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銀の槍のつらぬく道  作者: F1チェイサー
永い夜と銀の槍
146/175

銀の月、謝罪する


 宴会の翌日の朝、博麗神社では朝食の時間となっていた。

 机の上には人数分の食事が並び、おいしそうな湯気を立てている。


「悪かったって、霊夢。まさかここまで怒るとは思わなかったよ」

「……」


 そんな中、白装束の少年が不機嫌な巫女にそう話しかけていた。

 今朝方酔った勢いで起こしたことを銀月にからかわれた霊夢は、その言葉に耳を貸さずにもくもくと食事を続ける。

 そんな霊夢に、銀月は小さくため息をついた。


「それはそうと霊夢。今日は何で俺の膝の上で朝ごはん食べてるんだい?」

「……いいじゃない、どこで食べても」


 銀月の質問に、その膝の上にどんと鎮座している霊夢はぶすっとした表情で食事を続ける。

 当然ながら、霊夢の目の前には二人分の食事が置かれており、銀月は目の前の霊夢を避けながら食べづらそうにしていた。

 そんな銀月をよそに、自分の分の卵焼きを食べ終えた霊夢は、その隣に置かれている卵焼きに箸をつけた。


「って、それ俺の!?」


 それに気付いた銀月は慌てて声を上げるが、霊夢は気にせずにその卵焼きを食べる。

 そしてゆっくり味わってから飲み込んで、銀月の質問に答えた。


「……私の前にあるのだから私のものよ」

「そんな横暴な!? って、それが目的か!」

「気付くのが遅いわよ。ざまぁみなさい」

「くぅ……」


 霊夢はむすっとした表情のまま、銀月の分のおかずを次から次へと奪取していく。銀月はそれに対して抵抗するが、目の前に座る霊夢が邪魔して上手く妨害できない。

 その結果、銀月の朝食は見るも無残な状態になってしまうのであった。


「あははは、朝もはよから仲良しだね、二人とも」


 そんな二人に、頭に二本の角が生えた小さな鬼が笑いながら声を掛けた。

 萃香は地上に出てきたばかりで宿がないため、博麗神社に泊まったのであった。彼女は銀月の正面に座っており、銀月の手料理が目の前に置かれていた。


「俺の朝食が犠牲になったけどね……」

「まあ、元気だしなよ。それはそうと、やっぱりあんたも随分と料理が美味いね。流石は将志の息子だよ」

「そりゃ、父さんに教わっておきながら試作以外で不味い料理作ったら、父さんに申し訳が立たないよ」


 るーるーと悲しげに涙を流す銀月に、萃香は朝食に舌鼓を打ちながら声を掛ける。すると、銀月は少々凹み気味の声でそう答えた。

 萃香はそんな銀月に、一息ついてから再び声を掛けた。


「こういうことなら、地底の時もあんたに料理を作ってもらえばよかったよ。と言うわけで、当分は厄介になるんで宜しく」

「はぁ!? 突然何を言い出すのよ、あんた!?」


 突拍子もない萃香の発言に、霊夢が不満の混じった驚きの声を上げる。神社に鬼が住み着くなど考えられない上に、とても面倒であるからである。もっとも、その面倒は銀月に降りかかることになるので、霊夢にはあまり関係ないのだが。

 そんな霊夢に、萃香は苦笑いと共に頬をかいた。


「いやね、最初は銀の霊峰に厄介になろうと思ったんだけどね、どうにも調子が狂うんだよ」

「調子が狂う?」

「どうにも、将志の様子が少しおかしい気がしてね」

「……父さんの様子がおかしい?」


 萃香の一言に、銀月の眉が吊り上げられる。自分の敬愛する父親の様子の変化を聞いて、興味を持ったようである。

 そんな銀月に、萃香は頷いて話を続ける。


「そう。話をしてもどこか上の空で聞いてるときがあったし、空をボーっと眺めたりしていることも多かったんだ。だから、しばらくの間はそっとしておこうと思って」


 萃香の言葉を聞くと、銀月は顎に手を当てて考え込んだ。

 そしてしばらくすると、小さくため息をついた後に少し頷いた。


「……そう。分かった。ちょっと注意してみるよ。ところで萃香さん」

「ほえ?」

「何で涼姉さんがそこで口からエクトプラズムを吐き出してるのさ?」

「……はらひれはらほれ~……」


 銀月がそう言いながら萃香の隣に目をやると、そこでは頭に鉢金を巻いたポニーテールの少女が、口から形容しがたい霊魂のようなものを吐き出していた。

 その黒い髪はぼさぼさであり、土気色の顔からは体調が最悪の状態であることが見て取れた。

 そんな彼女を見て、萃香は苦笑いを浮かべた。


「ああ、昨日は私とずっと飲んでたからね。つい加減を間違えて、徹底的に酔い潰しちゃったんだよ」

「……涼姉さんが鬼を苦手になった理由がよく分かる気がするよ」


 銀月はそう言いながら苦い表情を浮かべた。何故なら、萃香は常に瓢箪の中のきつい酒を飲んでいる酒豪である。その彼女が徹底的に酔い潰したとなれば、どれほどの酒を飲まされたのか想像もつかなかったからである。

 その一方で、霊夢は少し苛立たしげに萃香に話しかけた。


「それよりも、銀の霊峰がダメだからって、何でうちになるのよ? 紫と知り合いなら、紫の家に行けば良いじゃない」

「それがねぇ、私は紫の家を知らないんだよ。あいつの家って、毎回毎回場所が変わるから、一度行った場所にあるとは限らないんだよね。で、妖怪の山は私一人でびくびくしてるからつまらないし……と言うわけで、銀月と言う知り合いがいてご飯が美味しいここに居座ろうと思ったわけです」

「何でよ? 銀月のお父さんは自力でしょっちゅう紫の家に行ってるって話よ?」

「霊夢。父さんはマヨヒガが場所を移すたびに、藍さんから場所を伝えられてるんだよ。父さん、藍さんの戦闘指南をしてるからね」


 霊夢の疑問に、銀月が横から答える。

 実は正確には将志は藍から家の場所を伝えられているわけではない。何故なら、マヨヒガの移動する場所はかなり適当であり、口頭で説明するのが難しいからである。

 実際には、家を移動するたびに藍が将志をマヨヒガに呼び出し、その立会いの下で家の位置を動かしていたのだ。当然ながら、藍が将志を呼び出す口実に使っているだけのことである。

 その話を聞いて、萃香がキョトンとした表情を浮かべて銀月を見た。


「え、あの九尾の狐、将志に弟子入りしてたの?」

「うん。藍さんが大昔に父さんに頼み込んだみたいで、もうずっと稽古をつけてるんだって。単純な戦いなら、たぶん紫さんよりも強いんじゃないかな?」

「あの紫よりも強い九尾の狐かぁ……うん、今度やりあってみるのも面白そうだね。将志、一体どんなことを教えたんだろうなぁ?」


 銀月の話を聞いて、萃香はそう言いながら眼を輝かせた。どうやら藍と戦うのが楽しみになったらしく、期待に胸を膨らませているようである。


「……個人的には、父さんが毎回毎回体のどこかにキスマークをつけて帰ってくるほうが気になってたけどね」

「そうだった……将志って、天然誑しで有名だったね……いま、何人噂になってる?」


 苦い表情の銀月の言葉を聞いて、萃香も苦笑いを浮かべる。どうやら鬼の間でも、将志の女性関係は有名だったようである。

 そんな萃香の言葉に、隣で死に掛けていた涼が口から漏れ出している何物かを吸い込んでから口を開いた。


「……被害者の数は想定できないでござるが……少なくとも五人は居るでござる……」

「あ、涼が起きた。で、誰なの?」

「一人は詳しいことは知らぬでござるが、お師さんの主人。それから愛梨殿と九尾の狐の藍殿に、秋の神である静葉殿。それから、最近は天魔殿も怪しいという噂があるでござるなぁ……」

「ぶっ!? 天魔って、あの天魔!? それ、どこの情報!?」


 酒で焼けた喉からの掠れた声で話す涼の言葉に、萃香は思わず噴出した。

 天魔と言えば、鬼の四天王すらも薙ぎ倒し、鬼神にすら匹敵する力を持つ大妖怪である。鬼達にとって、天魔は何度も煮え湯を飲まされた相手であり、一般の鬼にとっては不倶戴天の天敵なのである。

 その天魔が将志に口説き落とされているかもしれないと言う事実は、萃香を驚愕させるのには十分であった。


「いや、つい最近文殿と話をしていたのでござるが……天魔殿はどうにもお師さんに口説かれたことがあるようでござる。その上、お師さんと二人きりで宴会を開いていたことが何度もあったことが分かっているでござるよ」

「文……ブン屋の射命丸 文のことか。ちょっと今度話を聞いてみようかな」

「それより銀月殿……二日酔いの薬はあるでござるか……?」


 長年の怨敵を弄り倒すネタを手に入れて悪戯な笑みを浮かべる萃香をよそに、涼は青白い顔で銀月のシジミの味噌汁を少しずつ啜りながらそう問いかけた。

 それを聞いて、銀月は思案顔を浮かべた。


「一応、こんなこともあろうかと用意はしてあるけど……そろそろ補充に行かないといけないかな?」

「別に良いんじゃない? もう三日おきの宴会はないわけだし、別に人里に行く用事もないでしょ?」


 薬箱を漁りながらそう呟く銀月に、霊夢がそう言って答える。実際のところは永琳から貰った薬を常備しているのだが、彼女達の存在は隠されているので人里で手に入れたことになっているのであった。

 その霊夢の言葉を聞いて、萃香が何かを思い出したように手を叩いた。


「あ、そうだ。銀月、あんたに愛梨から伝言を受け取ってたんだよ」

「愛梨姉さんから?」

「『人里のみんなにお詫びをするんなら、辰四つ時に広場に来てね♪』だそうだよ」


 萃香は愛梨から受け取った伝言を銀月に告げる。

 それを聞くと、銀月は腕を組んで愛梨の言葉の意味を考え始めた。


「う~ん、愛梨姉さん、何をするつもりなんだろ……たぶん、それでまとめてお詫びさせるつもりだろうから、手間は省けるだろうけど……まあ、とりあえず行ってみるよ」


 結局、銀月は深く考えることなく愛梨の言葉に従うことにしたのであった。




 そして、指定のあった辰四つ時。


「……ねえ、愛梨姉さん」

「何かな♪」

「……この状況について、どういうことか説明してもらえるかな?」


 人里の広場にやってきた銀月の目の前には、大勢の人々が集まっていた。その中には、人狼の里の面々や妖怪の山の天狗達も混ざっていた。

 その明らかに今回の異変に関わっていないと思われる人物まで混ざっている観客を見て、銀月は引きつった笑みを浮かべていた。

 そんな銀月に、トランプの柄の入った黄色いスカートにオレンジ色のジャケットを着たピエロの少女が笑いかけた。


「銀月くんが迷惑を掛けた人達に、これからお詫びをしてもらうっていう話だよ♪」

「それは分かってるんだ」

「じゃあ、どうしたのかな♪」

「どうして、俺は舞台の上に立っているのかなぁ~って」


 そう言いながら、銀月は自分の立っている場所を眺めた。

 銀月が立っている場所は木で作られた特設のステージになっていて、広場のどこに居ようと銀月の姿がよく見えるようになっていた。

 更に、ステージの背景は愛梨の魔法によって巨大なモニターが作り出されており、後ろのほうの観客も細かい仕草や表情まで確認できるようになっていた。


「キャハハ☆ 何でだろうね♪」


 銀月の言葉を聞いて、愛梨は手にした黒いステッキで頭にかぶった赤いリボンの付いたシルクハットを軽く叩きながら、楽しそうに笑った。

 その表情を見て、銀月はジト眼で愛梨を眺めた。


「……姉さん。ひょっとして、俺で遊ぶつもりなんじゃ」

「もちろんだよ♪ 僕だって、結構心配してたんだよ?」

「嘘おっしゃい。愛梨姉さん、俺の行動なんて全部把握してたんでしょ」

「うん♪ その上で心配だったんだよ♪」


 愛梨は銀月の言葉に素直に答えていく。

 要するに、愛梨は銀月にお詫びをさせるついでに罰ゲームをさせるつもりだったのだ。今回観客が集まっているのは、銀月の評判がそれなりに広まっていることを知っている愛梨が事前に幻想郷中に触れ回り、一つのエンターテイメントに仕立て上げたためであった。

 なお、どうして銀月の評判が広まっているのかと言えば、文がシルバームーンについて新聞に載せた際、その役者である銀月の情報も一緒に掲載していたためである。なお、そこに虚偽の事実はない。

 そんな愛梨の計画に乗せられたと気付いて、銀月は渋い表情を浮かべた。


「……で、俺に何をする気? もしくは、何をさせる気?」

「みんなちゅうも~く! じゃ~ん♪」


 愛梨はそう言うと、大きな?マークの描かれた箱を取り出した。その箱には丸い穴が開いており、上から手を突っ込めるようになっていた。

 それを見て、銀月は嫌な予感を感じると共に頬をかいた。


「……なに、これ?」

「銀月くん罰ゲームボックスだよ♪ 幻想郷中のみんなが銀月くんにして欲しいことを書いて入れてるんだよ♪ もちろん、僕達銀の霊峰のみんなもね♪」

「ちょっと質問。姉さん、中身確認した?」

「そんなことしたら面白くないよ♪」


 顔を蒼くする銀月に、愛梨はにこやかに笑いながらそう答えた。それは、銀月にとってはある意味死刑宣告であった。


「……アグナ姉さんやルーミア姉さんのだけは絶対に引けないな……」


 銀月は深刻な表情で頭を抱えながら、小さくそう呟いた。

 何故なら、アグナは筋の通らないことをすると烈火のごとく怒り、ルーミアはそんなことがなくても自分にかなり危険な遊びを仕掛けてくるのである。

 つまり、この二人の要望を聞くことになった瞬間、物理的もしくは社会的に滅殺される事態になりかねないのだ。

 それを知ってか知らずか、愛梨は笑みを崩さぬまま銀月に箱を差し出した。


「それじゃあ、銀月くん♪ この中から三枚引いてね♪」

「三枚も引くの!?」

「うん♪ ほらほら、早く早く♪」


 愛梨にせかされて、銀月は渋々箱の中から三枚の紙を取り出した。

 箱から取り出した紙を見てみると、そこには要望と依頼人の名前が書かれていた。その内容を見て、銀月は渋い表情を浮かべた。


「『いろんな格好で写真撮影』『恋人催眠でデート』『紫様の抱き枕』……色々とろくでもないのを引いた気もするけど……」

「その前に、誰がその紙を書いたのかな?」

「えっと……一枚目は言うまでもないね、文さんだ。二枚目は……名も無き白狼天狗ぅ? で、三枚目か……ちょっと藍さんとは一度話し合わないといけないな……」


 銀月は三枚目の紙を握り締めながら、その依頼人である九尾の狐の黒い笑みを思い浮かべた。

 そのやり場のない苛立ちに震える銀月をよそに、愛梨はどんどん話を進めていく。


「キャハハ☆ それじゃあ、今から銀月くんは『恋人のゆかりんとデートしながら、いろんな格好で写真撮影されて、抱き枕になる』よ♪」

「……姉さん。ところで、催眠術ってどれくらいの奴を掛けるつもり?」

「罰ゲームだからね♪ もう相手のことしか考えられないくらいメロメロにしちゃうよ♪ 例えば、人目を気にせず抱きついちゃうくらい♪」

「え……」


 愛梨の説明を聞いて、銀月は凍りついた。




「……うわぁ」


 愛梨の説明を聞いて、様子を見に来ていた霊夢は乾いた笑みを浮かべながらそう口にした。

 彼女の隣には、同じく銀月の様子を見に来た魔理沙とギルバートが引きつった笑みを浮かべていた。


「銀月の罰ゲーム……結構、きついな……」

「そうか? どっちかって言うと、その相手の方の罰ゲームって気がするけどな? ほら、銀月って相手を口説いたりするのは慣れてるし」

「そうでもねえよ。お前な、人前でそう簡単にデレデレした態度を取れるか? 銀月は女を平気で口説けるけど、自分が相手にデレるのは苦手なんだよ」

「確かに、銀月って相手にべったりって言うタイプじゃないわね。どっちかって言えば、どんな時でもクールに振舞うタイプよね」

「そういえば、ギルもそういうことはしそうに無いよな」


 魔理沙はそう言いながら、視線をギルバートに向けた。その眼は何かを期待するように、キラキラと光っていた。

 その眼を見て、ギルバートは頭を抱えて盛大にため息をついた。


「……俺はやらないからな」

「ちぇ、つまらないぜ」


 ギルバートの返答に、魔理沙はしらけた表情でそう言い放った。


「けど、この前みたいに魔法少女をさせられるのと、どっちがきついのかしら? ああいうのも、銀月のキャラじゃないわけだし」

「さあな。どっちにしろ、銀月のダメージは大きいだろうな。ギルはどっちをやるのが嫌なんだ?」

「だから、俺はやらねえって言ってんだろうが!」


 再び眼に光が宿り始めた魔理沙に、ギルバートは再びそう言い放つ。やはり、銀月の二の舞にはなりたくないようである。


「私としては、ギルバートさんにも興味があるんですけどねえ?」


 そんな彼の隣に、観客が集まる原因になった記事を書いた烏天狗が降り立った。

 不吉な言葉と共に業務用スマイルを浮かべる彼女を見て、ギルバートは嫌な予感を感じて渋い表情を浮かべる。


「……どういうこった?」

「いやあ、だっていつも銀月さんと一緒に居るでしょう? だから、貴方についても色々と評判を聞いて回ったのですが……これが面白いことになってましてね」

「どういう意味だよ?」

「いえ、貴方の活躍がいかにも英雄的だったので……萃香様も言ってましたよ、「将志は強いけど、そこまで英雄って柄じゃない。物語みたいな英雄としてみるなら、あの人狼が一番それらしい」って」


 文はノートに書き取った、巷で聞いたギルバートの評判を眺めながらそう口にした。

 しかし、それだけでは納得できなかったのか、ギルバートは怪訝な表情を浮かべた。


「はあ? 俺がいつそんなことをしたよ?」

「証言一・紅 美鈴さん。『ギルバートさん? ああ、格好良いですよね、彼。よく私に挑戦しに来るんですけど、負けそうになっても絶対に諦めませんし、負けたときもすごく潔いんですよ。おまけに紳士ですし……西洋の騎士ってあんな感じなんでしょうか?』」

「は?」

「証言二・魂魄 妖夢さん。『ギルバートさんが英雄? ええ、よく分かります! ギルバートさん、誰かがピンチになると体を張って助けてくれるんですよ。それに、守ったことに対する報酬を一切求めないんです。何と言うか、絵巻物の登場人物がそのまま出てきたような人ですよね!』」

「なっ……」


 身振り手振りを加えながら、本人の口調まで正確に再現していく文。

 その言葉を聞いて、ギルバートは自分が想像もしていなかった周囲の評価に呆気に取られる。

 そんな彼をよそに、文は次なる証言を始める。


「証言三・アリス・マーガトロイドさん。『ギルバートが英雄? まあ、分からなくも無いわ。あいつ、眼も合わせないくらい人間が嫌いだけど、仲間に何かあったら人里にも平然とやってくるし、人間を助けることだってあるわ。それに、あいつは弄ると面白いのよ。例えば、この前チェスで負けたときの罰ゲームでは』」

「その先を話すんじゃねえ!」


 文が話していると、ギルバートは大慌てでそれを止めにかかった。どうやらよほど聞かれたくない情報があるようである。

 その様子を見て、魔理沙の眼がきらりと光った。


「え、何があったんだ、ギル?」

「聞くな! あんにゃろう、ろくでもねえことをとんでもない奴に言いやがる……」


 魔法の森の方角をにらみながら、ギルバートは忌々しそうにそう口にした。

 そして文に向き直ると、大きくため息をついた。


「……で、結局何が言いたいんだ?」

「貴方も銀月さんみたいに何かやりません? 魔法少女じゃなくて、男の子向きのヒーロー物」

「……絶対やらねえ」


 文の言葉に、ギルバートは大いに頭を抱えるのであった。




 一方その頃、舞台の上では愛梨が観客にどういう企画なのかを伝えていた。

 その説明によると、銀月の行く先にカメラ代わりの赤いボールを飛ばし、それから送られてきた映像がモニターに映し出されると言う仕掛けになっているようである。

 その一方で、銀月は気になっていたことを愛梨に質問することにした。


「……姉さん。これ、紫さんの許可はもらってるんだよね?」

「もちろん、貰ってないよ♪」

「ほっ……それじゃあ、紫さんは逃げるから……」


 紫の許可がないことを聞いて、銀月は安堵した。何故なら、紫はスキマの能力によってこの会話を聞くことが出来、また逃げることも出来るからである。

 しかし愛梨は笑みを崩さず、大きなロッカーのようなマジックボックスを目の前に作り出し、帽子の中から小さな人形を取り出した。


「キャハハ☆ この人形を、ここに入れると♪」


 愛梨は楽しそうにそう言いながら、人形をマジックボックスの中に入れ、ドアを閉めた。

 そして一瞬間をおいてドアを開くと、中に人形の姿は無く、代わりに白いドレスに紫色の垂をつけた、金髪の女性の姿がそこにあった。


「あ、あら……?」

「じゃーん♪ マジック成功だよ♪ みんな拍手を頼むよ♪」


 呆然としている紫をよそに、愛梨はそう言って笑顔で観客に拍手を求める。それに対して、観客からは盛大な拍手が沸き起こった。どうやら愛梨のマジックは観客に受けたようである。

 その横で、銀月は少し唖然とした様子で紫に話しかけた。


「ゆ、紫さん……逃げなかったの?」

「い、いえ、ちょっと藍に抗議しようとしたのだけど……気が付いたら、ここに居たのよ……」


 銀月の問いかけに、紫は困惑した様子でそう答えた。その様子は、愛梨がいったい何をしたのか全く分からないのと、お互いの意思に関係なく今から銀月が擬似的な恋人になるということに関する戸惑いが現れていた。

 そんな紫に笑みを深めながら、愛梨は後ろから銀月の肩を叩いた。


「じゃあ銀月くん、ちょっとこっちを見てくれるかな♪」

「ん?」


 愛梨の言葉に、銀月は彼女のほうを向いた。

 すると、そこには柔らかに輝く瑠璃色の瞳があった。それを見た瞬間、銀月は頭の中が真っ白になり、ただひたすらに愛梨の瞳を見つめ始めた。


「うぁ……」

「『銀月の最愛の恋人は紫』……はい、良いよ♪」


 愛梨がそう言って瞬きをすると、銀月の意識は急にはっきりとしたものに回復した。

 そんな銀月を心配して、紫は彼に声を掛けた。


「……銀月?」

「あ、ごめんなさい。ちょっとボーっとしてたよ。紫さん、今日は俺とデートしてくれるって本当?」


 紫が声を掛けると、銀月は笑顔で紫にそう答えを返した。その様子はどこか嬉しそうで、期待に満ちた表情をしていた。

 そんな彼の変化に戸惑いながら、紫はその質問に答えた。


「え、ええ、そういうことになってるわね……」

「そっか。それじゃあ、デートしよう♪」


 紫の返答を聞くと、銀月はとても嬉しそうにそう言って笑った。その表情は、普段からそれなりの頻度で顔を合わせている紫でも滅多に見れないくらいのものであった。

 その銀月の様子を見て、紫は愛梨の催眠術の恐ろしさを胸に刻むと同時に、普段見られない銀月の様子に興味を覚えながら彼に話しかけた。


「い、良いわよ……けど、どうかしたのかしら?」

「え、えっと……ううん、なんでもない……なんでもないよ……」


 銀月が嬉しそうにしているその一方で、紫は彼がどこかそわそわしていることに気が付いた。銀月の顔はほんのり赤く染まっており、何かを我慢しているようにも見えた。

 そんな銀月の様子を見て、愛梨が不思議そうな表情で頭をかいた。


「……あれ~? おっかしいなぁ? 銀月くん、ちょっと良いかな♪」

「え、なに?」


 愛梨はそう呟くと、銀月を連れて舞台裏へと回った。

 そして観客の目が届かないところまで来ると、銀月に話しかけた。


「銀月くん、ゆかりんと手を繋いだりしなくていいのかな♪」

「うん……そうしようと思ったんだけど……俺が良くても、紫さんが恥ずかしがるからね……」


 愛梨の質問に、銀月は苦笑いを浮かべながらそう答えた。

 その答えを聞いて、愛梨はこてんと首を傾げた。


「そんなこと気にしなくても良いと思うけどなぁ? ゆかりんだって、それくらいなら断ったりしないと思うよ?」

「ううん、俺が気になるんだよ。だって、俺は自然な紫さんの方が好きだから」


 銀月はそう言うと、幸せそうな笑みを浮かべた。その表情には、心の底から相手を気遣う気持ちが見て取れた。

 その表情を見て、愛梨は満足げに頷いた。


「そっか♪ それじゃあ、ゆかりんのところに行ってあげて♪」

「ちょっと待った! その前に私の依頼ですよ!」


 銀月の返事をさえぎるように、文の声がステージの上に響き渡る。

 それを聞いて、愛梨は苦笑いと共に手にしたステッキでシルクハットを軽く叩いた。


「おっとっと♪ そうだったね♪ それじゃあ文ちゃん、頼んだよ♪」

「はい、じゃあ写真撮影をしますよ~♪ それじゃあ銀月さん、まずはこの格好に着替えてください」


 そう言って手渡された服は、黄色いスラックスにトランプの柄の入ったオレンジ色のジャケット、白いワイシャツに赤い蝶ネクタイ、そして白いリボンのシルクハットと黒いステッキであった。

 その服を見て、銀月と紫はすぐにそれがどんな服なのかが分かった。


「あ、それ、愛梨の服とお揃いね」

「本当だ。これ用意したの、姉さんでしょ?」

「うん、そうだよ♪ 僕と一緒にステージに上がるときの衣装を作ってみたんだ♪」


 二人の言葉に、愛梨は楽しそうに笑いながらそう答える。

 その表情を見て、銀月もまた楽しそうに笑った。


「そっか。それじゃ、早速着替えるとしましょうか!」


 銀月はそう言うと、どこからともなく黒いマントを取り出し、観客の目から姿を隠すようにそれを振るう。そして一瞬その姿が隠れたかと思うと、銀月の姿はいつもの白装束から指定された服装へと様変わりしていた。

 その鮮やかな一瞬の早着替えを見て、観客はにわかに拍手を送り始め、その反応を見て、愛梨もまたにこやかに笑った。


「キャハハ☆ さっすが銀月くん♪ それじゃあ、一緒に写真を撮ろっか♪」


 愛梨がそう言うと、撮影会が始まった。

 ある程度写真を撮るたびに銀月は着替えていき、次から次へと依頼された衣装が現れる。

 その内容もいたって普通であり、銀月は苦にせずこなしていく。女装をさせられることもあったが、魔法少女などを経験している身としては慣れたものであった。

 観客は銀月の早着替えと服装に合わせたパフォーマンスに湧き、場内は大いに盛り上がる。

 そして、いよいよ最後の一着となったときであった。


「……えっと、何これ?」


 銀月の目の前には、シルクの白い生地に黒いレース生地のフリルの付いたドレスと、白い薔薇の飾りが付いたヘアバンド、そして黒いサイハイソックスが置かれていた。

 その真っ白なドレスは無垢な少女をイメージして作られたものであり、どことなく近寄りがたい美しさがあった。

 そんなドレスを見て、文は首を傾げた。


「見ての通りのゴスロリ服ですけど?」

「そっちじゃなくて……これ」


 銀月はそういうと、その傍らに置かれている小道具を見て乾いた笑みを浮かべた。

 そこに置かれていたのは、囚人を拘束するための道具の数々であった。その品々は、隣にある無垢なドレスと並ぶことによって非常に背徳的なものに見えた。

 それを見て、文は首を傾げた。


「手錠と鉄球つき足鎖と首輪の鎖ですね。これが何か?」

「……つけなきゃ、ダメ?」

「ええ、リクエストにあったものですから」

「誰のリクエスト?」


 銀月が質問をすると、文はリクエストの書かれた紙を取り出してリクエストをした人を確認する。

 そして目的の人物の名前を口にした。


「えっと……ペンネーム『コリン・アナベル・クラウ・マッケンジーの核』さんですね」

「……ああ、あの人か……あの人のことか……」


 銀月はしばらく考えた後に、それが誰のことか分かり頭を抱えることになった。

 その横では、同じく誰のことか分かった愛梨が引きつった笑みを浮かべていた。


「きゃはは……ま、まあ、しょうがないね♪ それじゃあ、着替えちゃおうか♪」

「しょうがないなぁ……はぁ」


 銀月はそう言うと、マントを翻した。




「……うわぁ」

「……流石にこの趣味は引くぜ……」

「……おまけに、よりにも寄って男に……」


 指定された服装に着替えた銀月を見て、霊夢は何とも形容しがたい表情を浮かべてそう漏らした。

 その横では、魔理沙とギルバートもその依頼人の悪辣な趣味にドン引きしていた。


「けど、何が一番嫌って言われたらあれよね」

「本当に、何でああなるんだろうな」

「……ああ、たぶん俺も同じ事を考えてると思うぜ」


 三人は顔を見合わせてそう言うと、盛大にため息をつきながら口を開いた。


「何で違和感がないのよ……」

「何で違和感がないんだ……」

「何で違和感がねえんだ……」


 三人は、そう言うとがっくりと肩を落とした。




「えっと……着替えてみたけど……これ、すごく動きづらい……というか、何で下着まで用意してあるのさ……」


 銀月はそう言いながら、その場に立ち尽くす。

 女性役を演じるには少し背の高い彼であるが、ドレスはそんな彼に合わせて設計してある上に、銀月自身が線が細いので見栄えは良い。

 更に中性的な顔立ちであり、ドレスを意識しているのか立ち振る舞いもお淑やかな女性のようで、言われても男だとにわかには信じられないほどであった。

 その真っ白なドレスに身を包んだ彼の手足は鎖につながれており、首に付いた赤い首輪からは犬のリードのように鎖が伸びていた。

 そんな彼を見て、文はにこやかに笑みを浮かべた。


「おお、まるでその手の本にそのまま載っていそうな姿ですね、銀月さん♪ 何と言うか、とてもエロいです!」

「そ、そんなこと言われても……」


 文の言葉に、銀月は顔を真っ赤にしながら、おろおろとうろたえ始めた。

 自分が今、周囲にどのように見られているかが大体分かったからであった。


「さあさあ、それじゃあリクエストに答えてもらいますよ~! まずはそのまま正座して、ぎりぎり見えないくらいにスカートをたくし上げて口に銜えてください。その後、貴方の手に付いた手錠を上に引っ張って、吊るされた感じにしますので」

「え、そんなことするの!?」


 いきなりとんでもない事を要求しだした文に、銀月は慌てた表情でそう問い返した。


「そりゃあ、依頼人の意向ですから。さあ、早くしてください」

「お、男のそんな姿を見て、何が面白いのさ!?」

「それは銀月さんだから出来た需要だと思いますけどねえ? ぶっちゃけ、銀月さんは男か女か見た目じゃ判断しかねます。男性なら貴方を女性と思って興奮するでしょうし、女性なら貴方を可愛い男の子と見て劣情を催すかもしれませんよ? そういうわけで、貴方のその格好は需要があると断言しましょう!」

「そ、そんなぁ~……」


 銀月は涙眼になりながらも必死に訴えるが、文は冷静に分析して結論を非情に突きつける。

 それを聞いて、銀月はがっくりと肩を落とした。


「……拒否権は……無いんだよね……」


 銀月は耳まで真っ赤にしながら、ためらいがちにおずおずと言われたとおりのポーズをとった。

 その表情は羞恥に染まりきっており、見るものの罪悪感や嗜虐心を煽るようなものであった。


「そうそう、そんな感じです! その恥じらいの表情なら、その手のものが好きな人なら一撃ですよ! それじゃあ、次は腕を後ろ手に縛り上げて……」


 そんな銀月に文は次から次にポーズを指定していく。依頼人の指定したポーズはどれもこれも扇情的なものであり、その服装の背徳性を更に引き出すものであった。

 文はその姿を、ノリノリでカメラに収めていく。時々銀月に細かく指示を出し、少しでも購読者が増やせるようなきわどい写真を撮っていく。


「あぅぅ……」


 一方、そんな姿を写真に撮られる銀月は堪ったものではない。この姿がこの先ずっと残るということと、今まさに観客に見られているという事実に、銀月の心に次々と傷が入っていく。

 銀月は顔から火を噴き、時々涙をほろほろと落としながら撮影を受け続ける。




「……うわぁ……」

「あ、あんな格好まで……依頼人は酷い趣味だぜ……」

「……銀月の奴、半分心が折れてるな、ありゃ……」


 そんな銀月の様子を、霊夢達は痛々しいものを見るような眼で見ていた。ただし三人とも顔は真っ赤であり、銀月の取ったポーズの過激さがよく分かるものであった。

 周囲を見てみると、観客達もその姿に言葉を失っており、親が子供の眼を覆う姿も多く見られた。……もっとも、一部の観客は、銀月のあられもない姿に湧き上がっていたりもしたが。


「…………」


 それから少し離れたところで、けら首に銀の蔦に巻かれた黒耀石をあしらった槍を背負う銀の髪の青年が、拳を握り締めて歯を食いしばりながら銀月の様子を見ていた。

 冷たく鋭い銀色のオーラを纏った将志からは周囲の空間が歪んで見えるほどの威圧感が放たれており、近づこうとするものは誰一人としていなかった。


「……罰ゲームだからな。こうでないと銀月の罰にならないだろう、将志?」


 そんな彼に、金色の九尾をもつ女性が話しかける。藍にとっては、将志が銀月のことで暴走するのをちょくちょく目撃しているために、その威圧感にも慣れたものである。

 そう話す藍に、将志は苛立ちを隠すことなく声をかける。


「……ああ、分かっている……だが、この依頼をしたものについては、然るべき処置を……」

「まあ待て、将志。今は銀月の様子を見守ろう。銀月にとんでもないことをしようとする奴が、ここで現れないとも限らないだろう?」

「……くっ……」


 藍の言葉に、将志は苦々しい表情を浮かべて俯くのであった。




 会場の中で藍が羅刹と化している父親を宥めている一方、文は最後の一枚を撮ると銀月に声をかけた。


「はい、もう大丈夫ですよ」

「くすん……酷い目に遭った……」


 銀月は眼に涙を浮かべたままそう言うと、自分の手に付けられた手錠をいとも容易く外し、壊すことなく足鎖を解いた。

 その様子を見て、文は一瞬考えた後に唖然とした表情を浮かべた。何故なら、手錠の鍵は自分が持っているからである。


「あの、銀月さん? 手錠の鍵、持ってませんよね?」

「持ってないけど、これくらいならすぐに抜けられるよ。見掛け倒しだよ、こんなもの」


 驚く文に、元の姿に戻った銀月は、いじけた様子で投げやりにそう言った。

 銀月は愛梨を驚かせようと練習をした結果、縄抜けや鍵外しを会得していたのであった。


「キャハハ☆ 写真撮影はこれで終わりだよ♪」

「……姉さん。これ、わざわざ無理してくっつけなくても良かったんじゃ……」

「そうだね♪ でも、くじで決まったんだから仕方が無いよ♪」


 抗議の視線を送る銀月に、愛梨はにこやかに笑ってそう答える。

 そして、紫のほうを向いて声をかけた。


「それじゃ、今月のメインイベントだよ♪ 銀月くん、ゆかりん、一緒にデートに行ってらっしゃい♪」


 愛梨は観客に向かってそう言うと、銀月の背中を紫のほうに向かって軽く押した。

 銀月はちらりと愛梨に目をやると、静かに俯いている紫のところへと歩いていった。よく見てみると、紫は耳まで真っ赤にしていて、かなり緊張している様子であった。


「ええと……銀月、デートって何をすれば良いのかしら?」


 紫はよほど余裕がないのか、銀月が近づくと混乱した様子でそう口にした。

 銀月自体は苦手ではないのだが、デートと言う男女間で行われる行為に緊張しているようであった。

 そんな紫に、銀月は柔らかな笑みを向けた。どうやら、紫と一緒に居られるというだけで先程の出来事が頭の中から消え失せたようであった。


「特に決まったことをすることはないよ。恋人と一緒に楽しく過ごせれば、それがデート。少なくとも、俺はそう思ってるよ」

「で、でも、私こういうのは初めてで……全然分からないのよ。銀月はこうしたいとかある?」

「緊張しすぎだよ……相手は俺なんだから、もうちょっと気楽で良いって。そうだね……それじゃあ、紫さんの仕事を見学したいな」


 銀月は少し考えてから、紫にそう告げた。

 それを聞いて、何を言われるのかと身構えていた紫は呆気に取られた表情を浮かべた。


「え? そんなことで良いのかしら?」

「そうだよ。これなら紫さんも仕事を中断しないですむし、俺も紫さんのサポートに回れるからね」

「それはそうだけど、銀月も無理して私の仕事のことを考えなくて良いのよ?」

「違うよ、紫さん。俺が紫さんの仕事の手伝いがしたいんだよ。だって、好きな人と一緒に働けるって、とても素敵なことだと思うから」


 銀月は明るい笑顔を浮かべて紫にそう告げる。その様子は、紫と話しているだけでも楽しそうであった。

 その直球な一言を聞いて、紫は思わず面食らった。今までのような相手の褒める言葉ではなく、一途な想いを受け取るのは初めてだったからである。


「そ、そう……それじゃあ、お願いしようかしら」

「ふふっ、何かあったら遠慮なく言ってね」


 顔を少し赤く染める紫に、銀月はそう言って笑うのであった。




「……銀月の奴、ま~た歯の浮く寝言をさらりと言いやがって……」


 そんな二人の会話を聞いて、ギルバートは呆れ顔でそう呟いた。

 その隣では霊夢と魔理沙も唖然とした表情を浮かべていた。 


「いつも思うけど、あいつは何であんなことがあっさり言えるんだ?」

「銀月って、たまに聞いてるほうが恥ずかしくなることを言うのよね……」

「こういうところは本当に親子だな……将志も時折ああいう言葉を掛けてくれたりするからな」


 そんな三人の隣から、藍がそう言って話に入り込んできた。

 なお、将志は写真撮影が終わると同時に、一直線に依頼人のところへと殴りこみに行った様である。

 その言葉を聞いて、魔理沙が興味を持ったらしくそちらのほうを向いた。


「へぇ、あの銀月の親父さんがねぇ。どんなことを言うんだ?」

「私に掛けてくれた言葉は、「嘘をつくにはお前の眼は綺麗過ぎる」「他の誰が信じなくても、俺はお前を信じる」だったな。私に討伐部隊が差し向けられ、一人で戦っていたときに掛けてくれた言葉だ」


 藍は当時を懐かしむように、微笑みながらそう口にした。藍にとってあの時の将志の言葉は、九尾の狐という強力な妖怪であるがゆえの孤独を埋めてくれた、忘れられない言葉だったのだ。

 しかし、それを聞かされた霊夢達は背中をぞくりと振るわせた。


「……うわぁ……銀月のお父さん、ああ見えて銀月以上に強烈なこと言うのね……」

「聞いてるこっちが恥ずかしくなってくるぜ……」


 霊夢と魔理沙は、普段の言動からは考えられない将志の言動についてそう述べた。二人が知っているのは銀月の親としての顔だけであり、そのときの将志は銀月を厳しく指導するちょっと親馬鹿な面しか見せていないのだ。

 そんな二人の様子に眼もくれず、藍は将志について話を続けた。


「それに好きなところを具体的に言ってくれるから、本当に好かれていると言う安心感があるんだ。慣れている私でも、たまにくらりと来ることがあるぞ」

「……納得した。親父さんがうちのメイドを口説き落としていたのはそういうことか」


 藍の言葉を聞いて、ギルバートは何か納得した部分があったのか頷いていた。

 その彼の言葉に藍はピクリと反応をし、詰め寄るように彼に問いかけた。


「……待った。その話、詳しく聞かせてもらおうか」

「いや、うちの親父と銀月の親父さんの仲が良いから遊びに来るんだが、時々メイドに一言添えるんだよ」

「ほう、例えば?」

「確か……「……君は随分と手が綺麗だな。水仕事も多いだろうに、よく手入れされている」とか「……細かいところによく気が付くな。その気遣いには好感が持てるよ」とか言っていたな。親父曰く、銀月の親父さんが遊びに来てからメイドたちの仕事の質がぐんと上がったそうだぞ」


 ギルバートは将志の人狼の城での言動を端的に述べた。

 将志本人としてはメイドたちにやる気を出してもらおうとして声を掛けているつもりなのだが、傍から見ればどう見ても口説いているようにしか見えない。

 その結果、将志はメイドに話しかけるたびにアルバートにどつきまわされる羽目になるのであった。


「……ちょっと、お仕置きが必要だな」


 藍は妖艶な笑みを浮かべながら、小さくそう呟いた。

 当然ながら、その言動は藍の耳にもメイドを口説いているようにしか聞こえなかったようだった。




 一方その頃、紫のスキマによってマヨヒガにやってきた二人は、それぞれに仕事をしていた。

 紫は幻想郷内の各組織からの報告書などを確認して判を押し、銀月はその書類をまとめたりして仕事の補佐をしていた。


「はい、紫さん。お茶持ってきたよ」


 そんな中、銀月がそう言って紫に声をかけた。

 その言葉を聞いて紫がその方を見ると、いつの間に用意したのか、銀月はお盆にティーセットとクッキーの載った皿を載せて紫の元へとやってきた。そのティーセットからは、暖かくさわやかな香りがほのかに漂っていた。


「あら、紅茶を淹れてきたのね?」

「うん。ベルガモットの香りは、気分をすっきりさせる効果があるからね」

「流石に紅魔館で執事をしているだけのことはあって、そういった知識も持っているのね」

「まあね。ハーブティーの調合とかもやってるから、その辺りのことは大体分かるよ」

「それも将志から教わったのかしら?」

「そうだよ。父さんは香りの成分の名前とかそういうのも教えてくれたよ。流石にそこまでは覚え切れなかったけどね」

「将志って、ああ見えて博識なのね。それにしても、将志はどこで勉強したのかしら?」

「えっと、父さんが言うには、大昔に覚えたことだって言ってたけど……」


 感心して頷く紫に、銀月はいつに無く饒舌にそう答える。その様子はとても嬉しそうで、紫に褒められたのがよほど嬉しいようであった。

 そんな銀月に微笑ましい表情を浮かべながら、紫は話を続けた。


「そう。それじゃあお茶を飲んで一息ついたら、この書類を一緒に天魔のところに届けましょう」

「うん」


 そう言うと、二人はちょっとしたティータイムを楽しむのであった。




「パーフェクト。流石だな、銀月」


 そんな銀月の働きを見て、ギルバートがそう呟いた。 

 それに対して、魔理沙がよく分かっていない表情でギルバートに話しかけた。


「なあギル。ただ紅茶を淹れるだけなのに、何がパーフェクトなんだ?」

「ん? 気が付かなかったか? 銀月が紅茶を持ってくるタイミングの話だ」

「紅茶を持ってくるタイミング?」

「ほら、ちょうど紫さんが仕事を終わらせると同時に紅茶を持ってきただろ。つまり、その時間に十分に熱い紅茶を用意できるように逆算して用意をしていたってことだ」


 ギルバートは自分の言葉の意味を魔理沙に解説する。

 すると、それを隣で聞いていた藍が感心して頷いた。


「なるほど。人狼の里で免許皆伝を受け、紅魔館で副長をしているのは伊達ではないと言うわけだ」

「そういえば、銀月っていっつもお茶が欲しくなるタイミングで持ってきてくれるのよね。これも訓練の賜物かしら?」

「いや、それはどっちかって言うと銀月がお前の体内時計を熟知しているだけだと思うぞ……」


 霊夢の言葉に、ギルバートは頭を抱えてため息をつくのであった。




 しばらくして、紅茶を飲み終わった銀月と紫は妖怪の山にある天狗の集落にやってきていた。

 山の中腹を切り開いて造られた広場からは蜘蛛の巣のように張り巡らされた道が山の斜面を這うように伸びており、道沿いには木造の家屋が立ち並んでいる。

 その道を歩きながら、銀月は疑問に思っていることを紫に問いかける。


「紫さん、直接天魔様のところには行かないの?」

「今回は少し里の様子も見ておこうと思ってね。ほら、天狗は見えないところで何を考えているか分からないから」

「ああ、そういうこと」


 紫の言葉に、銀月は納得した。天狗は極めて閉鎖的であると共に、頭の切れる種族である。それはつまり、他の者が入ってこれないところで良からぬ企てをしている可能性があるということである。更に天狗は種族としての力も強いために、事を起こせば幻想郷を揺るがしかねないのだ。

 それ故に、紫は定期的に天狗の里を視察し、おかしなことが起きていないかを見ているのだ。


「それにしても、いつもより視線が多いわね」


 紫は歩きながら、周囲から向けられる視線に眼を向ける。

 その視線の先では、多くの天狗達が二人に興味を向けており、遠巻きに眺めているのが確認できた。

 それを受けて、銀月は少し居心地が悪そうな様子で頷いた。


「そうだね。やっぱり、あのイベントの影響かな?」

「それにしては、随分とおかしな気配がするのだけど……」

「……そういえば、さっきから何か変な視線を感じるんだよね……」


 銀月はそう言って、背中に走る妙な寒気に震えながら紫の後ろについていくのであった。




「霊夢、銀月はいくらなんでも訓練されすぎていないか?」


 そんな二人の様子を見て、藍が呆れ顔で霊夢のほうを見やった。

 それを受けて、霊夢は訳が分からずに首を傾げた。


「どういうことよ?」

「立ち位置が完全に従者だ。紫様と銀月は今は対等の立場と刷り込まれているはずなのに、一歩引いた位置から静かについてくる。すっかり従者根性が染み付いてしまっているじゃないか」


 藍はそう思った根拠を霊夢に話した。一歩引いて相手を立てるその行為が、藍の眼には主従関係に見えたのだ。


「そうか? 私には全然違って見えるけどな?」


 そんな藍に対して、魔理沙が異論の声を上げた。

 それを聞いて、藍は興味深げに魔理沙に問い返す。


「ほう? お前には一体どう見えているんだ?」

「見てみろよ、銀月のあの幸せそうな表情。普段の銀月も笑顔だけど、ああまで幸せオーラは出してないぜ。従者と言うよりは本当に恋人、もしくは妻を支える夫、それか嫁って感じだな」

「そうだな。あんなに浮かれた銀月は滅多に見れないな。あれはもう演技では隠しきれないくらい幸せなんだろうさ。それこそ、相手の傍に居られればそれだけで幸せってくらいに」


 魔理沙とギルバートはそう言いながら、モニターに映った銀月の表情を眺める。

 銀月の表情は穏やかな木漏れ日のように柔らかな笑顔で、その足取りは少し弾むようなものであった。そんな銀月の姿は、誰の眼から見ても幸せそうであった。

 それを見て、藍は穏やかな笑みを浮かべて頷いた。


「そうだな。確かに、従者ならああまで浮かれたそぶりは見せないだろうな。将志も恋をしたらあんな感じなんだろうか……」


 藍はそう呟くと、うっとりとした表情を浮かべてため息をついた。

 どうやら、紫を自分に、銀月を将志に置き換えた状態を想像して悦に浸っているようである。

 その様子を見て、霊夢達は唖然とした表情を浮かべた。


「……うわぁ……すごいゆるい顔」

「こりゃ完全に自分の世界に陶酔しきってるな」

「銀月の親父さんも罪作りだぜ。藍、完全に親父さんにメロメロじゃないか。色恋に狂うとこんな風になるんだな」


 三人は帰ってこない藍を見て、口々にそう話した。三人の中で、将志はとんでもない女誑しと言う結論が出来上がった瞬間である。


「何と奥ゆかしいんだ……抱きついたり、手を繋いだりしたいだろうに、相手のことを考えて自分を抑えているとは……」

「あれ、例の弁当屋の店主だろ? と言うことは料理は完璧だな」

「でも、この前真っ赤な執事服を着ているのを見たわよ? たしか、紅魔館の執事もしているって話だったわ」

「それなら他の家事も完璧ね。それにしても、可愛い子ね。好きな人と一緒に居られるだけであんなにニコニコしてるし……」

「ところで、諸君らに問うとしよう……銀月は、男か? 女か?」

「ふっ……そんなことは些細なことよ」

「そうだな。銀月は男か女か、何てことは自分達の妄想に任せれば良い」

「では、何とする?」

「「「「とりあえず、嫁」」」」

「……これ以上ない回答だな」


 その横から、何やら別の集団の話し声が聞こえてきた。その話をしていたのは、妖怪の山の白狼天狗および烏天狗の集団であった。

 最近文が出版した新聞によって銀月のことが紹介されたことや、実際に銀月にあった白狼天狗たちの証言をきっかけに、天狗達の間でも銀月のことが話題に上がることが多くなったのである。

 銀の霊峰の頭領の息子である立場であるにもかかわらず博麗神社に住み、人目を惹きつけるような中性的な容姿で親しみやすい性格の彼は、妖怪の味方もするだけあってそれなりの人気があるようだ。

 なお、その戦闘能力からやはり人間だとは思われていない様子。合掌。

 三人がしばらく聞いていると、銀月について色々と議論しているようであった。


「……ねえ、あそこにいる白狼天狗達、ぶっ飛ばしてきて良いかしら?」


 その内容を聞いて、霊夢は御幣を握り締めて成敗しようと身構えた。

 そんな霊夢の肩を、魔理沙が首をゆっくりと横に振りながら叩いて制止する。


「……ダメだぜ、霊夢。あの空間に立ち入ったら、絶対お前もネタにされるぜ」

「……同感だ。関わるとろくでもないことになる臭いがプンプンするぜ」


 魔理沙とギルバートは渋い表情で、そう口にした。

 烏天狗の間では、新聞大会が流行っているのは周知の事実である。つまり、烏天狗の記者達はネタに飢えており、少しでも面白そうなことがあると食いついてくるのだ。

 もしも今ここで下手に殴りこんでしまうと、今話題の人物である銀月を嫁にしようとしている人物と認定されてしまうことが容易に予想できたのだ。


「では、一体誰の嫁になる確率が一番高いと思う? 俺の嫁、と言う答えは無しだ。もっと現実的な答えを頼む」

「一番近くにいるのはあの巫女か。でも、ああまで幸せそうな顔はしてなかったな。大体、あの巫女の傍にいるせいで不幸になってるような……」

「その巫女の友達の魔女かもよ? ほら、いつも四人で絡んでいるから、隠しているけど実は、とか。あの魔女が持ってきた毒キノコとかを泣きながら食べてそう」

「俺はたまに遊びに来ている宵闇の妖怪を推そう。宵闇の妖怪に襲われてネチョっている間に……」

「私はいつも喧嘩している人狼を押すわ。と言うか、それ以外認めない。文様の撮影した写真が出回ったら絶対彼の写真とくっつけるわ。あ、でも、銀の霊峰の首領とか、人里の弁当売りとかでも……」

「腐女子は黙りたまえ。私は紅魔館のメイドを推そう。彼女に撫でられている彼もまた、幸せそうな顔をしている。……もっとも、あの場合はペットのようなものだが」

「……いずれにしても、今度のネタには出来そうよね」

「それは認める」


 そんな彼らの様子に全く気付くことなく、天狗達は銀月について議論を続ける。

 その内容を聞いて、霊夢達は暗い笑みを浮かべて俯いた。


「……やっぱりぶっ飛ばしてやりたくなったわ」

「……奇遇だな、霊夢。私も一発でかいのをぶちかましたくなったところだ」

「……気が合うな、二人とも。俺も奴らを空の星にしてやろうと思ったところだ」


 三人は三日月のような口で笑いながら頷きあうと、一斉に行動を開始した。

 それに気が付いて、天狗達は驚きの声を上げた。


「な、何よ……」

「気色の悪い想像してんじゃねえ!」


 嵐符「ライジングストリーム」


 まず、ギルバートが素早く地を這うように白狼天狗達に接近し、黄金の上昇気流で空高く打ち上げる。


「きゃあっ!?」

「毒キノコを食べさせるとか、私を馬鹿にするなぁ!」


 恋符「マスタースパーク」


 続いて、魔理沙が少し離れたところに位置を取り、下から極太のレーザーでまとめて薙ぎ払う。


「うおわっ!?」

「人を不幸の根源みたいに言ってんじゃないわよ!」


 夢符「夢想封印」


 そして最後に、空高く吹き飛ばされた白狼天狗達に七色の玉が一斉に襲い掛かった。

 白狼天狗達はその攻撃を受け、悲鳴を上げる間もなく全員黒焦げになって地面に落ちたのだった。


「……悪は滅びた。そうだろう、魔理沙?」

「ああ、これ以上に望むものはあるか、霊夢?」

「そうね。強いて言うなら銀月のお茶が飲みたいわ」


 三人は天狗達の屍を確認すると、思い思いにそう口にするのであった。




「……流石に、あれじゃあ天魔も何も出来なかったわね」

「あはははは……まあ、あれじゃあね……」


 霊夢達が白狼天狗達に怒りの鉄槌を下している頃、銀月達は椿の屋敷から苦笑いを浮かべながら出てきた。

 特に銀月などは何か言われるのではないかと身構えていたために、余計に気が抜けているようである。


「まさか、天魔の背後で将志がずっとにらみを利かせているとは思わなかったわ」

「本当にね。おまけに、天魔様が何か余計なことを言おうとするたびに父さんが槍をひたひたと首筋につけるんだもの。あれは生きた心地がしなかったんじゃないかな?」


 屋敷の中で起きたことを思い返しながら、二人はそう言って笑いあう。

 実は椿との面会の間、能面のように無表情な将志が強烈な威圧感を放ちながら椿の後ろに立ち、その首筋に自らの槍を突きつけていたのだ。

 面会の間、椿は真っ青な顔で冷や汗をだらだらと流しながら紫に応対し、紫も後ろの存在感に気を取られて全く集中できずに面会を終了したのであった。


「やっほ♪ 二人とも楽しんでるかな♪」


 二人が話していると、目の前に黄色とオレンジの二色で分けられた大玉に乗ったピエロの少女が、空からふわりと降りてきた。

 思いもかけない登場に、銀月は思わず首を傾げた。


「あれ、姉さん? どうかしたの?」

「もうそろそろ添い寝の時間だよ♪」

「え、何で?」

「それはちょっと尺の都合で♪」

「尺? 何のことかしら?」


 突如として訳のわからないことを言い出す愛梨に、二人はぽかーんとした表情を浮かべた。

 そんな二人を見て、愛梨はにこやかに笑いながら手にしたステッキでシルクハットを軽く叩いた。


「それじゃあ、二名様ごあんな~い♪ それっ♪」


 愛梨はそう言うと後ろに宙返りしながら大玉から飛び降り、その大玉を二人に向けて全力で蹴り飛ばした。


「きゃあ!?」

「うわっ!?」


 あまりに突然の行動に、二人はとっさに衝撃から身を守ろうと身構える。

 しかし次の瞬間、大玉は口を開くかのように横に大きく裂け、二人を飲み込んだ。


「きゃああああ!?」

「うわああああ!?」


 大玉の中に飲み込まれた二人は、真っ逆さまに落ちていく。

 大玉の中は虹色に輝く不思議な空間になっていて、上下左右どの方向を見ても果てが無く、またその感覚も狂わされる。

 二人はただ落ちている感覚だけを受ける一方で抵抗できぬまま、なすすべなく落ちていく。

 そして、しばらくすると落ちる先に畳と布団が見えてきた。


「くっ!」


 銀月はそれに気が付くととっさに紫の下に滑り込み、紫が体を打たないようにする。

 そしてその体勢のまま、布団の上へと着地した。


「ぐえっ!」

「きゃっ!」


 銀月は布団に落ちる寸前に受身を取り、紫をしっかりと受け止める。そのお陰で、紫はほとんど怪我することなく着地することが出来た。

 二人が落ちた先は和室であり、かなり広々とした間取りである。その部屋の中には、幻想郷では普段見られないような物品が多々見受けられた。


「うーん……あら、ここ私の部屋?」

「あいたたた……紫さん、怪我は無い?」


 紫は辺りを見回してそこがどこかを確認し、銀月は頭を軽く押さえながら紫の無事を確認した。

 その銀月の声に、紫は銀月の状態を思い出して少し動揺した様子でそちらに声をかけた。


「え、ええ……銀月は大丈夫?」

「……う、うん……俺は大丈夫だよ……」


 紫が銀月のほうに目をやると、銀月の顔は火がついたように真っ赤に染まっていて、困ったような表情で眼をそらしていた。

 それを見て、紫はそれがどういうことかをしばらく考えると、くすくすと笑い出した。


「ああ、そういうこと。ふふふ……銀月、貴方も本当は人のこと言えないんじゃないかしら? いつも余裕を見せるくせに、押し倒されたりすると顔が真っ赤になるのね」

「……違うよ……俺がこんなになってるのは、相手が紫さんだからで……」

「えいっ」

「ふぇ?」


 しどろもどろになりながら銀月が話していると、紫は突如として銀月の両手首を布団に押さえつけ、銀月の顔を覗き込んだ。

 それを受けて、銀月は真っ赤な顔のまま、酷く緊張した様子で紫を見た。


「ゆ、紫さん……?」

「いえ、照れてる貴方が可愛かったから、ちょっとこうしてみたらどうなるのか気になったのよ」

「あぅ……」


 紫の言葉に、銀月は俯いたまま黙り込んでしまった。

 その様子を見て、紫は微笑ましい表情を浮かべた。何故なら今の銀月の表情は、ルーミアやレミリアが無理やり押し倒したときとは全く違うものであったからである。

 そんな銀月に新鮮な気持ちを感じながら、紫は楽しそうに話しかける。


「それで、私はこれからどうすれば良いのかしら?」

「……す、好きにして良いよ……」

「それ、どちらかと言えば女の台詞よ?」

「か、関係ないよ……だって、現に俺はこれじゃあ何も出来ないし、べ、別に紫さんになら何をされたって……」


 銀月は全く抵抗することなく、全身の力を抜いて紫の行為を受け入れる体勢を取っており、その表情は恥ずかしさと同時に、何かを期待している心境を表していた。

 その様子は、まさにまな板の上の鯉といったものであった。


「……何だか悪いことをしている気分になってきたわ」


 そんな銀月に、紫はほんのり朱が差した顔で苦笑いを浮かべるのであった。




「あの紫様が、攻めに回ってるだと……?」


 一方、会場でモニターを見ていた藍は紫の姿を見て驚愕の表情を浮かべていた。

 男に抱きしめられただけで真っ赤になって眼を回してしまう紫が、いくら慣れている相手とは言え男を押し倒して遊んでいる状況は驚くに値する状況であろう。


「……と言うか、銀月が本当に男か女か分からなくなってきたわ……」


 霊夢はモニターに映った銀月の姿を見ながら、難しい表情でそう呟いた。

 霊夢としては銀月は男だと言われて接してきただけであり、よく考えれば銀月が本当に男だと言う確証を得た覚えが無い。それ故に、銀月が男であると言うことに自信が無くなってしまったのだ。


「…………」


 その横で、二人の姿を見ていた魔理沙は顔を真っ赤にし、首筋に手を当てて俯いていた。

 そんな彼女を見て、ギルバートが声をかけた。


「ん? どうした、魔理沙? 首がどうかしたのか?」

「な、ななな、なんでもないんだぜ!」

「いいから見せてみろ」

「わっ!?」


 ギルバートは魔理沙を強引に引き寄せ、首を押さえていた手を引き剥がして首筋を覗き込んだ。

 しかしそこには特に異常は見られず、ギルバートは首をかしげることになった。


「……本当になんでもないんだな。どうしたんだ、本当に?」

「ひゃぅ!? ギル、息が掛かって……」


 ギルバートが魔理沙の首筋を覗き込んだまま声をかけると、魔理沙は上ずった声と共にびくりと体を震わせた。ギルバートの吐息が首筋に掛かり、ぞわぞわとしたくすぐったい感覚が魔理沙の背中を走ったのだ。

 その魔理沙の姿を見て、ギルバートはニヤリと笑った。


「……あ、そういうことか」

「な、何だよ?」

「いや、なんでもない。なんでもない」


 意地の悪い笑みを浮かべながら、ギルバートはからかうように魔理沙にそう話す。

 そんな彼の態度に、魔理沙は苛立ちを覚え始める。


「おい、何だその顔は!? 言いたいことがあるなら言えよ!」

「ふ~っ……」


 いらだつ魔理沙の首筋に、ギルバートはおもむろに息を吹きかける。

 すると魔理沙はぞくぞくと体を後ろにそらせて震え上がった。


「ふわわわわっ!? い、いきなり何するんだ!?」

「……話がある。ちっと来い」


 大いに動揺する魔理沙に、一転して真面目な声色でギルバートは耳元でささやいた。

 どうやら何か彼にとって都合の悪いことが起きているようであった。


「お、おお、分かったぜ……」


 そんな彼の言葉に魔理沙は頷き、後についていく。

 突然二人きりでその場を離れたことに、霊夢が首を傾げた。


「どうかしたのかしら、あの二人?」

「ほう……あの二人、何か共通の隠し事があるな……」


 霊夢の疑問に、隣に立っていた藍が興味深げな表情を浮かべてそう呟いた。

 それを聞いて、霊夢は首を傾げた。


「隠し事?」

「ああ……?」


 藍が霊夢の言葉に頷いた瞬間、会場内に大地を揺るがすような轟音が鳴り響いた。

 その異常事態に、霊夢と藍は顔を見合わせた。


「何の騒ぎだ?」

「あっちから聞こえてきたわね」


 二人は急いで音のした方向へと駆けつけた。

 するとそこには、男女入り混じった大勢の人妖達が無残な姿となって横たわっていた。周辺の地面には多数の穴が開いており、それはかなり深いところまで続いているようであった。

 その様子を見て、二人は愕然とした表情を浮かべた。


「……なんだ、この屍の山は? 一応生きてはいるようだが……」

「と言うか、あそこにいるの、銀月のお父さんじゃない?」


 藍が彼らの生存を確認していると、霊夢がその下手人と思わしき人物の姿を発見した。


「……話にならんな。出直して来い」


 将志は黒い漆塗りの柄の槍を握り、吐き捨てるようにそう言い放った。その身に纏っている覇気は尋常ではなく、見ているだけでも圧倒されるほどの威圧感があった。

 そのオーラを消すと、将志は自分を眺める二人組みに気が付いて声をかけた。


「……む? どうした、二人とも?」

「将志、お前は何をしてるんだ?」

「……銀月を嫁に欲しいなどと言う戯けたことを言う奴が沸いて出たから殲滅した。それだけだ」

「殲滅って……」


 自分のしたことを簡潔に述べる将志に、二人は唖然とした表情を浮かべる。

 口にしただけで抹殺されるのだから、実際に行動に移したらどうなるのかが想像もつかないのであった。


「将志……お前、いくらなんでも親馬鹿が過ぎないか? そんなことでは、銀月が結婚するとなったら血の雨が降ることになるぞ?」

「……そうか?」


 藍の指摘に、将志は心底不思議そうな表情でそう返した。どうやら自分が親馬鹿であるという自覚が無いようである。

 そんな将志に、霊夢が少し緊張気味に声をかける。


「ねえ、私は一緒に居て大丈夫なのよね?」

「……銀月が納得している以上、俺から言えることはない。だが、もし銀月と婚姻を結びたいと言うのなら……」


 霊夢の質問を聞いて、将志は体から威圧感を発しながら手にした槍を向ける。

 それを見て、霊夢の表情がギョッとしたものに変わった。


「ちょっ!? その物騒なものをこっちに向けないでよ!?」

「……俺は、まだ認めたわけではないからな」


 将志は短くそう言い残すと、その場から立ち去っていった。


「きゃはは……霊夢ちゃん、銀月くんと結婚したいとは一言も言ってないのにね……」


 その後姿を見送りながら、いつの間にかやってきていた愛梨がそう呟いた。

 その一言に、藍も呆れ顔でため息をついた。


「あれは本気で殺る気だったな……霊夢、銀月に頼るのも程々にしておかないと命に関わるんじゃないか?」

「大丈夫よ。銀月のお父さんは一線を越えないと危害を加えてこないわ」


 藍の忠告に、霊夢は確信に満ちた様子でそう答えた。

 その一言に、藍の眉が興味でつりあがる。


「一線って……お前、越えたことがあるのか?」

「私はないわよ。ただ、お父さんの目の前でルーミアが銀月に性的な意味で襲い掛かったとき、ルーミアが大変なことになったくらいで」

「それは、いつもルーミアがアグナから受けるお仕置きとほぼ変わらないじゃないんじゃないか?」

「それが違うのよ。ルーミア、それからはお父さんと銀月が一緒に居る時は絶対に近づかなくなったのよ。銀月と一緒のときにお父さんが来ると、蒼い顔で離れていくし……あれはきっと、すごく酷い目に遭わされているんだわ」


 霊夢はルーミアがいったいどんな眼にあったのか考えながらそう口にする。

 どんな酷い目に遭ってもめげないルーミアが蒼い顔でおびえるほどの仕打ちと言うのが、どういったものなのか想像もつかないのだ。


「きゃはは……将志くんなら、絶対にやるね……」

「ああ……何せ将志は、超が三つ付くほどの親馬鹿だからな……」


 それを聞いて、愛梨と藍は乾いた笑みを浮かべた。何をしたのかは想像できないが、そういったことをやるというのは容易に想像できたからであった。

 そう言いあうと、藍は愛梨に話しかけた。


「ところで愛梨、お前もうイベントの方は良いのか?」

「うん♪ 今日のイベントはもうお終いだよ♪ だって、お客さんもこんなになっちゃったしね♪」


 愛梨は苦笑いを浮かべながら、周囲を見渡した。無事だった客は全て帰宅しており、そうでない客は皆一様に地面に倒れ伏している。これではとてもイベントの続きを出来る状況ではないのだった。

 その言葉を聞いて、霊夢が疑問を呈して愛梨に質問をする。


「ねえ、銀月はどうなったの?」

「う~ん、催眠術が解けるのは明日の朝だから、それまでは帰ってこないかもね♪」

「ちょっ!? それじゃあ私のご飯が……」

「キャハハ♪ 大丈夫だよ♪ 銀月くんならきっと帰ってくるよ♪ それじゃあ、まったね~♪」


 慌てる霊夢をよそに、愛梨はそう言って煙幕を叩きつけ、煙と共に消え失せた。


「……あのピエロ、銀月が帰ってこなかったらただじゃ置かないわ……」


 霊夢には、愛梨が立ち去った跡を恨めしげに見つめることしか出来なかった。




 一方その頃、紫と銀月は落ち着きを取り戻し、添い寝をしていた。

 そこには、自分に好意を持たされている銀月から、隠している心境を引き出そうという紫の算段があった。


「紫さん……」

「どうしたの、銀月?」


 ふと、銀月は紫に声をかける。そんな彼に、紫は優しく声をかけた。

 しかし、次の一言で紫の頭は真っ白になった。


「……キスして良い?」

「え?」

「今、誰も見てないから……愛梨姉さんのモニターにも映ってないよ」

「ぎ、銀月?」

「ずっと我慢してたんだよ? みんなが見ている前じゃ紫さんも恥ずかしいだろうし、品性が無いって思われるかもしれないもの。でも、今は誰も見ていない。ねえ、いいでしょう?」


 熱に浮かされた視線を送りながら、銀月は紫を抱きしめてそう口にした。

 その普段からは考えられない程に積極的で押しの強い銀月に、紫は大いに慌てた。


「ちょ、ちょっと落ち着きなさい!」

「うう~っ、ダメなの……?」


 ずいずいと迫ってくる銀月を、紫はその額を手で押さえることによって止める。すると銀月は、泣き出しそうな表情を紫に向けてきた。

 そんな彼を見て、紫は大きくため息をついた。


「はぁ……銀月、上手くは言えないけど、今は貴方の口付けを受け取るわけには行かないのよ。だから、ごめんなさいね」


 紫は止めた理由をそう話す。紫からしてみれば、今の銀月は愛梨の催眠術によって心を操られている状態なのである。そのことから、紫は銀月の性格を考えて止めたのであった。

 そんな紫の行為に、銀月は悲しげにがっくりと肩を落とした。


「そんなぁ~……」

「……そんな情けない顔しないの」


 落ち込む銀月を前にして、紫は小さく深呼吸をし、覚悟を決めた表情を浮かべる。

 一方、銀月は紫に断られたショックが大きいようで、しょげてしまって彼女の行動に気付いていない。


「……っ」

「ほえ?」


 紫はそっと目を瞑り、ややためらいがちにその唇を合わせた。

 自分の唇に一瞬感じた柔らかい感覚に呆けた声を上げる銀月に対し、紫は恥ずかしさからバッと顔を背けた。


「……っ、こ、これで良いのかしら……?」

「紫さん、今、キスを……」

「え、ええ……正直、どんな感じなのか気になってはいたのよ……その、キスの感覚って……」


 紫は消え入りそうな声で、そわそわとした様子でそう話した。自分がした行為とその気恥ずかしさに耐え切れず、心臓が苦しいほどに脈を打っているのだ。

 そんな紫の言葉に、銀月は少し困惑した様子で首を傾げた。


「な、何で?」

「……だって、気になるじゃない。藍とかアグナとか、とても嬉しそうな顔でキスの話をしてるし、すごく気持ち良いって言うから……」

「あはは……あの二人の言うキスはちょっと違うかな……」

「そ、それで、銀月になら出来そうかなって思って……その……その場の勢いで……」


 紫はそう言いながら、銀月の胸に自分の顔を押し当てる。どうやら恥ずかしさが臨界点を突破し、自分が何をしているか分かっていない様子である。

 そんな紫の言葉を聞いて、銀月は嬉しそうな笑みを浮かべた。


「ふふっ……嬉しいな。男が苦手な紫さんが、俺になら出来そうだって思ってくれたんだ。ふふふ……」

「それは一番近くにいる殿方が貴方だし……」


 銀月はとても幸せそうにそう言って笑い、紫を優しく抱きしめた。紫にとって特別であると言うことが嬉しくてしょうがないのだ。

 そんな銀月に、紫はささやかな言い訳をする。しかし、そうやって取り繕う姿も、銀月にとっては可愛らしく映るのであった。


「それで、感想は?」

「……少し、苦しいわ」

「そう……」


 銀月に尋ねられて、紫は小さくそう答える。


「でも、悪くは無いわね」


 そして、照れた表情を見せながら、小さく微笑んだ。


「……そっか」


 そんな紫を見て、銀月はホッとしたような、慈しむような穏やかな笑みを浮かべた。

 ところが銀月のその反応に、紫は不満そうに頬を膨らませた。


「むぅ……なんでいつも貴方はそんなに余裕があるのかしら?」

「えっと……正直に言うと、初めてじゃないから……」

「そういう意味じゃないわ。霊夢のときはあんなに真っ赤になって……」


 言いづらそうに理由を口にする銀月に、紫はそう言葉を重ねた。

 すると、銀月はギョッとした表情を浮かべた。


「っ!? み、見てたの?」

「ええ。完全に酔いが回った霊夢が、貴方を捕まえて口移しでお酒を飲ませているところをね。それも何度も。そのときの貴方は、顔を真っ赤にしてされるがままだったじゃない」

「あ、あれはまさか霊夢がそんなことするなんて思ってなくて……」


 紫の追及に、銀月はしどろもどろになりながらそう答えた。どうやら、紫に昨日の霊夢との一連の行為を見られて、浮気と取られるのではないかと動揺しているようである。

 そんな銀月に対して、紫は納得のいかない様子で再び質問をする。


「それじゃあ、私ならこういうことをすると思っていたのかしら?」

「ううん、紫さんはこういうことは苦手だから、自分からこういうことをするとは思ってなかったよ」

「じゃあ、何で私が相手だと霊夢みたいにならないのかしら?」

「……それはね、びっくりするよりも、嬉しい気持ちの方が大きかったからだよ。それに、紫さんも精一杯だって言うのが分かったからね」


 銀月は紫に対して、真っ直ぐに眼を見つめながらそう言って微笑んだ。その視線は、その言葉が本心から出ていることを示していた。

 その言葉を聞いて、紫はハンマーで殴られたかのようにガクンと頭をたれた。


「はぁ……貴方を恋人にすると、毎日こういうことを言われるのね」

「え……ひょっとして、嫌だった?」

「嫌じゃないけど……なんかこう、好意をストレートにぶつけられて、心が浮つきっぱなしになるのよ」

「そうなんだ……」


 紫の言葉を聞いて、銀月は再びしょげ返ってしまった。銀月にとって重要なのは、紫が自分の行動を嫌がるかどうかだけではなく、自分の言動で困ったりしないかどうかも重要なのである。それ故に、銀月は紫を困らせてしまったと感じて落ち込んでしまったのだ。

 そんな彼の態度に、紫は慌ててフォローを入れる。


「ああ、落ち込まないで。普段の貴方は色々と溜め込んでしまってこうやって素直に話してくれないから、ちょっと違いに戸惑っているだけよ」

「……俺、そんなに色々溜め込んでるように見える?」


 銀月はキョトンとした表情でそう口にした。どうやら、銀月は自分が周りからどの様に見られているかがよく分かっていないようである。

 その様子を見て、紫はいたわるように銀月の頬を撫でて頷いた。


「ええ。自分では気付いていないでしょうけど、貴方はずっと周囲に気を使い続けてるわ。おまけに、そういう時の貴方は心と感情が繋がっていないから、見た目には分からない。周りの者は、貴方に気を使わせてしまっていることすら分からないでしょうね」

「そんなことないよ。俺は自分のやりたいことをしてるだけだし……」

「それは違うわ。貴方がしているのは、やらなきゃ気が済まないことばかり。霊夢がお茶を欲しがっていないか、同僚のメイドたちが何か困ってはいないか、父親が自分の仕事に忙殺されていないか。貴方が考えているのは人のことばかり。今日だって、私の仕事が遅れないようにって言う気遣いがなかった訳ではないでしょう? しなきゃ気がすまないことは、したいこととは全然違うわよ」

「そ、そんなこと言われても……」


 紫の言葉に、銀月は言葉を詰まらせる。

 銀月にしてみれば、頭に浮かんだ気になることを順にこなしていっているだけなのである。そのために、「自分がしたいこと」と「しなければ気が済まないこと」の違いなど考えることもしなかったのだ。


「まあ、それが貴方の性分なのだろうし、しなければもっとストレスが溜まってしまうのだから、仕方が無いことではあるけどね」


 そんな困り顔の銀月を見て、紫は苦笑いを浮かべる。

 紫も、銀月は「しなければ気が済まないこと」がとても多い性格だということを、幼い頃からの付き合いで知っているのだ。


「でも、今は忘れなさい。貴方に必要なのは心の休息よ。そんなに気を張り続けていたら、そのうち心が壊れてしまうわ」


 紫はそう言いながら、銀月の頬を優しく撫で続ける。

 紫の脳裏には、銀月が父として慕う一人の妖怪が浮かんでいた。己が主をひと時も忘れず想い続けた末に心を壊し、ただ主を守るという誓いを果たすだけの機械のような存在になってしまっていた彼。紫はその顛末を、自分の心について悩む将志に懺悔された藍から聞かされていた。

 それがどうしても紫には人事のように思えなかった。何故なら、自分を慕ってくれている彼の息子が、時々その父親と同じ様に心を失い、人に尽くすためだけに生きる機械のようになってしまいそうに見えるからである。


「うん……」


 そんな彼女の言葉に、銀月は素直に頷いてそっと抱きしめる腕に力をこめた。

 紫のことで頭がいっぱいになっている彼には、彼女を一緒に居ることが今一番大事なことであったのだ。

 銀月は自分の頬を撫で付ける紫の手を、幸せな気持ちで受け入れる。

 そんな彼の姿を見て、紫はふと思い立ったように声を上げた。


「そうだ。せっかくだし、ちょっと出かけて見ましょうか」

「出かけるって……どこに?」

「ふふっ、それは着いてからのお楽しみよ。それじゃあ、行くわよ」


 首をかしげる銀月の手を握りながら、紫はスキマを開いてその中へと入った。

 沢山の眼が浮かんでいるその禍々しい空間を、二人はゆっくりと降りていく。

 すると、銀月は何やら妙な浮遊感を感じ始めた。


「何だかふわふわする……ねえ、何処に行くのさ?」

「もうすぐ着くわよ」


 銀月の質問にも、紫は意味ありげな笑みを浮かべるだけで答えることは無い。

 そしてしばらくしてスキマを抜けると、目の前には星々の大海が広がっていた。


「っ!? ここ……は……!?」


 外に出ると、銀月は酷く驚いた様子で目の前の風景を眺め始めた。

 銀月の目の前には、青く美しく輝く巨大な球体……地球が存在したからである。

 そのあまりの美しさに、銀月は言葉を失った。彼は自分が今どのような場所にいるかと言うことも疑問に思うことなく、目の前の青い星を眺め続ける。

 そんな銀月に、紫が笑みを浮かべながら話しかけた。


「どうかしら? 私達の住む世界を外側から見た感想は?」

「すごい……俺達の住む世界って、こんなに青くて綺麗だったんだ……」


 紫の言葉を聞いて、銀月は眼を輝かせた。自分が住んでいる世界の美しさに感動しているのだ。

 その答えを聞いて、紫は満足げに頷いた。


「気に入ってくれたみたいで何より。連れてきた甲斐があるというものだわ」

「…………」


 銀月は眼を輝かせたまま、ジッと目の前に広がる地球を眺めている。

 その表情はいつもの冷静さを失っており、無邪気にはしゃぐ子供のようなものになっていた。

 そんな銀月を見て、紫は柔らかな笑みを浮かべた。


「ふふふ……やっと歳相応の表情になったわね」

「え?」

「だって、貴方はなかなかそんな子供のような無邪気な表情は見せてくれないもの」

「そうかな?」

「そうよ。いつもは大人びた涼しげな表情しか見せてくれない。それにいつも一歩引いていて、事が円滑に進むようにと考えているわ。貴方はちょっと早く大人になりすぎよ」


 紫は銀月に対して、平坦な声でそう告げる。

 その言葉を聞いて、銀月はその意味を吟味するように軽く眼を閉じ、ため息をついた。


「大人になった、ね……自分はまだまだ子供だと思っていたけど、紫さんから見たらもう大人に見えるのか……」

「ええ。それはもう、悲しいくらいに。周りを見てみなさいな。霊夢なんて、同い年だけど貴方に比べればまるで子供よ? それこそ、親に甘える子供みたいじゃない」

「親って……ひょっとして、俺?」

「正解。でも、本当はそれではいけないのよ。貴方は貴方のために、もっと子供でいなければならなかった。なのに、何で貴方は子供であることを捨ててしまったのかしら?」


 紫は笑みを消し、真剣な表情で銀月に問いかける。

 それに対して、銀月は困った表情で頬をかいた。


「そんなこと言われてもなぁ……毎日修行に明け暮れてたら、いつの間にかこうなってたし」

「それが拙かったのかもしれないわね。修行は確かに貴方を心身ともに強くしてくれた。でもそのせいで、貴方の中から甘えがほとんど無くなってしまったわ」


 銀月の言葉に、紫はそう言って小さくため息をついた。

 幼い頃から、死に対する恐怖から逃れるため、生き延びるためにただひたすらに修行を続けてきた銀月。そこには心の余裕など全く無く、ただ己を磨くことのみに幼少期を使い果たしてしまったのだ。そうして育ってきた銀月は、苦しさを耐え忍ぶことを覚えそれを表に出さなくなってしまったのだ。


「でも、甘えなんて無い方が良いでしょう?」


 そんな銀月は、紫の言葉に不思議そうな表情を浮かべる。

 耐え忍ぶことを覚えた銀月は、甘えとは無縁の日々を送ってきた。それどころか、心の余裕が少し生まれたと思えば人のフォローに回ってしまう。そうしているうちに、銀月にとって甘えは禁忌のようなものになってしまったのだ。

 何故なら、甘えると言うことは人の時間を消費してしまうから。霊夢達に甘えられることでそれを知った銀月は、人に迷惑がかからないように甘えることを忘却したのであった。

 その銀月の言葉を聞いて、紫は首を横に振った。


「その甘えることがいかにも罪である、なんて言う考え方の方が大問題。張り詰めすぎた糸は、簡単に切れてしまうのよ? 貴方はもう少しわがままになって良い。人に迷惑を掛けたって構わない。もっと自分勝手に甘えることを覚えるべきよ」

「……甘えるって、どうすれば良いのさ」


 銀月は俯いて、そう口にする。自分の考えとは相反する紫の言葉に、反発を覚えながらも考えているのだ。

 譲歩の構えを見せた銀月に、紫は優しく微笑みながらその頭を軽く撫でた。


「自分の優先順位を、仕事や人よりも高くすれば良いのよ。たまには仕事を人に投げても良い。たまには人にくっついて甘えるのも良い。甘え方なんて、人それぞれよ」

「そう……それじゃ……」

「んっ!?」


 銀月はそう言うと、おもむろに紫の唇を奪いにかかった。その不意打ちに、紫は驚きの表情を浮かべた。

 そうして固まっている紫を、銀月はぎゅっと抱きしめた。


「……ごめんね、紫さん。甘えるって、こうすることしか思いつかなかった」


 銀月は泣きそうな眼で紫の眼を見つめる。自分のわがままで、紫が迷惑をこうむっていないかが不安でしょうがないのだ。


「そ、そ、そう……じゃあ、しょうがないわね……」


 そんな銀月に紫は顔を真っ赤にして、しどろもどろになりながらそう答えた。銀月の好意の対象が自分にある今、銀月が甘える相手が自分になるということをすっかり失念していたのであった。

 自分を肯定してくれた紫の言葉を聞いて、銀月は感極まって抱きしめる腕に力をこめる。


「……俺、紫さんが好きで好きでたまらない。ねえ、どうすれば良いのかな?」

「ぎ、銀月?」

「優しい紫さんが好き。綺麗な笑顔を浮かべる紫さんが好き。ちょっと悪戯好きな紫さんが好き。一緒に居るだけでとても幸せ。もう、どうしたら良いのか分からないんだ」


 銀月は切なげな声で、まくし立てるように紫にそう言い放った。もはや「好き」と言う感情が大爆発して自分自身ではどうにもならなくなっており、紫のして欲しいことをすることにしたようだ。


「ええっと……そ、それじゃあ、しばらくこうしてもらって良いかしら?」


 そんな銀月を前にして、判断に困った紫はとりあえず現状維持を選択した。


「うん……」


 銀月はそれに小さく頷くと、素直にそれに従うのであった。

 その後頑張って甘えようとする銀月の猛攻は、紫が疲弊して霊夢の食事の話を持ち出すまで続いたのであった。




「……死にたい」


 翌朝、銀月は部屋の角で体育座りをして、どんよりとした雰囲気でそう口にした。

 銀月には催眠術にかかっていたときの記憶もしっかり残っており、紫に何をしたかもしっかり覚えているのだ。そのために、銀月は羞恥と自己嫌悪のダブルパンチを受けているのであった。


「銀月、朝から負のオーラが出てるわよ」

「……俺、今度から紫さんにどんな顔して会えば良いんだ……」


 霊夢が声をかけると、銀月は両手で顔を覆ってうずくまったままゴロゴロとその場を転がる。

 そんな銀月に、腰に紫色の瓢箪を下げた、頭に二本のねじれた角が生えている少女が楽しそうに声をかけた。


「いやあ、昨日の銀月は本当に面白かったなぁ。あの全身から溢れる幸せオーラは、完全に新婚のお嫁さんだったし……あんたが恋をするとあんなに可愛くなるのね」

「おまけに聞いてるほうが恥ずかしくなるような台詞をさらりと吐くし……ついでに、酔ってなくても攻められるととても弱いことが分かったわ」

「やめて言わないで。ああもう、自分がああまで酷いことになるなんて……もー!」


 二人の言葉を聞くと、銀月は耳を塞いで転がる速度を上げる。

 昨日なんて滅べば良いんだ、などと呟いている銀月を差し置いて、霊夢は疑問に思っていたことを萃香に問いかけた。


「そういえば萃香、あんた昨日何をしてたの? ちっとも見なかったけど」

「いやぁ、流石に涼をあのままにしておくわけにはいなかったからね。銀の霊峰まで送って、そのまま看病してたんだよ」

「じゃあ、どうやって銀月の様子を見てたのよ?」

「ああ、それは銀の霊峰には特別に人里とは別のモニターがあってね。そこから見てたんだよ」


 萃香は昨日の自分の行動を簡潔に話す。流石に自分のせいで重度の二日酔いになってしまった涼を、そのまま放っておくのは気が引けたようである。

 銀の霊峰でも銀月の様子は放送されており、萃香達もモニターで確認していたのだ。

 なお、二日酔いで苦しむ涼の隣では、銀月に襲い掛からないようにとアグナに縛り上げられたルーミアが転がされていたのであった。


「よう、色男。気分はどうだ?」

「見たところ、結構来てるみたいだぜ」


 そんな折に、魔理沙とギルバートが何やら四角い物体を手にやってきた。

 ギルバートは楽しそうな笑みを浮かべており、魔理沙は若干苦笑いを浮かべていた。

 そんな二人に、憂鬱な表情で銀月は応対した。


「……やあ、ギルバートに魔理沙。こんな朝も早くに何の用かな?」

「当然、昨日の件についてトドメを刺しに」

「……トドメ?」

「ああ、これだぜ」


 にこやかに笑いながらギルバートは銀月に要件を告げ、手にした物体を見せた。

 持ち運びのできる取っ手付きのそれは、何やら上に色々とボタンが取り付けられており、中段には何か四角い物が入る空間があった。

 それを見て、銀月は怪訝な表情を浮かべた。


「……何これ?」

「香霖が言うには、てーぷれこーだー、って言うらしいぜ」


 銀月の問いかけに、魔理沙もよく分かっていないような表情でそう答える。

 当然ながら、銀月もさっぱり分からずに首を傾げた。


「てーぷれこーだー? 何それ?」

「まあ、実際に使ってみれば分かる。じゃ、ポチッとな」


 ギルバートはそう言いながら、再生ボタンを押した。

 すると、中に入っているテープが回り始め、中の音源を再生し始めた。 


『今、誰も見てないから……愛梨姉さんのモニターにも映ってないよ』

『ぎ、銀月?』

『ずっと我慢してたんだよ? みんなが見ている前じゃ紫さんも恥ずかしいだろうし、品性が無いって思われるかもしれないもの。でも、今は誰も見ていない。ねえ、いいでしょう?』


 そこから流れてきたのは、普段意識して聞いていない声と、昨日一日中聞いていた声であった。

 その会話を聞いて、銀月の顔からさっと血の気が引いた。


「……まさか……愛梨姉さん……!」

「まあ、そういうこった。昨日のお前の会話、全部録音済みって訳だ。これで何度でも昨日の会話が聞けるぜ?」


 ギルバートはニヤニヤと笑いながら、銀月にそう言い放つ。

 そう、実は愛梨が気にしていた尺とは、音声を録音していたテープの時間のことだったのだ。

 既に内容を知っている彼は、その会話を思い出すたびに笑いが止まらないようである。


「……それをこっちに渡してもらおうか」


 そんな彼の様子に、銀月は顔を真っ赤にし、肩を震わせて銀色に光る札を取り出した。その体からは威圧感がでており、叩き壊すつもりのようであった。

 それを見て、ギルバートはテープレコーダを背中に隠して、人差し指を横に振った。


「……兄弟、一つだけ教えておいてやる。これを叩き壊したところで、事態は好転しないぜ?」

「……どういうことだ?」

「あ~……気の毒だけど、このテープ、実はあの烏天狗がいつのまにか大量に複製しててな……もう幻想郷中に広まっちゃってるんだ」

「テープレコーダーも電源も河童が複製したから、これ一個壊したところで聞けなくなるってことは無いんだぜ?」


 魔理沙はかなり言いづらそうに事実を伝え、ギルバートは楽しげにそう告げた。


「な……な……なぁぁぁ~……」


 自分の想像の範疇を超えた事実に、銀月はその場に崩れ落ちた。

 精神的ダメージが限界を超え、全ての思考を放棄することにしたようであった。

 そんな彼を見て、霊夢が抗議の声を上げた。


「ちょっと、あんたら。いくらなんでもやりすぎなんじゃない?」

「いや、それがこれ、文は指示を受けただけだから、彼女に責任はほとんど無いんだぜ?」

「じゃあ、誰がそんな指示を出したのよ? そんなことして、銀月のお父さんが黙ってるわけが無いわ」

「霊夢。指示を出したのはその銀月の親父さんなんだぜ」


 若干責める様な霊夢の抗議に対して、魔理沙は自分の知っている事実を霊夢に告げた。

 それを聞いて、霊夢の眼は点になった。まさか、この銀月に特大ダメージを与える行為を父親が指示していたとは思わなかったからである。


「……はい?」

「親父さん、今回の件をまだ許したわけじゃ無かったって訳だ。まあ、そのお陰で一笑い出来たわけだが」

「お~い、銀月~ 帰ってこ~い」

「もうだめだぁ……おしまいだぁ……」


 未だににやけた笑みの止まらないギルバートの一方で、萃香が銀月に声を掛けていた。

 銀月は真っ白に燃え尽きており、将志の目論見は効果てきめんだったことを示していた。

 そんな彼を見て、霊夢は大きくため息をついた。


「あ~あ……銀月、完全に落ち込んじゃったじゃない」

「そういえば霊夢。お前も随分と大胆だな」


 不意に、魔理沙が含み笑いを浮かべて霊夢の肩を叩く。

 霊夢はそれに何やら嫌な予感を感じながら、キョトンとした表情を浮かべた。


「え? 何の話よ?」

「お前この前の宴会で、銀月に口移しで酒を飲ませたんだって? それも、恥ずかしがる銀月を相手に何度も」


 魔理沙は自分が新しく知った情報を、霊夢に端的に告げた。

 それを聞いた瞬間、霊夢の顔は火を噴いたように赤くなった。


「なぁっ!? 何でそれを知ってるのよ!?」

「いや、だって録音されたテープの中で銀月と紫さんが話してたし。今頃は人里なんかでも噂になってる頃じゃないか?」


 がぁーっとまくし立てるような霊夢の言葉に、ギルバートが極めて冷静にそう言い放つ。彼にとって、霊夢は知り合い以上友人未満なので、特に心が痛むことはないのであった。


「あ……嘘……」


 その言葉を聞いて、霊夢の頭の中は真っ白になった。

 銀月と同じく全ての思考を放棄し、その場にぺたんと座り込んでしまった。


「お~、人間が二人灰になった。いや~この二人、本当に面白いなぁ」


 そんな博麗の二人組に、萃香は楽しそうに笑うのであった。




「ちょっと将志! 愛梨! これはどういうことなの!?」


 一方その頃、もう一人の被害者が銀の霊峰に駆け込んでいた。

 いつもの余裕を投げ捨てた彼女の態度に、将志と愛梨はキョトンとした表情で首を傾げた。


「……銀月の反省を促すために、昨日の会話を拡散させてもらっただけだが?」

「何てことしてくれるのよ! これじゃあ私まで恥をかくじゃないの!」

「あれ? でも、藍ちゃんは配っても大丈夫だって言ってたよ? ゆかりんの許可もちゃんと貰ってたって……」


 愛梨は少し混乱した様子で紫にそう言った。

 それを聞いて、紫はピクリと眉を吊り上げた。


「藍が? ちょっと待ちなさい」


 紫はそう言うと、式との繋がりを利用して藍を呼び出した。

 すると、式の能力で九尾の狐が紫の下へ瞬間移動してきた。


「おや、紫様。何の御用です?」

「藍、貴方はあのテープの拡散に許可を出したのかしら?」

「ええ、出しましたとも。その結果、ああいうことになっているのですから」


 低い声での紫の質問に、藍はしれっとした態度でそう答えた。

 そんな藍に対して、紫の怒りは爆発した。


「何てことしてくれるのよ! あの会話、私だって聞かれたくないのよ!?」

「私は紫様のためを思ってしたのですが?」

「どういう意味かしら?」

「それは、銀月と紫様が恋仲であると思わせることで、紫様と銀の霊峰には密接な繋がりがあると思わせるためですよ。紫様の仕事は公には分かりづらいですから、目に見える巨大組織との繋がりが示せると良いと思いまして」

「……そんなことを考えていたのか?」

「ああ。私と将志で出来れば良かったのだが、幻想郷の管理者は紫様だからな。紫様がやらないと意味が無い。だから、男に慣れさせるついでに、今回のことを仕組ませてもらったというわけだ」


 藍は自分の思惑をその場にいる三人に説明する。

 しかしそんなもっともらしいことを言う藍に対して、紫は異論の声を上げた。


「……待ちなさい。それだけなら、テープを拡散させるまでも無いわ。あの時のモニターに映った姿でも十分に効果があったはず。本当の目的を言いなさい、藍」

「いえいえ、冬の間に冬眠なんてしてくださるご主人様にささやかな仕返しを、などと言う大それた考えは一切ありませんよ?」


 問い詰めるような紫の言葉に、藍は本来の目的をあっさりと告げた。どうやら冬の間の仕事を長年丸投げされていて、少々腹に据えかねていたようである。

 その藍の本来の目的を聞いて、紫は顔を真っ赤にしてわなわなと肩を震わせた。


「ら~~~~ん~~~~~~! そこに直りなさい!」

「お断りします。それにしても、紫様が自分から口付けをするとは……銀月になら出来そうって、どこの恋する乙女ですか」

「き~~~~っ! 今日と言う今日はただじゃ置かないわよ、藍!」

「おっと、そんな怒りに身を任せた攻撃は私には通用しませんよ」


 怒り心頭といった状態の紫の激しい攻撃を、藍は涼しい笑みを浮かべながら易々と回避していく。

 将志によって戦闘能力を大いに引き上げられている藍にとって、紫の攻撃はそう怖いものではなくなっていたのであった。


「……今日も平和だ」

「そうだね♪」


 そんな二人を見て、将志と愛梨は穏やかな表情でそう呟くのであった。



 余談ではあるが、このイベントの後、幻想郷にて修羅と化した銀の槍が荒れ狂うことが多くなったという。

 皆様大変お待たせいたしました。

 いや~、まさか一ヶ月も空くとは思わなかった。

 とにかく難産の回で、銀月の謝罪の内容からどのようにもって行くかなどを考えるのに時間がかかりました。

 おまけに、べらぼうな長さ。

 テキスト量がメモ帳で75.3kbと言うことは、文字数にして約37,500文字、原稿用紙94枚分と言うところでしょうか。

 ……正直、今回は長くなりすぎた感がありますね。

 もっと短く内容をまとめられるようになりたいです。


 さて、今回の内容ですが、銀月に対する罰ゲームでした。

 ところが、心身ともに超タフな銀月に、如何にして大ダメージを与えようかと将志達が苦心した結果がこれでした。

 ええ、銀月は盛大に自爆していますね。色んなところで。

 銀月が完全にデレると、今回みたいな感じになります。


 また、天狗共がどんどん手の付けられない事態に……白狼天狗に続いて、新聞を書く烏天狗達にまで影響が出始めた模様です。

 天狗達の変態化が止まらない。


 そして、今回地味に出番の多い親馬鹿。

 写真の依頼主を抹殺しに行ったり、椿を後ろから脅迫したり、銀月に求婚しようとした有象無象を殲滅したり……

 ……あれ、こいつこんなキャラにするつもりだったっけ?


 なお、今回の一番の勝ち組は文。最大の被害者は紫、次点で霊夢です。

 あと、写真の依頼主はペンネームをよく見て考えると見えてきます。


 では、ご意見ご感想お待ちしております。



 あと、忘れてましたが今回から新章です。

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