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銀の槍のつらぬく道  作者: F1チェイサー
永い夜と銀の槍
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永夜抄:銀の槍、その主従


 将志が槍を向けた瞬間、全体を取り囲むように白銀の槍が飛び交う。

 銀の軌跡は相手を取りかこむ檻となり、相手を閉じ込めようとする。


「同じ手には掛かりません!」


 それに対して、妖夢はその銀の檻を手にした楼観剣で切り裂いていく。

 白刃が翻るたびに檻を形作っている銀の弾丸はかき消され、全員自由の身となった。

 しかしそれを待ち構えていたかのように、一対の翠色に光る流星が尾を引きながら迫ってきた。


「そうら!」

「くっ!」


 妖夢はバットをフルスイングするように繰り出される槍をとっさに受け止めたが、彼女は大きく弾き飛ばされてしまった。

 それを見届けると、銀月は手にした鋼の槍を黒い神珍鉄の槍に持ち替えた。


「ふふっ、今なら使えるな。行くぞ!」


 銀月はそう言って笑うと、真っ白なスペルカードを取り出した。

 銀月が念じた瞬間、白いカードから炙り出されるかのように絵が浮かび、スペルが完成する。


 天乱「斉天大聖の大暴れ」


「伸びろ!」


 銀月がそう言った瞬間、手にした黒い槍が彼の意のままに伸びていく。

 そしてその槍の先が見えなくなった頃に、銀月は再びにやりと笑った。


「ふふふ……まずは小手調べ。ここで終わっちゃつまらないよ!」


 銀月はそう言うと、黒い槍の中心を持って思い切り振り回し始めた。

 まるでチアリーダーがバトンを回すかのように軽々と回る長大な槍。しかし、その一万三千五百斤……約八トンという重量を持つそれは一撃でも貰うと再起不能になりかねないほどの破壊力を秘めた暴風と化していた。

 それと同時に、その槍に吹き飛ばされたかのように周囲に銀の弾丸を散らしていく。


「ぐおおおおおおっ!?」


 ギルバートは魔法でその攻撃を防いで一気に間合いに飛び込もうとするも、圧倒的な質量と破壊力に吹き飛ばされる。

 そんな彼を、紫がスキマを用いて自分の元に引き寄せて救出した。


「あれを受け止めようなんて馬鹿な真似はおよしなさい。あれ、破壊力だけで言ったら下手な鬼の全力よりも強いんだから」

「……今身をもって知ったところだ、ちくしょう」


 紫の言葉に、ギルバートは首根っこを掴まれた状態で若干ふて腐れた様子でそう口にした。どうやら銀月に真っ向勝負で負けるのがどうしても嫌な様である。

 その間にも、斉天大聖が愛用していたといわれる武器は重低音で空気を奮わせる黒い竜巻となって周囲にあるものを蹴散らそうとしていく。


「っ、あっぶないわね!」

「ギルでダメなら避けるっきゃないな、こりゃ!」


 霊夢達はその攻撃を最優先で警戒して避けていく。

 しかしそれによってどんどん分断されていき、ついには仲間全体が完全に孤立した状態にまで追い込まれてしまった。


「きゃあ!? ちょっと、危ないじゃない!」

「もう、銀月ったら少々はしゃぎすぎね」


 ところがそれで味方が有利になったかと言えばさにあらず。

 銀月の振り回す槍は味方である輝夜達にとっても脅威となり、その威力を知っている彼らもそれを躱すために分断されてしまった。


「それそれそれぇ! あいたあああああああっ!?」

「……やりすぎだ、たわけっ!」


 それに気付くことなく思う存分に槍を振り回す銀月に、将志は攻撃の間を縫って雷光のように接近して彼の頭に拳骨を落とした。

 フルパワーで容赦なく振りぬかれたその一撃に、銀月は頭を抱えてその場にうずくまる。

 そして余程痛かったのか、眼から涙をほろほろとこぼしながら将志を見やった。


「あうううう……そんな全力で殴らなくったって……」

「……今のを放っておくと主に被害が及ぶ。次にやったら容赦なく折檻してやるから覚えておけ」

「……はい」


 半べそを掻いた銀月の訴えに、将志は銀色のオーラを炎のように揺らめかせながらそう告げる。

 その殺意すらも込められているのではないかと思える重低音の声色に、銀月は黙って頷くしかなかった。

 それを確認すると、将志は手元にスペルカードを取り出した。


「……では、次は俺から行くぞ!」


 彗符「彗星大海嘯」


 将志がスペルを宣言した瞬間、彼の背後から長い尾を引く彗星が幾重にも折り重なって霊夢達に襲い掛かった。

 将志を中心に楕円の軌道を描きながら高速で飛び、星屑となった弾丸をばら撒きながら迫り来る彗星達。その様は、受ける側からは銀色に光り輝く津波のようにも見えた。

 それを見て、魔理沙はひゅうと口笛を吹いた。


「おおう、またまた随分と激しい弾幕だぜ!」

「そんなのんきなこと言ってる場合じゃないわ! とにかく避けるわよ!」


 魔理沙にそう声をかけながら、アリスは彗星達の間をすり抜けていく。

 銀一色に染まっている世界に残る宇宙の暗黒を目掛けて駆け抜けると、そこに待っていたのは銀色の槍を横薙ぎに振らんとする戦神の姿であった。

 全力で抜けてきたところを狙い打つ、避けづらい線の一撃。それを思い浮かべた瞬間、アリスの血は凍りついた。


「しまっ……」

「させるかあああああああ!」

「……む!」


 将志が槍を横薙ぎに振った次の瞬間、黄金の右腕がその攻撃を受け止めた。

 彼の今の姿は金髪の少年の姿。ギルバートは自らを人狼に変えている力の全てを右腕に集め、渾身の力で将志の槍を食い止めたのだった。


「……ふっ、やるな」

「くっ……」

「はああああああ!」


 自分の一撃を食い止めたギルバートに将志がそう言って笑った瞬間、妖夢が大上段に振りかぶった楼観剣を将志に振り下ろす。

 将志はそちらを一瞥することもなくそれを受け止めると、後ろに軽く退いて間合いを取った。

 そしてとある一点に眼を向ける。


「はっ!」


 そこでは永琳が藍と紫を一人で相手していた。彼女は各所にあるスキマから多角的に放たれる弾幕と数体の式神の攻撃を上手く躱しながら、自分の術と弓で相手を狙う。

 その瞳には先程までの焦りはない……のだが、それとはまた違った雑念が彼女を取り巻いていた。


「……ふふっ……こんなに嫉妬するなんて初めてよ……」


 永琳はくすくす笑いながらそう言って弓を引く。

 その狙う先には金の毛並みの九尾の狐の姿が。彼女は様々な念のこもったその一矢を躱すと、永琳に話しかけた。


「おやおや、そんなに私と将志の口付けが羨ましかったのか?」

「ええ、とっても!」


 相手を煽る様に笑いながら『私と』の部分を強調しながらの藍の一言に、永琳は何かが切れている笑みを浮かべたまま戦いを続ける。

 何故、永琳が藍に激しく嫉妬するに至ったのか? それは、将志の行動にあった。

 二人はそれぞれに将志と口付けを交わしているが、藍は将志の方から額にキスされているのだ。

 将志のほうからの口付け。それは場所がどうであれ、永琳でさえも滅多にもらえないものなのだ。

 ……さて、「想い人を失ったらどうなるか分からない」と豪語する彼女が、愛しの彼がいくら日頃親しくしている友人とは言えど恋敵に、自分も滅多にしてもらえないレアな行為をしているところを目撃したらどうなるか?

 あっとゆーまに嫉妬の怒りに燃える修羅の出来上がりである。


「ふふふっ、少し独占欲が強すぎるな。重すぎる女は敬遠されてしまうぞ?」

「ふふふっ、将志はそんなことしないわよ」


 お互いに笑いながら、とんでもないハイレベルで戦闘を続けていく永琳と藍。

 そんな二人の会話を聞いて、脇で様子を伺っていた紫は冷や汗を流しながら笑みを浮かべた。


「……修羅場って、怖いわね。というか、将志の主人の愛情はちょっと病的ね」


 紫はそう言いながら、藍を援護すべく永琳の横にスキマを開いて弾幕を展開する。

 しかし、次の瞬間その攻撃は素早く走る銀の煌めきによって、一瞬でかき消されてしまった。


「……主には指一本触れさせん」


 将志は永琳の横に立ち、残心を取りながら紫にそう言いながらスッと藍との間にも入る。

 するとその瞬間、今度は藍が顔を手で覆い天を仰ぎながら笑い出した。


「ああ! 羨ましいなあ、本当に! 将志に守ってもらえるなんて!」

「当然じゃない! 将志は私の従者で、私の一番なんですもの! それよりも、何勝手に将志の髪の毛使って式神作ってるのよ!」


 永琳の隣に立つ将志を見ながら、藍は叫ぶようにそう口にした。その言葉からは先程の永琳と同じ、いや、それ以上の深い嫉妬心が感じられた。

 しかし永琳も決してその結果に満足しない。何故なら、彼女が望むのは将志の全てなのだ。そんな彼女には、藍が将志の毛髪を式神に使っていることですら癪に障るようであった。


「これは私が勝ち取ったものだ! 私の思うようにして何が悪い!」

「そんなにたくさん、どうやって手に入れたのよ!」

「将志を布団に引きずりこんで、愛でている間に取った!」


 藍が特大の爆弾を放り込んだ瞬間、世界にヒビが入り空間が捻じ曲がる。

 そしてまるで時が止まったかのように、永遠にも感じられる一瞬の静寂が辺りを包み込んだ。


「…………」


 その空気の変化を感じ取り、将志の頬に一筋の汗が流れ落ちる。

 彼とて、非常に積極的な行動を見せる二人が自分にどんな感情を向けてきているかが分からないわけではない。その感情がどのようなものかは藍や六花から聞かされて理屈としては分かっている。

 それだけに、この破滅的な空気が読めてしまったのだ。


「……貴女、私を怒らせたわね」

「……冗談じゃない。将志をお前だけのものにしてたまるか」


 心臓が圧しつぶされてしまいそうなほど重苦しい雰囲気の中、深く震えるような声色が永琳の口から聞こえてくる。

 その一方で、藍も静かにそう言って拳を握り締め、対抗心を見せる。

 まさに一触即発。今の二人は、マグマが火口の直下まで来て噴火寸前の火山のようであった。


「……主、下がってくれ。あれは俺が相手する」


 それでも、将志は己が使命を果たそうと永琳の前に躍り出る。

 しかし、それに対して永琳は前に出て手で将志を制した。


「それには及ばないわ。どうやら、私は藍と話をしないといけないみたいだから」

「……し、しかしだな……」

「手出しは無用よ、将志。私だって、それなりに腕に覚えはあるつもりよ」


 諌める将志の言動にも一切耳をかさず、永琳は藍をにらみながらそう強く口にする。

 彼女の弓は永琳の力で白く光り、目の前の敵を射抜く用意を整えている。


「紫様、しばらく私にお任せください。少しばかり暴れてきますので」


 対する藍も、将志の式神を周囲に繰り出して永琳に相対する。

 彼女の九本の尾の先には青白い狐火が燈り、体の中に力が満ち溢れているのが分かる。


「……一つ確認させてもらおう。永琳、お前は何のために月を隠した?」


 緊張が走る中、静かに藍は永琳に問いかける。

 その言葉を聞いて、永琳の眉が軽くつり上がる。


「それを何のために聞くのかしら?」

「なに、将志が泣くことなんて滅多に無いのでね。その悩みの原因次第じゃ、ただじゃおかない」


 藍はそう言いながら、真っ直ぐに永琳を見据える。

 その瞳には想い人を泣かせた原因に対する怒りが。しかし、その真っ直ぐな視線の中にはどこか永琳に対するある種の信頼感のようなものが含まれていた。

 怒りを抑えるような様子の見つからないその言葉を聞いて、永琳は少し考えてから口を開いた。


「……じゃあ、納得したらどうするのかしら?」

「その時は、通常通り異変の解決にあたらせて貰うさ。少し痴情がもつれ込んだがね」


 永琳の言葉に、藍は若干苦笑いのようなものを浮かべながらそう口にする。

 その様子を見て、永琳は彼女がこの異変を起こした理由をある程度把握していることを確信した。


「確認、ね。なら、貴女が思うとおりの理由だと思うわよ?」

「……そうかい」


 再び、両者は静かににらみ合う。

 お互いに、それぞれの主張に納得できるところはある。しかし、お互いに譲れないものがある二人の間には激しく燃える感情が渦巻いていた。


「……っ!」

「いけっ!」


 そしてついに火山は大爆発を引き起こした。

 それぞれの燃え盛る感情のような、激しい攻撃が二人の間に飛び交い始める。

 もはや二人の視線にはお互いしか映っておらず、その間に入るのが躊躇われるような気迫がそれぞれから発せられていた。


「……もう、二人とも完全に病気ね」

「……どうしてこうなった……」


 そんな二人を見て、紫と将志はお互いの戦いを忘れて呆然とした様子でその様子を眺めていた。

 その折の将志の呟きを聞いて、紫は呆れ顔でため息をついた。


「それはあなたの日ごろの行いが悪いからよ。それより、貴方の主もすごく強いじゃない。守る必要なんて無いんじゃないかしら? まあ、貴方からすればこれでも弱いのかもしれないけど」


 紫は激しい戦いを繰り広げる永琳を見ながらそう口にする。

 それに対して、将志はその言葉が可笑しかったらしく小さく笑い声を漏らした。


「ふっ……勘違いしてもらっては困る。俺は主が弱いから守るのではない。守りたいから守るのだ。守るとは、そういうことであろう!」


 将志がそう言うと同時に、その姿が掻き消える。そして次の瞬間、彼は己が主の頭上に現れてその槍を振るった。

 音もなく振るわれた槍は永琳に狙いをつけていた人形を薙ぎ払い、将志はその術者に眼を向ける。


「……そうはさせん」

「っ……そこよ!」 

「行きます!」

「喰らいな!」


 アリスが合図をした瞬間、誰も居ないはずの空間から妖夢とギルバートが二人同時に飛び出して将志に襲いかかる。彼らはアリスの魔法によって姿が見えなくなっており、将志は彼女の罠にかかった形になったのだ。

 その二人の攻撃は縦方向の攻撃と横方向の攻撃をあわせた、非常に避けづらい攻撃となった。更にアリスに誘い出された形の将志の槍の間合いの内側に踏み込み、優位に立つ。

 妖夢が力を込めると楼観剣は揺らめく炎のようなオーラを纏い、ギルバートは黄金に眩く光る右腕に力を圧縮して一撃で仕留めようとする。


「……甘い!」

「えっ!?」

「うおっ!?」


 しかし将志が軽く指を振るうと同時に、気が付けば楼観剣と黄金の爪が切り結んでいた。

 目の前で起きた一瞬の出来事に、二人は訳が分からず呆然とした様子で見つめ合う。

 そんな二人の横で、将志はくすくすと笑い声を上げた。


「……世の中には、素手で刀を制する達人も居たものだ。たとえ槍を封じられても、まだまだお前達には引けを取らんよ」


 将志はそう言って、二人の攻撃を受け流した右手の指を軽く振るう。

 その様子にはかなり余裕があり、額には汗一つ掻いていない。そのことから、今の攻撃では将志は動揺すらさせられないということが相手に伝わった。

 そしてその背後から、月明かりに光る長く美しい黒髪をたなびかせながら輝夜がスペルカードを取り出した。


「こっちからも行くわよ!」


 神宝「ブリリアントドラゴンバレッタ」


 輝夜は将志に気を取られている面々に、横から攻撃を仕掛ける。

 色とりどりの弾丸と龍の鋭い角のような弾丸が、美しくも折り重なって回避の難しい弾幕を作り出していった。


「ちっ、間に合え!」


 ギルバートはその攻撃にいち早く気付き、背後に居る仲間を守るべく障壁を張った。

 黄金の障壁に色鮮やかな弾幕の波が押し寄せ、激しい衝撃をギルバートに伝える。


「ギルバートさん! くっ!」

「……人を気にかける余裕があるのか?」


 妖夢はギルバートの救援に行こうとするも、将志の攻撃への対応で手一杯であり、なおかつギルバートが食い止めなければ輝夜の弾幕を受けてしまう状態となってしまう。

 しかし、億を越える年月によって増幅された輝夜の力は並ではなく、彼の作り出した壁は次々とひび割れていく。


「この……これで駄目なら!」

「きゃあ!?」

「……む!」


 それを見るなりギルバートは障壁を消して妖夢の前まで一気に飛んで背中の後ろに押しやり、両腕のみに力を集中させて防御の姿勢をとった。

 突然のギルバートの行動に、妖夢は彼の背中に思わずしがみつき、将志はその後の展開を予測して素早くその場を離脱する。

 次の瞬間、輝夜の弾幕が彼らを飲み込んでいく。その弾丸は防御しているギルバートの腕だけではなく、足や下腹など防御しきれない部分にも次々と当たっていく。


「ぐぁっ……しっかり隠れてろ、妖夢!」


 それでもギルバートは背後に居る仲間を守ろうと、逃げることなくその攻撃を受け続ける。

 そして、ついに輝夜の弾幕は彼を落とす事が出来なかった。ギルバートは、彼女の攻撃を見事に耐え切って見せたのだ。


「げほっ……はぁ……」

「すごい根性じゃない。後ろの仲間のために、あれだけの攻撃を全部耐え切るなんて」


 力を使い果たして完全に人狼化の解けたギルバートに、輝夜は感心した様子でそう話しかけた。

 それに対して、ギルバートはボロボロになり咳き込みながらも不敵な笑みを浮かべた。


「はっ……月人だろうがなんだろうが、所詮は人間なんだろ……なら人狼が、こんな満月の夜に負けるわけがない。何度でも来い、その度に耐え切ってやる!」


 ギルバートがそう言っている間に、彼は手足の先から群青の狼に変わっていき、更にはその毛並みが黄金に輝きだす。太古の純粋な月の力を受けて、彼の力はどんどん回復しているのだ。

 そんな彼の前に、不意にどこからともなく矢が飛んでくる。それは永琳の放った流れ弾であり、当たればただではすまない威力をもって彼に飛び込んできた。

 しかし、その矢は次の瞬間に真っ二つに両断された。


「貴方だけに良い格好はさせませんよ、ギルバートさん。私だって、守られてばかりと言うのは我慢できませんから」


 妖夢は二本の刀を構えながら、ギルバートの前に出る。彼女の横には、彼女の姿を模した半霊の姿もあった。

 その姿は気合十分といった様子であり、すぐにでも飛び出していきそうな勢いがあった。


「ナイト様は大忙しね、ギルバート?」


 ギルバートの後ろから、少し楽しそうにアリスがそう声をかける。離れたところに居た彼女は、輝夜の弾幕の脅威に晒されることはなかったようである。

 そのやや緊張感に欠ける声を聞いて、ギルバートは若干怒り気味に口を開いた。


「眺めてないでお前も手伝え!」

「ただ眺めているわけじゃないわよ」

「そうら!」


 アリスはそう言うと、人形を操って自分の前に陣形をくむ。

 すると、そこに目掛けて翠色の流星が銀の弾丸を打ち込んできた。アリスはそれを人形が手にした剣で叩き落とすと、その音に振り向いたギルバートに笑いかけた。


「貴方の後ろはそれなりには守ってあげる。だから私を守ってね、ナイト様?」

「ちっ、言われなくてもそうしてやるよ!」


 アリスの言葉にむず痒さを感じながら、ギルバートはそう言って構えるのであった。

 そんな彼らを見て、輝夜は楽しそうに笑った。どんな困難にも立ち向かう、冒険譚の英雄のような行為をとる三人。そんな彼らを相手にしているという事実は、彼女に自分が物語の登場人物になったような気分をもたらしたのだ。


「良いじゃない! それなら、どんどん行くわよ」


 神宝「ブディストダイアモンド」


 輝夜がスペルを宣言すると、彼らの進路を塞ぐようにレーザーが飛び始める。

 ギルバートはそっとアリスと妖夢の前にでて、妖夢はその彼を少し押しのけるようにして隣に立ち、アリスはそんな彼らの後ろで反撃の手はずを整える。

 それを見て、輝夜はまるで無邪気にはしゃぐ子供のような笑みを浮かべた。


「さあ、これから思う存分遊ばせて貰うわよ!」


 輝夜がそう口にした瞬間、レーザーに閉じ込められた者を押しつぶすかのような弾幕が彼らに襲い掛かった。


「この、遊びでやられて堪るか!」


 それに対して、ギルバートは即座にスペルカードを取り出して反撃を行う。


 魔弾「トワイライトブレイク」


 ギルバートが力を込めた拳を前に突き出すと、黄金の等身大の弾が放たれた。

 それは行く先にある弾幕を飲み込みながら輝夜に向かって飛んでいく。

 しかし、輝夜に触れる寸前にまるで見えない壁に弾かれるようにして消えてしまった。


「なんだと……」

「ふふん、この程度の術じゃ、私は倒せないわよ。大体、力の回復しきってない貴方じゃ私に勝つのは無理ね」


 悔しげに歯を食いしばるギルバートに、輝夜は少し悪い含み笑いを向けてそういった。

 どうやら完全に勇者の前に立ちはだかる魔王のような気分であり、心の底から状況を楽しんでいるようであった。

 その様子を見て、将志は小さくため息をついた。


「……やれやれ、よほど退屈だったと見える。あまりはしゃぎ過ぎなければ良いが……と」


 将志はそう口にしながら、目の前に飛んできた銀のナイフを躱し、その先に開かれたスキマからの弾幕もあわせて躱す。

 そして、将志はその射手を見て小さく笑みを浮かべた。


「……成程、俺の相手はお前達と言うわけだ」

「お嬢様の邪魔をしないように、貴方の相手を仰せつかっておりますので」

「流石に、貴方を野放しにしておくわけにはいかないしね」


 将志の言葉に、咲夜と紫がそれぞれにそう口にする。

 それを聞いて、将志は少し愉快そうに笑った。


「……面白い。さあ、来るが良い」

「なら遠慮なく」


 咲夜はそう言うと、四方八方にナイフを投げつける。

 それを見て将志は一瞬何をしたいのかが分からずに首を傾げるが、次の瞬間に彼は素早く身をかがめた。

 すると、彼の頭があった場所を銀のナイフが通り過ぎていく。


「……ほう。これはまた考えたな」


 将志はそう言いながら、自分の周囲を眺める。

 周囲には、無数に空いた禍々しい空間の裂け目があった。それは将志と咲夜、そして紫を取り巻くように存在していた。

 しかし、将志はそこから自分への敵意を感じ取ることが出来なかった。そのスキマは、本当にただ開かれているだけのようであった。

 そのスキマから、咲夜が先程投げたナイフは無作為に飛んでいき、戦場の中を駆け回っていた。

 更に将志が攻撃を仕掛けてもスキマで逃げられるか、自分に攻撃を返されるかのどちらかをされるであろうことが彼にも何となく分かった。


「この子の攻撃がどこから来るか分からないでしょう? 貴方に向けられた攻撃でも、放った本人さえどうなるか分からない攻撃の意思は分からない。『悪意を察知する程度の能力』、ここに封じさせてもらったわ」

「そして貴方はもう逃げられない。貴方を倒して、お嬢様への手土産にさせてもらうわ」


 周囲を眺める将志に、二人はそう告げる。

 それを聞いて、将志は静かに眼を閉じた。


「……はっ!」


 将志は眼を閉じたまま、静かに槍を振るう。すると、甲高い金属音と共にその槍は正確に飛んでくるナイフを叩き落した。

 それを見て、咲夜は苦い表情を浮かべて紫は呆れ顔で小さくため息をついた。


「やっぱり、そんなに甘くはないわね」

「はぁ……将志、今度は一体どんな修行をしたのかしら?」

「……俺は以前、ただ落ちてくるだけの本が避けられず、それが元で主を泣くほど心配させてしまった。従者として、同じ過ちは繰り返せん。だからそれを克服する修行をした。ただ、それだけだ」


 将志は深い声で、懺悔をするようにそう口にした。

 彼の脳裏にめぐるのは、紅霧異変のときの苦い記憶。将志はそれを片時も忘れることなく、二度と同じ過ちを繰り返さないように鍛錬を重ねてきたのだ。

 そして今、その成果が試されようとしているのだ。眼を閉じた将志からは、自分に触れることは許さんと言わんばかりに先程まで以上の静かな気迫が漂い始めていた。

 そんな彼に、咲夜は納得したような出来ないような、微妙な表情を浮かべた。


「同じ従者としては賛同できるけど……貴方が言うと何か違和感が残るわね」

「将志は従者にしては貫禄がありすぎるわよ。何より、従者と言うよりは一国一城の主の印象が強すぎるわ」


 咲夜の言葉に、紫も同意見なのかそう言って頬を掻いた。

 今まで表に従者としての顔を見せていなかった将志は、一般には銀の霊峰と言う軍事組織の絶対君主と言う印象しかないのである。それが従者を自称しているのだから、その顔を知らないものには違和感しか残らないのである。

 そんな彼女達に、将志は静かに槍を向ける。


「……来い。この試練、必ず乗り越えて見せる」


 無数のナイフが飛び交う中、将志は眼を開く。

 その眼からは先程まで浮かべていた余裕は消え、激しく燃える闘志の光が湛えられていた。


「あれ、何だか将志さん、すっごく本気になってない?」

「ちょっとやりすぎたかしら? やっぱり、過去の失敗はそのままにしておかないわね」

「ちょっと聞きたいのだけど、将志さんって自分の失敗をすごく気にする人?」

「銀月を百倍ほど生真面目にした性格と言えば分かるわね?」

「十分すぎるほど理解したわ」


 咲夜と紫は将志から眼を放すことなくそう言い合う。

 咲夜は紫の提案に乗っただけであり、紫は将志の能力の隙間をつつくと同時にちょっと挑発して周囲を見えなくさせてやろうと思っただけなのだ。

 ところがその結果は戦神まさかの超本気モード。下手に動けば間違いなく落とされると言う気配を、ひしひしと感じることになってしまったのだ。

 しかし、そんな中でも紫は若干の余裕を持っており、咲夜は現状に疑問を持って首を傾げた。


「それにしても……どうして将志さんは直接攻め込んでこないのでしょう?」


 咲夜はナイフを投げながら、自分に向けて無作為に飛んでくるナイフを次々に打ち落とす将志を見やる。

 将志は彼女を見据えてこそいるものの、遠距離から散発的に槍を投げるだけに留まっていた。しかし彼の槍は凄まじい勢いで振るわれていき、自らに迫るナイフの悉くを蹴散らしていた。

 それを疑問に思う彼女に、紫は余裕を崩さぬまま彼女に答えた。


「そりゃあ、将志は失敗できないもの。豆腐の角に頭をぶつけて本当に失神するくらい貧弱なのよ? 飛んでくるナイフが当たれば、もちろん気絶するわ。それは慎重にもなるものですわ」

「それでも、彼ならこれを掻い潜って攻撃してきそうですが」

「ええ、してくるわね。でも、それは今じゃない」

「じゃあ、いつ?」

「貴女のナイフを全て叩き落してから」

「どうして?」

「それはね、将志は超が山ほど重なる真面目さだからよ」


 咲夜の質問に、紫は要領を得ない回答を繰り返していく。

 そんな彼女に、咲夜は呆れ顔でため息をついた。


「はぁ……いっそここでナイフ投げるのやめてみようかしら?」

「理由なら後でじっくり聞かせてあげるわ。だから、まずはメイドならメイドらしくご主人様の言うことを聞きなさい」


 咲夜はとっても楽をしている紫に納得のいかない表情を浮かべながら、ナイフを投げ続けるのであった。

 そんな中、別の場所では悪魔と巫女がものすごい勢いで追いかけっこをしていた。


「こらぁー!! 待ちなさい、銀月ー!!」

「ふふっ、待てといわれて誰が待つもんですか!」


 銀月は霊夢をからかいながら戦場を縦横無尽に駆け回る。

 彼は霊夢をひきつけながら、周囲にちょっかいをかけては離れていく。

 それはその場をかき乱して混乱させるものであった。

 ……ただし、永琳と藍のところは亜空間と化しているため、近づいていないのだが。


「いい加減に止まりなさい!」

「おっと、ここまでおいで~!」


 霊夢は札を飛ばしながら、逃げていく銀月を追いかけていく。

 銀月ははしゃぐようにそう言いながらそれを躱し、追いつけそうで追いつけない速度で逃げていく。

 本気で追い回す霊夢に、感慨深げに楽しそうに逃げる銀月。

 銀月は、今が楽しくてしょうがないのだ。


「さてと、そろそろかな!」


 銀月はそう言うと、突如として今までの戦場から外れて頭上を目掛けて進路を変える。

 そしてそのまま一直線に飛んでいくと、その先にいる人物に攻撃を仕掛けた。


「うわっ!?」


 するとそこにいた白黒の魔法使いは驚いた様子でその場から飛びのく。

 彼女の手の中には複雑な魔法陣が描かれていたが、その瞬間に消え去ってしまった。

 魔理沙はいつぞやのように味方を強化する魔法陣を作ろうとしていたのだが、完成間近で阻止されてしまったようだ。


「あーっ!」

「あの時みたいな魔法陣は作らせないよ、魔理沙。案外、君は厄介な相手だからね」


 銀月は魔法陣が消えて愕然とする魔理沙にそう言い放つと、いったん距離をとって相手の間合いから抜け出そうとする。


「っ!?」


 しかしその行為は目の前を横切る桃色の光によって阻止された。

 その正体は桃色に光る蝶であり、それは何千もの群れで周囲に浮かんでおり、暗い宇宙を自らの光で染め上げていた。

 彼らは銀月の周りを優雅に飛び回る。その様子は、夜の闇に浮かぶ光の柱のように映るものであった。


「ちょっとおいたが過ぎるんじゃないかしら、銀月?」


 その桃色の柱に閉じ込められた銀月に向けて、幽々子がゆっくりと近づいて声をかける。

 それを聞いて、銀月は小さく笑みを浮かべた。その表情には余裕があり、この状況下でも対処できる自信が伺えた。


「俺はこの戦場における役割を果たしているだけさ。幽々子さんこそ、他のみんなをを放っておいて良いのかい?」

「別段問題はないわよ。むしろ今の貴方を放っておくことの方が大問題。まずは、貴方に沈んでもらうわよ」

「ふふっ、今の俺を甘く見てると怪我するぞ!」


 銀月がそう話している間に、彼が放っていた札が幽々子の後ろから音もなく素早く迫っていく。

 幽々子はそれに反応する様子もなく、ただ黙って銀月の動きを制限する蝶の群れを制御し続ける。

 しかし札が銀月に触れる瞬間、それは横からの暴風によって消え去ってしまった。


「……ったく、私を護衛に使うなんてどういうつもり、亡霊姫?」

「それはその方が楽だからよ、吸血鬼。あの人狼は月の姫の方にかかっていて忙しそうだし」


 レミリアは手にした真紅の槍を軽く振るいながら幽々子にそう声をかける。

 その声は不服そうであり、どうやら良いように使われたような気がしてならなかったのだ。

 それに対して幽々子は静かに開いた扇子を口元に当て、澄ました様子で答えた。

 返答を聞いて、レミリアは呆れ顔でため息をついた。


「……まあ良いわ。あれは私の獲物よ。そこで銀月が逃げないように見張ってなさい」

「元よりそのつもりよ。お腹が空くから早く終わらせてちょうだい」


 そう一言告げると幽々子は戦闘に巻き込まれないようにそっと離れていき、見送ったレミリアは横に立っていた霊夢に向き直った。


「お前は少し下がってなさい、霊夢」

「何でよ、二人でやったほうが手っ取り早いじゃない」

「お前の役目は異変の解決であって、銀月の折檻じゃない。それは私の役目。誰にも邪魔はさせないわ。お前は精々最後のために力を蓄えてなさい」


 レミリアがそう言うと、彼女の身体を紅い光が覆いつくした。

 彼女もまたこの満月の力を全身に受けており、更に自分に魔法をかけたのか普段よりもずっと強い力が感じられた。

 その姿からは、目の前の自分の従者に対する本気の姿勢が感じ取れた。


「分かったわよ。それじゃあ少し見物させてもらうわよ」


 霊夢はその姿を見て、不承不承と言った様子で後ろに下がる。その姿は、負けるようなことがあったら即座に自分が次に入ると言わんばかりのものであった。

 それに振り返ることもなく、レミリアは悠然とした態度で銀月の前に立つ。

 それに対して、銀月は少し困り顔でレミリアを見やった。


「……困ったなぁ。俺は一騎討ち要因じゃないってのに」

「つべこべ言わずに私と戦え。忠義を向ける方向を間違えた馬鹿な従者には教育が必要でしょ?」

「間違えたつもりはないんですが。私は貴女に雇われましたが、将志の家族です。これなら、家族を守るのが普通ですよね?」

「そんな御託は要らないわ。お前は一つ勘違いをしている。私が私のものだと言ったのなら、それは私のもの。お前が何と言おうが、お前はフランのものであり、私のものなのよ」


 困った様子の笑顔を浮かべながらの銀月の言葉に、レミリアは毅然とした態度で自分の言葉を叩きつける。

 その有無も言わせぬ態度に、銀月は口に手を当てて笑い出した。


「……ふふっ……成程ね……俺がどうなっても、この首輪は外れないわけだ」

「何よ。不満なわけ? 私の従者で不満とは、良い度胸じゃない」


 銀月の反応に、レミリアは少しむっとした表情でそう口にする。

 しかしそれに対して、銀月は苦笑いを浮かべながら首を横に振った。


「まあ、それは父さんからも言われてることだし、仕方が無いです。ですが……私だって、何も思うことがないわけじゃないのです」

「へえ? 言って御覧なさい?」


 銀月の思わせぶりな一言に、レミリアの眉がつりあがる。彼女にとって、今まで彼が見せていなかった心の内を知る機会なのだ。

 レミリアは一言一句聞き漏らすまいと耳を彼に傾ける。


「お断りします♪」


 しかしレミリアの言葉に、銀月はそれはもう最高の笑顔を浮かべてそう言い放った。

 それに対して、肩透かしを食らったレミリアは思いっきり前につんのめった。


「ちょっと! そこは素直に言うところじゃないの!?」

「嫌です♪ レミリア様には絶対にぜっっっっったいに言ったげません」

「つべこべ言わずにさっさと言いなさい! 気になるじゃないの!」


 からかうような銀月の口調に、レミリアは地団太を踏みながら問い詰める。

 そんな彼女の姿が愉快なのか、銀月は若干腹を抱えながら次の言葉を紡いだ。


「それが首輪を付けた貴女に対する、一つの復讐です♪ それからもう一つ」


 銀月はとびっきりの笑顔でそう言うと、札、巻物、槍と、自分の持っている物全てを取り出し、宙に浮かべる。

 そしてその中から銀のタロットを手に取ると、レミリアにそのカードを投げた。

 カードはくるくると回転しながらレミリアの前まで飛んでいき、彼女の目の前で止まってその絵柄を見せる。


「無理やりにでも聞きだしてくれるんでしょう? なら、敢えて私から何か言うことはありませんよ」


 銀月の言葉を聞きながら、レミリアは自分の前に浮かぶタロットを眺める。

 目の前にあったカードは「女帝」。彼女は「皇帝」の様に力で民を支配するものではなく、愛情でもって試練を乗り越えていく者である。

「皇帝」ではなく「女帝」のカードが贈られた。それは銀月がレミリアの愛情に気付いていた印であり、彼なりの尊敬と礼の証であった。

 レミリアは銀月からのメッセージに気付くと、満足そうに笑みを浮かべた。


「良いわ……そういうことなら、無理やりにでも口を割らせてくれる!」

「ええ、全力で抵抗させてもらいますよ、レミリア様!」


 二人はそう言いあうと、全身全霊の殴り合いを始めた。



 ところ変わって、島宇宙の亜空間。

 その中では相変わらず、二人の女性が死闘を繰り広げていた。


「ふっ!」


 永琳の放った矢が、己が従者を模した式神を貫く。

 しかしその背後から、同じ式神が二体同時に彼女にかかっていく。


「来たわね……」


 永琳は彼らの行動を予測し、その予測を元に相手の攻撃を回避していく。

 彼女は将志の様に能力や本能によるものではなく、綿密な計算の元にはじき出された答えによって相手の攻撃を予測しているのだ。

 風も音も、光すらも置いていかんばかりの神速の波状攻撃。しかしその全てを、永琳は完全に読みきっていた。


「はっ!」


 突如として、永琳は式神の懐に飛び込み、左手で相手の腕を掴んで右手に握った矢を喉元に突き刺し、素早く次の矢を取り出してもう一体の式神を撃ち落した。

 その動きはとても洗練されており、見るものに美しささえ感じさせるほどのものであった。

 そんな彼女を見て、藍は若干の驚きを含んだ表情を浮かべた。


「なかなかやるな。将志とほぼ変わらない式神の攻撃を捌ききるとはな」

「将志の動きなら熟知しているから当然よ。それに、私だって将志に笑われないように努力したものよ。こんな劣化コピーなんかにやられるものですか」


 藍の言葉に、永琳はそう言って笑う。

 月で過ごした長い時の中で、彼女は少しでも将志を忘れまいと努力してきた。そしてその中で、彼女は撮り溜めしていた将志の槍の舞をじっくり見て研究したのだ。

 その結果、永琳は彼の動きを完全に覚え、更にそれに返す技を編み出していったのだ。

 そんな彼女の言葉を聞いて、藍は理解できないといった風に首を傾げた。


「じゃあ、何でお前は槍を使わないんだ? そこまで研究したのなら、槍だって使えるだろうに」

「それは槍以外のものの方が、将志のためにもなるからよ。どうせ、槍じゃ将志にはどうしたって勝てないし」


 永琳は藍の質問にそう言って答える。

 どうやら、彼女は将志を研究するあまりに将志を倒す方法まで研究しているようである。

 それを聞いて、藍は腕を組んでしばらく俯くと、にやりと笑った。


「そうか……そういうことなら!」


 藍はそう言うと、永琳との戦いの場を離れてとあるところに向かった。

 その先にいたのは、月の姫と戦っている三人組。

 彼女はその中の、黄金の毛並みを持つ狼のところへ真っ直ぐ向かった。


「ちょっと失礼するぞ」

「あおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」


 藍はそう言うと、ギルバートの尻尾の黄金の毛を鷲掴みにして思いっきり引き抜いた。

 突然尻尾に走った耐え難い激痛に、ギルバートは思いっきり飛び上がった。


「いってぇ!? 何しやがる!?」

「なに、少し増援が欲しくてな!」


 藍がそう言ってギルバートから引き抜いた黄金の毛を吹くと、その毛は十数体の狼の姿となって現れた。

 彼らは生み出されるや否や、一直線に永琳のところへと向かっていく。

 そして自分の目の前に集結した狼の群れを見て、永琳は小さく鼻を鳴らした。


「そんな急造の式神なんかじゃ私は落ちないわよ?」


 目の前にいるのは、自分の従者よりもはるかに劣る急造の式神。

 数こそ増えたものの、永琳にはそれで自分が負けるとは到底思えなかったのだ。

 しかし、そんな彼女に対して藍は不敵な笑みを浮かべた。


「それはどうかな?」

「何よ?」

「お前が磨き上げてきたものは、確かに優れていると認めざるをえない。だが、断言してやる。その技、彼らには通用しない」


 藍は永琳に自分の自身の根拠を告げる。

 永琳はそれを聞きながら、自分を取り囲む狼の群れを眺める。そして、藍の言わんとするところを理解して小さくため息をついた。


「……成程ね。所詮は人型の作り上げたもの、獣相手には必ずしも通用するとは限らない、か!」


 永琳は動きの止まった一体を目掛けて、素早く矢を射掛けた。

 しかしその矢は、彼に当たる遥か前から、まるで的から逃げていくかのように軌道を変えて遠くに飛んでいってしまった。

 よく見ると、狼の体の回りを青い風が取り巻いているのが見て取れた。それは、明らかに矢避けの魔法の効果であった。

 それを見て、永琳の眼が驚愕に見開かれた。


「なっ、魔法ですって!?」

「獣だと侮るからだ。そいつは言うなればギルバートの化身。魔法を使うだけの知能はあるんだ。ただの獣とは訳が違う!」


 藍がそういった瞬間、黄金の狼の群れは一斉に永琳に襲い掛かった。

 周囲をぐるぐると回りながら、二、三方向から同時に攻撃を仕掛けていく。


「くっ……やりづらいわね……」


 永琳は周囲に弾幕を敷きながら、それを抜けてくるものを追い払っていく。

 しかし、彼女の体術はほとんどが対人向けのもので、獣を相手にしたときには分が悪いようであった。

 それでも、永琳は何とか襲い来る敵を退けていた。

 そしてその危機は、他で戦っていた従者が敏感に感じ取っていた。


「主!」

「来ないで! この戦いだけは、私が自分の力で勝たなきゃ駄目なの!」


 自分の戦いを放棄して大急ぎで向かって来ていた将志を、永琳はそう言って制した。

 その何が何でも自力で勝つという力強い決意のこもった言葉に、将志は何も言えずにその場に立ち止まり、歯を食いしばった。


「……くぅ……そうか……では、もう何も言わん…………俺は、主を信じて待つとする」


 将志は口惜しそうにそう言いながら、永琳に背を向ける。自分の心情を押さえ込むことで精一杯で、彼女を見てられないのだ。

 そんな彼に、追いかけてきた紫が声をかける。


「あらあら、主のわがままに振り回されて大変ね?」

「……お前が言うな。冬の間に何度藍が俺に泣きついてきたか知っているのか」


 紫の言葉に若干いらだちながら、将志は少し棘のある口調で紫にそう言った。

 ……その瞬間に永琳の攻撃がヒートアップしたのは気のせいであろう。

 それを聞いて、紫は聞こえないふりを装って話題を変える。


「貴方の忠犬ぶりも大概よ。藍みたいに少しは噛み付いても良いんじゃない?」

「……俺は生れ落ちたときから主の従者だ。明らかな過ちを犯したのならばいざ知らず、このような時に主を信じられずに何が従者か」


 将志は心を落ち着かせながら、紫の言葉にそう返した。

 ……その瞬間に藍の繰り出す式神の数が一気に増えたのは偶然であろう。


「それで、主に振られた従者は何をしてくれるのかしら?」

「……主を直接守ることが叶わぬのなら、主の邪魔をするものを排除するのみ。何人たりとも、あの二人の邪魔はさせん」


 将志はそう言いながら、紫と咲夜に槍を向ける。しかし、しばらく経っても将志が攻撃してくるそぶりは見られなかった。

 それを見て、今度は咲夜が口を開いた。


「えっと、攻撃してこないの?」

「……主の邪魔をしなければな」


 咲夜の言葉に、将志は槍を構えたままそう口にする。

 そんな彼の様子を見て、紫は笑いを堪えるように口を押さえた。その手の横から覗く笑みに気付き、咲夜は彼女の方を向いた。


「どうかしたの?」

「ちょっと良いかしら?」


 紫はそう言いながら咲夜を手招きし、将志から離れた。そして咲夜が隣に来ると、肩を震わせてくすくす笑い出した。

 その彼女の行動の意味が分からず、咲夜は首を傾げた。


「一体何があったって言うの?」

「いえいえ、今の将志の状況が可笑しくてつい」

「可笑しいって、何が?」

「あれ、完全にいじけてるわよ」

「え?」


 想定外の紫の一言に、咲夜の眼が点になると同時に、後ろでこちらを見ている将志に眼を向けた。

 油断なくこちらを向いて槍を向けている彼が、まさかいじけているなどとは思えなかったのだ。


「えっと、何でそう思うの?」

「だって、さっきまで将志は主が戦ってて平気そうなら私達の相手をしてたじゃない。あれは救援を拒否されて意固地になってるのよ」


 紫は将志がいじけていると思う理由を簡潔に述べた。

 それを聞いて、咲夜は再び将志の方を見やる。


「……うっ!?」


 そして彼女は、こちらをにらむ彼の眼がどことなく拗ねているようにも見えることに気が付いてしまった。

 その瞬間咲夜は思わず噴出しそうになり、慌てて口を塞いで将志から眼を背けた。


「ね? 可笑しいでしょう?」

「……ええ……何というか、意外と可愛らしいというか……」


 そうして二人は、将志を尻目にひそひそと話を続けるのであった。 


「くっそ~……あとちょっとで完成だったのに……」


 一方その頃、援護するための魔法陣の完成を阻止された魔理沙は周囲を飛び回りながら次の手を捜していた。

 彼女は離れて見渡していた戦場から、自分に使えそうなものがないかを考える。

 そしてしばらく考えた後、魔理沙は名案を思いついたようにぽんと手を叩いた。


「そうだ! この際だからあれを試そう!」


 魔理沙はそう言うと、一直線にとある場所へと向かった。

 そこは、歪んだ空間と笑いを堪えていて戦いどころではない二人組みのちょうど間。

 その場所に、彼女の目的の人物が存在した。


「親父さん! ちょっと相手してもらうぜ!」

「……魔理沙か。戯け、お前に俺が止められるか!」


 将志はそう言うと、妖力で編んだ銀の槍を七本作り出して魔理沙に飛ばす。

 魔理沙は流星のように飛んでくるそれに対して、小さな魔法陣を自分の前に作り出して受け止める。

 すると、銀の槍は光の粒となって霧散し、魔理沙の体の中へと消えていった。


「……何?」

「ハッ……親父さん。その魔法、死ぬまでずっと借りていくぜ!」


 魔理沙の手の中には、まだ何もかかれていない真っ白なスペルカード。

 そのカードの絵は見る見るうちに黒く染まり、やがてその中から一筋の流星の姿が浮かび上がってきた。


 流符「ピアーシングシューティングスターズ」


 魔理沙が新しいスペルを宣言すると、魔理沙の周りに二本の白く光る流れ星が浮かび上がった。


「く……あ~! 親父さん、こんな馬鹿力込めてこれ作ってたのか!」


 魔理沙は自分の作り出した流れ星を見て、つらそうではあるが明るい表情を浮かべた。

 どうやら自分が試したかった魔法が上手くいったことが嬉しいようであった。

 それを見て、将志は若干興味深そうに彼女を見つめた。


「……ほう、俺の技を盗んだか」

「前からずっと使ってみたかったんだ。親父さんの魔法、格好良いからな」


 魔理沙は嬉しそうにそう言って笑う。

 将志の攻撃を受けた彼女の魔法陣。それは触れた相手の魔法を即座に分解し、それを自分に扱えるように術式を組みなおす物であった。

 そうして頭の中に刻み込まれた術式を使って、将志の流星の槍を自分なりに再現して見せたのであった。

 その魔法を見て、将志は小さく鼻を鳴らした。


「……格好だけ真似ても仕方があるまい」

「違うぜ、親父さん。親父さんの魔法が格好良いのは、本当に何でも貫くからなんだぜ!」


 魔理沙がそういった瞬間、二つの流星は将志とその主である永琳に向けて放たれた。

 将志は素早く動いてそれを回避すると同時に、永琳に向かって飛んでいくものを素早く叩き落した。


「……だが、当たらなければどうと言うことはなかろう?」


 全てを捌ききり、将志はつまらなさそうに魔理沙を見やる。

 しかし、そんな彼に対して魔理沙はニヤリと笑って人差し指を横に振った。


「ちっちっちっ。らしくないなぁ、親父さん。少し熱くなり過ぎだぜ。本当にご主人様が大事なんだな」

「……何……っ!?」


 魔理沙の言葉にしばらく訳が分からなかったが、次の瞬間に彼の表情が変わった。


「あっ、ぐ……」


 将志の視線の先には、苦しそうに脇腹を押さえる輝夜の姿が。

 魔理沙の魔力が凝縮された流星は、輝夜を守る防壁ごと彼女を貫いていたのだ。

 その事実に将志は混乱する。何故なら魔理沙が自分のほうへ向けて放った槍は、確かに全てが自分を標的にしたものであったからだ。


「……くっ……どういうことだ……お前の攻撃は、確かに俺を狙って……」

「言ったはずだぜ。本当に何でも貫くから親父さんの魔法は格好良いんだ。私の魔法は親父さんを貫いて、その向こう側のお姫様も貫くんだぜ!」


 魔理沙はそう言って将志の困惑の原因を説明する。

 そもそも、彼女が槍を二本作り出したことには理由があった。それは、将志の意識を頑なに守ろうとしている主に向けさせるため。

 そして、自分自身は将志を挟んで反対側に輝夜が来るように移動し、将志を狙えば輝夜にも当たるように位置を調整していたのであった。

 遠くから全体を見渡していて、その状況が分かる彼女だからこそ出来たことであった。


「輝夜!?」

「っ!? いかん、主!」


 輝夜の身に起きた異変に、永琳は一瞬気を取られてそちらを向く。

 それをみて、将志は己が主の決定的な隙に慌てて声をかけた。


「あっ!?」


 そして次の瞬間、永琳は自分の髪の先に何かが喰らいつく感覚を覚えた。

 永琳の三つ編みにされていた長い銀の髪が、ふわりと宙に開いていく。


「……これで扇子のお礼はさせてもらったわ。髪留め一本なら安いものでしょう?」


 そう話す紫の手の中には、先程まで永琳の髪をまとめていた髪留めが握られていた。永琳の隙を突いて、先程スキマを使って奪い去ったのだ。

 その様子を見て、藍は大きくため息をついて肩をすくめると、出していた式神を元に戻した。


「やれやれ、水を差されてしまったな。永琳、この勝負は一時休戦としようか」

「私はまだ負けていないわよ?」

「それは分かるけどな。冷静に考えたら、協力していた本来の目的がまだ達成されていない。その状態で足を引っ張り合っても無益だろう? それにだ、月を隠す理由が私の思う通りだと言うのなら……少し耳寄りな話があるんでね」


 藍は肩をすくめたまま、永琳にそう呼びかける。横槍が入ったことで興が冷めたと同時に、熱くなっていた頭が冷えてきたためにそう口にしたのだ。

 それを聞いて、永琳は少し考えてから口を開く。


「耳寄りな、話?」

「率直に聞こう。姫と一緒に、月の眼を逃れて安全に永遠亭から出たくはないか?」


 永琳に向かって、藍は単刀直入にそう告げる。

 その言葉を聞いて、永琳の表情が驚いたものに変わった。

 何故なら、藍は月の眼とはっきり口にした。つまり、藍は月の民の監視から逃れる方法を知っているということになるからだ。


「何ですって……?」

「実はだ。私の考えが正しければ、そもそもこの異変自体の意義が無いんだ」

「この術が、無意味だって言うのかしら?」

「そう。詳しく聞きたいのなら、休戦しないか?」


 信じられないと言った表情で言葉を返す永琳に、藍はその話の食いつき具合に笑みを浮かべて大きく頷いた。

 永琳は小さく深呼吸をして、はやる気持ちを落ち着かせる。


「……罠……じゃ、ないでしょうね?」

「そんなことしたら将志に嫌われてしまうよ。もう、あいつの泣き顔は見たくないんでね」


 永琳の言葉に、藍は苦笑いを浮かべながらそう口にする。

 その言葉を聞いて、永琳の口から大きなため息が漏れ出した。


「……一応、信用しておいてあげるわ」


 永琳の口から出てきたのは、藍の申し出を受ける言葉。

 どうやら現状彼女と戦うよりは、話を聞いてみる方が有益であると判断したようである。


「……主、無事か」


 戦いの手を止めた永琳の元に、将志が大急ぎで駆けつける。

 自分を心配して全力やってきた従者の姿に、永琳は笑顔を浮かべた。


「ええ。こっちは髪留め一本持って行かれただけよ」

「……すまない……俺が未熟なばかりに!」


 永琳に対して、将志は悔しそうに自分の犯した失敗を責める。

 そんな彼を、永琳は優しく抱きしめた。


「気にしてはダメよ、将志。髪留めくらい、新しいのを出せば良いだけよ」

「……しかしだな……っ! 危ない!」

「きゃっ!?」


 突如として、将志は永琳を思いっきり突き飛ばした。永琳は将志の力に押されて勢いよく飛んでいく。

 その直後、頭上に開かれたスキマから大量のナイフが降り注ぎ、将志の頭に銀のナイフが突き刺さった。


「……がっ……」


 将志はその衝撃により、意識を失う。元より豆腐の角に頭をぶつけて本当に気を失うほどの耐久力しかないのである。ナイフなんかが当たれば間違いなく気絶するであろう。

 そんな彼を見て、紫は呆れ顔でため息をついた。


「主想いが少しばかり過ぎるわね、将志。普段の貴方なら、抱えて逃げるくらいのことは考え付いたでしょうに」

「……えっと、将志さんはこれで動けないのよね?」


 銀の霊峰の首領の思わぬ泣き所に頭を抱える紫に、少し呆気に取られた様子の咲夜がそう声をかける。紫の協力があったとはいえ、自分のナイフが最強の戦神を捉えたことに現実味を感じられなかったのだ。 

 その言葉に紫は笑みを浮かべて頷いた。


「ええ。さて、残るはあの主だけど……」

「戦える様子じゃなさそうよ?」

「……はぁ……相変わらず、衝撃には弱いのね。でも、ありがとう。今はもう、何も考えずに休んでちょうだい」


 咲夜が目を向けたその先では、永琳が気絶した将志を抱き寄せている姿があった。

 その姿は、どこかホッとしたようなもので、肩の荷が下りたといった様子であった。

 そんな彼女の様子に、藍は苦笑いと共に肩をすくめた。


「やれやれ。全く、身を挺して守られて羨ましい限りだ。紫様、ここはもう放っておいても大丈夫でしょう。永琳……将志の主にもこの異変を止めるように交渉がまとまりました」


 藍はそう言いながら、疲れた表情で額に浮かぶ汗を拭う。

 彼女の服はもう汗を大量に吸っており、肌に張り付いてその官能的なボディーラインがはっきりと分かるほどであった。


「そう。お疲れ様、藍。今日の貴女は間違いなく殊勲賞ものだったわ。周りを見ていてあげるから、少し休んでなさい」

「ありがとうございます。では、お言葉に甘えさせていただきます」


 そんな彼女に、紫はねぎらいの言葉をかける。それを聞いて、藍は小さく笑みを浮かべた。


「……さて、お嬢様はどうなったかしら」


 それと同時に、その様子を横で見ていた咲夜が紫から離れていく。

 その向かう先では、たくさんの蝶が作り出した戦場の中で銀月とレミリアが激しい戦いを繰り広げていた。


「よっと、やっぱり強いですね、レミリア様!」


 銀月は宙に浮かべた札で構成された弾幕をレミリアに飛ばしながら、左手に持った巻物を素早く伸ばして彼女を捉えようとする。

 彼の白装束はもうズタズタになっており、かなりギリギリの戦いを強いられていることが見て取れた。


「私を誰だと思ってるのよ! 従者の分際で私にそんなことを言うなんて、躾がなってないわね!」


 レミリアは飛んでくる巻物を銀月の懐に飛び込むようにして躱し、手にした真紅の槍でそれを切り裂く。

 彼女もまた何度か被弾した後があり、月の魔力で半分悪魔化した銀月との戦いが楽なものではないことを物語っていた。


「従者が主より弱いなんて決まってないでしょう!」


 銀月は千切れた巻物を手放して、その左手に素早く青白いミスリル銀の槍を取り出して前に突き出す。

 彼に一直線に攻め込んでいたレミリアは、それを受けて身体をひねりながら軌道を変える。

 そして銀月の真横をすり抜けるようにして背後を取ると、その手にスペルカードを取り出した。


「この、調子に乗るんじゃないわよ!」


 魔槍「スピア・ザ・グングニル」


 レミリアの手の中の真紅の槍が、スペルの宣言と共に力強く輝きを放ち始める。

 それは激しい重圧を放っており、まともに受ければ致命傷になると確信できるものであった。


「くっ、慢心しているつもりはありませんよ!」


 瞬撃「乾坤一擲の志士」


 銀月はその槍を見て、手にした槍をしまって黒い槍を取り出した。

 その瞬間、銀月の眼から炎のように揺らめく翠の光が溢れ出し全身を覆い、黒い槍がそれに巻かれて翠色に光りだす。

 そして、銀月はその槍を顔の横に立てるようにして構える。

 それは、初太刀で相手を沈めんとする示現流の蜻蛉と呼ばれる構えであった。


「落ちろ、銀月!」


 その彼に対して、真紅の槍が放たれる。

 膨大な魔力と共に放たれたそれは、闇夜を切り裂きながら目の前の翠眼の悪魔に向かって飛んでいく。


「はああああああああ……でやああああああああ!」


 その槍に、銀月は文字通りの乾坤一擲の力で手にした黒い槍を振り下ろした。

 超重量の重たい槍と銀月の纏った力が、その槍と激しく火花を散らしながらぶつかり合う。


「はあああああああああ!」


 銀月の眼が激しく燃える。そしてその瞬間、甲高い音と共にレミリアの紅い槍が弾き出された。

 弾かれた槍は回転しながら飛んでゆき、吸い込まれるように持ち主の手に戻っていった。


「ちっ、やるわね……」


 レミリアは舌打ちをしながら飛んできた自分の槍を掴み、何が起きたのかを冷静に分析する。

 今の自分の攻撃に対して、銀月は自分の体に翠色の光を放つ力を蓄え、それをぶつけてきた。そこから彼女が導き出した答えは、『限界を超える程度の能力』を使って自分の攻撃の持つ力の限界を超えてきた、と言うものであった。

 ……それはすなわち、その攻撃を喰らえば翠眼の悪魔といえども無事では済まないと言うことを暗に示すことであった。


「ならば……」


 レミリアはそう言うと、真っ白なスペルカードを取り出した。

 彼女が思い浮かべるのは、目の前の敵を確実に貫く一撃。回避も防御も反撃の隙も与えない、絶対的な勝利の運命。

 それがレミリアの中で確かなものになったそのとき、レミリアの纏う紅い魔力が周囲を染め上げるほどに勢いよく輝きだす。

 それと同時に、レミリアの背後に何本も紅い槍が現れた。そのそれぞれが先程の攻撃と同じくらいの力を有していて、彼女と同じ紅い光を放っている。


「これなら、どうだぁ!」


 運命「グングニル・オブ・フェイト」


 レミリアがスペルを宣言すると、後ろの槍が銀月に向けて飛んでいった。

 レミリアの紅い魔力を纏った槍は、長い尾を引きながら銀月に飛んでいく。そして、それらは彼を取り囲むように周囲を飛びながら次々と暴風のように襲い掛かった。

 三百六十度、全方位を囲まれた銀月は、人間の枠を外れた反射神経と運動能力で回避していく。


「こんなもの当たって……しまった!」


 銀月はその何度でも襲いかかって来る紅い槍を躱していくが、その直後に目の前が真っ赤に染まると同時に顔から血の気が引くのを感じた。

 その視界に映っているのは、幾重にも自らを取り囲む槍の魔力と、ひときわ大きな槍を振りかぶったレミリアの姿。

 その槍はレミリアの全力が注ぎ込まれたもので、まるで山のような巨人が使うのではないかと言うほど巨大な、天を支える柱のような槍であった。


「今さら気付いても遅い!」


 銀月が気付いた瞬間、レミリアは手にした大槍を渾身の力で投げ放った。

 巨大な真紅の大槍は、まるで雲から地上まで一瞬で届く稲妻のように銀月に向かって飛んでいく。

 先に投げられた槍の魔力の檻に囚われた銀月にはその本命の一撃を躱す余地はなく、防御をする時間すら残されていなかった。


「ぐうぁ!?」


 真紅の稲妻が、翠眼の悪魔の心臓を打ち抜く。

 その強烈な一撃は、銀月の意識を一瞬で奪い去っていった。


「私の槍に貫かれる……それが貴方の運命だったのよ、銀月。貴方には自分の運命が分からない。感じ取れないものの限界なんて、超えようがないでしょう?」


 気を失い宙に漂う銀月に向かって、レミリアはそう言い放った。

 彼女はもはやこれ以上戦う気はないのか、身に纏った真紅の魔力を霧散させて優雅に額に浮かんだ汗を拭った。


「ご無事ですか、お嬢様?」


 そんなレミリアの隣に、将志が沈んだのを見届けた咲夜がふわりと降りてくる。

 レミリアはその従者の一言に、咲夜が与えた仕事を完遂してきたことを理解した。


「ええ。服が少し傷んだけど、私は無事よ。咲夜も、仕事は終わったみたいね」

「はい。将志さんは今おとなしくなっています」

「……あいつ、咲夜以上の忠犬っぷりだったわね。あれはちょっとやりすぎだけど、銀月もあれの半分くらいでいいから従順なら良いのに」


 レミリアは永琳に対する将志の反応を思い出して、若干呆れながらそう口にした。

 自分に忠誠を誓う咲夜よりもずっとべったり主に寄り添っている姿は、彼女の眼から見ても少々行き過ぎているような気がしたのだ。

 それを聞いて、咲夜も苦笑いを浮かべる。


「そうですね。銀月はどんな感じでしたか?」

「月影の言ってたとおり、戦い方がまだまだ下手ね。多い手札を生かしきれていないわ。でもまあ、久々に面白い戦いだったわ。従者としては合格ね。さあ、連れて帰るわよ」

「はい」


 咲夜はそういうと、気絶している銀月を回収しようと近づく。

 しかし、その前に紅白の影が白装束の少年を掻っ攫っていった。


「あと一人懲らしめるのに持っていくわよ、こいつ」


 霊夢はレミリアにそう言うと銀月をヘッドロックをかけるように腕に抱え込み、『限界を超える程度の能力』を発動させる。

 その手に持った札には銀月の能力によって得られた膨大な力が溜め込まれ、鮮やかな光を放ち始めた。

 その表情にはいつも以上に気合が入っている。どうやら今まで手持ち無沙汰だった分、かなりくすぶっているようであった。


「ちょっと、あとでちゃんと返しなさいよ!」


 レミリアは飛び去る霊夢にそう言い放つも、返事は帰ってこなかった。

 それを受けて、レミリアは大きくため息をついた。


「はあ……帰ったらあいつに何を言いつけてやろうかしら……?」


 レミリアがそう口にした瞬間、何やら妙な音が聞こえてきた。

 それは何かが低く振動するような音で、人間なら大抵は聞いたことのある音であった。


「……おなか減ったわ~……」


 その音の主は、腹を押さえながらふらふらとレミリアの前にやって来た。どうやら今のは彼女の腹の音だったようである。

 その彼女に対して、レミリアは再び盛大にため息をついた。


「……あんた、いつもおなかを減らしてるわよね」

「もう、心外だわ、そういうの。私だってそんなにいつもおなかを空かせている訳じゃないわよ」


 レミリアの言葉に、幽々子は頬を膨らませてそう抗議する。

 しかしレミリアは呆れ顔で首を横に振った。


「少なくとも、私にはそうとしか見えないわよ。で、あんたは自分の従者の心配はしないのかしら?」

「要らないわ。あの子はちょっと抜けたところはあるけど、やるときはやる子だから」


 幽々子はレミリアの質問にそう断言した。そこには、彼女に対する確かな信頼が存在した。

 それを聞いて、レミリアは小さく笑みを浮かべた。


「そう。まあ、霊夢も行った事だし、あの人狼や人形遣いもいるからもう問題はなさそうね。ゆっくり待ちましょう」

「そうね。何かおやつ持ってないかしら?」

「……持ってないわよ」


 幽々子の腹ペコに、レミリアはすっかり脱力して頭を抱えるのであった。

 そして先程レミリアが見送った霊夢の向かう先では、最後のひとりとなった輝夜がギルバート・妖夢・アリスの三人と戦っていた。


「んのおおおおお!」


 輝夜から放たれる弾丸の雨を、ギルバートは障壁を張って必死で受ける。

 月影との戦いで消耗した力は未だに回復しきっていない。しかし、それでも彼は自分の背後に居る仲間を守るために踏ん張っていた。


「それっ!」

「行きます!」


 そのギルバートの後ろからアリスは落ち着いて人形を飛ばして攻撃を仕掛け、妖夢はギルバートの負担を減らすように弾丸を切り払いながら輝夜に向かって斬りかかっていく。

 それらの攻撃を、輝夜は適度に避けながら防壁を張ることで耐え忍ぶのであった。


「ぐっ、いったぁ……」


 輝夜は先程魔理沙の一撃を受けた脇腹を押さえながら、その痛みに顔を歪める。

 その表情は若干蒼褪めており、状況があまり思わしくないことが見て取れた。

 それでも、彼女は目の前の三人を落とそうと伍色の弾幕を放っていく。


「腹ぁ括れよ!」


 狂狼「キャノンボールクレイジーウルフ」


 そんな彼女に、ギルバートが黄金の砲弾となって輝夜に襲い掛かる。

 それは揺さぶりをかけるための一撃。不完全な状態ながらも月の魔力を受けて強化された彼の一撃は、輝夜の弾幕を打ち消しながら彼女の防壁に突き刺さる。

 輝夜はその攻撃を耐えながら、その射線上から身を躱す。そして攻撃をやり過ごしたのを確認すると、脇腹を押さえたまま息をついた。


「うぅ……響くわ~」

「何を安心しているのかしら?」

「うっ!?」


 少し気が抜けた輝夜の周りを、アリスの人形が素早く囲い込んで弾幕のシャワーを全方面から浴びせる。

 輝夜は完全に閉じ込められた状態になり、身動きが取れなくなった。


「これならどうです!」


 断命剣「迷津慈航斬」


 妖夢がスペルを使用した瞬間、彼女の剣が揺らめく炎のようなオーラを纏い始める。

 そして妖夢はその剣を大きく振りかぶると、全身の力を使ってその刃を輝夜に叩きつけた。


「はああああああああああ!」


 それはまさに一刀両断の太刀。

 彼女の刀は、空を切り裂くかのように輝夜を覆っている防壁を切り裂き、砕いて見せた。


「ああっ!」


 目の前で砕け散る防壁に、輝夜は思わず顔を覆う。

 その彼女の腹に、何かが押し当てられた。それは何かを抱えた巫女の手と、眩いばかりの光を放つ札であった。


「これで、とどめよ!」 


 幻符「無限神域 白夜」


 霊夢はそう言うと、札に込められていた力を解放した。

 その瞬間、札に押さえ込まれていた光が一気にあふれ出す。

 銀月の力によって増幅された光はどこまでも伸びていき、周囲を真昼のように白く染め上げ始めた。

 それは、暗いはずの夜の空が沈まぬ太陽によって照らし出された、文字通りの白夜のような光景であった。


「あっ……」


 その光の世界の中心で、輝夜は光の中に飲まれていく。

 人間の限界を超えた、圧倒的な力の奔流に押し流された彼女は飛びそうな意識を必死で押さえ込む。

 その中で、輝夜はあることに気がついた。


「……この力……」


 光が収まり、夜の帳が戻ってきた世界の中で、輝夜は先程の感触を確かめるように眼を閉じる。

 そして、彼女は小さく息を吐いて眼を開けた。


「……そう。貴女達が、この夜を止めていたのね」


 輝夜の瞳が開かれた瞬間、夜空の星が回りだし、月が動き始める。

 その速度は非常に速く、テレビの高速再生を見ているようであった。


「貴女達が作った半端な永遠の夜なんて」


 「永夜返し -待宵-」


 急速に流れ出すときの中で、世界を元に戻そうとする輝夜を守ろうとするかのように星々が弾丸となって霊夢達に襲い掛かる。

 それと同時に、何かにヒビが入るような音が聞こえ始めた。


「私の永遠を操る術で全て破ってみせる」


 「永夜返し -子の四つ-」


『永遠と須臾を操る程度の能力』。輝夜が持つ、時の流れを操る能力。

 それは、一秒にも満たない時間を永遠にし、永遠とも取れる長い時を一瞬にしてしまうものである。


「夜明けはすぐそこにあるはずよ」


 「永夜返し -丑の四つ-」        


 世界の空にひびが入る。

 術によって作られた、偽りの永遠。それは夜空を回す天蓋の歯車に挟まり、その動きを止めている異物のようなものであった。

 輝夜の能力はその異物を須臾の世界に放り込み、砕いていく。


「どう?」


「永夜返し -寅の四つ-」        


 空が崩れ落ちてくると同時に、黒の世界が段々と群青色に染まっていく。

 その色は群青から青へと変わり、段々と白み始めていた。


「これで永夜の術は破れて、夜は明ける!」


「永夜返し -世明け-」         


 こうして、幻想郷に待ちわびた朝が訪れた。


 え~、皆様たいへんお待たせいたしました。


 メインは藍による永琳の説得、レミリアによる銀月の折檻、そして主大好きわれらが忠犬将志の盛大な自爆がメインの話でした。

 藍様、自機でもないのにとっても大活躍してます。

 おそらく、現状永琳の心の中をもっとも理解できるのは将志ではなく、彼女かも知れません。

 そして、永琳の心を手玉にとって異変の終結を確約させたのでした。

 ……あと、詳しい内容を知ってる人は、将志がそれについての言及が無いことには突っ込まないで下さい。理由があります。


 レミリアはちょっと(?)強化させてもらいました。

 と言うのも、私の中ではレミリアは影の努力家と言うイメージがありまして……負けず嫌いな彼女が、霊夢や銀月にやられたまま黙っているとは思えないのです。

 あと、銀月も少しばっかりおぜうさまに対する認識が変わってまいりました。

 少々気障な演出をしていますが、これもレミリアを少しでも喜ばせようと努力した結果です。こんなにも月が云々なんてちょっと中二っぽい台詞を放つおぜうなら喜んでくれると思ってます。

 それと、この話で分かったと思いますが、『限界を超える程度の能力』は万能ではありますが、決して無敵ではありません。

 その辺りの弱点についても、後で話があります。


 それから将志ですが……はっきり言って永琳は彼にとって致命的な弱点です。

 主が大事すぎて冷静な判断が出来なくなっています。

 と言うのも、将志は何だかんだで主を守りながらの戦いと言うものの経験が少ないですから、加減が分からないのです。


 それから、魔理沙も何気にパワーアップ。

 パチュリーからノンディレクショナルレーザーを盗み取ってたので、将志の弾幕も盗んでいただきました。

 そして、威力はご覧のとおり。何かを貫くことに特化したものです。


 他にも少しありますが、今回はこれくらいで。


 では、ご意見ご感想お待ちしております。



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