銀の槍、得て失う
「……ここは……」
永遠亭に用意された自室で、銀の髪の青年が目を覚ます。
彼に眼に飛び込んできたのは木造の天井であり、それは気配を掴む修行を行っていた際によく目にしたものであった。
「目を覚ましたわね。あんたがやられるなんて、珍しいこともあるものね」
その横で、長く艶やかな黒髪の少女が畳の上に寝っ転がって将志の様子を眺めていた。
将志は身体を起こすと、輝夜のほうに眼を向けた。
「……お前はどうしてここで寝ているんだ、輝夜?」
「どこからともなく飛んできた銀の槍が突き刺さったから、ちょっと文句言ってやろうと思って」
輝夜はジトッとした視線を将志に向ける。
先の戦いでやられる原因となった銀の槍は将志が使うものに酷似しており、彼女はそれが将志の放ったものの流れ弾だと思っているようである。
そんな彼女に向かって、将志は静かに首を横に振った。
「……あれを放ったのは俺ではないぞ?」
「はぁ? あれはあんたのじゃないの?」
「……あれを撃ったのは魔理沙……白黒の魔法使いだ。あいつが俺の技を模倣して放ったものがあの槍だ」
「それって、つまり私は伏兵にやられたってこと?」
「……そういうことになるな。しかし、俺も魔理沙を侮っていた部分もある。あの霊夢に努力で喰らいついていたのは伊達ではなかった。いや、なかなかどうして面白い仲間を持ったものだな、銀月は」
事の真相を聞かされて呆ける輝夜に、将志は薄く笑みを浮かべながらそう口にする。
将志は魔理沙の取り柄は魔法の破壊力であると思っていた。しかし、それは彼女の力の片鱗でしかなかった。実際の彼女は、自分の眼の前で相手の魔法を盗み、見事に自分の魔法に昇華して見せたのだ。
その技には、才能で勝る霊夢や、身体能力が優れ幼い頃から師に恵まれていた銀月やギルバートに意地でも喰らいつこうと言う、泥臭いまでの執念のようなものを感じられたのだ。
その精神は、将志にとってはとても将来に期待の持てるものであったのだ。
「あの巫女、そんなに強かったの?」
輝夜は自分に最後の一撃をくれた巫女の姿を思い出しながら、そう口にした。
何故なら、目の前の戦神が一定以上の評価をくれるほどの相手だったことを始めて知らされたからである。
「少なくとも、弾丸を避けることに関しては天才的だ。霊夢に弾幕ごっこを仕掛けた場合、俺でも負けずとも勝つのは苦労するだろう」
「あんたがそこまで評価するなんて、今回邪魔しに来た奴らって結構強い連中だったのね」
「……潜在的な部分を含めるのなら、幻想郷の中でも上位に入る実力の持ち主ばかりだ」
「なるほどね……」
輝夜はそう言うと、小さくため息をついて窓の外を眺めた。
そんな彼女の様子に普段と違うものを感じて、将志は首を傾げた。
「……どうかしたのか?」
「……ほら、今回来た連中って人間だけじゃなかったじゃない? 吸血鬼とか、人狼とか」
「……亡霊に半霊、妖狐にスキマ妖怪なるものも居るな」
「これってさ、とっても面白そうじゃない? 大昔に大戦争を起こした人間と妖怪が、一緒に仲良く過ごしてるなんてさ」
「……俺もその妖怪の一人なのだが?」
「あんたは最初から永琳に仕える妖怪だったし、今となっては神様じゃない。そうじゃなくて、あの吸血鬼や人狼と人間みたいに、お互いに敵同士にしかならないはずの相手が仲良く過ごす。これって、とっても面白いことだと思うわ」
輝夜は将志の眼を見つめながら、少し陰のある表情を浮かべた。
彼女はもうかなりの年月をこの永遠亭の中だけで過ごしてきた。そんな彼女の清涼剤と言えば、銀の霊峰からやってくる面々や、時々喧嘩しに来る蓬莱人だけであった。
そんな生活に飽きたところにやってきたのは、人間と妖怪が徒党を組んでいる光景であった。
その姿は、本来相容れないはずの関係である両者が共存している、自分の常識では考えられないものであった。
そして、それは輝夜の鳥籠の外への憧憬を爆発的に強くせしめたのであった。
「……お前がそう思うのなら、そうなのだろうな」
物憂げにため息をつく輝夜に、将志は小さくため息をつきながらそう口にする。
彼にとって、人間と妖怪が共存している姿は既に日常の光景なのである。それゆえに、輝夜の抱く憧憬がよく分からないのであった。
「はぁ……外は一体どうなってるのかしら……」
「そんなに見たいのなら、行ってみるかしら?」
輝夜の何気なく放たれた呟きに、背後から返答が来る。
その声に二人が振り向くと、そこには白いドレスに紫色の垂を付けた、日傘を持った金髪の女性の姿があった。
「……紫?」
「事情は貴方の主から聞かせてもらったわよ、将志。貴方にも知らせなきゃいけないことがあるから、ちょっとそこのお嬢さんと一緒に来てくれるかしら?」
「……ああ」
将志は輝夜を伴って紫の後についていく。
途中の廊下では眼を回しているウサギたちを起きているウサギたちが介抱している姿があちらこちらで伺える。
その光景を尻目に歩いていくと、三人は応接間として使っている座敷へとたどり着いた。
座敷に居たのは紺と紅の二色に分かれた服を着た銀髪の女性と、黄金色の九尾を持つ女性、そして兎の耳を頭に生やしたブレザー姿の女性であった。
「将志。体の具合はどう?」
「……いたって問題はない。すまない。不覚を取った」
到着した将志の姿を見るなり、永琳は将志に声を掛ける。
そんな彼女に将志が申しわけなさそうに返答をすると、永琳はホッとした様子で彼の手を握った。
「気にしなくて良いわ。それよりも、大事な話があるのよ」
「そう。お前にとっても大事な話がな」
横から藍が将志に話しかける。
その言葉を聞いて、将志は彼女の方に向き直った。
「……一体何の話だ、藍」
「その前に将志。一つ確認するが、お前は博麗大結界についてどの程度知っている?」
藍は唐突に将志に質問を投げかける。
その質問の意味を図りかねたのか、将志は怪訝な表情を浮かべながら首を傾げた。
「……妖怪が存在するために、外界と幻想郷を隔てるものだと記憶しているが?」
「では、それがどういう術式で行われているかは?」
「……それについては俺は聞き及んでいない」
将志は難しい表情を浮かべたまま、藍の質問に答えていく。
その返答を聞いて、藍は何かを納得した様に頷いた。
「そういうことか……なるほど、それを知らなければ確かに安心は出来ないな」
「……安心だと?」
「結論を先に言おう。お前達が恐れている事態……お前達が月人に見つかる可能性は、この幻想郷に居る限り存在しない」
「……どういうことだ?」
藍は将志にそう力強く断言した。
その言葉を聞いて、将志は険しい表情を藍に向ける。
藍を信用しないわけではない。しかし、主の身の安全が保障されていると思う根拠を聞かなければ納得できないのだ。
そんな彼の様子を見て、紫が笑みを浮かべながら説明を始めた。
「博麗大結界は「常識」と「非常識」を分ける論理的な結界よ。つまり、幻想郷の常識は外の世界の非常識であり、外の世界の常識は幻想郷の非常識になる。これは良いわね?」
「……ふむ」
「それでこの結界の効果なのだけど、外の世界で非常識となったものがこの世界に流れてくると言うものと、非常識を非常識のままにするという効果の二つがあるのよ」
「それって、どういうこと?」
「非常識であることの条件は、その事象の正体が不明で、なおかつ認識できないこと。つまり、非常識と言うのは理解できず、そもそも発見することすら出来ない状態のことを指すのよ」
「そして月の住人には、『人間と妖怪が一緒に住む世界は非常識』なのよ。つまりこの幻想郷と言う閉じた世界は、月の民の「常識」によって月からも隔離されていて認識できないってわけ」
紫の説明に、既に内容を理解している永琳が更に説明をかぶせる。
例えば、人が空を飛ぶと言う情報があるとする。さて、それを私達の常識で当てはめるとするならば、ほとんどの人は飛行機、またはヘリコプターと答えることであろう。
しかし、その答えがUFOだとすればどうであろうか? それは未確認飛行物体と訳されるように、その正体は不明であり、目撃情報も少なく、存在そのものが怪しまれるものである。
箒や絨毯ともなれば更にその信憑性は低くなる。何故なら、興味のある人間なら子供の頃に実際にためし、飛べないことを常識として学んでいるからである。
だと言うのに、空を飛ぶ方法と聞いて即座にUFOや魔法の箒と答えたとなれば、その人間は非常識と言われることであろう。
また今の子供達に、計算しか出来ない倉庫一個分を占拠するような巨大な機械がかつて最先端のコンピューターだったなど言って、誰が信じるだろうか?
情報は存在するが実態が存在しないもの、もしくは遠い過去のものになって忘れ去られたもの。それが『非常識』と言うものであるのだ。
その『非常識』が『常識』である世界『幻想郷』を作り出しているのが、博麗大結界なのである。
『常識』によって隔てられた結界は、『全てが非常識によって構成された幻想郷』と言うものを外の世界の『常識』から保護し、幻想郷内の『常識』を守っているのだ。
故に、外の世界では『非常識』となっている妖怪や魔法が普通に存在できているのであった。
そして、幻想郷は『非常識』故に外の世界から確認が出来ず、それは月の民も例外ではない。それが紫たちの説明なのであった。
しかし小難しい説明を並べられた輝夜は、いまいち要領を得なかったようで、小さく首を傾げた。
「……つまり、どういうことなの?」
「簡単にまとめると、博麗大結界の効果でこの幻想郷は外から分からないようになっているのよ。だから、どうして月からの情報が届いたか知らないけど、月から私達が見つかるなんてことはまずないってこと」
「それは私の能力です。私の能力は、月の玉兎と交信を可能にするものもあるんです」
紫の言葉に、鈴仙が自分の能力について言及する。
鈴仙には、月の玉兎同士が発する波動によって交信することができる能力がある。
彼女はその能力で月の兎たちと交信し、近日中に月と地上で全面戦争が起きると言う話を手に入れ、それを聞いた永琳が月に帰ろうとした彼女を月に帰さないために月を隠した。それが今回の騒動の発端なのであった。
そういった事の顛末は、将志が気絶している間に粗方は語られたようである。
「……将志、あんたこのこと知ってたの?」
「……正直、俺はこの結界の詳細を知っていた訳ではない。月の使者がここを見つけられないことなど、俺には知る由もなかった」
結界の詳細についての話を聞いた輝夜は、唯一それに関わりがあった将志に疑問を投げかける。
それに対して、将志はため息と共に首を横に振った。ただの護衛だった彼には、結界の正体などどうでも良いものであったからである。
しかしそれを気にすることなく、輝夜はすぐに紫の方を向いた。
「とにかく貴女の話からすると、私達はもう隠れる必要がないってことね?」
「そういうこと。まあ、その前に色々としてもらうことはあるけどね」
期待に眼を輝かせる輝夜に対し、紫はどこか含みのある笑みを浮かべながらそう口にした。
それを聞いて、将志は眼を閉じて大きく息を吐いた。
「……もう主もここに隠れる必要は無くなったわけだ」
「そうね……これで貴方と堂々と外で会えるのね……」
永琳はそう言いながら、感慨深げに上を見上げる将志に身を寄せる。
彼女にとっても、その従者にとっても、この永遠亭に身を潜めていた時間は決して短いものではなかった。
永琳にとっては将志が時折来るのを待つことしか出来なかった時間であり、将志にとっては会いに行きたくても頻繁には会えないと言うじれったい時間。
離れ離れで長い時を生きてようやく再会できた二人にとっては、自由のない千年余りは思いを募らせるには長すぎる時間であった。
しかし、これからは少なくとも幻想郷内では人目をはばかることはなくなったのだ。それは、二人の住む世界がようやく同じになったということであった。
そこはかとなく甘い空気の漂いだした二人に、辟易した様子で輝夜がもう一つの懸念事項を口にした。
「ねえ、そういえば銀月はどうしたの?」
「まだ気を失って寝ているわ。霊夢達が様子を見に行っているから、心配する必要は無いわよ」
「それについて、私から話があるわ」
紫が話をしていると、唐突に戸が開いてこうもりのような羽を生やした少女が割り込んできた。
その姿を見て、将志は意外そうな表情で彼女に声を掛ける。
「……まだ居たのか。あの銀月が気を失うとは、よほど強烈なのを叩き込んだな、レミリア」
「ええ。この私が全力を出したのだから当然の結果よ。それに戦ってみて分かったけど、銀月は戦い方がまだ分かっていない。あいつは自分が思っている以上に、力押しの戦いしかしていないわ。それに、何よりも銀月の能力の弱点がはっきりした。私がするのは、その『限界を超える程度の能力』についての話よ」
「……何?」
レミリアの口から放たれた言葉に、将志の表情が一気に真剣なものに変わる。
『限界を超える程度の能力』は実態が見えず、また効果を及ぼす範囲が恐ろしく広いために詳しいことがあまり分かっていないのだ。
その話を、今からレミリアはするというのだ。
「銀月の『限界を超える程度の能力』は、限界を超えるだけの能力で、力を増幅する能力ではない。言ってみれば、ワインのグラスを大きくすることは出来るけど、中身は自分で用意しなきゃならないって訳。だから、あいつが望む力を得るためにはそれなりの溜めが必要になるのよ」
「どうしてそれが分かったのかしら?」
「まず、あの長い廊下に結界を張るときに、銀月は余力を残して戦いながら何か準備をしていた。だからこそ、私に見つかるまで隠れて戦っていたのよ。そしてさっき私の槍と切り結んだとき、少しの間拮抗した後で弾き飛ばした。即座に力を使えるのなら、拮抗する間もなく弾き飛ばせるはずよ」
レミリアは先程までの銀月の様子を思い出しながらそう口にする。
もし、『限界を超える程度の能力』が『限界を超える力を生み出す』のであれば、銀月は即座に使うことが出来る。
しかし実際にはそうではなかった。『限界を超える程度の能力』は『限界を超える余地を作り出す』能力なのであった。
それを聞いて、将志は首を傾げた。
「……しかし、そうとなるとあの銀月の眼の光は何なのだろうか?」
眼が光るということは、何らかの力が銀月の眼に宿ったと言うことである。
しかし、レミリアは銀月の能力は力そのものを生み出すものではないと言う。これでは、銀月の眼が光る理由が見当たらないのだ。
その質問を聞いて、レミリアはそっと眼を伏せた。
「その答えは妖夢が持ってたわ。あの翠色は魂の輝き。魂が生み出す力を能力で無理やり引き出すから、身体と言う器から溢れて眼の光として現れるのよ」
「じゃあ、あれは命の輝きだったってこと……?」
「簡単に言ってしまえばそういうことよ。ボトルのワインはいつかは空になる。大きなグラスに注ぐなら、あっという間よ……それで燃え尽きるなら本望。銀月はそう言っていたわ。おそらく、もう後先考えずに力を使っているはずよ。命を圧縮する魔法を使わなくても十年は縮んだんじゃないかしら、あいつの寿命は……」
輝夜の呟きに、苦々しい表情を浮かべ強く手を握り締めながらレミリアはそう口にする。
自分の従者が、今回の一件で自分の生命を激しく消耗させたことが腹立たしくて仕方がないのだ。
「で、でも、その術を使ったから寿命が縮んだんでしょ? それなら、普段から縮んでるなんてことは……」
「……銀月の眼が光ったのは初めてじゃないわ。それに、あいつの眼が光ったのは術を使っていたからじゃない。体の奥の力を引き出したからよ……銀月が使った術は、普段から銀月が寿命を縮めていることを知らせただけに過ぎないわ」
動揺している鈴仙の言葉に対して、レミリアは冷徹に現実を突きつける。
実際、銀月は力を外から取り込むのは将志から力を借りるときだけであり、その色は銀色である。そして、銀月が能力を使いすぎたときに発した翠色の光は、今回と同じ魂の色の光であった。
それは、『限界を超える程度の能力』が銀月の生命を左右するほどの能力であることを如実に示していた。
「そんな……」
その事実を聞いて、鈴仙は力なく肩を落とした。
鈴仙にとって、銀月は彼が幼い頃から面倒を見てきた可愛い弟分であり、自分のことをよく気にかけてくれる気の置けない友人でもあるのだ。
そんな彼が自分が思っている以上に深刻な状態だと言うことを知って、どうすれば良いのか分からなくなったのだ。
「…………」
そんな中、将志は静かに席を立つ。
その様子を見て、永琳が将志に声をかけた。
「将志……?」
「……すまない。少し外の空気を吸ってくる」
「……そう」
永琳の短い返事を聞くと、将志は音もなく外へと向かって歩いていった。
それを見送る永琳に、藍が声をかけた。
「追わなくて良いのか、永琳?」
「分かっているから追わないのでしょう、藍?」
藍の質問に、永琳は眼を閉じて小さく一息つきながらそう口にする。
それを聞いて、藍は大きく頷いた。
「ああ……親子の問題は親子で解決するべきだからな」
/
「う……ううっ……」
「あ、おはようございます、銀月さん」
銀月が目を覚ますと、目の前には銀髪に黒いリボンを付けた少女の顔があった。
自分の記憶にある景色との違いに、銀月は訳の分からないと言う表情で辺りを見回す。
「妖夢……? あれ、ここは……?」
「永遠亭の病室です。異変はもう解決しました」
「……そっか。俺、レミリア様の槍を受けて……」
銀月はそう言いながら直前に起きたことを思い返す。
彼の眼に焼きついたのは、一面を覆いつくす紅。それはレミリアの渾身の一撃であり、自分に絶対的な敗北をもたらすものであった。
それは負けた悔しさをもたらすと同時に、相手が自分に対して本気になっていたということに対する嬉しさをもたらしていた。
そんな彼の顔を、妖夢はジッと覗き込んだ。
「お体に異常はありませんか?」
「大丈夫だよ。特に問題はないさ……?」
「……どうかしたんですか?」
「……どうして俺半裸なの?」
銀月が体を起こすと、何故か自分が下着一枚になっていることに気が付いた。
すると妖夢はふと思い出したように寝台の下を探り始めた。
「服が血でべったりになってもう使い物にならなかったんで、脱がしたんです。傷跡もないんですから、びっくりです」
「服の中に入ってた札は?」
「全部千切れちゃってました。代わりの服を預かってるので、これを着てください」
妖夢はそう言うと、寝台の下から青白い寝巻きを取り出して銀月に手渡した。
銀月はそれを受け取り、すぐに袖を通し始める。
「ありがとう。えっと、鏡は……って、妖夢さんや」
姿見を見ながら服を着る銀月は、あることに気が付いて途中で動きを止め、妖夢に声をかけた。
それを受けて、妖夢はキョトンとした表情で首を傾げた。
「どうしました?」
「俺のほっぺたどうだった?」
「とっても柔らかかったです」
「よぉくわかった」
にこやかに笑う妖夢の返答を受けて、銀月は呆れ顔でそう口にした。鏡に映った自分の顔には、弄り回されて赤くなっている部分があったのだ。
ため息をつきながら服装を整える銀月に、妖夢の表情が途端に心配そうなものに変わる。
「……本当に、大丈夫なんですか?」
「何が?」
「……よお、お目覚めのようだな」
妖夢が銀月の問いかけに答える前に、入り口から少年の声が聞こえてきた。
それを受けて、銀月は近づいてくる金髪の少年に手を上げて応えた。
「あ、ギルバート。心配掛けっ!?」
次の瞬間、銀月の頬にギルバートの拳が突き刺さっていた。その一撃は怒りに身を任せた、思いっきり振りぬかれたものであった。
鈍い音と共に飛び込んできたその光景を見て、妖夢は慌てて二人の間に割り込んだ。
「ギルバートさん!? いきなり何するんですか!」
「妖夢。こいつが何をやったか分かるよな?」
「だからって、ここに来てまた殴るなんて……」
「分からないか? こいつは、自殺することで全てを裏切ろうとしてたんだぜ。たとえそれが、自分の家族だろうとなんだろうとな」
「それは……」
間に入った自分を睨みながらのギルバートの一言に、妖夢は何も言えなくなる。
事実、銀月は全てを置き去りにして死を選ぼうとしていたのだ。それは残されたものにとっては、捨てられるのと何ら変わりは無いのである。
沈黙した妖夢を見て、ギルバートは小さく舌打ちをして話を続ける。
「俺は宗教なんざこれっぽっちも信じちゃいないが、自殺は大罪と言う考え方だけは大いに賛成だね。今回はかろうじて踏みとどまったが、本当なら仲間を置いて逃げ出すような裏切り者は、絶対に許さない」
「そ、そこまで言わなくても……」
「……良いんだ。実際、俺は殴られて当然のことをしたんだ。こればっかりは、変えられない事実なんだ」
銀月は俯いたまま、ギルバートを諌めようとした妖夢の言葉をさえぎる。
銀月とて、自分のした行動がどのように周りに映るかが分からないわけではないのだ。いずれ死に逝く身と考えていたため、省みることがなかっただけなのだ。
「分かってんならもう二度と馬鹿な真似すんじゃねえ。もしあんな原因じゃなかったら、お前じゃなかったら絶縁状を叩きつけているところだ」
ギルバートは銀月の胸倉を掴み、その茶色の眼を睨みながら強い口調でそう言い放った。
その眼に宿っていたのは、激しい怒りと一欠けらの恐怖。彼は重大な裏切りを働きかけた銀月に怒りを覚えると同時に、恐怖をも覚えていたのだ。
何故なら、今回の銀月には覚悟があった。それは非常に後ろ向きなものではあるが、自分が正しいと分かっていてもその正しさを押し流されてしまいそうな迫力とエネルギーを銀月は持っていたのだ。もし、月影が止めなかったなら……誰も説得できなかったなら……銀月はその力で、自分の命が燃え尽きるまで戦い続けたであろう。
歯車一つ狂っていたら、目の前の無二の親友が居なくなっていたと言う事実。それが冷静になった今になって恐ろしくなったのだ。
「……ごめんよ」
銀月は目を逸らし、独り言のようにそう口にした。
その瞳には何も映っていない。色々なことが混ざり合って、どうすれば良いのか分からなくなっているのだ。
「それはさておき、まずはどうしてこの異変に絡んだのか聞こうか。親父さんの話を聞く限り、お前ならその意向を汲むものだと思ったがね?」
そんな銀月に、ギルバートは更に質問を重ねた。
どうして敬愛する父の願いを知りながら、それを裏切り、全てを捨て去る覚悟を決めたのか。そして、以前から自分のことを知っていたのなら、なぜ今までそうしなかったのか。
彼には、それがどうしても分からなかったのだ。
「……最初は、俺も迷ったのさ。父さんの言うことを聞くか、自分の意思を通すか。でもね、ギルバート。君の話を聞いて決心がついたんだ」
「俺の話?」
「君は俺に、この先本当に人間でいられるのかって聞いただろ?」
「あれか……」
ギルバートの表情が苦いものに変わる。まさか自分の言葉が銀月にその決心をさせていたとは思いもしなかったのだ。
そんな彼に弱弱しい笑みを浮かべながら、銀月は話を続ける。
「あの話を聞いたときに思ったんだ。俺が人間で居られる時間はそう長くない。父さんの願いが叶わないなら、せめて父さんへの恩返しは果たそうと思ったんだ」
「そういうことだったんですか……」
「俺は翠眼の悪魔。俺が妖怪を喰らい、周囲に害をなす存在だと言うんなら、いっそのこと……それが、今回の異変に参加した理由さ」
銀月は嬉しいような悲しいような複雑な表情でそう口にした。
そんな彼に、妖夢がふと疑問に思ったことを口にした。
「それはそうと銀月さん、何で今まで黙ってたんですか? 元から一人で解決できるような問題じゃなかったようにも思えるんですけど」
「妖怪ってのは一種の信仰で生まれるんだ。だから、『銀月が翠眼の悪魔である』って言う事実が広まると、俺は本当に翠眼の悪魔になってしまう。だから、間違ってもそういう噂が広まらないように黙っておくしかなかったんだ」
「……その話、誰から聞いた?」
「紫さんと父さんだよ」
「くそっ、なら信憑性は高いってことか……」
銀月の話を聞いて、ギルバートは口惜しげにそう口にした。
もし銀月の情報の仕入先が本や噂であったのなら、すぐにでも否定してやろうと思っていたからである。
そんな彼に、銀月は声をかけた。
「ねえ、霊夢はどこ? ちょっと一言謝りたいんだけど……」
「それはダメよ、銀月」
銀月の言葉に、入り口からまた別の少女の声が聞こえてきた。
それに対して、銀月は顔を上げてその方角を見やった。
「咲夜さん?」
「今、霊夢は貴方に会える状況じゃないわ」
「……そう」
銀月はそう言って肩を落とすと、静かに立ち上がって彼女の横を通り過ぎる。
そんな彼に、咲夜は再び声をかけた。
「……どうなってるか聞かないのね」
「良いんだ。今回は全部俺が悪い……ちょっと外の空気を吸ってくるよ」
「あ……」
銀月は後ろから掛かる声を無視して、静かにその場を立ち去る。
彼が向かったのは永遠亭の中庭。そこは戦場となった箇所からは外れており、兎達の喧騒からは外れた静かな時間が流れていた。
銀月はその縁側に腰を下ろすと、空を見上げて大きなため息をついた。
「あ~あ……これからどうしたものか……」
そう話す銀月の心の中には何もなかった。
元より生きて帰るつもりなどなかったのである、生き延びた後のことなど何も考えていなかったのだ。
何より、彼には一片の悔いもなかった。そこには、結果には結びつかなかったものの出来ることは全てやりきったと言うある種の満足感があったのだ。
彼には、これから起きる全てのことを受け入れる準備が整っていた。
「……ここに居たか、銀月」
そんな彼の背後から聞こえてくる、やや低めのテノールの声。
その持ち主が静かに銀月の横に腰を下ろした。
お互いに何も話さず、無言のときが過ぎていく。その静寂を崩したのは、父親の声であった。
「……大体の事情は理解した」
「……そう」
銀月はビクリと震えながら、将志の次の言葉を待つ。
後悔こそしていないものの、自分がした行為が誰の眼から見ても許されるものではないことは分かっていたのだ。
しかし、いつまで待っても自分を責める言葉は放たれない。
それを不思議に思って、銀月はキョトンとした表情で将志を見やった。
「……怒らないの?」
「……何を叱れと言うのだ」
「だって俺、自分の寿命を削って……」
「……それはもういい」
銀月の言葉を、将志は短くそう言って遮った。
全く想定していなかった将志のその言葉に、銀月は呆然とした表情を浮かべた。
「え……?」
「……お前の命は、お前のもの。お前がどう使おうが、俺が何かを言う権利はない。そして、俺にはその資格もない」
「資格がない……? それ、どういうこと?」
将志の言葉の意味が分からず、混乱した様子を見せる銀月。
そんな彼に、将志は大きく息を吐き出してから話を始めた。
「……一つ、昔話をしよう。これは、とある男の話だ」
「……昔話?」
「……その男には家族はいなかったが、ただ一人主と呼べる間柄の相手がいた。お互いに親友とも呼べる間柄で、何一つ不自由なことはなかった」
将志は空を見上げながら、どこか遠くを見つめる表情で話を始めた。
彼の脳裏に浮かぶのは、時の彼方へと流れ去った出来事。限りなく遠い過去のことではあるが、消して色褪せることのないその記憶を、将志は呼び起こす。
「……ある日、人間と妖怪が戦争になった。人間は妖怪達から逃れるために月に行こうとし、妖怪は自分達が生きるためにそれを阻止しようとしたのだ。男とその主が乗った船も、例外なく襲われたのだ」
「……うん」
「……その最中、主を守るべく男は船から飛び出した。男は妖怪達を追い払い、船は無事に月へと旅立つことが出来たのだ。自分を置いて月に向かう船を見て、男は主を守りきったと思ったのだ」
「……うん」
「……そして時は流れ、その戦争が遥か彼方に流れ去ったときのこと。訳あって生き延びていた男は、ついに主と再会することが出来た……さて、主は男に何を言ったと思う?」
「…………」
将志の問いかけに、銀月は答えない。
彼には話の中の男が一体何者なのか分かっていた。そして、その主の心境も、銀月には容易に想像がついた。
「……男を待っていたのは、かつての行いを責める言葉だった。どうして私を一人にしたのか、どうしてあんなにつらい思いをさせたのか、と……俺は、その時どうしてそんなことを言われたのかが、当時の俺には理解できなかった。いや、したくなかったのかもしれない」
己が主に言われた言葉を思い起こしながら、将志はそう口にする。
従者は実に忠実に主を守るという最上級の使命を遂行した。だからこそ、主を守るために船を飛び出し、己が任務を全うしたのだ。
しかし、再会した主からは感謝の言葉よりも先に責める言葉が飛んできたのだ。使命を全うしたつもりであった従者には、それが理不尽に感じられたのだ。
だが、その主の気持ちは、今になって痛みとなって自分の胸に訪れた。
「……俺はあの時、主の命を守ることには確かに成功した。だが、主の心までは守りきれなかったのだ。それどころか、俺が主を思ってした行動は逆に主の心を深く傷つけてしまったのだ……それと同じことをお前にさせてしまった……お前の異変に気付いてやれず、あんな自殺行為をさせてしまった……俺は、それが悔しくて仕方がない……!」
将志が震えた声でそう口にした瞬間、その頬を涙の雫が伝い落ちた。
そしてその一滴は、何よりも重く銀月の心に突き刺さった。
「っ……ごめんなさい……ごめんなさい……」
銀月は大粒の涙を際限なくこぼしながら、そう言って泣きじゃくる。
自分のしでかしたことのことの重大さを、今になって痛感したのだ。そして何より、自分の行動で親が泣いているという事実が一番悲しかった。
静かに俯き震える将志と、声を上げて泣く銀月。静かな中庭に、そんな悲しい音が響き渡った。
「……何だかすっごく出て行きづらいんだけど」
そんな彼らを、紅白の巫女が中庭に繋がる廊下の影から眺めてそう呟いた。
病室からいなくなった銀月を捜しに来て、この状況に遭遇したようである。
「霊夢、ここは一回出直したほうが良くないか?」
その横から、白黒の魔法使いも二人の様子を見ながらそう呟く。
どうやら、彼女も銀月捜しに協力していたようである。
「と言うか、咲夜の言い方が悪いわよ。目を覚ましそうにないからちょっとお風呂に入ってただけなのに、あんなこと言って……」
「ギルも結構きついこと言ったみたいだしな。その後だからなおのことだろうな」
咲夜の言動を伝え聞いて苛立たしげにため息をつく霊夢と、苦い表情を浮かべる魔理沙。
そして、霊夢は泣きじゃくる銀月を見ながら更に大きくため息をついた。
「まったく、あいつは案外打たれ弱いんだから、下手にへこむようなこと言っちゃダメなのに」
「そうなのか?」
「そうよ。だって、あいつ何かあるとすぐに滝行に行くし。泣いたり笑ったり演技は上手いくせに、本人の感情表現はすごく苦手なのよ。特に、怒りや悲しみ何ていうものはね。だから、どうしようもないときは修行で気を紛らわせてるのよ、あいつは」
銀月はことあるごとに滝行などの激しい修行を自らの身に課している。それは自らの負の感情を紛らわせる代償行為であり、普段より修行好きとして知られる彼のその行為は、周囲からはいたって普通の行為にしか見えない。
だが、実際の銀月は昔のようながむしゃらな修行はしないのだ。それを知っているため、霊夢は銀月の修行の内容によって彼の隠された本心の一部を知ることが出来たのだ。
それを聞いて、魔理沙は意外そうに霊夢の事を見やった。
「銀月が打たれ弱いなんて全然知らなかったぜ。だって、あいつが本気で泣いたりすることなんて滅多にないし」
「そりゃあ、ちょっとやそっとじゃあいつは泣かないわよ。だって、あいつは今みたいに泣いて良いと思わなきゃ泣けないし」
「はぁ?」
「堪えちゃうのよ、あいつは。ほら、あいつの能力って『限界を超える程度の能力』でしょ? 自分の感情を抑え込もうとしたら、そりゃもう完璧に抑えちゃうのよ。あいつは人が良いもんだから、心配や迷惑を掛けさせないように、どんなに悲しかろうがつらかろうが平気そうに笑っちゃうのよ。トドメに月影が言ってた通り、演技力は折り紙つきだから余程の事がない限りは気づかれないってわけ。今回は、隣でお父さんが泣いているから我慢しなくて良いって思っているだけよ」
「あ~、そういうことか」
霊夢の説明を聞いて、魔理沙は納得して頷いた。
その横で、霊夢は俯き、小さく息を吐いた。
「……だから、私にも何も言わないでこんなことをする。お父さんにさえ何も言わない」
「霊夢?」
まるで独り言のように呟いた霊夢に、魔理沙は声を掛ける。
すると、霊夢はしばらく肩を震わせた後、勢いよく顔を上げた。
「……あ~っ!! 思い出したら腹が立ってきたわ! さっさと行くわよ、魔理沙!」
「お、おい霊夢!?」
「うるさい! あの馬鹿、一度思いっきりぶん殴ってやらないと気が済まないわ!」
魔理沙の制止を振り切って、霊夢は銀月に向けて走り出した。
「銀月!」
「え……わぶっ!?」
霊夢は銀月が自分の方を向くと同時に、喉元に自分の全体重と走ってきた勢いを乗せたクロスチョップをお見舞いした。
突然のその攻撃に、銀月は対応できずに直撃を受け、そのまま押し倒された。
「このお馬鹿! あんたが居なくなったら誰が私のご飯作るのよ!」
「ぐぇあっ……」
「大体あんたいっつも私に内緒で無茶して! 後始末を考えさせられる私の身にもなってみろぉ!」
「あ……は……」
霊夢は押し倒した勢いそのままに銀月の首を掴み、締め上げながら床に何度も叩きつけた。
銀月の顔は見る見るうちに赤くなり、次第に青くなり始めていった。しかし、怒り心頭の霊夢はそれに構わず攻撃を継続する。
「何とか言ったらどうなの!」
「落ち着け霊夢! そう締め上げてたら死んじゃうんだぜ!」
「こいつがそう簡単に死ぬわけ……?」
激昂した様子で問い詰める霊夢に、魔理沙は慌てて止めに入る。
それを受けて、霊夢はふと我に返って自分の手の中の銀月に改めて目をやった。
「…………」
「…………あら?」
そこには顔を真っ青にして気を失った銀月の姿が。
霊夢は軽く揺さぶってみるも、銀月の首がかくかく動く程度で彼が反応を示すことはなかった。
「……完全に落ちているな」
「……霊夢?」
そんな銀月の様子を見て、将志と魔理沙が霊夢に白い目を向ける。
それを受けて、霊夢は気まずそうに乾いた笑みを浮かべて頬をかいた。
「え、えっと……人工呼吸とかしたほうが良いのかしら……?」
「……息はある。放っておけ」
銀月の口元に手を当てて呼吸を確認すると、将志は小さくため息をついた。
そのおざなりな発言を聞いて、魔理沙は苦笑いを浮かべた。
「何だか親父さんの扱いもぞんざいだぜ」
「……今回は銀月の自業自得だ。俺は何も感知せん」
将志はそう言うと、スッと立ち上がって三人に背を向けた。
そんな彼に、霊夢が後ろから声を掛ける。
「お父さんはもう良いの?」
「……俺はもう話すことは話した。後は、銀月自身の問題だ」
将志はそう言いながら、永遠亭の廊下を歩きだす。
そして、ふと思いついたように足を止めて、静かに口を開いた。
「……後は頼んだぞ。どうやら、俺よりもお前達の方が相談役には合っているようだからな」
将志はそう言うと、霊夢達を残して一人裏庭へと歩いていく。
空に浮かんでいるのは、柔らかな朝日。それは暗に自らの勝利を告げているものであった。
しかし、彼の心は晴れない。彼にとっては、失ったものの方が大きすぎた。
それは将志にとって『主が自由になること』よりも大切なものであり、一人になった今になってその実感が襲い掛かる。
その一つが銀月の寿命であることは明らかである。しかし、将志はそれよりももっと大きな喪失感を感じていた。
「…………」
将志は静かに槍を置いて縁側に腰を下ろし、空を眺める。
何を考えるでもなく、頭を空にしてただ上を見上げるだけ。もう考えることも出来ないほどに精神が参っているようである。
そして、後ろから誰かがやってくる気配を感じて将志は息をついた。
「……この気配、主と藍だな?」
将志は振り向くことなく後ろからの気配に声を掛ける。
すると、小さく微笑む声が二人分返ってきた。
「正解よ、将志。まあ、貴方なら分かるわね」
「しかし、賭けは私の負けか。伊達に主をしているわけではないか」
「……賭け?」
「貴方が槍を振っているか振っていないかね」
「それで、永琳は振っていない方に賭け、私は振っている方に賭けた訳だ」
賭けの対象が分からず首を傾げる将志に、永琳と藍がそれぞれに話をする。
それを聞いて、将志は二人から眼を放し、空を眺めながら口を開いた。
「……このような乱れた心で振るったところで、悪にしかならん」
「ね? 言ったとおりでしょう?」
「やれやれ、私の完敗か。己の失態を悔いて槍を振るうと思ったんだがな」
将志の発言に、二人はそう言って笑いあう。そこには将志の知らない、仲の良い友人としての二人の姿があった。
そんな彼女達にも上の空で、将志は空の表情で話し始めた。
「……それで、二人とも俺に何の用だ?」
「私が藍を交えて貴方と話をしたいのよ」
「……話、か」
将志はそう言うと、俯いて小さくため息をついた。
それは、将志もする必要性を感じていたものであり、心の準備が必要なものでもあった。
その口火を永琳が切り出した。
「そう。藍と戦っているときの貴方は、何を考えていたのか気になるのよ」
「……それは、藍を殺すことだった」
「ふむ。他には?」
「……それだけしか考えられなかった」
二人の質問に、将志は短くそれだけ言って答える。
それを聞いて、興味深げに藍は頷いた。
「ほう。私を殺すことで頭がいっぱいだったわけだな」
「……ああ。あの時の藍は非常に危険な存在だった。あの現状で主に危害を加えるとしたら、それはお前くらいのものだったからな。そして、俺はお前を殺すことに囚われたのだ」
「それでも、貴方は藍を殺さなかったわね。それはどうして?」
「……出来なかったのだ。藍の心臓に槍を向けようとするたびに、藍と過ごした日々が巡って、藍の顔が脳裏をよぎって、手が出せなかった……」
「自分の能力を使おうとは考えなかったのか?」
「……無論考えた。だが、もし俺がそこで能力を使ったのならば、お前を斬ることでおそらく俺は二度と今のような心を取り戻せなかったであろう。主のことだ、そんな俺を見れば必ず悲しみ、永遠に自らを責め続けるだろう。そう考えると、とても出来なかった」
二人の質問に、将志は抑揚のない、どこか上の空といった様子でそう口にした。
彼の脳裏に思い浮かぶのは、能力を使って己の心を封じ、藍を殺害していた時の未来。それは再び機械の様な自分に戻った未来であり、将志にとって何よりも恐ろしく、おぞましいものであった。
「成程ね。それにしても藍、貴女はどうしてあんな状態になっていたのかしら? 演技でああまで力を搾り出せるものじゃないわ。あれは一体なんだったのかしら?」
「ちょっとした自己催眠さ。将志は悪意に反応するから、少し心を壊したんだ。愛に狂ったのなら、自分から攻撃しない限りは私のことは感知できないからな」
永琳の質問に、藍はしたり顔でそう答える。
彼女は将志との戦いの際、自らを愛に狂った心に染まる幻術を施していたのだ。そしてその心は、将志の『悪意を感じ取る程度の能力』をすり抜け、更に強大な力を生み出すことに成功したのだ。
しかし、将志には一つ疑問が残っていた。
「……最初に心臓を貫かれそうになったとき、死を覚悟しなかったのか? ギルバートやレミリアが侵入していなければ、あの一撃だけはお前の心臓に届いたはずだぞ?」
将志は最初の竹林での戦いを思い出しながら、そう口にする。
あの時は、まだ将志には余裕があった。それは藍よりも永琳の安全を優先できるものであり、そこから繰り出される一撃は藍の命を刈り取ることが出来るものであった。
そのときの一撃を思い出しながら、藍は大きく頷いた。
「そう。感情よりも覚悟が勝っていたあの一撃だけは、私の心臓を捉えることが出来た。魔理沙達があの時侵入していなければ、今頃私はこの世に居ないだろう。だが、あの一撃こそがお前に殺されることはないという確信を私に与えてくれた」
「……何?」
藍の言葉を聞いて、将志は怪訝な表情を浮かべる。
寸止めこそしたものの、確実に相手を仕留められたはずの一撃。それこそが藍に自分が殺されないと言う自信を植え付けたという根拠が分からなかったのだ。
そんな彼に、藍は話を続ける。
「侵入者を感知して寸止めをしたとき、お前は自分でどんな顔をしていたか分かるか?」
「どんな表情だったのかしら?」
「すぐに険しい表情になってしまったが……一瞬だけ、心の底からホッとした笑みを浮かべていたんだ」
藍はそう言いながら、本当に嬉しそうに笑った。
それは、将志が自分のことを大事に思っていることを実感させてくれた一瞬だった。その時の将志の表情を、彼女は深く刻み込んでいたのだ。
「……そうか……」
それを聞いて、将志は虚空に深く息を吐き出した。
それは、彼の心の空虚さを如実に示したものであった。
「……主……俺は、どうするべきなのだろうか」
将志は永琳に静かにそう尋ねる。
その突然の質問の意味を図りかねて、永琳は首を傾げた。
「どういうことかしら?」
「……俺は守らなければならない主と言うものを背に負いながら、自分の感情に負けてしまったのだ……俺は、自分自身の心に負け、「何が何でも主を守る」と言う信念を曲げてしまった。かつて俺が感情を捨ててまで貫いたそれを、だ。従者としての役割も果たせなかった俺は、一体どうすれば良いのだろうか? ……そして、今までの俺は、一体なんだったのだろうか? 俺には、もう分からないのだ……」
将志は永琳にそう言葉を投げかける。
それは、将志が今抱えている心の空虚さをもたらしている原因であった。
彼が失ってしまったもの。それは己が主に対する誓いへの自信と絶対性。そして、それは長年彼を動かし続けてきた原動力でもあった。
それを聞いて、永琳と藍はそろって大きくため息をついた。
「将志。貴方の行動の結果、少なくとも私は何も失わずに済んだ。それじゃあダメなのかしら?」
「……終わり良ければ全て良し、と言うわけか?」
「ええ。もし、貴方が自分の言う信念を貫き通していたら、私は友人と従者の心をさらに失うところだったわ。むしろ、よく曲げてくれたと言いたいところよ」
「大体、お前は少しばかり真面目すぎる。こういう言い方は何だが、世の中は結果こそが全てなんだ。信念を曲げた結果が良いものであるんなら、何も気にすることは無いんじゃないか? と言うよりも、お前は勘違いをしているぞ」
藍は将志に若干呆れ顔でそう話した。
それを聞いて、将志は理解できないといった様子で怪訝な表情を浮かべた。
「……何?」
「お前は私を殺すことこそ私情に阻まれたが、それでも主に忠を尽くし、守ろうとした。お前は自分の信念を決して折ってはいない。ただ方法が少し変わっただけだ」
「……お前を殺すことが、一番確実だったのにか?」
将志は真剣な表情でそう口にした。
将志にとって、一番大切なのは確実性なのだ。その一番確実な方法を迷わず取れなかったこと、それが自分にとって一番許せないことであったのだ。
しかし、それを聞いた藍はより一層呆れ返った様子で深々とため息をついた。
「はぁ……本当に主を守ることしか考えていなかったんだな、将志。確かにそれが一番確実だが……お前、本当にそれが最善かどうか考えたか?」
「……違うというのか」
「……お前なあ。自分で言っていたじゃないか。狂った友とその死に、主が耐えられるとは思えないって」
「……あ……」
頭を抱えんばかりに呆れ果てた藍の言葉を聞いて、将志はハッとした表情を浮かべた。
彼は自分が確実性のみにとらわれていて、それ以外の要素について考えることを忘れていたのだ。
もし、自分がその確実性を重視し続けていれば……それを考えて、将志は頭から血の気が引く感覚を覚えた。
「気が付いたか? お前の取った方法は、主である永琳の心を傷つけるんだ。そうしないと守れないというなら話は別だが、お前はそうじゃない。現にこうやって、私を生かしたまま主を守りきれる。なら、今この状況こそが最善なんじゃないか?」
「……俺は、また同じ過ちを繰り返すところだったのか……」
力なく肩を落としながら、将志はそう呟いた。
先程銀月に聞かせた、自らが犯した過ち。それを自分自身が繰り返してしまうところだったことに、呆然としているのだ。
それを聞いて、永琳が首を傾げた。
「同じって?」
「……遠い昔の話だ。その一件で、俺は主の心を深く傷つけてしまったのだ」
「ああ……」
永琳は将志の一言で納得して頷いた。
彼女もまた、将志と別れて一人になった時のことを思い出したのだ。
そんな二人の横で、藍が話を続ける。
「話が逸れてしまったな。お前は確かに私を殺せず、最後には倒されてしまった。だが、それでもお前は永琳を最後まで守ろうとしていたんだ。それなのに、何で自分の信念が折れただなんて思うんだ? 充分立派に貫き通していたと、私は思うぞ」
「……それを聞いて、随分と楽になった気がするな」
将志は心の底から安心した様子で笑みを浮かべた。
感情に流されたが、自分の信念は折れておらず、それで正しかった。そう言われたことで、彼は十分に救われたのだ。
「ところで将志、貴方にはまだ大事なことがあるのよ」
「……何だ?」
「お前は謝らなきゃいけない相手がいるんじゃないか?」
「……ああ」
永琳と藍の言葉を聞いて、将志は納得して頷いた。
「それじゃあ、理由を聞かせてもらおうか、将志くん?」
「流石に勝手に捨てられたとあっては、私も少々我慢なりませんわ」
「今回ばかりはいくら兄ちゃんでもただじゃおかねえ」
「ちゃんと納得のいく理由が欲しいでござるなぁ、お師さん?」
永琳達の背後から、四人分の声が聞こえてくる。
その声を聞いて、将志は小さく息を吐き出した。
「……来てたのか、お前達」
「来てたのか、じゃないよ将志くん! ただ短く「後は任せた」って書置きだけで、僕達にどうしろって言うのさ!?」
将志の呟きに、道化師の少女がそう言ってまくし立てた。
その叫びは感情の塊であり、怒りよりもむしろ悲しみの方が大きいものであった。
それに対して、将志は大きく息をついて返事をする。
「……俺は、主を守ることを選んだ。それだけのことだ。秩序を揺るがすものが銀の霊峰の首領では可笑しいだろう?」
「聞きたいのはそんなことじゃないですわ。どうして私達まで捨てようとしたんですの?」
「俺達を巻き込みたくなかった、なんてふざけた答えは聞かねえからな。で、どうなんだ?」
威圧するような視線を投げかけながら、包丁の付喪神と炎精が問いかける。
愛梨のように怒鳴りはしないものの、その視線からは強い怒りが滲み出していた。
しかし、将志はそれを受け流して話を続ける。
「……お前達が居なくなったら、誰が銀の霊峰をまとめると言うのだ? 俺と違って、お前たちは主につく義理はないだろう?」
「まるで他人事のように言うでござるなぁ、お師さん。確かにお師さんの言うとおりでござる。しかし、だからと言ってお師さんが勝手にいなくなって良いわけがないでござるよ。第一、銀の霊峰は大混乱になったでござるが、その原因は単に夜が明けなかったからと言うだけじゃないんでござる」
十字の皆朱槍を持った亡霊が、笑みを浮かべながらそう口にする。
その笑みにはぞわぞわとした恐ろしさがあり、その内面に溜め込んだ感情の強さを暗に示していた。
そんな彼女の様子にも動じず、将志は平静を保ちながら言葉をつなげる。
「……月が贋物だったからか?」
「違うよ、将志くん。君が居なかったから、なんだよ」
「……俺が居なくても回るような組織になっていたと思うのだがな……」
「そういう問題じゃないんだよ! 忘れたのかい、僕達はみんな君のことが好きで集まってたんだ! あの山が銀の霊峰なんじゃない、君が居る場所が銀の霊峰のみんなが集まるところなんだ! だからみんな必死で将志くんのこと探してたんだ! それなのに、勝手に捨てるなんて酷いよ!」
愛梨は必死の形相で将志にそう訴える。
その言葉には、将志に捨てられたことに対する怒りや悲しみと、彼を失ってしまうことに対する恐怖が含まれている。
そして、それを抱いたのは彼女だけではなかった。古くから将志を慕っている妖怪達は、月や明けない夜の異変などよりも、首領の失踪の方が大きな事件だったのだ。
それを聞いて、将志は静かに首を横に振った。
「……今回に関しては俺個人の問題だった。そしてアグナ、お前は巻き込みたくないと言うのをふざけた答えと言ったが……何がふざけているというのだ?」
「仲間だろ、兄ちゃん! 一言ぐらい相談してくれたって良いじゃねえか!」
「……確かにお前の言うとおりだ。だが仲間だからこそ、俺はお前達を巻き込むわけには行かなかった。俺達の居場所は、この幻想郷にしかないのだからな」
「その行動の代償が、拙者達と別れることであってでもでござるか?」
「……ああ。俺は、全てを投げ打ってでも主の下へ向かうつもりだった」
強く反発するアグナと、口調に強い不快感をにじませた涼の言葉に、将志は毅然とした態度で応える。
そこにあったのは、主のために銀の霊峰を捨てるという強い覚悟。信念に裏打ちされたそれを受けて、一同は沈黙せざるを得なかった。
そしてしばらく間を置いて、六花が淋しげに小さくため息をついた。
「……お兄様らしいですわね。一つ聞きますけど、お兄様はその決断をしたとき、私達のことについて何も思わなかったんですの?」
「……思わないわけがないだろう。何しろ、全てを置いていくのだからな」
「横から済まないが、その全ての中には私達も含まれていたのだろう? お前はここ最近物思いにふけることが多かったが、一体何を考えていたんだ?」
話の横から、藍が疑問を将志にぶつけてきた。
将志は最近、よく外に出ては何をするでもなく景色を眺め、物思いにふけることが多かった。仕事熱心で真面目な将志のその行動は、病気を疑われるほどに異様なものであったのだ。
それを受けて、将志は眼を閉じ、静かに深呼吸をした。
「……せめて記憶だけは持っていこうと、今までのことを思い返していたのだ。今まで記憶してきた、その全てをな」
将志は様々な感情がこもった深い声でそう口にした。
将志とて、何も好き好んで長年連れ添ってきた家族とも呼べる間柄の者と別れた訳ではないのである。
離れ離れになっても、記憶の中の仲間までは消えない。だからこそ、将志は今まで仲間と過ごしてきた足跡を辿り、過去を思い返していたのであった。
「やれやれ……全てを置いていくという割には未練たらたらでござるなぁ、お師さん」
それを知って、涼は複雑な感情のこもった笑みを浮かべた。
そこには将志にとってやはり自分達が大切であったことに対する嬉しさと、それを捨ててでも己が使命を果たそうとする将志に対する憂いが含まれていた。
「……ああ……だが未練こそあれど、後悔はない。これが今生の別れになったとしても、俺は甘んじて受け入れよう」
将志の心に曇り一つない。
彼は自らの行動に誇りを持ち、いかなる結果も受け入れる覚悟が出来ていたのだ。
そんな彼に、六花が再び声を掛ける。
「それで、もし銀の霊峰に帰っても良いと言われれば、お兄様はどうするんですの?」
「……もしの話をしても無益だ。それを決めるのは俺ではない」
「そう、それは私の仕事よ、将志」
将志の言葉と同時に、目の前にスキマが開いて紫が現れた。
その姿を見て、将志は神妙な面持ちで彼女を見やった。
「……紫か。では、俺をどう裁く?」
「そうねえ。最低でもあと二千年は銀の霊峰の頭領をするってことで良いかしら?」
紫は唇に扇子を当て、含みのある笑みを浮かべながらそう口にした。
その予想外の裁定を聞いて、将志の眼は点になった。
「……なに?」
「貴方がこの異変に加わったという情報はまだ流れていないし、そもそもこの異変の真相や首謀者は誰も知らない。銀の霊峰内でも、貴方の不祥事は広まってないはずよ」
「……しかし、何故そのような結論に至るのだ?」
「だって、貴方にとって銀の霊峰の頭領の肩書きはあまり価値のないものなのでしょう? それを取り上げたところで、何の罰になるのかしら?」
「……個人的には、体裁的に不味いと思うのだが……」
「そんなの関係ないわ。本人に反省を促すものが罰。それでいくと、組織のしがらみから自由になって主の元にいくことを望む貴方には、そっちの方が罰になるでしょう?」
動揺する将志に、紫は次々と言葉で畳み掛けていく。
その様子は楽しそうであり、普段はなかなか思うとおりに出来ない戦神で遊んでいるようにも見えた。
「…………」
それに対して、将志は苦い表情を浮かべて完全に沈黙する。どうやら、紫にとても痛いところを突かれたようである。
そんな彼の様子を見て、アグナが白いまなざしを彼に送る。
「……兄ちゃん、そんなこと考えてたのか?」
「……考えないわけではなかった」
「後ろのご主人様は完璧にそのつもりで居たようですわよ?」
将志の言葉を聞いて、六花はニヤニヤと笑いながら永琳を見やる。
そこには、口を横一文字に結んで悔しそうな表情を浮かべた彼女の姿があった。
「……良いわ。私達が生きた時間からすれば二千年なんて些細なものよ。すぐに一緒になれるわ」
「キャハハ☆ それまで我慢だね、主様♪」
負け惜しみのようにそう話す永琳に、笑顔でそう話しかける愛梨。
どうやら、また将志と一緒に居られることで少しはしゃいでいるようであった。
そんな中、将志はふとした疑問を愛梨たちに投げかけた。
「……ところで、お前達が居るということはルーミアも来ているのか……?」
「うわああああああああ!」
将志が質問をした瞬間、少し幼さを残した少年の悲鳴が永遠亭に響き渡った。
それを聞いて、アグナの堪忍袋は木っ端微塵に砕け散った。
「……あんにゃろう……やりやがったなぁ!」
アグナはそう言うが早いか、一目散に悲鳴のした方角へとすっ飛んで行った。
そしてしばらくすると、近くの部屋からなにやら大きな打撃音と共に言葉が聞こえてきた。
「テメエ! ここまで来て何やってんだ!」
「銀月の傷を確認するために服を脱がしてるのよ」
「じゃあその手に持ってるロウソクは何なんだよ! 銀月のことを襲うことしか頭にねえのか、テメエは!」
すぱーん、という音と共にアグナの怒鳴り声が聞こえてくる。
どうやらあまりの酷さにハリセンでルーミアを引っ叩いたようであった。
「あぁん♪ そんなわけないじゃない、お姉さま♪」
「じゃあ何でいきなり銀月に襲い掛かってんだよ! 言ってることと違げえじゃねえか!」
「間違ってないわよ。だって、私は銀月を頂きますすることだけじゃなくて、お姉さまをご馳走様することも考えてるもの♪ と言うわけで、まずはお姉さまから頂ま~す……て、あら? お姉さま、どこに行ったの?」
ルーミアの間抜けな声が聞こえたその瞬間、周囲の温度が一気に跳ね上がった。
どうやら怒りが頂点に達したアグナが、部屋の中に灼熱地獄を作り出しているようである。
「……一度だけチャンスをやる。鼠みてえに逃げおおせるか、この場でくたばるか……どっちか選びやがれ……」
「うぉう、すごい覇気だわ……いいえ、負けちゃダメよ、ルーミア。私の愛は、こんなものじゃ負けないわ!」
「……テメエの死に場所は……ここだ! ここだ! ここだぁ!!」
「あ~~~~~~~~~~れ~~~~~~~~~~~~~!」
次の瞬間、鈍い音と共に空に向かって激しい火柱が立ち、ものすごい勢いで黒い服を着た誰かが星になった。
その一部始終を見て、永琳は乾いた笑みを浮かべた。
「……銀月も大変ね」
「……どうにも、銀月には女子に襲われやすくなる空気がまとわりついているようだな」
永琳の言葉に、将志は頭を抱えてそうため息をついた。
そんな将志に、六花がくすくすと笑いながら声を掛ける。
「でも、ルーミアもお兄様や銀月の話を聞いたときはけっこう取り乱してたんですわよ? ああ振舞っていますけど、本音は泣き出したいくらい安心したと思いますわ」
六花はルーミアの様子を端的に告げる。
ルーミアにとって、銀月は幼い頃から面倒を見てきた相手であり、少なからず好意を抱いている相手でもあるのだ。
その相手が行方不明になり、なおかつ酷い無茶を働いたとなっては、取り乱すのも無理はないであろう。
それを聞いて、将志は大きく頷いた。
「……あいつが一番手の掛かる時期の銀月を見てきたからな……むしろ、ああ振舞えるだけの強さをよく持っていたと言いたいくらいだ。さて、宴会の準備をしないとな」
「そうね。輝夜にも言ってくるわ。数日後に、貴女が見たいといっていた外の連中が見られるってね」
二人はそう言いあうと、宴会の準備へと取り掛かりはじめた。
たいへんお待たせいたしました。
ちょっと色々ありまして、投稿が遅れました。
さて、宴会前の事後処理の時間です。
まず、原作通り永遠亭のメンバーがこれから先人里等に出てこられるようになりました。
本文に書いたとおり、博麗大結界の効果で月から発見されないことが分かったからです。
で、そのほかの大きな内容は二つ。
ひとつは、銀月の能力と寿命についてのお話。この話を一等重くした主犯ですね。
単純に、銀月は『限界を超える程度の能力』を使えば使うほど寿命が縮むというだけのことです。
何だかこいつの周りだけ話の重さが半端じゃなくなっている気がするけど、気にしない。
もう一つは将志の心境と立場について。
ご覧のとおり、将志は落ち度だらけだったというお話。 一つの目的にとらわれすぎて、大局が見えなくなると言う状態になってました。
挙句の果てには、それが上手く行かなかったからと言ってこの世の終わりを迎えたような状態に。
ぶっちゃけ、ここまで来ると生真面目を通り越してただのアホですな。
逆に言えば、それだけ永琳のことが大事だったと言うことにもなるのですがね。
そして、今後しばらくは銀の霊峰の首領を強制的にやらされることに。
常日頃から引退して主の元へ行きたいと言っているような奴には、ちょっときつい罰ですね。
まあ、何だかんだで元の鞘に収まったと言うわけです。
さて、次回なのですが……宴会の前にワンクッション。
何人待っているか知らないけれど、あのキャラの話を挟みます。
では、ご意見ご感想お待ちしております。