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銀の槍のつらぬく道  作者: F1チェイサー
永い夜と銀の槍
158/175

永夜抄:銀の槍、戦う


 戦いが始まって四半刻が経とうとしていた。

 札星ナイフ、紅白青などの弾幕が一点に向けて集中的に様々な方角から放たれていた。


「ふっ……」


 その大嵐の中心を、黒髪翠眼白装束の少年が駆け抜けていく。

 彼は草原を駆けるガゼルのように素早く不規則な軌道で飛び回り、飛んでくる弾幕の隙間を縫って自分に襲い掛かる相手に反撃していた。


「くう、当たらないわね!」

「すばしっこいな!」


 霊夢と魔理沙は飛んでくる銀と翠の弾丸を回避しながら、高速移動する月影の行く先を狙って攻撃す。

 しかし月影はその速度を一瞬でゼロまで落とし、斜め後ろに飛び上がって攻撃を回避する。

 その挙動は身体に大きな負担をかける無理なものであったが、月影は何一つ顔色を変えずに戦い続ける。


「銀月の日頃の訓練の賜物だよ。もう分かってると思うけど、銀月は君達が思っている以上の力はあるんだ」


 戦い方は下手だけどね、と言葉を付け加えながら月影は青い札を使ってその場からいなくなる。

 その表情と口調には随分と余裕があり、まだ余力を残していることがはっきりと見て取れた。

 そして音もなくレミリアの目の前に出ると、その手に翠色の短刀を二本取り出して静かに襲い掛かった。


「この、お前の戦い方は何通りあるのよ!?」


 次々と手数で押して行くような月影の攻撃に、レミリアは手にした紅い槍で応戦して激しく火花を散らしていく。

 一見ただ繰り出しているかのように見えるその翠の連撃は、その実レミリアが対処しづらいところを正確に計算して行われており、この双刀での戦いにもかなり熟練していることが見て取れた。


「それは僕にも分からない。ただ、何が最適な行動かは何となく分かるんだ」


 月影はそう言いながら、左手に手にした短刀をくるりと反転して後ろに投げながらレミリアから離れていく。

 そこには斬りかかろうとしていた妖夢が居て、彼女はその正確無比に投げられた短刀を手にした刀で弾かざるを得なかった。

 楼観剣に短刀が当たると重たい感触と共に妖夢はその勢いをそがれ、短刀は甲高い音を残して宙を舞う。

 そうして動きが止まった妖夢に、月影は弾かれた短刀をキャッチすると下からもぐりこむように妖夢に攻め込んでいった。。


「分からないのに、そんな腕前で戦えるんですか!?」

「そう。言ったでしょ、僕は反則使いだって。もっとも、この銀月の滅茶苦茶な身体能力が無ければここまではならなかったけどね」


 妖夢は先程受けた刀をすり抜ける一撃を警戒して受けずに下がると、その目の前を翠色の宝石のような刃が翻る。

 それを押し込むように機関銃のような連撃を加えながら、月影は涼しい顔でそう言ってのけるのであった。

 その言葉を聞いて、咲夜がナイフを投げながら月影に向かって口を開いた。


「貴方から見て、自分の能力が異常なのかしら?」

「まともな人間がこんな能力を持つわけないだろう?」


 妖夢に攻め込む手を止め、彼女を突き飛ばすようにしながら咲夜のナイフを躱す。

 咲夜のナイフは時間差を生みながら次々と多角的に月影を攻め立て、月影はそれを悠々と躱していく。

 咲夜の狙いとしては崩れた味方の体勢を整える時間稼ぎがメインなので、余裕を持って話が出来るのだ。


「じゃあ、それを言う貴方は何者なのかしら? 翠眼の悪魔の人格の一つ、なんて単純なものじゃなさそうだけど?」

「それは内緒」

「何で?」

「その方が格好良いから、とか?」


 悪戯な笑みを浮かべて、月影は咲夜にそう答えた。


「銀月みたいなことを言って!」


 しかしその茶化すような言い回しが癪に障ったのか、霊夢が横から針の弾幕を展開してくる。

 月影はその様子に苦笑いを浮かべながら、その迫りくる針の山をすり抜けるように避けて攻撃を止めた。


「ああ、僕は銀月のことは割りと気に入ってるもの。ただ、ちょっと溜め込んでることが多すぎるかな? おまけにあんまり芸達者なものだから、誰にも気付いてもらえないし」

「何でそんなことが分かるのよ!」

「分かるともさ。だって、銀月の心の中身は眠っている僕にも届いていたからね。銀月が何を思ってこの異変に参加したか、どうして命を削って戦ったのか、知りたくないかい?」


 その場に立ち止まり、戦闘を中断してまで話をする月影。

 その様子は、その場に居る全員に自分の話を聞かせようと言う意思が見て取れた。

 そしてその内容は、周囲の攻撃の手を止めるのに十分な効力を発揮した。


「銀月の心の中身……?」

「おやおや、どうやらみんな興味津々みたいだね。まあ、あの銀月の内面を知っている奴はまず居ないだろうし、当然と言えば当然か」

「……おい。お前、何が目的だ?」


 茶化すような月影の言葉に、レミリアは警戒心を消すことなく月影に問いかける。

 そんな彼女に、月影はキョトンとした表情で首を傾げた。


「目的と言うと?」

「銀月の内面を話に持ち込んだ目的だ。それはこの一件に関係することなのかしら?」

「関係あるよ。あいつが暴走した原因は、その内面にあるんだ。でも、だからと言ってあいつの本音を僕が言うことは出来ないけどね。僕は銀月の身体を支配する人格の一つとしてここに居るけど、人格としてはほぼ別人。人の秘密を、簡単にばらすほど口は軽くないし、そもそもそれじゃあダメなんだ」

「じゃあ、お前の目的は何?」

「僕の目的は、君達が銀月の本音を引き出せるかどうかを見極めるのが目的さ。直接あいつの口から言わせないと、絶対認めないだろうからね。そして、認めさせないとあいつの暴走は絶対に止まらない」


 レミリアの質問に、月影は困った様子で苦笑いを浮かべた。

 その様子は手の掛かる弟を思いやる兄のようにも見え、また銀月のことを深く理解しているようにも見えた。

 様々な要因を鑑み、その言葉に嘘はないと判断してレミリアは頷いた。


「それで、どうやって見極めるのかしら?」

「昔っから言うでしょ? 男は拳で語り合うもの。だから、また戦ってもらうよ」

「ギル以外全員女だけどな」

「性別は関係ないさ。拳で語ると言うのは、自分の心を行動で示すということ。どれだけあいつのために本気になれるか、あいつの口を割る自信があるか。そして、その内面を知る覚悟があるか。それを試させてもらうよ」


 茶化してくる魔理沙にそう言うと、月影は静かに右手に翠色の刀を作り出し、左手に青白いミスリル銀の槍を手に取った。

 そんな彼に対して、一つの疑問を持った霊夢が彼に声を掛けた。


「その目的、何で最初から言わなかったのよ?」

「それは、僕がこの身体でどれだけのことが出来るかまだ分からなかったから。君達より弱いようじゃ、この方法は使えないからね」


 月影はそう言うと静かに眼を閉じ、大きく息を吐いて眼を開けた。

 霊夢達を見極めるべく開かれたその翠色に光る双眸は、今までにはなかった真剣さと底知れぬ深さを感じさせるものであった。


「さて、君達は僕を納得させられるかな?」



 /



 時を同じくして、将志はまだ藍の式神達を相手していた。

 将志は黙々と段々強くなる式神の群れを相手にし、勝利を重ねていく。

 しかし藍はまるで底などないかのように次々と式神を繰り出してくるのであった。


「……次だ」


 そうして、将志は八体同時に相手していた式神を全て下し、その主である藍を見た。


「は……ははは……すごいな! 本当に、お前の本気はどこまで強くなるんだ!」


 藍の額からは滝のように汗が噴出しており、息もかなり上がっている。

 しかし、その表情から笑みが消えることはない。今の彼女には、消耗していく自分の体すらも将志がもたらしたものとして喜びに変わっているのだ。

 その藍に対して、表情一つ崩さずに将志は次の言葉を言い放った。


「……いいから次を出せ。お前の気が済むまで、燃え尽きるまで相手してやる」

「ああ……次は、もっと多いぞ!」


 藍はそう言うと、九体の式神を繰り出した。

 式神達の持つ槍の構えはもはやオリジナルと寸分変わらぬものにまで洗練されており、生半可な実力者では攻め込む隙が全く見つからないものになっていた。


「……九体か。その程度で俺を倒せると思うとはな」


 その式神達を見て、将志はそう言って鼻を鳴らして式神達に攻め込んでいく。

 彼は瞬間移動とも取れる速度で一瞬で式神達の槍の間合いの少し外に現れ、それに反応した式神達は槍の穂先を将志に向けて一斉に迎撃体勢を取る。


「……ふっ」


 将志の槍が鋭い風切り音と共に白銀の線を一本宙に引く。

 その一閃は式神を狙ったものではなく、式神の持つ槍の柄を音もなく切断し、意表を突かれた式神の思考に若干の空白が生まれる。

 そして次の瞬間、一切の無駄のない最速の軌道で飛んできた槍が式神の胸を貫いていた。

 それと同時に将志は素早く相手から間合いを取る。するとその僅かの後に、三つの槍が将志の突きよりもほんの少し遅れるくらいの速度で彼の居たところを貫いていた。

 一方で、将志は完全に式神達の攻撃の範囲外に離脱しており、既に再び攻め込む体勢を取っていた。

 その一連の動きは生半可な実力者には全く見えないほどの高速で行われた、数秒にも満たないたった一瞬の攻防であった。

 それを終えて、式神達が将志のほうへと弾幕を飛ばしながら一斉に向かってくる。


「……次はっ!?」


 それを迎撃しようとした将志は、目の前の光景を見て固まった。


「ふふっ……愛しているよ、将志……」


 自分を抱きしめる温かさと柔らかさ、そして唇に残る濡れた感触。

 将志の目の前には、つい先程まで幻影で姿を眩ましていた九尾の狐の姿があった。

 彼女が微笑みながら将志から身を離すと、再び幻のようにその姿が消え、元の幻影が姿を現す。

 それと同時に、残りの八体の式神達が自分を取り囲むように襲い掛かってきた。


「……ちっ!」


 将志は少し身体を捩るようにその槍を躱しながら、自分の槍でそれぞれの軌道を変える。

 すると式神達の槍は複雑に絡み合い、そのうちの四つが味方の式神に突き刺さって自壊していく。

 その攻撃を引き戻す四体を囲むようにして、銀の螺旋が一瞬の雷光のようにその外側を通り過ぎた。

 そしてその螺旋が消えると同時に、全ての式神が元の紙へと千切れて還っていった。

 それを見届けると、将志はその向こう側に佇む人影を見る。


「……ああ……済まないな。我慢できなくて、ついしてしまったよ。やはり、お前との接吻は心地が良い……」


 そこには、恍惚とした表情を浮かべて唇をなぞる藍がいた。

 その吐息は艶っぽく、トロンとした眼は夢見心地で宙を彷徨っていた。

 そんな彼女に、将志は手にした自分の本体である『鏡月』と銘打たれた槍を握る力を強めた。


「…………早く次を出せ」

「全く、お前もせっかちな奴だな。余韻に浸る時間ぐらいあっても良いじゃないか」

「…………良いから出せ。早くしないと、夜が明けるぞ」


 自分の言葉に笑みを浮かべて答える藍に、将志は抑揚のない声でそう言い放つのであった。


「…………」


 その一方で、藍の行動を受けて明らかに行動に変化のあったものがいた。

 永琳は力いっぱい矢を引き絞り、目の前の敵に矢を放つ。しかしその矢は大きく右に反れ、目標から大きく外れてしまっていた。

 そんな彼女に、その相手である妖怪の賢者はほくそ笑んだ。


「そんなに乱れた心じゃ私に射を当てるのは無理よ。それほど藍と将志の口付けが許せないのかしら?」

「……っ……」


 永琳は歯を食いしばりながら、紫に向かって再び矢を放つ。

 ところが、やはりその矢は大きく目標を外れ、先程よりも離れたところに飛んでいってしまった。

 その変化を見て、紫は呆れ顔で大きくため息をついた。


「図星か。貴女、今の藍のことをとやかく言えないわね。貴女の心の何割を将志が占めているのやら」

「当たり前じゃない……」


 紫の言葉に、永琳は小さく呟くように答える。

 返答を予想していなかった紫は、それを聞いて一瞬動きを止める。


「え?」

「孤独だった私を、一人で支えてくれてたのよ。離れ離れになっていても、将志のことを想うだけで頑張れた。そんな、私の一番の心の支えなのだから」


 永琳は真っ直ぐに紫の眼を目を見据えながら、そう言って弓を引き絞る。

 その矢は先端に白い光を湛えており、先程までのものとは明らかに様子が違っていた。


「……だから、誰にも渡せないわ。将志がいなくなったら、きっと私は……!」


 永琳はそう言いながら、強い念を込めて矢を放った。

 矢は鋭く音もなく飛んでいき、紫を真っ直ぐに捕らえていた。


「っ!?」


 紫はその矢の想定外の速さに驚き、とっさに結界を張ることによって防いだ。

 しかし矢は結界によって弾かれたものの、紫の結界もその一撃だけで粉々に壊れてしまった。

 その威力に、紫の背筋を冷たいものが駆け巡る。

 もし彼女の心に乱れがなければ、戦いになっていたかも怪しい相手であることを改めて認識したのだ。


「そう……許せないのは口づけのほうじゃないわけね。貴女が許せないのは、将志のほうね。貴方にとっては、あれも浮気なのかしら?」

「っ……」


 紫は更に永琳の心に揺さぶりをかけるべく言葉を投げかける。

 永琳は再び歯を食いしばり、静かに怒りを堪えて紫に相対する。

 お互いの弾幕は苛烈さを増していき、特に永琳からは抑えた怒りが吹き出すかのように光の嵐を吹かせていた。


「挑発に乗ってはダメよ、永琳」


 そんな永琳を宥めるかのように、輝夜が飛んでくる蝶の群れを躱しながら声をかける。

 輝夜の視線は将志と銀月にも向けられており、それぞれの様子を確認しながら幽々子と勝負しているのだ。

 その言葉を聞いて、永琳は小さく息を吐き出した。


「……分かってるわ。将志は絶対に大丈夫」

「そう言い聞かせないとダメなのかしら?」


 永琳の口から漏れた言葉に、紫は更にそう言って挑発する。

 それを聞いて永琳の手に力がこもるが、彼女は再び小さく一呼吸置いてざわつく心を落ち着かせた。


「思った以上にてこずっているのが心配なだけよ」


 永琳はそう自分に言い聞かせて無理やり納得すると、目の前の敵に弓を引くのであった。



 /



「やあああああ!」


 妖夢は思い切り踏み込み、横薙ぎに刀を振るって月影の胴を狙う。

 その一撃を、月影は避けることもせずに手にした青白い槍で軽く防ぐと、小さく息を吐いた。


「君は少し覚悟が軽いな。これじゃあ、本当のことを知ったときに君が傷ついてしまう」

「ふっ!」

「そこっ!」


 今度は咲夜とアリスが同時に月影に向かって弾幕を張る。

 その二人のよく計算された弾幕を避けながら、月影は首を横に振った。


「君達は必死さが足りない。冷静なのは良いけど、それじゃあ銀月の口は割れないよ」

「はあああああ!」

「っ!」


 アリスたちに一言言うと同時に、月影は上から迫る真紅の槍を甲高い金属音と共に翠色の刀で受ける。

 その一気に押し込まんばかりの一撃を受けて、月影は苦笑いを浮かべた。


「君はちょっと強引過ぎるかな。それじゃあ銀月は逆に口を閉ざしてしまう」

「いっけえ!」

「っと!」


 レミリアの攻撃で動きが止まった月影に向けて、極太のレーザーが放たれる。

 月影はレミリアを突き飛ばしてその射線上から外すと、自身は青い札を使って退避した。

 そして、味方を巻き添えにせんばかりの攻撃を放った魔理沙に向けて大きなため息をついた。


「……分かってはいたけどね、君は何も考えてないだろ」

「これなら、どう!?」


 霊夢は追尾型のアミュレットを飛ばしながら近づき、一気に蹴りをつけるべく月影に掴みかかった。

 月影はアミュレットを銀色の光の玉で弾くと、掴みかかろうとした霊夢の手を横から掴む。

 それと同時に、少し驚いた表情で霊夢に目を向けた。


「……意外だな。君、銀月を説得できる自信が無いんだね」

「くっ……!」


 月影の言葉に、霊夢は小さく声を漏らした。

 それは月影の言葉を否定しきれず、その悔しさからこぼれた声であった。

 その様子を見て、月影は残念そうにその肩を落とした。


「……そっか。銀月、上手くやりすぎたんだな。こんな生き方してたら、遅かれ早かれこうなっていたか」

「どういうこと?」

「銀月は君達にこれっぽっちも本音を言えなかった。そして不幸なことに、それを隠すのが上手すぎたんだ」

「一体何が言いたいんだ?」

「要するに、今の君達じゃ銀月を説得できない。一番説得できそうな霊夢ちゃんもどうにも自信がないみたいだし、何よりみんな銀月の表面に騙されて、その奥のことを考えてすらもいない。もっとも、あいつもあいつでそんなに強がってどうするって気はするけどね」


 月影は平坦な声で、少し投げやりにそう口にする。

 その言葉の端からは僅かながらに怒りが染み出している。それは銀月の心境を誰も考えていないことに関するものと、それを誰にも口にしようともしなかった銀月に向けたものとが入り混じったものであった。

 それを聞いて、レミリアが不服そうな態度で月影に食って掛かった。


「何を根拠にそんなことが言えるのよ」

「じゃあ聞くけど……実は、最近銀月は普段の修行をしていなかったのは知ってるかい?」

「は?」

「さっき、巻物を使った攻撃を修行の成果として出してきたじゃない。あの氷の虎を出した召喚魔法も修行の成果でしょう?」


 月影の口から告げられた事実に、一同は呆気に取られた表情を浮かべた。

 あの修行中毒ともいえる銀月が、普段欠かさず行っている修行をしていなかったという事実が信じられないのだ。

 事実、アリスが口にした通り銀月は新しい技を今日この場になって繰り出してきているのも反論材料になるのだ。

 しかし、その反論に対して月影は首を横に振った。


「じゃあ、何で素直に普段使ってる槍や札を改良しなかったと思う? 暴走させなくても自分の能力や仲間の協力を利用すれば十分に目的を達成できるはずだし、何よりも自分の父親に上手く言って新しい技を教えてもらうことが出来ればもっと確実に強くなれた。なのに、何でわざわざ今まで使ったことのないような技に手を出したと思う?」

「私達を新しい技でかく乱するためなんじゃないのかしら?」

「はあ……ちょっと冷静に考えようか。弾幕や魔術や妖術勝負ならみんなそれぞれに勝ち目がある。対して、銀月に体術や武術で勝てるのはレミリアさんだけ。ギルバート君や妖夢ちゃんで五分。後はほぼ間違いなく銀月には勝てないし、何よりあいつが味方につけていた、さっき君達が戦った月兎は明らかに遠距離攻撃のほうが得意と来た。そして、今まで少なからず君達と戦ってきた銀月がそれに気づかないはずがないんだ……それなのに、何で銀月は敢えて魔術や呪術の修行をしたと思う? 父親のために失敗できない仕事があるのにさ?」


 咲夜の意見に、月影はそう言って反論する。

 銀月が得意なのは、呪術や魔法よりも槍術や体術のほうである。更に、銀月が本来想定していた味方である鈴仙は、誰がどう見ても魔法使いタイプである。つまり、自分の方が確実に勝っている格闘戦で魔理沙達を倒して数を減らし、戦いやすくなったところで鈴仙と連携して残る三人を倒していく方法が使えたはずなのだ。

 しかし、実際に銀月が新しく習得していたのは呪術や魔法。魔法においては明らかにアリスや魔理沙の方が上手であり、陰陽道も霊夢を倒すほどの技量があるかと問われれば怪しいものである。

 つまり、銀月が新しく修行で覚えたという技には何一つとして必勝たり得る要素がないのだ。

 ……それは、『父親のために命を燃やしている銀月』にとって、大きな矛盾を孕んだ話であった。

 それを聞かされて、咲夜はしばらく黙り込んでから口を開いた。


「……そう言われると、確かに妙な話ね。私達を謀れるほど頭が回る銀月が、そんなミスをするのかしら?」

「それともう一つ。銀月はここ最近何度か血を吐いたことがあるのは知っているかい?」


 月影の口から放たれた、新しい事実。

 そのただならぬ様子のそれを聞いて、やや呆然とした様子で霊夢は月影のほうを見た。


「血を吐いた……?」

「そう。それも、修行が原因なんかじゃない。色々と溜め込みすぎたせいで、胃に穴が空いたのさ。神経性胃炎が進行した結果の胃潰瘍さ」

「嘘……あいつ、そんなことすら一言も……」


 初めて聞かされた事実に、霊夢は愕然とした表情を浮かべた。

 それはただ単に知らなかったからと言うだけのものではない。それほど身体を壊していてなお、銀月は自分に何も言わなかった。そのことが何よりもショックだったのだ。

 その様子を見て、月影は大きなため息をついて肩をすくめた。


「ほら。霊夢ちゃんですらこれなんだから、他のみんなが分かるはずも無い。あんなお気楽に振舞ってたけど、あいつの心の闇は君達が思っている以上に深いんだ。今の君達じゃ、とてもじゃないけどあの意地っ張りの口から本音を聞けるとは思えないね」

「そりゃあ諦めるのがちっとばかり早過ぎるんじゃないか?」


 すっかりやる気をなくした様子の月影に、かなり気楽な様子で魔理沙がそう言い放った。

 その言葉を聞いて、月影はゆっくりと魔理沙のほうへと向き直った。


「……じゃあ、どうすれば良いって言うのかな?」

「さっきから色々言ってるけど、どんなに銀月のことが分かってもお前は銀月じゃない。それに一人じゃダメでも、みんなで問い詰めれば本当のことを言うかもしれないじゃないか。なあ、霊夢!」

「……そうね。何が何でも、締め上げてでも聞き出してやるわ」


 魔理沙は自信に満ちた声で霊夢にそう声をかける。

 その言葉に、霊夢は自分の頬を張って気合を入れると、しっかりと月影に向き直った。

 その視線には先程までの弱さはなく、力強いまなざしを送っていた。

 そんな彼女達を見て、月影は少し驚いた表情を浮かべた後、嬉しそうに笑った。


「……ふふっ、成程ね。確かに一理ある。一人で足りなきゃ、みんなで合わせれば良いのか」


 月影はそう言うと、銀色の札を撒いた。

 それは先程銀月が連装ミサイルのようにばら撒いていたものであったが、彼が出した数は六発しかない。

 しかしその札の纏っている銀の風は唸りを上げており、先程銀月が作り出していたものよりも強い光を放っていた。


「……銀月のためにも、そんなに時間は掛けられない。量は少ないけど、さっきよりも痛いよ? 頑張って避けてくれよ!」


 月影がそう言って指を鳴らすと、まるでロケットのような爆発力のある勢いで銀の札が飛び始めた。

 それを見て、魔理沙はにやりと笑ってミニ八卦炉を月影に向けた。


「はっ、まとめて撃ち落してやるぜ! アリス、少し抑えててくれよ!」

「ちょっと、魔理沙!」


 魔理沙の言葉にアリスが慌てて障壁を張る。

 すると魔理沙の攻撃に反応した六枚の札が一斉にその障壁にぶつかってきた。

 二人の目の前は真っ白な閃光に埋め尽くされており、魔法の障壁は強大な力に押されてミシミシと悲鳴を上げ始めていた。

 その後ろで、魔理沙はひたすらにミニ八卦炉に力を送り続ける。それは今までないほどに力を送り込まれ、仄かに光を帯び始めていた。

 しかし、アリスの障壁はその間にもどんどん押し込まれてその耐久力をなくしていく。そして全体にひびが入った障壁を見て、アリスがとうとう音を上げた。


「くぅっ!? ダメ、押し込まれる! 避けなさい、魔理沙!」

「ハッ、そいつはお断りだぜ!」


 悲鳴に近いアリスの言葉にも、魔理沙は構わずチャージし続ける。

 そして次の瞬間、障壁はまるでガラスが割れるかのように粉々に砕け散った。


「きゃあああああああっ!?」


 自分の体を覆いつくす強烈な光に、アリスは思わず目を覆った。

 しかし、いつまで経っても自分の体に襲い掛かる衝撃が来ない。

 不審に思ったアリスは、そっと眼を開けて状況を確認した。


「ハァ……ハァ……」


 目の前にあったのは黄金の背中。

 そこには、月の狂気に当てられて自我を失ったはずの人狼が、自分達を守るように月影との間に立ち塞がっていた。

 その両手には、破れた札の切れ端が付いている。彼は銀の札が二人に届く直前に、その爪で仲間を襲う不届き者を切り裂いたのだ。


「へへっ……絶対に来るって信じてたぜ、ギル!」


 そんな彼に、魔理沙はとても満足そうにそう言って笑った。

 それは、心の底から彼が自分を守ってくれると信じて疑わなかった、彼への無条件の信頼の言葉であった。

 それを聞いて、アリスは驚きを隠せない様子で魔理沙に話しかけた。


「くっ……よくこの状態のギルバートを当てに出来たわね、魔理沙?」

「分かってないなぁ、アリス。ここで来なきゃ、ギルじゃないぜ!」


 魔理沙が力強くそう断言すると同時に、ミニ八卦炉が太陽のように強い光を放ち始める。

 その光を見て、魔理沙は大きく息を吸い込んだ。


「ぶっ飛べぇぇぇ!」


 次の瞬間、仮初の宇宙全体を明るく照らし出すほどの巨大なレーザービームが月影に向けて発射された。

 それを見て、月影は青い札を取り出して瞬間移動しようとする。


「っ!?」


 しかし、その行為は失敗に終わった。

 何故なら自分が取り出した青い札には、いつの間にか銀色のナイフが刺さっていたからだ。

 見ると、周囲に浮かんでいる全ての青い札にナイフが刺さっており、その機能を失ってしまっていた。


「よくやったわ、咲夜」

「私はお嬢様の指示に従っただけですわ」


 その射手は、満足げに笑う自分の主人の言葉に静かにそう応えた。

 アリスが耐えている間に、咲夜は銀のナイフで青い札を手当たり次第に破壊していたのだ。


「くっ!」


 回避が間に合わないと判断した月影は、即座に結界を張って魔理沙の攻撃を受け止める。

 その光の奔流は結界ごと月影の身体を飲み込み、押し流そうとしていく。

 月影は激しい轟音を聞きながら、自分を押しつぶそうとする濁流に耐える。


「……これくらいならどうって事……?」


 その中で、月影は何か妙なものを見つけて首を傾げた。

 魔理沙の八卦炉から放たれる白い閃光の中に、何か金色の光が混じっていたのだ。

 月影が繰り出した結界で魔理沙の砲撃を耐え続けていると、その金色の光が段々と実体をあらわしてきた。


「なっ……!?」


 そして次の瞬間、彼は目の前の事態に眼を疑った。

 魔理沙の放つ光線の中から、黄金に輝く狼が現れたのだ。


「……フーッ……銀月を返せ、月影!」


 ギルバートはそう言うと、黄金を纏った青玉の爪を結界に向けて振り下ろした。

 その瞬間、まるでビニールをカッターナイフで切り裂くかのように爪が結界を切り開いていた。


「しまっ……」


 そして、月影はとうとう魔理沙の攻撃に飲まれたのであった。

 それを見届けると、ギルバートは肩で息をしながら魔理沙のところへ戻っていく。

 そんな彼を、魔理沙は笑顔で手を上げて迎え入れた。


「よぅ、ご帰還だな、ギル」

「……あぁ……あの一撃で目が覚めた……この狂気を抑えるのは手間だったぜ……」


 ギルバートは少し疲れた様子で、それでいてはっきりとした口調で魔理沙の言葉に応える。

 どうやら本当に自分の中の狂気を押さえ込んだ様子であり、もう暴走の危険性はなさそうであった。

 そんな彼に、アリスがホッとした表情を浮かべてギルバートに声を掛けた。


「全く、どうやって抑えたのよ?」

「……ばーか、自分の精神を上手くコントロールできない魔法使いがどこに居るよ」


 ギルバートは大きく深呼吸をしながら、アリスの質問に答えた。

 その横で、月影が頭に手を当てて苦い表情を浮かべてふらふらと戻ってきた。


「あいたたた……油断大敵だね。君がそういう奴だってこと忘れてたよ、ギルバート君」

「御託を並べてないで、とっとと銀月を出せ」


 月影の言葉を、ギルバートはそう言って切って捨てる。

 その取り付く島もない態度に、月影は小首を傾げた。


「良いのかい? 銀月、まだ狂いっぱなしだけど」

「知ったことか。奴には、俺の手で一撃食らわせねえと気がすまねえんだよ!」


 ギルバートは苛立ちを隠すことなく、月影にそう言い放つ。

 どうやら彼は何が何でも銀月に言いたいことがあるようにも見えた。

 その言葉を聞いて、月影は嬉しそうに微笑んだ。


「そっか……ふふっ、君なら銀月を戻せるかもね。じゃあ、任せたよ」


 月影がそういった瞬間、彼の首がかくんと下を向く。

 それからしばらくして、その首はぶんぶんと大きく横に振られた。


「もう! 俺が自分で何とかしたかったのに! 変な邪魔が入った!」


 とても苛立った様子で、白装束の少年が声を上げる。

 どうやら、月影の人格から元の銀月の人格に戻ったようであった。


「でも、もう大丈夫♪ さあ、頑張るぞ~♪ あははははは♪」


 銀月はそう言って笑いながら、鋼の槍を取り出してギルバート達に向ける。


「……空元気もいい加減にしやがれ、銀月」


 しかし、そんな彼にギルバートが低く沈んだ声でそう言い放った。

 それを聞いて、銀月の顔から笑みが消えた。


「……どういうこと?」

「人と違うのが、そんなにつらいか?」

「何のことかな?」

「悪魔に変わるのが、そんなに怖いか?」

「っ……」


 ギルバートの言葉を聞いて、銀月は固く口を閉ざした。

 その様子を見て、ギルバートは自分の考えが正しいであろうことを確信して再び口を開いた。


「今まで、どうしても納得できなかったんだよ。お前がどうして命を捨ててまで親父さんに尽くそうとするのか。お前は命を懸けられても、捨てることは絶対にしないはずだからな。それも親父さんのためならなおさらだ。だが、今その理由がはっきりした」


 ギルバートはそう言いながら、俯いている銀月に少しずつ近づいていく。

 そして目の前まで来ると、ギルバートはその両の頬を掴んで自分のほうへと眼を向けさせた。


「お前、悪魔になる前に死ぬつもりだろ。自分の力で、周りが傷つく前に」


 銀月の翠の眼を見据えながら、ギルバートははっきりとそう口にした。

 銀月の視線が下に沈み込む。それは、都合の悪い隠し事を問いただされた子供の仕草によく似ていた。

 そして、彼は重々しくその口を開いた。


「……どうしてそう言えるのさ」

「それはな、銀月。その悩みは、俺も通ってきた道だからだ」

「え……?」

「忘れたか。俺は、厳密に言えば人狼じゃないんだぜ。人狼と魔人の混血。ひっそり隠れ住んできた人狼の歴史に、そんな奴は俺一人しか居ない。俺は、本当ならいつ何が起きてもおかしくないんだぜ?」


 想定外の言葉に目が点になっている銀月に、ギルバートは自分の現状を伝える。

 ギルバートは、人狼の世界では類を見ない人狼と魔人の混血なのである。それは様々な危険を孕むことであった。

 何故なら人狼は狂気によって理性が削られるものであり、魔法使いはその精神力で魔法を制御するものである。つまり通常の人狼よりもはるかに強力な魔力が暴走する危険性があり、その暴走した魔力が何を引き起こすか分からないのだ。

 そして、何よりも前例がない。前例がないということは、その対処法も何もないということと同義なのである。

 一見何の問題もないように見える魔狼と言う存在。しかしその実体は、薄氷の上を歩いているような命なのであった。


「……そう、だったんだ……」


 ギルバートの言葉を聞いて、銀月はそう呟く。

 その呟きは、彼の考えが間違いではないことを端的にあらわしていた。


「……やっぱり、そうですか……さっき私の剣を受けた銀月さんの槍……心が籠もっていない、とても乾いたものでした。あれは、絶望して自暴自棄になった人の心です」


 銀月が漏らした声に、妖夢が悲しげな瞳で口を開いた。

 自分を守る意思の感じられない、ただ受けるためだけに出された槍。

 月の影響で感情がむき出しになった銀月の槍は、彼の心の中の絶望を鮮明に映し出していたのだ。

 それを感じ取って、妖夢は銀月の深い心の闇の片鱗を知ったのであった。


「どうしてですか……この神も妖怪も一緒に暮らしている幻想郷で、そんなに悪魔になるのが嫌なんですか?」

「……違うんだ……俺は怖いんだ……悪魔になると、自分が自分でなくなってしまいそうで……みんな壊してしまいそうで……」


 妖夢の問いかけに、銀月は頭を抱えて震えながらそう口にした。

 自分はかつて妖怪の命を貪り食った悪魔であり、周囲にどんな被害をもたらすか分からない。

 ならいっそ、何も起きぬうちに自分の命を終わらせてしまおう。

 自分が悪魔に変わっていく恐怖と周りを傷つけてしまうという不安は、自ら命を断つことまで考え、実行させるほどに彼の心を蝕んでいたのだ。


「ふざけるな! そんな勝手な都合で死なれてたまるかよ! 俺の借りを返しきるまで、何が何でも生きてもらうぜ!」


 そんな彼に、ギルバートは激昂する。

 自分の宿敵とも言える存在が、自分が乗り越えてきた恐怖に負けてしまっているのが許せないのだ。

 その言葉に、銀月は少したじろぐ。


「勝手だなんてそんな……」

「いいや、勝手だぜ。そんな大事なこと、何で今まで私達に言わなかったんだ?」

「……っ、こっちの事情も知らないで! ああくそっ、どっちが勝手だよ! どいつもこいつも、自分の都合ばかり並べ立てて! 言えない理由だってあるんだよ! それを勝手って言われても、どうすれば良いのさ!?」


 大いに不満そうな魔理沙の言葉に、銀月はそう言って逆上する。

 妖怪を妖怪たらしめるのは、どのような形であれ信仰である。つまり、銀月は自分が翠眼の悪魔であると知られれば知られるほど悪魔に近づいていく。

 それはたとえ自分の正体を知っている者でも適応された。何故なら、彼らにとって自分はまだ人間なのだ。それが悪魔に変わったと知られると、それもまた自分の悪魔化に繋がると考えたのだ。

 その結果、銀月は誰にも話すことができず、自分ひとりで抱え込んでつぶれてしまったのだ。

 絶望に押しつぶされた彼には月からの狂気に抵抗する気力は残されておらず、それ故に狂ってしまったのであった。


「銀月……」


 そんな彼に、霊夢は俯いたまま話しかける。

 その普段と違う様子の彼女に、銀月はゆっくりとその方を見た。


「……霊夢?」

「……私、あんたがそこまで思いつめてたなんて知らなかった……」

「……そう」

「どうして何も言ってくれなかったのよ……」


 小さく、絞り出すような声で霊夢はそう口にする。

 その言葉には、自殺を考えるほどに彼が傷ついてしまった悲しさと、全く相談してくれなかったことに対する悔しさがにじみ出ていた。

 それを聞いて、銀月は力なく俯いた。


「……言えるわけないだろ……だって、君が俺の悪魔化を止めることが出来るわけじゃない。それどころか、俺は君にもっとつらいことを頼まなきゃいけなくなる」

「どういうこと?」

「……父さんもお嬢様も、俺が悪魔に堕ちないと殺してはくれない。けど、それ以外の人が殺そうとすると俺はもっと酷い暴走をしてしまうかもしれない。それでも、俺は人間として生きて、人間として死にたいんだ……」


 銀月の言葉に、霊夢は言葉を失う。

 その言葉には、彼の深い深い絶望しかなかったからである。


「だからさ……俺は、俺が悪魔になる前に……君に、俺を封印してくれって頼まなきゃいけないんだぞ」


 銀月は小さく自分の望みを霊夢に告げる。

 自分が周囲を傷つける前に、人間として綺麗なまま死ぬこと。それが今の彼の望みであった。

 しかし、自分の体では簡単には死ねない。

 だからこそ、銀月は霊夢に自分を封印してもらうことを望んだのだ。

 それを聞いて、霊夢は大きく息を吐いた。


「……良いわ。その時は、私が封印してあげる」

「霊夢……?」

「その代わり、そうならないようにあんたももっと頑張りなさい。今回みたいにまた勝手に寿命を縮めたりしたら許さないわよ」


 霊夢は極めて平静を装ってそう口にした。

 彼女は銀月の絶望を知ってかなり落ち込んでいる。しかし、彼女は全く諦めていないのだ。


「さあ、こっちに来なさい、銀月」


 霊夢はそう言うと、銀月に手を差し伸べた。



 /



 宇宙の真ん中に張られた銀の蜘蛛の巣が、十五体の式神達を一気に絡めとる。

 捕らえられた式神達は一斉にただの紙に戻り、千切れて消えてしまった。


「……次」


 それに何の感慨も持つことなく、将志は次の相手を所望する。

 そんな彼の姿に、藍は血の気の引いた顔で笑みを浮かべた。


「……ふふふ……流石だな、将志」


 そう言うと同時に、藍の姿が消えて将志の目の前に現れる。

 幻術とは明らかに違う目の前の気配に、将志は彼女が本物であることを悟って首を傾げた。


「……藍?」

「素晴らしかった! 私がどんなに頑張っても、どんなに切り札を切ってもお前はびくともしなかった! ……きっと私では、お前の本気を引き出せない……それが分かって、私は満足だ!」


 藍は本当に満足げにそう言って笑う。

 その服は汗で濡れており、青白くなった顔からはもう彼女に戦う力が残されていないことが見て取れた。

 そんな彼女の様子に、将志は油断なく槍を向ける。


「……なら、どうする気だ?」

「私の望みを叶えてくれ」

「……何?」

「苦しまないように、その槍で私の心臓を一突き。お前なら、出来るだろう?」


 藍はそう言うと、両手を広げて将志を待ち構える。

 その表情に悲しみはなく、持てる力を出し切った満足感と自分の望みがかなうという愉悦に溢れた、晴れ晴れとした表情であった。

 そんな彼女に、将志はその場から動くことなく冷静に彼女を見定める。


「…………後悔も出来んぞ」

「後悔などするわけないだろう? お前の手の中で逝けるなら、私は本望だ。さあ、やってくれ」

「…………そうか」


 将志は小さく息を吐き出すと、静かに槍を藍に向ける。

 その切っ先が向かう先は藍のみぞおちの少し左。そのまま進めば、確実に彼女の心臓を貫く状態であった。


「…………行くぞ」


 将志はそう言うと、大きく一歩踏み込んだ。



 /



「……ごめんよ」

「っ!?」


 差し出されたその手を、銀月は掴まなかった。

 一歩後ろへ引いた銀月に、霊夢は呆然と差し出した手を宙に彷徨わせた。

 そんな彼女に、銀月は悲痛な表情を浮かべて口を開いた。


「……それが君の本心だって事はよく分かる。けど今封印してくれないなら、いつか暴走したときに本当に俺を止められるかどうか……」

「……この馬鹿!」


 霊夢がそう叫んだ瞬間、銀月は思いっきり引っ張られる感覚を覚え、その直後に自分の頬を張り倒される痛みを感じた。


「え?」


 一瞬訳が分からなくてキョトンとする銀月。

 そして気が付くと、霊夢は自分の胸倉を掴んで思いっきり右手を振りぬいた格好になっていた。


「全く、あんたがそこまでネガティブな奴だなんて思わなかったわ! あんたを止める手段なんていくらでもあるわよ! あんたが暴走したって、とっ捕まえてひっぱたきゃ良いんだから!」

「れ、霊夢? うぶっ、痛い! 痛いってば!」


 霊夢は銀月の襟首を掴んだまま、がくがくと揺さぶりながらそう怒鳴り散らした。

 苛立ちが頂点に達し、怒りが大爆発した彼女は揺さぶりながら何度も銀月の頬を引っぱたく。

 そんな頬から乾いた音を響かせている彼に、こちらも苛立った様子の紅魔の主従が銀月に詰め寄ってきた。


「ったく、あんた紅魔館の一員だって自覚が無いのかしら? 簡単に絶望してくれるわ私を舐めくさってくれるわ、どういうつもりよ? 大体、お前ごとき私一人で止められるし、あの親馬鹿が黙ってみていると思うわけ?」

「妹様もきっと止めに来るでしょうね。と言うより、紅魔館総出で止めに来ると思うわよ?」

「痛い痛い! レミリア様、すね蹴らないで! 咲夜さんも、わき腹抓らないで! あと妖夢、君は一体何をしてるのさ!?」

「何って刀のお手入れです。切れ味が良いほうが苦しまなくて済みますよ?」


 思い思いに殴る蹴るの暴行を受けながら、銀月は各々の思いの丈を受け取る。

 そんな彼の様子を見て、魔理沙とギルバートは楽しそうに笑った。


「随分な人気者だな、銀月。私やギルだけじゃなくて、紅魔館全員追いかけてくるなんてな」

「だな。と言うか、暴走くらい望むところだ。そのお前を、サシの勝負でぶっ倒してやるよ」

「それじゃあ、私はギルバートが倒されたときに額に犬って書いてあげるわ」

「どうしてそう水を差すかなぁ、お前は!!」


 突然横から湧いて出たアリスの一言に、ギルバートはそう言って吠える。

 するとそれを聞いて、レミリアが何か思いついたように意地の悪い笑みを浮かべてギルバートの方を向いた。


「ああそうそう、負けたりしたらお前には門番になってもらうからそのつもりでね」

「いきなり何の話だ!?」

「あら、この私がセコンドにいてあげるって言うのよ? それくらいの見返りがあっても良いじゃない。うちの門番だけじゃ頼りないし、そろそろ門番も増やしたいところだったからね」


 予想斜め上の一言に唖然とするギルバートに、レミリアはそれが当然と言わんばかりにそう口にした。

 それを聞いて、咲夜はいかにも名案と言わんばかりに大きく頷いた。


「そういうことなら、ぜひとも銀月には勝ってもらいましょう。美鈴も、ギルバートが一緒ならきっと真面目に働くでしょうし」

「げえ、そんなことされたらパチュリーのところに行きづらくなるぜ……ギル、頑張って勝ってくれよ?」

「大丈夫です。仮にどちらかの体と魂が泣き別れても、きっと幽々子様がお手伝いさんに雇ってくれます!」

「それは困るわ。銀月はうちの大事な食事係なんだから、ちゃんと返してもらうわよ。ギルバートはあげるけど」

「だぁ~! テメエら揃いも揃って自分の都合ばかり話すんじゃねえ! しかも何で俺の去就の話になってんだよ!? 何で訳の分からんうちに俺が召使をやる話になってんだよ!? おかしいだろうが!!」


 完全に話が脱線している面々に、とうとうギルバートがキレた。

 何やら勝手に自分を召使やら門番やらの皮算用に使ってる面々に、彼はまくし立てるようにツッコミを入れていく。


「ふ……ふふっ……あはははははは!」


 そんな彼らの様子を見て、銀月は思わず笑い出した。

 自分はまだ彼らの日常の中に居る。彼らは、自分を抑える自信がある。

 その能天気とも言える光景は、不安に包まれていた彼に大きな安心感を与えたのだ。

 銀月はひとしきり笑うと、大きく深呼吸をして、笑顔で皆に声を掛けた。


「ありがとね、みんな。どうやら、俺は色々と早まったみたいだ」

「おう、ようやく気付いたか」


 銀月の言葉に、ギルバートは満足げに笑う。

 まだ問題を解決できたわけではないが、まずは彼がこの場を乗り越えることが出来たことが嬉しいのだ。


「でも、たぶん本当に俺が悪魔になってしまうときは、またこんなことをしてしまうかもしれない……その時は、みんなで止めてね?」

「心配しなくてもそのつもりよ。さあ、帰るわよ」


 申しわけなさそうな苦笑いを浮かべて頭を下げる銀月に、霊夢はそう言って背を向ける。


「……それとこれとは、話が別なんだなぁ、これが」


 しかし、帰ってきたのは期待したものとは全く違うものであった。

 その言葉を聞いて、霊夢達の間に一気に緊張が走った。


「……何?」

「だって、父さんを手伝うって言ってここにいるのに、途中で帰るなんて無いだろう? 男なら、有言実行しなきゃ」

「おい、お前いい加減に……」

「ああ、心配しないで、魔理沙。もう命を削るつもりは無いから。ちょっと違うけど、従者は何が何でも生きて主人のために尽くす。親子も一緒だよね、妖夢?」

「はい!」


 自分を叱ろうとする魔理沙に、銀月ははっきりとそう言い切って妖夢を見る。その視線には先程まで抱えていた絶望は欠片もなく、気力に溢れた強い光が見えた。

 それを受けて、妖夢もすっきりとした表情で答えるのであった。

 そのやり取りを見て、ギルバートは不敵な笑みを浮かべてその前に立った。


「良いぜ。そういうことなら受けて立つ。一対一じゃないが、色々あったせいで俺も本調子じゃない。ちっとハンディ貰うぜ」

「ああ。俺も万全の状態の君じゃないと倒し甲斐がないし、俺もどこまでやれるか知りたいからね」

「へぇ……私を敵に回してどこまでやれるか試すなんて、良い度胸じゃない。それも、私以外の奴も同時に相手にするなんて、随分軽く見られたものね、銀月?」

「そりゃあ、貴女以上の化け物を普段から相手してますから」


 銀月のギルバートへの返答を聞いて、全身に赤い光を纏ったレミリアがギルバートの前に立つ。

 どうやら自分を差し置いて、話を進められるのが面白くなかったようである。

 そんな彼女に、銀月はにこやかに返答する。その言葉を聞いて、今度は霊夢がレミリアを押しのけるようにして銀月の前に立った。


「だからって、私達を甘く見るんじゃないわよ。悪魔なんかに負けるほど、私は弱くないわ。化け物を倒すのは、いつだって人間なんだから」


 霊夢はそう言いながら、手にした御幣を銀月に向ける。

 そこには意地でも目の前の翠眼の悪魔を調伏してやろうと言う気迫と自信が見て取れた。

 そんな彼女の姿に、銀月の眼にうっすらと涙が浮かんできた。


「頼もしいなぁ……本当に何とか出来そうな気がしてきた。それじゃあ向こうも何やら決着が付いたようだし、まずはみんなにちょっと謝ってくるよ」


 銀月はそう言うと、自分の父親が慕う総司令のところへと向かっていった。




 /



「…………」


 両手を広げた藍の心臓に、真っ直ぐ突き出された銀の槍。

 しかしその槍が彼女の胸に届くことはなかった。

 将志が繰り出した銀の槍は、藍の胸に触れる寸前でぴたりと止まり、そこから動かなくなったのだ。

 将志はそのまま俯き、微動だにしない。

 しばらくの間、二人の間を静寂が包み込む。

 そして、将志は重い口を開いた。


「…………何故だ……何故、お前を貫けん……何故ここで槍が止まる……!」


 将志は絞り出すような声で、そう声を漏らす。

 彼の頭は、藍の心臓を貫けと号令を掛けている。しかし、将志の体は激しい鼓動と張り裂けそうな胸の痛み、そして中からこみ上げてくる何かによって激しく抵抗していたのだ。

 そんな彼の様子を見て、藍は自分の目の前に突き出された槍をそっと撫でた。


「……槍が泣いているぞ、将志。それじゃあ……私は、殺せないぞ……」


 そう話す藍の声は震えていた。

 藍には分かっていたのだ。

 将志はずっと何が何でも確実に主を守らなければならないと言う思いを胸に戦ってきた。しかし、心の奥底ではそのために自分を愛し時には支えてくれた相手を殺さなければならないと言う事実に苛まれていたのだ。

 その心情は今までの将志の行動にも如実に表れていた。彼は藍が大きな障害になり殺すことが最適と判断しながらも、確実に殺せるはずだった最初の戦いで彼女を些細な理由で見逃し、先程までの戦いでも無差別に全方位を攻撃することで幻術で隠れている彼女を炙り出すことが出来たはずなのだ。

 もしも将志が一切の感情を切り捨て、ただひたすらに主のことを考えていた以前のようであったのなら……最初の戦いで藍は死んでいたはずなのだ。

 藍を殺さなければならないという思考がまとわりついた将志は、藍を殺すことを無意識に避け、なおかつ主人に強力な式神が向かわないように彼女と戦い続けるしかなかったのだ。

 そして、最後の最後でついにその槍が止まった。

 戦いに感情を出すことのないはずだった将志のそれを受けて、藍も感極まって感情があふれ出したのであった。

 そんな彼女の姿は、将志の揺れる心に更なるゆさぶりをかけていく。


「……何故だ……何故そうまでして、俺にこだわる……何故お前は、俺に殺されようとするのだ……!」


 将志の口から、静かな叫び声が聞こえてくる。

 その言葉に、藍はこみ上げてくるものをぐっと堪えて口を開いた。


「……それは、私がお前を愛しているからだ」

「……だから俺に、かけがえのない友人を斬れと言うのか……主を守るために、お前を斬らなければならないのか……!」


 将志は掠れた震える声で、今の状況を呪う。

 彼は今まで、数え切れないほどの戦いを経験してきた。もちろん、相手を殺したこともある。しかし、彼は親友とも呼べる間柄の相手を殺したことは一切無いのだ。

 初めて極めて親しい相手に向ける、命を奪う刃。その刃は、自分の心に何よりも深く突き刺さっていたのだ。


「……もうやめてくれ……いくら主を守るためとはいえ、俺は……お前を斬りたくない……!」


 将志は静かに涙を流しながら、突き出した槍を引いて藍に再びその刃を向ける。

 その心は当に砕けている。しかし、それでも彼は自分の主を守ると言う意思を貫こうとしているのだ。

 そして、その刃は先程よりも深い悲しみを持って自分を貫くであろうことが、藍には分かった。


「……それでも、主のために私に槍を向けられるお前は立派だよ。おそらく、ここで私が首を横に振れば、その槍は私の心臓を貫くだろう」


 藍はそう言いながら、将志に一歩近づく。

 その心は将志が自分を殺せないほどの存在だと思ってくれたことに対する嬉しさと、それでも彼の主への思いを曲げることが出来なかったことに対する悔しさが交じり合った、非常に複雑なものになっていた。

 そして何より、自分の想い人を苦しめてしまっている。その事実が、藍の歩みを進ませる。


「けど、もうやめにしよう。お前がこんなことをしたのには、絶対に理由がある。なら、私も全力でお前を助けてやる。お前の主達の無事も、私が保証してやる。私で足りなければ、みんな巻き込んでやる。だから、もう終わりにしよう」


 藍はそう言うと、将志を抱きしめた。

 その言葉は、心からの彼女の懇願。今のままでは、将志は自分を置いたまま幻想郷を脅かす重罪人になってしまう。彼女は何としてでも彼をその状況から助け出したかったのだ。

 抱きついてくる彼女を、将志は拒絶することなく、また抱き返すこともなくただ受け入れる。


「……相手が、月の民でもか?」

「月の民を相手に天下無双の大立ち回りをしていたくせによく言うよ。逃げるんなら、私も一緒に逃げてやるよ。追っ手なら、何度だって追い返せば良い」

「……何度でも、か……」


 自分の胸に顔をうずめる藍に、将志は小さくそう呟いた。

 そしてしばらくすると、将志は俯いたまま彼女をゆっくりと引き離した。


「……済まないが、藍。今、この場では終わらせるわけにはいかん。主を僅かでも危険に晒す事は、断じて許さん」

「……そうか」


 自分に背を向け、はっきりとそう言い切る将志。

 それを受けて、藍は暗い表情で俯いた。


 輝符「星屑の銀檻」


 その直後、将志の手に握られたスペルカードが発動する。


「えっ!?」


 突然の事態に、藍は全身をびくりと震わせて驚きの声を上げる。

 そんな彼女に背を向けたまま、将志は静かに語りかけた。


「……だが、もうお前は殺さない。お前を殺さずとも主は守れる。また何度でもかかって来い……話は、その後だ」


 スペルカードには、相手が傷つかないようにする守護の力が込められている。

 つまり、それを使った将志にはもう藍を殺す意思がない。

 その代わり、何度も、何度でも彼女を迎え撃つという、強い決心がこもった言葉が彼女に向けられたのだ。


「……ああ!」


 それを聞いて、藍の表情が晴れやかなものに変わる。

 今はまだ、彼の主を守り通すという意思を曲げられない。だが、完全に拒絶されたわけではなくなったのだ。

 その返答を聞いて、将志は主の前に向かおうとする。しかし、彼はふと立ち止まって藍に向き直った。


「……と、その前にだ」

「え?」


 将志は突如として藍の帽子を取り髪をかき上げ、額にそっと口付けした。

 その瞬間、藍の身体の中を何やら温かいものがめぐっていく。

 将志は自分の口付けで、消耗しすぎた彼女の力を回復させたのだ。


「……ちょっとしたお返しだ。では、失礼する」


 突然の不意打ちにキョトンとした表情を浮かべた藍に、将志は唇に人差し指を当ててそう言うと永琳のところへ戻っていった。

 その彼を、藍は何も出来ないまま見送る。

 そんな彼女のところに、紫が永琳との戦いを中断してやってきた。


「……よくやったわね、藍。貴女の大勝利じゃない」

「……いえ、痛み分けですよ。将志の心は折れましたが、結局彼の主を守るという意思は曲げられませんでしたから」


 紫の言葉にそう応えつつも、藍の表情は明るくとても満ち足りたものであった。


「……すまない、主。遅くなった」

「……後で話があるわ。良いわね?」


 全速力で駆けつけた将志を待っていたのは、永琳の冷たい視線であった。

 どうやら藍との一部始終を見られていたようであり、たいへんご立腹の様子であった。

 そんな彼女の様子に、将志は若干背中に寒気を覚えながらも気丈に言葉を返す。


「……ああ。それより、もう一度俺に戦う機会をくれ。このまま藍に負けたままでは悔しいからな」

「良いわよ。今度あんなふうになったらお仕置きしてあげるわ」

「……肝に銘じよう……今度は間違わん」


 将志は力強い口調でそう言うと、後ろからやってくる気配に気が付いてそのほうを向く。


「ごめんよ、父さん」


 そこには、翠色に目を光らせた自分の息子の姿があった。

 思いつめた様子の無い彼に、将志はホッとした表情で彼を見た。


「……どうやら、目は覚めたようだな?」

「うん。この分を取り返すのは、すごく苦労しそうだ」

「……お前は後で思いっきり説教してやる。覚悟は良いな、銀月?」

「うげ……この戦いが終わるまでに心の準備をするよ」


 将志の宣告を聞いて、銀月は苦い表情でそう答えを返した。

 彼の脳裏には春に味わった星屑ミキサーの恐怖がよぎっており、猛烈な折檻を想像した彼の顔からは血の気が引いていた。

 その横から、輝夜が銀月の肩に手を置いて話しかけた。


「ひやひやさせてくれるじゃない、銀月」

「輝夜さんも、心配掛けてごめんよ」


 銀月はそう言いながら輝夜の方を見る。

 すると、輝夜はジッと銀月の眼を覗き込み始めた。


「ど、どうしたのさ?」

「……貴方の眼、想像していたのよりずっと綺麗じゃない。本当に宝石みたいね」


 珍しいものを見るような目で、輝夜はまじまじと銀月の眼を見つめ続ける。

 そんな彼女に、銀月は苦笑いを浮かべて視線を切った。


「ありがとう。でも、眺めるのは後にしてくれないかな? まだ全てが終わったわけじゃないしね」


 銀月はそう言うと、自分の後ろで待ち構えている霊夢達に眼を向ける。

 彼女達は既に戦う準備を終えており、いつでも始められる体勢を整えていた。

 それを見て、将志は小さく笑みを浮かべた。


「……あちらはやる気満々だな」

「そうだね。けど、俺達もそうでしょ?」

「……ああ。どうやら主の機嫌を損ねてしまったようだからな。俺も名誉挽回と行きたいところだ」


 将志はそう言うと、自分の後ろを振り返った。

 後ろには、自分が守ろうとしている主が居る。

 心に引っかかっているものがなくなった今、彼は思う存分に彼女のために槍を振るうことが出来るのだ。


「将志」


 そんな彼に、永琳は近づいて声をかける。

 それを受けて、将志は彼女に体ごと向き直ってそれに応えようとした。


「……む? どうした、主っ!?」


 しかし次の瞬間、彼の口は応えるべき相手の唇によってふさがれた。


「え……」

「はい?」


 人目をはばからずに行われた突然の行為に、横で見ていた銀月と輝夜の目が点になる。

 しかも、まるで周囲に見せ付けようとしているかのようになかなか口を離そうとしない。

 そして息が苦しくなった頃、ようやく彼女は将志から口を離した。

 そんな彼女に、将志は額に手を当てて大きくため息をついた。


「……いきなりなんだと言うのだ、主?」

「言ったでしょう? 貴方に関することはいつも一番じゃないと気が済まないって」


 永琳はそう言いながら、将志の向こう側に居る藍に目を向けた。

 藍は腕を組んで俯いており、何やら低い笑い声を上げていた。


「……ふふっ、見せ付けてくれるじゃないか、永琳」

「仕掛けてきたのは貴女のほうよ、藍」


 二人ともそれはそれは素晴らしい笑顔でお互いにそう言い合う。

 しかしその二人の間には竜虎相打つと言わんばかりの、亜空間でもできるのではなかろうかと言うほどの威圧感が漂っていた。


「……これ修羅場になる展開よね?」

「うん、そうだね」


 そんな二人を見て、輝夜と銀月は全てを諦めた健やかな笑みを浮かべて現実逃避を始めた。

 元より将志のことでは暴走しやすい二人なのである。銀月は二人のことをよく知っているが故に、輝夜は永琳と同じ匂いを藍から嗅ぎ取ったために無駄な努力をしないのだ。


「……どうしてこうなった」


 その一方で、将志は目の前の二人が作り出す異様な雰囲気に訳が分からず、ただひたすらに頭を抱えていた。

 しかし考えても分からないので将志は考えるのをやめ、目の前の相手に目を向けた。


「……さて、仕切りなおしと行こうか、紫、幽々子」

「はぁ……正直心が折れそうだわ、この布陣」

「戦神に翠眼の悪魔に月人二人、ね……頭の痛くなる相手ばかりだわ」


 目の前の相手を確認して、紫と幽々子は大きなため息をつく。

 人数の上では、自分達は相手よりも倍以上の数が揃っている。しかし、相手はその一人一人がそれぞれ凶悪とも言えるほどの力を有しているのだ。

 それは彼女達が頭を抱えるには十分すぎる問題であった。


「でも、戦いは待ったなしさ」

「迷いのなくなった私達を相手に、貴女達がどこまでやれるかしら?」


 そんな彼女達に、銀月と輝夜が戦う準備をして前に立ちはだかる。

 それを見て、将志は小さく頷いて手にした槍を構えた。


「……勝負だ」


 その一言が、最後の戦いの狼煙になった。

 いや~、場面がころころ変わって申し訳ない。

 ただ、今回は同時解決にしないと最後がまとまらなかったのでこんな形になりました。


 まず、月影さんの思惑と、銀月の心中について。

 これは、銀月が本当に自殺志願だったためにあんなに命を捨てるような戦い方をしていました。

 彼は自分の正体が知られるのを恐れるあまりに誰にも言えず、結果として心が潰れてしまっていたのです。

 それを何とかしようとしていたのが、新しく現れた人格である月影さんだったのです。


 それから、さらりと明かされるギルバート君の重い話。

 彼については、そのうち少し掘り下げますので少々お待ちを。

 つーか、ギルと魔理沙は本当に二人一組のヒーローって感じですな。


 それから、将志の違和感について。

 将志は藍を殺すそぶりをみせていながら、何故か式神ばかりを相手にして藍本人に攻撃をしようとしていなかったのです。

 本来なら、彼はさくっと藍をやっつけて永琳のところへ来るはずですから、主を第一に考えているはずなのにずっと藍と戦っていることに紫も永琳も違和感を覚えたのです。


 さて、永夜抄も終盤戦。

 何やら一部修羅場と化しておりますが、次回を楽しみにお待ちください。


 では、ご意見ご感想お待ちしております。


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