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銀の槍のつらぬく道  作者: F1チェイサー
永い夜と銀の槍
153/175

永夜抄:銀の槍、立つ

「紫。本当にこんなことして良いの?」

「ええ。こんなことをする犯人は、きっと事が終わればまた姿を暗ますでしょうし。ならば探し出すまでは続けてもらわないとね」


 博麗神社の境内にて、巫女と妖怪がそう話し合う。

 空には満月が昇っており、辺りをやさしく照らし出している。問題があるとすれば、もう何時間も同じ場所にあるというところと、どこか満月の力がおかしいところである。


「この異変、他に誰が気付くと思う?」

「そうねえ……まず、幽々子は気付くでしょうね。それから、月の魔力に敏感な人狼や吸血鬼なんかも気付くわね」

「銀の霊峰は動いたりしないのかしら?」

「今回の場合は動けないわね」

「え? あんなに大きな異変なのに?」

「だって、この状況だとそもそも銀の霊峰自体が大混乱になってるはずだし」


 霊夢の質問に、紫はそう答えた。

 夜が動かない、この事態は幻想郷全体を揺るがすような大きな事態であり、本来ならば銀の霊峰が動くような事態なのだが、事態が事態だけに銀の霊峰の脳筋な妖怪集団でも事の重大さが分かると踏んだためである。

 その答えに納得すると、霊夢は紫の隣に居る人物を見やった。


「そう……それで、今日は藍も居るのね」

「ああ。事情が事情だからな。ところで、銀月はどうしたんだ?」

「今日は紅魔館に仕事に行ってるわ。だから、いっそ呼び戻そうかと思ったんだけど……」

「さっき話を聞いてみたら、人里に買い物に行ってるらしいのよ。だから、まずは人里に銀月を迎えに行くわよ」


 紫は先ほど、スキマを使って紅魔館に行っており、そこで銀月の情報を得ていた。どうやら銀月は普段どおりの業務に当たっており、買出しに行っているようである。


「やはり、銀月もこの異変の影響を受けるんですか?」

「可能性は高いわ。だから銀月に何かあったときに対処できるよう、すぐ近くに置いておきたいのよ」


 彼のことをよく知る者からすれば銀月は戦力として当てに出来るところもあるが、何よりも何が起きるか分からない危険物でもあるのだ。それ故、紫は銀月を手元に置くことを考えたのであった。


「分かりました。では、まずは人里ですね」


 そう話し合うと、三人は銀月を迎えに行くべく人里へと向かうのであった。




「待て。こんな時間に何の用だ?」


 三人が人里の上空に着く頃、頭に五重塔の頂上にも似た形の帽子をかぶった女性が立ちはだかった。

 時間が夜であり、更にそれが停滞している今、慧音は守護者としての任務を全うしようとしているのだ。それは、相手が幻想郷の管理者であっても変わらないようである。

 そんな彼女に紫は話しかける。


「人里の守護者か。銀月はどこかしら?」

「銀月? 銀月なら先ほど夕食の買い物を済ませて戻って行ったぞ。赤い執事服を着てたから、紅魔館に戻ってると思うぞ?」

「何か変わった様子は無かったかしら?」

「別に変わったところは無い様に見えたな。強いて言うなら、仕事中に喫茶店で少しサボっていたくらいだ」


 慧音は身構えたまま、銀月についての情報を提示する。ここで素直に答えたのは、紫が口にした名前が普段彼女が懇意にしている相手であり、更に人里から引き離すことが出来ると考えたからである。

 それを聞いて、紫は小さくため息をついた。


「……そう。分かったわ」

「遅かったか……どうしますか? 紅魔館まで迎えに行きますか?」

「……いいえ。紅魔館まで銀月を追いかけて行くとなると、少し時間が掛かりすぎるわ。なら、早く黒幕を探すべきよ」


 藍の問いかけに、紫は少し考えてからそう結論を出した。銀月を気にかけることよりも、そもそもの心配の発端である異変の解決を優先することにしたようである。

 その言葉を聞いて、慧音は少し考える仕草をして口を開いた。


「あ~、昨今の月の異変の黒幕か? それなら、あっち」

「あらそう。情報提供感謝するわ」

「私としても、この状況は芳しくはないからな。解決するならさっさとしてくれると助かる」


 慧音は紫にそう言った。どうやら慧音も月の異変に気付いているようであり、早期解決を望んでいるようであった。

 そんな中、なにやら下の方が少し騒がしいことに一向は気が付いた。


「幽々子様、今はそれどころじゃないでしょう!」

「大丈夫よぉ、どうせ紫あたりがどうにかしてくれるわ」

「人任せにしてる場合ですか! とにかく、早く犯人のところに行きますよ!」

「む~」


 腰に二本の刀を刺した少女は、青い服の少女を引っ張りながら空へと昇ってくる。

 そんな彼女達を見て、紫は大きなため息をついた。


「……何やってるのよ、幽々子」

「いいえ、少し気になる相手が居るから、妖夢と一緒に色々尋ねてたところだったのよ」


 紫の質問に、幽々子は素直にそう答えた。どうやら今日も雷禍のところに行っていたらしく、妖夢も気になることがあったようで問いただしに行っていたのだが、今日の異変に気が付いてこちらに向かった様である。

 そんな彼女達に、今度は霊夢が話しかける。


「そう。で、あんたらもこの異変の犯人を捜しに行くところだったの?」

「はい。そういう霊夢さん達も?」

「そうよ。だって言うのに、銀月はのんきに仕事してるし……」


 霊夢はふくれっ面で銀月についてそう言及する。どうやら今回は銀月の手を借りて楽をするつもりだったらしく、それが出来なくて不満なのだ。

 そんな彼女の言葉を聞いて、妖夢は少し考えて口を開く。


「ひょっとしたら、銀月さんも何か掴んで一人で犯人探ししてたりしないですか? ほら、貴女が先に行ったと思い込んで、辺りを探し回ってるとか」

「……まあ、ありえない話じゃないけど……」


 妖夢の言葉に、霊夢はそう言って口ごもった。


「…………」


 全員が思い思いに話をしている中、藍はただ一人慧音の指先が示したほうを向き、黙って目を伏せていた。その表情は厳しいものであり、ただならぬ緊張感を湛えていた。

 そんな彼女に気が付いて、紫が声を掛けた。


「……藍? どうかしたのかしら?」

「……紫様。今回の異変……いつもの様には行かなさそうです」


 深刻な声色で、藍はそう告げる。

 その一言を聞いて、紫は形の整った眉を吊り上げた。


「どういうことかしら?」

「確証はありませんが……私が想像している相手なら、一筋縄ではいかないはずです」

「……そう。それじゃ、案内を頼めるかしら?」


 紫はそう言って、藍に案内を頼む。その様子から、犯人が彼女の知り合いであり、居場所を知っていることを汲み取ったのだ。


「……はい」


 藍は覚悟を決めた表情でそう言って、案内を開始した。




 一行がしばらく空を飛んでいくと、段々と霧が出始めてきた。迷いの竹林と呼ばれる一帯に近づいたのだ。

 いつからか竹林を覆っているその霧は不思議な力で方向感覚を狂わせ、また竹林と言う目印が乏しく変化の大きい風景が自分の現在位置を分からなくするのだ。

 案内人である藍は、目的地を目指して迷わず進んでいく。


「迷いの竹林……この中に、貴女の思う犯人が居るのね?」

「はい……いつもより霧が濃いので、間違いないでしょう」


 紫の質問に淡々と答えると、藍は再び無言になる。その表情は険しく、どこか焦燥のようなものが感じられる。そのただならぬ様子から、霊夢達も相手が只者ではないということを薄々感じ始めていた。

 更に霧が深くなるにつれて、ピリピリとした威圧感を含んだ空気があたりに漂い始めてきた。異変で活発になっているはずの妖精も、その気配に怯えているのか一切姿を見せることはない。

 そして、しばらく進むとなにやら銀色に光るものを一向は確認した。


「…………」


 そこにいたのは、眼を閉じて全身に力をめぐらせ、体中から淡い銀色の光を放っている青年であった。その背中には、彼のトレードマークである銀の蔦に巻かれた真球の黒耀石があしらわれた銀の槍が背負われていた。

 その姿を見て、紫は彼に事情を聞いてみることにした。


「……将志? どうしてここに居るのかしら?」

「……ここに何の用だ?」


 紫の問いに、眼を閉じたまま問いかけで返す将志。それを聞いて、紫は周りに悟られぬように小さくため息をついた。藍の言うとおり、一筋縄では行かない事態になっていると感じたからであった。

 そんな彼女の前に、藍が割り込むようにして立ちはだかった。


「……やはり居たか、将志」


 藍の声は震えていた。

 願わくば違っていて欲しかったこと。自分が愛する人が幻想郷を揺るがす事件に手を貸している。つまり、純然たる敵として目の前に立っているという事実が、彼女に重くのしかかっていた。

 その言葉を聞いて、将志は静かに眼を開いた。


「……ふむ。その様子では、この先に何があるのか知っているな、藍?」

「……ああ」


 眼を合わせずに紡がれた将志の言葉に、藍は泣きそうになりながら答える。感情のこもらない、無機質で冷たい声。いつもなら暖かく心地良い響きのそれの変貌が、藍に悲しみを覚えさせる。


「……なら、なおのことここは通せん」


 そんな彼女を一瞥することもなく、将志は一行に槍を向けた。

 付き合いのそう短くない、ある程度深い仲の友人に対する完全なる敵対の意思。それを彼に抱かせる存在に思い至り、紫は日傘を握り締めた。


「そう……この先に居るのね、この異変の犯人……貴方の主が」


 臨戦態勢の将志に緊張感を覚えながら、紫はそう口にした。その表情に、いつもの余裕のある笑みは一切無い。

 この先に居る主を守るために、将志が戦う。それは幻想郷最強とも言える存在が、抜き身の刃を本気で向けてくることを意味しているからであった。

 紫の言葉を聞いて興味を持ち、妖夢が将志に声を掛けた。


「将志様の主、ですか?」

「……これ以上の問答は無用だ。早々に帰るが良い」


 妖夢の質問に、将志が答えることはない。彼にとって主の情報は、主を守るために何が何でも秘匿するものであるからだ。


「……さもなくば、その命を置いていけ」


 槍を向けても退こうとしない一行に、将志はそう言って威圧する。彼の周囲には強い力のこもった銀色の光が飛び交い、辺りを明るく照らし出していた。


「将志。貴方、自分の主が何をしているのか分かっているのかしら?」

「……そんなことはどうでも良い。俺はただ、己が使命を果たすのみだ」

「それが原因で全てを失うことになっても? 貴方が失うものは、決して少なくないのよ?」

「……富……名声……力……人脈……俺が持っているものなど、その程度のものであろう。俺はそんなものに縛られはしない。俺を縛れるのは己のみ。己が道を行くためならば、銀の霊峰の首領の立場も、神としての力も、積み上げてきた全てを捨て去ろう」

「愛梨達が敵に回るかもしれないわ。それでも?」

「……愛梨は俺がどんな妖怪かを理解してくれている。それは六花やアグナ、涼や銀月も同じことだ。叶うのであれば、あいつらにはこのまま平穏に暮らして欲しいものだ」


 紫が説得を試みるも、将志は全く聞き入れようとしない。彼は本気で全てを捨て去る覚悟でこの場に立っているのだ。

 生きて主の傍に居る。彼の内にあるのは、例え何を捨て去ろうともその誓いを守りたいという、確かな感情であった。

 そんな彼に、藍の頬を一筋の涙が伝って落ちていく。そして、彼女は俯いて手で涙を拭った。


「……紫様、しばらく私のことを見ないでいただけますか? 今から私は凄く見苦しいことになりますので」


 藍が低く暗い声でそう言うと、その黄金の九尾の先端に一つずつ狐火が燈り始めた。

 その炎は静かに、それでいて激しく燃え上がっており、将志の銀色の光に負けないくらいに周囲を青白く照らし出していた。


「将志……お前は、そんなに主のことが大事なのか」


 藍は涙で潤んだ眼でにらみながら、将志にそう問いかける。

 その瞳にこもった感情を受け、将志は眼を閉じて大きく息を吐いた。


「……ああ。だが、それは俺が従者だからではない。たった一人の、代えのない親友だからこそだ。今の俺に、理性も理念も、そして誓いすらも存在しない。今の俺にあるのは一握りの感情のみ……俺は主の側に立ち、主を守る。その志を貫き通す!」


 将志がそう力強く言い切った瞬間、その周囲を飛び交っていた光が一斉に槍へと変化していき、その矛先が一斉に藍へと向けられる。

 それは藍の感情を振り払うような、強い決意の言葉であった。


「そうか……だが、それは私も同じことだ。私は、あの時私を信じてくれたお前が欲しい。お前が敵になると言うのなら、全てを引き換えにしてもお前を連れ戻してやる……お前のその信念、私の全てを賭けて叩き折ってやる!」


 藍がそう宣言をすると同時に、尻尾の先に燈っていた炎が一斉に大きくなり、巨大な一つの火の玉へと変貌した。

 その火の玉は、彼女の感情の具現。その感情は、将志の信念を焼き尽くすべく激しく燃え盛っていた。

 その炎を、将志は無表情のまま眺め、槍を構えた。


「……面白い。悠久の時を貫いた俺の信念、折れるものなら折ってみるが良い!」


 その言葉と共に、戦いは始まった。

 将志の傍で待機していた槍が一斉に飛び立ち、藍の狐火が相手を捕らえるべく伸びていく。流星の様に飛んでいく槍は藍の炎を貫くが、青白い炎はかき消されながらも自らを貫く槍を焼き尽くした。

 それと同時に、将志は相手をかく乱するように高速で動き始め、藍もそれを追いかけて動き始める。将志の通った後はまるで蜘蛛の巣のような軌跡を残し、藍が傍を通るとそれは燃え上がって消える。

 両者の戦いは一瞬で激化し、光と炎の渦が周囲に広がった。


「霊夢、今のうちにっ!?」

「……誰一人ここは通さんと言っている」


 その戦いの最中、紫は霊夢と共に将志が立ちはだかっている横をすり抜けようとする。

 しかし将志はそれを見逃すことなく、寸分の狂いもなく槍を放ってきた。藍と戦いながらも周囲に気を配っている様であり、出し抜く隙はなさそうであった。


「余所見をするな、将志!」


 そんな将志に、藍は自分にしか気を向けられないように更に激しい攻撃を加え続ける。狐火やその他の弾丸で将志の動きを限定しながら自分にとって優位になる位置に来るように移動し、そこから渾身の一撃を繰り出していく。

 それは打ち出した本人すらも制御できないほどの力が込められたものであり、周囲を巻き込みながら将志に迫っていく。


「……当たらんよ」

「うっ!」


 将志はそれを瞬間移動と錯覚するほどの速さで弾幕を掻い潜りながら避け、脇を通り抜けようとしていた幽々子に攻撃する。

 その表情にはまだまだ余裕があり、藍の苛烈な攻撃をほぼ無視して横を通り抜けようとする霊夢達へ槍を投げる。

 それは藍の感情を逆なでするものであり、彼女の冷静さを更に失わせるための策略でもあった。


「紫、スキマでの移動は出来ないの?」

「ダメよ。この霧が将志の力と共鳴してて、上手く制御できなくなっているわ。つまり、私達は将志を何とかしないと先に進めないってわけ」

「くっ! でも、私達じゃ近づくことは出来ませんし、迂闊に手出しも出来ませんよ!?」


 退避した幽々子が紫に問いかけるも、紫の返答も思わしくないものであった。

 将志の手によって霧の効果が強化されており、自分が思ったところにスキマを開けないのである。と言うことは将志を倒さなければ先に進めないということである。

 しかし妖夢の言うとおり、将志は自分の周囲に高密度の弾幕を撒いてけん制しているために近づいて攻撃することは難しく、下手に遠距離から手出しをすると動き回って奮戦している藍に攻撃が当たってしまう可能性があったのだ。


「……そこだ」


 そうやって手をこまねいていると、突如として将志は彼女達に牙をむいた。流星が彼女達の周囲を飛び交い、まるで相手を閉じ込める星屑の檻のような軌跡を残す。

 それを見た瞬間、妖夢の顔から血の気が引いた。


「っ!? 閉じ込められた!?」

「……気づくのが遅い」

「きゃあ!?」


 妖夢が見せた一瞬の動揺を見逃すことなく、将志は彼女を妖力の槍で撃ち落した。

 それと同時に銀の檻が崩れて無数の弾丸になり、中に閉じ込められていた他の三人へと襲い掛かる。

 その攻撃を、それぞれ弾幕の隙間を縫って脱出する。


「そこっ!」

「……遅すぎる」


 霊夢は目の前に居た将志に向かって針を投げつける。しかし将志はいとも容易くその攻撃を躱し、その眼前から消え失せた。

 その直後、霊夢は強烈な寒気を背中に感じて振り返った。


「後ろっ、ぐうっ!?」

「……いくら勘が鋭かろうが、その反応速度を上回ればどうと言うことはない」


 霊夢が行動を始める前に、将志は霊夢の腹に槍を打ち込んで地面に叩き落す。霊夢は将志の行動に気が付いてはいたのだが、体が動く前に攻撃を受けてしまったのだ。

 その将志に、上空から無数の蝶と紫色の弾丸が飛んできた。幽々子と紫が藍から離れてフリーになった将志に攻撃を仕掛けてきたのだ。その攻撃は一撃でも喰らうと気絶する将志の特性を鑑みて、威力よりも数で押す津波のような弾幕であった。

 しかしその攻撃を、将志は表情一つ崩さず避け、打ち払っていく。


「幽々子、もっと無心で撃てないかしら!?」

「飛び回る標的を目掛けて狙わずに撃て、何て滅茶苦茶よ!」

「狙ったら避けられるのだから仕方が無いでしょう!」


 紫と幽々子は将志に向かってあえてがむしゃらに弾幕を放つ。

 将志の持つ『悪意を察知する程度の能力』は、自分を狙った攻撃の持つ自分への悪意を感知し、将志はそれを元に避けていく。と言うことは今の紫たちが将志を倒すには、狙わずに当てるという偶発的なものを狙うより他なかったのだ。

 その二人にいつもの余裕はない。戦いに関して遥かに格上の相手に、どうしても小技の効かない力押しの方法になってしまうため、全力を出さざるを得ないのだ。


「……力押しなど通用するものか」


 そんな攻撃を将志は舞い踊るように潜り抜けながら、自分の周囲に二つの黒耀石の玉が銀の蔦によって繋がれたようなものを二つ作り出した。

 その黒耀の連星は回転しながら飛び、将志に迫る弾幕を打ち消しながら紫と幽々子に迫る。二人はそれを避けるが、連星達は彼女達の周囲を飛び回りながら何度も何度も攻撃を仕掛けていく。

 そして気が付けば、紫と幽々子は一箇所にまとめられてしまっていた。それを見て、将志の槍が冷たい銀色に光り始めた。


「あっ……」

「……まとめて吹き飛べ」


 将志がそう言って槍を地面に突き刺すと、二人の足元から空へ向かって銀色の柱が飛び出していった。

 紫達はその直撃を受け、高く打ち上げられてから地面に落ちていった。


「そこだぁ!」


 槍を地面に突き刺している将志に向かって、藍は多角的に弾幕を放って眼暗ましをし、そこに向かって将志を仕留めるべく本命を打ち込む。

 全方位から迫る狐火は将志の視界を奪い、段々と彼に迫って行く。


「……ふん」

「なっ!? ぐぁぅ!」


 しかし将志が小さく念じた瞬間、彼が纏っていた銀色の光が花火のように破裂し、周囲の青白い炎を吹き飛ばしてしまった。自分が纏っている力を発散させることで、自分を取り囲んでいた狐火を一息でかき消してしまったのだ。

 そして藍の姿を確認すると、彼女が放つ弾幕をすり抜けながら一瞬で背後を取り、その背中に槍を叩きつけた。

 訓練のときとは比べ物にならないその速さと力に、藍は全く対応できずに土煙を上げながら地面を転がった。


「……確かに、感情によって力は増幅されることもある。だが、粗い。粗過ぎる」


 地面に落ちて気を失った藍にそう言いながら、将志は悠然と地面に倒れている五人の前に降りてきた。

 ボロボロの五人とは対照的に、彼には傷一つ無く、また息を荒げることも無い。そこには、戦う前と全く同じ状態の戦神が立っていた。

 誰の眼から見ても、埋めることの出来ないほどの差がそこにあった。


「つ、強い……この五人でもこれですか……」

「……戯け。たかがこの五人だ。それだけで止められるようなら、戦神など名乗れん。お前達がいくら力を合わせようと無益、無駄、無謀だ」


 身体をゆっくりと起こしながらの妖夢の言葉を、将志はそう言って切り捨てた。その言葉はどこと無くつまらなさげで、戦う気も失せたと言いたげであった。

 その言葉に、全員黙り込んだ。それぞれが知っている、将志の実力。しかし今の将志の力は、そのどれよりも遥かに強い。それは、今まで見せてきた戦いが彼にとっては遊び同然だったということでもあった。


「……そんなことは分かっている……だが、問題はそんなことじゃない……」


 そんな中、震えた声でそう言いながら藍は痛む身体に顔をしかめながら身を起こす。

 ところどころ手足が震えているその様子は、彼女の負ったダメージが決して小さくないものであることを示していた。

 それでもなお、藍は自分の両足でしっかりと立ち上がり、将志に目を向ける。


「私はな……お前に命を掛けてるんだ……お前なら分かるだろう? だって、お前は今まさに主に命を掛けているんだからな」


 そう口にすると共に、再び藍の尻尾に一つずつ青白い狐火が燈りだす。

 その眼には、目の前の圧倒的な存在に何が何でも喰らい付くという、寒気すら感じるほどの強い執念があった。

 強烈な意思に爛々と光るその眼を見て、将志は眼を閉じ、静かに天を仰いだ。


「……そうか……では、お前が引くことはないのだな」

「ああ。たとえここで殺されようと、亡霊となってお前に取り憑いてやる」


 呟くような将志の声に、藍は息を整えながら臨戦態勢を取る。

 そんな彼女に、将志は一つ息を吐き出すとゆっくりと槍を構えた。その瞳には、強い覚悟と小さな悲しみが燈っていた。


「……残念だ」

「……私を侮るなよ。そう簡単に折れるものか!」


 藍がそう叫んだ瞬間、彼女の袖口から一つずつ何か白い紙が飛び出し、人型の物を作り出した。

 その二つの人型は、現れるや否や将志に向かって手にした棒で攻撃を仕掛けた。


「……っ!」


 その攻撃に将志は一瞬驚いた様子で眼を見開き、ギリギリで躱す。

 彼が驚いたその理由、それは自分が想像していた攻撃よりも遥かに高速度のものであったからであった。

 そんな彼に、二つの人型は凄まじい速度で次々に将志に襲いかかっていく。

 その動きを見て、将志はその人型の正体を看破して頷いた。


「……成程。紙の式神に俺の毛髪を仕込んだのか」


 襲い掛かってくる紙の戦士に、将志は若干感心した表情を見せた。

 藍の持つ、『式神を使う程度の能力』。それは、一見すると主の『境界を操る程度の能力』や、吸血鬼をして反則と言わしめる『限界を超える程度の能力』等に比べれば見劣りするかもしれない。

 だが、彼女のそれも決して劣ってはいない。何故ならば、その能力は式神であれば目の前の強力な神に匹敵する強さのものですら作り出せてしまうからだ。

 毛髪には、そのものの持つ様々な力を溜め込む性質がある。藍の式神には将志の銀色の毛髪が何本も縫いこまれており、そこに溜め込まれた力を使って短命ながら爆発的な力を持つ式神を作り出したのだ。

 彼女の全力をこめて作られたそれは、周りで見ているものには分からないほどに素早く動いて将志を攻撃する。


「……だが、まだ甘い」


 しかし、その攻撃すらも将志は次々と捌いていく。その動きは必要最低限の寸分の無駄も無い行動で、自分の速度に近い二つの人影の攻撃を巧みに躱していく。更に依然として周囲への攻撃も怠っておらず、藍や霊夢達に円錐状の弾幕を浴びせながら目下の障害である二体の式神に応戦していた。

 それどころか、自分と同程度の力を持つ二人を相手にして、将志はそれを圧倒し始めていた。相手が突き込んで来たのを鮮やかに受け流して式神同士の同士討ちを狙ったり、打ち払ったところへカウンターの一突きを加えるなど、段々と攻勢に出始めていた。


「流石だな……」


 そんな将志を見て、藍は将志の攻撃を躱しながら歯噛みをする。

 彼女とて、この程度で将志が仕留められるとは思っていないのだ。将志の持つ『悪意を察知する程度の能力』を抜けない限り、彼を倒すことは出来ない。それは重々承知している。


「なら、これならどうだぁ!」


 藍は激情に駆られた声でそう叫ぶと、切り札に仕込まれた仕掛けを発動させた。


「ぐっ!?」


 その瞬間、式神達は突如として将志の予測を上回る速度で攻撃を飛ばしてきた。将志から見ると、それは突然相手の射程が伸びたように感じられるものであった。

 自らの能力の予測の突然の変化に、将志は一瞬ひやりとしたものを感じながら防御する。

 その攻撃の正体を掴もうとするも、それが一瞬のものであったために理解できなかった。


「まだまだ!」

「……二度は喰らわん!」


 藍は式を制御しながら、緩急をつけて将志の不意を打つように高速攻撃を仕掛けていく。それは攻勢に出ていた将志を食い止め、一気に仕留めるための総攻撃であった。

 その一方で、将志は藍の攻撃の予測を更に先読みして動いて式神の攻撃を捌いていく。その最中、藍の仕掛けている高速攻撃の正体を掴もうと、相手の攻撃を敢えて受けながら考える。

 彗星のように素早く飛び回りながら攻撃を仕掛けてくる式神を、将志は舞うような仕草で華麗に切り払っていく。そして、数十合を切り結んだ後に将志はその正体にたどり着いた。


「……そうか……銀月の毛髪も編みこんだのだな」

「くっ……だが、分かったところでどうにもならないだろう!」


 将志の言葉を聞いて、藍は余裕の無い表情でそう口にした。

 藍の式神には、将志の言うとおりに銀月の毛髪も使われている。そこに残っているのは、翠眼の悪魔としての力と『限界を超える程度の能力』の残滓。しかし残滓といえども限界を超える力は存分に発揮され、その爆発的なエネルギーによって将志の予測を上回る攻撃を放って見せたのだ。

 将志はそこから感じられた銀月の力の残り滓から、その正体を見破ったのであった。

 藍は防戦気味の将志を更に追い詰めるべく、式神の神速の攻撃を加えていく。


「……戯け。侮っているのはお前だ、藍」


 次の瞬間、一筋の白刃の煌めきと同時に、二対の式神は胴を切り裂かれて真っ二つに千切れた。

 その前には、槍を振りぬいた形で残心を取っている銀の槍の戦神の姿があった。彼は自分に匹敵する力を持つ式神を、己が積み上げてきた経験と技量で見事に屈服させたのだ。

 それを見て、切り札を突破された藍は愕然とした表情を浮かべた。


「くっ……ううっ……ここまで、ここまでやってもまだ駄目なのか!?」

「……諦めろ。お前では俺は倒せん」


 泣き叫ぶような藍の言葉に、将志は冷たくそう言い返す。

 二人の力の差は歴然としており、誰の眼から見ても勝敗は明らかであった。


「まだだ……まだ終わっちゃいない!」


 それでも藍は諦めずに将志に狐火の弾幕を攻め込む。自分の切り札を破られても、まだ将志のことが諦められないのだ。

 それを見て、将志は静かに眼を閉じ、小さくため息をついた。


「……恨むなよ、藍!」


 そう言うと、将志は藍に向かって大きく踏み込みながら真っ直ぐ槍を突き出した。

 それは何の混じりけの無い、素直な一撃。将志の繰り出す、最高に研ぎ澄まされた最速のものであった。

 絶対に避けられない、どんな防御も容易く貫く必殺の一撃。それが藍の心臓を貫かんと迫っていった。


「っ……」


 その一撃に、藍は思わず眼を瞠る。

 自分の死を悟り、叶わなかった想いとその悔しさが頭の中を駆け巡る。

 藍は呆然と、対処できない将志の一突きが胸に迫るのを眺めていた。





 しかし心臓を正確に貫くその一閃は、寸前で止められた。


「……え?」

「……くっ、別の方向から入られたか……」


 将志は想定外の事態に眼を瞬かせる藍の前で苦い表情でそう呟くと、全てを置き去りにする速度で永遠亭へと後退していく。


「…………」


 藍はそんな将志を呆然と見送り、力なく俯く。そして、しばらくするとその肩が震えだした。


「ふっ……ふふふふふっ……はははははははは!」


 突如として、藍は顔を上げて高らかに笑い出した。

 周囲に響き渡る、止まらない大きな笑い声。彼女は泣き笑いの表情であり、堪えられなくなって笑い出したようにも見えた。


「……藍、無事ね」

「ははははは、はぁ……ええ、無事ですよ……くっ、くくくく……」


 紫の問いかけに、藍はひとしきり笑って苦しくなったのか、大きく深呼吸をしながら返事をする。

 そして頬を流れる涙を拭うと、腹を押さえて再び小さく笑い出した。

 その自分の従者の異様な様子に、紫は怪訝な表情を浮かべて呼びかける。


「……藍?」

「くくっ……いえ、何でもないですよ。それよりも、早く将志を追いましょう。ふふふ……」


 藍は止まらなくなった笑いを抑えながら、将志が飛んでいった先へと進んでいく。

 そんな彼女の様子を見て、霊夢達は混乱した様子で口を開いた。


「ねえ、紫……藍は一体どうしたの?」

「さあ……私にもよく分からないわ」

「想い人に殺されかけて気でもおかしくなったのかしら?」

「それにしては、何か違うような気もしますが……」


 四人は思い思いに藍の様子の変化について語る。あまりにも急すぎる彼女の変化に、どうすれば良いのか分からないのだ。

 しかし、四人はそれよりももっと重大な事実を思い出して、口をつぐんだ。


「……それにしても、不味いわね」

「ええ……本気になった将志が相手となると、こちらもそれなりに作戦が必要よ」


 幽々子の言葉に、紫は敵となった自身の知る最強の存在の対策を練り始める。

 自身の組織の混乱を治めているはずの存在がそれを放置して出てきている事態は想定していなかったため、戦略を立て直す必要が出てきたのだ。


「そうよね……強いのは知ってたけど、手も足も出ないんじゃあねえ」

「本当に何もさせてくれませんでしたし……」


 霊夢と妖夢も紫の言葉に同意する。

 霊夢は将志と戦ったことがあるので何とかなるだろうと思っていたし、妖夢も手加減はされていたが将志の癖のようなものは知っていたので少しは戦えるだろうと思っていた。

 それが実際には戦いになる前に一蹴されてしまったのだ。自分の想像の外の強さ、将志の力はまさにそれであった。

 一同は越しがたい壁を目の前にしてしばし思案するも、上手い解決策は出てこない。


「とにかく、今は藍を追いましょう。案内役を見失って迷子になんてなったら、それこそどうしようもないわ」


 紫の一言に、一向は思考を続けながら藍を追うことにしたのだった。








 と言うわけで、本作品の山場のひとつ、永夜抄編が始まりました。


 皆さんが気になっていたであろう将志の立場は、霊夢達の敵と言う立場となりました。

 主を守るために、全てを捨てる覚悟で主人公達の前に立ちはだかる将志。

 彼は自分の周囲を巻き込まないように、相棒や息子にも黙ってこの異変に首を突っ込みました。

 主が一番である将志は、その言葉からも分かるとおり今回は本気で霊夢達の前に立ちはだかります。

 そして、第一回戦はご覧のとおり将志の圧勝、しかもあと少しで藍が死ぬところであったというおまけつきです。

 藍も全力で応戦したのですが、将志を倒しきることは出来ませんでした。なお彼女が放った式神は、一体でも萃香や雷禍辺りには互角に戦えるほどの力は持っていますが、将志や銀月の経験や技術までは取り出せないのが欠点ですね。


 さて、別方向からの侵入者が現れたのを受けて、そちらに急行する将志。

 これからどうなることやら。



 では、ご意見ご感想お待ちしております。



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