禍がここに来るのか?」

「うん。どうしても手が足りないとき、父さんが雷禍をバイトに雇うんだ。主にあの四人の監視役として」


 ここの首領に目を付けられて以来、銀の霊峰に雷禍は時折やって来ている。

 興味本位で彼に修行を付けている将志に逆らえないと言うのもあるが、実のところここで得られる賃金が良いから来ているという面が大きいのだ。

 普段はおちゃらけている雷禍ではあるが、彼とて千年を優に超える時を生きた妖怪であり、かつて力を追い続ける修羅だったものである。

 彼らを抑え込める力は、十分にあるのだった。

 もっとも、四柱の面々が雷禍に従うのは、彼が暴れると嵐が起きて書類が濡れるからと言うのが一番大きな理由なのだが。


「その割には、今日は居ないな?」

「雷禍も忙しいからね。前々から頼んでおかないと、捕まらないんだよ。今回は、父さん達の外出が急だったからじゃないかな?」


 続く魔理沙の質問に、銀月はそう答える。

 雷禍は普段雪だるま式に増えている負債を処理するために、東奔西走してはバイトをしているのだ。

 したがって彼を捕まえるためには、余程緊急のことが無い限りは早期のアポイントが必要になるのであった。


「それで、その親父さん達は何処に居るのか分かるのか?」

「分からないよ。父さん達がみんなまとめて出かけるのは、どこかに遊びにでも出かけた時だ。何処に行くのかなんて、見当もつかないよ」


 頭を抱えながら、銀月はギルバートの質問に答える。

 もし仕事の範疇で外出をするのであれば、将志は必ず誰か一人はここに残して行くはずなのだ。

 仮に全員で出るとするならば、彼が身内に気をまわして遊びに連れて行く時くらいなのだ。

 そして遊びに行く時の彼らは神出鬼没であり、里に出ることもあれば誰も近寄らないような山奥に現れたりすることもある。

 つまり、彼らが遊びに行くとなれば、誰もその行く先を予測できないのであった。


「だったら、次は人里に行きましょう。雷禍を連れて来て、あの人達の作業を止めて話を聞けるかも知れないわ」

「そうだな、それが一番早いんじゃないか? 銀月の親父さんも居ないみたいだし」

「う~ん……雷禍には悪いけど、それしかないか。じゃあ、人里に行こうか」


 咲夜と魔理沙の言葉に銀月は苦い表情でそう言い、一行は行政室の前から立ち去った。

 そうして再び受付に差し掛かろうとしたとき、緑色の髪の妖精が問い合わせているのが目に入った。


「あの、将志さんかアグナちゃんはいますか?」

「残念ですけど、皆様外出中です」

「そうですか……」


 受付からの言葉に、妖精は困った様子でそう返した。

 知り合いの困っているその姿を見て、銀月は彼女に話しかけることにした。


「あれ、大妖精。どうしたんだい?」

「あ、銀月さん。実はですね、紹介したい人が居るんです」

「紹介?」

「その前に、貴方が銀月?」


 大妖精の言葉に耳を傾けていると、その横から別の少女の声が聞こえてくる。

 その方向に目を向けると、鳥の翼を生やした茶色い服の少女が立っていた。


「ああ、そうだけど……君は?」

「私はミスティア・ローレライよ。ついこの間ここに来たわ」

「そっか。宜しくね。で、彼女の紹介なのかい?」

「いえ、違います。ついさっき、チルノちゃんが連れて来た子が居て……」


 銀月の質問に、大妖精が答える。

 その答えを聞いている最中、銀月の眼には新たに二人の人影が目に入る。


「ここが銀の霊峰の中なのね……」

「そうよ! 強くなりたいんだったら、ここが良いわ!」


 物珍しそうに周囲を見回すボーイッシュな服装の緑色の髪の少女と、その質問に答える氷の翅の少女。

 その内の緑髪の少女を見て、銀月は頷いた。


「ああ、彼女なんだね。えっと、俺が取り次いだ方が早いかな?」

「そうですね。誰も居ないみたいですし」


 銀月がそう言うと、大妖精もそれに同意する。

 その反応を受けて、銀月は二人の方へと歩いて行った。


「やあ、チルノ。その子はどうしたんだい?」

「あ、銀月。さっきそこでうろうろしてたから、連れて来たのよ!」

「そっか。それで、君はどうしてここに?」

「この前夜のお散歩してたら、通りすがりの巫女にコテンパンにされたのよ。だから、もっと強くなりたいと思って……」


 少女は銀月の質問に、とても悔しげな表情で答えた。

 それを聞いて、銀月は笑顔を崩さぬまま、心の中で頭を抱えた。

 そんなことをしでかす犯人に、心当たりしかなかったからである。


「……成程ね。君、名前は?」

「リグル・ナイトバグよ。あんたの方は有名人だから知ってるわよ、銀月」

「それは光栄だね。銀の霊峰は、強くなりたいものを拒まない。俺の方から紹介状を出しておくから、頑張ってね」

「ねえ、それチルノじゃ出来ないの?」

「あはは……チルノちゃん、そう言うの書くの苦手だから……だから、直接会いに来たんだよ」


 大妖精は、リグルの疑問に苦笑いを浮かべて答えた。

 事実、チルノは書類仕事が大の苦手なのである。

 それは能力的な問題もあるが、そんなことをするくらいならもっと早く強くなりたいという気持ちが強すぎて、落ち着いて作業できないのだ。

 そんな彼女の様子を想像して、銀月も小さく笑った。


「他の妖怪達に何か言われたら、俺の名前を出してくれれば良いよ。それじゃ、俺達はやることがあるからこれで」

「ちょっと待ったぁ! 銀月、せっかく会ったんだし、勝負だぁ!」


 そう言って背を向けると、チルノが大声でそう言い放った。

 銀月はそれに対して向きなおり、困り顔を浮かべた。


「いや、今ちょっと忙しいから……」

「待ちな。チルノ、勝負がしたいって言うんなら、俺が受けてやるぜ」


 しかし銀月が断りを入れる前に、ギルバートが割って入った。

 それを受けて、チルノは不思議そうに首をかしげた。


「ギルバートが?」

「ああ。この前みたいに、やられっぱなしって言うのは性に合わないからな」


 そう話すギルバートの眼は、闘志によって熱く燃えている。

 彼にとって、チルノは自分が荒れていた時に手痛い敗北をした因縁の相手なのだ。

 彼女を倒すことは、その当時の弱い自分を払拭するものであった。


「良いよ! 今度も負けないんだから!」

「ハッ、言ったな。この前の俺とは違うぜ!」


 二人はそう言うと、社務所から境内へと飛び出して行った。

 それを追う様に、他の面々も外に出る。

 境内の一角には試合場があり、突然降って湧いた試合を見ようと何人かの見物客が立っている。

 中の二人はすでに臨戦体制であり、合図があればすぐにでも始められそうな状態であった。

 その様子を見て、魔理沙がギルバートに近寄って声を掛けた。


「なあ、ギル。いつもの薬は飲まないのか?」

「ありゃしばらく封印だ。例え負けようと、こいつを使って戦っておかないと俺が成長出来ないからな」


 ギルバートはそう言うと、背中の剣を抜く。

 彼は未だに金髪の少年の姿であり、人狼本来の姿にはなっていない。

 今回彼は、その剣だけで彼女と戦うつもりなのだ。

 そんなギルバートに、今度は銀月が声を掛ける。


「別にその相手は俺でも良いんじゃないか?」

「あのな、悔しいが今の俺の剣じゃどう足掻いてもお前には届かないだろ。お前以外ともやらないと、絶対に追い付けない」

「そうかい。じゃ、頑張れよ」


 銀月はギルバートの意思を確認すると、魔理沙と一緒に見物客の中に戻る。

 そして、彼は大きく息を吸い込んだ。


「では、始め!」


 その一言で、勝負が始まる。

 気迫のこもった声と共に、氷と鋼の剣が激しくぶつかり合う。


「それぇっ!」


 チルノは周囲に数本の氷の剣を浮かべながら、激しく動き回ってギルバートに攻撃を仕掛けていく。

 相手の重い剣を躱しながら、両手に持った氷の剣を軽やかに振るう。

 その間に、周囲に浮かべた氷の剣が彼女の隙をカバーするようにギルバートに襲いかかっていた。

 日々重ねてきた激しい特訓が、彼女を格段にレベルアップさせていたのだった。


「このおっ!」


 一方のギルバートも、飛んでくる氷の剣を黄金と青の弾丸で次々に砕きながらチルノに襲いかかる。

 彼も剣技自体はまだまだ荒削りではあるが、今まで積んできた戦闘の経験値がそれを補っている。

 鍛え上げられた力は重い鋼の両手剣を軽々と振るい、研ぎ澄まされた感覚と観察力が死角から斬りつけてくる剣を見逃さない。

 心の弱さを認識した彼は、以前よりもずっと素晴らしい動きをしていた。


「そこだぁ!」


 氷弾「レブナントアイシクル」


 そんな中で、チルノが先に仕掛けて行く。

 砕けて落ちた氷の剣を操り、鋭利で強力な氷の弾丸としてギルバートに差し向けたのだ。


「ちっ、同じ手を何度も食うかよ!」


 しかし、ギルバートもそれに返していく。

 彼はその槍衾の様に迫りくる氷の嵐をギリギリまで引きつけてから後ろに下がることで躱し、前面にまとめる。


「まとめて砕けな!」


 月刃「クレセントエッジ」


 そして、それらを三日月の様な金色の刃で吹き飛ばし、更にその向こうのチルノを狙い撃った。

 その刃は、彼の燃えたぎる闘志を受けて、輝きを増しながら標的へと鋭く迫っていく。


「当たらないよ!」


 それに対して、チルノはその光を隠れ蓑にしながら近づき、攻撃を仕掛ける。

 本人にその自覚はないが、彼女は驚くほど冷静になっていた。

 以前の彼女であれば、確実に仕留めるつもりで放った攻撃を躱されたら動揺したものであったが、それが今では即座に次の行動に移れる。

 技の開発や技量の向上などよりも、この精神面の成長が最も彼女を強くさせたものなのだった。

 それは、彼女の最強の二文字への貪欲さと、いくら敗北を重ねようとくじけぬ心が意図せず生み出した産物であった。

 そして熱意と冷静さを兼ね備えた彼女の心は、彼女の力や技量すらも洗練されたものに変えつつあったのだ。


「なんの!」


 一方のギルバートも、冷静にチルノの攻撃に対処していく。

 彼もまた、チルノに負けず劣らず飢えた者であった。

 彼はバーンズが課した修行をその必要以上に行い、慣れていない剣の扱いを普通に戦える程度のものにまで短時間で仕上げてきたのだ。

 それでもまだ、チルノにさえ劣る剣の技量ではある。

 だが、それを補うだけの者を彼は持っていた。

 好敵手である銀月を倒すために積んでいた過去の努力と経験は、この場においても輝きを放つものだったのだ。


「それっ!」

「おらっ!」


 氷の剣が砕けては、弾丸の嵐となって甦る。

 鋼の剣が翻っては、三日月の刃が周囲を薙ぎ払う。

 妖精が妖怪に挑んだと言えば、妖怪が勝つと答えるだろう。

 熟練者と初心者が戦うと言えば、熟練者が勝つと答えるだろう。

 だがこの戦いの行方は、どちらに転ぶかも分からない激しいものであった。


「ねえ、彼も銀の霊峰の妖怪なの?」


 それを見ていたリグルが、銀月に話しかける。

 すると銀月は、戦いの行方から目を外さずに口を開いた。


「ああ、ギルバートは違うよ。あいつは俺の友人で、人狼の里の長の息子だよ」

「お偉いさん同士の知り合いってことね」

「俺がお偉いさんかどうかは分からないけどね」


 リグルの言葉に、銀月はそう言って苦笑いを浮かべる。

 銀月にとって、将志は親子と言う近しい関係であると同時に、首領と一門番という立場の遠い存在でもある。

 彼はそのどちらも重要であると考えており、首領が親だからと言って自分が偉いとは欠片も思っていない。

 ただ、将志の部下からしてみれば銀月はどうしても特別視してしまう相手のため、それを否定することもできないのであった。


「ちょっと銀月。あいつ止めなさいよ」


 そんな彼の横に、霊夢がひょっこりと現れてそう口にした。

 それに対して、銀月は小さく首を横に振った。


「いや、それは無理だと思うよ? 負けず嫌いのあいつがここで引いたりしたら、間違いなく不機嫌になって面倒なことになるし」

「それはあんたも大概でしょ」


 銀月の返答に、霊夢は憮然とした表情で返す。

 銀月は潔く負けを認めるタイプの人間ではあるし、無駄な戦いは好まない。

 だから彼は自分からはあまり勝負は挑まないし、自分に有益な戦いしかしないのだ。

 だが、その有益な戦いを目の前にすると、銀月の性格は一変する。

 日常で被っている穏やかな性格を脱ぎ棄て、闘志をむき出しにした激しい気性が顔を出すのだ。

 彼とギルバートとの普段のやり取りでそれを知っている霊夢は、思いっきりブーメランを投げた銀月に呆れ果てるばかりなのだった。

 そんな彼女を見て、近くにいたリグルの顔が見る見るうちに青ざめていった。


「み、巫女!? 何でここに!?」

「何でも何も銀月は私の協力者よ。今日は異変の解決をするために、ついてきてもらってるのよ」

「じゃ、じゃあ、銀月も敵!?」

「いや、俺はあくまで協力者だから。それに、一応は銀の霊峰の一員だからね。ここに居る限り、俺には住人の安全を確保する義務があるよ」


 霊夢の言葉に困惑するリグルに、銀月はそう答えた。

 それを聞いて、リグルは怪訝な表情で銀月を見つめる。


「本当でしょうね?」

「本当だよ。第一、ここで試合以外の非公式の喧嘩が始まったら、そこら中から妖怪が集まって来て大乱闘になる。そして、最後の一人になるまで戦う羽目になる」

「銀月でも止められないの?」

「無理だね。むしろ、強い奴が居るってなって逆にもっと大事になるよ。顔が知られてる分、なおさらね。だから、銀の霊峰で喧嘩をする時は、近くの試合場で勝負するのがここの暗黙の了解なんだ。そうすれば、誰にも邪魔されること無く喧嘩出来るのさ。まあ、大体はその勝者に観客が挑戦状を叩きつけることになるけどね」

「少し血の気が多すぎじゃないかしら、ここの妖怪?」


 困り顔の銀月に、霊夢がため息とともにそう言った。

 周りを見てみると、見物客は先程よりも増えている。

 しかし、その内の何人かは試合に乱入しようとしていたらしく、他の観客に取り押さえられているのであった。

 強者になる、もしくは強者と戦いたいがためにこの組織に入った者が多いので、こういった者が現れるのは必然なのだ。


「と言うか、霊夢。さっきから姿が見えなかったけど、どうかしたのかい?」

「私、ここをゆっくり見られるの初めてなのよ? だから少し周囲を見て回ってたのよ」

「そんなに見る物、ここにあったっけなぁ?」

「銀月が仕える神様のお社なんだから、そりゃ気になるわよ。言ってみれば、視察みたいなものよ」


 霊夢は首をかしげる銀月に、少し不機嫌そうにそう答える。

 彼女からしてみれば、銀の霊峰は居候の実家であり、信仰を奪い合うライバルなのだ。

 となれば、気になるのは当然の帰結であった。

 内心大社とも呼べるような立派な神社に一抹の悔しさを覚えていた彼女であったが、妖怪の信仰の方が多いので何とかそれを抑えられているようだ。


「はあっ!」

「くっ! まだまだだよ!」


 その二人の頭上では、激しい剣戟の音が鳴り響いている。

 氷の剣が次々と襲いかかっては銀の刃が翻り、砕け落ちて行く。

 その中心では、チルノとギルバートが絶え間なく相手に向けて剣を振るい続けているのだった。

 それを見ながら、銀月は感嘆のため息をついた。


「それにしても、チルノも強くなったな……ギルバートの剣に打ち負けてないし」

「でも、ギルだって剣を扱うのは慣れてないはずだぜ?」

「それもあるだろうけど、ギルバートが持ってる剣はすごく重いぞ? まともに受けたら、まず間違いなく弾き飛ばされるよ。そうなってないってことは、ちゃんと捌けてるってことさ」

「そのチルノも、剣に不慣れな相手に攻め込めてないみたいだけど?」

「そりゃあ、ギルバートの師匠はバーンズさんだよ? そう簡単に負けるような鍛え方はしないはずだし、ギルバートだって相当自主トレしてるはずさ」


 銀月は魔理沙と咲夜の言葉に、それぞれそう答えた。

 ぶつかり合うたびに砕ける氷の剣だけ見れば、ギルバートが押しているようにも見える。

 しかし、実際にはチルノは実に上手くギルバートの攻撃に合わせていた。

 彼女はギルバートの剣に十分な勢いがつく前に手にした武器をぶつけ、踏ん張りの利かない空中で弾き飛ばされること無く相手の攻撃を抑え込んでいるのだ。

 だが、そこから攻め込ませないのがギルバートであった。

 確かに剣だけであれば、先に修行を始め、それを中心に戦い方を広げてきたチルノの方が上であろう。

 しかし、彼は剣技の稽古を熱心に行いはするが、それに囚われはしていないのだ。

 間合いの内側に入り込まれたならば、更に踏み込んで殴るなり蹴るなりすれば良い。

 つまり、相手が飛びこんでくれば、本来自分が得意な土俵に引きずり出すことが出来る。

 それを本能的に察しているから、チルノもなかなか攻撃に踏み込むことが出来ないのだ。


「それで、銀月はどっちが勝つと思う?」

「そうだね……この状態が続くようなら、チルノの方が勝つんじゃないかな?」

「そりゃまた何でだ?」

「だって、さっきからチルノはあの折れた剣を使ってないだろ? それに、ヒット&アウェイを基本にしていたのに、ここに来てずっと攻め続けてる。きっと、何か隠し玉があるはずだよ」


 そう話す銀月の視線の先には、大量の折れた氷の剣が散らばっていた。

 先程までは、隙を見てはギルバートにそれを飛ばしていたチルノであったが、それをしばらくの間使っていない。

 その上、一度攻めては間合いを取って相手の攻撃を躱していた彼女が、相手の攻撃を押さえこむように攻め続ける戦い方に変わっている。

 以上のことから、銀月はチルノが何か大きな技を仕掛けるのではないかと予想したのだ。


「ちっ……拙いな……」


 そのことは、ギルバートも気づいていた。

 チルノの攻めが激しくなっていくのは感じているのだが、先程から下からの折れた剣が飛んできていない事に危機感を持っていたのだ。

 加えて、チルノの攻撃はそれがかすめるたびに体温を奪う極寒の剣。

 激しい動きを続けているはずなのに、自分の体温がどんどん下がっていくのを彼は感じているのだ。

 もはや、彼にはあまり時間が残されていないのだ。


「やあああああっ!」


 左手の剣を破壊されながらも、チルノは残った右手の剣をギルバートに向けて振り下ろす。

 その間にも彼女の左手には新しい剣が作り出され、次の一手に備えている。 


「はぁっ!」

「きゃっ!?」


 それを、ギルバートは剣を横に寝かせ、左手で剣の刃を支えるようにして受けた。

 チルノからしてみれば、相手の攻撃を受けることによって勢いを殺していたので、勢いあまって少し体勢が崩れる。

 しかし、相手が完全に受けの体勢になっているがために、そこからの追撃は容易いように見えた。


「……行くぜ!」


 双牙『月のハティ、太陽のスコル』


 しかし、ギルバートの行動は周囲の予想を裏切るものであった。

 スペルの宣言をしたかと思うと、なんと手にした剣を両手で真っ二つに折ってしまったのだ。

 そして次の瞬間、上に掲げられていた右手に握られた剣が、チルノに向けて振り下ろされた。


「きゃああああっ!?」


 少し崩れた体勢と目の前で起きた予想外の出来事に動きが止まってしまったチルノは、その攻撃を躱しきれずに地面へと落ちる。

 それと同時に地面に刺さっていた氷の剣の欠片が消え去り、勝敗が決したことを示していた。


「うっしゃあ! 俺の勝ちだ!」


 剣を握っての初勝利に、ギルバートはそう声を上げた。

 その両手には、折れた剣では無く、朱と蒼に輝く双剣が握られている。

 チルノを倒したのは、その右手に握られている朱色の剣に相違無かった。


「あいたたた……なんかこの前とは違う~……」


 チルノはそう言って腹をさすりながら起き上がる。

 前回の力任せの戦い方では無く、冷静に相手を見て変化を付けてきた彼に、彼女は不意を突かれたのだ。


「そりゃあな、流石にあんな拙い戦い方はもうしないぜ。お前、中々に強いからな」

「ううん、まだまだよ! こんなところで負けてるようじゃ、さいきょーにはなれないわ! よーし、特訓だー!」


 背中の鞘に剣を納めたギルバートに、チルノはそう息巻いて空へと飛び立っていく。

 それはもう居ても立っても居られないと言った様子で、全員が呆気に取られるような早さだった。


「あっ、待ってよチルノちゃん!」

「私達お昼ごはんもまだでしょうが!」


 そんなチルノを、大妖精とミスティアが大急ぎで追いかけて行く。

 彼女達は慣れたもので、猪突猛進しがちなチルノの動きに誰よりも早く反応で来ていた。

 それにまだ付いて行けていないのか、チルノは唖然とした様子で飛び去って行った先輩達を見送っていた。


「……随分と騒がしい先輩たちね」

「君は追いかけなくても良いのかな? 俺達はもう行くし、案内するのは彼女達になると思うんだけど?」

「えっ、それ先に言ってよ! ちょっと皆、待ってよ~!」


 銀月の言葉に、リグルは大慌てでチルノ達が飛び去って行った方向へと追いかけて行った。

 それを見て、銀月はくすくすと笑いだした。

 この妖怪達がひしめく銀の霊峰で、力の弱い妖精であるはずのチルノが他の妖怪達を振り回しているのが面白くてたまらないのであった。


「ふぅ、良い汗かいたぜ」


 そうしていると、ギルバートがハンカチで汗を拭きながら銀月達のところへと戻ってきた。

 そんな彼に、銀月が声を掛けた。


「結構ギリギリだったってところかな?」

「ああ。ありゃ本気出さないと負けてたな。あのスペルだってほとんど不意打ちみたいなものだったし」


 その言葉に、ギルバートは苦い表情でそう口にした。

 卑怯にならない程度には手段を選ばない銀月とは違い、ギルバートは不意打ちをあまり好まない。

 そんな彼が不意打ち紛いのことをせざるを得なかったということは、現状この戦い方ではチルノの方が優位に立っていると言う事であった。

 そう話していると、魔理沙が二人の会話に入ってきた。


「なあ、今のチルノはそんなに強いのか?」

「結構強いよ? 並の妖怪なら簡単に倒せるし。大体、ギルバートだってまともに戦えないと外で剣を振ったりしないよ。そんな彼とまともに撃ち合えるんだから、力も技術もかなり上達してると思うよ」

「ああ。なんつーか、ああ見えて結構きつい攻撃してくるんだよ、あいつ。ちょっと隙を見せると、迷わずそこを狙ってくるし。と言うか、それ以前に単純に力が強い。ありゃもう妖怪クラスだな」

「父さんも言ってたよ、チルノは戦うたびに強くなるって。父さんがああ言うってことは、まだまだずっと強くなるんだろうな」

「へぇ、あいつがねえ……」


 二人の言い分に、魔理沙は小さく唸った。

 実際のところ、チルノは技術以前に力が単純に強くなっている。

 アグナに直接稽古を付けてもらっていることや、武芸大会での好成績などによって、チルノは強いという認識が周囲に広まりだしている。

 その認識は神にとっての信仰の様なものになり、チルノは急速に力を付けているのであった。


「それにしても、双剣も使うんだな、ギルバート?」

「本当は狭い屋内戦用なんだけどな。一つの武器しか使えないようでは騎士とは言えないってバーンズも言ってたぞ」


 銀月の質問に、ギルバートはそう答えた。

 騎士がその実力を発揮する戦場は、必ずしも一定の状況にはない。

 同じ平原であっても天候に左右されたり、室内でも広さや天井の高さなどによって条件が変わる。

 そう言った中で、一つの武器だけ扱えれば良い訳では無いと言うのが、元騎士団長であるバーンズの教えである。

 彼は様々状況に対応できるよう、色々な武器の扱い方を弟子に教えこんでいるのだった。

 それを聞いて、銀月は頷いた。


「ふ~ん。俺に何か新しく始めてみようかな?」

「槍に魔法に札に巻き物、挙句の果てには片手剣。これ以上増やしてどうすんだよ……」


 将志に槍を習い、パチュリーやジニに魔法を習い、それ以外にも独学で札や巻物を使った戦い方をしている銀月。

 しかも、最近では月影によって魔法の様な翠色の剣を使った技まで習得している。

 それでもなお引き出しを増やそうと言う銀月に、ギルバートは呆れ果てるばかりであった。


「ねえ、ギルバート」

「うおっ!? ルーミアさん!?」


 突然の後からの声に、ギルバートは慌てて飛び退いた。

 振り返ってみると、そこには闇色の服を着た金髪の少女が立っている。

 その気配も全く感じさせず彼の影の上に立つ彼女は、その反応を見て小さく笑いだした。


「くすくす、そんなに驚くこと無いじゃない」

「そりゃね、いきなり自分の影から姉さんが出てきたら、誰だって驚くと思うよ?」


 悪戯っぽく笑うルーミアに、銀月は苦い表情でそう返した。

 ルーミアが何をしたのかと言えば、影を渡ってギルバートの影に入り、タイミングを見計らって外に出てきたということだったのだ。

 彼女の悪戯は、見事に成功したのであった。

 その彼女に、ギルバートは気を取り直して声を掛けた。


「で、何の用です?」

「チルノを宜しくね。きっと、これからギルバートに勝負を挑むことも増えてくるから」

「はぁ?」

「だって、ギルバートの持ってる剣、私も似たようなの持ってるもの。だから、私を相手にする前の練習相手として、貴方を使うと思うわ」

「良いぜ。俺としても、銀月以外で練習できる相手が欲しかったからな」


 ルーミアは声を掛けた理由をそう説明し、ギルバートはそれに頷いた。

 ギルバートが持っている剣は、ルーミアが持っている闇色の大剣を連想させるような物であった。

 となると、彼女にいつかは勝とうと思っているチルノにとって、ギルバートがその練習台に指名されるであろうことは明白な事実なのであった。

 一方のギルバートにとっても、まだまだ未熟な自分の剣技を試す相手が増えるので、断る理由は全くなかったのだ。


「ところで……ねえ、銀月。可愛いと思わない? 自分を倒すために、必死になってるチルノって」


 唐突に、ルーミアはそう言いながら銀月の背中にしなだれかかる。

 銀月はそれにうすら寒いものを感じながら、それに応えた。


「え……ああ、そう言えばチルノの絶対倒すリストに入ってたね、俺」

「もう、そんなんじゃ駄目よ。女の子の気持ちを考えてあげなきゃ」

「えっと……チルノの場合、女の子の気持ちと言うよりも戦士としての気概の方が強い気がするけどね」


 ルーミアは銀月の正面に回り込み、少し怒った様子で銀月の頬をつつく。

 それは可愛い弟をいさめる、優しい姉の様な表情だった。

 しかし、今までその姉によって数々の辛酸を舐めさせられている銀月は、それから逃げるように視線を逸らしている。 


「それでね……銀月も私を目標にしてるわよね?」


 そんな彼に、ルーミアは満面の笑みを浮かべて銀月の頬を撫でる。

 その表情は、無邪気にしてどこか蠱惑的な、彼女の欲求が透けて見えるようなものであった。


「……ま、まあ、そうだけど……」


 表情に似通った声色に、銀月の口からそう零れる。

 それは、頭の中で鳴り響く警鐘によって思考が凍結し、反射的に出てしまったものであった。

 そして不幸なことに、それは目の前の危険人物の感情の起爆スイッチでもあった。


「……きゃー❤ やっぱり銀月も可愛い❤ お姉ちゃん、可愛がっちゃうぞ~?」

「う、うわああああ!?」


 そう言うなり、ルーミアは銀月を押し倒しにかかった。

 銀月は逃げようにも、最初から密着されて自らの能力を使われた状態ではなす術もなかった。



 光符「暗黒撲滅拳」


「きゃいん!?」


 しかし、その行為は横から飛んできた光の拳によって中断されることになった。

 銀月の上から弾き飛ばされたルーミアは、その攻撃が飛んできた方向を見やる。

 すると、そこには拳を突き出した状態で残心を取る霊夢の姿があった。


「……全く、アグナからこの札貰ってて良かったわ」

「れ、霊夢?」

「銀月の目の前に現れたら、どうせ碌でもないことになるからって貰ってたのよ」


 霊夢はそう言いながら自分の右手の甲に張られた札をはがす。

 ルーミアが銀月にたびたび襲いかかっているのは周知の事実であり、同じ被害者であるアグナもよく知っている。

 そこで彼女は抵抗する手段が無くなっているであろう銀月を救出できるように、同居人である霊夢に自分の力を込めた札を渡していたのだ。

 その程度には、アグナは霊夢を信頼しているのであった。


「うふふ……お姉さま、遠くに居ても私のこと見ててくれるんだ~……ああもう、今すぐハグしに行かなきゃ! ごめんね銀月、今度たっぷり愛してあげるわ!」


 ルーミアはとろけた表情でそう笑うと、弾丸のように飛び出して行った。

 その様子を、一行は呆然と見送る。


「……嵐の様なお姉さんね」

「たまに本当に災害の権化だと思うよ……」

「お前も大変だな……」


 咲夜のつぶやきに銀月が虚ろな瞳で応え、魔理沙がその肩を叩く。

 周囲のギャラリー達も、彼の表情から彼が経験した艱難辛苦の一端を感じることが出来た程であった。

 ……そのうち何人かが、羨ましそうな目をしていたのを、彼らは無視することにした。


「それより、早く人里へ行こうぜ。雷禍を連れて来ないと、資料が見られないだろ」

「そうだね。それじゃ、気を取り直していこうか」


 ギルバートと銀月がそう言いあうと、一行は雷禍を捜しに人里へと飛んで行った。


 情報収集、見事に失敗。


 今回出てきた困ったちゃん、四柱の人達ですが、実は初登場ではありません。

 丁度諏訪子の元を出発した時くらいに、一言ずつですが台詞があります。

 ……つまり、涼がまだ人間だった時から在籍していた超古株です。

 思った以上にキャラが立ち過ぎて、逆に私が取扱いに困る始末です。


 リグルも銀の霊峰に来ました。

 原因はご察しの通り、霊夢にコテンパンにされたことですね。

 しかし、彼女の能力的に強化していくとものすごくえげつない攻撃をしてきそうです。

 そして、それに目を付けない将志達では無く……

 ともあれ、これで所謂バカルテットが揃いました。

 ……約一名、キャラ的にぶっ飛んでいますが。


 それから、チルノは順調に成長しています。

 今回ギルバートは初めての剣での勝負と言うことでハンディキャップはありますが、それでも彼が本気を出すほどには強くなっています。

 と言うか、接近戦を仕掛けるたびに相手の機動力を奪っていく寒さって、実際かなり強いと思います。

 長期戦になればなるほど、真価を発揮する能力ですね、彼女。


 最後に、霊夢が対ルーミア兵器としてアグナに抜擢されました。

 どんどん広がるルーミア被害者の会に、とうとうアグナが本腰を入れに掛ったと言うことですね。

 ……それに羨望の目を向ける変態共はいますが、まあ今さらです。


 では、ご意見ご感想お待ちしております。

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