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銀の槍のつらぬく道  作者: F1チェイサー
永い夜と銀の槍
152/175

狼の王、友を憂う


 豪奢な石造りの城に、三つの重厚な鐘の音がなる。この城のシンボルである黄金の鐘が、里中に三時の時刻を告げる鐘である。

 その鐘の音を聞きながら、執事の中でも特別であることを示す深い紫色の執事服を着た老紳士が主の書斎の手入れをしていた。

 すると、突如として後ろの空間が裂けて、両端に赤いリボンのついた禍々しい空間の隙間が現れた。


「おや? 突然訪ねてこられるとは、いかがいたしましたか、八雲紫様、八雲藍様?」


 それに驚くことなく、バーンズは突然現れた来客に丁寧に対応する。

 それに対して、白いドレスに紫色の垂をつけた金髪の女性は柔らかな笑みを浮かべて答えた。


「少し気になることがあるのよ。それで、アルバートはどこに居るのかしら? 居るのならば、ギルバートも交えて話したいのだけれど?」

「旦那様とギルバート様でしたら、道場にいらっしゃいます」

「そう。それじゃあ、行くわよ」

「はい」


 紫は藍と共に再びスキマをくぐり、目的の人物がいる建物へと向かう。

 そこには、洋風建築物が立ち並ぶ敷地内にそぐわない、和風の木造建築物があった。その建物は天狗の里との文化交流に際して、主であるアルバートが天狗の職人に頼んだものであった。

 紫達は揃ってその中へと入っていく。


「はっ!」

「よっと!」


 その中の光景を見て、二人は硬直した。

 灰色のスーツ姿の初老の男が床の上に寝そべった状態で足を開いてぐるぐると激しく回転しながら飛び跳ね、黒いジャケットを来て頭にバンダナを巻いた金髪の少年がきりもみ回転をしながら倒立する。

 二人は豪快でアクロバティックな技を決めながら激しく踊る。それはまさしくブレイクダンスと呼ばれるものであった。


「……何をしているのかしら、二人とも?」

「む、誰かと思えば幻想郷の管理者か。見てのとおり、ブレイクダンスなるものをしているのだが」


 華麗にバック宙を決め、衣服の乱れを軽く直しながらアルバートは紫に話しかける。その一方で、ギルバートもヘッドスピンを止めて頭のバンダナを取りながら紫達の元へとやってきた。

 そんな二人に、紫は苦笑いを浮かべながら話しかけた。


「何でそんなことを?」

「これには身軽さと俊敏さ、そして筋力や技術が求められる上に見た目も良い。ゆえに、今度のパーティーで皆に披露して見ようと思ってな」

「ついでにこれ、案外体術の練習にもなるんだぜ? 技は雷禍が知ってるから、知りたきゃあいつから聞いてみれば良いんじゃないか?」

「いや、私達は遠慮させてもらうよ」


 ギルバートの誘いに、藍はそう言って断りを入れる。

 その横から、アルバートが紫に向かって本題を切り出した。


「それで、用件は何だ?」

「一つ貴方達に依頼をしたいのよ」


 紫はアルバート達に簡単にそう告げる。

 すると、その言葉にギルバートが反応して首を傾げた。


「達ってことは、俺にも何か依頼があるのか」

「そうだ。二人には槍ヶ岳将志と銀月の監視を頼みたいんだ」


 藍は依頼の内容を二人に告げた。

 その瞬間、内容を聞いた親子は揃って怪訝な表情を浮かべた。


「将志と銀月の監視だと? それはどういうことだ?」

「少し二人について気になることがあるのよ。貴方達はそれぞれの友人でしょう? だから、普段と違うところがないか、もし出来るのならばその理由を調べて欲しいのよ」

「それは良いけどな、気になる事って何だよ?」

「実は、最近将志の様子がおかしくてな。どうにも気になるんだ」


 藍は少し表情を曇らせながらそう口にする。

 それを聞いて、アルバートは怪訝な表情のまま藍に質問を重ねた。


「奴の様子がおかしいとは? 私は最近会っていないのでよく分からんのだが」

「最近何やら虚空を見上げて考え事をしていることが多いし、話をしていても上の空になっていることがある。そして何より、私に普段隠していたことを打ち明けた。これが決定的だ」

「ふむ……良ければで構わないが、奴は一体何を口にしたのだ?」

「私と接触をしたのは、己が主を守る布石にするためだ、と言う内容のことだ」


 藍は苦笑いを浮かべながら、将志の口にしたことをあっさりと口にする。彼女にしてみれば、将志がその程度のことを深く気にしていたことが却って可愛く見えているのだ。

 しかしそれに対して、アルバートはかなり深刻な表情でうなりを上げた。


「……成程、確かに奴が普段口にしないことだ。発言内容からすると、近いうちに何かを仕出かす可能性もある。それも、お互いにマイナスになるようなことをな」

「何でそう思うのかしら?」

「奴は冷徹にこそなれるが、非情にはなれない男だ。その奴が相手を傷つけるようなことを言う、それもこのような相手に自分を切り捨てられかねないことを言うということは、その裏にはお前を巻き込みたくない何かがあるのであろうな」

「私を巻き込みたくない何かか……一体何があるんだろうか」


 アルバートの意見を聞いて、藍の表情が曇る。彼女としては、何が何でも彼の役に立ちたいのだ。しかし、当の将志は彼女を巻き込むまいと遠ざけようとしていた。それは、彼女に大きなショックを与えるものであった。

 そんな彼女に、アルバートは首を横に振った。


「気にするな。あいつはあいつで、お前を思ってやったことだ。もし気に入らないのなら、再び思いの丈をあの分からず屋にぶつけてやれば良い」

「そうだな……将志め、今度あったら覚えていろよ」


 アルバートの一言を聞いて、藍はそう言って笑みを浮かべる。その笑みは、まるで親に対する悪戯を考えるような無邪気な悪い笑みであった。

 その一方で、ギルバートが紫に話しかけた。


「で、銀月のほうは何かあったのか? 正直、普段と全然変わりはないぜ?」

「ええ、私も昨日銀月と会ったけど、別段特別な変化は無かったわ。だからこそ、貴方には銀月を注意して見て欲しいのよ」

「どういうことだ?」

「だって、父親の様子が明らかにおかしいのに、父親を尊敬して止まない銀月が何も行動を起こさない。これってとても怪しいと思うのだけど?」


 紫はギルバートに、銀月の監視の必要性について述べた。

 銀月の魂は将志の魂に瓜二つである。つまり、それは思考や行動が大部分で似通っているということである。そして、現状では将志にとって永琳にあたる部分が、銀月ではその育ての親である将志に当たるのだ。

 つまり、将志に何がしかの変化が起きた場合、銀月がそれを黙って静観しているとは到底考えられないのだ。そこで、紫は銀月が影で何か企んでいないかどうかを詮索しているのであった。

 ギルバートは一度は納得したが、ある懸念事項を思い出して首を傾げた。


「それはそうだが、離れて暮らしているから分からないって言う可能性はないのか?」

「それはないわね。離れて暮らしているけど、銀月には報告義務があるから週に二度は銀の霊峰に戻るのよ。将志本人に会っているのなら、違いが分かるはずよ」

「……だな。親父さんに何かあるとすぐにでもすっ飛んで行くような奴なのに、もし本当に親父さんの様子がおかしいんなら動かないのは妙だ」

「でしょう? 何か事情を知ってそうだとは思わないかしら?」

「そういうことか。つまり、銀月に親父さんに何があったかそれとなく聞き出して欲しいって訳だ」

「ええ。アルバートにも様子を見てもらうけど、彼の性格上自分の口から話すことはまず無いでしょう。だけど、銀月ならまだ何か伝えてくれるかもしれないわ」


 紫はギルバートに自分の思惑をギルバートに告げた。

 様子がおかしい将志ではあるが、元より彼は相手に聞かれないと自分の悩みを話さない。その彼が、自分に極めて近い関係にある藍を遠ざけようとしたのだ。この様子では、将志が周囲に自分の変化の理由を話すことはない。

 そこで、彼をすぐ近くで見ていて、かつ彼の組織である銀の霊峰から離れたところに立っていて、しかも自分の眼の届きやすい銀月から話を聞きだそうとしているのだ。

 その話を聞いて、横からアルバートが口を挟んだ。


「一つ思ったのだが、そちらで直接聞けば良いのではないか?」

「ダメよ。銀月は私の立場をよく考えているわ。確かに心を許してくれているけど、あの子は父親が不利になることは絶対に私には言わないわ。これは霊夢にも同じことが言える。だって、私や霊夢は幻想郷の異変を解決する立場だから。だから、もし将志が異変を起こすようなことを考えていれば、銀月は死んでもそれを喋ろうとはしないわ。けど、ギルバート。一番近い位置にいて、幻想郷にとらわれていない貴方なら……」

「無理だな。そういうことは、銀月は俺にも絶対に言わない」


 紫の言葉をさえぎって、ギルバートはその発言を一刀両断した。

 その強い否定の言葉に、紫は苦笑いを浮かべた。どうやら、ギルバートの発言はある程度予想していたようである。


「……やっぱり、ダメかしら?」

「ああ。紫さんや霊夢にも言えないような父親の問題があるんなら、銀月は何が何でも自分だけの力で解決しようとするさ」

「ほう。それは何故だ?」

「親父さんがそうやって周りの奴を遠ざけようとしてるんなら、銀月がそれに気付かないはずがない。あいつのことだ、父親にも誰にも知られないように動くはずだ。それに、奴は自分がそれをすることが当然って思っているからな。更に言えば、それが奴の恩返しでもある。あいつは親父さんに拾われたことを今でも感謝している。その恩を返す絶好の機会に、奴が他人の入る余地を残すとは思えない」


 ギルバートは銀月が口を割らない理由を端的に述べる。

 それを聞いて、紫は小さくため息をつきながら頷いた。


「まあ、銀月らしいと言えばらしいわね。だって、あの子は自分の命を自分のものと思っていない節があるもの」

「どういうことだ?」

「記憶を失って一人で彷徨っていた時点で、あの子は自分が本当なら死んでいたと思っているのよ。で、その消えるはずだった命を拾い上げたのが、たまたま将志だった。それだけのことで、あの子はまるで財布を拾った相手に謝礼を支払うような感覚で、父親に命を渡してしまっているのよ。たぶんあの子は、死にたくは無いけれど将志のためなら死んでも仕方が無いくらいには思っているでしょうね」


 紫は銀月の将志に対する考え方を端的に述べた。

 銀月にとって、自分の命は半分は将志のものなのである。銀月の強い生への執着は、実はこの思考による部分が大きい。半分は父親のものなのだから、自分の勝手な都合で無くなるのはおかしいと思っているのだ。

 それは裏を返せば、銀月は自分が忠誠を誓う将志のためになら死ねると言うことと同義であった。それは一見すれば忠誠を誓う武士や騎士の様であるが、その実は酷く歪な物であった。

 その異常な思考に、一同は絶句した。


「……信じられんな。とてもではないが、人間の持つ感覚とは思えん。人間の持つ感覚としては、あまりに破綻しすぎている」

「全くだぜ。自分が親父さんの人形だって、自分から宣言しているようなもんだからな。けど何が一番怖いって、銀月が本当にそう思っていても不思議じゃないってところだ」

「だとすれば、それは将志よりもずっと病的だぞ? 将志は確かに主への忠誠は篤いが、決して自分が主の所有物だとは思っていない。あいつはあやつり人形ではなく、あくまで一個人として自分の主に忠誠を誓っているんだからな」

「ええ。でも、銀月本人はそれを意識しているわけじゃないのよ。だって、あの子にとってはそれはただの恩返しなのだから」

「……もうどうしようもねえな」


 ギルバートの呟きに、全員沈黙するよりなかった。

 そんな中、藍がアルバートの後ろの何かに気が付いて彼に声をかけた。


「ところでアルバート。少し後ろを見て欲しいんだが?」

「後ろだと?」


 藍の一言に、アルバートは後ろを振り返った。


「……(じ~っ)」


 するとそこでは、本棚の影からこちらを伺う薄紫色のベールを纏った褐色の肌の女性の姿があった。

 彼女はその翡翠のような瞳で、アルバートをジッと眺めている。


「どうした、ジニ?」

「……(うるうる)」


 アルバートが声をかけると、突然ジニは眼に涙をためてぐずりだした。

 その様子を見て、アルバートは慌てて彼女の元へと走っていった。


「っ!? な、何故泣くのだ?」

「……アルが私を置いて他の女の子と話してる……」


 ジニは駆けつけたアルバートにしがみつき、泣きながら非難のまなざしをぶつける。どうやら、自分の夫が浮気しているのではないかと気になってしょうがないようである。

 そんな彼女に、アルバートは大きなため息と共にがっくりと肩を落とした。


「……ジニ。彼女は幻想郷の管理者だ。その管理のために、私に依頼を持ってくることは以前にもあっただろう?」

「……うう~っ……」


 アルバートが説明をするも、ジニはぽろぽろと涙をこぼしながらアルバートにしがみつくばかり。

 その明らかに普段と様子が違う彼女に、ギルバートが頭を抱えた。


「はぁ……いつもの発作か……母さん。子供じゃないんだから、少しくらい我慢しててくれよ……親父だって仕事中なんだからさ」

「だってさあ……だってさあ……淋しいよ~……」


 ジニはそう言いながらアルバートの胸元に顔をうずめ、さめざめと泣き始めた。どうやら余程淋しくなったらしく、アルバートの服を掴んで放そうとしない。

 その状況を受けて、親子は顔を見合わせて大きなため息をついた。


「……親父。今度は一体なにがあったと思う?」

「この場合はあれだ、悲恋物の恋愛小説を読んだのであろう。で、読み終わって一人でいるうちに淋しくなったパターンだ」

「流石にそれだけでこうなるとは思えないのだけど……」

「いいや、母さんならありうるな。基本的に泣き虫だし」

「アルぅ……」

「俺はここに居る。だから安心しろ」


 苦笑いを浮かべて頬をかく紫に、ギルバートは首を横に振ってそう断言する。

 その横では、アルバートがぐずっているジニの背中を撫でて安心させようとしていた。もはやはぐれていた子に再会し、泣きじゃくる子を宥める親のようである。


「失礼するわよ。ジニは居るかしら?」

「いつも苦労をかけるな、パチュリー。ここに居るぞ」


 その最中、道場の扉が開いて本を小脇に抱えた紫色の少女がやってきた。

 その声を聞いて、アルバートはジニを宥めながら苦笑いと共に彼女を見やった。

 そんな彼の腕の中にいる探し人を見て、パチュリーは呆れ顔で大きくため息をついた。


「やっぱりここに居たのね。ほら、実験を始めるわよ」

「やだぁ……もう少しアルと一緒に居る……」


 パチュリーが声をかけると、ジニはアルバートの背中に手を回してしっかりと抱きついた。

 パチュリーはそんな彼女を何とか連れて行こうと引っ張るが、簡易的な身体能力強化の魔法まで使っているらしくびくともしなかった。

 駄々をこねる彼女に、パチュリーは再び大きくため息をついた。


「はぁ……これはしばらく役に立ちそうもないわね。じゃあ、ギルバートを借りていくわよ」


 パチュリーはそう言いながら、ギルバートの肩を掴む。

 それを受けて、ギルバートはキョトンとした表情を浮かべた。


「ん? 何で俺?」

「貴方、力の抽出が出来るそうじゃない」

「そりゃできるが、どうかしたのか?」

「銀月の力を、そっくりそのまま抽出して欲しいのよ。後で少し実験に必要だから」

「そんなことしなくても、銀月に直接頼めば良いんじゃないか?」

「それじゃあダメなのよ。銀月が出せるのは自分の力だけ。私が調べたいのは、銀月に残存している他の力の部分なのよ」

「待て。それは一体どういう意味だ?」


 パチュリーの説明に、ギルバートはそう言って睨むようにパチュリーを見つめた。

 何故ならその言葉は銀月に残存する他の力、つまり他人の力が銀月の体の中に紛れ込んでいて、なおかつそれが将志のものではないと分かっているということである。ということは、銀月の身に誰かが勝手に手を加えていることを指すことになるのだ。

 自分の喧嘩相手にそんな手出しをする不届き者がいるのか、ギルバートの眼はパチュリーにそう問いかけていた。


「……詳しいことは言えないわ。これを貴方に話す権利があるのは銀月だけよ。とにかく、銀月の力に何か混ざっていないか調べて欲しいのよ」


 それに対して、パチュリーは小さくため息をついて首を横に振った。

 銀月は、自分が翠眼の悪魔であることが世間に広まることを恐れている。それは、自分がそうであると広まってしまった場合、完全に悪魔に堕ちてしまう可能性が高くなってしまうからだ。

 それ故にパチュリーは銀月のことを話すのにもかなり慎重になっているのだ。

 ギルバートは大きく深呼吸をして、パチュリーの言葉を無理やり納得させてから次の言葉を発した。


「アンタはそれが出来ないのか?」

「私の専門は占星術よ。出来ないわけじゃないけど、専門外の私では取り出せるのはごく表面だけの力でしかない。私の知りたい部分は、銀月の強い力の陰に隠れされた力。ジニからは、貴方がその専門だって話を聞いたわよ?」

「出来ない事はないが、本人が意識していないような力を取りだすってなると、それ相応の準備が要るぞ?」

「構わないわ。と言うよりも、その準備は既に出来ているわよ」

「……あー、悪いんだが、たぶんその準備は無駄になると思うぞ?」


 頬をかきながら、ギルバートは少し申しわけなさそうにパチュリーにそう言った。

 それを聞いて、パチュリーは首を傾げた。


「どういうことかしら?」

「アンタの言う準備って、宝石を用意してるか?」

「ええ。エメラルドを用意させてもらったわ。銀月ならそれであうと思うのだけれど」

「ああ、確かにあいつの力ならエメラルドとの相性は良いだろうな。だが、俺のやり方だと宝石は使わないんだ」


 パチュリーの言葉に、ギルバートはそう言って返す。

 それを聞いて、パチュリーの眼が興味に光り始めた。


「むっ? そんな術式を使えるのかしら?」

「ああ。と言うよりも、母さんに勧められて一番最初に勉強したのがそれだ」

「それは一体どういうものかしら?」

「銀月の力そのものを結晶化して取り出す。ちょうど、こんな感じにな」


 まくし立てるように質問をぶつけ始めたパチュリーに、ギルバートはポケットの中からパチンコ玉ほどの大きさの、サファイアのような深く澄んだ青色の珠を取り出した。

 それは身体能力の強化に使っている丸薬であった。彼の丸薬は、宝珠と化した自分の力の結晶なのであった。


「これは?」

「俺の力を結晶化したものだ。まあ、これはアンタの言う表面的な力の部分だけどな」


 パチュリーはギルバートの手からその宝珠を手に取り、それを眺め回す。光に透かしてみると、その中にはまるで宵の明星のように輝く金色の光が浮かんでいた。

 それを見て、パチュリーは宝珠を握り締めながら楽しそうに笑った。その笑みは一見綺麗なものであるが、その内には病的なまでの無邪気な探究心が覗くものであった。


「フフッ……面白いじゃない。ぜひとも貴方の言う方法でやってちょうだい」

「……あいよ」


 パチュリーのその微笑に、ギルバートは少し寒気を覚えながら頷いた。どうやらまた面倒なのに目をつけられた、彼はそう確信したのであった。

 ここの魔法使いには碌なのが居ないのかと頭を抱えるギルバートを他所に、パチュリーは段取りを組み始める。


「となると、ここでした方が色々と都合が良いわね。ちょっと待ちなさい。銀月を今呼ぶから」

「待った。銀月を呼ぶんなら俺の方が早い。少し待ってくれ」


 ギルバートはパチュリーから逃げるように部屋を出ると、廊下を駆けていった。

 そしてしばらくすると、幻想郷中に響き渡るような狼の遠吠えが聞こえてきた。


「遠吠え? これで通じるのかしら?」

「通じるぞ。何故か銀月も遠吠えが使えるからな」


 首をかしげる紫に、アルバートがそう言って答える。

 すると、それを聞いて藍が頭を抱えた。


「一つ確認するが、銀月は人間か? 人狼に変えたりなどしていないだろうな?」

「そのはずなのだが……どこかに人狼の因子でも入っているのだろうか……」

「もう銀月なら仕方が無いと思うしかないわ」

「それが賢明よ、藍。あの子は人間にこだわるくせに、放っておいても勝手に人間離れしていくから」


 首をかしげる藍とアルバートに、パチュリーと紫がそう言って結論付けた。なお、ジニは未だにアルバートにしがみついて泣いている。

 しばらくすると、ギルバートが白装束に錠前つきの赤い首輪を身に付けた黒髪の少年を連れてやってきた。どうやら今日の彼は休日だったようである。


「ほい、呼んできたぜ」

「お待たせいたしました。何の御用でしょうか?」


 銀月は自分を呼び出した、雇い主の友人に恭しく礼をした。

 そんな彼の姿を見て、パチュリーは少々呆れたと言った視線を送った。本当に自分が人間だと言う自覚があるのか、彼女はそんな疑問を抱くのであった。


「……本当に来たわね」

「はい?」


 パチュリーの呟きに、銀月はキョトンとした表情で首をかしげた。自分がどれだけ人間離れした行動を取っているのかよく分かっていない様である。

 そんな彼に、パチュリーは溜め息と共に首を横に振った。


「いえ、何でもないわ。少しばかり協力して欲しいのよ」

「協力、ですか?」

「ええ。少しばかり貴方の力を調べたいのよ。だから、ギルバートに貴方の力を結晶化してもらおうと思ったのよ」


 パチュリーは銀月に要件を簡潔に述べた。

 それを聞いて、銀月は良く分からない表情で頷いてギルバートを見た。


「はぁ……それはすぐに終わるのかい?」

「まあ、終わるっちゃ終わるが……何か用事があるのか?」

「早く戻らないと、霊夢が暇をもてあまして不機嫌になるんだよ……ほら、今日は休むって言ってたもんだから」

「父親が休日出勤になったときの子供みたいね……」


 銀月は苦笑いを浮かべながら、ギルバートの質問に答えた。

 良く見ると銀月の袴の裾には強く握られた跡が残っており、ここに来るにあたって同居人の巫女が相当にごねたことが分かった。

 それを想像して、傍で聞いていた紫が苦笑いと共に感想を述べる。すると、銀月が彼女達に気が付いて声をかけた。


「あれ、紫さん? それに藍さんも。アルバートさんに用事?」

「ええ。そんなところよ。霊夢の様子はどう?」

「遠吠えが聞こえた瞬間に見る見る不機嫌になったよ。お陰で帰ったら色々言われそうだ」

「ふふふ、不機嫌なあの子に萃香が振りまわされるのが目に浮かぶわ」


 銀月は言いながら困った様子で笑いながら頬を掻き、紫は楽しそうに笑う。

 そんな二人を見て、藍は突然ニヤニヤと笑い出した。


「ところで、案外普通なんだな。なあ、ギルバート」

「ん? ……ああ、成程。確かに普通だな」


 藍に話を振られてギルバートは一瞬首を傾げたが、すぐに何のことだか理解してニヤニヤと笑い始めた。

 それを見て、銀月は嫌な予感を感じて怪訝な表情で彼を見た。


「おい、ギルバート。今、何を考えた?」

「カセットテープ」

「添い寝」

「っ!?」

「っ!?」


 銀月の疑問にギルバートと藍が答えると、銀月と紫の顔に爆発的に灯がともった。

 その二人の反応に、二人は即座に追撃をかける。


「『ずっと我慢してたんだよ?』」

「うぐっ!?」


 潤んだ訴えかけるようなまなざしを向けたヒロインのようなポーズでギルバートがそう言うと、銀月の胸にその台詞が突き刺さる。


「『銀月になら出来ると思って……』」

「あうっ!?」


 頬に手を当てて照れた演技をしながら藍がそう言うと、紫は唇の感触を思い出して頭がパンク寸前になる。


「いやぁ、我慢は良くないよなぁ、銀月?」

「銀月の唇は美味しかったですか、紫様?」


 そんな二人に更に追い討ちをかけるようにギルバートは銀月の肩を叩き、藍は紫の唇を指でなぞるのであった。


「おい、貴様表出ろ」

「人がせっかく忘れてたのに……」


 そうやってふざける二人に報復すべく、戦闘態勢に入ろうとする。銀月は手品のように手を振って札を取り出し、紫は藍に手にした日傘を向けようとする。


「喝!!」


 突如として、アルバートが全ての音を掻き消すような大声を上げた。

 その一喝で、周囲が一気に静まり返った。それを確認すると、アルバートは大きく息を吐き出した。

 なお、一番驚いたのは腕の中のジニであり、すすり泣く声が聞こえ始めていた。


「……全く、今はそういうことをしている場合ではないだろう? さあ、早く準備をするが良い」

「っと、そうだった。それじゃ、準備に取り掛かるぜ」


 ギルバートはそう言うと、準備のために道場から出て行った。





 しばらくして、全員ギルバートの部屋へと集合していた。

 部屋の中央には五芒星をベースにし中央に太陽と月を現す紋章の入った魔法陣が山羊の血で描かれており、その魔法陣の四方には火のついたろうそく、水の入ったゴブレット、風を起こす紋章が描かれた皿、そしてヤドリギがそれぞれ置かれていた。

 その魔法陣を、パチュリーは興味津々と言った様子で眺めている。

 ギルバートはその中心に銀月を連れてきて、自分もその前に立った。


「じゃあ始めるぜ、銀月」

「ん」


 ギルバートはそう言うと、銀月を切開するように胸から腹へ指を滑らせる。

 するとそのなぞった部分を中心にして、銀月の身体を覆いつくすように赤く光る魔法陣が展開された。

 そしてギルバートが切開した部分に手を触れると、ずぶずぶと銀月の身体に腕が沈んでいった。


「うっ……」


 それを受けて、銀月は全身に強烈な虚脱感と倦怠感を覚え、意識が朦朧とし始める。

 全身を流れるありとあらゆる力を吸い取られ、身体に力が入らない。更に術式によって意識を混濁させられており、自分では力の制御が出来なくなっていた。

 ギルバートは銀月の力の制御を乗っ取って、抵抗されることなく銀月の力を集めていく。


「……?」


 そんな中、ギルバートは違和感を感じて首をかしげる。作業は順調に進んでいるのに、何かがおかしいような気がしたのだ。

 しかし彼は銀月から手を引き抜くことなく、その力を手のひらに集める。

 そしてその手を引き抜くと、銀月がその場に崩れ落ちると同時に魔法陣は消えてなくなった。ギルバートの手は閉じられており、何かを握っている。


「……出来たぜ。こいつが銀月の力の結晶だ」


 ギルバートはそう言うと、その手を開いて中身を見せた。

 そこには、少し大きいビー玉くらいの大きさでエメラルドのように輝く、心を引き寄せられるような美しい宝玉が存在した。その中には、将志の力に由来する銀色の光の粒が浮かんでいる。

 それを見て、パチュリーは興味に眼を輝かせながらその宝玉を手に取った。宝玉は触れているだけで体が温まるような感覚と、炭酸水に手を突っ込んだような弾ける感覚をパチュリーに伝えた。


「……素晴らしいわ。宝石に力を閉じ込める魔法は知っていたけど、力そのものをここまで安定した結晶にできる魔法は初めて見たわ」

「何を言ってるんだ。あんたの賢者の石と技術的には似たようなものだろ?」

「全然違うわよ。あれは私が魔力を通し続けることで存在できるもの。これみたいに単体で存在して、更に他人の力を取り出せる術は資料が少ないのよ」

「あ~、確かにそうかもな。こんな複雑な術式を使うよりも、宝石を使ったほうがずっと楽だし効率も良いからな」

「じゃあ、何で貴方はこの術を覚えたのかしら?」

「そりゃ、金がなかったからだ。それに、幻想郷じゃ宝石はなかなか手に入らないしな。この方法の利点は、単純に安上がりで宝石選びがいらないってだけだからな。これは準備が結構面倒だし、おまけに上手く取り出すのには技術がいるんだ」

「けど、それって結構重要よ? 取り出すのが難しくても、宝石と言う力の溶媒が要らないというのは結構大きいわ。宝石の買いすぎで破産した魔法使いって意外と多いのよ?」


 パチュリーは少し興奮した様子で、次々に今の魔法について喋る。自分の未知の術式に出会えたことが非常に嬉しいようである。

 そんな彼女に若干気おされながら、ギルバートはパチュリーの質問に答える。

 しばらく問答を続けていると、床に倒れていた銀月が目を覚ました。


「う……ん……」

「あ、銀月が起きたわね」

「だな。よう、無事か?」

「……これが無事に見えるんなら医者に行ってもらうよ」

「よし、平常運転だな。問題なし」


 声をかけてきたギルバートに、銀月は疲れのにじんだ声をあげながら重そうに自分の体を起こしていく。

 その彼の反応に、ギルバートはそう言って満足そうに頷いた。

 銀月は立ち上がると、ギルバートの肩に手を置いて隣に立った。


「それで、俺の力はどんな形になったんだ?」

「これよ」


 銀月はパチュリーから自分の力の結晶を受け取る。銀月はその魅力的な宝玉をしばらく眺めると、興味深げに頷いた。


「これが俺の力の結晶か……中で光ってるのは父さんの力の残滓かな?」

「それはそうと銀月。ちっと二人で話がしたい」


 銀月が宝玉を眺めていると、ギルバートはそう言って銀月の肩を叩いた。

 唐突な一言に、銀月はキョトンとした表情で彼を見やった。


「ん? 何だ、いきなり?」

「良いから来い。少し気になることがある」


 ギルバートはそう言うと、銀月を引っ張ってバルコニーへとやってきた。

 銀月は人が居ないことを確認すると、ギルバートに話しかけた。


「で、話って何だい?」

「……なあ、銀月」

「ん、なんだい?」

「……お前、本当に人間か?」

「はぁ……いつも言ってるだろ、俺は人間だって」


 何気ないギルバートの一言に、銀月はうんざりした表情でいつも通りの返答をする。

 しかし、それに対してギルバートはいつもと違い首を横に振った。


「いや、俺の質問が悪かったな。お前、本当に人間で居られるのか?」

「……へ?」


 真剣な声色のギルバートの言葉に、銀月は不意を打たれてその場に固まった。

 その呆気にとられた表情を見て、ギルバートは自らの疑問を振り払うように首を横に振った。


「……いや、なんでもない。お前の身体を調べたら、よく分からない違和感を感じただけだ」

「それ、なんでもなくないと思うけどなあ。どんな違和感?」

「なんと言うか……魂と肉体の整合性がおかしい様な気がしたんだよな。なんかこう、人間なのに、人間じゃないというか……そう、人狼を見ているような感じがしたんだよな」


 ギルバートは自分の掴んだなんとも言えない違和感を銀月に伝える。

 しかしその要領を得ない彼の言葉の意味が理解できず、銀月は首を傾げた。


「どういうことだ、それ?」

「それが分からねえんだよな……何で人間のはずの銀月が、人狼みたいだなんて思ったのか……だが、このままだといつか本当にお前が人間でなくなってしまう、そんな感じがするぜ」


 ギルバートは自分の感じた悪い予感を、少し不安げにそう口にした。人間が嫌いな彼ではあるが、銀月は友人である。その彼に起きる変化が何をもたらすのかが分からず、それが不安の種になっているのだ。

 銀月はその言葉を聞いて、そっと目を伏せる。そしてしばらくすると顔を上げ、穏やかな笑みを浮かべた。


「……そっか。ありがとう、ギルバート」


 銀月はギルバートにそう言って礼を言う。

 そんな彼に、ギルバートは少し驚いた表情で一歩後ずさった。


「な、なんだよ。いきなり礼を言うなんて、どうしたんだ?」

「どうしても何も、体の異常を見つけてもらったんならお礼を言うのが普通だろ?」

「そりゃそうだがな、お前から礼を言われると何かあるんじゃないかって考えるのが先だ」


 銀月の言葉に、ギルバートは反射的にそう言って身構える。

 それを聞いて、銀月の表情が途端にムッとしたものに変わった。


「おい、それはどういうことだ?」

「自分の胸に聞いてみろ」

「オーケー、ちょっと表に行こうか」

「ああ、良いぜ。望むところだ」


 売り言葉に買い言葉、二人はそう言うとバルコニーから外へ行こうと身を乗り出す。


「いてえ!?」

「うにゃぁ!?」


 しかしそんな二人の後頭部に連続した固い衝撃が走り、金属が床に落ちる音がジャラジャラと聞こえてきた。

 その痛みに二人が何がしかが飛んできた方向を見やると、そこにはアルバートが立っていた。


「……全く、お前達はいつもこうして喧嘩になるのだな。お互いに沸点が低すぎる」


 アルバートは手の中でコインを転がしながら、ため息混じりにそう口にした。先程のコインは彼が親指で弾いて飛ばしたものだったのだ。

 ギルバートは頭をさすりながら、父親が飛ばしたコインを拾い上げる。その拾い上げた銀色に光るコインを見て、ギルバートは首を傾げた。


「ん? おい親父、これ外の百円玉じゃねえか。何でこんな大量に持ってるんだ?」

「ああ、外のゲームセンターにたまに遊びに行っているからな」

「……はぁ?」

「意外と楽しいものだぞ? それにリズム感を養ったり、反射神経を鍛えるようなものもある。金はかかるが、たまに遊びに行くには良いものだぞ」

「何やってんだよ、親父……」


 アルバートはそう言ってギルバートにゲームセンターの話をする。百円玉を大量に持ち歩いている辺り、かなりどっぷりはまり込んでいるようである。

 そんな父親に、ギルバートは呆れ顔で頭を抱えるのであった。

 その横から、銀月がアルバートに声をかけた。


「と言うか、聞いてたんですか?」

「悪いが、聞かせてもらった。お前の変化は私個人としても見過ごせるものではないのだからな」

「それは何故です?」

「友人の息子かつ息子の友人となれば、それはもう仲間だ。仲間に何かあったとき、何も出来ないようでは人狼の名折れだ」

「……ありがとうございます」


 アルバートの言葉に、銀月は恭しく礼をする。彼の言葉はそっけないものであったが、視線がその言葉が真実であると告げていたのだ。

 礼をした銀月に、アルバートは自分の友人について訪ねるべく口を開いた。


「一つ聞きたいが、将志は息災か? 最近どうにも様子がおかしいのだが」

「父も色々と悩み事があるみたいです。最近は、私の現状報告も愛梨姉さんにしてますし……一度尋ねても見ましたが、何も教えてはくれませんでした」


 銀月は苦笑いを浮かべながら、アルバートの質問に答えた。どうやら将志は銀月からも少し距離を置いているようであり、銀月もその父を気遣ってあえて深く踏み込んでいないようである。

 その現状を聞いて、アルバートは少し考えるそぶりを見せた後で頷いた。


「……そうか。ところで、戻らなくて良いのか? 家で巫女が待っているのではないか?」

「あ、そうだった。ごめん、それじゃあもう行くね」

「おう、とっとと帰れ」


 ギルバートが声をかけると、銀月は弾丸のように博麗神社に向かって飛び出していった。

 その姿が見えなくなるを見届けると、アルバートはギルバートに話しかけた。


「……それで、銀月はどうだ?」

「見た目は別段不自然なところはなかったな。ただ、銀月が今親父さんに対してどんなことを考えているかは分からないな」


 ギルバートは銀月に関してそう口にした。彼の目から見て、銀月は普段とあまり変わらないようである。しかし銀月の性質上、その内側に何を抱えているのかは分からないようである。

 その簡潔な報告を聞いて、アルバートは顎に手を当てて頷いた。


「ふむ……だが、やはり将志のほうは何かありそうだ。平時にあいつが息子の報告を他人に任せるとは考えづらい。どうにも銀月を意図的に避けているようにも見える。少し様子を見るとしよう」

「そうだな。じゃ、俺は部屋の片付けをしてくるぞ」


 ギルバートはそう言うと、自分の部屋へと戻っていった。

 それを見届けると、アルバートは後ろの気配に気が付いて声をかけた。


「ジニ。居るのだろう?」

「ええ。紫はもう帰ったわよ。パチュリーはもう少しギルと話がしたいからって残ってるわ」

「ふむ。当分の間、あいつの部屋は片付きそうもないな」

「そうね。パチュリーったら、ギルの魔法に興味津々だったもの。夕食の時間までは質問責めでしょうね」


 部屋に戻ったギルバートに降りかかる災難を想像して、二人はそう言って笑った。

 それと同時に、涼しい風が二人の間を通り抜ける。その風と共にアルバートが空を見上げると、逃げていく茜色の反対側の夕闇に、半分より少し丸い月が昇っていた。


「……次は……中秋の名月か……」

「ふふっ……アルったら、もうすっかり日本に馴染んでしまったわね。さっき怒ったときも、喝! だったし」

「死を美徳とする精神だけは理解できんが、その他のことについては大いに共感できたからな。私の故郷とはまた違った美しさがここにはある」

「そう。どちらが好きかしら?」

「比べることなど出来んよ。我が故郷の華やかな美しさと、ここの繊細な美しさでは趣が違う。そういうお前はどうなのだ?」

「私はどちらも好きよ。ただ、隣にアルがいることが前提だけどね」


 ジニは微笑を浮かべてそう言いながらアルバートに身を寄せる。その様子はとても幸せそうであった。

 そんな彼女に、アルバートは苦笑いを浮かべながらそっと彼女の肩を抱く。 


「やれやれ、それじゃあ私は永遠に死ねんな」

「大丈夫よ。アルが死ぬときは、私も死ぬときなんだから」

「後を追うことだけはやめてくれるか? 周りが悲しむ」

「そういう意味じゃないわ。毎日泣いてご飯も食べられなくなったら、やっぱり死んじゃうでしょ?」

「……なおさら死ねんではないか」


 ジニは暗に夫がいなければ生きられないと宣言し、アルバートはそう言って困った表情で笑った。その間には確かな夫婦の幸せがあり、これからもそうであろうことが感じられた。 

 二人はしばらく黙って身を寄せ合う。そしてその心地の良い静寂は、ジニの一言によって破られた。


「……永遠にこの幸せな日々が続くと良いのに」

「不安なのか?」

「ええ……将志さん、たぶんすごく大きな壁にぶつかっているわ」


 打って変わって、心配そうな表情でジニはアルバートにそう告げる。それは確証があったわけではないが、女の勘とも呼べる漠然とした不安として現れていた。

 それに対して、アルバートは最近遊びに来ることが減った友人を思い出して頷いた。


「そうだな。奴ももう短い付き合いではない。友人としては何とかしてやりたいものだが……」

「それだけじゃないわ。さっき占ったのだけど、次の満月に事件が起きるわ」


 ジニはアルバートに不安の原因になっていることを話した。

 それを聞いて、アルバートの顔が急に険しくなった。


「……まさか、それに将志が絡むと?」

「ええ……そして、それがギルにも大きな影響を及ぼすわ」


 ジニの一言を聞いて、アルバートは思わず息を呑んだ。

 自分の友人が事件に関与し、更にその事件に息子が巻き込まれるとなると、流石に動揺が隠せない様子であった。


「ギルが、どうなるというのだ?」

「……それは私にも分からないわ……あの子は純粋な人狼じゃないから……」


 ジニはアルバートの眼を見つめながら、少し心配そうにそう呟いた。

 その翡翠のような眼を見て、アルバートは少し安心した様子で小さくため息をついた。


「その割には、泣かないのだな?」

「だって、私とアルの子供よ? きっと無事に決まってるわ」


 アルバートの質問に、ジニは自信に満ちた表情でそう答えた。

 その回答を聞いて、アルバートも小さく笑う。彼もまた、妻と同じように息子の無事を確信しているのであった。


「ふっ、違いない。さて、我々も仕事に戻るとしよう」

「そうね。私は銀月君の力の解析、アルは将志さんの最近の動向の調査だったわね」

「ああ。すぐに手配しなければな」


 二人はそう言いあうと、それぞれの仕事をしにバルコニーから去っていった。




 なおこの日、ギルバートは二人分の夕食を自分で作ることになった。


 異変に気が付いたゆからんが、その友人である人狼親子に依頼に来るお話でした。

 違和感バリバリな将志に、いつも通り人間離れしていく銀月。

 この組み合わせがどうにもおかしいということで、調査をすることになりましたとさ。


 その一方で、ちょっと暴走気味のパッチェさんが銀月の力を調べるべく、ギルバートに協力を頼みに来ましたが……どうしてこうなった。

 探究心旺盛なパッチェさんは、どうやらギルバートの魔法も調べる気満々のようです。

 ギルバート君、どうにも他の魔法使い連中に振り回されています。


 更に不穏な気配のするジニの占い。

 どうやら、次の事件でギルバートに何やら異変が起きそうです。

 ……と言うか、ジニさんがすごい甘えん坊になってしまった。モデルを考えると少なくともパッチェさんよりは年上、更に昔話であることや、ランプの形状が原始的であることを加味すると幽々子より年上になるかもしれないのに。



 では、ご意見ご感想お待ちしております。

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