魔の狼、特訓する
「ぐああああっ!」
群青色の狼が、槍の一撃を受けて勢いよく飛んでいく。
ただ突き出された槍を受けただけで吹き飛ばされるその光景は異様なもので、狼はそのようなことになるなど思いもしていなかった。
その一方で、その技を繰り出した黒髪白装束に赤い鍵付きの首輪をつけられた少年は納得いかない様子で首をかしげていた。
「ん~……おっかしいな~? やっぱり、上手く決まらないなあ」
「く、くそっ……」
そんな銀月に、ギルバートは自らの能力を使っていきなりトップスピードで攻め込んでいく。
しかし弾丸のように飛び出していった彼に、それを待ち受けるかのように鋭く光る刃が向けられた。
「うっ!」
自分の中心を押さえられ、ギルバートはそれを躱そうと横にずれながら鋭い爪で攻撃を仕掛ける。
だが、その攻撃も届かない。銀月はギルバートの間合いを見切り、半歩下がるだけでそれを回避する。
ギルバートの爪は、銀月の目の前の空気を切り裂いて終わった。
「そこだ!」
「ぐはぁ!?」
そうして体勢が崩れたところに、銀月の鋼の槍が叩きつけられた。
ギルバートはその一撃で地面に倒れこむ。この勝負、完全に彼の敗北に終わったのであった。
「……ねえ、ギルバート。最近どうしたんだい? 随分調子が悪そうじゃないか」
そんな彼に、銀月は心配そうにそう声をかける。
普段であれば、ギルバートはこの程度の攻撃を喰らうような失態は犯さないはずなのである。
しかしここ最近の彼は目に見えて攻撃が大振りになり、隙が増えてしまっているのだ。
「……何でも、ねえよ……」
銀月の言葉に、ギルバートは立ち上がろうとしながらそう口にする。
しかし、叩きつけられた槍によって目眩を起こしており、上手く立ち上がれない。
「……そっか。今日はもうやめにしよう。何だか、君は少し疲れてるみたいだ」
そんなギルバートに銀月は小さくそう告げ、立ち上がる前に去っていった。
その様子は、これ以上は無意味であると言うことを端的に述べていた。
「……ちっくしょぉ……」
去っていく銀月の後ろ姿を見て、ギルバートは再び倒れこみ、悔しげにそう口にするのであった。
「なあ、アリス。最近ギルに会ったか?」
魔法の森の中にある白い家の中で、二人の魔法使いが話をしている。
そのうちの一人の白黒の魔法使いが、人形作りに没頭している人形遣いにそう声をかけていた。
魔理沙の質問に対して、アリスは人形の服を縫う手を止め、顔を上げた。
どうやら、この質問は彼女の手を止めるのに十分であったようである。
「そういえば見てないわね。ギルバートがどうしたの?」
「いや、私も最近見てないんだよ。遊ぶ約束をしてたのもすっぽかされたし、何かあったのかと思ってな」
「人狼の里には行ってみたの?」
「もちろん行ってみたんだぜ。でも、あいつ家に居なくて、全然捉まらないんだ。おまけにどこを探しても、誰に聞いても分からないの一点張りだったんだぜ」
「そう……」
カレンダーを見て最後にギルバートに会った日を思い出しながら、アリスは魔理沙に問いかける。
それに対して、魔理沙は普段の彼にあるまじき状態であることを端的に告げる。
ギルバートが連絡も無しに予定を変更することは滅多にないため、何か連絡を取れないような状況にあるのではないかと心配しているのだ。
その話を聞いて、アリスは裁縫道具を片付け始めた。
「人狼の里へ行くわよ。流石に、今回ばかりは放っておけないわ」
アリスはそう言うと、人形達を操って身支度をしながら魔理沙にそう言い放った。
それに対して、魔理沙は大きくうなずいた。
「ああ。いくらなんでも、今のあいつの様子はおかしいもんな」
二人は準備を整えると、人狼の里へと飛び立っていったのであった。
人狼の里に到着すると、二人は真っ直ぐにその中心にある大きな鐘の付いた時計塔をシンボルとした古城へと近づいた。
門の前に立つと、すでに顔見知りとなっている使用人達は一例をして二人を城内へと通していく。
そして二人は、目的地であるギルバートの部屋のドアをノックするのであった。
「お~い、ギル~? 遊びに来たぜ~」
「邪魔するわよ」
返事も聞かずに、二人は部屋の中に入っていく。
しかし、部屋の中にいたのは捜し求めていた金髪の少年の姿ではなく、グレーのスーツに身を包んだ銀髪の壮年の男の姿であった。
「む、君は霧雨魔理沙、君はアリス・マーガトロイドだったか」
「あれ、ギルの親父さん? ギルはどうしたんだ?」
何故か子供部屋にたたずんでいたアルバートに、魔理沙はギルバートの所在を尋ねる。
それに対して、アルバートは小さく首を横に振った。
「……すまないが、ギルは今ここには居ない。あいつは少し出かけている」
「な~んだ……ちぇっ、あいつ最近どうしちゃったんだ?」
アルバートの回答に、魔理沙は落胆した様子でそう口にする。
そんな彼女に、今度はアルバートの方から声がかけられた。
「一つ聞くが、何か心当たりはないか?」
「ん、何が?」
「ギルの異変は私もこの間の終わらない夜から感じていることだ。その夜、一体あいつに何があった?」
アルバートは自らの息子に起きている異変の心当たりを二人に尋ねる。
その話を聞いて、二人はキョトンとした表情で顔を見合わせた。
「あの日の夜から……?」
「なら、原因はあれか、その日に暴走したことか?」
ギルバートに起きた異変の始まった時期を聞いて、魔理沙はその日に起きた大事件のことを口にする。
それを聞いて、アルバートの眼が鋭く細められる。
「……暴走……だと?」
「あの夜、私達は大昔の月を直接見たんだ。それでギルはその狂気にやられちゃったみたいなんだ」
魔理沙は偽ることなくその日に起こったことをアルバートに話した。
その言葉の意味を吟味するかのように、アルバートは目を閉じて考える。
そして、それを確認すると彼は大きなため息をついた。
「……そうか。ならば、狂ったのは一人ではあるまい」
「え、あ、それはな……」
「隠すことはない。私はすでに知っていることだ。狂ったもう一人は翠眼の悪魔。またの名を、銀月。そうであろう、二人とも?」
隠されていなければならないことを言い当てられてあわてる魔理沙に、アルバートはそう口にした。
その口から出た言葉は実に正確に事実を言い当てたものであり、事情を知らなければ答えられないものであった。
それを聞いて、魔理沙はほっとした様子で一息ついた。
「ああ……その通りだぜ」
「知っているのなら隠す必要はないわね。ギルバートは、翠眼の悪魔……あの時は月影って名乗っていた銀月に傷をつけられなかったことを気にしていたわ。それが関係あるのかしら?」
アリスはアルバートに自分の知っている事実を端的に告げた。
それを聴いた瞬間、アルバートは穏やかな笑みを浮かべた。
「ふっ……変わるものだな。あの人間嫌いが、こうまで変わるとはな」
「親父さん……?」
感慨深げにそう口にするアルバートの言葉の真意が分からず、魔理沙はそう声をかける。
すると、アルバートはその穏やかな瞳のまま、二人にそう声をかけた。
「聞こう。真実を知る覚悟はあるか?」
「な、何だ?」
「どういうこと?」
「あいつと向き合うつもりならば、絶対に知らなければならないことだ。それを知る、覚悟はあるか?」
困惑する二人に、再びアルバートはそう口にする。
その目は穏やかで真摯なもの。彼は、二人がどう答えるのかが何となく分かっているのだ。
「当たり前だぜ」
「ええ。それくらいはあるわ」
投げかけられた問いかけに、魔理沙は即答し、アリスも迷うことなくうなずいた。
二人にとって、ギルバートは日常的に関っている大事な友人なのだ。その質問の答えは、元より一つしかないのであった。
それを聞いて、アルバートは満足気にうなずいた。
「……では、ついて来い。あいつは今、ここに居る」
アルバートはそう言うと部屋の本棚へと歩いていく。
壁一面に並べられた古めかしい本棚の前に立つと、アルバートはその場にしゃがみこみ、カーペットを剥がした。
そうして現れた大理石のタイルが敷き詰められた床には、意味ありげに狼の絵が描かれていた。
アルバートは、その狼の絵の上の何も描かれていないタイルをあけ、その下の石を押し込んだ。
すると、本棚が鈍い音と共に上へと引き上げられていき、その後ろから木製の扉が現れた。
その魔法にすら掛からない隠し扉に、アリスが何か不穏なものを感じて眉をひそめた。
「……こんなところに隠し扉?」
「この城の住人でも、私とバーンズ、そしてギルしか知らない部屋だ。ジニが知ったら、おそらく耐え切れまい」
「耐えられない? 一体どういう!?」
扉を開け、螺旋階段を下っていきながらアルバートが口にした言葉に、魔理沙が言葉を返そうとする。
しかし、それは次の瞬間にかき消されてしまった。
「グオオオオオオオ!」
「うわぁ!?」
「きゃああ!?」
突如として、低いうなり声と共に黄金の光の塊が三人に向かって突っ込んできた。
濃密な殺意と共にやってきた突然の襲撃に、魔理沙とアリスは思わず目を覆った。
「ふっ!」
アルバートはその光の塊の前に立ちはだかり、中に手を伸ばす。
するとその黄金の光は動きを止め、静かに輝きを失い始めた。
それを見て、アルバートは険しい表情で目の前を睨みながら口を開いた。
「……制御が甘いぞ、ギル。友の顔すら忘れたか」
「ぐっ……悪い、親父……助かった……」
光が収まると、そこには黄金の毛並みを持つ人狼が立っていた。
その右腕はアルバートの手に捕らえられている。彼は、その右腕で自分の友人を殺してしまう寸前だったのだ。
その姿を見て、魔理沙とアリスの顔からサッと血の気が引いていった。
「な、何だよ、何でお前は暴走してるんだ!?」
「はっ……暴走じゃ、ねえ……これは、修行だ……ぁっ!」
「どこからどう見てもこの前みたいに暴走を無理やり抑えてるようにしか見えないわよ! 一体何をしたのよ!?」
「ち、力を……がっ、ああ……」
取り乱した様子で詰め寄ってくる二人に、ギルバートは荒い息遣いで説明しようとする。
しかし、その途中で彼は苦しそうにうずくまるようにしてその場にしゃがみこんでしまった。
「ふっ!」
「がっ……」
そんな彼の延髄に、アルバートは一切の躊躇もなくかかと落としを叩き込んだ。
突然の父親の息子に対する蛮行に、魔理沙はアルバートに詰め寄った。
「親父さん!? 何やってんだよ!?」
「暴走する前に眠らせただけのことだ。こいつは、満月の力を凝縮して体の中に取り込んだ状態だ。それゆえ、暴走状態になっていたのだ」
「どうしてそんなに危険なことを? 彼も馬鹿じゃない、そう簡単に自分が暴走する危険を冒すなんて考えられないわ」
「そうまでして銀月に勝ちたいのだろう。それくらいしか、私には考え付かんよ」
「それがそうまでする程のことなの? 大体、何故貴方はそれを黙ってみていられるのよ? 自分の子供でしょう?」
怒りをにじませた声で、アリスはアルバートにそう言って食って掛かる。
ギルバートは今とびきりの無茶をしているのだ。それを止める役目である親が、それを黙認していると言う事実が納得できないのである。
「ふっ……これは男の特権だよ。男には、剣を交えることでしか育めない友情と言うものがある。無論、女にもそれはあるのだろうが、男のそれは女のそれとは訳が違う。ギルは、銀月のために自分を変えようとしているのだ」
そんなアリスに対して、アルバートは穏やかな笑みを浮かべてどこか遠くを眺めるような視線でそう口にした。
唯一つの目標を目指してあがく息子の姿に、自らの若い頃を思い出して重ねているのだ。
その表情は、目標に対して努力を続けるわが子を見守る父親そのものであった。
そんな彼に、魔理沙が声をかける。
「自分を変えるだって?」
「ギルは暴走する銀月を自分の手で止めるために、自らの暴走を克服しようとしているのだ。だからこそ、再びこの部屋を開いた。この部屋は、かつて私やバーンズも使用していた、狂気を抑える修行の部屋なのだ」
「再び……ですって?」
「一度失敗しているのだ。魔族の血が混ざっているゆえに、あいつの中に眠っている力は通常の人狼よりも強大だ。それ故にあいつには自分の力を抑えることが出来ず、リミッターが掛けられることになったのだ」
アルバートの言葉に、二人は周囲を良く見回してみた。
硬い岩石で出来ているはずの石造りの壁には、まるでバターか何かを削り取ったかのような無数の爪跡がいたるところに残されている。
その中には巨大なものもあれば、子供がつけたような小さな爪跡が混ざり合っていた。
そのことから、この部屋が昔からこの一族とその眷属が隠れて使っていたことが分かった。
しかし、アルバートの言葉に魔理沙は一つの疑問を抱いた。
「ありゃ? 人狼の血が薄まるわけじゃないのか?」
「最初は私もそう考えていたが、どうやらそうではないらしい。人狼の力は変わらぬまま、昼の顔が人間から魔族に変わった者になる様だ……無理もない話だ。元より人狼とは人間が月の狂気に冒されて変化したもの、私は人狼であり、人間なのだ。ならばギルは人狼であり、魔族なのだと言えよう。その魔力は夜の身体にも存分に発揮される……そして、月の狂気すらも相応に受けるのだ」
人狼は今でこそ群れを成す怪物であるが、元は皆人間なのだ。
だからこそ、月の出ていない昼間はただの人間とほぼ変わらない生活をし、身体能力も人間のままなのだ。
しかし、ギルバートは違う。ランプの魔人であるジニの血を引く彼は、昼間でもただの人間ではなく魔人の性質を持つ半妖となるのだ。
つまり、彼は昼間からすでに妖怪としての性質を持ち、夜になれば更に強大な力を蓄えた魔狼となるのだ。
ところが、元より夜の世界の住人の血が流れている彼は、人の数倍も月の力と狂気の影響を受ける。更に強大な力を得られる代わりに、一般よりも狂いやすいのだ。
彼が今まで無事でいられたのは、掛けられたリミッターと、『あらゆるものを溜める程度の能力』によって抑え込んでいた部分が大きいのだ。
それを聞いて、アリスは納得してうなずいた。
「そういうこと……それで、今それを解除できるように努力していると」
「そういうことだ」
「余計なこと言ってんじゃねえ、親父……」
アルバートの後ろで、金髪の少年がボロボロの身体を支えながら、ふらふらと立ち上がる。
どうやら凝縮した満月の力も薄れたようで、問題なく制御できる状態まで落ち着いたようである。
それを見て、アルバートは小さくうなずいた。
「ふむ、今回は時間切れか。バーンズ」
「こちらに」
アルバートが名を呼ぶと、紫紺の執事服に身を包んだ老齢の執事が現れた。
その彼に、アルバートは振り返ることなく用を話す。
「後の始末を頼む。それから、客人に茶のひとつでも出してやってくれ」
「かしこまりました」
バーンズはそう言うと、音もなく準備を始めるのであった。
しばらくして、普段からお茶会に使っているバルコニーにお茶が並べられた。
その場にいるのは、客人である魔理沙とアリス。そして今、問題の渦中のギルバートがやってきた。
ギルバートはすたすたと早足でやってくると、何も言うことなく二人が待つテーブルに着席した。
「ギル、お前は」
「何も言うんじゃねえ。お前達の言いたいことは分かってる。ったく、あの親父、中に入れるなって言ったのに……」
目を瞑ったまま、ぶつぶつと文句を言いながらカップに茶を注ぐギルバート。
どうやら誰にも知られたくなかったらしく、すごく不服そうな顔をしていた。
そんな彼に、ある程度の事情をあらかじめ知っていたアリスが呆れ顔で声を掛けた。
「だから、何も一人で背負い込むことはないでしょう? 意地を張ってたってしょうがないわ」
「これがただの意地なら、とうに俺は投げ捨ててるさ。だが、こいつはそうじゃない。そうじゃなくなったんだ」
アリスの言葉に、ギルバートは少し語気を強めてそう口にする。
それを聞いて、魔理沙が怪訝な表情で口を開いた。
「はあ? 何でだよ?」
「お前達、月影に勝てるか? それも、一人でだ」
ギルバートはそう言いながら二人を見る。その視線は鋭く、異様な緊張感と圧迫感を持つ視線であった。
その視線に射抜かれて、魔理沙は出てきかけた言葉を飲み込んで、頬をかいた。
「……そりゃあ、あいつを一人で倒せって言うのは難しいかもな」
「それは無理だけど、だからこそ力を合わせるんじゃない。実際、この間はそれで勝てたでしょう?」
素直な感想を述べる魔理沙に、自分の考えを端的に述べるアリス。
しかしその意見を聞いて、ギルバートは唖然とした表情を浮かべた。
「勝てた? あれは勝ったんじゃない。あれは月影にあれ以上戦う気がなかっただけだ。それに、俺の相手は暴走した銀月だ。あいつがいつ暴走するかなんて、誰にも分からない。なら、一人でも食い止められる奴が多いほうがいいだろう?」
「だからって、それを貴方がやる必要は」
「……あるんだよ。奴が悪魔化して暴走しない方法なら母さんが調べるし、あいつを最終的に取り押さえるのは親父さんの仕事になるだろうさ。でもな、あいつは普段俺や霊夢、魔理沙のそばに居るんだ。万が一のとき……仲間を守れないのだけはご免だ」
アリスの言葉を遮って、自分の遺志を告げるギルバート。
ただの一撃も、太古の月の魔力を存分に受けてすらも通せなかったと言う事実。それは彼に深いトラウマを植え付けていた。
何故なら、月影に触れることすらできなかったということは、暴走した銀月に今の自分では一切太刀打ちできないと言うこと。
更に言えば、それはもっと重大なこと……銀月が暴走したときに、自分で仲間を守れないということを示しているのであった。
ギルバートは苛立ちを抑え込むようにカップを傾け、まだ熱いお茶を飲み干す。
そして一息つくと、ギルバートはすぐに立ち上がった。
「……悪いが、話はここまでだ。休憩時間はもう終わりなんでね」
「あ、こら待ちなさい!」
立ち去ろうとするギルバートにアリスが声を掛けるも、彼が立ち止まることはない。
結局、ギルバートは自分の意見を言うだけ言って立ち去っただけであった。
「ギル……」
そんな彼を、魔理沙は困惑した目で見送った。
ギルバートがそういう性格の男だということは理解しているし、言っていることの意味も分かっている。
だが、そのために彼が身体を死ぬほど痛めつけているというのは、大きな心配事の種になったようであった。
「あの、馬鹿。一人で背負い込んで、誰が貴方の背中を守るのよ……」
その隣から、感情を押し殺した、小さく震えた声が聞こえてくる。
その声を聞いて、魔理沙は声を発した人物のほうを向いた。
「アリス?」
「私、もう帰るわ。あいつが聞く耳を持たない以上、私達がここに居る意義はないわ」
アリスは顔を伏せたまま、低く沈んだ小さな声でそう口にして飛び去っていった。
それはとても急ぎ足のもので、帰るときに挨拶をしていく普段の彼女では考えられないことであった。
「あ、おい……」
後には、魔理沙一人だけが残された。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
数時間後、秘密の部屋の中では金髪の少年の姿のギルバートが倒れていた。
もう息も絶え絶えであり、指一本動かせそうにない。
そんな彼の姿を見て、アルバートはパイプの煙をくゆらせながらため息をついた。
「今日はもうここまでにしておけ。それ以上は体が持たん」
「くっそ……これだけやって五分しか持たねえのかよ……」
悔しげな声でそう口にしながら、ギルバートは震える手で床を押して立ち上がろうとする。
アルバートはそんな彼の身体を引き起こし、肩を貸して立ち上がらせた。
「五分持つだけでも十分な進歩だと思うがな。あまり焦っても良い事はない」
「なら、明日は十分持たせてやる」
「却下だ」
疲れ果てた状態で気を吐くギルバートに、アルバートはそう言って切り捨てた。
その言葉に、ギルバートは睨むような視線を父親に向けた。
「なに?」
「その五分のために、何日費やしたと思っている? 明日は一日休養だ。外に出てリフレッシュして来い」
「そんなことしている余裕は……」
「今の銀月がそう簡単に暴走するようには見えないがね? 何を以って余裕がないと言っているのかね?」
「ぐっ……」
ギルバートの反論を、アルバートは理路整然とした言葉で叩き潰す。
反論に失敗したギルバートは、こぶしを硬く握り締めながら自らの部屋へと帰ってくる。
「ギル!」
するとそこには、心配そうな表情を浮かべた魔理沙が待っていた。
その姿を見て、ギルバートは少し呆れたといった表情で彼女を見やった。
「……なんだ、まだ居たのか」
「そんな時化た表情してたら気になるんだぜ。気持ちは分かるけどな、ちっとは休めよな?」
「……今しがた明日休養を言い渡されたところだ」
ギルバートは不服そうにそう口にする。
そんな彼に対して、魔理沙は嬉しそうに彼の手を握った。
「本当か!? じゃあ、明日は一緒に遊びに行こうぜ!」
「……分かったよ」
魔理沙の誘いに、ギルバートは不承不承ながらも頷いた。
そんな二人の様子を見て、アルバートは大きく頷いた。
「ふむ。気分転換にはちょうど良かろう。では、私は部屋に戻るぞ」
アルバートはそう言い残して部屋を出て行った。
「なあ、明日は人里に行こうぜ! この間良い店を見つけたんだ!」
「……そうだな」
はしゃぐ魔理沙の顔も見ずに、ギルバートは気の無い返事をする。
その彼の目は、わずかながらに凶暴な光をたたえていた。
「旦那様、宜しいのでしょうか?」
アルバートが息子の部屋から出てくると、年老いたしわがれ声が横から聞こえてきた。
その声を聞いて、アルバートは立ち止まって振り向いた。
「何がだ?」
「ギルバート様のことです、外に出たら、まず間違いなく自分より強い相手にあの力を使われるかと」
そう話すバーンズの口調こそ礼儀正しい執事のものであるが、瞳は主人に向けるものではなかった。
それは主従の関係を超えた友誼を結んだ相手に警告をするような目であった。
「問題なかろう? あいつはそのあたりの管理が出来んほど馬鹿ではない。それに、あいつの交友関係を甘く見ては困る」
しかし、それに対してアルバートは笑みを浮かべた。
それはギルバートやその周囲を取り巻く面々を心の底から信頼している証拠であった。
それを見て、バーンズも安堵した表情を浮かべた。
彼もまた、目の前の自分の主にして旧友を心の底から信頼しているのだ。
「左様ですか。しかし、ギルバート様もお父上に良く似ていますな」
「お互い様であろう、バーンズ。私から言わせれば、時折銀月と人間だった頃のお前が重なって見える時があるぞ」
「銀月さんと私めが、ですか?」
「ああ。どこの世界に人狼と仲良く喧嘩する聖騎士団長が居ると言うのだ?」
「はっはっは、そんなこともありましたな」
二人は楽しげにそうして語り合う。
そこには、長い時を経た男同士の深い友情が存在した。
「……久々にやるか? あの二人が闘うように、昔の我々を思い出しながら」
ふと穏やかな表情で目を閉じながら、アルバートはそう口にする。
脳裏には、セピア色に色褪せた若かりし日々が映し出されている。
その古びた時代への懐古の情が、その言葉の節々に表れていた。
「……ああ、良いですな。たまには昔に帰るとしましょうか、アルバート?」
アルバートの言葉に、バーンズもしみじみとそう答える。
その表情は、いつもよりも若々しい。彼は今、忠実な老執事から勇敢な聖騎士団員へと心が若返っているのだ。
二人は肩を並べながら、城の外へと歩いていった。
その後、二人は熱くなり過ぎて城の壁に大穴をあけ、びっくりしてわんわん泣きじゃくるジニを宥めるのに一昼夜を費やすことになった。
と言うわけで、ギルバートの裏事情を少しばかり出させていただきました。
この前銀月にパワーアップが来たので、その件で相当焦っている様子。この後もなにやら色々やらかしそうです。
魔理沙やアリスも、滅茶苦茶なことをしている彼のことが気に掛かっている様子です。
……それにしても、どうしてこいつはこんなに格好いいキャラになってしまったのやら。
どう考えても将志や銀月よりも主人公らしい主人公している気がする。
それから、アルバートとバーンズの関係を少し書かせてもらいました。
この二人の関係を例えるならば、某吸血鬼の旦那とその主のパーフェクトな執事の間柄ですね。
そして毎度オチに使われるジニ夫人。泣き虫キャラはある意味最強です。
では、ご意見ご感想お待ちしております。