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銀の槍のつらぬく道  作者: F1チェイサー
永い夜と銀の槍
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永夜抄:銀の槍、覚悟する

 流星の槍衾が消え去った廊下にて、魔法使いや人狼達の五人組が先ほど戦っていた相手が去っていった方角を眺めていた。

 銀月の残した爪痕は深くはなかったが、その空気は重苦しいものとなっていた。


「おい、ギルバート。一つ聞きたいことがある」

「……何だ」

「あんた、銀月が敵に回ってるって感づいてたわね? でないと、最初の一撃であんな的確に防御できなかったはずよ」


 レミリアは少し強い口調で、暗い表情で俯いているギルバートを問い詰める。

 ギルバートが銀月の最初の攻撃の時に作り出した魔法陣は、五人の全方位を守れる上に最後の爆発まで防ぎきれるものであった。

 それを即座に作り出したのもさることながら、最後の爆発まで読んでいた。つまりギルバートはその攻撃の正体を知っていて、術者が誰なのかも分かっていたのではないかとレミリアは読んだのだ。

 その言葉を聞いて、ギルバートは小さく頷いた。


「ああ……認めるよ。確かに俺は、銀月が敵になっていると思っていた。ただ、証拠が無かっただけだ」

「どうして今まで言わなかった?」

「……数少ない対等の友人だぜ? 最後まで信じていたかったんだよ」


 ギルバートは、レミリアの質問に深く沈んだ声で答えを返した。

 ギルバートは人狼の里の領主の息子である。人狼の里や人里では、その彼の素性を知ってなお対等に接することの出来る人物はほとんど居ないのだ。

 その中で、銀月は銀の霊峰の首領の息子である故に身分を気にすることがなく、歳が近くてお互いに競い合える程度の実力を持つ、好敵手とも呼べる数少ない相手なのだ。

 そんな彼が人狼の里を危機に陥れた異変に関わっている。この事実は、ギルバートに大きなショックを与えていたのだ。

 そうやって落ち込む彼の肩を、魔理沙が軽く叩いた。


「ギル。銀月は私らを裏切ったわけじゃない。お前だって、家族と幻想郷なら家族を取るだろ? それと同じことをあいつはしただけだぜ」

「……ああ。分かってる」

「じゃあ、何も落ち込むことはないだろ? さっさと異変を解決して、こんなことになった原因を取っ払ってやろうぜ」

「……そうだな。落ち込んでいる場合じゃない」


 魔理沙の言葉を聞いて、ギルバートはゆっくりと顔を上げた。その表情は完全に立ち直ったわけではないが、落ち込んだ状態からは抜け出せたようであった。

 そんな彼を見て、咲夜は小さく安心したように息を吐き出した。


「立ち直った様で何よりね。それはさておき、銀月達を追わなくて良いのかしら?」

「待ったほうが良いと思うわよ。最後に銀月が仕掛けた術があるでしょ? と言うことは、何かしら罠か仕掛けがあるってことよ」

「あー、そうだな。あいつは何を企んでいてもおかしくないからな」

「私も追いかけるのは反対よ。一番最初に、将志の主があの方角へ歩いていったでしょう? と言うことは、十中八九罠よ。きっと、黒幕自ら姿を見せる事で私達を誘い込むつもりだと思うわ」


 咲夜の質問に、反対意見が次々に上がる。

 銀月はエンターテイナーとしてのサプライズの技法や観客の心理を愛梨から学んでいる。彼はそれを応用して様々な企みごとをしており、実際に先の異変では自分が編み出した謀略で萃香を表舞台に引きずり出すことに成功しているのだ。

 それをよく知っている面々は、揃って銀月が何らかの罠を仕掛けていると予測したのだ。

 それに対してギルバートも同意見の様で、腕を組んで考えたまま頷いた。


「確かに、ただ黒幕の姿を追いかけていくのは危険だな……となると、他の道はこのふすましかないんだが」

「そこに銀月の術が掛かっているのよね……しかも、その正体はわからない。さて、どうしましょう? 開けてみますか?」


 咲夜はそう言って、廊下にずらりと並んだふすまに眼を向ける。

 銀月の術が施されたふすまには薄く印が刻まれており、異様な雰囲気に包まれている。

 それを見て、ギルバートは首を横に振った。


「俺はおすすめしない。あいつなら絶対に開かないようにして、仮に苦労して開けたところでそれを後悔させるような罠を仕掛ける。扉を開けるよりも、この術を解くことを優先したほうが良いだろう」

「けどギルバート、この術は私達の知っている魔法じゃないわよ? どちらかと言えば、霊夢が分かりそうな陰陽道の術式なんだけど」

「それについては心配要らないと思うわよ。将志がここに来たということは、それだけ外の警備も手薄になっているということ。そして、この異変で霊夢が動かないはずがないわ」


 アリスの懸念に、レミリアがそう答える。

 すると、何やら自分達が進んできた方角から声が聞こえてきた。


「本当にこっちで合っているのかしら、藍?」

「はい。ここには何度か来た事がありますし、黒幕はきっとこちらに居ますよ」


 そうしてやってきたのは、先程まで将志と戦っていた面々であった。

 彼女達は藍を先頭にして、その案内を受けながらギルバート達がいるところへと近づいていく。


「それにしても、先に誰か来てるのかしら? 随分と眼を回したうさぎが多いのだけど?」

「ギルバートさんじゃないでしょうか? 満月の異変なら、人狼が受ける影響は大きいはずですし」


 幽々子と妖夢が足元に転がっているうさぎ達を眺めながら、そう口にする。

 先にギルバート達が行く手を阻むうさぎ達を相手していたために、彼女達はさほど抵抗を受けることなくここまでたどり着いていたようだ。


「……少なくとも、銀月じゃないわね」

「そうね。将志が異変にかかわっている以上、敵で出てくることはあっても味方で出てくるはずがないわね」


 そんな中、暗い表情と声で霊夢はそう口にする。

 彼女は将志と戦闘をして以来、ずっとその息子である銀月がどう出るかを考えているようであった。

 その言葉に、紫が同意して頷いた。それを見て、妖夢の表情が苦々しいものに変わる。


「う……正直、銀月さんと将志さんが一緒に来られたら勝ち目が見えないんですけど……」

「将志一人でも勝ち目は十分すぎるほど薄いわよ。だからどうにか方法を……」


 妖夢の言葉に幽々子がそう答えようとしたそのとき、彼女はふと真正面を見やった。目の前にいた先行者に気が付いたのだ。

 その姿を見て、妖夢と霊夢がその中にいる金髪の少年に向けて動き出した。


「ギルバートさん!」

「ん? 妖夢か。それに霊夢も居るのか」


 味方が見つかって少し嬉しそうな妖夢と、何か言いたげな霊夢を見やりながらギルバートは手を上げる。

 特にギルバートは妖夢にとってはそのエピソードから若干英雄視されている部分もあり、霊夢にとっては銀月に関する情報源となるので、彼の存在は二人にとっては大きいものであった。

 すると霊夢は即座にギルバートに詰め寄った。


「ギルバート、銀月は敵に居るのかしら?」

「……ああ。さっき、ここでやりあったところだ」

「そう……やっぱり……」


 ギルバートの返事と聞いて、霊夢は陰鬱なため息をついた。

 その言葉には対して驚いた様子はない。どうやら彼女は銀月が敵に回っていることを、何となく察知していたようである。

 そんな彼女の様子に、紫が声を掛ける。


「霊夢、銀月が敵だと知ってたのかしら?」

「大体分かるわよ。だってお父さんが大変なのに、のんきに修行なんて出来る奴じゃないもの。あいつは事情を知った上で、みんなに黙ってここに来るつもりだったのよ」

「それが分かってて、何で止めなかったのかしら?」

「止められないわよ。だって、止めたらその瞬間あいつは姿を消すわ。止めたって同じなのよ。大体、銀月はこんな大変なことになっているなんて一言も言ってくれなかったわ」


 紫の質問に、霊夢は暗い声で、若干呆れ口調でそう口にした。

 霊夢の眼から見て、ここ最近の銀月はあまりに普通すぎた。何故なら、ほぼ他人であるはずの鬼のためにたった一人で異変に首を突っ込んだお人好しが、自分の父親に起きた異変で動かないはずかないからである。更に相手が相手だけに、例え何があろうと自分の意思を曲げないことも考えられた。

 それ故に、霊夢は銀月が何か企んでいることに気付いていながらも、止める手立てが見つけられなかったのだ。

 その言葉に納得して、紫は小さなため息と共に頷いた。


「そう。それで、これは一体どういう状況なのかしら?」

「それがな……」


 ギルバート達は自分達の身に起きたことをそれぞれに伝える。

 行く手を阻むうさぎ、この異変の犯人である将志の主、そして敵に回った銀の槍と月。

 それらを聞いて、紫はその情報を頭の中でまとめると多く頷いた。


「……成程ね……確かに、このまま銀月を追いかけるのは危険ね」

「どういうことです、紫様?」

「銀月が廊下に細工をした。と言うことは、間違いなくこの先にあるのは罠よ」

「どうしてです?」

「もしこの先に絶対に行かせたくないのなら、ギルバート達を放っておくはずがないのよ。だってそうでしょう? 将志と言う最強の守護神が味方にいるのだから」


 疑問を呈する妖夢に、紫がその理由を説明する。

 仮に誘い込むのであれば、相手が素直に追いかけてくるように真っ直ぐ退くはずである。しかし、銀月は撤退する際に廊下に術を掛けたのだ。

 つまり、それは少なくとも廊下に何かがあるということを示しているというのだ。

 それに対して、幽々子が疑念を浮かべて紫に話しかける。


「紫、それは少しおかしくないかしら? この先にあるのが罠だって気付かせるような仕掛けを、わざわざ侵入者の目の前で仕掛けるかしら?」

「そう考えるのも分からないでもないわ。けど、おそらく銀月は私がここに来て、幽々子と同じような疑念を抱くであろうことまで計算していると思うわよ。先に進むのと扉を開けるの、どちらが正解か。その答えはこの術自体が物語っているわよ」


 紫がそう言うと、一行は銀月が術を施したふすまを見やった。

 ふすまに刻まれた印は相変わらず異様な雰囲気を醸し出しており、妙な威圧感を感じるものであった。

 その印を見て、幽々子と藍は難しい表情を浮かべた。


「どういうことかしら? こんな術、見たことないのだけど」

「藍は分かるかしら?」

「……申しわけありません、結界の術の重ね掛けとしか……なんと言うか、見た目は簡単な術式なんですけど、何か違うんです」

「ええ、私もその程度しか分からないのよ。でも、これを私が解除しようとすると力が制御しきれないのは分かるのよ。これがどういうことだか分かるかしら?」


 紫の言葉を聞いて、二人は少し驚いた表情を浮かべて首を傾げた。

『境界を操る程度の能力』を持つ紫にとって、人為的に境界を作り出す結界と言うものは自分の意思で自由自在に操れるものなのだ。

 そんな彼女が、目の前の結界のことが分からない。これは、彼女のことを知る者にとっては驚愕に値する出来事であった。

 その彼女の言葉を聞いて、ギルバートがとある結論に至って大きくため息をついた。


「……そうか。銀月は『限界を超える程度の能力』で、紫さんの理解と力の限界を超える術式でふすまを封印したのか」

「そういうことよ。これを私達が解除しようと思うのなら、それこそ銀月の力を使うしかないわ。もっとも、銀月自身もしばらく動けないほど力を使っていることでしょうけどね。つまり、このふすまのどれかが本命って訳」


 ギルバートの出した解を聞いて、紫は満足げにそう言って頷いた。

 つまり、銀月は最初から今回の異変の解決に紫が出てくることを予測していたのだ。何故なら、今回の異変は幻想郷全体を揺るがすような大異変である。その解決に紫が乗り出すであろうことは、十分に考えられたのだ。

 その彼女の結論に、幽々子はなおも疑念を抱いた。


「この術自体が罠と言う可能性は?」

「どちらかと言えばその可能性は低いわね。銀月の性格から言って、誰かがそこまで考えることも計算していると思うわ。だからきっと最後の最後で素直に守りを固めると思うのよ。敢えて素直になって、慎重な誰かの裏をかくつもりでね」


 幽々子の言葉に、紫はそう言って反論する。

 銀月は、紫がどれほど思慮深いかを知っている。彼女の発言が胡散臭く感じるのは彼女の考えが深すぎて理解できないからであり、自分の考えなど彼女にとっては浅いものでしかないと、銀月は分かっているのだ。

 紫はそんな彼のことをよく理解している。だからこそ、銀月は深く深く考えて、最後に一つ手を抜いた、と考えたのだ。


「……銀月の嘘つき。あいつ、結界は苦手だって言ってたのに」

「術式自体はそんなに上手いものじゃないわ。理解は出来ないけど、本来なら霊夢にだって破れる程度のものしか彼は使えないわ。本当に反則なのは彼の能力だけ。たったそれだけで、私ですらどうにも出来ない代物が出来上がる。相手次第では、無限大に近い力だって取り出せてしまう。これが銀月の能力よ」

「しかし、何でそんな回りくどいことを? 自分の得意な守護の術式で良かったのでは?」

「それはその方が確実だからよ。守護の術式では、私よりも藍の方が強いかも知れない。もしかしたら、能力を全開にしたギルバートの方が強いかもしれない。けど、彼は結界なら確実に私が一番上だって思ったのよ。実際、藍は力は私くらいあるかも知れないけれど、結界の知識は私よりは薄いでしょう?」


 紫はそう言って、銀月の出鱈目さに対してため息をついた。

 銀月の能力は、必ず相手の力を上回る力を出すことが出来る能力と置き換えることが出来る。つまり、無限大に近い能力を持つものがいれば、その限界を超えてその一段上の力を手に入れることが出来るのだ。当然ながら、強大とはいえ有限である紫の能力の限界などは越えてきてしまうのだ。

 そこで銀月は、紫の『境界を操る程度の能力』の限界を超えた力で、紫の力と知識を超えた結界を身を削って作り出したのだ。

 その言葉を聞いて、魔理沙が焦った声を上げた。


「じゃ、じゃあ、もうお手上げなのか?」

「それがそうでもないのよ。そうでしょう、ギルバート?」


 魔理沙の言葉に、紫はそう言って微笑み、ギルバートのほうを見た。

 するとギルバートは、右手で額を押さえてため息をついた。


「……やれやれ、お見通しって訳だ」

「ええ。貴方の事だから、きっと持ってきてると思って」

「何だよ、何を持ってるんだ?」

「こいつのことだ」


 魔理沙にせっつかれると、ギルバートはジーンズのポケットからビー玉大の珠を取り出した。

 その珠はエメラルドのように透き通った翠色の魅力的な光を放つ宝玉で、中に銀色の星が浮かんでいた。

 その美しい宝玉に、一同の視線は釘付けになった。


「うわぁ……こんなの見たこと無いぜ」

「すごく綺麗な宝石ね。元はエメラルドかしら?」

「宝石じゃないさ。これは銀月の力の塊だ。俺の魔法であいつの力を結晶化させたんだ」


 興味津々と言った様子の魔理沙とアリスが、ギルバートの手のひらに乗った宝玉を穴が開くほど眺める。

 その横から、彼女達を押しのけるようにしてレミリアがギルバートの手の中を覗き込み、その彼女の上から咲夜と妖夢と幽々子が宝玉を見ようと乗り出してきた。


「これがパチェが大はしゃぎしてた奴ね。確かに、こんな代物なかなか見れないわね」

「これを売ったら一財産できそうですね」

「これが銀月さんの力ですか……何だか、吸い込まれそうです」

「世が世ならこの宝玉を巡って戦争が起きそうね。昔は茶釜一つで戦が起きたくらいだし」


 各々思い思いに宝玉の感想を述べる。その眼は完全に宝玉に吸い寄せられており、心を奪われているようであった。

 そんな彼女達に、紫は手を叩いて注目を集めた。


「鑑賞会はこれまでにしなさい。この異変を解決して銀月を捕まえればまた作れるのだから」

「でも、これをどうやって使うのかしら? ギルバートみたいに飲み込むのかしら?」

「やめときな。濃密な他人の力を体の中に直接取り込むと何が起きるか分からない。こういうのは、手に握って力を取り込むんだ」


 咲夜の言葉にギルバートはそう答えると、彼はその宝玉を霊夢に向かって差し出した。


「霊夢。たぶんお前なら、こいつの使い方を知ってるだろう?」


 ギルバートは霊夢の手のひらの上に宝玉を置く。

 霊夢の手には炭酸水に手を突っ込んだときのような弾ける感覚が伝わると同時に、体中が温まって軽くなるような感覚を覚えた。

 それは、銀月が霊夢のストレスを晴らすために連れて行く岩砕きのときに、彼から力を分けてもらったときの感覚によく似ていた。

 それを確認すると、霊夢は小さく頷いた。


「……ああ、あの時と同じで良いのね」

「ところで、どれが正解のふすまなのか分かるのかしら? この先が罠なのは分かるけど、銀月のことだから正解以外のふすまも罠じゃないかと思うんだけど」

「その心配はいらないわ。霊夢はただ、いつも通り自分の勘を信じていれば良い」


 アリスの懸念に、レミリアが自信に溢れた表情でそう口にした。

 それを聞いて、咲夜がキョトンとした表情で彼女を見やった。


「随分と霊夢を信用してるんですね、お嬢様」

「別に信用しているわけじゃないわ。忘れたかしら、私の能力を?」

「そういうことですか」


 レミリアの言葉を聞いて、咲夜はそう言って頷いた。

 どうやらレミリアは『運命を操る程度の能力』で自分の望む結果を引き寄せようと息巻いているようである。


「それにしても、こんな大勢で異変の解決をすることになるとは思いませんでしたね」

「本当にねえ。将志と銀月が絡んでるんだったら、雷禍も連れてくれば良かったわ。彼、喧嘩強いし」

「……その代わり、要らん問題まで持ってきそうだがな」


 その横で、妖夢と幽々子が周囲を見ながらそう口にし、ギルバートが答えを返す。

 幽々子がその名を口にした雷獣は彼が知る中でも屈指のトラブルメーカーなのだ。そんな彼に気に入られているギルバートは、銀月と共にかなり振り回されていたようである。

 その会話をさえぎって、紫が口を挟んだ。


「それよりも、問題はこの後よ。将志の主がどんな人物かは、藍は知ってるのよね?」

「ええ。彼女は薬師で、彼女もまた姫の従者をしています。姫も強い力を持っていますが、彼女自身はその姫よりも強大な力を持っていると思われます」

「だな。さっき少し出てきたが、この異変の原因となった術はそのご主人様が掛けたみたいだ。たぶん、親父さんを従えるに十分な力は持っていると思うぜ」


 紫の質問に藍が答えると、魔理沙が補足をする。

 すると、横で話を聞いていた幽々子がうんざりした様子でため息をついた。


「はぁ……悪いニュースばかりで嫌になるわね。将志と銀月だけでも手に余るのに、まだ力の強い術者が居るなんて」

「まあ、そこで一つ提案があるんだが、それは霊夢が仕事を終えてからにしよう。今は成り行きを見守ろう」


 藍がそう言うと、一行は霊夢のほうを見やる。

 霊夢は銀月の力の結晶を持ったまま、ふわふわと長い廊下を飛んでいく。

 そんな中、霊夢はふと一枚のふすまの前に立ち止まった。そのふすまは一見何の変哲もない、周囲と変わり映えのしないもの。

 しかし霊夢はそのふすまに、確かに銀月の気配を感じ取ったような気がした。


「……分かった。ここよ!」


 霊夢はそう言うと、左手で宝玉を強く握り締めたまま、迷わず右手をふすまに掛けた。

 宝玉からは力があふれ出し、霊夢の身体を淡い翠色の光が包み込む。その光がふすまに触れた瞬間、ふすまも翠色に光り始める。

 そして手の中の宝玉が溶けて無くなると同時に、ふすまを覆っていた光はまるでガラスが割れるかのように砕け散ってしまった。

 それを確認すると、霊夢は勢いよくふすまを開け放った。


「ぐっ……これは……」


 するとギルバートが少しよろめき、即座に群青の毛並みの狼へと変身した。


「もの凄い陰の気ね。ギルバート、大丈夫?」

「ああ……この中から月の力を感じる。狼化してないと、力を制御しきれなくなりそうだ」


 自分を心配するアリスの言葉に、ギルバートがそう言ってふすまの向こう側を見る。ふすまの中からはただならぬ気配が漂っており、どうやらそれに反応したようである。

 その言葉を聞いて、魔理沙が感心した様子で口笛を吹いた。


「ひゅう、流石は霊夢。相変わらずの勘の鋭さだな」

「私のお陰でもあるわよ。それを忘れてもらっては困るわ」

「良いからさっさと行くわよ。あの馬鹿、今日と言う今日はただじゃ置かないんだから」


 胸を張って自らの手柄を主張するレミリアを尻目に、霊夢はわれ先にとそのふすまをくぐろうとする。

 その言葉から、今起きている異変よりも手の掛かる同居人をさっさと連れ戻したいという気持ちのほうが強く出ているようであった。

 そんな彼女の肩を、藍が軽く叩く。


「おっと、その前に一つ話があるんだが、良いか?」


 そう言うと、藍は話を始めた。




「……本当に大丈夫なんでしょうね?」


 しばらくして、一行はふすまをくぐった先をふわふわと漂っていた。周囲は屋敷の中だと言うのに星の海が広がっており、その果ては見えない。

 その中で、先程の藍の話に疑念を持つアリスが彼女に話しかけていた。


「無傷で帰れるか、と言うのならそれは保障できないな。けどまあどの道怪我はするのだから、大丈夫と言えば大丈夫だ」

「怪しいわね……ちなみに、それを破ったら?」

「そうなったらもうどうしようもない。私も打つ手なしだ。破るつもりなら対案を出してもらおうか?」


 藍はそう言ってアリスの質問に答える。その口調は異様なまでに軽薄なものであり、失敗したら後がないと言うのに深刻さと言うものが全く感じられなかった。

 そうやって話していると、一行の視界に何やら白いものが映りこんできた。


「くぅぅ……どうして……? よりにもよって、俺の力を使って破ってくるなんて!」


 抑えられない怒りを吐き出しながら、その白装束の少年が一行を睨む。

 どうやら自分と同質の力の流れと共に術が破られたことを感じて、様子を見に来たようである。


「行かせるもんか……この落とし前は、自分の手でつけてやる!」


 彼はそう言って叫ぶと同時に槍を構え、周囲におびただしい量の札を放った。

 自分の力を敬愛する父親の邪魔をする形で使われた、その失態を取り戻そうという焦りがその言葉から感じ取れた。


「無茶を言っては駄目よ、銀月」


 そんな一人で無茶をしようとする銀月の横に、赤と紺の二色に分けられた服の長い銀髪の女性が現れた。

 その言葉を聞いて、頭に血が上っていた銀月は沸き立つ苛立ちをグッと堪えて彼女のほうを向いた。


「……永琳さん」

「これに関しては仕方がないわ。でも見方を変えれば、限界を超える力の結晶何ていう強力な切り札を貴方自身の手で浪費させたことになるのだから、むしろ大手柄よ」

「……そう言ってもらえると、少しは気が楽になりますよ」


 永琳の機転の利いた言葉を聞いて、銀月は少し落ち着いたのか大きく深呼吸をしてそう答えた。

 すると、藍が出てきて永琳に声を掛けた。


「永琳。この奥に本物の月があるんだな?」

「ええそうよ、藍。貴女が敵で残念だわ」


 先程の軽薄さとは打って変わって真剣な藍の言葉に、永琳はそう言いながら小さく肩を落とした。

 将志を通して友人となっていた数少ない相手が敵に居るということを、本当に残念がっているようであった。

 そんな彼女に、藍は話を続ける。


「どうしてああいうことをした?」

「地上を大きな密室にして月と分断するためよ。心配しなくても、朝になればこの満月は返すのだけど?」

「そうは行かない。こんなことが出来るのが何の罰も受けないでのさばる、なんてことはあってはならないことだ。それに、この術を維持したまま私達と戦うのは、いくらお前達でも容易では無いだろう?」

「大丈夫よ。何しろ、私には最高の従者が居るもの」


 藍の言葉に、永琳は余裕の表情を浮かべてそう答える。

 すると、永琳の隣に銀色の槍を手にした銀髪の青年が、音もなく突然現れた。

 彼は目の前にいる侵入者達を一瞥すると、小さくため息をついて藍に目を向けた。


「……随分と大人数になったな」

「仕方が無いだろう、将志。お前達が何をしているのかを考えれば、こうもなるさ」

「……何人で来ようと同じことだ。お前達に、この俺は倒せん。ましてや、主には指一本触れさせん」


 将志はそう言いながら、永琳の前に歩み出る。それは自らの言葉を確実に実行しようと言う意思が表れていた。

 そんな彼を見て、藍は小さく笑い出した。


「ふふっ、羨ましいな。私も将志にこう言われてみたかったよ」


 突如として、藍の声が明るく砕けたものに変わる。

 それは場違いなほどに陽気なものであり、先程の重苦しい空気が完全に消え去っていた。

 突然の彼女の雰囲気の変化とその言葉に、永琳は将志の横に並んで腕を抱き寄せた。


「諦めなさい。将志は私の従者よ。誰にも渡すつもりはないわ」

「そう。で、お前は大丈夫なのか、銀月?」


 永琳の言葉をあっさり受け止めると、藍は今度は銀月に声を掛けた。

 突然声を掛けられて、銀月は妖術に対する警戒心を露にしながら彼女に目を向ける。


「……俺がどうしたって言うんだい?」

「てっきり、あのふすまの術式で力を使い果たしたと思ったんだがな? こんな前線にいて良いのか?」

「ああ、そんなことか。これくらい、能力を使って回復すれば良いだけの話さ」

「成程、それで戦う準備は万端と言うわけだ」


 警戒心を解こうとしない銀月を見て、藍はそう言ってにこやかに微笑んだ。

 そんな彼女を見て、将志は怪訝な表情で彼女を見た。


「……随分饒舌だな、藍」

「そうだな……お前に殺されかけたのが悲しくて、こうでもしないとやってられない、とか?」

「……死にに来たのか?」

「さあ? どうだろうか? しかしまあ、お前に殺されるのなら、そう悪くは無いかもしれないな」


 将志の言葉に、藍は軽薄な笑みを浮かべながらそう口にする。

 それは先程殺されかけた相手に対して浮かべる表情としては異常であり、死に対する恐怖と言うものが微塵も感じられなかった。

 若干の狂気すら感じられる彼女の様子を見て、永琳は藍をにらみつけた。


「藍、貴方一体何を企んでいるのかしら?」

「何も企んじゃいないさ。私が考えているのは、お前のことだけだ、将志」


 そう話す藍の視線は異様なほどに熱を帯びており、まるで彼のことしか見えていないようであった。

 その様子を見て、永琳は奥歯を噛み締めた。


「藍……心が壊れているのね」

「おっと、そんな悲しい目をしないでくれるか? どうせ死ぬんなら、私がどうなっていようと気にすることはないだろうに」


 壊れた友人の姿を見て悲しげな目をする永琳に、藍は相変わらず軽薄な笑みを浮かべたまま朗々と喋る。

 そんな彼女を見て、将志は静かに藍の前に立った。


「……藍。しばらく退くだけで良い。そうすれば、また元のように話が出来る。それではいけないのか?」

「そうは行かないさ。理由はどうあれ、私はお前に殺されかけたことが悲しくて悲しくてしょうがないんだ。きっと、もう元通りにはなれない。だから、どうせ手に入らないのならと言うわけだ」


 将志の言葉も、今の藍には届かない。

 熱に浮かされた様子の彼女は完全に気がふれているようであり、将志に殺されることしか考えていないようであった。

 その反応を見て、将志は槍を握り締めて目を伏せた。


「……せめてもの手向けだ。望みどおり、俺が眠らせてやる」


 将志はそう言うと、静かに藍に槍の穂先を向けた。その表情は能面の様な無表情であり、その内面をうかがい知ることは出来ない。


「藍には悪いけど、そうはさせないわよ」

「流石に知り合いが目の前で殺されるのは勘弁して欲しいわね」


 そんな藍の横に紫と幽々子が並び立つ。

 自暴自棄になっている彼女を宥め、殺されないように守ろうとしているのだ。

 その行為を受けて、藍はなおも笑みを浮かべた。


「ふふふ、そんなに心配しなくても良いですよ、紫様。まだまだ私は死にません」


 藍はそう言うと、軽く手を振って式神を呼び出した。

 その式神は先程将志と戦うときに用いていた、将志と銀月の毛髪が編みこまれた式神であった。

 それを三体呼び出すと、藍は再び熱い視線を将志に向けた。


「将志……私が死ぬ前に、もっと本気のお前を見せて欲しい。一度で良いから、全力のお前が見たいんだ……なあ、良いだろう?」


 にっこりと笑ってそう話す藍の手には、まだまだ沢山の札が握られている。それらは藍が今までこつこつと作り溜めてきた将志の式神であった。

 それを見て、将志は僅かに眉をひそめた。


「……一度にそんなに大量に扱うと、俺の手に掛かる前に力尽きるぞ。そんなに扱えん故、先程二体しか出さなかったのではないのか?」

「それでお前の本気が見られるのなら安いものだ。私が失うものなんて、もう些細なものだからな」


 将志の警告も、藍は一向に聞き入れようとしない。

 彼女はもう、自分の命を失ったものと考えているのだ。だからこそ、もう後のことを考えずに力を使い、将志の本気を引き出そうとしているのだ。

 その眼にもう理性の灯は燈っておらず、愛情で壊れた心のみが狂おしいまでの光を放っているだけであった。


「将志、大丈夫かしら?」

「……心配は無用だ。主は輝夜のところまで下がっていろ」


 そんな彼女達を見て永琳は自分の従者の心配をし、その問いかけに将志は答える。

 その言葉に、永琳は眉をひそめる。


「……信じて良いのね」

「……ああ。それよりも、ここに居ると主の方が持たん」

「どうして?」

「……狂った友とその死に、主が耐えられるとは思えん」


 永琳の言葉に、将志はやや冷たい口調ではっきりとそう言いきった。

 それを聞いて、永琳は俯く。藍は数少ないこの永遠亭の外の友人であり、将志のことを共有できる、心を許した相手である。その彼女が自分の起こした異変を発端に狂い、命を落とすという事実。

 死と言う事象を久しく忘れていた彼女には、精神的に耐えられそうもなかった。


「……そうね。それじゃあ、朗報を期待しているわ」


 永琳はそう言うと、後ろ髪を引かれながらもその場を後にした。

 それを見送ると、将志は藍に向き直った。


「……待たせたな」

「ああ、待っていたよ」


 冷たい無機質な視線を向ける将志に、藍は情熱的な視線で返しながらそう答える。

 槍一本を構える将志の前には、自分と銀月の力を宿した式神達と藍、そして彼女を守るように横に立つ紫と幽々子の姿があった。


「さあ……始めようか」


 両手を広げた藍が恍惚とした様子でそう口にした瞬間、式神達は将志に向かって手にした武器を向ける。

 そんな彼女を見て、将志は眼を閉じて小さく息を吐いた。


「……ああ。来るが良い、藍」


 将志は短くそう答えると、音もなく式神達に攻め込んでいった。



 その一方で、銀月の前には霊夢達が立っていた。

 霊夢や魔理沙、ギルバートに紅魔館の主従と、銀月と普段関わっている者が固まっている。


「今日と言う今日はただじゃ置かないわよ、銀月」


 霊夢は銀月の前に立つと、怒りに震えた声で話しかけた。

 その怒りの度合いは先日の異変のときよりも強い。彼女は全く相談もされず、勝手に大事件を起こされたのが腹立たしくてしょうがないのだ。 

 そんな彼女に、銀月は少し淋しげに笑って手を振った。


「ああ、やっぱりきたんだね、霊夢。妖夢も一緒だったんだ」

「銀月さん、何でこんなことを?」

「ただの恩返しさ。それ以外の何物でもない。ただ、父さんが何もかも捨てていきそうだったから、勝手についてきただけさ」

「……っ」


 妖夢の質問に銀月は悪びれることなくそう言う。自分勝手は承知の上であり、それについて謝る気はないようである。

 そんな彼を、霊夢はただ黙って見つめる。彼女には、もう銀月に掛ける言葉が見つけられなかった。それほどまでに、彼女の感情は昂っていたのだ。

 その彼女を尻目にして、今度は銀月がギルバートに声を掛けた。


「ところでギルバート、最初っからあれが目的だったのかい? 俺から力を取り出したのは」

「違うぜ。あれは本当に、パチュリーに頼まれるまでする気もなかったし、検査に使うつもりだった。だがな、親父さんが異変に関わってきそうと分かったときに、切り札として使うために取っておいたんだよ。結果は大正解だったわけだが」


 表情の消えた銀月に、ギルバートは正直にそう答える。

 その回答を聞いて、銀月は目を伏せて小さくため息をついた。


「……それを聞いて安心したよ。あの時点でばれていたのかと思ったよ」

「それで、こっちに戻ってきてくれる気はないのかしら?」

「まさか。父さんに付くと決めた以上、そっちに寝返ることはないさ」


 咲夜の質問を、銀月はそう言って一蹴する。

 相変わらずのその意思を聞いて、霊夢は大きく息を吐き出した。


「良いわ。それならそれで、力尽くで連れ戻すだけだから」


 霊夢はそう言うと、御幣を握り締めて札を手に取った。


「……ふふっ、霊夢らしいな。けど、そういうわけには行かないんだ」


 それを聞いて、銀月は嬉しそうに笑ってそういった。力尽くで呼び戻すくらい必要とされている、その事実は戻るつもりはない彼にとって無意味ではあるが、嬉しいものであったのだ。

 そんな彼の言葉に、レミリアがつまらなさそうに鼻を鳴らした。


「何がそういうわけには行かない、よ。あんたが連れ戻されるのは決定事項よ。さあ、大人しくこっちに戻って来なさい」

「まだ決まっちゃいないさ」


 銀月がそういった瞬間、彼の体がぼんやりとした翠色の光に包まれる。自分の力の限界を超えた力を、身体に纏わせることで自身を強化したのだ。

 その光はゆらゆらと揺れ、まるで銀月の魂が燃えているような印象を受けた。

 今まで見たことのない銀月の姿に、一行は一斉に身構える。


「舞台の幕が下りるにはまだ早すぎる。面白いのはここからさ!」


 そう言い放つ銀月の瞳は、翠色に輝き始めていた。



 と言うわけで、主人公ズが合流いたしました。

 銀月の行動に霊夢は激しくお怒りの様子。


 そして、前回の最後で銀月が掛けた術の正体が判明。

 はい、銀月のチート能力をフルに使った術でござんした。

 で、それを破るのはやっぱり彼自身の力でした。正直、こうでもしないとこの能力を破る手段は彼らには思いつきませんでした。

 なお、六花は自分の能力で断ち切ることが出来る模様。


 銀月はさっき本気出したばかりなのに、また更に力を使おうとしています。

 この人、気合入り過ぎです。もはや自分がどうなろうと知ったこっちゃないと言わんばかりに力使ってます。

 ああもう、眼が翠色に染まってきてるし。


 そして藍様、まさかの本編でのヤンデレ化。

 こちらも自分がもうどうなろうと知ったこっちゃないといわんばかりに能力を使って、この前の超強い式神を量産する体勢に入りました。

 更には自殺願望を持ち始めた藍を守ろうと、主人とその友人が脇を固める始末。

 ……むしろこっちのほうがラスボスっぽい気がしてならない。


 さて、この永夜異変も後半戦に入っていきます。

 次は一体どうなるのでしょう?


 では、ご意見ご感想お待ちしております。



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