銀の月、後をつける
ある日のこと、将志は静かに瞑想をしていた。
彼の身体からは淡く銀色の光が発せられており、全身を覆いつくしている。
その光は段々と輝きを増しながら足先と頭から胸によっていき、右手へと集まっていく。
そして全ての光が右手に集まり銀色の太陽のように輝きだした頃、将志はそっとその黒耀の瞳を開いた。
「……完成だな」
そう口にする将志の何もなかったはずの右手には、スパンコールのように輝く銀色のリボンが存在した。
将志はそれを丁寧に紫色の布を敷き詰めた桐箱にしまい、青い絹の布でくるんで赤い丸紐で結わえ付けた。
そして静かにそれを収納札にしまいこむと、ふらりと部屋の外へと出てきた。
すると、正面から歩いてくる桔梗柄の赤い単衣を着た銀髪の女性を見つけ、将志は声を掛けた。
「……六花、出かけてくる」
「あら、お出かけですの? 今日は大事な用があるから、部屋にこもっているのではなかったんですの?」
突如話しかけてきた将志に、六花は訝しげな表情で彼を見やった。
今日の朝方に言われた言葉と、明らかに矛盾した行動を取っているからであった。
それに対して、将志は満足げな表情で首を横に振った。
「……いや、初めて行う作業だった故、少々大げさに時間を取っただけのことだ。実際にやってみれば、何のことはなかった」
「いくらなんでも大げさ過ぎではなくて? あれから一時間も経っていませんわよ?」
将志の発言に、六花は盛大な呆れ顔でそう口にした。
どうやら朝方と言うのは、つい一時間前のことの様であった。
そんな六花の表情を見て、将志は流石にいたたまれなくなって視線をそらした。
「……まあ、何だ。何事も万が一のときを考えてだな……」
「限度がありますわよ、お兄様」
「……とにかく、出かけてくる。後のことは任せたぞ」
将志はそう言うと、ジト眼をくれる六花の目の前から速やかに退散するのであった。
ところ変わって、迷いの竹林の中の大きな屋敷、永遠亭。
そこに先程自宅兼仕事場を飛び出してきた銀髪の戦神がやってきた。
彼は挨拶もそこそこに、真っ直ぐに自らの主の元へと向かうのであった。
「あら、お帰りなさい。今日は非番なのかしら?」
その主である永琳は将志の姿を見るなり嬉しそうにそう口にした。
なお彼女の言葉の理由だが、自分の従者なのだからここに住むべきという主張をして藍と愛梨に却下されたことに対するささやかな反抗の意味である。
そんな主に、将志は小さく深呼吸をすると口を開いた。
「……主、実は一つ渡すものがあるのだ」
「渡すもの?」
「……これだ」
将志はそう言うと収納札から丁寧に梱包された箱を取り出した。
その包みを見て、永琳は思わず苦笑いを浮かべた。
「随分と物々しい包みを持ってきたわね。私とあなたの仲なのだから、ここまでしなくても良かったでしょうに」
「……そうか? 俺は主への贈り物と考えてそうしたのだが」
永琳の言葉に、将志は表情を変えずに少し不安げな目で彼女を見ながらそう口にした。
そんな彼とその言葉に、永琳は嬉しそうに目を細めた。
「ふふっ、ならその気持ちとして受け取っておくわ。開けてもいいかしら?」
「……ああ」
将志がそう言うと、永琳は包みを解いて中身を見た。
「これ、リボンかしら?」
「……俺が籠められる限界まで、ありとあらゆる力を詰め込んだものだ。この前紫に切られた髪留めの代わりにでも使って欲しい」
「ありがとう。早速使わせてもらうわ」
永琳はそう言うと自分の髪を結わえている髪留めを取り、送られたリボンを結わえ付けた。
そして自分の髪に結ばれたリボンを眺めて、彼女はにこやかな笑みを浮かべた。
「ふふっ、何だか体が温かいわ。これもあなたの力かしら?」
「……流石に俺にそんな力はないぞ?」
「いいのよ。私が勝手にそう思っているのだから。さあ、行きましょう?」
永琳はそう言いながら、将志の手を引いて外に出ようとする。
そんな彼女に、将志はよく分かっていない表情で首をかしげた。
「……行くって、どこへだ?」
「新しい髪留めのお披露目に、デートしたいのよ」
「……随分急だな」
「良いじゃない。お互い忙しいわけでもないんだし。それに、人里の人間達にもちゃんと教えてあげないとね」
「……教えるとは?」
「貴方が一体誰のものなのか。どうも、今まで藍が私が外に出られないのを良いことに好き放題やってたみたいだから、本当の所有者が誰なのか思い知らせないといけないわ」
怪訝な表情をする将志に、永琳は意気揚々とそう口にして彼を引っ張っていく。
その姿は、自分の宝物を見せようとしてはしゃぐ、無邪気な子供のようなものであった。
そんな二人の姿を、物陰から覗く影があった。
「……だってさ、鈴仙さん」
「……師匠のことだから、絶対に人目を気にせずいちゃつくんだろうなぁ……」
黒髪白装束の少年の言葉に、ウサ耳ブレザーの少女がそう口にする。
銀月が何故ここに居るかといえば、定期健診を受けるように勧められて、たまたま今日受けに来たからである。
そんな彼は鈴仙の言葉に深くうなずいた。
「……だね。むしろ見せ付けてやる、とか日頃言ってる人だし……」
「……ちょっと後をつけたほうが良さそうだね」
「……うん、父さん達が何かやらかすその前にね……輝夜さんとてゐさんはどうする?」
銀月は思いため息と共にそう言うと、畳の上で寝転がって漫画を読んでいる輝夜と、机の上で小細工をしているてゐに声を掛けた。
なお、輝夜の漫画は宴会で親しくなった外来人から借りたものであり、てゐの小細工は狩猟用の罠である。
「私はパス。誰が好き好んで胃潰瘍になりたがるものですか」
「私もよ。あの二人のバカップルは精神衛生上よろしくないわ」
二人はとても面倒くさそうにそう答え、ひらひらと手を振る。
それを見て、二人は再び重苦しいため息をついた。
「じゃあ、行こっか、鈴仙さん」
「うん、そうだね」
二人はそう言うと、軽く身支度をしてバカップルの後を追うべく人里へ向かうのであった。
将志は永琳の手を引きながら、ゆっくりと人里の入り口に降り立つ。
彼は永琳の両足がしっかりと地面に付くのを確認すると、人里の入り口の中を覗き込んだ。
人里の入り口は人狼の里や銀の霊峰を中心とした他所からきた商人たちが集う交易市へと発展しており、商人のみならず大勢の買い物客でにぎわっている。
いつもの人里の風景に異常がないことを認めると、将志は彼女に話を切り出した。
「……それで、人里まで来たわけだが……何をするのだ?」
「そうね……今日はここに何があるのか案内してくれるかしら?」
「……了解した」
将志が先に人里に入ろうとすると、永琳はすかさず手のつなぎ方を指を絡める恋人つなぎに変え、彼の二の腕しっかりと抱きかかえた。
自分にぴったりとくっつく彼女に、将志は少し気になって声を掛けた。
「……そんなにくっついて歩きづらくないか? 場合によっては転ぶぞ?」
「そんなことは二の次よ。言ったでしょう、あなたがいったい誰のものなのか思い知らせてやるって。それに、あなたの事だから転ぶ前に受け止めてくれるでしょう?」
「……そうか」
自分に全幅の信頼を寄せる彼女の瞳に、将志はそれ以上何も言わずに歩き出す。
銀色の髪の二人組みの姿は街中でもよく目立ち、周囲の視線を集めることになった。
突然の戦神の登場に人々は驚き、更にその様子を見て一気にその道を空けていく。
その様子はまるでモーセ。彼が海を割るように、将志は人混みを真っ二つに分断したのであった。
「うわぁ……いきなりこれかぁ……」
そんな二人を、後を追ってきた銀月は唖然とした表情でその様子を見ていた。
なお、彼の服装はいつもの白装束ではなく、町の人間に溶け込むように緑と深緑の千鳥模様の着流しを着ている。
「な、なんだか、町の人の視線がすごいんだけど……」
「そりゃあ有名人が街中であんなに堂々とバカップルやってりゃそうもなるって」
一方で鈴仙は目の前の二人を見る一般人の驚きの視線を見てそう口にする。
彼女はいつもの服であるが、特徴的な長い耳を隠すために白い帽子をかぶっている。
開いた口がふさがらない様子の銀月に、鈴仙は気になることを聞くことにした。
「ところで銀月君、隠れたりしなくていいの?」
「その必要は無いよ。こういう時はむしろ堂々と人混みにまぎれれば良いさ。下手に隠れようとすると、逆に目立つからね」
「そうなの?」
「ああ。さあ、こっちもゆっくり歩いて追いかけよう」
銀月はそう言うと、人混みの中を先陣を切って歩き出すのであった。
しばらく後をつけていくと、将志が市場の一角に足を止めて店主と話しているのを発見した。
そこは人狼の里から届いたバジルやセージなどの香草類の他、蓬や山椒などの東洋の野草や香辛料なども取り揃えた専門店であった。
そこは将志が普段から懇意にしている店であり、店主とも親しいようであった。
「あら、これは将志さんじゃないの。あれ、今日は別の人と一緒なのね?」
「……ああ。このたびようやく主が外に出られるようになったのでな。案内をしていると言うわけだ」
「違うでしょ、将志。これはデートよ。町の案内なんて後で良いわ」
歳若い女性の店主に、将志は今の様子を簡潔に口にする。
しかし、それがその内容が気に食わなかったのか若い女と将志が話しているのが嫌だったのか、永琳は抱いた将志の腕を軽く絞めながらそう口にした。
その行為と視線に見られる彼女の自分に対する威嚇行動に、店主は苦い笑みを浮かべて将志を見やった。
「……将志さん、ひょっとして二股掛けてるの?」
「……そういう風に見られて居たのか、俺は?」
「そりゃあそうよ。だって、将志さんと藍さん、腕を組んだり尻尾巻きつけたりして夫婦みたいだったもの。少なくとも、藍さんは旦那を見るような目をしてたわ」
意外そうな将志の反応に、店主は軽く頭を抱えながらそう口にした。
藍にそれが普通であると吹き込まれ続けてきた将志には、一体それが周囲にどういう風に見られているのかが全く分かっていなかったのだ。
その店主の言葉から藍の諸行を知って、永琳はむっとした表情を浮かべた。
「ふうん? 藍ってば、本当に好き勝手してくれたのね……将志、ちょっとこっち向きなさい」
「……む? どうした、あるっ」
将志が自分の方を向くなり、いきなり永琳は将志の唇を奪いにかかった。
突然のその行為を見て、店主は苦笑いを浮かべて二人を見た。
「あらあらまあまあ。見せ付けてくれるわね」
「誤解されたら困るのよ。将志は私の従者。つまり、私のものよ。今は泳がせているけど、最後には絶対私のところに戻ってきてもらうんだから」
女店主に威圧感を掛けながら、永琳はそう口にする。
どうやら彼女の中で将志の恋人が藍になっていたことが余程気に食わなかったらしく、それを是正しようとその行為に及んだようである。
「それから、もう一つ」
「……む?」
永琳はそう言うと、三つ編みにした自分の長い銀色の髪をマフラーのように将志の首に巻きつけた。
それを受けて、将志はきょとんとした表情で彼女を見る。
「……これは?」
「私に尻尾はないけれど、似たようなことは出来るわ。これがその代わりって訳よ」
「……そうか」
将志は特に何も思わなかったのか、ただ静かにそう話すのみ。
そんな彼に、店主は笑みを浮かべながら将志に話しかけた。
「モテる男はつらいわねえ。後ろから刺されないように気をつけなさいよ?」
そう話す彼女の表情は、若干引きつっていた。
「……先が思いやられる」
「師匠ってば、公衆の面前で何やってるのよ……」
「というか永琳さん、いくらなんでもここまでくれば怖いって。父さんはそこら辺の感覚が麻痺してるからいいけどさ」
「それに慣れるって、将志さんどれだけ修羅場くぐってるんですか……」
その一部始終を見ていた二人は、揃って頭を抱えて天を仰いでいた。
バカップル通り越してヤンデレの域に達しかかっているその行為に、思わず頭を抱えるしかなかったのだ。
そしてひとしきり頭を抱えると、二人は揃って疲れたように肩を落とした。
「……もう今に始まったことじゃないから諦めよう。今はまだ視覚的被害ですんでるけど、周囲に実害出さないとも限らないからね」
「……そうだね、将志さんが妙なことやって師匠が暴れだしたら大変だし」
そう言い合うと、二人は重い足取りで再び市場をめぐっているバカップルの後を追うのであった。
しばらくして太陽が空高く昇り、人々は市場から引き始めた。
その人々の行き先はほとんどが食堂であり、にわかに賑わいを見せ始めていた。
そんな彼らに釣られてか、永琳は立ち止まってあたりを見回し始めた。
「そろそろ昼食にしたいのだけど、どうしようかしら?」
「……ふむ、昼食なら当てがある。そこに行くとしよう」
将志はそう言うと、相変わらず肩にくっついている永琳と共に市場から消えていく。
「移動するみたいだね」
「うん。こっちも早く追おう」
そんな二人を見て、追跡者は後をつけていく。
銀月と鈴仙は手をつないでいる。これは銀月の『限界を超える程度の能力』を共有することで聴力を向上させ、将志達の言動を逃さないようにするためのものであった。
しかししばらくして、銀月は首をかしげることになった。
「あれ? おかしいな、飲食店街は反対方向なんだけどなぁ?」
「そうなの?」
「そうさ。あっちにあるのは事務所と銀行くらいなんだけど……」
銀月は後を追いながら頭を捻る。
交易市は先程のように多くの人妖が集まる場所である。当然ながら、そこにはその客を狙った飲食店も多数存在するのだ。
しかし、将志は何故か市場を出て人里の市街地の方へと歩いているのだ。
その市街地には商店が少なく、事務所や役所、銀行などが立ち並ぶ、いわゆるオフィス街のようなものであった。
昼休みになって会社から出てきた奉公人に混じりながら、将志はきょろきょろと辺りを見回す。どうやら何かを探しているようである。
そしてしばらくすると、将志は何かを見つけてニィッと笑った。
「……居たな。主、少し待っていてくれ」
「え? 分かったわ」
訳が分からずきょとんとする永琳を置いて、将志はその目標物に対して歩いていく。
そこに居たのは、スラックスとカッターシャツ姿で弁当を売り歩く銀縁めがねの青年であった。
「……善治」
「ん? あんたは銀月の父親じゃないか。俺に何の用だ?」
「……弁当を二つと、今日のお勧めの場所を所望する」
将志は善治に簡潔に要望を述べる。
すると善治は少し目を細めて彼のことを眺めると、全てを理解してうなずいた。
「……成程ね。この二つでいいな?」
そう言って取り出したのは和風ハンバーグ弁当と鯖の塩焼き弁当。
その二つの弁当を見て、将志は満足げに笑みを浮かべてうなずいた。
「……流石だな。言わずとも注文が分かるか」
「それほどでも。それから、今日のお勧めは中央広場だ。天気もいいし、今日なら間違いはない」
将志の言葉にも、善治は涼しい表情でそう言って返す。
彼は将志の過去をのぞき見て、朝食や前日の夕食、そして彼の考えた今夜の献立まで全てを探り、彼が望む弁当の種類を推測したのだ。
更に言えば、彼は将志が自分のそれを面白がっていることをしっかり理解し、将志の考える献立の癖を自分なりに把握しているため、ピタリと当てられるようになっているのだ。
そんな彼に感心しながら、将志は注文した弁当を受け取り代金を支払う。
「……そうか。では、確かにいただいたぞ」
「毎度あり。あと、オーナーによろしく」
善治は一礼すると、再び通常業務へと戻っていった。
「……まさか、これが目当てとはね……」
一方、将志の考えていた昼食が自分の想像の範疇を超えていた銀月は、速まる心臓の鼓動を抑えるのに苦労していた。
そんな彼の様子に、鈴仙は訳が分からず首をかしげた。
「銀月君、どうしたの?」
「おやおや、これはオーナーシェフ様じゃねえか。何やってんだ?」
鈴仙の言葉に銀月が反応するよりも早く、後ろから別の男の声が掛けられた。
その声を聞いて、銀月はその主である青い特攻服に赤いサングラスを掛けた黒髪の弁当売りに向き直る。
「ちょっと待って、雷禍。今は重要な用事があってだね……」
「あ、あの、銀月君?」
その銀月の後ろから、更に鈴仙が声をかけた。
今一度銀月が振り返ってみると、鈴仙は何やら目を丸くして自分の方を見ている。
それがどういう意味か分からず、銀月は鈴仙に問いかけた。
「どうしたのさ?」
「その、オーナーシェフってどういうこと?」
「さっき父さんが買った弁当、俺が作った奴なんだよ」
「そ、そうなの?」
思いがけない事実に、鈴仙は驚いた表情で雷禍の手元の弁当を見る。
あの将志がこれを目当てにして探すくらいの弁当の作り手が、自分の知り合いだったことに驚いたのであった。
そんな彼女の様子を見て、雷禍は銀月の脇をひじでつついた。
「……おい、銀月」
「ん? 何だい、雷禍?」
「テメエ人様が仕事中だってのに逢引たぁ、良いご身分じゃねえか。あぁん?」
雷禍はそういうと、銀月に向かって鋭いローキックを放った。
それに対して、銀月はとっさに飛びのくことでその攻撃を回避した。
「うわっ、いきなり何するのさ!?」
「うるせえ! リア充は黙ってくたばりやがれ!」
弁当を落とさないようにバランスを取りながら、雷禍はローキックやハイキックを次々と銀月に放っていく。
銀月はそれを避けながら、脱力した様子で盛大にため息をついた。
「……逢引じゃないから。逢引してるのは、あっち」
「あぁん?」
雷禍は怪訝な表情で銀月を見ると、彼が指差した方を見やった。
「あら、お弁当が目当てだったのかしら?」
「……ああ。この弁当が下手な食堂で食べるよりも美味いものだと言うのは俺が保障しよう」
「あなたがそうまで言うのなら期待しておくわ」
そこでは、将志と永琳が仲睦まじくお互いの腕を絡ませあって歩く姿が見られた。
その様子は誰がどう見ても恋人以上の関係のものであり、どことなく近づきがたい雰囲気であった。
その空間を作り出すカップルの片割れを見て、雷禍の顔が一気に引きつったものに変わった。
「……げ、あの姉ちゃんは……」
「うん。君の場合下手なことすると本気で命が危ないと思うから、手を出さないほうがいいと思うよ」
銀月は雷禍にそう忠告する。
雷禍は以前の宴会のときに永琳ににらまれたことがあり、おまけに矢を数本至近に打ち込まれたこともあるのだ。
つまるところ永琳に邪魔者扱いされているのだから、下手にちょっかいを掛けた瞬間に彼の命が風前の灯になるのは明白な事実なのであった。
当然ながら雷禍がそれを一番理解しているので、彼は青ざめた表情で深呼吸をした。
「くわばらくわばら、あの姉ちゃん兄貴のことになると眼つき変わっからな。で、テメエは何してんだ?」
「父さんの天衣無縫な動きで永琳さんが周囲に被害を及ぼさないかの確認」
「OK、把握。絶対に生きてもどれよ」
雷禍はそう言うと、にこやかな表情でぐっとサムズアップしてそそくさと去っていった。
どうやら余程永琳と係わり合いになりたくないようである。
そんな彼の横で、鈴仙が物憂げなため息をついた。
「……逢引かぁ……」
「逢引がどうかしたの……そうだ、ちょっとごめんよ」
銀月はそう言うと、懐から収納札を取り出して何かを取り出した。
何やらゴソゴソやっている銀月に、鈴仙は首をかしげる。
「え、どうしたの、銀月君?」
「ちょっとこれもって」
そう言うと、銀月は手にしたものを鈴仙に手渡した。
それは麻布で作られた手提げ袋で、街中でよく主婦が手にしているものであった。
「……買い物袋?」
「俺もそこそこ有名になってるもんだからね。鈴仙さんとただ一緒に居るとすごく目立つんだ。恋人同士だと思われたら、おそらく父さんと同じくらい目立ってしまうよ」
銀月はそう言いながら、自分の分の買い物袋を肩に下げる。
それを聞いて、鈴仙は納得してうなずいた。
「そっか、だから買い物客として紛れ込むんだね」
「そういうこと。ついでだし、今日の夕飯の材料でも買っていこうか……ってその前にお昼だったね」
「あ、それならさっきのお弁当買っておいたよ」
「い、いつの間に……」
鈴仙の手に握られた二つの弁当を見て、銀月は少し困ったように笑うのであった。
将志達が善治の案内に従って広場に行くと、何やら人だかりが出来ていた。
広場の中央には簡単なステージのようなものが常時設置されており、その周りには将志と同じように弁当を持っている人も居るが、それ以上に人が集まっている。
そしてステージの上には黄色とオレンジの二色で塗られた大きなボールがあり、その上にオレンジ色のジャケットにトランプの柄の入った黄色いスカートを身に付けたうぐいす色の髪の少女が立っていた。
道化師である彼女の顔には、左目の下に赤い涙が、右目の下に青い三日月が描かれている。
「さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! これから、笑顔の魔法使いがみんなをにこにこ笑顔にしちゃうよ♪」
「……なるほど。広場がお勧めというわけだ」
手にした黒いステッキをくるくると回しながら周囲に呼びかける愛梨に、将志は勧められた理由に納得する。
一方で、よく目立つ銀色の髪を見つけた愛梨は嬉しそうにその方へ向かって手を振り始めた。
「あ! 将志くんに主様! やっほ~♪」
「……今日はゆっくり見させてもらうぞ、愛梨」
「おっけ~♪ 将志くんはあんまりこういうことないからね♪ よ~っし♪ 僕はりきっちゃうぞ~♪」
愛梨はボールの上で楽しそうに跳ね回ると、宙返りをしながらボールから飛び降り、客席に向けて赤いリボンの付いたシルクハットを取りながら礼をした。
「これから始まるは平和の祝い。穏やかな日常に感謝の気持ちをこめて踊らせていただきます。皆様、笑顔の準備をお忘れなく。これより開演にございます」
愛梨がそう言って顔を上げた瞬間、何もないはずの彼女の上から五つのボールが落ちてきた。
彼女はそれを後ろへの宙返りと共に次々に受け取りながら、ボールの上に乗ってジャグリングを始める。
「キャハハ☆ まずは五つの玉の舞を楽しんでね♪ どんどんいくよ~♪」
愛梨の手の中で、ボールは宙を飛んだり地面を跳ねたり、さまざまな形で動いていく。
その様子はまるでボールが生きているよう。統率されたパレードのように、ボール達は愛梨の意のままに踊り続ける。
「今度はボールのお友達が増えるよ♪ それっ♪」
愛梨がそういった瞬間、その手の中からどこからともなくボールが増え、最後には十二個ものボールを操り始める。
その芸当に、人間も妖怪も目を釘付けにされる。彼女の芸は誰にでも出来るものではない。彼女の芸は魔力や妖力によるものではなく、純然たる技術。それ故に、力の強い妖怪でも楽しめるのだ。
「キャハハ☆ 今度は君の番だよ、将志くん♪」
愛梨はそう言うと、客席の将志の頭上に向けて七つのボールを投げた。
それを受けて、将志は背負った銀の槍を取り出して飛び上がった。
「……これをやるのも随分久しぶりだな」
将志はそう言うと、愛梨から投げられるボールを次々に手にした槍で宙に跳ね上げた。
中心でくるくると踊るように回りながら、上に跳ね上げた七つのボールを落とさないように打ち上げる。
戦神の槍の演舞によって周囲を取り囲むように銀の光が走り、その上で七つの玉が弧を描きながら跳ね踊る。
その様子はまた奇妙なものでもあり、美しいものであった。
「……返すぞ、愛梨」
「わわっ!? ちょっと待って!?」
将志がボールを槍で愛梨に打ち返すと、残った五つのボールでジャグリングしていた愛梨は飛ばされた分だけボールを投げ返した。
それを将志は器用に槍で受け止めながら、一つずつボールをはじき返していった。
将志と愛梨の間では、いくつものボールのやり取りが行われる。自分の頭上を飛び回るボールに、観客達は大いに沸きあがった。
「……もう良いだろう? まとめて返すぞ」
「おっけ~♪」
将志は七つのボールを全てまとめて愛梨に向かって打ち出した。
愛梨はそのボールを次々に受け取りながら、まるで魔法のように手元から消していく。
どうやらボールの芸はいったん終わりにして、次の芸に移るようである。
将志も地面に降り立ち、再び永琳の元へと戻ってきた。
「……将志、あなたもなの?」
「……ふっ、これでも昔は旅芸人だったのでな」
目を丸くする永琳に、将志は当時を懐かしむようにそう言って笑う。
それを聞いて、永琳は心底意外そうに首を横に振った。
「あなたが旅芸人だ何て、正直想像がつかないわ。銀月みたいなことも出来るのかしら?」
「……銀月のように多彩なことは出来んよ。修行の一環になることしかしていなかったからな」
将志が覚えた芸は、その全てが槍を使ったものである。
愛梨や銀月のように相手を楽しませることを目的とはしていなかったため、そこまで多くのことを覚えようとはしなかったのだ。
……もっとも、その一部分が尖りすぎているために彼は彼で劇団の人気の一翼を担っていたのだが。
そんな彼の話に、永琳はくすくすと笑った。
「ふふっ、確かにあなたならやりそうね。さあ、愛梨の芸を見ながらお弁当を食べましょう?」
「……そうだな」
二人はそう言いながら、先程買った弁当を食べ始めるのであった。
一方将志が芸を披露している頃、銀月と鈴仙は離れたところでその様子を見ながら弁当を食べていた。
両手がふさがっているので、二人はぴったりくっついて銀月の能力が有効になるようにしている。
そのおかげで、鈴仙も将志の芸を見ることが出来、雑踏の中の永琳の声も正確に聞き取ることが出来るのであった。
「父さん、相変わらずあの手の芸が上手いな。いっそ愛梨姉さんと芸人で通してもよさそうだ」
「う~ん……分からないなぁ……」
父親の芸に感心している銀月の横で、鈴仙がそう言って首をひねっている。
そんな彼女に、銀月は演舞を終えて地面に降りた将志からその方に目を向けた。
「父さんが何で旅芸人をしてたのかって話?」
「え、将志さん旅芸人だったの?」
銀月の問いかけに、鈴仙はびっくりした様子で銀月に問い直した。
……どうやら、話の内容が上手くかみ合っていないようである。
少し間をおいて、銀月は困った笑顔で頬をかいた。
「あ~……えっと、何が分からなかったのさ?」
「どうしてこのお弁当は冷めてもこんなに美味しいのかって話だよ?」
「…………」
鈴仙の疑問に、銀月はどっと疲れた様子で肩を落とすのであった。
弁当を食べて、永琳は少々驚いていた。
将志が勧めたものとはいえど所詮は他人の弁当と思っていたが、自分の想像していたものよりはるかに美味しいのだ。
「確かに美味しいお弁当ね。冷めているのに、不思議とそれが自然と思えるような味だわ」
「……当然だ。その弁当を作ったのは銀月だからな」
「ああ、それなら美味しいのは当然ね。だって、銀月は将志の一番弟子だもの」
「……正確には、今の一番弟子だがな」
説明を聞いて永琳は納得してうなずき、将志もどこか嬉しそうにそう口にする。
なお、将志の本来の一番弟子は六花であるのだが、それを口にするとまたややこしいことになりそうなのでそれ以上は何も言わなかった。
「はい、あーん」
「……ん」
突如として差し出される和風ハンバーグを、将志は何の抵抗もなく口にする。
ゆっくり咀嚼して飲み込むと、将志は不思議そうな表情で永琳を見つめた。
「……いきなりどうしたのだ、主?」
「アグナにはこうして食べさせているのでしょう? なら、たまにはあなたに食べさせる人が居てもいいわよね?」
「……そうか」
楽しそうに微笑む永琳に、将志は小さく微笑んだ。
ようやく外に出てこれた主が、今を楽しんでいるのが嬉しいのだ。
「んっ」
突如として、永琳は将志の肩に手を置いてその顔を覗き込んだ。
その唇にはさくらんぼの砂糖漬けが咥えられている。
どうやら、口移しでそれを食べさせようと言う魂胆のようである。
「……ふむ」
将志は小さく息をつくと、迷うことなくそれに口をつけた。
唇のさくらんぼは将志の口の中へ。
しかし、目的を達成したはずの永琳は不満げに頬を膨らませた。
「……器用ね、将志。唇に触れないように食べるなんて」
「……どうにも、やはりこうは出来ん」
じとっとした視線を向ける永琳に、将志はそうやって首を横に振る。
どうやら、将志は永琳の唇に触れることなくことを遂行したようである。
「なら、こっちからするわ」
永琳はそう言うと、将志の弁当からデザートを拝借するのであった。
「……もう勘弁して」
人目をはばかることなくいちゃつく二人に、鈴仙は崩れ落ちんばかりの勢いで肩を落とした。
自分の師匠のあまりの色ボケっぷりに、彼女の頭はズキズキと痛む。
その横で、銀月も苦々しい表情で頭を抱えて俯いている。
「父さんは何で永琳さんを注意しないのさ……ああっ、愛梨姉さんも不機嫌になっちゃってるよ……」
「不機嫌? でも、愛梨さん笑ってるけど……」
鈴仙の視線の先では、愛梨が再びジャグリングを行っている。
彼女が今操っているのは火の点いた松明であり、カスケードと言う基本技を行っていた。
そんな彼女の笑顔を見て、銀月は首を横に振った。
「ああやって延々と基本技を続けてるときは不機嫌なときさ。機嫌が良いんなら、さっきみたいに次々に大技を出すはずさ」
「……段々速度上がってる気がするんだけど」
愛梨の技は変わらないものの、段々と松明の数が増えていき、それを操る彼女の速度も上がっていく。
基本技でありながら段々と派手になっていくそれに観客は大いに盛り上がっているが、愛梨の口からいつもの口上が消えている。
「あれは相当いらついてるな。はぁ……後で姉さんの憂さ晴らしに付き合ってあげないと……」
そんな彼女を見て、銀月は憂鬱な表情を浮かべるのであった。
周囲を糖化しかねない昼食時を過ごした二人は、それを中和していた愛梨の芸を最後まで楽しんで席を立つ。
解散していく観客達の中で、将志は永琳に次の目的地を聞くことにした。
「……さて、愛梨の芸も終わったことだし、次はどこに行きたい?」
「そうね……商店街を見に行きたいわ」
「……ふむ。何か欲しいものがあるのか?」
「それは歩きながら考えるわ。さあ、早く行きましょう?」
永琳はそう言うと、将志の手に指を絡め、腕を組んで歩き始めた。
それを見て、銀月達も次なる行動へと移り始める。
「目標は商店街に移動するつもりみたいだよ」
「商店街か。なら、別ルートで回ろう」
「どうして? 後をついて行ったほうが良いと思うんだけど……」
「ここから商店街までの道は少し広すぎるんだ。それに、商店街までは学校や役場とかしかないから、寄り道するような場所もない。紛れるほどの人混みがないから、少し工夫しなきゃ」
二人はそう言いながら、手をつないで商店街へとつながる大通りの裏道へと歩いていく。
能力で増幅された視力や聴力と裏道を駆使し、時々大通りを横切るようにしてごく自然に将志達を監視する。
「ふふっ、何だか楽しいな」
そんな中、鈴仙が楽しそうに笑った。
その声を聞いて、銀月は少しキョトンとした表情で彼女を見やった。
「何で?」
「だって、こうやって仲の良いカップルの後をつけるなんて、漫画や小説みたいなんだもの」
鈴仙はしっかりと将志達を追いながら、そう口にする。
現状を楽しんでいる様子の彼女を見て、銀月の顔にも笑みが浮かんだ。
「楽しいのならそれは僥倖だよ。さあ、見失わないように移動するよ」
そう言うと、銀月は鈴仙の手を引いて歩き出すのであった。
しばらく歩いていくと、永琳はふとその場で立ち止まって息をついた。
「ふぅ……何だか歩き疲れたわ」
「……む? そういえば、主はそう長々と歩くことは無かったからな……どこかで休むか?」
少し疲れたそぶりを見せる永琳に、将志はそう問いかける。
しかし、永琳はそれに対して首を横に振った。
「いいえ。このあたりで休んでもつまらないわ。だから……」
永琳はそう言うと、絡めていた腕を解いてその手を将志の首に回した。
その行動で、将志は己が主の望むことを察した。
「……成程」
将志はそう言うと、素早く永琳の身体を抱き上げた。
いわゆるお姫様抱っこの状態になった永琳は、満足気に笑みを浮かべて将志を抱き寄せる。
「ふふふ……ありがとう、将志」
「……こんなのでよければ、いつでもする」
矢の雨のように突き刺さる周囲の視線を全く気にすることなくそう言うと、将志は永琳を抱き上げたまま歩き出した。
「……ま~たやらかしおった……」
「いったいどこの世界にただ商店街に行くのにお姫様抱っこしてもらう人が居るんですか……」
「父さんは父さんで感覚が麻痺してるし……周囲の視線を何だと思ってるのさ」
銀月達はうんざりした様子で肩を落とす。
完全に二人の世界に入り込んでいる色ボケと天然ボケに、もう見るのが嫌になり始めているのであった。
「ん? そこに居るのは銀月か?」
そんな二人に、後ろから声が掛かる。
その聞き覚えのある声に、銀月はその方を向いた。
そこには五重塔のてっぺんのような形の帽子をかぶった女性と、白いシャツに赤いもんぺのような服を着た白い髪の女性が立っていた。
「あ、慧音さんに妹紅さん。こんにちは」
「随分かわいい子連れてるわね。彼女か何か?」
妹紅は銀月の隣に居る鈴仙を見て、少しにやけた表情でそう口にする。
その表情は恋人だったら茶化してやろうと言う気配がそこはかとなく漂うものであった。
そんな彼女に、銀月は苦笑いを浮かべた。
「だったら良いんですけどね……今は監視の仲間です」
「監視? 誰のだ?」
「……あれです」
首を傾げる慧音に、鈴仙はげんなりした表情で監視対象を指差す。
その先には相も変わらず周囲の視線をものともせずにお姫様抱っこを続けるバカップルの姿があった。
その姿を見て、妹紅は唖然とした表情で口を開いた。
「……あいつ、街中で何やってるの?」
「将志さんは悪くないんです。全ては師匠が自重しないのがいけないんです」
「だとしても、ああまで周囲の目を引くようなことがあっては事故の元になるし、何よりも風紀の乱れが著しい。止めてこよう」
慧音はそう言うと、将志達のほうへと歩いていこうとする。
「「「待ったぁ!!」」」
そんな無謀な行為を行う慧音の前に、慌てて三人が回りこんで立ちはだかった。
そのあまりの慌てぶりに、慧音は思わず身体を引いた。
「な、何だ、三人とも?」
「慧音、命が惜しければあの二人に今関るべきではないわ」
慧音の肩を掴み、真剣な表情で妹紅はそう口にする。
かつて妹紅は冗談交じりで将志を賭けた勝負を輝夜に申し込み永琳の逆鱗に触れたことがあるので、その危険性をよく知っているのだ。
しかしそれが分からない慧音は、怪訝な表情で首をかしげた。
「何故だ? 命に危険が迫るような状態なのか?」
「師匠、将志さんが好きすぎてたまに暴走するんです……下手に動くと、更なる実害を出しかねないんです」
「ついこの間も、雷禍が二人の間に割って入って半殺しにされたばっかりです。永琳さん、雷禍よりもずっと強いですし」
銀月と鈴仙は今の二人に関る危険性を明確に述べる。
その話を聞いて、慧音はぐぬぬとうなり声を上げた。
「そうだったのか……くっ、風紀の乱れを見ていることしか出来ないとは……」
周囲に被害を及ぼすとなっては、流石の慧音も手出しは出来ないのであった。
しばらくして、将志達は多くの人で賑わう通りに到着した。
両端の建物には色々な品物が並んでおり、それを見ようと立ち止まったり中へ入っていく者も見受けられる。
どうやら、目的地に到着したようである。
「……ここが人里の商店街だ」
「なかなかに賑わってるわね。端から順に見ていきましょう」
永琳はそう言いながら将志の腕の中から降りる。
そんな彼女に、将志は一つうなずいた。
「……いいだろう」
将志がそう言うと、二人は中へと入っていく。
その後ろから、追跡者も後を追って中に入った。
「順番に店を見て回ってるね」
「このあたりは装飾品を売ってる店が多いからね。大体ここの商店街で一番見て回って楽しいのはこの一帯なのさ」
「本当だ……可愛いのがいっぱいあるなぁ~」
銀月の説明に、鈴仙は露天に並んでいる商品を眺めながらそう口にする。
露天は少し広めの屋台のようなつくりになっており、台の上にはネックレスや髪飾りなどが置かれている。
彼女とて人里に来るのは初めてであり、目に映るものがものめずらしく感じるのだ。
「あっ、すみません。これください」
その横で、銀月が小さな声でそう口にする。
その声を聞いて、店主が銀月に笑みを浮かべて話しかけた。
「おっ、彼女にプレゼントかい?」
「大体そんなところです。御代はこれで良いですか?」
「あいよ。それじゃあ、彼女と一緒に楽しんでらっしゃい」
「はい。それじゃあ」
銀月は小さく礼をして商品を受け取ると、鈴仙のところへ戻っていく。
そして、商品に夢中になっている彼女の肩を軽く叩いた。
「どうしたの、銀月君?」
「はい、これ」
顔を上げた鈴仙に、銀月は先程買ったものを手渡した。
それは月を背景に跳ねる兎をイメージした髪飾りであった。
それを見て、鈴仙は自分の頬が熱くなるのを感じた。
「こ、これは?」
「せっかく外に出てきたんだし、その記念に一つと思ってね。それに、それなら君にピッタリだろう?」
「う、うん。ありがとう。大切にするね」
真っ赤になった顔で鈴仙はそう言うと、もらった髪飾りをポケットにしまおうとする。
そんな彼女に、銀月は思わず苦笑いを浮かべた。
「そんな大げさな。気にせず使ってくれたほうが俺は嬉しいかな」
「そ、そう? それじゃあ、付けるね」
鈴仙はそう言うと、自分の髪にもらった髪飾りをつけた。
そして、彼女はおずおずと銀月の方を見やった。
「どうかな……?」
「うん、やっぱりよく合うね。似合ってるよ」
鈴仙の言葉に、銀月は満足気な笑顔でそう口にする。
それを聞いて、鈴仙の顔が湯気が立たんほどに熱くなっていった。
「そ、そっか……」
「さてと、随分離れちゃったし、もう少し近づこうか」
「……うん」
手をつないでくる銀月に、鈴仙は俯いたままそう返事をする。
その様子を見て、銀月は異変を感じ取って首をかしげた。
「あれ、どうかしたの?」
「う、ううん、何でもない! さ、早く行こう!」
「うわっ、ちょっと!?」
銀月の問いかけに、鈴仙は勢いよくぶんぶんと首を振ってそう言い、ぐいぐいと銀月の手を引いて歩き出す。
そんな彼女に、銀月は躓きそうになりながらついていくのであった。
「あ、将志。そこのお店によってもいいかしら?」
商店街を見て回っていた将志達であったが、永琳はふと一軒の店の前で足を止めた。
彼女の視線の先には洋風のログハウスがあった。
どうやら人狼の里から流れてきた西洋文化の店の一つで、カフェになっているようであった。
その店を見て、将志は小さく笑みを浮かべる。その店は、かつて自分が通い詰めた喫茶店によく似ていたのだ。
「……そこの喫茶店か?」
「ええ。ほら、昔はあなたも喫茶店通いしていたでしょう?」
「……ふっ。そもそも、主に自分の手で淹れたくて通い詰めたのだったな。ふむ、当時を思い出しながら、ゆっくりと他人が淹れる茶を飲むとしよう」
将志はそう言うと、永琳と一緒に店の中へと入っていく。
それを見て、銀月達はその喫茶店のそばまでやってきた。
「喫茶店に入ったね」
「そうだね。どうする?」
鈴仙は銀月にそう問いかける。
どうやら先程の動揺は治まっているようであり、追跡モードになっているようである。
それに対して、銀月は気づかれないように窓から喫茶店の中を覗き込んだ。
「……店の中は結構お客さんが多いみたいだね。父さんが案内された席は……隣は埋まってる。よし、俺達も入ろう」
「え、大丈夫なの?」
「これで窓の外でうろうろしてたら滅茶苦茶目立つって。それよりは、入って待機していたほうが良いと思うけどね?」
「それもそうだね」
銀月の言葉に納得すると、鈴仙は銀月と一緒に喫茶店の中へと入る。
店内は大きな窓から日が差し込む開放的な空間になっており、カップルや買い物客などで賑わっていた。
カウンターを見てみると洋酒の瓶が数種類並べられていて、夜はバーとしても営業しているようであった。
銀月と鈴仙は店員に案内されて、角の二人がけの席に腰掛ける。
机や椅子などの調度品は人狼の里の職人の手作りの様であり、明るい店の雰囲気に落ち着いたアクセントを与えていた。
「喫茶店かぁ……久しぶりに入るよ」
「鈴仙さんは喫茶店よく行ってたの?」
二つ折りのシンプルなメニューを見ながら、鈴仙に質問をする銀月。
それを聞いて、鈴仙は苦笑いを浮かべた。
「あはははは……遊びに行ってたわけじゃないんだけどね」
「どういうこと?」
鈴仙の発言を聞いて、銀月はメニューから彼女に視線を移す。
休息の場である喫茶店に、軍属だったはずの鈴仙が休憩以外の理由で行く理由に見当が付かなかったのだ。
そんな彼に、鈴仙は理由を告げる。
「月夜見様……月のリーダーがそこの喫茶店でよくサボってたから、私の上司と一緒に連れ戻しに行ってたんです」
「そこの店長も大変だったろうね。月の首領が入り浸ってるんじゃさ」
「ううん、そこの店長が月夜見様だったの」
「……どういうことなの」
月という組織がどういうものなのか分からなくなってきた銀月であった。
そんな彼が将志のいる方を見てみると、二人はカップを片手に何やら話をしていた。
その中で、永琳が何かに気づいて将志に声をかけた。
「ねえ、将志。あれやってみてもいいかしら?」
「……あれ、とは?」
「後ろを見て御覧なさい?」
「……む?」
永琳に促されて後ろを見てみると、そこでは別のカップルが飲み物を飲んでいた。
その飲み物は大きなグラスに二本のストローが刺さっており、お互いに見詰め合って飲むような形になっていた。
それを見て、将志は小さくうなずいた。
「……成程、あれか。別にかまわないぞ」
「ありがとう。それじゃあ、注文するわね」
永琳はそう言うと、店員を呼んで注文をした。
しばらくして、二人の目の前にはカップル様の飲み物が届けられる。
すると永琳は立ち上がり、椅子を持って将志の隣にやってきた。
そんな彼女に、将志は訳が分からず首をかしげた。
「……主、何故俺の隣に移動するのだ?」
「見つめ合うのもいいけど、やっぱり私は触れ合っていたいわ」
永琳は将志の顔に頬を寄せ、その状態で飲み物を飲み始めた。
べったりとくっついて頬まで触れ合うその飲み方は、例えカップルだとしても明らかにやりすぎである。
見てみると、先程同じ飲み物を飲んでいたカップルまでもその空気に当てられて同じことを始めだしていた。
一気に駄々甘になった店の空気に、銀月と鈴仙はがっくりと俯いた。
「……鈴仙さん、まずはコーヒー頼もうか」
「……そうするよ……ししょ~、ちょっとは人の目を考えてくださいよ~……」
「お待たせいたしました」
いざ注文をとろうとしたそのとき、店員が何故かトレーを持ってやってきた。
それを見て、銀月は困惑した表情で顔を上げた。
「……え? まだ頼んで……」
「あちらのお客様からです」
そう言いながら店員が机に置いたのは、先程永琳が頼んでいたカップル用の飲み物。
そして店員の指し示した先には、先程から自分達が追跡していたバカップルの姿があるのであった。
それを見た瞬間、銀月は全てを察した。
「……やられた。永琳さんに仕組まれた」
「それでは、ごゆっくり」
「え!? いや、ちょっと待って……」
にこやかに笑いながら去っていく店員を鈴仙は引きとめようとするが、間に合わない。
結局、二人の目の前には大容量の二人用ドリンクが残されたのであった。
「……どうしようか」
「どうしようね……」
目の前の品物に、二人は大きくため息をつくのであった。
「……ふっ、俺の後をつけようなど千年は早いぞ、二人とも」
「二人一緒に飲むジュースは美味しかったかしら?」
銀月達が外に出てくると、そこには笑みを浮かべた将志と永琳が待っていた。
どうやら後をつけられていることに気づいていたらしい。
永琳の一言を聞いて、鈴仙は乾いた笑みを浮かべた。
「あはは……それはですね?」
「……俺が全部一人で飲んだよ。お陰でもう水っ腹だよ」
銀月は少し苦しそうな様子でそう口にする。
カップルが少しでも長く見つめられるように作られたドリンクを一人で飲み干したのだから、当然の結果である。
そんな彼の言葉を聴いて、永琳は呆れ顔でため息をついた。
「意気地なしねえ。せっかく銀月と恋人っぽいことさせてあげたのに」
「か、からかわないでください! もう……」
鈴仙は顔を真っ赤にしながらそう口にする。
そんな中、将志はくすくす笑いながら口を開いた。
「……それはそうと、後ろを見てみたらどうだ?」
「……後ろ?」
将志の一言を聞いて、銀月は後ろを振り返る。
「にししし……」
「うふふふふ……」
するとそこには、永遠亭で待機しているはずの輝夜とてゐが居た。
二人はニヤニヤと笑みを浮かべており、意地の悪い視線を銀月と鈴仙に向けている。
そんな二人に、鈴仙は驚いた表情を浮かべ、銀月はジトッとした視線を向けた。
「ひ、姫様?」
「……ひょっとして、つけてたんです? 父さんじゃなくて、俺の方を」
「当然。将志と永琳は身体に毒だけど、あんた達なら見てて面白いもの」
さも当然といった様子で輝夜はそう言い切った。
顔がにやけるのが抑えられない様子で、心底楽しそうな様子であった。
「それにしても……いやぁ~、なかなかにやるじゃない、銀月?」
楽しんだであろうもう一人のてゐは、茶化すようにそう言いながら銀月の肩に手を置いた。
その一言に、銀月はキョトンとした表情で彼女を見た。
「え、俺何かした?」
「適当な理由をつけて彼女にプレゼントをする……誑しですなぁ?」
「え」
「というかよ? 二人で買い物籠もって手をつないでたら恋人通り越して夫婦にしか見えないわよ?」
「や、やっぱり……」
呆けた表情を見せる銀月に対する輝夜の追撃を聞いて、鈴仙はそう言って俯いた。
どうやら彼女は自分達が周囲からどのように見られているかを途中で察したようであり、茹蛸のように赤くなっていた。
そんな彼女の様子に、銀月は困った表情で頬を掻いた。
「やっぱりって……」
「銀月く~ん、あんたも父親のこと言えないんじゃないの? 無自覚に恋人みたいなことするの。いや、自分から仕掛けてる分あんたの方が重症よね」
「妹紅も言ってたわよ。あれで恋人じゃないんなら、恋人相手ならどうなるのかって。第一、随分とこういったことも手馴れてるじゃない。どこで覚えたのよ?」
二人は銀月に揃ってそう口にする。
恋人のような行動をすることに躊躇しない将志ではあるが、それは頼まれないとしないのである。
しかし、銀月はごくごく自然に自分の方から相手にアプローチしているのである。度合いとしては、明らかに銀月の方が重症なのであった。
それを指摘する輝夜の質問に、銀月は小さく頬を掻いた。
「えっと、六花姉さんかな?」
「ま た あ い つ か」
銀月の一言に、輝夜はそう言って絶句した。
よもや幼い頃からこういう風に仕込まれているとは思いもしなかった様である。
その横で、てゐが再び鈴仙に話しかけていた。
「で、鈴仙。銀月との初デートは楽しかった?」
「で、デートなんかじゃ……」
「なーに言ってるのよ。街中を手をつないで歩きながら買い物したり食事したりって、完全にデートコースじゃないの。傍から見れば、どう見たってデートよ」
「そ、そうだよね……」
てゐの言葉に自分達の今日の行動を思い出して、鈴仙は居心地悪そうにそう口にした。
そしてしばらく黙った後、鈴仙はおずおずと口を開いた。
「……うん。やっぱり、楽しかったな」
そう話す鈴仙の表情は笑顔。それは今日の出来事を心の底から楽しんでいたことの証拠であった。
そんな彼女の様子を見て、永琳も笑みを浮かべた。
「楽しめたようで何よりね。私も思う存分楽しめたし、また今度こういうことしてみようかしら?」
「……それで主が楽しめると言うのならば、俺は一向に構わんぞ?」
永琳の一言に、将志は小さく笑みを浮かべてそう口にする。
自分の主がちゃんと楽しめたことを知って、安心しているのだ。
「「「「お願いですから勘弁してください」」」」
そんな二人に、銀月達は揃ってそう言って頭を下げるのであった。
いや~、遅くなって申し訳ない。
次はもっと早く挙げられるようにがんばりますので、勘弁してください。
見ての通りの永琳回……と、鈴仙の出番でした。
今回は、理由が理由なだけにえーりんには大いにはしゃいでもらいました。
流石に普段から今回みたいな行き過ぎた行為をするわけではありませんよ?
本来、外では結構常識的な付き合い方です。
なお、雷禍は目が合った瞬間に殺気をぶつけられる模様。
で、勝手に首を突っ込んで盛大に自爆したのが銀月と鈴仙。
六花の英才教育を受けた上で紫との恋人演習なんてやっていたものだから、銀月は自然とこんな感じに仕上がってしまいました。むしろ、それをさせない霊夢すげぇ。
鈴仙の方は気が付けばデートになっていたと言う感覚なので、それに気づいたときの反応が肝でした。
そして、地味にチート化していく善治氏。
それが面白いのか、将志も段々彼と遊ぶようになりました。
なんだか、段々とさとり化していっているような気がする。
なお、今回の一番の被害者は愛梨。
そりゃあ、目の前で好きな人が別の女と思いっきりいちゃついているのを見せられたら……ねえ?
では、ご意見ご感想お待ちしております。