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銀の槍のつらぬく道  作者: F1チェイサー
永い夜と銀の槍
148/175

銀の槍、様子を見に行く


「今日も暇ね……」


 神社の縁側で、紅白の巫女が退屈そうにそう言いながら足をぷらぷらと揺らす。

 例によって例のごとく境内の掃除は既に終わっており、社の中や母屋の掃除も終わってしまっている。それ故に何もやることがないのだ。


「……邪魔するぞ」


 そんな退屈そうな巫女の前に、小豆色の胴衣と藍染の袴を着けた銀髪の青年が降り立った。

 無用な装飾を嫌う彼は一見地味な格好ではあるが、背負われている白く輝く銀の槍「鏡月」とそのけら首に埋め込まれた「檻中の夜天」と呼ばれる銀の蔦に巻かれた真球の黒耀石が彼の本来の格を示していた。

 その彼を見て、霊夢は少し気だるげな表情を浮かべた。


「銀月ならいないわよ。今日は紅魔館で仕事だもの」

「……ああ、知っている。俺が用があるのはお前だ、霊夢」


 霊夢の言葉に、将志は眉一つ動かさず淡々とした口調でそう口にした。

 それを聞いて、霊夢は一転してキョトンとした表情を浮かべた。


「私に用? 何かしら?」

「……なに、銀月の普段の様子を確認しておきたいだけだ。あいつは、自分のことに関しての言葉は全く信用できんからな」


 将志はそう言いながら、首を横に振る。銀月は普段しっかり休んでいると申告していても隠れて修行をしていることがほぼ確実だったので、将志はその点に関しては銀月を全く信用していないのであった。

 その将志の言葉を聞いて、霊夢は苦笑いを浮かべた。


「お父さんにも信用されてないのね、あいつ……」

「……信用できる要素があるとでも言うのか?」

「無いわね」

「……だろう?」


 将志の問いかけに霊夢は即答し、返された将志も苦笑いを浮かべる。やはり、誰の眼から見ても銀月の自己申告は信用できないものの様であった。

 そうしてひとしきり笑うと、将志は小さく一息ついて霊夢に改めて話しかけた。


「……さて、色々と確認することもある。台所を借りるぞ」

「台所?」

「……長話になる。茶の一杯でも淹れさせてもらうさ」

「あ、私が淹れるんじゃなくて、お父さんが淹れるのね……」


 勝手にずんずんと台所に入っていく将志に、霊夢は彼と銀月が親子であることを実感しながら苦笑いを浮かべるのであった。

 しばらくすると、将志が二つの湯飲みとお茶菓子の乗った皿を載せた盆を持ってきた。


「……茶が入ったぞ」

「……ねえ、このやたらと気合の入ったお茶菓子は?」


 霊夢は引きつった笑みを浮かべながら、将志の手によって目の前に置かれたお茶菓子を見やった。

 それは寒天の中に煉りきりを閉じ込めてある、涼やかなお菓子であった。そして何が気合が入っているかと言えば、周囲の寒天はまるで炎が燃え上がっているかのように下から上に向かって橙から無色へのグラデーションがかかっており、中に入っている煉りきりは今にも飛び立ちそうな見事な鳳凰の姿をしているのであった。


「……師として親として、まだまだ息子に負けるわけにはいかん」

「そ、そう……」


 やたらと厳かな物言いの将志に、霊夢は黙り込むしかなかった。

 二人してお茶を一口飲むと、将志から話を切り出した。


「……それで、銀月の普段の様子はどうだ?」

「特に変わらないわ。相変わらず家の仕事をして、お弁当作って、修行してって感じね」

「……ふむ。一つ聞くが、お前はそれを強制しているのか?」

「そんなわけ無いじゃない。全部銀月が自分から率先してやっているわ」

「……手伝ったりとかは考えないのか?」


 将志は眉一つ動かさず、それでいて少し厳しい視線を霊夢に送る。彼は元より霊夢が銀月に家事を強制しているとは思っていない。それは銀月の性格を考えれば明らかなことである。将志が問題にしているのは、そんな銀月を見て、霊夢が何故手伝おうとしないのかであった。

 それを聞きだそうとする将志に対して、霊夢は大きくため息をついた。


「一度だけ少し手伝って見たんだけど……それ以来、手伝わないことにしたわ」

「……それは何故だ?」

「だって私が銀月の手伝いをすると、銀月ったらちょっと淋しそうな顔で笑うんですもの。却って申し訳なくて、手伝いなんて出来ないわよ」


 霊夢はそう言うと、呆れ顔で再び大きくため息をついた。霊夢とて、日頃から色々と働いてくれている銀月に対して思わないことがないわけではない。むしろ、借りは返さないといけないとは思っているのだ。

 しかし当の銀月がそれを望んでいないのでは、する意味がない。ましてや、淋しげな表情を浮かべられたとあってはむしろ逆効果である。それ故に、霊夢は手伝うことを諦めたのであった。


「……子離れを淋しがる親か、あいつは……」

「それ、あいつだってあんたにだけは言われたくないと思うわ」

「……む?」


 霊夢の言葉に将志は頭を抱える。

 しかし、傍から見れば将志の銀月への溺愛っぷりの方が遥かに酷いので、霊夢は渋い表情を浮かべるのであった。

 霊夢はひとしきり将志に白い視線を送った後、新たな話題を切り出した。


「それはそうと、ここ以外での銀月はどうなのよ? ほら、銀の霊峰での様子とか」

「……何故それを気にする?」

「気にして当然よ。色々と問題を抱えてるのが同居人なんだから」

「……それもそうか」


 霊夢の返答を聞いて、将志は小さく頷く。そして、小さく息を吐き出した。


「……変わらんよ、銀月は。どこに居ようが、いつも通り家事をして修行をして、演技や曲芸の練習をしている」


 将志はため息混じりにそう口にした。

 基本的に、銀月が自分から休みを取るということはほぼ無いのである。この点に関しては、将志も銀月を引き取った当初からの懸念事項であり、一刻も早く解決すべき事態なのである。

 その現状を聞いて、今度は霊夢が頭を抱えることになった。


「ねえ、あいつ本当にいつ休んでるの? 朝だってすごく早くからお弁当の仕込みをしてるのに」

「……銀月の睡眠時間は半刻だ。普段はそれで十分らしいのだ」

「半刻って、一時間!? あいつ、今に身体を壊すんじゃ……」

「……それがだ、あいつは『限界を超える程度の能力』によって、それだけの時間で体力を回復できるらしいのだ」


 将志は難しい表情で霊夢の懸念に対して返答する。しかし、彼の表情は決して芳しいものではなかった。

 何故なら、この能力を使った休憩と言うのは銀月の自己申告に過ぎないのである。そして先に述べたとおり、銀月の自己申告はほとんど当てにならないのだ。

 将志としては、じっくり目の前で監視の下に休ませることを考えるほどであるのだが、それでは銀月の気が休まらないので自己申告を飲まざるを得ないのが現状なのであった。

 そんな銀月の話に、霊夢は唖然とした表情を浮かべた。


「つくづく化け物じみているわね、あいつ……」

「……その代わり、銀月はその寝ている一時間の間は何をしようと目を覚ますことはない。以前、眠っている銀月をアグナが起こそうとしたのだが、その時に何をやっても起きなかった」

「あの銀月が家族の呼びかけで起きないなら余程のことね。でも、それくらいでないと逆に怖いわ」


 霊夢は将志の話を聞いて、ホッと胸を撫で下ろした。何故なら、ただでさえ働きすぎの銀月なのである。これで休憩時間をごまかされては、霊夢のほうも全く気が休まらないのだ。それ故に、銀月が少し異常ではあれど、休みを自分なりに取っていることに安堵したのであった。

 そんな霊夢の様子を見て、将志は苦笑いを浮かべた。


「……まあ、実際にそれで体調を崩すことが無いし、以前のように修行のしすぎで倒れることもないのだから、俺としてはそこまで憂慮することも無い。本人の好きなようにさせるさ」

「今でも十分働きすぎだと思うけど……」

「……あれでもマシになった方なのだぞ? 以前の銀月は普通なら本当に血反吐を吐きかねないような修行を、俺達の誰かが止めるまで行っていたのだからな。それも毎日だ」

「銀月ならやりかねないと思えるのが怖いわ……と言うより、そんなに酷かったの?」

「……ああ。週に二、三度は修行禁止令を出すレベルだ。それでも、俺の目の届かないところではまた修行していたのだから、全くもって手に負えん」


 将志は以前の銀月を思い返して、そう言って笑った。将志にとって、銀月の日常が徹底的に身体を痛めつけるような修行から、過度の運動などほとんど無い普通の仕事に切り替わっただけでも遥かに改善された方なのだ。


「……本当に今はまだマシになった方なのね……」


 霊夢は銀月が一日中過酷な修行を積んでいるところを思い浮かべようとするが、考えるまでもなかったので苦笑いを浮かべることしか出来なかった。

 そもそも、現在ですらまとまった時間が出来ると銀月は修行に走るのだ。そんな彼が、丸一日空いているときに修行をしないとは到底思えなかったのだ。

 そんな彼女に対して、将志がふと思いついたように次の話題を振った。


「……ところで、最近銀月の周りが騒がしくなっているようだが、元々は何が原因なのだ?」

「魔法少女が云々ってあれ? あれなら、元はと言えばあんたのところのピエロが間違えて衣装送ってきたのがきっかけよ。それを天狗に見られたのが運の尽きって訳」

「……くっ……天狗共め、いつもいつも面倒ごとばかり起こしおって……」


 霊夢の言葉に、将志は苦々しい表情を浮かべた。将志にとって、天狗は頭領である天魔を筆頭に面倒ごとしか持ってこないと言う印象があるのだ。その魔の手が自分の息子まで伸びていると言うことは、彼にとっては許しがたいことなのであった。

 その一方で、今度は霊夢が一つの疑問を思い出して将志に尋ねることにした。


「天狗と言えば一つ質問。お父さんは天魔と知り合いなの?」

「……ああ。忌々しいことだが、奴とはもう千年近くなる腐れ縁だ。それがどうかしたのか?」

「この前、あんたのところの門番が言っていたんだけど、お父さんと天魔が実は恋人なんじゃないかって噂があるみたいよ」

「……それはない。ああ、断じて違う!」

「えー、本当に?」


 将志が力強く断言したところに、少し気の抜けた酔っ払った少女の声が響く。

 将志と霊夢がその声の方向を見ると、紫色の瓢箪から美味そうに酒を飲む、頭から二本の角が生えた小さな少女が立っていた。


「……む、萃香か。何故ここに?」

「ん~、ちょっと地上がどう変わったのか気になって。それで、美味しいご飯が食べられて、適度に暇を潰せるここに厄介になることにしたんだよ」

「……別にうちに来ても……いや、涼が過労で二度目の死を迎えるからいかんな」


 将志は腕を組み、難しい表情で黙り込んでしまった。銀の霊峰に萃香がやってきたとき、貴重な門番が一人、心労でえらいことになるのが眼に見えているからである。

 そんな彼に対して、萃香は話を続けた。


「それはそうと、実際どうなのよ? 将志、女性関係の噂があちらこちらで立ってるし」

「……俺としては、全くもってどうしてこうなったのかが理解できんのだが……」

「少なくとも、藍はお父さんにベタ惚れよね。お父さんはあいつのことどう思ってるの?」


 考え込む将志に、霊夢がそう質問をする。

 霊夢から見て、知り合いのスキマ妖怪の式である九尾の狐の熱の上げ様は異常とも取れるのだ。そんな彼女に対する将志の気持ちと言うのが、霊夢は気になるのだ。


「……仲の良い親友、と言ったところだ」


 霊夢の質問に対して、将志は少し考えてからそう答えた。

 その返答を聞いて、萃香と霊夢は唖然とした表情を浮かべて将志を見やった。


「ちょっと、そりゃないでしょ。あんたらのしていることはどう考えても親友同士のレベルを超えてるでしょうが」

「……そうなのか? 仲が良い異性からの行為だから受け入れている、ただそれだけなのだが……」

「いや、それはどうかと思うわよ? 別にしたくないなら断れば良いんだし」

「……想いの受け取り手が居ないと女子が悲しむ、そう六花から聞いているのだが……」


 二人の言葉に、将志はいたって真面目にそう言って返した。その眼はとても澄んでおり、純粋にそう思っていることが見て取れた。

 そんな将志の返答に、萃香と霊夢は顔を手で覆って俯き、盛大にため息をついた。


「あー……あいつが原因かぁ……」

「……銀月も、変なこと吹き込まれてないでしょうねえ?」

「お~い、兄ちゃーん!」


 二人が全ての元凶である将志の妹の姿を思い浮かべていると、突如として外から幼い少女の声が聞こえてきた。

 その声に呼ばれた将志がそちらを向くと、くるぶしまで伸びた燃えるような紅い髪を三つ編みにして青いリボンで留めた幼い少女の姿があった。


「……む、アグナか。どうしたのだ、こんなところまでっ」

「……えへへ~♪ 捕まえたぜ、兄ちゃん♪」


 将志が言い終わる前に、アグナは将志の首に抱きついてその唇を奪い、嬉しそうな顔で頬ずりをした。

 そんな彼女に、将志の身体は石のように固まった。


「……待て、それは今日だったか?」

「あ、酷いぜ兄ちゃん! 俺は一ヶ月間ずっと楽しみにしてたってのによ……」


 将志の言葉に、アグナはふくれっ面をしながら彼の頬を両手で掴み、逃げられないように固定する。そのオレンジ色の瞳には異様なほどに熱が篭っており、吐息にも熱い感情がこぼれだしていた。

 その様子を見て、将志の顔は見る見るうちに蒼く染まっていった。


「……せめて人前は避けて、んむっ」


 将志は何とか制止しようとするも、アグナはそれに構わず将志の唇を強引に奪いにかかった。

 唇を強く押し当てて相手の口を塞ぎ、言葉を紡がせまいとばかりに将志の唇を吸い、甘噛みする。そして将志が慌てて唇を離すと、アグナは艶っぽいため息をついた。


「……はぁ……やだ。俺の楽しみをすっかり忘れてたんだから、俺もその言葉は忘れてやる」

「お、おい!? うぐぅ!」


 アグナはそう言うと、将志を強引に押し倒した。将志は気を失わないように受身を取るのが精一杯で、完全に主導権をとられてしまった。

 そんなアグナに襲われている将志を見て、萃香が乾いた笑みを浮かべて彼を見た。


「……ねえ、将志。あんた、アグナにまで手を出したわけ?」

「んっ……俺はっ、アグナに何かした覚えはっぷ、一切無いぞっ」


 将志はアグナの猛攻を受け、口をふさがれながら萃香の言葉に答える。

 そこに余裕など全くなく、口元はお互いの唾液で既にべたべたになってしまっていた。


「はぁ……へへっ、痺れてきたぜ……兄ちゃん、今日の俺は激しいから覚悟しろよ?」

「待て、せめて人のいないところで、むぐっ!」

「もう待てねえよ……んちゅ……俺との約束忘れてた兄ちゃんが悪いんだろ……むちゅ……」


 将志はお互いの顔の間に手を入れて止めようとするが、アグナはその手を即座に振り払って相手の唇に喰らいつく。

 彼女にとって重要なのは将志に甘えて深く触れ合うことだけであり、周囲から見られることなどはどうでも良いようである。

 しかし、それを黙って見ているわけには行かない者が約一名。


「ちょっと、人のうちでいきなり何してるのよ! せめて他所でやりなさい!」

「やだ……ちゅ……俺、もう我慢できない……」


 霊夢の言葉にアグナはほとんど聞く耳をもたず、甘い吐息を吐きながらひたすらに将志に触れ合い続ける。その行為はどんどんエスカレートしていき、相手の舌を吸い出したり、自分の舌で相手の口の中をかき回したりしていた。

 そんな彼女の様子に、霊夢は御幣を握り締めた。


「こうなったら力尽くで……」

「っ、よせ! 今アグナを邪魔するとここが火事に、んっ!」

「……もう、兄ちゃんいつも余所見ばっかり……月に一度なんだから、今日くらい俺だけに構ってくれよ……」


 実力行使にでようとする霊夢に、将志が慌てて制止の声を上げる。しかし、アグナはそんな将志の顔を掴み、強引に自分の方を向かせて唇を奪う。

 そんな一心不乱な様子の彼女に対して、霊夢の堪忍袋の緒がぷつりと切れた。


「この、いい加減に!」

「やめといたほうが良いよ、霊夢。将志の言うとおり、これで邪魔したら本当に神社が灰になっちゃうよ。アグナの強さは知ってるでしょ?」

「うっ……」


 御幣を振り上げる霊夢の手を、萃香が横から握ることで攻撃を食い止めた。

 その彼女の言葉を聞いて、霊夢はひやりとしたものを感じた。霊夢はは天まで届くような炎を噴き上げるアグナの力の強さを実際に目の当たりにしている。今彼女の邪魔をするとその力が自分に対して容赦なく向けられ、それを避けられたとしても神社が火事になることは避けられないと感じたためであった。


「……アグナ、忘れていたのは悪んっ……あ、後で埋め合わせはするから、今はっ……」

「うるせえ……俺は今怒ってんだ……周りがどう思おうが知らねえよ……邪魔をする奴は、みんな灰にしてやる」


 将志は必死でアグナを宥めようとするが、どうすることも出来ない。今のアグナは燃え尽きるまで止まれない、愛に飢えた獣のようであった。

 そんなアグナを見て、萃香が少し呆然とした様子で頬をかいた。


「うわぁ、アグナってば本当に激しいね。何と言うか、将志が襲われてるみたい」

「と言うより、何がどうしてこんなことになってるわけ?」

「私に聞かれても知らん。まあ、アグナの気が済んでから聞くとしよう」


 萃香はそう言うと絡み合う二人の前に腰を下ろし、腰の紫色の瓢箪から酒を飲み始めた。

 それを見て、霊夢は呆れた眼を彼女に向けた。


「……あんた、これ見てる気?」

「もちろん。だって、あの将志がこんなに慌てる姿なんて滅多に見れないもの。じっくり楽しませてもらうよ」


 そう言うと、萃香は完全に翻弄されている将志を見てニヤニヤと笑うのであった。




「はぁ……続きは後でな、兄ちゃん♪」

「…………」


 ひとしきりやりたい放題してすっきりしたアグナが、幸せそうに満たされた表情でその相手の唇に軽くキスをする。

 一方やられ放題だった将志はと言えば、そのあまりの激しさに完全に燃え尽きてしまっていた。

 そんな二人を見て、萃香は完全にグロッキーな将志に面白そうな表情を浮かべ、霊夢は幼女に襲われる青年と言う異様な光景に少し赤い顔をしていた。


「おお、すごいすごい。あの将志が完全にノックアウトされちゃってるよ」

「と言うより、お父さん。キスするのは慣れてるんじゃないの?」

「……未だに、アグナのこれだけは慣れん……嫌と言うわけではないのだが……何と言うか、獣に襲われているような感じがしてな……」


 そう言いながら仰向けの状態から横に転がり、起き上がろうとする将志。しかし、強烈な疲労感に襲われてうつぶせの状態から起き上がることが出来ない。

 その言葉を聞いて、萃香と霊夢は納得して頷いた。


「うん、傍から見てても襲われてるようにしか見えなかったよ」

「そうね。だって今のお父さん、ルーミアやレミリアに襲われた後の銀月みたいだもの。こういうところまで親子なのね」

「……何と言うことだ……」


 二人の言葉を聞いて、将志はがっくりとうなだれた。

 そんな将志に、アグナがジトッとした視線を送る。


「兄ちゃん、獣に襲われるってどういうこった?」

「……いや、済まない……あまりにお前の押しが強すぎてな……」

「だらしねえなぁ……兄ちゃん男なんだから、あれぐらいどーんと受け止めろよ」

「……努力はしてみよう……」


 呆れ顔のアグナに対して、将志はうつ伏せに倒れたまま、疲れ果てた声で答えるのであった。

 そんな将志に、萃香が声をかける。


「それにしても、アグナも堕としてるんだね、将志は。ホント、どこまで女誑しなんだか」

「おい、俺を堕としたってどういうこった?」

「将志がアグナを惚れさせたってことだよ」

「惚れるも何も、俺と兄ちゃんは家族じゃねえか。好きで当たり前だろ?」


 萃香の言葉に、キョトンとした表情でアグナはそう答えた。

 それを聞いて、霊夢と萃香は一瞬アグナが何を言ったのかを理解できずに固まった。


「……ん? ねえ、今なんて言った?」

「だから、家族なんだから、好きなのが当然じゃねえか。そんなに不思議なことか?」

「……お父さん?」

「……皆まで言うな。アグナは昔からこんな感じなのだ。家族愛と友愛と恋愛の区別が付いておらんのだ……」


 愕然としている霊夢に対して、将志はゆっくりと体を起こしながらそう答える。

 それに対して、萃香が苦笑いを浮かべた。


「いずれにしても、将志が酷い誑しなのは変わらないけどね」

「……俺は誰も誑しこんだ覚えなどないのだが……」

「よく言うぜ、全く。包丁の姉ちゃんが持ってる恋愛小説の伊達男みたいな台詞を、しょっちゅう喋ってるくせに」

「……そうか?」

「じゃないと、女誑しだなんて言われないって。まあ、天然って言うくらいだから自分じゃ気付かないのかもしれないけどさ」

「……解せぬ」


 アグナと萃香のダブルパンチを受けて、将志は理解できないといった表情で力なく首を横に振った。

 この男、自分がどう見られているのかと言うのが相変わらずちっとも理解出来ておらず、また自分のことにあまりに無頓着である。

 将志は一つ息を吐くと、ゆっくりと立ち上がった。


「……まあ良い。そろそろ昼時だ。銀月のことだから、弁当を作ってあるのだろう?」

「あるけど、二人分しかないわよ?」

「……構わんよ。俺は自分で作るからな」


 将志はそう言うと、懐からたすきを取り出して背中にかける。

 そんな彼を見て、萃香がキョトンとした表情で首を傾げた。


「……なんか随分気合入ってるけど……どうしたの?」

「……ふっ、そろそろあいつに火をつける頃合だと思うからな。少し挑戦状を送りつけてやるのだ」


 将志はそう言うと、台所のほうへと歩いていった。


「……なあ、萃香の姉ちゃん。最近の兄ちゃん見て、どう思う?」


 アグナは将志が台所に向かうのを見送ると、いつになく真剣な表情で萃香に語りかけた。

 それを聞いて、萃香は何とも言えない難しい表情を浮かべた。


「私は前の仏頂面しか知らないから何ともいえないけど……将志、随分変わったね」

「あー……そういや、兄ちゃんが変わる前に地底に潜ったんだっけ。兄ちゃん、ある日いきなり人が変わっちまった様に表情が豊かになったんだよな。まあ、俺は今の兄ちゃんの方が好きだけどな」

「それで、お父さんがどうかしたの?」

「兄ちゃん、最近どうにも様子がおかしいんだ。話しかけても上の空だったり、仕事中に唸ってたりでよ。今だって様子がおかしいし」

「どうして?」

「だってよお、ただでさえ仕事の忙しい銀月の仕事量を増やすようなこと、兄ちゃんが今までしたことがあったか?」


 アグナは今しがたの将志の行動を指して、そう問いかけた。

 その言葉を聞いて、霊夢はしばらく考えると納得して頷いた。

 何故なら、先程まで銀月の働きすぎを心配していたのに、今取っている行動は銀月を修行に駆り立てるような行為なのだからである。


「……そう言われてみれば、妙な話ね。確かにお父さんは今まで銀月にあれしろこれしろとは言ってなかったし、今みたいに銀月を焚きつけることもしてなかったわね」

「だろ? 兄ちゃん、いったいどうしちゃったんだろうな……」

「ねえ、アグナは何も聞いてないの?」

「俺は何も聞いてねえよ。ピエロの姉ちゃんも包丁の姉ちゃんも何も聞いてねえ。どうにも、俺達にも言えない話みてえだな」

「お父さんの悩みって、やっぱり銀月関係かしら? お父さん、相当の親馬鹿だし……」


 霊夢は最近の将志の様子を思い出しながらそう口にした。近頃は銀月の顔と名前があちらこちらに浸透しだしており、それが原因で様々なトラブルを起こしかねない状態であるからであった。


「いや、それはねえと思うぜ。もし兄ちゃんの悩みが銀月絡みだったら、絶対に俺達に相談するはずだからな」


 しかし、その言葉にアグナは首を横に振った。

 何故なら、銀月は将志だけでなく、愛梨、六花、アグナ、涼、ルーミアにとっても家族のようなものなのだ。つまり、銀月の問題はともすれば彼女達にも降りかかってくるものであり、将志が相談しないはずがないのである。

 その言葉を聞いて、萃香がその状況を理解して頷いた。


「だね。霊夢にもあいつの状況を聞きに来るぐらいだし、関係者総出であいつに当たってるんだろうね」

「じゃあ、いったいどうしたのかしら?」

「んなこと俺の方が知りてえよ。兄ちゃん、滅多なことじゃああはならないんだし」


 アグナはそう言うと深々とため息をつき、会話が途切れる。

 すると、萃香がふと思い出したように口を開いた。


「ところで霊夢。あんた、将志のことをお父さんって呼んでるの?」

「銀月のお父さん、って言うのは面倒でしょ。それにこれで通じてるんだから良いじゃない」

「いやぁ、もしかして義理の父と書いてお義父さん(おとうさん)って呼んでるんじゃないかと思って」


 萃香はニヤニヤと笑いながら霊夢に向かってそう言った。

 それを聞いて、霊夢の顔が一気に蒼く染まった。


「ちょっ、馬鹿……」

「……ほほう? そうなのか、霊夢?」


 次の瞬間、絶対零度の言葉と共に霊夢の顎の下に横から冷たい金属がひたひたと押し当てられる。その金属は両端が鋭利な刃物になっており、笹葉型の槍の穂先であることが分かった。


「私はそんなこと一言も言ってないわよ! だからその物騒なものしまいなさい!」


 それに生命の危機を感じ、霊夢は慌てて冤罪を主張したのであった。

 そんな二人を見て萃香はけらけらと笑い、アグナは呆れ顔でため息をついた。


「あはは、随分過激なことするねえ、とっつぁん。そんなに息子が可愛い?」

「……親なら子供を守ろうとするのが普通だろう?」

「……兄ちゃん。こりゃ明らかにやりすぎだぜ。ぽっと出の奴ならまだしも、十年くらい一緒に居る奴だぜ? その間何にもなかったわけだし、銀月も気を許してる奴を警戒してもしょうがねえじゃねえか」

「……最近は銀月に対して邪な感情を向けるものが増えてきたからな。用心するに越したことはない」


 将志は冷たい視線で霊夢を見つめながらそう口にする。息子の幼馴染すら油断ならんと言わんばかりのその眼光は、周囲を呆れさせるに十分であった。

 しかしその一方で、萃香が少し納得した様子で頷いた。


「ホント何なんだろうね、あれ。変な宗教みたいになってるし……」


 萃香は少し困惑した表情でそう口にした。自分が見ていない間に起きた天狗や人間達の変化についていけないのだ。

 それは例えるならば、静かで大人しかった友人が熱狂的なアイドルオタクに変貌をしていたようなものであった。

 そんな彼女の言葉を聞いて、霊夢も苦い表情を浮かべて頷いた。


「正直、見た目や仕草が可愛いって言うのは納得できるわ。けど、あんな気持ち悪い集団が出来るとは思わなかったわ……」

「聞いた話だけどよ、銀月の周りの連中にも被害が出始めてるみたいだぜ」

「周囲の被害?」

「よく分からねえけど銀月とかダチの人狼の写真が出回ってるみたいで、それを見た姉ちゃん達が怖い顔して出かけていったぜ」


 アグナはよく分かっていないような表情で、首をかしげながらそう口にした。

 実は銀月やギルバートが撮られた写真は、私室で就寝中の寝顔など、かなりプライベートを侵害している盗撮まがいの写真まで載っていたのだ。それを見て、愛梨達が犯罪者をお仕置き部屋に叩き込んだのであった。

 それを聞いて、将志が陰鬱な表情で口を開いた。


「……なるほど、時折感じる邪な気配は写真撮影か……」

「ん? 心当たりがあるのか、兄ちゃん?」

「……何がしたいのかは分からんが……どうにも寒気のする視線を感じるときがあってな……正直辟易しているのだ」


 実のところ、銀月の父親である将志を写真に収めようとする者もいるのだ。

 もっとも、将志はその視線を感じた瞬間即座に逃げているので、彼を捉えた写真は無いのだが、そのあまりのしつこさにうんざりしているようである。


「お父さんにも被害があるのね……」


 苦い表情を浮かべる将志に、霊夢はまるで他人事のようにそう口にした。

 なお、実際には愛梨や六花、アグナなど、銀月の周囲の女性達の写真も出回っているのである。その中には当然霊夢や魔理沙の写真も含まれているので、実際には全く他人事ではないのだ。

 そんな霊夢に、萃香が何か思い出した様に声を上げた。


「そういえば、天狗の新聞にも色々書いてあったね……銀月だけじゃなくて、ギルバートとか霊夢とか、関係者のことがいっぱい書いてあったよ」

「ねえ、その新聞、ある?」


 霊夢はそう言って手に持った御幣を握り締める。自分のことが載っているとなれば、流石に他人事とは思えないようである。

 しかし、そんな彼女に萃香は首を横に振った。


「ないよ。天狗達、私の姿を見るだけで逃げちゃうんだもの。新聞は盗み見ただけだし」

「……いずれにせよ、ろくなことは書いてなかろう」


 そう言って首を横に振る将志に、一向は沈黙を持って是とした。

 しばらくの沈黙の後、萃香が沈黙に耐えられずに口を開いた。


「ところで新聞に書いてあったんだけど、鑑 槍次って将志のこと?」

「……そうだが?」

「しょっちゅう妖怪の山を荒らしまわってるみたいだけど、何で?」

「……哨戒天狗達の教導のためだ。天魔にも要請を受けているし、そのための情報操作も頼んでいる」


 相も変わらず、将志は天狗達の指導のために妖怪の山に出向いては稽古をつけている。実際のところは人間として山に突撃し、一方的に蹴散らしているだけであるが、哨戒天狗達は彼を倒そうと躍起になって特訓を重ねるようになったのだ。

 自分の正体がばれないように百数年おきに数十年程度の話であるが、それによって哨戒天狗達はかなり鍛えられているのであった。

 なお、哨戒天狗達に将志が鑑 槍次と名乗ったことは無く、天狗達が勝手にそう呼んでいるだけの話である。


「じゃあ、最近そのやり方が過激になってきたのは?」

「……銀月をくれと言う奴があまりに多いのでな。ついでに逐次殲滅しているだけだ」

「だから殲滅って……」


 力を込めてそう言い放つ将志に、霊夢はそう言って呆れ顔を浮かべた。

 ところで、お気づきの方もいらっしゃるとは思うが、銀月が銀の霊峰の首領の息子だということは天狗達にとっても周知の事実である。しかし、実際には天狗達は自分の山を襲撃する人間に対して息子をくれと言っているのである。

 ……つまりはまあ、そういうことである。


「けど、分からなくも無いよ。銀月、話だけ聞いてれば本当にお嫁さんにピッタリだもの。男だけど、見た目も可愛いし」

「あー……あいつ、やたらと気が回るからな。話していて退屈しないし」

「本当にそうよね。銀月って私が話しやすいように相槌を打ってくれるから、話していて楽しいのよね」


 萃香の発言に、アグナと霊夢も納得して頷く。

 それに対して、将志も普段の銀月の様子を思い出して頷いた。


「……ふむ。確かに銀月は聞き上手であるな」

「将志と違うのはそこだよ。将志はどっちかと言えば冷たい感じがして、少し話しづらいんだよ」

「……仕方あるまい。これが俺の性分なのだからな。しかし、割と話しかけてくる者は多いのだがな?」


 将志はため息混じりにそう言うと、不思議そうな表情でそう口にした。

 その言葉を聞いて、その場にいた女性陣は一斉に大きくため息をついた。


「……だ~めだ、こりゃ」

「兄ちゃん、本当に気が付いていないのか?」

「お父さん、私だって少しは聞いたことあるのよ?」

「……何がだ?」


 三人の言葉を聞いて、将志は相も変わらず訳が分からない様子で首を傾げた。

 それに対して、萃香が呆れた表情で将志に語りかけた。


「あんた、結構人気あるんだよ? 見た目も凛として格好良いし、冷たい感じがするけどすごく魅力的って言う女の子が居るんだよ」

「……そうなのか?」

「藍もぼやいていたわよ。『将志は自分の立ち振る舞いが周りにどう映っているかの自覚が無さ過ぎる。どう贔屓目に見ても二枚目の部類に入るのだから、もう少し女子を勘違いさせるような言動を控えて欲しい』って」

「……銀月やギルバートの方が人気がありそうなものだがな?」

「それとこれとは別だぜ。兄ちゃんの場合、あいつらとは方向性が違うし。と言うか、兄ちゃんは自分の格好良さにもうちょっと気付けよな」


 自分が周囲からどう見られているか、それを将志に説く三人。

 事実、将志はかつて鈴仙が話したとおり、月で全く顔も知らないような相手からアイドル的な好意を持たれる程度には顔立ちが整っているのである。当然ながら、人里で娯楽に飢えている婦女子の話で槍玉に上げられることもあるのだ。

 将志はそれに対して反論をするが、段々といたたまれないといった表情になっていった。


「……何と言うか、面と向かってこういうことを言われると、些か気恥ずかしいものがあるのだが……」


 将志はほんのり頬を染めて、眼をそらしながらそう口にした。自分の周囲の外に関してあまり興味のない将志は、外野に何を言われようが特に気にすることはないのだが、その内側の人間である萃香や霊夢、特に近いアグナにそのようなことを言われると無視は出来ないようであった。

 そんな将志の表情を見て、萃香がニヤニヤと笑った。


「へぇ……将志、こうして話してみると案外純朴で可愛い表情するんだね。なんて言うの、ギャップ萌えって奴?」

「……俺が可愛いなど、世迷言を……」

「お父さん、ひょっとしてこういう言葉は銀月以上に慣れてない?」

「……慣れるわけが無かろう……男が可愛いといわれるなど、あっていいはずが……」


 将志は苦々しい表情を浮かべながら、霊夢の質問に答えた。普段から人とよく話す銀月に比べて口数の少ない将志は、銀月以上にこのような言葉への耐性がないようである。

 その様子を見て、萃香が満面の笑みを浮かべて将志の頭を撫で始めた。


「そう言っているあんたの照れた表情、とってもカワユイなぁ♪ 可愛いものは可愛いんだから、仕方ないじゃん♪」

「……っ! それ以上言うなぁ!」


 将志はそう言うと、萃香の頭に拳骨を振り下ろした。

 振りぬかれてはいないが、手加減もされていないその一撃に、萃香は頭を抱えてうずくまった。


「あいったぁ!? 叩くことはないじゃないか!」

「やかましい! あんなことを言うお前が悪い!」

「この、やる気かぁ!?」

「……やれるものなら、やってみるが良い……」

「……すみませんでした……」


 睨みを利かせて冷たく鋭い殺気を向けてくる将志に、萃香は平身低頭土下座をした。

 いくら戦いが好きとはいえ、遊びで十中八九命を落とすような、例えるならば素手の一般市民が白鞘を持ったヤクザに喧嘩を売るような戦いはしたくないようである。

 そんなやり取りをする二人の横で、霊夢は意外そうな表情で将志を見ていた。


「お父さん、普段クールだけど、こうしてみると意外と表情変わるのね……」

「…………」


 霊夢がそう呟く横で、アグナが何も言わずにスッと立ち上がる。彼女は拳を堅く握り締めて俯いていた。

 そんな彼女の様子を見て、霊夢が声をかけた。


「どうしたのよ、アグナ?」

「……ダメだ、我慢できない」


 アグナはそう言うと真っ直ぐに将志に向かって飛びついた。

 将志はとっさに彼女を受け止め、不思議そうな表情でアグナを見やった。


「……アグナ?」

「兄ちゃん可愛いよ、兄ちゃん……」

「なっ……お、落ち着けアグナ、んむっ!?」


 興奮した様子のアグナに将志が蒼褪めると同時に、アグナは将志の唇を不意打ち気味に奪い去る。

 彼女はトロンとした恍惚の表情で将志の口を舌でこじ開け、歯茎をなぞり、舌を絡め、相手の唾液を啜る。

 その炎のように情熱的な口付けを受け、将志は完全になすがままになってしまった。

 しばらくして、息の続かなくなったアグナが口を離すと、二人の口に銀色の橋がかかった。


「はぁ……兄ちゃん……兄ちゃん、兄ちゃん……」


 アグナは色気のある熱い吐息を吐きながら、将志の耳を甘噛みする。

 その瞬間、将志の全身を激しい電流が走り、彼は大きくのけぞった。


「んくっ!? な、何を……」

「ちゅっ……狐の姉ちゃんから聞いてんだ……兄ちゃん、耳が一番気持ち良いって……」

「っ、よ、よせ……んっ!?」

「やらぁ……俺、兄ちゃんと気持ちよくなりたい……」

「っ、っ!?」


 将志は慌ててアグナを引き剥がそうとするが、アグナに耳を弄られているせいで上手く力を入れることが出来ない。

 それに対して、アグナはどんどん力の抜けて行く将志に頑張って仕掛けていくのであった。


「……わ~、アグナってば、すごい事言うね~」

「全く、何をやってるんだか……」


 将志に襲い掛かるアグナを見て、萃香が呆然とした表情を浮かべ、霊夢は呆れ顔でそう口にした。

 そんな霊夢に、萃香はにやりと笑って肘で彼女のわき腹をつついた。


「あれ~? 霊夢は人のこと言えないでしょ~? ほら、この前銀月に……」

「うっ!? あ、あれは酔った勢いで……」

「けど、あの時の霊夢は本当にこのアグナみたいな状態だったんだよ? 何してたか判らなくなってたにしても、結構すごいことしてたんだから」

「うぐぐ……」


 ニヤニヤと笑う萃香に、耳まで赤くなった霊夢は何も反論できなかった。

 アグナのように相手をキス責めにしたわけではないが、酔った勢いで銀月を涙眼になるまで弄り回したのは否定できないからである。


「それで~? 銀月はどこが一番弱いのかなぁ?」

「……教えないわ」


 萃香の質問に、霊夢は顔を真っ赤にしたまま俯いてそう答えるのであった。




 しばらくして将志が再びアグナから開放されると、彼は机の上に力なく倒れ伏した。

 そんな将志に、霊夢がそっと声をかける。


「……お父さん? 大丈夫?」

「……俺はもうだめだ……」

「はぁ……兄ちゃん……」


 疲れ果てた声で話す将志の背中で、アグナがため息と共にそう口にする。

 その声には幼い見た目にそぐわない色気が含まれており、まだ余熱が残っている様子であった。

 そんな彼女の様子に、萃香が苦笑いを浮かべた。


「アグナったら色っぽい表情しちゃってまあ。それにしても、こんな濃厚なキスの仕方、どこで覚えたの?」

「……そ、それは……」


 萃香が質問をすると、アグナは一転して恥ずかしげな表情を浮かべて俯いてしまった。どうやら、何か後ろめたいことがあるようである。

 その様子が気になって、萃香が質問を続ける。


「それは?」

「……鬼神の姉ちゃんが、練習しなきゃダメだって言うから、そ、その……じ、実際にしてだな……」

「ごめん将志! うちの母が多大なるご迷惑をおかけしましたぁ!」


 アグナの返答を聞いて、萃香は将志に向かって深々と土下座を決め込んだ。

 それは見事なまでの平謝りであり、自らの母親なら間違いなくやると思ったためであった。


「……伊里耶め……」

「あぅぅ……兄ちゃんのためとはいえ、俺、何で女同士でやっちゃったんだよ……」


 その言葉を聞いて将志は疲れた声で伊里耶に対する恨み節を口にし、アグナは自分のしてしまったことに顔を手で覆った。

 そんな二人の様子に、霊夢がふと思い出したように将志に話しかけた。


「ところでお父さん。お料理は良いの?」

「……料理なら既に完成している。だから心配することはない」

「そう。それじゃあ、みんなでお昼にしましょう。私もうお腹ペコペコよ」


 そう言うと、霊夢は台所まで歩いていくのであった。





「ただいま」


 将志やアグナが銀の霊峰に帰り、萃香が涼を弄るためについていった後、銀月が紅魔館での仕事を終えて帰ってきた。

 その銀月を、霊夢が笑顔で出迎える。


「お帰り、銀月。もうご飯できてるわよ」


 霊夢がそういった瞬間、銀月は凍りついた。


「え……霊夢が、料理したの?」


 銀月は少し泣きそうな、淋しそうな表情で霊夢にそう問いかけた。それはまるで自分の存在意義を取られたとでも言いたげな、切ないものであった。

 そんな彼を見て、霊夢が苦笑いを浮かべてその質問に答える。


「料理したのは私じゃないわよ。あんたのお父さんが、あんたのために作っていったのよ」

「父さんが? どうしたんだろう……」


 銀月はホッとした様子でそう言うと、台所にある料理を見に行った。

 そこに並んでいたのは、冷めてもなお薫り高い鶏肉の香草焼きと、安らぐような香りを放つ冷製のグリーンポタージュが並んでいた。それらの料理は何故か一食分とは言わずかなりの量が作られていた。

 銀月はその料理を見ると、香りをかぎ、一口ずつ食べる。そして、銀月は驚きの表情を浮かべた。


「っ!? この料理、父さんの秘伝レシピだ……それにこの量……よし」


 銀月はそう言うと、即座に戸棚にある香草類に手をつけ、調合を始めた。香草焼きを時折かじっては口の中で転がし、香りを確かめながら香草の種類と量を慎重に決めていく。

 突然料理を始めた銀月に、霊夢は唖然とした様子で話しかけた。


「銀月? もうご飯なら出来て……」

「先に食べてて! 父さんがこうして教えてくれたんだ! この滅多にないチャンス、何としてもものにしてみせる!」


 銀月は霊夢に眼を向けることなく、やたらの熱の篭った声でそう言うと、ひたすらに調合を続けるのであった。


「……本当に銀月に火がついた……もう、お父さんってば、何でこんなことしたのかしら……」


 そんな銀月に、霊夢は彼を焚きつけた父親にぶつぶつ文句を言いながら食事の仕度をするのであった。



 翌日、弁当屋は臨時休業することになった。



 はい、伏線一つ入りました~ 見るからにでかい釣り針ですね~


 それはさておき、久々に将志の主役回です。

 今回は銀月側のパートナー、霊夢との会談でした。

 メインとなるのは、将志の霊夢に対するキャラ崩壊ですね。

 どうしてこんなことをしたのかと言えば、将志の出番をもっと増やすためです。

 今まで霊夢が将志に対して持っていたイメージは、よく分からないけど無愛想で厳しい神様と言うイメージでした。

 しかし、今回話したことで将志が意外と親しみやすい性格であると分かったので、今後銀の霊峰へ遊びに行くことも増えると言うわけです。


 で、実際の内容ですが……アグナが久々にやらかしてくれました。

 鬼神こと伊里耶さんに色々吹き込まれ、さらには藍しゃまに将志の弱点を教えられたりと、もう将志には手がつけられません。

 その一方で、アグナが口にした将志の変化。

 萃香も懸念しておりますが、将志は一体どうしてしまったのでしょうか?


 では、ご意見ご感想をお待ちしております。


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