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銀の槍のつらぬく道  作者: F1チェイサー
永い夜と銀の槍
154/175

永夜抄:銀の槍、向かう


 紅白の巫女が迷いの竹林に差し掛かったちょうどその頃。

 別の場所では、また妙な五人組が竹林の中を彷徨っていた。


「おい、本当にこの道で良いのか?」

「良いに決まってるわ。だって、この私が決めた道なのよ?」


 白黒の魔法使いが尋ねると、真紅の吸血鬼は自信満々にそう答える。

 その間にも、一行は彼女を先頭にしてどんどん竹林の奥へと足を踏み入れていく。

 そんな彼女に、金髪の人形遣いが小さくため息をつきながら口を開いた。


「その割には、もう小一時間も彷徨っている気がするのだけど?」

「霧が深いからね。本当に真っ直ぐ進めているかも怪しいものですわ」

「お前も少しは主人の言葉を信用しろ。全く、咲夜も勝手についてきたと思ったら、人狼と魔法使いにも出くわすなんてね」


 己が従者の言葉に若干ふて腐れながら、レミリアは隣に立っているジーンズに黒いジャケット姿の人狼を見やった。

 その視線を感じて、ギルバートは額に手を当ててため息をついた。


「どうでも良いだろ、そんなことは。人狼からしてみりゃ、今回の異変は甚大な被害を出しかねないから、さっさと解決しないといけないんだ」

「ところで、ギルバートは何で狼化していないのかしら?」


 ギルバートの異変に気付いて、咲夜が疑問を呈した。空には偽者とはいえ満月が昇っているのに、群青の狼となっているはずのギルバートは金髪青眼の少年の姿なのだ。その様子は、言われて見れば明らかに不自然なものであった。

 その質問に、ギルバートは一つ頷いて答えた。


「俺は純粋な人狼じゃないからな。ある程度なら魔法を使って自分で制御できるんだ」

「そんなこと初耳よ? 第一、その姿を維持するのだって大変なんじゃない?」

「そりゃ狼になったほうが楽じゃあるが、今はこちらの方が安全だ」

「どういうこった、それ?」

「人狼が満月の夜に狼化するのは溜まりすぎる満月の力を自然に発散させるためだと言う結果が出てるんだ。だから、今回は確実に異変を解決するために、発散していくはずの力を内側に溜め込んでいるというわけだ」


 魔法使い二人の質問に、ギルバートは自分の体で検証して出した結論を述べる。

 ギルバートは人狼と魔人の混血である。つまり、彼は純粋な人狼よりも格段に高い魔術の潜在能力を持っているのである。そして力の制御が得意分野である彼は人狼になった際に体から溢れ出す力に疑問を抱き、その源を探ったのであった。

 そしてその研究結果から、人狼化を封印することが出来れば身体に力が普段より大きく蓄積できることが判明したのであった。

 もっとも、力の蓄積が出来るのはギルバートの『あらゆるものを溜め込む程度の能力』による部分が大きく、一般の人狼が行うには大きな危険が伴うものではあるのだが。


「ったく、危ないことをするわね。あまり力を溜め込みすぎて暴走する何て言うのはやめて欲しいわ」

「この満月じゃあ人狼の本来の力なんて出せない。今回俺が動くのだって、親父が力が出せなくて、母さんはその処置に当たってて動けないからだからな。まあ、危なくなったら結晶化して取り出せるから、暴走の心配までは要らないさ」


 レミリアの言葉に、ギルバートはそう言って手元にパチンコ玉程度の大きさの青い珠を作りだした。それはギルバートの力の結晶であり、過剰に溜まった力を結晶化させたものであった。

 今回の異変で、人狼は月からの力を十分に受けることが出来なくなっていた。それ故に、満月によって狼化した人狼たちは消費する力に対して十分な力を得ることが出来ず、強烈な疲労感によって無気力状態になってしまったのであった。

 しかしその言葉に魔理沙が首を傾げた。


「ありゃ? でも、人狼って年取ったら暴走するって言うんで封印されるんじゃなかったのか? 力が溜まりすぎるんなら、余計に封印しちゃ不味いんじゃないか?」

「ああ、そっちは力の問題じゃないんだ。歳をとってくると、今度は月からの狂気への抵抗力が弱くなるんだよ。ほら、人間も歳をとってくると頑固になったり、感情的になったりすることが増えてくるだろ? あれと同じことだ」

「じゃあ、溜まりすぎた力はどこに行くんだ?」

「普通は体が衰えていて満月から受け取れる力も減っているから、力が蓄えられたところで健康になるしかないんだ。体の弱った人狼の治療法に月光浴があるくらいだからな。それでも大人の人狼に暴れられたら結構馬鹿にならないんで、封印は必要になるんだけどな」


 人狼は月の影響を他の者よりも強く受ける種族である。それ故に月から得られる力も大きいが、同時に月からもたらされる狂気も多く受けることになるのだ。

 その一方で狂気を抑えるのは精神力である。つまり、精神が未発達である子供や、加齢や病気などで思考能力が衰えた老人などは狂気に落ちてしまいやすいのだ。

 そして子供はまだ力そのものが弱いために問題ないのだが、老齢の人狼にはバーンズのように老いてなお強い力を持つものも居るのだ。彼のような者が暴れた場合、周囲に甚大な被害をもたらしかねない。そこで、老齢の人狼は封印を施されているのだ。


「ところでギル、お前は何でこの竹林が怪しいって思ったんだ?」

「親父の調査と母さんの占いの結果だ」

「調査? 一体何の調査かしら?」

「実は最近になって依頼を受けてな……銀月の親父さんと銀月の様子を見て欲しいという奴なんだ。まあ、銀月のほうは特に異常はなかったんだが、親父さんの方が問題でな……」


 咲夜の質問に、ギルバートは素直にそれに答える。

 それを聞いて、レミリアの眼が鋭く細められた。


「……待て。と言うことは、この異変に将志が絡んでるって事だな?」

「はっきり言えばそういうことになる。親父さん、この竹林によく筍や竹を取りにいくみたいなんだが、最近になってその頻度が増えてきてな。おまけに、手ぶらで竹林から出てくることも増えてきたという話だ」

「で、占いの方は?」

「そっちの結果は、次の満月に事件が起こるって結果だったんだ。で、それに銀月の親父さんが絡んでくる。とまあ、そういう話だ」


 ギルバートは質問を重ねてくるレミリアに、簡潔に答えを述べた。

 それを聞くと、レミリアは深刻な表情で咲夜に声を掛けた。


「咲夜、銀月は紅魔館に置いてきたのよね?」

「はい。今頃は妹様の夕食を作っている頃だと思いますよ」

「……そう。それなら良いわ」


 レミリアは安堵した様子でそう口にした。

 仮に銀月が父親が異変に関わっていることを知っていたら、即座に敵に回っているはずである。無論、悠長にフランドールの夕食を作っているなどと言うことはありえないのだ。


「それにしても、嫌なくらいに静かだぜ。こういうときは、妖精が暴れていてもおかしくないと思うんだけどな?」

「そりゃそうだ。だってこの霧、正確には霧じゃないからな」

「霧じゃない? どういうことかしら?」

「こいつは霧状になった微弱な守護の力を持つ神力だ。これのせいで力の弱い妖精達は普段はあまり近寄ってこないし、今日みたいに濃くなってるときはなおさらだ。それにこいつが方向感覚を狂わせているから、ここが迷いの竹林と呼ばれていたんだと思うぜ。それを証拠に、ほら」


 ギルバートはそう言うと、ポケットからなにやら黒い物体を取り出した。

 それは黒耀石であった。中に銀色の光の浮かんでいるそれは、周囲の霧と全く同じものを吐き出しながら静かに光っていた。

 それを見て、レミリアはその黒耀石に馴染み深い人物の顔を思い浮かべて深いため息をついた。


「黒耀石か……将志の力がよく溶ける石も、黒耀石だったわね。何で持ってるのかしら?」

「この霧に触れると、親父さんに俺達の位置がばれてしまうかもしれないからな。だからこの石にあらかじめ吸わせておいたここの霧を辺りに撒いて、隠れ蓑にしてるって訳だ」

「あら? あそこに何か見えないかしら?」

「え?」


 アリスの声に一行が彼女の指差す方向を見ると、そこには霧の中にぼんやりと佇む大きな屋敷が浮かび上がっていた。

 その姿を見て、咲夜が興味深げに頷いて口を開いた。


「こんなところに屋敷? 初めて見るわね」

「あんたはそもそもここに来ること自体がないでしょうが。まあとにかく、これで私の道案内が正しかったことは証明できたわ」


 目的地に着いたことを確信して、レミリアはどうよと言わんばかりに胸を張った。

 そんな彼女を見て、魔理沙は微妙な表情を浮かべて頬を掻く。


「……あれで案内してたのか?」

「黙らっしゃい」


 魔理沙の一言を、レミリアはそう言って一蹴した。



 一行が屋敷の中に潜入すると、その姿を確認した垂れたうさぎの耳の少女が驚いた表情を浮かべていた。


「うそっ!? 将志に気が付かれずに入られた!? い、急がないと!」


 少女は大慌てで屋敷の奥のほうへと駆けていく。

 その様子を見て、咲夜が首を傾げた。


「何か居たわね。うさぎ?」

「問題なのはそこじゃないだろ! とにかく追うぞ!」


 一行は逃げたうさぎの少女の後を追って屋敷の中へと駆け込んでいく。

 屋敷の中は何某かの術が掛かっているのか複雑に入り組んでおり、また広大で自分がどこに居るのか分からなくなりそうな、迷路のような様相を呈していた。

 更に双方の壁はほぼ全てがふすまで仕切られており、そこから先ほどの少女とは違う小さなうさぎ達が妨害するべく飛び出してきていた。

 一行は彼女達を弾幕で追い払いながら、先ほど逃げた事情を知っているであろう少女を追いかけていく。


「こっちのほうだと思ったんだが……」


 ギルバートは前に進みながら辺りを見回す。

 相手にも空を飛ばれているために匂いが残りづらく、嗅覚では追い切れないのだ。


「ふすまだらけでよく分からないな。それにしても長い廊下だぜ。ギルんとこの城の廊下とどっちが長いかな?」

「少なくとも、うちの廊下より短いのは確かね」


 魔理沙の疑問にレミリアが得意げに答える。

 すると、目の前に先ほどとは違う、ブレザー姿のうさぎの少女が立ち塞がった。

 永遠亭の住人の一人である月のうさぎ、鈴仙・優曇華院・イナバであった。


「遅かったわね。ここの扉は全て封じたわよ……って、お迎えじゃないの?」

「姫のお迎えはこいつだけで十分だぜ。なあ、ギルバート?」

「……いきなり何を言い出すんだ、お前は?」

「そういえばあの鬼が言ってたわね。銀月が姫で貴方が騎士って」

「うひぃぃぃぃ!? おい、その話題はやめろ!」

「……妙にしっくりくるのが嫌な感じね」

「だからやめろっつってんだろ!」

「ちょっとその話を詳しく」

「アリス! お前は黙ってろ!」


 鈴仙の問いかけに魔理沙がギルバートに問いかけ、咲夜の一言でギルバートの背中に猛烈な寒気が走り、レミリアとアリスが更なる追撃を彼に加える。

 そんな一連のやり取りを聞いて、鈴仙は若干脱力した様子で話しかけた。


「はぁ……それで、ここに何の用?」

「単刀直入に言う。本物の満月を返せ」


 鈴仙の問いかけに、気を取り直してギルバートはそう口にした。

 それを聞いて、鈴仙はスッと目を細めた。


「へぇ……よく気付いたわね、この術に」

「俺は人狼だ。月がおかしくなれば、仲間に影響が出るんでね。意地でも返してもらうぞ」

「そういうわけには行かないわ。姫やこの娘、そして私の従者のためにも、まだ術を解くわけには行かないのよ」

「誰だ?」


 突然聞こえてきた声に、一行は鈴仙の背後を見やった。

 するとそこには、紺と赤の二色に分けられた変わった服装の女性が立っていた。

 その姿を見て、彼女の言葉の意味を考えていたレミリアが納得して頷いた。


「そうか、お前が将志の主だな?」

「ええ。貴女達がどんなからくりで将志の眼を掻い潜ったのかは知らないけど、この術はそう簡単には破れない。うどんげ、後は任せたわよ」

「ええ、お任せください。この閉ざされた扉、絶対に開けさせません」


 背を向けて立ち去っていく彼女に、鈴仙は一行から眼を離さずにそう答える。

 そんな彼女に、咲夜が周囲に眼を配りながら声を掛けた。


「五対一ねえ……貴女、本気でこの状態で私達に勝てると思うのかしら?」

「勝つ必要は無いんですよ。私が戦えば、将志さんがこちらに向かってくれます。だから、私は少しの間耐えるだけで良いんですよ」


 咲夜の問いかけに、鈴仙は特に焦る様子も無くそう答える。それは最強の存在である援軍を信頼しきっているためのものであった。

 その彼女の言葉に、レミリアは不敵に笑った。


「大した自身ね。私を相手に、少しの間でも耐えて見えるなんてね!」

「穢き民には負けません!」


 その言葉と共にレミリアは真紅の弾丸を鈴仙に放ち、鈴仙は迎撃態勢に入り相手の攻撃を防御する体勢を取った。

 しかし彼女に届くはずだったそれは、その目の前で音を立てて弾けて消え去った。


「将志さん!? もう着いたんですか!?」


 鈴仙はあまりに早過ぎる味方の到着に驚く。将志の足が速いことは知っていたが、ここまでのものとは思っていなかったのだ。


「……残念。俺は将志じゃない」


 しかし、その言葉への返答は、もっと驚くべきものであった。

 その涼やかな少年の声が聞こえた瞬間、周囲の風景がまるでジグソーパズルのように一斉にはがれ、崩れだした。そしてその破片は景色が白く染まるほどのおびただしい数の紙の札となって、怒涛のように五人に襲い掛かった。


「全員俺の周りに集まれ!」


 その攻撃を見て、ギルバートは即座に足元に黄金に輝く防御の魔法陣を展開して周囲にドーム状の防壁を作り出した。

 紙の札は轟音と共に次々にその魔法陣に突き刺さり、視界を埋め尽くしていく。そして完全に防壁が覆い尽くされると、突き刺さった札が白い閃光とともに爆発を起こした。


「ぐっ!」


 ギルバートは爆発の瞬間に魔法陣に力を注いで爆発させて弾き返し、何とか耐え切ることに成功する。

 幸いにして防御が完全に上手くいったお陰で、彼に傷らしい傷は見当たらなかったが、かなりの力を消耗したようであった。


「ふふっ、流石ギルバート。これくらいじゃ落ちないか」


 その閃光が収まると、中から白装束に錠前付きの赤い首輪をつけた黒髪の少年が微笑を浮かべながら現れた。

 本来この場に居るはずのないその姿を見て、その場に居た全員が驚愕の表情を浮かべた。


「ぎ、銀月君……? な、何でここに居るの……?」

「水臭いなぁ、鈴仙さん。俺だって仲間なのに、こんな大事なことを黙ってるなんてさ」


 震えた声の鈴仙に、銀月は楽しそうな笑みを浮かべてそう答えた。どうやら彼女を驚かせることが出来たのが嬉しいようであった。

 そんな彼に、咲夜が少し混乱した様子で声を掛けた。


「銀月、貴方妹様の世話をしてたんじゃ?」

「ああ、していたよ。夕食の仕度をしてから、大急ぎでここまで飛んできたんだ。君達がずいぶん迂回してたから、先回りして隠れるのは簡単だったよ。驚いたかい?」

「お前、そいつが今何をしているのか知っているの? それが、何を意味するかを分かっていて?」

「もちろん。その上で、俺は彼女の味方をしているよ」


 紅魔の主従の言葉に、銀月は小さく笑って答える。その笑みはしたり顔であるが、どこか淋しげな儚い笑みであった。その表情と言葉から、もう全てを覚悟した上でこの場に立っていることが読み取ることが出来た。

 その言葉を聞いて、鈴仙は少し悲しそうな声で銀月に話しかけた。


「銀月君……将志さんは、君には平穏に暮らして欲しくて黙ってたんだよ? それなのに……」

「父さんは、きっと主に何かあったら全てを捨ててでもあの人を守る……だから、その時はせめて俺だけでも父さんのそばに居てやりたいんだ。例え、俺自身が父さんに捨てられてたとしてもね」


 鈴仙の言葉をさえぎって、穏やかな声で銀月はそう口にした。その言葉には、心の底から父を慕う純粋な感情が込められていた。

 それを聞いて、ギルバートは真剣な表情で銀月を見やった。


「銀月、それは事と次第によっては、お前も全てを捨てることになるんだぞ。それでも、お前は親父さんについて行くのか?」

「ああ。俺の命は父さんに拾われたもの。死ぬのは嫌だけど、父さんのために命を燃やすなら本望さ。どうせ、人間の俺は父さんの生きた時間の中では一瞬しか生きられないんだしね」


 ギルバートの問いかけに、銀月は涼しい表情でそう口にした。その言葉は偽りの無い銀月の本心であり、どこまでも真っ直ぐなものであった。


「貴方、幻想郷全体を敵に回しているのよ? ギルバートや魔理沙、それに霊夢も貴方の敵に回るのよ? 場合によっては、貴方は友人に殺されるかも知れない。それでもそちら側につくのかしら?」

「もちろん。出来ればそんなことしたくないけど、父さんがこっちに付くなら仕方がないかな。これが、自分が出来る精一杯の恩返しだから。今、俺が命を懸けても良いって思えるのも父さんだけだし……それに何よりも、俺はまだ少しだって父さんに恩返しを出来ちゃいない」


 アリスが考え直させるように言葉を投げかけるも、銀月はそう言って軽く手を振るう。振るわれた彼の手には銀色に光る鋼の槍が握られており、もはやその意思を曲げることは出来そうになかった。

 その様子を見て、レミリアは深いため息をついた。


「……建御守人に取り憑かれた狂信者。貴方をあらわすのにはこの言葉がぴったりね」

「狂信者か……ははっ、確かにそうかもね。じゃないと、そもそも俺はこの場に立っていないはずだもの……でも、一つだけ訂正してもらって良いかい? 俺が信奉しているのは建御守人じゃない。それを含めた、槍ヶ岳将志を信奉してるんだよ、俺は」


 レミリアの皮肉混じりの言葉に、銀月はそれが気に入ったのか嬉しそうに笑った。

 そして、銀月は軽く槍を振るうとゆっくりと侵入者にその穂先を向けた。


「……さあ、戦おうか。父さんと一緒に戦える、またとない大舞台だ。絶対に悲劇になんてさせるものか」


 銀月が覚悟を決めた表情でそう口にした瞬間、まるで空母か発艦する戦闘機のように沢山の札が銀月の服の中から飛び出すと共に、彼の足元に銀色の光が集まり始めて渦を作り始めた。

 それは彼一人のための桧舞台。親のためにその道を選んだ千両役者の、自らが最も敬愛する相手への演目の幕が上がった瞬間であった。


「咲夜」

「何でしょうか?」


 そんな銀月を見て、レミリアは静かに自らの従者の名前を呼び、咲夜は静かにその隣に立つ。


「一つ、本物の月を取り戻す前にやることが出来たわ」

「はい。私もです」


 二人はそう言い合いながら、真紅の槍と銀のナイフをそれぞれ取り出した。

 そのお互いの行動を見て、二人は小さく笑いあった。


「分かってるなら良いわ。あの馬鹿をとっとと紅魔館に叩き返すわよ」

「はい」


 二人はそう言いあうと、その視線を銀月に向けた。

 すると、銀月は小さくため息をついて首を横に振った。


「俺はまだ帰るわけには行かないし、そもそも帰れないんだけどなぁ?」

「そんなの知ったこっちゃないわ。お前の去就を決めるのはフランだし、フランのものは私のものでもあるわ。お前が何て喚こうが関係ないわよ」

「……そうかい!」


 その言葉を聞くや否や、銀月はまるで目の前から消えたと錯覚するほどの速さで移動し、レミリアに攻撃を仕掛けた。

 対するレミリアはその動きに素早く反応し、甲高い金属音と共にしっかりと受け止めた。しかしその攻撃は想定していたものよりもかなり重く、レミリアは押し込まれてかなり不利な体勢での鍔迫り合いを強いられてしまった。


「っ、なかなかやるじゃない」

「……今日の俺は一味違うよ。いつもの様に考えていると、大怪我するぞ?」

「ハッ、言ってろ」

「おっと!」


 鍔迫り合いになっている銀月に、横から黄金のオーラを纏った爪が振り下ろされる。

 銀月はその攻撃を間一髪で避け、素早く間合いを取った。しかしその爪は掠りもしていない銀月の白装束を切り裂き、その左腕に薄く赤い線を刻み込んだ。

 それを受けて、銀月は左腕から流れる血をぺろりと舐めた。


「……やるな。今のは久々にヒヤッと来たよ」

「こっちも色々と背負っているもんでな。普段と違うのは、お前だけじゃねえ」


 ギルバートは振り下ろした右手を構え直しながら銀月にそう言った。彼は右腕だけが群青の狼のものになっており、その周囲には黄金のオーラが光っていた。どうやら己の中の力を右腕に圧縮し、普段よりも高い出力で攻撃しているようであった。

 彼もまた人狼と言う種族全体の一大事を抱えており、絶対に退くことのできない戦いをしようとしているのだ。それ故に、彼はたった一撃で確実に相手を仕留めるべく乾坤一擲の攻撃を仕掛けてきたのだ。

 手加減も何も無い、腕を持っていこうと言わんばかりの攻撃。ギルバートも、友人だからといって容赦するつもりはないようである。


「諦めな、銀月。いくらお前でも私ら全員に勝てるとは思えないぜ」

「私の知る貴方はもっと冷静よ。今からでも遅くないから考え直しなさい」


 その横から、魔理沙とアリスが銀月に話しかける。魔理沙は光を湛えたミニ八卦炉を銀月に向けており、アリスは自身の人形を銀月の周りに浮かべて牽制する。

 魔理沙としては古くからつるんできた友人であるために連れ戻したい気持ちが強く、アリスとしては目の前の大きな障害を労力を払わずに排除したいのであった。

 しかし、そんな彼女達の言葉を聞いて銀月は小さく首を横に振った。


「……そう思っていられるのも、今のうちさ!」

「きゃあっ!?」


 銀月がそういった瞬間、アリスは背中に何かを強く叩きつけられたような感覚を覚えた。

 その衝撃を受けて、彼女は勢いよく下へ落ちていく。


「アリス!」

「つぅ……今、よく分からないけど攻撃が後ろから飛んできたわ」


 ギルバートは急いで移動してアリスを受け止める。

 幸いにして空を飛んでいたために衝撃がある程度逃げていたので戦闘不能になることは無かったが、攻撃に全く気づけなかったことで少し動揺しているようであった。


「銀月の常套手段だ。おそらく、見えている以外にもここには札が仕込んである!」


 そんな彼女に、ギルバートはそう言って見当をつけていた攻撃の正体を告げる。

 相手に見えないところから攻撃を仕掛けてくるのは銀月の特徴であり、常日頃銀月と喧嘩をしているギルバートにとってはお馴染みのものであった。

 しかし、そんな彼の発言を聞いて銀月は小さく笑みを浮かべた。


「……だから、いつもとは違うんだってば!」

「ぐあっ!?」

「きゃあっ!?」


 その瞬間、ギルバートは真後ろに弾き飛ばされ、腕の中に居たアリスが宙に放り出された。

 何物かに顎を痛打されたギルバートは、歯を食いしばって目眩を耐えながら体勢を立て直す。


「ぐっ……なんだ、今のは……」


 ギルバートは頭を押さえながら、自分に起きた事象を整理しようとする。

 自分が後ろに弾き飛ばされたと言うことは、その攻撃は真正面から放たれたということである。しかし、それを知覚することが出来なかった。と言うことは、そこには銀月が何某かのトリックを用いていると考えられた。

 しかし、その正体が今の事象だけではよく分からない。


「私を忘れてもらっちゃ困るぜ!」


 ギルバートが体勢を立て直すその間に、魔理沙は彼を援護するべく銀月に星の弾幕を放つ。

 その弾丸は速度を重視したものであり、銀月に回避を強く意識させるためのものであった。


「おっと」


 ところがその弾丸が着弾する直前、銀月の姿がふわりと消え去ってしまった。弾丸は何にも当たることなく、廊下の奥へと消え去っていった。

 その様子はいつもの高速移動によるものと違って、まるで本当にそこには何も無かったというような、蜃気楼のような消え去り方であった。

 その光景を見て、魔理沙は何が起きたかを考えるより先に素早く動きながら辺りを見回した。


「っ、どこだ!?」

「ここさ!」

「うわっ!?」


 小さな風切り音と共に、上からの強襲が魔理沙の服を掠める。彼女がその攻撃に当たらなかったのはほぼ偶然的なものであり、少し運が無かったら命中しているものであった。

 そして何より彼女を混乱させたのは、銀月からの攻撃が全く見えなかったことであった。


「な、何だ? 札なんて何も見えなかったぜ!?」

「ボサッとしてる場合かい? まだまだ行くぞ!」


 動揺している一行に対して、銀月は次から次へと得体の知れない不可視の攻撃を仕掛けていく。その攻撃は銀月がいる方向から来るとは限らず、更に攻撃を加えようとするとその姿は幻のように掻き消えてしまう。

 銀月は相手を翻弄しており、その攻撃を一手に引き受けながらも未だに一回も決定打をもらってはいないのであった。


「銀月君……」


 そんな彼の姿を見て、鈴仙は誰にも聞こえないくらい小さく彼の名を口にした。

 彼女は、銀月が外でどのように暮らしているかを知らない。しかし将志の話から、彼が普段忙しいながらも充実した生活を送っているであろうことは知っていた。だからこそ将志は銀月にその生活を続けて欲しいと願い、鈴仙もまたそう願っていて、それ故に銀月が相手に寝返るのではないかと警戒し、攻撃に参加せずに待機していたのだ。

 そしてその考えは杞憂に終わった。彼は本気で平穏で充実した生活を捨てる覚悟を示し、そこでの友人を敵に回してまで自分達の味方になってくれている。その事実は、彼女にとって例えその動機に自分が関係ないとしても嬉しいものであったのだ。


「……ありがとね」


 鈴仙は再び誰にも聞かれることの無い声で、頼もしい仲間に小さく礼を言った。

 そして、ゆっくりとピストルの形を作った指先を侵入者に向けた。


「さあ、かかってきなさい! 貴方達の相手は、銀月君だけじゃないわよ!」


 その言葉と共に、鈴仙の指先から弾丸が放たれた。

 彼女の弾丸は銀月の攻撃を避けるために動き回る敵達の動きを制限し、更なる混乱をもたらしたのであった。


「…………」


 そんな中、ただ一人一切行動を起こしていない者がいた。

 レミリアは周囲の行動をジッと眺めながら、静かに翼をはためかせて佇んでいる。その様子は何故かその周囲だけが戦場ではない無音の空間になっているようであった。

 そしてレミリアは小さく息を吐き出すと、手にした槍を大きく振りかぶった。


「そこっ!」

「くっ!?」


 突如レミリアが何も無い空間に真紅の槍を投げたかと思うと、何もいないはずのところから甲高い金属音と共に火花が散った。それと同時にはらはらと何も無い空間から白い札が零れ落ち、青白い槍を手にした銀月の姿が現れていた。

 表情を悔しげに歪ませるその姿を見て、レミリアは不敵に微笑んだ。


「こんな子供だましで私を倒そうなんて百年早いわ。これ、あれでしょ? 木の葉隠れって奴。木の葉が札に変わっただけよね」

「でも、私には瞬間移動したように見えましたよ?」

「それはあれよ、変わり身の術。銀月なら札を化かして自分の姿に変えるくらい簡単に出来るでしょ?」


 レミリアは首をかしげる咲夜に銀月の使ったトリックの種明かしをする。

 実は、銀月は周囲の風景に同化させた札の後ろ側から攻撃していたに過ぎず、実際に見えていたのは銀月が作り出した幻影だったのだ。例えるならば、銀月は周囲と自分の姿が映っているスクリーンの裏側から相手に攻撃していたのだ。

 その説明を聞いて、アリスは関心半分の呆れ半分といった様子でため息をついた。


「まるで忍者ね。本物の忍術なんて初めて見たわ」

「忍術だけじゃないさ。忘れたかい? 俺は何でも演じる役者なんだ。前座で終わっちゃ、面白くないだろう!」


 銀月がそう言って軽く手を振ると、まるで手品のように細長い物体を取り出した。それは、陰陽道の書物である巻物であった。

 銀月はその帯を解くと端を掴んで放り投げる。すると巻物は素早く伸びていき、敵対者を四方八方から囲い込んでしまった。


「そうら!」


 そしてその端が引かれると、巻物は勢いよく包囲したものを締め上げるべく動き出した。

 その攻撃は全員予想していたのか、それぞれに隙間をくぐって抜けようとする。


「そこっ!」

「ちぃ!」


 しかし抜けようとしたところを、鈴仙がすかさず狙い撃ちにしてきた。

 ギルバートはその攻撃を左腕で防御すると、忌々しげに銀月を見やった。


「この……いつの間にこんな技覚えた、銀月!」

「ここ最近さ! 父さんのために、必死で覚えたのさ!」


 銀月は手にした巻物を自由自在に動かしながら、宙に浮かべた札で攻撃を仕掛けていく。巻物はまるで生きている大蛇のように動き回り、相手を捕らえるべくとぐろを巻きながら牙をむく。

 更にその紙の蛇は動くたびにその鱗が剥がれ落ちるかのように札を撒いていき、放たれたそれは仲間に仇なすものを切り裂く弾丸となって相手に飛んでゆく。


「逃がさない!」


 それから逃れた者を、鈴仙は的確に撃ち抜いていく。その連携は、銀月の攻撃によって行動の方向が限定されてしまうために狙い撃ちされやすく、かと言って巻物に捕まると無防備な状態を晒してしまうために動かないわけには行かない。

 彼女とて元は軍人、即席のコンビでも十分に合わせられるほどの技量は持っているのだ。また、銀月も彼女があわせやすいように自分に攻撃を上手く集めているため、かなり楽に戦うことが出来ていた。

 そんな二人の連携を見て、レミリアは咲夜に声を掛けた。


「咲夜、少し時を止めてあのうさぎを堕とせないかしら?」

「出来るかもしれませんが、銀月が相手にいることを考えると控えたほうが宜しいかと」


 レミリアの問いかけに、咲夜は冷静にそう口にした。

 銀月の『限界を超える程度の能力』は、咲夜の止まった時の世界でも彼を行動可能にするものである。つまり、鈴仙を堕とす間にこちらも味方の一人を堕とされる可能性が高いのであった。

 それを聞いて、レミリアは小さくため息をついた。


「そう……なら、先に銀月を堕とすわよ」

「かしこまりました」


 二人はそう言うと、戦場の中心に浮かぶ白銀の舞台の上で紙の蛇と踊る銀月に刃を向ける。


「させません!」


 するとその二人の前に鈴仙が割り込んできた。その姿は銀月を守ろうとしているかの様であり、強い視線で紅魔の主従を睨んでいた。

 レミリアはそれを見て鬱陶しそうに舌打ちをした。


「邪魔をするな! うちの従者を連れて帰ることの何が悪い!」

「私達の仲間でもあるわ! それに銀月君はこっちを選んだんだから、貴女達の出る幕は無いわよ!」

「関係ないわ。従者は主人の命令には従うもの。お嬢様の命令があるならば、こちらに来るべきよ」


 レミリアは銀月に向けて振るうつもりだった槍を鈴仙に向かって振り下ろし、鈴仙はそれから距離をとりながら応戦する。その横から、咲夜がレミリアを援護するべくナイフを投げつける。

 結果として鈴仙はレミリアの素早い攻撃を受けながら、咲夜の弾幕を受けることになった。


「くっ……」


 鈴仙は必死に二人の攻撃を捌き続ける。掠めた弾丸は彼女の服を裂き、そのいくつかは肩や脚を傷つけていた。

 身体能力に優れる吸血鬼であるレミリアと過去に将志に賞賛されたほどの投擲の正確さを持つ咲夜の十字砲火は、長く実戦にブランクのある彼女には必死にならざるを得ないものであった。

 その激しく揺さぶられている彼女の眼前から、突如として相手の吸血鬼の姿が消えた。


「後ろががら空きよ。そこだぁ!」


 レミリアは素早く鈴仙の背後を取り、その背中に鋭い風切り音と共に真紅の槍を叩きつけた。


「きゃああっ!!」


 鈴仙は背中に強い衝撃を受け、バランスを崩して下へと落ちていく。


「……ふん」


 しかし、レミリアの表情は非常に不機嫌なものであった。

 何故ならば、自らの手に伝わった感触は固い金属を殴った感触であるからであった。


「……悪いけど、俺が守るからには鈴仙さんには指一つ触れさせない」


 レミリアの斬撃を手にした青白いミスリル銀の槍で受け止めながら、銀月はそう口にする。彼は鈴仙のピンチを察して、全速力で彼女の防御へ回ったのであった。

 吸血鬼の並外れた腕力を真正面から押し返す彼の茶色の瞳は、レミリアの目の前で徐々に黒く変化していった。

 その変化を見て、レミリアは一瞬驚いた表情を浮かべた。


「……銀月。お前、正気かしら?」

「もちろん。この状況で、出し惜しみなんてしてられないからね」


 レミリアは漆黒の瞳に変わった銀月を睨みながら、怒りをにじませた声で問いかけた。何故なら今の銀月は自分を省みず、能力を使って限界を超えた魔力による強化を自らに掛けていることが分かったからであった。

 その質問に、銀月は酷く張り詰めた表情でそう口にした。銀月とて、この面子を相手にして楽に守りきれるとは微塵も思っていない。しかし将志は将志で自分の持ち場で戦っているので、その力を借りることはためらわれる。それ故に、自らが悪魔になるかもしれない、暴走して壊れてしまいかねないギリギリのところまで力を使おうとしているのだ。

 今は敵とはいえ自分のことを大切にしない部下に怒るレミリアと、自分を捨ててまで父親の役に立とうとする銀月。二人の間には、この場では埋められない溝が存在した。


「そこを動くなよ、銀月!」

「うっ!?」

「なっ!?」


 そんな二人に向けて、魔理沙がミニ八卦炉から渾身の一撃を放つ。それは普段の極太ビームを収束させた、普段よりも貫通力の高いものであった。

 銀月はレミリアを突き飛ばすようにして素早く退避し、魔理沙の攻撃を躱す。


「それで終わると思うな!」


 すると、まるでそれを待ち構えていたかのようにギルバートが絶妙のタイミングで攻撃を仕掛ける。

 その攻撃は、先ほど銀月が寒気を覚えた乾坤一擲の一撃。自らの力の大半を右手に集中させた、戦闘を終わらせるための一撃であった。


「ぐっ!?」


 銀月はその攻撃を避けきれず、手にしたミスリル銀の槍で受ける。頑丈なその槍は傷一つつくことなく、彼の最大の一撃を受けきってみせた。

 しかしその衝撃まではどうしようもなく、銀月は大きく弾き飛ばされた。

 そして、彼の眼に飛び込んできたのは自分を取り囲む大勢の人形達であった。


「まずっ……」

「貴方が暴れている間に仕掛けさせてもらったわ。その体勢で避けられるものなら避けてみなさい!」


 眼を見開く銀月に、アリスは普段より熱の入った声でそう口にした。

 アリスが仕掛けた人形は触れたら爆発する機雷のようになっており、銀月が弾き飛ばされた先に密集するように配置されていた。また仮にそれを耐え切れたとしても、周囲ではいつでも弾丸を放てるようになっている人形が多数存在する。

 そして何より、銀月がギルバートの強烈な一撃によって迅速な行動が出来なくなっているのだ。その状況は、銀月が少なくとも無事では済まないであろうことが容易に想像できた。


「銀月君! っ!」

「逃がさないわよ」


 鈴仙は銀月を助けに行こうとするが、咲夜が彼女をしっかり自分に縫い付けていて救援に行くことができない。

 焦る彼女の目の前で、アリスが総攻撃を命ずるべく腕を振り上げる。


「っ!?」


 しかし、その手が振り下ろされることは無かった。

 突如として一筋の白い閃光が銀月の行く先にある人形を貫き、撃ち落したのだ。機雷となっていた人形達は次々と誘爆し、銀月は大打撃を免れることが出来た。


「……沈め」


 そして頭上から聞こえてくる、やや低めのテノールの声。

 静かだが力強いその一言は、一方では最も警戒すべき敵が、一方では最も頼りになる味方がこの場に現れたことを示していた。 

 それと同時に天井がまるで満天の星空のように様変わりし、銀色の光の粒が頭上を埋め尽くした。


「くそっ、間に合わなかったか! 全員俺の近くに急げ!」


 ギルバートはそう毒づくと青い宝珠を飲み込んで力を回復し、大急ぎで防御の魔法陣を展開した。

 一行が急いでその内側にもぐりこむと、、今度は上から銀色の流星が激しい雨のように周囲に降り注いだ。

 轟音と共に降りしきるそれは、銀月の札もアリスの人形達も全て押し流してしまった。 


「ははっ……助かったよ、父さん」


 そんな中、銀月はそっと目の前に下りてきた銀の髪の青年に礼を言った。

 けら首に銀の蔦に巻かれた黒耀石をあしらった銀の槍を手にした青年は、彼の姿を見ると小さく眼を伏せた。


「……何故ここに居る、銀月?」

「父さんが誰にも話せない内容の悩みなんて、永琳さん関連しかないからね。だから、その手伝いに来たんだ」

「……それで良いのか?」

「俺にとっては、恩返しも出来てないのに父さんと別れるほうが嫌だね。だから、悪いけどそういう事で」


 無表情の将志に、銀月はそっと微笑みながらそう言ってみせる。

 その笑顔に将志の顔が曇る。銀月は短い人間の人生だからこそ、父親の役に立とうとした。しかし将志からすれば、短い人間の人生だからこそ、自分のために平穏に暮らして欲しかったのだ。


「……そうか」


 しかし、将志はそのことを口にしない。何故なら、銀月は将志の願いを知っていてなお、他ならない自分自身のために親への恩返しをする道を選んだのだ。

 将志には、そんな彼に対して「今すぐ帰ってこの一件に関わるな」とは、とても言えなかった。


「……すまない」


 将志は小さくそう言うと銀月から逃げるように眼を背け、妖力で編んだ銀の槍を多数浮かべて侵入者にその切っ先を向ける。

 そんな彼に、ギルバートが話しかけた。


「親父さん……」

「……ギルバート。聞きたいことは色々あるだろう。そしてお前の言いたいこともおおよそは分かる。ああ、銀の霊峰の首領としては、この行動は大きな間違いであろう」

「主人の間違いを正すのも従者の役目。親父さんもそう言ってたよな……じゃあ、何で?」

「……簡単なことだ。俺は何を差し置いても主を守ることを正道とした。それだけのことだ」


 緊張した面持ちのギルバートからの問いかけに、将志はそう答えて口を閉じた。

 もうこれ以上話すことはないと、その態度が何よりも雄弁に述べていた。


「銀月君、大丈夫?」

「ああ、心配は無いさ。あの攻撃のせいでちょっと手が痺れてるけど、大した怪我はしてないよ」


 将志がギルバート達を牽制する一方で、鈴仙が先ほど弾き飛ばされた銀月に話しかけていた。

 銀月が自分の無事を彼女に伝えると、鈴仙はしょんぼりした様子で俯いてしまった。


「ごめんなさい、私のせいで……」

「ふふっ、仕方が無いさ。元より俺もあの五人に勝てるとは思っていなかったもの。それに本来の役割はもう達成したしね」


 銀月はそう言うと手を軽く振って手品のように緑色の札を取り出した。そして彼が眼を閉じて軽く念じた瞬間札が消え、永遠亭の廊下が淡い緑色の光に包まれた。

 その光景を見て、その場にいた全員が驚きの表情と共に彼を見た。


「ぎ、銀月君? 今、何を……?」

「……最初に隠れてたときにちょっと術式に細工の準備をしてたのさ。まあ、ちょっとしたお手伝いって奴さ」


 鈴仙がそう問いかけると、銀月は少し疲れた様子でそう口にして眼を開いた。

 するとそこには、ぼんやりと翠色の光を湛え始めた彼の瞳があった。

 それを見て、鈴仙は訳が分からずに呆けた表情を浮かべた。


「え……? 銀月君、その眼は?」

「う~ん……ちょっと力を使いすぎたかなぁ……ごめん、ちょっと休みたいから、俺はいったん退かせてもらうよ」


 銀月はそう言うと、ふらふらと廊下の奥へと飛び去ろうとする。

 彼は見るからに疲れ果てており、しばらく休息が必要であるようであった。


「ちょっと、そんな飛び方じゃ危ないわよ!」

「……全く、無茶をする。それで足を引っ張っては恩返しにはならんぞ」


 そんな彼を、鈴仙と将志が横から支えながら付いて行く。将志は依然として侵入者達を警戒しており、追撃を許してくれそうには無かった。

 すると、銀月はふと立ち止まって一行の方へと向き直った。


「さてと、それじゃあしばしのお別れだ。じゃあね、みんな」


 銀月はそう言うと、今度こそ廊下の奥へと消え去っていった。

 流星の槍衾に阻まれた一行は、その姿をただ見送ることしか出来なかった。

 皆様、今更ながら明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。


 さて、早速の内容ですが、将志だけでなく銀月も敵サイドに回ることになりました。

 一方、この異変で里が大変なことになっているギルバートは解決側に。


 銀月は今日のために今まで暖めていた技を惜しげもなく使って攻撃してきました。

 この修行馬鹿、描写しなくても設定からしてそうなのだから技を増やすのが楽で良い。

 今までに使ったことの無い巻物攻撃や、実戦で初披露する忍術など、新しい技が一気に増えました。

 里の命運を背負ったギルバートも本気モードで、今までとは一線を画した威力の攻撃を放ってきます。

 おまけに力を増幅する宝珠を次々作り出せる状態なので、今回はかなり強力になっています。


 が、それ以上に本気見せてるおぜう様。

 あの銀月が本気で能力を使わないと対抗できなくなるほど張り切っています。

 と言うか、今回のおぜう様はカリスマ全開モードです。


 さてさて、父親のために自らの限界を無視して力を使いまくる銀月と、主のために己が積み上げてきた全てを捨てると豪語した将志が合流しました。

 次回はそれぞれに相対した主人公勢が合流します。


 では、ご意見ご感想お待ちしております。


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