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銀の槍のつらぬく道  作者: F1チェイサー
幻想郷と繚乱の花
171/175

幕間:山の神、決断する


 とある町の児童保護施設に、一人の少年がやってきた。

 少年は事故で両親を失い、身よりの無かったためにこの施設にやってきたのだった。

 その少年は泣いてなどいなかった。

 彼はただ、漠然と今日からここで暮らすことになるのだとしか考えていなかった。




 少年は夢を見た。

 月明かりに照らされた石庭の真ん中で、踊る青年の夢。

 夢の中の彼は、深い青色の世界の中で金色の月に向かって銀色の槍を振るう。

 銀の槍は美しい弧を描きながら、月明かりに照らされて光り輝く。

 その担い手である青年の動きは、どこか尊い祈りを込めているように見えた。


 その翌日から、少年は一人もくもくと手にした棒きれを振り回していた。

 夢の中の青年の動きが、とても綺麗で格好よく見えたのだ。

 少年は何度も何度も同じ夢を見て、何度も何度も同じ動きを繰り返す。

 少しでも夢の中の青年に近づけるように、少しでも青年の祈りがどこかへと届くように。

 少年は、夢の中の青年に向かって祈るように棒きれを振るい続けた。


「この動きは……」


 そんなある日、少年は不思議な声を聞いた。

 周囲には誰も居ないはずなのに、どこからともなく声が聞こえたのだ。

 少年は手を止めて、周囲を見回す。


「わ、私の声が聞こえるのね?」


 再び、驚いたような女性の声が辺りに鳴り響いた。

 それと同時に、少年は再びきょろきょろとあたりを見回した。

 すると、いつの間にか青い髪の女性が近くに立っていることに気が付いた。


「貴方、私のことが見える?」


 女性はどこか落ち着かない様子で少年に声を掛ける。

 それに対して、少年はただ黙って首を縦に振った。

 少年のその動きに、女性は嬉しそうな表情を浮かべた。


「そうか……まだ私のことが見える子が居たんだねえ……私は八坂神奈子。貴方、名前は?」


 女性はそう言いながら、優しく声を掛ける。

 それに対して、少年は少し考えた後、静かに口を開いた。


「……贄川勇夢(にえかわいさむ)


 そして、贄川勇夢はその八坂神奈子によって引き取られることになった。



 それから十数年の時が経つ。

 守矢の神社の台所では、一人の少年がせわしなく動いて本日の夕食を作っている。

 その動きはかなり手慣れたものであり、次々と料理が完成を迎えていた。


「しっかしまあ、勇夢も大きく育ったよね。あれからもう十年は経つから、当たり前のことなんだけどさ」

「そうね。あの時は、まさか勇夢が諏訪子の遠い子孫だったなんて思いもしなかったけどね」


 そんな彼を見ながら、神奈子と諏訪子と呼ばれた少女がそう口にする。

 勇夢が諏訪子の遠い子孫である……と、言うのも、神奈子と諏訪子は古くから存在する神であり、見た目よりもずっと長生きしているのであった。


「あいつの夢を見てたんだし、もしかしたらとは思ってたけどね。けど、勇夢は想像以上だったね」

「……どこから嗅ぎつけたのか、消えかけていた神がわらわらとやってきて、次々に憑依していったものね。その度に、勇夢が折鶴をあげては嬉しそうに帰って行ったけど」

「勇夢との繋がりだもんね、あれ。あれを持っている限りは勇夢と繋がりがあるから、弱い神の延命処置としては良いんじゃない? 勇夢の才能の証明にもなるし」

「でも、悪霊や怨霊まで抵抗なく受け入れるのは問題よ。そのせいで私達がどれだけ苦労したか、忘れたわけじゃないわよね?」


 神奈子と諏訪子は、少し疲れた表情でそう話した。

 実際、勇夢は神奈子に引き取られて以降、異常なまでに神や精霊、果ては悪霊にまで好かれる人気者であった。

 そんなものが連日連夜押し寄せてくるため、二人はその対応で疲労困憊になることすらあったのだ。


「出来たよ、諏訪子様、神奈子様。今日の夕飯」


 そんな二人の元に、若干青みがかった黒髪の少年がやってきた。

 顔立ちは平凡ではあるが整っており、その琥珀色の瞳には、どこか遠くにあるような、それでいて吸い込まれそうになりそうな不思議な魅力があった。

 しかし、彼においてもっとも特徴的なのは、まるで悟りを開いた僧の様な達観した風格であった。

 そんな彼の名が、贄川勇夢と言うのであった。


「お、出来たね。早苗はどうしたの?」

「部屋で寝てるよ。全く、今寝たらどうせ夜寝れなくなるってのに」


 諏訪子の言葉に、勇夢は呆れ顔でそう口にする。

 彼の言う早苗と言うのは、この神社に住む東風谷早苗のことである。

 全員名字がバラバラではあるが、四人は家族も同然のものなのだ。

 その言葉を聞いて、神奈子も呆れた表情でため息をついた。


「じゃあ、早く起こしてきなさい。料理を粗末にしたら、貴方の神様にどやされるわよ」

「分かってるよ」


 勇夢はそう言うと、呑気に寝ている同居人を起こしに向かうのだった。

 そして、しばらくすると勇夢は寝ぼけ眼の黒髪の少女を連れて戻ってきて、夕食が始まった。


「むぅ……また腕をあげましたね、勇夢さん」


 黒髪の少女こと、早苗は勇夢の作った料理を口にしてそう漏らす。

 目の前に置かれた料理は、一汁三菜のバランスのとれた和食である。

 そのどれもが、一般家庭で味わえる最上級の味をしているのだから、その一言も頷ける。

 その一言に、勇夢は特に思うところもなく口を開いた。


「そりゃな、毎日料理してれば自然と上がるってもんだ」

「絶対それだけじゃないでしょう。貴方の神様、料理の神様でもあるんですし」

「かもな。て言うか、たまには夕飯作るの代わってくれよ」

「嫌ですよーだ。見えている敗北を、わざわざ掴みたくないです」

「その間に、俺との差が開いたんだが……」


 つんとそっぽを向いた早苗の言葉に、勇夢は何とも言えない表情をして返す。

 早苗は勇夢が料理を始めてその味に敗北感を覚えた後、なかなか夕食を作らなくなったのだ。

 彼女が料理を作るのは、勇夢が不在の時だけである。

 もっとも、勇夢の方はたまには人の作った料理が食べたいと思っていたりするのだが、当分の間は叶いそうもなかった。


「悔しかったら、私にその加護を分けやがれ!」

「何で俺が悔しがるんだよ……お前が悔しがれ、お前が」


 めちゃくちゃなことを言う早苗に、勇夢は頭を抱えることしかできなかった。




 夕食後、勇夢は母屋を出て、とある場所へと向かっていた。

 幾手にあるのは、本殿ほどの大きさは無いが、拝殿よりも少し小さいくらいのそれなりに立派な建物。

 それは、勇夢が仕えている神、建御守人を祭っている分社であった。

 勇夢は一礼をしてその中に入る。

 その中央にある飾り気のない祭壇には、赤く長い飾り布に巻かれた一本の槍が祭られていた。

 勇夢にとっては知る由もないが、その槍はかつて建御守人こと槍ヶ岳将志本人がこの分社に収めた物。

 それは将志が実際に使っていた槍の一つであり、その赤い飾り布は、将志が自分の本体を隠すために巻いていた布の一部なのであった。

 勇夢はそれを手に取り、柄に巻かれている飾り布を解く。

 すると、その中からは黒い漆塗りの地に見事な鶴が透かし彫にされた柄が現れた。

 それを持って勇夢は社を出て、再び境内へと降り立った。


「ふ~……」


 勇夢は大きく深呼吸をして、空を見上げる。

 空は生憎の曇り空であり、彼が見ようとした月は見えない。

 だが、彼はそこにあるであろう月に向かって一礼をし、その穂先を空へと向ける。 


「……よし」


 勇夢は小さくそう呟くと、手にした槍を振るい始めた。

 その動きは、昔に夢の中で見て、今でも時折夢に見る月下の青年と同じもの。

 彼は、夢の中の彼と同じく月に祈りながら、一心に槍を振るう。

 その振るわれる槍の塩首に付いた飾り布がたなびき、まるで尾の長い鳥が舞っているように見える。

 彼の槍はあの月明かりの槍に比べれば、幾分か拙いものであった。

 だが、初めて夢見たあの日から振るわれ続けるその槍には、彼とは違った不思議な魅力があった。


「……ま~た、おんなじ動きですね。たまには違う動きをしてくれませんか?」


 そんな彼の動きに、あんまりと言えばあんまりな感想を言うものが一人。

 早苗は境内の階段に腰掛けながら、膝に頬杖をついて勇夢の動きにそう言い放ったのだ。


「それは俺があの夢に追い付いてからだ。悔しいが、あの動きは見れば見るほど追いつける気がしないんだ」


 それに対して、勇夢は槍を納めながらそう口にする。

 彼にとって、今の自分の原点となっているあの夢は、どうやらとても遠いもののようであった。

 そんな彼の言葉に、早苗は大きく伸びをして立ち上がり、彼に近寄りながら口を開いた。


「十分綺麗な動きだと思いますけどねえ。そんなに凄いんですか、その夢の人?」

「ああ。見れたんなら、絶対に言葉すら出なくなる」

「へえ、ぜひとも見てみたいもんですね」


 槍に飾り布の巻きつけながらの勇夢の言葉に、早苗はぞんざいにそう言い放った。

 彼女にとっては、勇夢の振るう槍こそが全てであり、それが至上であった。

 何しろ、達人の振るう刀の演武を見て、「これなら勇夢さんの槍の方がまだ面白みがありますね」などと退屈そうに言い放つほどに興味が無いのだ。

 その際には、隣に居た勇夢も微妙な顔をする他なかった。

 勇夢は全く興味なしと言った様子の早苗にため息をつくと槍を肩に担いで建御守人の社に歩き始め、早苗がその横に並んで歩きだした。


「それはそうと、明日も平日なんだし、いい加減寝たらどうだ? 俺ももう寝るし」

「ふふん、晩御飯前にいっぱい寝たので、全然眠くないです!」

「……それ、威張れることじゃないからな」


 大威張りの様子でそう口にする早苗に、勇夢は再び大きなため息をついた。




「……ここでもないな……いったいどこに……」


 次の日、勇夢の姿は学校の図書室にあった。

 今はちょうど昼休みであり、まばらではあるが生徒がそれぞれに本を読んでいる。

 その中で、勇夢の両脇には何冊もの本が積み重ねられて塔が出来上がっていた。

 その本は、古今の地図帳や神道、各地の伝承をまとめた本ばかりであった。


「あ、勇夢さん、やっぱりここに居ましたね」


 そんな真剣に調べ物をしている彼の元に、同居人が呑気な表情で話しかけた。


「う~む、わからん」


 そんな彼女のことを無視して、勇夢は本のページをめくりながら唸る。

 だが、その彼の考え事は、突如として耳に走った痛みによって中断されることになった。


「無視しないでくださいよ~」

「あだだ、耳を引っ張るなって! ここ図書室だぞ!」

「ふ~んだ、無視する勇夢さんが悪いんです」


 小さく強い口調で抗議する勇夢に、早苗は少し拗ねた表情でそう口にする。

 そして早苗は高々と積まれた本の山を見て、呆れ顔でため息をついた。


「また銀の霊峰探しですか?」

「ああ。分社の神主やってるのに、本社の場所を知らないって言うのは変だからな」


 早苗の質問に、勇夢は簡潔にそう答えた。

 勇夢は時間があると、こうして図書室で自身の仕える神の本社を探しているのであった。

 しかし、どうやらまだ見つかっていないようである。


「と言うか、それだけやっても見つからないって、本当にあったんですかねえ? 銀の霊峰って」

「そりゃあ、文献がいくつかあるんだから、あることはあるんだろうさ。けど、その肝心の銀の霊峰らしき山がどこにもないんだよな。頂上に神社のあるような岩山、しかも火山と岩山がそびえ立つように並んでいるような特徴的な地形なんて、有名にならないはずが無いんだが……」


 早苗の言葉に、勇夢はそう言って首をかしげた。

 彼が調べた中には、銀の霊峰のことを綴った伝承がいくつか存在したのだ。

 しかし、明治初期を境にその伝承はぱったりと途絶え、何の足掛かりも残されていなかった。

 おまけに、銀の霊峰があったとされるような地形が見つからないのだ。

 と言うのも、銀の霊峰と呼ばれていた一帯は雲海を見下ろし、頂上からは周囲の山を一望できる高さがあると言われている。

 そして、その頂上にはどうやって造られたのか分からないほど立派な神社が鎮座していたと言う。

 ところが、そういった特徴を持つ山がどこにもなく、銀の霊峰がどこにあるのかが分からなくなっているのだ。

 勇夢は様々な文献を調べたが、未だに『銀の霊峰は確かに存在したらしい』事しか分かっていないのだった。


「じゃあ、その話は……あっ!?」


 早苗は何かを話そうとして、思わず息を驚きの声を上げた。

 突如として現れた白い靄のような球体が、勇夢の中に勢いよく飛びこんできたのだ。

 その瞬間、勇夢は白い靄に包まれると同時に意識を失い、机の上に倒れ伏した。

 そしてしばらくすると、勇夢は靄がかかった状態のまま体を起こし、頭を抱えながら口を開いた。


「……あ~、はいはい。今作るから待ってな」


 勇夢はそう言うと、鞄の中から折り紙を取り出して何かを作り始めた。

 勇夢は慣れた手つきでどんどん折り進めていき、あっという間に一羽の折り鶴が出来上がった。


「……ほら。持っていきな」


 勇夢はそう言うと、折り鶴を手のひらに乗せて頭の上に掲げた。

 すると、勇夢に掛っていた白い靄が折鶴へと乗り移っていき、まるで生きているかのように折り鶴が羽ばたき飛んで行った。

 その様子は周りの生徒からは見えていないらしく、妙な動きをしていた勇夢に怪訝な視線を向けるばかりであった。

 その視線に構うことなく、隣で見ていた早苗はほっと胸を撫で下ろした。


「ふう……よかった、悪霊じゃなくて」

「全くだ。学校で悪霊に憑かれたりしたら大変なことになるところだ」


 勇夢はそう言うと、時計をちらっと見やって積まれていた本を片付け始め、早苗もそれを手伝う。

 それと同時に、休み時間の終わりを告げる予鈴が鳴り響いた。


「あ、休み時間も終わりですね」

「そうだな。あ、そうそう。今日、(すばる)にゲーセンに誘われてるから、夕飯の買い物宜しく」


 勇夢は本を片付け終わると、まだ本を片付けている早苗にそう告げて、図書室を後にしようとする。

 その言葉に、早苗はしまいかけていた本を落としそうになりながら勇夢の方を見た。


「え! ちょっと、勇夢さん!? またなんですか!?」

「じゃあな~」


 勇夢は抗議の声をあげる早苗をしり目に、図書室を出ていくのであった。




 そんな日が続いていたある日、勇夢が部屋で雑誌を読んでいると、諏訪子が部屋へと入ってきた。


「勇夢。ちょっと話があるんだけど、良い?」

「ん? なんでしょう、諏訪子様?」


 勇夢は体を起こすと、諏訪子の方へと目を向ける。

 それを見て、諏訪子は続けて用件を口にした。


「貴方、自分の神様に会いたい?」

「俺の神様に?」

「そ。今まで言ってなかったけど、貴方の夢に出てくる奴、きっと貴方の神様、建御守人だよ。だって、貴方の動きはその建御守人の動きそのままだし、その分社の神主を出来ているのが何よりの証拠だよ」

「そうなのか……」


 勇夢はそう言うと、その場で天井を見上げた。

 自分が夢に見ていた青年こそが、自分の神であった。

 その事実は、自然と受け入れられるものであり、それと同時にとても感慨深いものであった。


「諏訪子様。その建御守人の舞、見たことあるんですか?」

「あるよ。貴方には悪いけど、あれは人間が人生の全てを捧げてもたどり着けない代物だよ。私は槍は素人だけど、それでも分かるくらいには美しかったよ」


 諏訪子はかつて将志が自分の前で見せた槍の舞を思い出しながらそう口にする。

 達人の槍が芸術だとするのならば、将志の槍は幻想である。

 素人が見ても一目で分かり、達人から見れば追うことを諦めるか人生の全てを賭けるかを選ばされるような、途方もなく高い頂の技。

 多くの目撃者がそうだったように、槍ヶ岳の舞は諏訪子の眼に数千年経った今も鮮明に焼き付いているのだ。

 その様子を懐かしそうに話す諏訪子に、勇夢は意を決して口を開いた。


「……会いたいよ。俺、実際にこの目で、あの月夜の槍を見てみたい」

「友達に二度と会えなくなるけど、それでも?」

「どういうことだ?」

「私達は早苗を含めて、幻想郷って言うまだ神様の力が生きている世界に移住することにしたんだよ。貴方は最高の神の依り代だけど、それでも人間。こっちの世界に残ることもできるんだよ?」

「何言ってんだ。俺は崇める神こそ違うけど、ここの宮司だよ。自分の神社が移転するって言うのに、何で俺が行かないって選択肢があるんだ? まだ恩も返しきれてないって言うのに」


 諏訪子の問いかけに、勇夢は即答する。

 周囲がどうであろうが、自分の居場所はこの神社であり、たとえどうなろうと自分を拾ってくれた恩は絶対に返す。それが勇夢の考え方であった。

 それを聞いて、諏訪子は納得した様子で頷いた。


「そっか。そう言えば、勇夢の友達ってあんまり話を聞かないけど、どんなの?」

「完璧超人なチャラ男と、喧嘩最強で最強の凶運持ちと、神様見えないのに神様にやたら好かれる奴だな」

「へえ、最後のはどんな奴?」

「それが、神様が必死で仲良くなろうと話しかけてるのに気付けない奴でな……」


 勇夢は自分の友達のことを諏訪子に詳しく話し始めた。

 チャラ男が誰かれ構わずナンパを仕掛けて喧嘩に巻き込まれたこと、その喧嘩に凶運持ちが乱入してチャラ男を含めた全てを蹴散らしたところで近くを通りかかった極道に抗争の助っ人として連れていかれたこと、その日常の横で友人のガンシューティングの腕前に神様が大勢で熱狂してオタ芸を披露していたことなど、色々な出来事を話した。

 諏訪子はその話を興味深げに聞いていた。特に、神様に好かれると言う勇夢の親友の話は特に興味を引かれたのか、色々な事を質問していた。

 そしてひとしきり話を聞いた後で、諏訪子は再び本題を切り出した。


「それで、本当にその友達を置いてきちゃって良いの?」

「仕方ないさ。多分もう一生会えないだろうけど、そんなことを経験している奴なんていっぱい居るだろうからな」


 諏訪子の質問に、勇夢は特に考えるそぶりすら見せずにそう口にした。

 その様子には一切の未練が感じられず、また強がっているような気配も全く感じられなかった。

 そんな彼に、諏訪子は呆れた様子で大きなため息をついた。


「はぁ……いつも思うけど、貴方は受け入れるのが早過ぎだよ。もう少し未練とかあっても良いのに」

「けど、これが俺の性分だしな。いまさら未練を持てるようにはなれないだろうさ」

「いつもの、それもまた良しって奴?」

「そうそう。何が起きても、なるようにはなるしな」


 勇夢は諏訪子に、あっけらかんとした様子でそう話した。

 それを聞いて、諏訪子は苦い表情を浮かべた。


「いつも思うんだけど、貴方自分が死んだらどうにもならないでしょ。そういうことだけはやめなよ? 猫を助けるために車に飛び込むなんて、私は心臓が止まるかと思ったよ。命が惜しくないの、勇夢は?」

「惜しいといえば惜しいけど、それでも世界は回るからな。それに、俺が死んだ後の世界を外から見るのも興味あるし……その時やり残したことが、どうなっていくのかを見てみたくもあるんだ。要するに、その時はその時って奴だ」


 特に何を思うまでもなく、勇夢は率直な気持ちを口にした。

 そこにあったのは、単純な死後の世界への興味だけ。彼には、死に対する恐怖も、この世に対する未練すらも持ち合わせていないようであった。

 その自分の身に降りかかる全てを許容してしまうような彼の言葉に、諏訪子は黙って立ちあがり、部屋のドアの前へと歩いて行く。


「……私、勇夢のそれだけは理解できないよ」


 諏訪子はそう言い残すと、静かに部屋から出ていった。




 諏訪子が部屋から出てしばらくして、今度は早苗が勇夢の部屋へとやってきた。

 その様子はどうにも落着きが無く、どことなく不安そうなものでもあった。


「あの……勇夢さん?」

「ん? どうした、早苗?」

「引越しの話……聞きました?」


 早苗は恐る恐ると言った様子で勇夢に話しかける。

 それを聞いて、勇夢は再び読み始めていた雑誌を閉じた。


「ああ、聞いたよ。早苗は行くんだろ?」

「はい……勇夢さんは、どうするんですか?」

「俺も行くよ。神様が三柱も居るのに、宮司が居ないんじゃ締まらないだろ」

「そうですか……」


 勇夢の答えを聞いて、早苗はホッとした様子でそう口にした。

 その様子を見て、勇夢は怪訝な表情で早苗を見やった。


「何だ? 俺が残ると言うとでも思ったのか?」

「はい。だって勇夢さん、とっても仲の良い友達が居るじゃないですか。夕飯の買い物を放りだしてまで一緒に遊ぶ友達が」

「そんなの、向こうでも作れば良いだけの話だろ? それに、家族と離れ離れになるのと、友人と一生会えないになるのとじゃ、どっちがつらいと思う?」


 早苗の言葉に、勇夢は淡々とそう答える。

 その返答に、早苗はどこか納得の行っていない表情を浮かべた。


「それは、そうですけど……あ! それじゃあみんな連れて行ってしまえば良いんです!」

「……間違いなく大惨事になるぞ。主に粟生(あおう)と昴が。お前も、あいつらのことはよく知ってるだろ? 神様や魑魅魍魎が集う場所に連れて行ったら、絶対に収拾がつかなくなるぞ」

「う……」


 ため息と共に紡がれた勇夢の言葉に、早苗は返す言葉を詰まらせた。

 なお、粟生と言うのは先ほど諏訪子に話していた凶運持ちのことであり、昴と言うのは神様によく好かれる親友のことである。

 もし彼らが幻想郷という何が起こるか分からない神の庭に来た場合、粟生は自らの不運で大事件を呼び寄せ、昴は神様との付き合いに閉口するであろうことが勇夢には容易に想像できたのだ。

 そんな彼に、早苗は必死で次の言葉を探して目を宙に泳がせていた。

 それを見て、勇夢は笑いを堪えながら早苗の頭に手を置いた。


「……ったく、気遣いが下手だな、早苗は」

「な、何ですか、いきなり!?」

「心配しなくても、俺はあいつらと離れ離れになっても平気だよ。何せ、一人に戻るわけじゃないんだからな。お前と、神奈子様と諏訪子様が居ればそれで十分なんだよ、俺は。ま、その心だけありがたく頂いておくよ」


 勇夢は優しくそう言いながら、早苗の頭をポンポンと軽く撫でる。

 神奈子や諏訪子は知らないが、早苗は勇夢が普段仲良くしている相手のこともよく知っている。

 特に、昴などは勇夢が早苗達以外で唯一名前で呼び合う親友であった。

 そんな二人が離れ離れになることで勇夢が傷ついてしまわないかが早苗には心配だったのだ。

 その気持ちを、勇夢は察したのだった。


「うう~……」


 早苗は唐突に頭を撫でられて、茹で蛸の様に顔を赤く染めた。

 いくら長年一緒に住んでいるとはいえ、流石にこういうことをされるのは恥ずかしいようである。

 それを見てひとしきり笑うと、勇夢は手を離した。


「まあそんなわけで、俺のことなら気にすんな。それよりも、向こう行ったらどうするかを考えておかないとな」

「あ、ちょっと勇夢さん!?」


 部屋から出ていこうとする勇夢に、早苗は急いでついて行くのであった。

 と言う訳で、皆様大変お待たせ致しました。

 今回は、随分と大昔に張った伏線、守矢に残した分社の神主のお披露目会でした。

 流石にここまで読んでくださった方々に、このオリキャラだらけの二次創作で新しいオリキャラが出ることに不満を持つ人はいない……と思いたい。

 ついでに言うと、オリキャラはあと一人出す予定です。


 あと、話に出てきた粟生君や昴君はこっちには登場しません。

 奴らは主人公属性が強すぎて、他のキャラを喰いかねませんし、本来の話が狂いますからね。


 まあそれはさておき、勇夢君は早速常人とはかけ離れた思考を披露してくれました。

 さて、彼が幻想郷の連中に会った時、どんなことになるのやら。


 では、ご意見ご感想お待ちしております。


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