花映塚:(相変わらず懲りない)銀の月、また怒られる
花咲き誇る幻想郷。
その上空を二人の男女がふわふわと空を飛んでいる。
その様子は特に急いでいる様子はない。
その理由は、とりあえず動いていないとサボっていると思われると言うものである。
「で、異変って言うけど何か心当たりはあるのかい? 特に何も起きてないみたいだけど?」
「ないわよ、そんなの」
「じゃあ、どうするのさ?」
「それを考えてるのよ」
「……だったら、お弁当作り終わってからでも良かったのになぁ……」
「そんなことしてたら、あんたそれを届けに行ったまま行方不明になるじゃない。それは駄目よ」
全く気の進まない様子の銀月に霊夢がそう言う。
実際のところ、銀月としてはそうするつもりだったので、何も反論できずに黙りこむしかなかった。
そうしていると、前から銀髪のメイドがやってくるのが見えた。
彼女は二人の姿を見つけると、まっすぐにそちらへとやってきた。
「あら、銀月。貴方も異変解決に来たのかしら?」
「そう言うことになるね。おかげで今日は臨時休業だよ」
「別にお弁当作ってからでも良かったんじゃない?」
「本当だよ……はぁ……お客さんになんて謝れば良いのか……」
咲夜の発言に、銀月はため息交じりにそう口にする。
それに対して、今度は霊夢が苛立たしげにため息をついた。
「今は緊急事態なのよ。そんなの後で考えなさい」
「霊夢……君は信用ってものがどれだけ得づらくて壊れやすいものなのか知らないのかい?」
「知ったこっちゃないわ。第一、一人しか居ない料理人が休みなしで作り続けてるんだから、急病で倒れても不思議じゃないわよ。今日はそれが起きたってことよ」
霊夢は浮かない顔の銀月に対して刺々しい口調でそう反論する。
実は銀月の知るところでは無いが、里の人間は銀月が突発的な休業を取ることを暗黙の了解としている。
銀月が一人で調理していることは周知の事実であり、霊夢の異変解決の際にほぼ必ず同行していることも知られているのだ。
逆にそんな彼が一日も休まず作っていることに不安を覚えるほどだ。
だから、このように分かりやすい異変が起きた時は、銀月が休むと言うことも理解している。
それを広めたのは超優秀な売り子の二人組であるのだが、銀月はそれを知らされていないのだ。
その一方で、逆に弁当屋の実態を知らない咲夜が銀月に冷たい視線を向ける。
「……銀月?」
「え、何だい?」
「貴方、一日もお弁当屋さん休んでないの?」
「まあ、習慣になっちゃってるからね」
「……何のためのお休みなのかしら?」
「そ、そのまんまの意味じゃないかなぁ?」
少し怒気を含んだ声の咲夜に詰め寄られ、銀月はしどろもどろになりながらそう答える。
つまり、銀月自身現状を知られたら怒られると言う自覚はあるのだった。
しかし彼にとってはやらないと落ち着かない仕事なので、霊夢が寝ている間に出来ることは全てやってしまうのだ。
霊夢も阻止しようと負けずに頑張るのだが、起きた時にはもうこんな異変でもないと止められないほどに準備が進んでしまっていて、上手く行っていない。
そんな性質の悪い病気にかかっている彼に、咲夜は深い深いため息をついた。
「はぁ……銀月、貴方は今は一応人間なんだから、ちゃんと休んだ方が良いわよ。貴方のタイムテーブル、凄いことになってるんだから」
「そんなに酷いかなぁ?」
「朝八時に出勤して午後一時に昼休憩、午後二時から午後五時まで働いて一時帰宅。夜十一時からまた出勤して午前三時まで働いて帰宅。それまでの休憩時間は全部何かの修行。貴方の睡眠時間、どこにあるのかしら?」
「うっ……」
咲夜の発言に、銀月の顔が蒼くなる。
どうやら、その発言には彼の知られたくないことが含まれていたようである。
その一方で、霊夢の眉尻がつり上がる。
「ちょっと待ちなさい。夜十時から午前三時までの分、私知らないんだけど?」
「私達にとってはむしろこっちが本来の時間なのだけどね。お嬢様は昼にも活動するから、それで日中のお手伝いをしてもらっているのだけど……」
「でも、それが俺の仕事だろ? なら、居ないとおかしいじゃないか」
「まあ、助かってるのは事実よ。問題なのは、どうやら霊夢は夜の分のお仕事については知らないってことと、そもそもその時間は銀月にとっては休んでるべき時間ってことよ。これは雇用主であるお嬢様の指示なのだけど?」
「そっ、それは……っ」
開き直った銀月に対して、咲夜は冷たくそう言ってあしらった。
正論で返された彼は更に反論しようとするが、背後から感じるあつ~い眼差しに身を震わせることになった。
「……ぎ~ん~げ~つ~?」
銀月が振り返ると、そこには怒り心頭、怒髪天を突くと言った様子の霊夢が息を荒げていた。
休ませるために同居人の弁当づくりを阻止するために早寝早起きをしていたというのに、その裏を掻かれて更なる仕事をしていた彼に大層ご立腹であった。
銀月の頬を、だらだらと冷や汗が流れおちる。
久々に触れる龍の逆鱗は、自分が思っていた以上の大惨事を起こしそうだったからである。
「え、えっと……知ってたんじゃ、無いのかな?」
「知る訳ないでしょう! 私が寝た後、こっそり抜け出されてたらね! 大体、寝てるべき時間に何やってるのよ!」
「い、一応睡眠時間はとってるよ?」
「で、それはどれくらいなのかしら? はっきり答えなさい!」
「い、一時間……」
胸倉を掴まれてがくがくと揺さぶられながら、銀月は震え声で正直に答えていく。
それぞれの勤務状態を知っている二人の前では、嘘をついたらさらに酷い目に遭うのである。
何とか誤魔化す方法を考える彼の眼は、これ以上なく泳ぎまくっていた。
そんな彼に、咲夜が話しかける。
「……一つ聞くわ。日曜日って、お弁当買う人いるの?」
「お出かけする人とか、ちょっと遠くに遊びに行く人が買うくらいかなぁ? 流石に、売り切れるほど売れたりはしないけど」
「余ったお弁当はどうするの?」
「お店の人や売り子の人達にあげてるよ。捨てるのはもったいないしね」
「そんな時くらい休みなさい! じゃないと、本当に倒れるわよ!?」
「とりあえず、この件はお嬢様に報告ね」
世間の休日の状況を銀月から聞いて、二人はそれぞれにそう返す。
怒鳴り散らす霊夢に、凍えるような視線を向ける咲夜。
その二人の頭には、巨大な怒りマークが見えている。
度重なる忠告や命令への再三にわたる違反に、どうやら我慢の限界のようであった。
「そ、それより、今はこの異変の方が大事じゃないのかなぁ!? ささ、早く解決しなくっちゃ!」
「いいえ、今日と言う今日は我慢ならないわ! その仕事中毒、殴ってでも矯正してやる!」
「そう言う訳で、覚悟は良いかしら?」
更なる地雷を踏んだことを察した銀月は大慌てで話題をそらそうとするが、二人はそれぞれに戦闘準備に入っていた。
有耶無耶にされるよりもキッチリここで〆ることを選択した様である。
「な、何でこんなことに……」
銀月は目に涙を浮かべながら、自分の何がいけなかったのかを自問自答する。
完璧に身から出た錆なのだが、そんな言葉が出るあたり彼が懲りるにはまだまだ痛い目に遭わなければならないであろう。
当然そんな目に遭いたくない銀月は一目散に逃げ出し。それと同時に霊夢と咲夜も仕事馬鹿を沈めるべく動き出した。
「逃げるなぁ! 大人しく喰らいなさい!」
「誰がそれで大人しくしてるって言うのさ!」
後ろから飛んでくる符や針を、銀月はジグザグに飛びながら次々と躱していく。
自分を追尾してくる弾は青白いミスリルの槍で叩き落としている。
どうやら、今回の銀月は完全に逃げることを第一に考えているようである。
「まあ、そうよね」
それに対して、咲夜は上から銀月の進行方向をふさぐカーテンの様にようにナイフを投げる。
彼女のナイフは標的に直撃させるものでは無く、その動きを制限するものであった。
「うわわわわ!?」
滝の水が落ちてくるかのような刃の弾幕に前後左右をふさがれ、銀月は慌てて急停止する。
咲夜の投げたナイフの弾幕はランダムな時間差があり、一本を槍や札で防いでも後続に当たってしまうので、止まるしかなかったのだ。
「そのまま大人しくしてなさい!」
夢符「夢想封印」
その動きを止めた銀月に、霊夢は一気にたたみかけるようにしてスペルカードを発動させた。
それと同時に七色の玉が現れ、標的を取り囲むように襲いかかっていく。
「おっとっと!」
銀月はそれに気づき、素早く札を取り出した。
その直後、見た者の視界が真っ白になるほどの激しい光が彼を包み込む。
「ふぅ……何とか間に合ったか……」
そして、その光の中から無傷の銀月が姿を見せた。
彼は大きく息を吐き出し、汗を拭う。
そんな彼の様子を見て、怒り爆発して全力投球をしていた霊夢は面白くなさそうに鼻を鳴らした。
「……あんた、結界は苦手なんじゃなかったの?」
「苦手をそのままにしておく訳ないじゃないか。それに、この前の件でコツは掴めたからね。今はまだ練習中だけどね」
「で、練習中のそれを使ってやせ我慢してると」
涼しい表情の銀月の肩越しに、咲夜の声が聞こえてくる。
いつの間にか忍び寄っていた彼女に、虚を突かれた銀月は少し驚いた表情を見せた。
「え?」
「ちょんちょんと」
「あひぃっ!?」
咲夜が銀月の脇腹を軽くつつくと、銀月はびくりと身体を震わせながら悲鳴を上げた。
その様子はくすぐったいと言う感じでは無く、つつかれた個所を押さえているところからかなりの痛みが走っているものと思われた。
それを見て、霊夢は唖然とした表情を浮かべた。
「え?」
「一見綺麗なままだけど、こんなもの拾っちゃったら思いっきり喰らってやせ我慢してるって分かるわよ」
「ひうっ!? あうあ~……」
脇腹を押えていたがる銀月の肩に手を置くと、咲夜は手にしたものを霊夢に見せた。
それは千切れた後のある白い布きれ。もっと言えば、銀月の服の素材と全く同じもの。
つまり、銀月は霊夢のスペルを防ぐことに失敗しており、それを誤魔化すために光に紛れて着替えていたのだ。
銀月は肩に手を置かれて更に身体を震わせ、捕まってしまったことで観念してがっくりとうなだれる。
そんな彼を見て、霊夢はにやりと笑った。
「咲夜、そのままでお願いね」
「ええ」
霊夢の言葉に、咲夜は軽く応えて銀月を羽交い絞めにする。
突然のその行動に、銀月は落ち着かない様子で霊夢を見やった。
「な、何をする気?」
「あたたたたたたたたた!」
銀月の問いかけに答えることなく、霊夢は銀月の身体を強くつつき回した。
その行為には一切容赦がなく、また非常に楽しそうに彼女は攻撃をし続ける。
「あふっ、あぐっ、っーーーーーーー!」
それに対して、銀月は釣りあげられた魚の様に体をよじらせると、突如としてぴくりとも動かなくなった。
あまりの痛みに、心が折れてしまったのである。
「さて、お仕置きも完了したことだし、行きましょう、咲夜」
「そうね。ほら銀月、ちゃんとしなさい」
「……ぐすん……二人とも酷いや……」
それを確認すると、すっきりとした表情で二人は笑い、銀月は涙の雫を落とす。
今回に関しては完全に銀月の自業自得なのだが、それとこれとはまた話が別の様である。
なお、そうしている間でも銀月は『限界を超える程度の能力』で身体を修復しており、すぐに動ける程度には回復している。
そして回復すると、銀月は自分の疑問をぶつけるべく咲夜に話しかけた。
「と言うか、何で咲夜さんは俺が夜にも来てるって分かったのさ? 見つからないようにしてたのに」
「そりゃあ、真夜中にまだ温かさの残ったお菓子の包み紙なんて見つけたら分かるわよ。銀月が無断出勤してるって」
「うっ……」
咲夜の指摘に、銀月は口ごもった。
もちろん、メイド妖精達の中にもお菓子作りが出来るものはいる。
しかし、彼女達の持ち場は厨房に無く、夜間担当の咲夜は主であるレミリアの世話で忙しい状態であり、厨房に入る時は食事か主人のティータイムのお茶菓子くらいしか作らないのである。
つまり、大勢居るメイド妖精達のおやつを作れるのは、部屋の掃除が無く厨房を任されている銀月だけなのだ。
それも温かいものが出されていたとなれば、もう銀月が紅魔館で隠れてお菓子を作っていたとしか考えられないのであった。
「こちらからも質問だけど、何で勝手に時間外労働なんてしてたのかしら?」
「だって、メイド妖精のみんなが心配だし……こんな状態で修業しても身が入らないから、いっそのこと見に行こうって思って……」
「何で修業か仕事かしか選択肢が無いのよ!? 寝るって言う選択肢は無いのかあんたは!」
「それがどうしても気になって眠れなくて……」
咲夜と霊夢に次々と問いただされ、銀月は罰が悪そうに返答する。
その様子は親に怒られる子供の様なものであった。
そんな銀月に、霊夢は大きなため息をついた。
「咲夜、あれをお願い」
「ええ、良いわよ」
「ふぇ? ふあっ……」
咲夜は銀月の不意を突くように、おもむろに彼の頭を撫でつけた。
それと同時に銀月の身体から力が抜け、ふらふらと地面に降りてくる。
「ふにゅ~……」
そして地面に到着すると、咲夜の膝の上ですっかり伸びきってしまった。
霊夢はその隣に座り、銀月が用意した水筒からお茶を飲む。
「……こうでもしないと休めないのかしら、銀月は」
「そんなの私が聞きたいわよ……お父さんも、止めても言うこと聞かないからどうしようもなかったって言うし」
「お医者さんに見せた方が良いのかしら?」
「お父さんが言うには、とっくに匙を投げてるんだって」
「みゅう……」
そう話しながら、咲夜はうつ伏せに伸びる銀月の頭を撫で、霊夢はその場に寝転がる。
異変の解決よりも、仕事馬鹿の疲れを少しでも取っておくことを選択したようである。
霊夢としては早いところ異変を解決したいところであったが、肝心の相方が知らんところで疲労困憊になっている可能性のある現状は無視できないのだろう。
そうして何気なく彼女が空を見上げると、また新たな人影が空からやってくるのが見えた。
「……お前ら、こんなところで何やってんだ?」
降りてきた二人組は苦笑いを浮かべながら、三人に話しかけた。
その声を聞いて、咲夜が顔を上げた。
「あら、魔理沙にギルバートじゃない。何か用?」
「今日は別にお前達に用がある訳じゃないんだぜ。この異変の正体を調べてるんだ」
「そしたら、いつものメンツに出くわした訳だが……」
魔理沙とギルバートはそう言いながら、咲夜の膝の上の物体を眺める。
「ふみゃぁ……」
それは見事に溶けきっており、完全に動く気配がない。
何と言おうか、全ての思考を放棄して成すがままになっている。
そんな好敵手の姿を見て、ギルバートは呆れ顔を浮かべた。
「……こいつは今度は何をやらかした?」
「日勤に続いて夜勤の無断出勤よ」
「相変わらずのワーカーホリックだな……」
ギルバートはそう言いながら額に手を当てる。
銀月が宴会以外でこうなっている時は大概何か、それも一般的には過剰労働と呼ばれる部類のものである。
無断欠勤ならまだ分かるが、無断出勤などという意味不明な罪状に、もはや呆れ果てるばかりであった。
「それはそうと、貴方以前剣なんて持ってたかしら?」
そんな彼に、咲夜は気になることを問いかけた。
それは、ギルバートの背中に背負われた剣についてであった。
彼の身長より少し短い真っすぐの刀身のその剣は、いわゆるバスタードソードと言われるものであった。
「ああ、これか? この前から習い始めてるんだよ」
「ホントに突然なんだぜ。この前も魔法の勉強しに行ったら、バーンズと一緒に練習してたし」
「人間が強くなるために剣を作ったなら、人狼が剣を持てばもっと強くなるって思ってな」
「お前はお前で何を目指してるんだよ……と言うか、そんなの銀月や銀月の親父さん見れば一発で分かるじゃないか」
「……まあ、そうだよな……」
魔理沙の指摘に、ギルバートが軽く凹む。
身体能力に優れた物が武器を持ったら等と言う仮定は、周囲に言わせりゃ当の昔に証明が終わっているのであった。
その一方で、咲夜が苦笑いを浮かべる。
「今、さらっと銀月を妖怪扱いしなかった?」
「下手な妖怪よりも妖怪じみたことしてるのに、今さら何を言ってるのよ」
咲夜の発言に、霊夢が呆れ顔でそう口にする。
下手をすれば致命傷になりかねない傷を一瞬で治す回復力や、総鋼製の槍を棒きれの様に軽々と振るう腕力。
一般の人間からすれば、銀月はもはや妖怪扱いされない方が可笑しいのであった。
「うみぃ~……」
そんな霊夢の発言に、銀月は顔をあげて抗議の声らしきものを上げる。
しかしそれは気が抜けるような声であり、眉がつり上がっているもののそれ以外の部分は完全に溶けきったままの状態である。
「お前は溶けるか反論するかどっちかにしろよ」
「……みゃう」
「迷わず溶けたわね……」
「もう隠す気が無いな、こりゃ」
ギルバートの一言に、銀月は即座に再び咲夜の膝の上に沈む。
どうやら、いつもなら必死で反論するはずのものまでどうでもよくなるほど、意識が蕩けているようであった。
そんな銀月に、霊夢と魔理沙が頬を掻く。
「まあ、良いんじゃないかしら? 私も気持ち良いし」
「にゃふ~……」
咲夜は銀月の頭を撫でながら、そう言って微笑む。
彼女の手にはさらさらとした指通りの良い髪の感触が伝わり、程良い心地よさを与えている。
咲夜としても、彼に罰を与えているとは思っておらず、休ませるついでにこの感触を楽しもうと思っていたりするのだ。
……とどのつまり、単に彼女が銀月の頭を撫でたいだけであった。
「にゅ~?」
「え? 異変はどうするのかですって?」
しばらくそうしていると、銀月が頭を撫でられながら顔を上げる。
その緊張感のない声を聞いて、咲夜はそう問い返した。
その様子に、霊夢が怪訝な表情で咲夜を見やった。
「……何で分かるのよ?」
「最近、この状態の銀月が何を言いたいのか分かってきたのよ。意味のあることを言い始めたら、回復の兆しが見えてきたってことね」
「いや、分かんないからな、ちっとも」
「うにゃぁ~……」
咲夜が返答をし、魔理沙が頭を抱えると、再び銀月から間延びした声が聞こえてくる。
ちょっと発言をしたかと思えば、もう伸びきっている。
今の銀月には、たったあれだけの意味不明な発言をするだけでも膨大なエネルギーと気力を消費しているようであった。
そんな彼の様子に、ギルバートがジト目を向ける。
「んなこと言ってる割には、やる気皆無だぞ、こいつ」
「むしろ銀月はそれぐらいで良いんじゃないか? 基本的に働きすぎだし。そういや、このあいだも夜に魔法の森で銀月に会ったぜ」
ギルバートの言葉に、魔理沙がふと思い出したことを口にする。
それを聞いて、夜に銀月が外に出かけていた覚えがない霊夢が魔理沙に目を向ける。
「それ、大体何時くらいだった?」
「そうだな……確か、深夜にしか見つからないキノコを探してた時だから……寅の刻に入ったくらいじゃないか?」
「へえ……?」
魔理沙は当時のことを思い出して、そう答える。
それを聞いて、霊夢が込み上げてくる何かを抑えるような声で相槌を打つ。
寅の刻と言うのは、午前四時から午前六時までの時間帯を指す。
つまり銀月は、午前四時に何故か魔法の森に居たことになるのだ。
頭が痛くなるような話であるが、ギルバートが続きを促す。
「で、こいつはいったい何してたんだ?」
「炊き込みご飯に使うキノコが足りなくなったから、代用品を探しに来てたんだとさ。手伝ったら、そのお礼に私が探していた光るキノコをもらったんだぜ」
「結局仕事してるんじゃない! 働いてないと死ぬ病気にでも掛かってるの、こいつ!?」
魔理沙の発言は見事に霊夢の怒りの導火線に火をつけることに成功した。
彼女はそれが仕事以外の趣味であったのならば少し注意をする程度で済まそうと思っていたのだが、案の定そうではなかったのだ。
「ににぃ~……」
ところが当の銀月はどこ吹く風。
怒りが爆発した霊夢の怒号にも、今の彼は煩わしそうに眉をひそめるだけであった。
そんな彼を見て、咲夜は首をかしげた。
「そう言えば、銀月は週に三日休みをもらっているはずなのだけど、その時はどうしているのかしら?」
「いつものお弁当づくりから始まって、掃除に洗濯、朝昼晩の料理に、お弁当の評判や希望の調査、それが終わったと思ったら銀の霊峰で修行! 仕事と修行しかしてないわよ!」
「その割には、休日に銀月が縁側に座ってお茶飲んでる時もあるけどな」
「その習慣をつけさせるのもすごく苦労したわよ。お父さんがそれも精神修行だって言わなかったら、それすらしないで働いてるわよ」
「ふみぃ~……」
「だって、そうしていないと霊夢はひたすらごねてるじゃないか、ですって」
「黙らっしゃい!」
「……にゅう」
「んじゃ黙る、ですって」
「……あ、そ」
霊夢が散々にわめき散らすも、今の銀月には暖簾に腕押しの様である。
そのあまりのマイペースっぷりに、霊夢はとうとう匙を投げて大の字に寝転がった。
「……今日はもう溶けっぱなしだな、こいつ」
「最近分かったのだけど、こういう時って銀月が大体働き過ぎの時なのよね。体が疲れてるのに、精神が身体が疲れてるって感知できない状態よ。私が撫でると大体こうなるけど、起きてすぐの銀月を撫でてもこうはならなかったわ」
「じゃあ、そもそもここに居ること自体がアウトじゃねえかよ……」
咲夜の解説に、ギルバートが頭を抱える。
咲夜の発言を正しく受け取ると、銀月は疲弊している状態で異変の解決に繰り出しているのである。
将来民の上に立つものとして体調管理の重要性をしっかりと理解している彼にとって、銀月の状況はとっとと帰って寝ろと言わざるを得ないものであった。
そんな彼の横で、魔理沙が苦笑いを浮かべた。
「ま、私達も何も手掛かりがなかったしな。ちっと休憩しながら、心当たりのある奴を考えようぜ」
「そうね。闇雲に当たっても、効率が悪いし。それに、銀月も折角休んでくれてるし」
「……はぁ……私にとっては、こいつの方がよっぽどの異変よ」
その場に座り込む魔理沙とギルバートの言葉に、霊夢がどっと疲れたと言った様子でそう呟く。
そして一息つくと、再び魔理沙が口を開いた。
「それで、何か心当たりはあるのか?」
「それがさっぱりよ。あるんなら、真っ先にそこに行ってるわよ」
魔理沙の問いかけに、霊夢がそう答える。
それを聞いて、ギルバートが小さくため息をついた。
「まあ、そうだよな……知ってそうな奴はいないか?」
「……みゅ~」
「過去に似たような異変が起きたかどうか調べた方が良いかも、ね……」
トロンとした眠たげな眼の銀月の間延びした声を、咲夜が通訳する。
そうしている間にも、彼女の手はゆっくりと銀月の髪を優しく梳いている。
それを受けて気持ちよさそうにしている銀月を微妙な目で見ながら、ギルバートが話しだした。
「そう言った記録を見るんだったら、やっぱ銀の霊峰か?」
「資料がある場所はそこだけとは限らないんじゃないか? 妖怪の山の天狗達も、何か知ってるんじゃないかとは思うぜ」
「だったら、まずはそっちに当たるか。言っちゃ悪いが、銀の霊峰は血の気が多すぎるからな」
「そうね。私も出来るだけ楽な方が良いわ」
真面目に会話をしている三人が、そう言って頷き合う。
もちろん咲夜も聞いているのだが、聞き半分に撫で半分と言った様子で、特に何も考えていない。
それは話の内容にも関わらず幸せそうに微笑んでいるところから、見ている者にも分かるのだった。
「はい、こしょこしょ」
「にっ」
咲夜が鼻先をこすると、銀月はそれにじゃれつくように右手をのばす。
少し丸められた手でぺちぺちと咲夜の膝を叩くその様子は、完全に猫の様であった。
それを見て、霊夢が色んな感情が混ざったジト目を二人に向ける。
「……何やってんのよ」
「本当に疲れてる時は鼻先をこすっても身じろぎするだけだけど、ある程度回復するとこうやって手を伸ばしてくるのよ。ここまで来ると、もう大丈夫よ」
「で、どうやって起こすんだ?」
「それはね、ほら、起きて」
「んっ……」
魔理沙の一言に、咲夜は優しく声を掛けながら銀月の頬を軽く撫でる。
すると銀月は軽く身じろぎした後、立ち上がって大きく伸びをした。
「……はぁ……そんなに疲れてたかな、俺?」
「気づかないところで疲れてるのよ。私がこうしないと気づかないようじゃ駄目よ」
銀月は困り顔で体をほぐしながらそう呟き、咲夜が苦笑いと共に苦言を呈する。
銀月も銀月でどうしてこうなるのかを理解しているようであり、自分の身体の状態をこれによって判断しているようであった。
その一連のやり取りを聞いて、霊夢が咲夜に話しかけた。
「ねえ、咲夜。このやり方教えなさいよ」
「悪いけど、それはお嬢様から教えるなって言われてるのよ」
「何でよ?」
「さあ? 私にその理由を知る必要はなかったし、聞いてないわ」
「ぐぬぬ……」
咲夜の返答に、霊夢は歯噛みする。
実のところ、彼女の主であるレミリアはこの生態を使って何かを企んでいるようであるし、咲夜自身もこの行為で癒されている身なので自分の楽しみを取られるようなことをしたくはないのだった。
「まあ、とりあえず妖怪の山に行くんでしょ? 早く行って終わらせなきゃ」
「……今までそこで伸びてた奴が何言ってんだか」
「うるさいぞ、ギルバート」
先を促す発言に呆れ顔で返したギルバートに、銀月がむっとした表情で言い返す。
それに対して、ギルバートは小さく鼻を鳴らした。
「ハッ、疲れてんだろ? だったらお前はおうちで寝てろよ」
「それで俺が素直に帰ると思うかい? 生憎と、今しがた全快したところだよ」
弄る要素を見つけて全力で煽ってくるギルバートに、銀月も冷たくそう返す。
先ほどの和やかな空気から一変し、一触即発の空気が流れ始めていた。
「……なあ、銀月。ちょっと体動かしたくないか?」
ギルバートがにやりと笑って、背中の剣に手を掛ける。
「……良いね。俺もその背中の剣が飾りかどうか確かめたかったしね」
銀月はそう言って笑い返しながら、手元に総鋼造りの槍を取り出す。
「行くぜ!」
「行くぞ!」
そうして二人はお互いに向けて踊りかかり、
霊符「夢想封印 散」
恋符「マスタースパーク」
幻符「殺人ドール」
「ぎにゃあああああああああ!?」
「あんぎゃああああああああ!?」
いつもの様に沈められるのだった。
長いことお待たせして申し訳ございませんでしたぁ!
ええ、「感想は小説家の栄養」という言葉が身にしみます。
正直に申し上げますと、自分のブログでちょっとオリジナルに浮気していた訳です。
どんな奴かと言えば、まあ自分が今まで描いていたキャラクターをごった混ぜにしたファンタジーものだったのですが、そのプロットを練ってる時にふと、「もう忘れられちゃってるんだろうな~」的なノリでこのサイトに戻ってきたわけです。
すると、なんとこの作品の続きを待っている人の感想があるではありませんか。
こりゃ、返信して生存報告するよりも、作品仕上げて、ちゃんと完結させてやらねばなるまいと思ったわけです。
これほどまでに作品を愛していただけて、作家冥利に尽きると言うものです。
このたびは皆様にながいあいだおまたせしてしまったことを、重ねてお詫び申し上げます。
では、ご意見ご感想お待ちしております。