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銀の槍のつらぬく道  作者: F1チェイサー
永い夜と銀の槍
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氷の精、初任務を受ける


「そこだぁ!」

「ぐあっ……」


 触れた瞬間に凍り付いてしまうほどの冷たい刃が、相手の甲冑の隙間に入り込む。その一撃を受けた相手は、鎧の中で体が凍り、戦闘不能となった。

 それを確認すると、審判である銀の髪の青年が、凍てついた刃の使い手である青い髪の氷の精に軍配を上げた。


「……そこまでだ。今大会、優勝者はチルノだ。これからもこの調子で鍛錬に励むと良い」

「当然よ! あたいはこんなところで止まってられないんだから!」


 閉会式も何も無い場での戦神の言葉に、チルノは元気よく答えて親友である大妖精のところへと向かう。

 その様子を、将志は感心した様子で眺めていた。


「……驚いたな。この短期間でよくもここまで成長したものだ」

「だろ? 最近、あいつの力がどんどん強くなってるんだよな」


 将志の言葉に、アグナも同意する。

 チルノはアグナが手塩にかけて育てているのは、銀の霊峰内でも周知の事実である。

 また、彼女は生来の負けず嫌いと怖いもの知らずの度胸で、銀の霊峰の門番の幹部達にも遠慮なく挑みかかっていく。無論、銀の霊峰の熱心な妖怪達は皆そうするのだが、その中でもチルノは群を抜いて回数が多いのだ。

 そこにあるのは、ただ負けたくないという一心。考えることが苦手な彼女は、強い相手とひたすら戦い、その真似をし、更にそれをアグナや将志の下で磨き上げることでどんどん強くなっていったのだ。

 そして今日、ついに銀の霊峰の武芸試合の一つで優勝するに至ったのだ。

 そんな彼女の様子に、将志は少し考えて口を開く。


「……ふむ……さては、チルノに対する周囲の認識が変わってきたのかも知れんな」

「どういうこった?」

「……神、妖怪、妖精、妖獣……これらは全て、方向性は違えどもある種の信仰によって力を得るものだ。恐れられれば恐れられるほど、崇められれば崇められるほど力が強くなる。故に、強いと認識されればされるほど俺達は強くなっていくのだ」


 神は信仰を集めれば集めるほど強くなり、妖怪は恐れられれば恐れられるほど強くなる。これは妖精であるチルノにも言えることである。

 今まで妖精と言うことで周囲から軽く見られていたチルノであったが、実際に妖怪を倒し自らの強さを周囲に知らしめることで、銀の霊峰の妖怪達が彼女の強さを認めるようになったのだ。

 更に銀の霊峰で行われる大会は、幻想郷内でも一種の娯楽になっている。言うなれば、私達がボクシングやプロレスの試合を見るようなものである。当然ながら、天狗の新聞にも専用の欄があるのだ。つまり、銀の霊峰の大会に出るということは、幻想郷中に自分の強さが知られるということである。

 そして、銀の霊峰は武闘派集団と言うことで有名である。そこで優勝するということは、例え無名の者であっても恐れられるようになり、格の低い試合であっても将来が有望であると見られるのだ。


「つーことは、チルノが強いって周りに認められるようになったってことか?」

「……そういうことだ。強いと認められることで、更に強くなっていく。これからチルノは一気に強くなるぞ。何しろ、この強豪揃いの銀の霊峰で、妖精でありながら一つの大会を制したのだからな。将来、お前と肩を並べることになるかも知れんぞ、アグナ?」


 将志はそう言って冗談交じりに笑いながら、隣に立っている切り札に眼を向ける。


「はっ、構わねえよ。そんときゃ、全力で奴と戦うだけだ」


 それに対してアグナは不敵に笑い、チルノの去っていった方を見ながらそう答えるのであった。





「やった! 大ちゃん、優勝したよ!」

「おめでとうチルノちゃん! 本当に勝っちゃうんだもん、すごいよ!」

「でも、まだまだよ。銀月はずっと上の大会でも優勝したんだから。もっと頑張って追い越さなきゃ」


 一方、チルノは大妖精と共に優勝の喜びを分かち合っていた。

 大妖精も大会には参加したのだが予選落ちし、腕には絆創膏が貼られている。チルノを守ると言ったその言葉を、本物にしようと頑張っているのだ。


「やるじゃない、チルノ。順調に強くなってるわね」


 そんな二人に楽しそうなソプラノの声が掛けられる。

 二人がその方を見ると、そこには闇色の服を着た、金の髪に赤いリボンをつけた少女が立っていた。

 その姿を見て、チルノの表情が一気に固くなる。


「あ……ルーミア……」

「ふふふ……なによ、固くなっちゃって。大丈夫よ、取って食ったりはしないから」


 食べられかけたことが若干トラウマになっているチルノに、ルーミアは笑顔で近づいていく。

 すると、その間に大妖精がチルノを守ろうと割り込んで来た。


「何の用ですか?」

「あら、随分嫌われちゃったみたいね。そんなに睨まないの。私はただ話をしに来ただけなんだから」


 にらんでくる大妖精に、ルーミアは苦笑いを浮かべながらそう口にした。

 その言葉を聞いて、大妖精は怪訝な表情でルーミアの話に耳を傾けた。


「話?」

「そ。貴女もお姉さまに師事しているわけだし、銀の霊峰の一員って言っても良いわ。だから、貴女に一つ任務をあげようと思って」

「え、任務?」


 ルーミアの発した『任務』と言う単語に、今度はチルノが反応した。その理由は、任務が与えられるのは銀の霊峰において一定の実力と信頼を得たものだけであるからである。

 初めて与えられる任務に興味津々と言った様子の彼女に、ルーミアはにこやかに微笑んだ。


「そう。最近救援要請を出している妖怪が居るの。その子のところに行って、事情を聞いてきて欲しいのよ」

「待ってください。何で貴女がチルノちゃんに任務を依頼するの? そういうのは、将志さんが言うものでしょ?」

「あら、分からないかしら? 依頼を受けるってことは、それだけ相手に自分を売り込むってことよ。と言うことは、それを成功させて名声を上げれば、その分だけ強くなれるわ。要するに、兄弟子からの心遣いってわけ。これで納得してくれるかしら?」


 相も変わらず警戒心を隠そうともしない大妖精に、ルーミアは楽しそうにそう言い返す。

 その横で、しばらく考えていたチルノが大きく頷いた。


「……分かった。そういうことなら引き受ける。いくよ、大ちゃん!」

「え、待ってチルノちゃん! まだ誰に話を聞いたら良いのか分からないよ~!」


 わき目も振らず飛び出していくチルノを、大妖精は大慌てで追いかけていく。そしてその姿を、他の住人達が楽しそうに眺めている。

 猪突猛進していくチルノとそれを追いかける大妖精の姿は、もうすっかり銀の霊峰の風物詩の一つとなっているようである。


「さてと……」


 チルノ達を見送ったルーミアはそう言うとポケットからコインを取り出し、親指で弾いた。

 無縁塚で拾ったその銅貨はくるくると回転しながら地面に落ち、10と書かれた面を見せた。

 それを見ると、ルーミアの表情が笑みに崩れた。


「裏、か。むふふふ……さて、いつも通りレミリアを誘うか、それとも霊夢を仲間に引き込むか……」

「……テメエ、そこで何を考えてやがる? しかも、俺が与えた任務をチルノに押し付けてよ?」


 ニヤニヤと笑うルーミアの後ろから、アグナがドスの効いた声で話しかける。

 それを聞いて、ルーミアは怖がるどころか嬉しそうに笑いながらその方を向いた。


「あ、お姉さま♪ 嫌ねえ、私が考えてるのは大事な弟分のことよ?」

「何言ってやがんだテメエ! どうせ銀月をどうやって襲おうとかそんなこったろうが!」

「さっすがお姉さま♪ 私のことよく分かってるわ♪ ぺろぺろして良い? て言うかする♪」


 足元から炎を吹き上げて怒りを表すアグナに、ルーミアは嬉々とした表情で抱きつこうとする。

 その行為は、アグナの切れやすい堪忍袋の緒を三回切断してもおつりが来るものであった。


「い・い・か・げ・ん・に……しやがれぇぇぇ!」

「ぐぎゅう!」


 アグナは抱きついてくるルーミアを合気道の要領で上に放り投げると、見事なフライングフランケンシュタイナーを決めた。

 そして彼女が鼻息荒く立ち去った後には、地面に突き刺さって担い手を待つ聖剣のような姿になったルーミアが残された。





「はああああ!」


 一方その頃、チルノは霧の湖で氷の剣を振るっていた。

 その相手は、湖に住まう大蝦蟇。チルノにとっては、修行前に散々に苦杯を舐めさせられた相手であった。


「おっと!」


 チルノは大蝦蟇が伸ばしてくる舌を大きな氷の盾で防ぐ。鞭の様にしなるその攻撃は、盾を構えたチルノを大きく弾き飛ばした。

 しかしその一方で、チルノは笑みを浮かべていた。


「ふっ、引っかかったわね!」


 その視線の先には、大蝦蟇の氷漬けになった舌があった。チルノの作り出した超低温の盾に触れた事で、一気に凍り付いてしまったのであった。

 そんな彼に対して、チルノは氷の突撃槍を瞬時に作り出し横腹に突撃する。


「うわっ!?」


 ところが、大蝦蟇は自分の凍っている舌を構うことなく振り回し、チルノに不意打ち気味に叩き付けた。

 そしてそれが止まれなくなっているチルノに触れる瞬間、彼女は大蝦蟇の前から音も無く消え去った。


「間に合った……怪我は無い、チルノちゃん?」

「うん……大丈夫」


 そこから少し離れたところで、大妖精がチルノの安否確認を行っていた。彼女は大蝦蟇の攻撃が当たる直前に、チルノを自らの力で自分の元に転移させたのであった。

 大妖精もアグナに鍛えられた結果、近距離ではあるが自分以外のものを自分のところに転移させられるようになったのであった。

 そんな彼女に、チルノは持っていた突撃槍を消して悔しげな表情を浮かべた。


「あ~もう! 今度は勝てると思ったのになぁ……」

「残念だったね、チルノちゃん。と言うか、本来の目的を忘れてない?」

「あ、そうだった。えっと、救援要請を受けてるんだった。誰からだっけ?」

「あはは……チルノちゃん、それを確認する前に出てきちゃったから、分かんないよ。だから一回戻って……」


 本来の目的をすっかり忘れていたチルノに、大妖精は苦笑いを浮かべてそう口にする。

 その時、背中に鳥のような翼の生えた少女が一人、二人の下へ猛スピードで飛び込んできた。少女はかなり息が荒く、もうかなりの距離を全力で飛んできたようであった。


「はぁ、はぁ……ねえ、チルノって貴女の事!?」

「そうだけど、どうかしたの?」

「助けて! 私は狙われてるのよ!」


 鬼気迫る表情で、少女はチルノに訴えかける。彼女はパニック状態に陥っており、かなり憔悴した様子であった。

 そんな少女の様子に、チルノがキョトンとした表情で首を傾げた。


「え、えっと、狙われてるって、誰に?」

「見つけたわ……」


 チルノがそういた瞬間、その背後から幽鬼のような女の声が聞こえてきた。

 その声を発した桃色の髪の女性を見て、追われていたという少女の顔からサッと血の気が引いていった。


「きゃあああああ!? 出たあああああああ!?」

「ああ、逃げないで。ちょっと貴女でお腹を膨らませるだけだから」

「誰が好き好んで食べられてやるもんですか!」

「逃がすと思って?」


 恐慌状態に陥った少女は、追いかけてくる幽々子に背を向けて一目散に逃げていく。

 そんな彼女に、幽々子は彼女を捕らえるべく桃色に輝く蝶を放った。


「させないよ!」

「あら?」


 しかしその蝶は、横から割り込んできた氷の剣によって両断された。

 その様子を見て、幽々子は呆気にとられた表情を浮かべた後、考える動作をした。


「貴女、氷の精ね……デザートにかき氷って言うのも良いわね」


 幽々子はそう言って笑みを浮かべ、桃色の蝶をチルノの周囲に展開する。どうやら矛先をチルノへと変更したようである。

 突然の幽々子の捕食宣言を聞いて、トラウマを刺激されたチルノはビクリと肩を震わせた。


「ひっ……ま、負けないんだから! 妖精に後退の文字は無いんだから!」

「それは良いわね。捕まえる手間が省けるわ」


 チルノは少し蒼くなった顔で恐怖を振り払うようにそう叫び、自分の周囲に大量の氷柱を生み出してその先端を幽々子に向ける。

 それに対して、幽々子は全く動じることなく相手の様子を伺っている。


「行けぇ!」


 先に仕掛けたのはチルノだった。自分の周囲に展開した氷柱を、一斉に幽々子に全方位から打ち込んでいく。その様子は、まるで戦艦から放たれて敵を追尾して襲い掛かるミサイルのようであった。


「ちょっと元気すぎるわね。このかき氷、食べごたえがありそうね」


 しかし、その攻撃を幽々子は繰り出している蝶の弾幕を更に自分の周りにも展開し、それを壁として使うことで全てを防ぎきった。その様子に焦りや疲労の色は一切無く、余裕たっぷりといった様子であった。


「嘘……全部防がれた?」


 それを見て、チルノは呆然とした表情を浮かべた。なぜならば、今の攻撃はチルノがほぼ全力を挙げて打ち込んだものであった。それも、恐怖を押さえ込もうとする、手加減など一切考えられない状態での一撃である。それをこうも容易く防ぎきられては、彼女のショックも大きいものであろう。

 そんな彼女に、幽々子はにこやかに笑いながら近づいていく。


「さて、覚悟は良いかしら?」

「に、逃げちゃダメよ、チルノ……さいきょーへの道は、相手に立ち向かうところから始まるんだから!」


 ひたひたと迫ってくる幽々子に、チルノは気丈に睨みながら次の攻撃態勢を整える。

 しかし次の瞬間、チルノの目に映る景色が突如として変わり、目の前に映る桃色の髪の亡霊が緑色の髪の妖精へと成り代わった。


「あ、あれ?」

「ま、間に合った……チルノちゃん、ここは逃げたほうが良いよ」


 チルノの目の前に現れた大妖精は、額に流れる冷や汗を拭いながらそう口にする。どうやらチルノの危険を察知し、遠くまで離れた後に転移を行ったようである。

 しかし、チルノはそんな彼女に喰らいついた。


「何でよ! あいつを倒さないと、あたいはさいきょーになれないのよ!?」

「だからちょっと落ち着いてよ! 相手を倒すよりも先にやることがあるでしょ!」

「あっと、そうだった……」


 大妖精の言葉に、冷静さを欠いていたチルノは本来の目的を思い出して気まずそうな表情を浮かべた。

 そんな彼女達に、迫り来る気配が一つ。


「みつけたわぁ~」


 二人のいる近くの茂みから、先程まで戦っていた亡霊がチルノを追いかけてやってきた。

 その姿を見て、大妖精の顔が恐怖に歪んだ。


「ひっ! もう見つかったの!?」

「そう……貴女が瞬間移動させたのね……くすっ……いけない子ね。それじゃ、まずは貴女から頂こうかしら?」


 幽々子はスッと眼を細めながら、そう言って大妖精を見て笑う。その眼は、獲物を狙う飢えた狼のような眼であった。


「に、逃げろー!」


 食べられかけたトラウマを強く刺激され、凍った背骨が砕け散りそうなほどの危機感を覚えたチルノは大妖精と共に一目散に逃げ出すのであった。




「な、何とか逃げ切ったね、チルノちゃん……」


 周囲に追っ手の居ないところまで駆け抜けて、安全を確認すると大妖精は疲れた表情でそう呟いた。

 追ってくる幽々子を、チルノが全力で微小な弾幕を吹雪のように吹かせて煙幕を張ったのが功を奏したのだ。

 なお、この技は絶対に逃走を許さないアグナを見かねて、愛梨がこっそりチルノに教え込んだものだったりする。


「ううっ……何でこうもあたいを食べようとするのが居るのよ……」


 チルノはそう言いながら、若干半べそをかきながらそう口にした。ルーミアに食べられかけたことがただでさえトラウマになっているのに、今回の事件はそのトラウマを更に根深いものにしそうである。

 そんな彼女に、先程逃げていた少女が戻ってきた。桃色の髪に茶色い服を着た彼女は、どうやらチルノのことが気になって戻ってきたようであった。


「……貴女も苦労してるのね……私はミスティア・ローレライ。夜雀よ。お互いに頑張りましょ、チルノ」

「うん……でも、何であたいのこと知ってるの?」

「だって、人里でも少し噂になってるもの。銀の霊峰の大会で上位に食い込む妖精が居るって」

「そうなんだ……あたいも有名になったのね!」


 ミスティアの言葉に、チルノは嬉しそうにそう言って胸を張る。

 今まで彼女が逃げていたことを気にする様子は全く無く、また相手を無事に逃がすことが目的なので、それが正しいのだ。

 その一方で、大妖精がミスティアに声をかけた。


「あの……なんで貴女は狙われてるんですか? さっきの人、白玉楼の亡霊姫ですよね?」

「そんなの私が聞きたいわよ……だって、初めて会ったその日に食べられかけたんだから。お陰でせっかく買ったお鍋と長ネギも落としちゃったし、最近よく人里に顔を出してるみたいだからおちおち買い物も出来やしないもの」

「食べるって……そういえば、将志さんが話してたような……何でも食べる桃色の悪魔の話。確か、涼さんが何度と無く食べられかけたって話をしていたような?」


 大妖精は、将志との会話を思い出してそう口にした。

 事実、涼は妖夢の教練に白玉楼によく赴くのだが、指導に熱が入りすぎると空腹の幽々子を放置してしまい、捕食対象になってしまうことがあるのだ。なお、そのときの戦闘能力は何故か哀れな銀の霊峰の門番長を容易く捕らえるほどに膨れ上がっているのだった。

 その言葉を聞いて、ミスティアは愕然とした。


「え……じゃあ、あの亡霊姫は銀の霊峰の門番クラスに強いってこと!?」

「……良いわ、やってやろうじゃない!」


 突如として、チルノは気合の入った声でそう言い出した。

 その一言を聞いて、大妖精とミスティアはギョッとした表情でチルノを見やる。


「え、何言ってるの!?」

「逃げるなんて性に合わないわ! それに、さいきょーを目指すんだから、こんなことで立ち止まってなんてらんないよ!」


 チルノは氷の妖精と言う種族とは相反するような闘争心に燃えた瞳でそう言い放ち、先程まで恐れていたことすら忘れて一直線に駆け出した。その表情は、戦いを目の前にした彼女の師匠によく似ていた。


「あ、ちょっと待って! 最強を目指すにも、段階があるんだってばー!」

「ま、待ってよ! 一人にしないでー!」


 そんな彼女を、二人は再び大慌てで追いかける羽目になった。




 しばらくして、チルノは標的である幽々子を捜しながら森の中を突き進んでいた。

 高速で飛び回っても相手を見つけることが難しいことに気が付いたのか、周囲を見回しながら歩いていた。


「う~ん、どこ行ったのかな?」

「チルノちゃん、ちょっと落ち着こう? 今のチルノちゃんじゃ難しいって」

「へーきよ! それに、あんなに簡単に見つかるんならやっつけた方が良いわ! 逃げ続けるなんてあたいは嫌!」

「ちょっと、やっつけるって言ったって、どうするっていうのよ?」


 大妖精の言葉を聞き入れようとしないチルノに、ミスティアがそう声をかける。

 すると、途端にチルノは慌てた表情で冷や汗をかき始めた。


「え、えっと……ああいう相手はたしか……」

「はぁ……一点集中攻撃。力を一点に集めて、手薄なところを攻撃だよ」


 必死で考えようとするチルノに、大妖精がため息混じりにそう口にした。

 その声を受けて、チルノはハッとした表情で手を叩いてうなずいた。


「あ、そっか。よーし、それじゃあ行くよ!」


 チルノはそう言うと、三度勢いよく飛び出していった。相手を倒すことで頭がいっぱいになり、速く飛ぶと相手を見つけづらいことなどすっかり忘れているようである。

 そんな彼女の突飛な行動に、ミスティアはただ呆然と見送ることしか出来なかった。


「あ、ちょっと……ねえ、何で止めないのよ!」

「ああなったらチルノちゃんはもう止まれないもん。それにチルノちゃんの言うとおり、私も逃げ続けるよりは追い払った方が確実だと思うの。じゃないと、チルノちゃんが危ないから」


 ミスティアの質問に、大妖精はそう言って苦笑いを浮かべてチルノの後を追った。どうやら彼女も腹を決めたようであり、チルノを守るべく戦うことにしたようだ。

 その姿を見て、ミスティアはやるせない表情で俯いた。


「……妖精でさえ戦うのに……私、何やってるんだろう……」


 ミスティアはそう言うと、自分の手に生えた鋭い爪を見つめた。

 自分を助けてくれた妖精にはそんなものは無い。更に言えば、妖精は本来妖怪よりもずっと弱い存在である。

 そんな彼女達に守られている事実は、彼女の自尊心に少しずつ傷をつけていた。そして、自分よりもずっと力の弱い大妖精の言葉が、彼女の心に深々と突き刺さったのだ。

 彼女はしばらく自分の手を眺めると、その手を強く握りしめた。


「……よし」


 彼女は震えた声でそう言うと、妖精達が飛んでいった方向へと飛んでいった。




「見つけた!」


 一方その頃、チルノ達は宙に浮かぶ捜し続けていた標的を見つけて、その前へと躍り出ていた。

 その姿を見て、幽々子は嬉しそうに微笑んだ。


「あら、自分から出てきてくれるなんて捜す手間が省けて良いわ」

「ふんだ! 今度はさっきみたいには行かないよ!」


 チルノはそう言うと、先程と同じように全体に氷柱の弾幕を展開する。

 対して、幽々子は自分の周りに桃色の蝶を作り出し、先程と同じよう防御体制を作り出した。


「いっけえ!」


 チルノが号令をかけると、氷柱の軍団は幽々子に向かって上下左右全方位から一斉に襲い掛かった。


「何度やっても同じことよ」


 その攻撃を、幽々子は淡く光る蝶の弾幕で次々と撃ち落していく。

 その光景は、先程の一戦の完全な焼き直しであった。


「そこだぁ!」


 そこに向かって、チルノは大きな突撃槍を持ち出して全速力で突っ込んでいった。

 幽々子の力が全方位を防御して分散している今、一点に力を集中させた攻撃は防ぎ切れないと判断したためである。

 風を切り裂いて飛ぶ矢のように、チルノは幽々子に突撃を掛けていく。


「えっ!?」


 しかし、次の瞬間チルノは驚愕の表情を浮かべた。

 何故ならば、チルノの渾身の一撃は、幽々子に完全に受け止められてしまったからである。


「……甘いわよ。貴女がこう仕掛けてくることは読んでいたわ」


 チルノの攻撃を受け止めた幽々子は、そう言って静かに、不敵に微笑んだ。

 彼女の差し出した指先には、一匹の蝶が止まっていた。その蝶は、周囲を飛んでいるどの蝶よりも強く美しく輝いていた。

 幽々子は最初からこうなることを予想して、最低限の力でチルノの弾幕を防ぎきっていたのだ。


「な、何で!?」

「だって、妖夢が将志から教わったことそのままですもの。じゃあ、次はこちらから行くわよ」


 手の内を完全に読みきられて混乱しているチルノにそう告げると、幽々子を守っていた蝶が一斉にチルノに襲い掛かった。


「こ、このくらいへーきよ!」


 周囲から襲い掛かる蝶の弾幕に対して、チルノは何とか持ち直して氷柱の弾幕で迎撃する。先程までの戦いを、そのまま攻守が逆転しただけの光景であった。

 違いがあるとすれば、幽々子が余裕の表情を浮かべていたのに対して、チルノは少し必死の表情を浮かべているところである。


「貴女がしたかったのは、こういうことでしょう?」


 そう言うと、幽々子は先程まで自分の指先に止まっていた、強い力を持つ蝶をチルノに向けて放った。

 その蝶はひらひらと舞いながら、迎撃に来る氷柱をものともせずにチルノに向かっていく。


「そんなの効かないよ!」


 その蝶に向かって、チルノは即座に氷の剣を生み出してそれを一刀両断した。するとその蝶はチルノの持つ氷の剣を強い衝撃と共に砕いた後、儚い光となって消えていった。

 剣の砕けた衝撃を受けて、チルノは痛めた手をひらひらと振った。


「いったぁ……思ったより固いなぁ」

「チルノちゃん、危ない!」


 突如として、大妖精が叫ぶと同時にチルノが幽々子の前から掻き消える。

 そして大妖精に前にチルノが現れると、彼女はキョトンとした表情で首を傾げた。


「え、なに?」


 チルノは訳が分からないといった表情で周囲を見回す。標的を見失い、きょろきょろと辺りを見回している。


「……残念、あと少しだったのに」


 一方、幽々子はつまらなさそうな表情でチルノを引き寄せた大妖精を見やった。

 彼女の手元には、先程チルノに放ったものよりも強い輝きを放つ蝶が止まっている。それは、幽々子がチルノの後ろから放ったものだった。幽々子は蝶の弾幕の中に本命の一撃であるそれをもぐりこませて背後を取り、チルノの戦術を再現して目暗ましをしたところで背後から討ち取る算段だったのだ。

 もしも大妖精がチルノを引き寄せなかったら、彼女は確実に仕留められていたところであった。


「チルノちゃん、ここはいったん退いて作戦を練り直そう?」

「う、うん、分かった」


 二人はお互いに頷きあうと、幽々子に背を向けて走り出した。


「逃がすと思って?」


 その二人を今度こそ逃がすまいと、幽々子は大量の蝶を放ちながら追いかけてくる。

 威力よりも相手を捕らえることを重視した数で押す弾幕を、追われている二人は必死で避けながら戦線を離脱しようとする。

 しかし、幽々子は絶妙な配置で蝶の弾幕を放って追撃してくるため、思うように進むことが出来ない。


「きゃっ!?」


 しかしそんな中、突如として幽々子から悲鳴が上がった。彼女は尻もちをついており、驚いた表情で上空を見ていた。

 それをみて、チルノ達もその視線を追って先を見た。そして、彼女達もまた驚きの表情を浮かべた。


「え……?」

「はぁ……ぶ、無事だったみたいね……」


 チルノの視線の先には、護衛対象となっていた、逃げたはずの夜雀が居た。

 そんな彼女に、チルノ達は急いで彼女を守るために傍に近づく。


「に、逃げたんじゃなかったんですか?」

「妖精の貴女達が戦っているのに、私だけ逃げていられるもんですか……私も、戦う」


 ミスティアは大妖精の眼を真っ直ぐに見つめてそう口にした。その額には冷や汗が浮かんでおり、肩が震えていた。勇気を振り絞ってここに立ってはいるが、やはり幽々子が怖いようである。

 そんな彼女を見て、チルノは嬉しそうに笑った。


「そっか。それじゃ、一緒にあいつをやっつけちゃおう!」

「え、ええ!」

「もう……守らなきゃいけない人を戦わせちゃいけないのに……しょうがないなぁ……」


 三人はそう言いながら、幽々子に向き直る。

 すると、体勢を立て直した幽々子は呆れ顔で三人を見やった。


「はぁ……勇ましいのは良いけど、本当にそれで良いのかしら?」

「へーきよ! こんなところで負けてられないんだから!」

「そう……まあ良いわ。今度こそ逃がさないから」


 幽々子の言葉に反発するように、チルノはそう言って前に立ちはだかる。

 それに対して、幽々子は大量の蝶の弾幕を機雷の様に漂わせ、逃げ道を塞いだ。

 チルノ達にとって、まさに背水の陣となったのであった。


「悪いけど、抵抗する暇もあげないわ」

「うわっ!?」


 幽々子はそう言うと、チルノの周囲を球状に取り囲むように蝶の弾幕を移動させた。

 チルノは完全に取り囲まれ、自力で抜け出すのも難しい様子であった。そして、そんな彼女を締め上げるように蝶はぐるぐると飛び回りながら、隙間なくチルノに迫っていった。


「させない!」


 そんな彼女を救出するために、大妖精はチルノを自分の前に素早く転移させる。

 蝶の籠の中からチルノは一瞬で消え、大妖精の目の前に現れる。


「あっ!?」

「えっ?」


 しかし、そんな彼女に桃色の蝶が襲い掛かった。全員の死角を計算して放たれたその攻撃は、誰一人にも気づかれることなく大妖精を戦闘不能にするダメージを与えたのだった。


「まずは一人目。いくらお友達が大事でも、自分がおろそかになってはダメね」

「だ、大ちゃん……」


 崩れ落ちる大妖精を見て、幽々子は冷静にそう言い放ち、チルノは彼女を抱き寄せる。

 大妖精はぐったりとしており、完全に気を失ってしまっていた。


「さてと、厄介な相手もいなくなったし、次は二人まとめて行くわよ」


 幽々子はそう言うと、残った二人に眼を向ける。

 すると、逃げたくなるのをなけなしの勇気で抑えていたミスティアがパニックになり始めた。


「ひぃ!? ど、どうしよう!」

「……先に逃げてて」


 混乱するミスティアの言葉に、低い声でチルノから返事が返ってくる。

 それを聞いて、ミスティアは更に混乱した様子でチルノに詰め寄った。


「えっ!? 何言ってるのよ、貴女一人じゃ無理よ!」

「そんなの分かってる。だから、大ちゃんを連れて先に逃げてて。二人共は守りきれないから」


 チルノは大妖精を抱き上げると、そう言いながらミスティアに差し出した。その眼には先程の燃え滾った闘争心とも違う、強い意思が込められていた。

 その眼を見て、ミスティアは止める言葉を見つけることが出来なくなった。


「……わ、分かったわ……そ、それじゃあ……」


 ミスティアは気絶した大妖精を引き受けると、目の前を阻む蝶の弾幕を消しながら撤退を始めた。


「逃がさないわ」

「行かせないよ!」


 逃げるミスティアを追いかけようとする幽々子に、チルノは氷柱を放って目の前に立ち塞がる。

 そんな彼女に、幽々子は口元に扇子を当てて再び声をかけた。


「……貴女、もう少し冷静になったら? さっき、私に攻撃を受け止められたばかりでしょう?」

「アグナも、銀月も、ルーミアだって、ここで友達を置いて逃げたりしない。だったら、あたいも逃げない! 大ちゃんは、あたいが守る!」


 チルノがそういった瞬間、周囲の温度が急激に下がっていく。空気中の水分が次々に凝縮して凍りつき、彼女の両手に二振りの剣と周囲を取り巻くように雪の結晶を次々に作り出した。日の光で銀色に輝くそれの端は鋭い刃のようになっており、手裏剣のような状態になっていた。

 使い方を間違えれば周囲の味方も巻き込んでしまいそうな芸当だが、その懸念材料である味方ももういないので、遠慮なく本気を出せるのだ。

 先程とは様子が一変した彼女に、幽々子は苦笑いを浮かべた。


「別にあの子を食べたいわけじゃなくて、私が食べたいのは夜雀と貴女なのだけど……まあ良いわ。これで逃げないというのなら好都合ね」

「やあああああ!」

「んっ!」


 幽々子に仕掛けられる前に、チルノは自分から相手に向かって突撃していく。

 何の小細工もないその一撃は幽々子に容易く受け止められる。


「絶対に行かせない!」


 しかし、彼女はそれで終わらなかった。自分を取り巻く氷刃の吹雪に巻き込みながら、幽々子に次々と斬りかかっていく。

 それは少しがむしゃらではあるが、相手に攻撃する暇を与えずに攻め込もうとしてのものであった。


「くっ……無茶苦茶ね……」


 その攻撃に、幽々子も思わず後ろに後退する。

 彼女はチルノの攻撃そのものを恐れたのではなかった。攻撃自体は多少洗練はされているものの、普段見慣れている妖夢や涼などの熟練者に比べると荒削りであるし、幽々子も多少なりとも心得があるので対処できないことはない。

 しかし、チルノが纏った冷気はどうしようもない。彼女が自分に密接して攻撃するとなると、その冷気を受けながら相手の攻撃を躱さねばならない。すると、関節が凍りついて動けなくなり、そこを狙われる恐れがあったのだ。


「待てーっ!」


 そして、当然チルノがそれを逃すはずもない。後ろへ下がっていくのを好機と見て、幽々子を猛烈な勢いで追撃し始めた。

 幽々子はそれに応戦しようとするが、チルノの吹雪は近づこうとする蝶を撃ち落す役割もしており、足止めにすらならなかった。


「……雷禍から聞いたときは何かの冗談だと思ったけど……これなら確かにあの話も頷けるわね……」


 チルノの攻撃を捌きながら、幽々子は冷静にそう口にする。彼女は雷禍との世間話で、チルノが銀の霊峰で随分と強くなったという話を聞いていたのだ。

 幽々子はその話に半信半疑であったが、実際に戦ってみてそれが真実であるというのを認めざるを得なかった。


「なら、これはどうかしら?」


 幽々子はそう言うと、チルノの真正面にかなり力を込めた蝶を数匹放った。


「そんなんじゃ、あたいは止まらないよ!」


 勢いづいているチルノは行く手を邪魔するその蝶に向かって手にした剣を振り上げる。

 するとその瞬間、目の前の蝶達はまばゆい光を放ちながら爆発した。


「うわっ、あぐっ!?」


 突然の桃色の閃光に、チルノは思わず眼を覆う。それと同時に、腹を強く打ち付けられる感覚と共に弾き飛ばされた。


「はい、これでお終い。なかなかにやるみたいだけど、搦め手には弱いみたいね」

「きゅう……」


 地面に落ちて眼を回しているチルノに、幽々子はチルノをしとめた蝶を手元に戻しながらそう言って近づいていく。

 全てが幽々子の計算どおりであった。ミスティアが駆けつけた際にあえて諭すようなことを口にしたのも、負けず嫌いのチルノの性格を逆手にとって逃げないようにするためのもの。最初にチルノを狙ったのは、チルノが大事な大妖精の注意を自分からそらすためのもの。すぐにミスティアを追わなかったのは、最大の障害となりえるであろうチルノの力量を測り、確実に仕留めるためであった。そして本命のミスティアは、気絶した大妖精と言う枷がつけられている。

 完全勝利を収めた幽々子は、嬉しそうな笑みを浮かべてチルノをかき氷にすべく近づいていく。


「うふふ……捕まえたわ……あいたっ!?」

「何してやがんだよ、幽々子。こんな奴ら食わなくても、人里で普通に飯食えば良いだろうが」


 チルノに手を伸ばそうとする幽々子を、どこからともなく現れた青い特攻服を着た黒髪の青年が拳を振り下ろした。

 手加減はされていたものの一切の躊躇なく振り下ろされたそれを受けて、幽々子は頭を抱えてその場にしゃがみこんだ。そしてゆっくり立ちあがると、よほど痛かったのか眼に涙を浮かべて目の前の雷獣の眼を赤いサングラス越しに見やった。


「いったぁ~……何よぉ、殴ることは無いじゃない」

「目の前で妖怪殺しを起こそうとしてる奴が居りゃ殴ってでも止めるに決まってんだろうが! 大体、何でわざわざ妖怪を食おうと思ったんだよ?」


 涙眼の幽々子に、雷禍はそう言って叱り付けた。

 それに対して、幽々子はふてくされた表情で頬を膨らませた。


「……だって雷禍、貴方いつも私にご馳走して、お金が無くなったのを理由にしてアルバイトに逃げるじゃない。これじゃあ私の目的は果たせないもの。だから、先にお腹いっぱいにして、貴方に奢らせずに済むようにしたかったのよ」

「だからよぉ、俺を詮索したって何も出てこねえっつーの。俺の何が気になるっつーんだよ?」

「それが分からないから確かめるのよ。貴方、絶対に何か隠してるもの」

「だから何も隠してねえってっ!?」


 雷禍が少しうんざりした表情でそう言った瞬間、幽々子は彼の頭を引き寄せてその頬に舌を這わせた。その突然の行為に、雷禍はびくりと肩を震わせる。


「……嘘よ……この味は嘘をついている味だわぁ……正直に言いなさい。貴方、隠し事してるでしょう?」


 幽々子はひとしきり雷禍の頬を舐めると、耳元に息が掛かるくらいの距離でささやくようにそう問い詰めた。

 するとしばらく間を置いて、雷禍は疲れた表情でがっくりと肩を落とした。


「……漫画のネタで何言ってやがんだよ。アンタ、ただ言ってみただけだろ」

「……ちぇっ、引っかかってくれれば良かったのに」

「んなのに引っかかるかっつーの……」


 雷禍の言葉に、幽々子はつまらなさそうにそう言って彼を見る。しかしその眼は懐疑心に満ちており、雷禍が何かを隠していることを確信しているようであった。

 そんな彼女に雷禍は呆れた様子でそう言いながら、気が付いて身体を起こすチルノの方へと近づいていく。


「あいたた……はぁ……負けちゃった……あたいもまだまだね」

「よう、有名人。怪我はねえか?」


 悔しそうにため息をつくチルノに、雷禍は声をかける。

 するとチルノは、自分に声をかけてきた見知らぬ人物に眼を向けた。


「え、あんた誰?」

「轟雷禍、雷獣だ。一応、銀の霊峰で修行をしている同僚って奴だ」

「で、あたいに何か用?」

「いんにゃ、噂の妖精がどんなもんかを見てたもんでな。なかなかやるじゃねえか。ひょっとすっと、この先俺と当たることもあるかも知れねえな」


 雷禍は楽しそうにチルノにそう話しかける。どうやら、雷禍の眼から見てもチルノの実力は将来に期待が持てるものであったようだ。

 一方、チルノは目の前の得体の知れない人物の実力が分からず、首を傾げた。


「あんた、強いの?」

「んあ? 少なくとも、そこにいる幽々子よりは強ぇぜ? つーか、これでも一応最上位の大会に出てるんだぜ?」

「そっか……いつかあんたにも勝つからね」


 雷禍の実力を聞いてなお、チルノは彼の眼を見てはっきりとそう言い放った。

 その視線は、雷禍は通過点の一つでしかないと言っているようであった。


「かっはっは! その意気やよし! 良いぜ、いつか強くなったら一戦やろうぜ?」


 そんな彼女の言葉に、雷禍は楽しそうに笑い出した。自分ですら通過点でしかないという彼女が、どこまでやれるようになるのか楽しみになってきたのだ。

 ひとしきり笑うと、雷禍はふと顔を上げて近くの茂みを見つめだした。


「それから、そこに居るんだろ、夜雀」


 雷禍はその茂みに向かって声をかける。しかし、返事は全くない。

 その様子に雷禍は苦笑いを浮かべると、再び口を開いた。


「ああ、出てこれねえってんならそれで良い。よくもまあ、あの状態で逃げずに戻ってきたもんだな。やりゃ出来るじゃねえか。これからも、死なない程度に頑張りな。じゃ、またな。行くぞ、幽々子」

「え~」

「え~、じゃねえっつの。飯なら食わせてやっからさっさと行くぞ!」

「む~」


 雷禍が声をかけた方向を未練たっぷりに眺めながら、幽々子は彼に引きずられていった。

 それからしばらくして幽々子達の姿が見えなくなると、雷禍が声をかけた茂みから目を覚ました大妖精と一緒に隠れていたミスティアが出てきた。


「チルノちゃん、怪我はない?」

「へーきよ。アグナとの特訓のほうがよっぽどきついわ」


 ボロボロの大妖精に、やはりボロボロにやられたチルノがそう言って笑う。二人ともボロボロではあるが、お互いに無事だったことに安心したようである。

 そんな中、ミスティアが真剣な表情でチルノに話しかけた。


「チルノ。私、一つわかったことがあるの」

「え、何?」

「守られるのを待つばかりじゃダメだってこと。この先生き残るためには、自分の身は自分で守れるようにならないと」

「えっと……それじゃあどうするんです?」

「私を銀の霊峰に連れてって。私も貴女みたいに相手に立ち向かう力が欲しいのよ」


 困惑気味の大妖精の言葉に、ミスティアは腹を括った表情でそう口にした。

 それを聞いて、大妖精は更に困った表情を浮かべた。


「それは良いけど、アグナちゃんが何ていうか……」

「アグナならきっと大丈夫よ! さあ、一緒に帰ろう!」

「ええ!」


 そんな大妖精の心配を他所に、チルノはミスティアの手を引きながら銀の霊峰へと帰るのであった。





「……貴女おいしそう……じゅるり」

「ひいっ!?」


 腹を鳴らし、口からよだれをたらしながらルーミアはミスティアをみる。

 どうやら、ミスティアは食料的な意味で捕食対象になってしまいそうである。


「……止めなくて良いのか、アグナ?」

「……ちっとしばいてくる」


 そんなルーミアを、アグナは壁に埋め込まれた殉教者のオブジェに変えるのであった。

 と言うわけで、チルノの初任務のお話でした。

 クエスト内容は、「暴食霊・ユユコジョー飢餓からのみすちーの防衛」でした。

 ……いや、何と言うか……幽々子ファンの皆様すみません。


 チルノは順調に強くなっています。ついでに、大ちゃんもしっかり成長しています。

 ただ、現在のチルノの戦い方はいくら戦い方を覚えても応用が出来ていないので、どうしても力任せになってしまっています。

 そのため、今回の幽々子との勝負では手玉に取られて負けてしまうのでした。

 ……何と言うか、幽々子様えらい強くなったな。


 それから、大ちゃんのテレポート能力が他人に使えるようになりました。

 というか、物体の転移なんてチート能力、限定的にしか開放できません。強すぎて。

 ……つまり、銀月と大妖精で組ませると大変なことになるということですが。


 そして、みすちーが銀の霊峰に入門いたしました。

 なお、みすちーがどんな風に強くなっていくのかは考えてありますし、彼女を鍛えるのは誰かと言うのは既に決めてあります。

 

 さて、バカルテット、と言うより⑨インテットも後一人。

 最後の一人がどんな形で登場するのかは、後のお楽しみです。



 では、ご意見ご感想お待ちしております。

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