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銀の槍のつらぬく道  作者: F1チェイサー
萃まる力と夢現
144/175

銀の月、夢を見る


「うっ……ううっ……」


 銀月が眼を覚ますと、そこには謎の空間が広がっていた。

 不思議な浮遊感を感じながら周囲を見渡すと、真っ暗な空間の中に青白い光が限りなく遠くに見え、まるで宇宙の真ん中に放り出されたかのような感覚を覚える。

 その宇宙の大海原と違うところがあるとすれば、呼吸が出来、目の前に大きな紫色の月が存在するくらいのことであろう。


「……ここは……?」

「ようやく眼を覚ましたのね、この寝ぼすけ」

「ん?」


 後ろから聞こえてきた少々愛想の悪い少女の声に、銀月は振り返る。

 するとそこには、金色金眼のメイドの少女が立っていた。少女の顔立ちは恐ろしいほどに整っており、どこか人間離れした印象を受けた。

 その姿を見て、銀月は首をかしげた。


「……君は誰? それと、ここは何処かな?」

「いつまで寝ぼけているの? 私のことを忘れるなんて、いい度胸ね」


 少女は面白くなさそうな表情を浮かべながら、呆れたようにそう言い放った。

 そうは言われても、全く心当たりのない銀月はただ首を傾げるしかなかった。


「え、どういうこと?」

「仕方が無いわよ、夢月ちゃん。私がそういう風にしたんだもの」


 夢月と呼ばれた少女の背後から、少し楽しそうな、夢月によく似た少女の声が聞こえてきた。

 その声に、夢月はその方向へと振り返った。


「姉さん?」

「おはよう。えっと、今の名前は銀月だったわね。逢いたかったわ」


 夢月のことをいったん置いて、姉らしき少女は銀月に向かって好意的に可愛らしく挨拶をした。

 夢月とよく似た人間離れした美しさを持つ金髪金眼の少女は、淡いピンク色のドレスを着て赤いリボンをつけており、背中には白い翼が生えていた。

 そんな彼女の言葉を聞いて、銀月はその違和感に眉をひそめた。


「……ちょっと待って。どうして俺の名前を知ってるのさ。それに、「今の名前」ってどういうことだ?」

「ああ、忘れてたわ。今の貴方には自己紹介が必要ね。私の名前は幻月。そこに居るのが妹の夢月ちゃんよ。そして、ここは私達の住む夢幻界。これで分かった?」

「自己紹介をありがとう、幻月さん。で、さっきの質問に答えてくれるかな? 何で俺の名前を知ってるのかな? そして、「今の名前」ってどういうこと?」

「どうしてって、貴方は知ってるはずよ? 普段は忘れているだけ。ほら、よ~く思い出してみて」


 子供のように無邪気でにこやかに笑いながら、幻月は銀月に促すようにそう言葉をかけた。

 それを聞いて、銀月は訳が分からず呆けた表情を浮かべる。


「え……?」

「姉さんも、何で忘れさせたんだか。結局、最後には全部思い出させるのに」

「忘れさせる必要があるからよ。だって、銀月を永遠に私達のものにするには必要なことですもの」


 呆れたようなむすっとした表情で話す夢月に、幻月は少し不満げにそう言い返した。夢月は幻月の言う必要性が何なのかが理解できず、幻月は夢月に自分の考えを納得してもらえないことが不満なのだ。

 そんな二人の言葉に不穏なものを感じて、銀月の顔から表情が消えていく。


「……どういうことだ」

「どういうことも何も、貴方は元々私達のものなのよ? 今、貴方はあの世界にお勉強に行ってるだけ。いずれ、貴方はここに帰ってくるわ」

「俺が、君達のもの……それに、勉強だって?」


 銀月は確かめるように幻月の言葉を口にし、その意味を深く考え込む。

 その姿を見て、夢月が大きなため息をついた。


「……姉さん。いくらなんでも忘れさせすぎでしょう」

「これで良いのよ。そうでなきゃ、銀月をわざわざ人間にした意味がないじゃない」


 相変わらず呆れ顔の夢月に、幻月は満足そうに笑いながらそう口にした。

 その言葉は、銀月を混乱させるのに十分な威力があった。


「人間に……した?」

「そう。貴方が人間が大好きになるように、貴方は人間になったのよ」


 幻月は無邪気に笑いながらそう言って銀月に人差し指を向けると、その指先から淡い光を発し始めた。

 その瞬間、銀月は気が遠くなるような感覚を覚え、まるで走馬灯のように自分の記憶を遡り始めた。

 萃香に攫われに行ったときの記憶、白玉楼での妖夢との一騎打ち、紅魔館での暴走、霊夢やギルバートとの日常、そして、将志と出会った銀の夜。

 銀月がそれらを懐かしんでいる間に、その記憶は更に時間を逆行していき、視界が暗転する。銀月はその心地良いまどろみの感覚から、自分が眠っていたことに気が付いた。

 段々と意識が覚醒し、銀月はその眼を開く。気が付けば、紫色の月が浮かぶ宇宙にやってきていた。

 ゆっくりと眼を覚ました彼の目の前には、金髪金眼の双子の少女がその目覚めを待っていた。


「目を覚ましたわ……これで完成ね、姉さん」

「ええ……後はこの子を外の世界に行かせるだけよ」


 二人は嬉しそうに笑いながら、銀月の頬を愛おしそうに撫でる。その撫で方はまるで壊れ物に触れるかのように優しく、深い愛情に溢れていた。

 そんな中、メイド服を着た方の少女が少し悲しげな表情を浮かべた。


「このまま、ここで育てるのはダメなの?」

「ダメよ。寂しいけど、外でお勉強させた方がずっと素敵な男の子になるわ。だから、今は我慢よ」


 白い翼の少女はそう言って妹を宥めると、小さく呪文を唱えた。

 それと同時に、銀月の意識が再び遠くなっていく。


「さあ、行ってらっしゃい。貴方なら、きっと素敵な男の子になれるから」


 薄れゆく意識の中、銀月は唇に柔らかいものが触れたような気がした。


 その記憶を最後に、銀月は意識が急速に覚めていくのを感じた。そして眼を覚ますと、目の前には記憶の中の双子の少女と、紫色の月が浮かんでいた。

 銀月は自分の体が自由に動くことを確認すると、大きく息を吐き出した。


「……そうか。思い出したよ。俺は、君達に作られた人間だったね」


 銀月は重々しい声で、確かめるようにそう口にした。

 今しがた見た、今まで忘れていた記憶。それが確かな現実であったことを、銀月は理解したのだ。


「ようやく思い出したのね。そうよ。貴方は私と姉さんが作り出した人間よ」


 銀月の言葉を聞いて、夢月は小さくため息をつき、少し嬉しそうに微笑を浮かべながら口を開いた。

 それを聞いて、銀月は俯いて肩を落とした。


「……それじゃあ、俺は……」

「ああ、勘違いしないで。貴方の魂はちゃんと本物だし、その体も人間と全く変わらないものよ。自分を作り物だなんて思わないでね」


 震える声で呟く銀月に、幻月が優しくそう声をかけた。

 それに対して、銀月は俯いたまま、肩を震わせながら会話を続ける。


「……じゃあ、俺が妖怪に変わっていったり、妖怪を食べたりしていたのは?」

「そう作ったのも私達ね。貴方はこのまま行けば、必ず近いうちに貴方の父親代わりの言う「翠眼の悪魔」になるわよ」


 銀月の問いかけに、夢月がそう言って答える。

 それを聞いた瞬間、銀月の感情は爆発した。


「……何で、何で俺をこんな体にしたんだ! 人間として作られたのに、俺の体はなりたくもないのに悪魔になっていく! 何で人間で居させてくれないんだ!?」


 銀月は俯いたまま、あらん限りの大声でそう怒鳴り散らした。

 それに対して、夢月の表情から笑みが消え、一転して冷たい視線を銀月に送り始めた。


「どうしてって、そんなことも分からないの?」

「っ……分かるわけ、無いだろう」


 銀月は歯を食いしばり、自らの感情を抑えながら夢月の言葉に返事をした。右手で自分の左腕を掴み、今にも殴りかかりそうになるのを必死でこらえる。

 そんな彼の顔を、幻月は柔らかい笑顔を浮かべたまま覗き込んだ。


「ねえ、銀月。私は、私達はね、貴方のことが大好きなの。好きで好きでたまらないのよ。だって、貴方は私の、私達の理想の、優しくて、強くて、可愛くて、格好良くて……何より、ずっと私達と一緒にいてくれる子。それが、貴方なのよ」

「理想の男の子を作るために、私達は数億年も主のことを思い続けた一途な戦神によく似た魂を捜して、その魂を私達の理想の姿に作った器に入れた。もちろん、あの世界で死ぬことが無いように、貴方には手を尽くしたわ。貴方の血に私達の血を混ぜて繋がりを作ったり、妖怪に襲われないように悪魔の能力が使えるようにしたりね」

「それから、貴方が心優しい男の子に育ってくれるように、その魂によく似た戦神を認識して初めて人間として生まれるようにもしたのよ。だって、悪い人間に育てられたら、貴方も悪い子になっちゃうもの。貴方は私達の願いどおり、家族に囲まれて心優しい強い男の子に育ってくれたわ」

「その後も、私達は貴方を色々と支えてきたわ。魔法を教えたり、命の保険を積み立てたりしたわ。貴方に気付かれないように、さりげなく魔法の本を置いてみたりしてね」

「そんな貴方を、たかが人間の寿命なんかで死なせるはず無いじゃないの。貴方には私たちと同じ悪魔として、永遠に私達の傍に居てもらうわ」


 幻月と夢月は、代わる代わる銀月に今まで自分達がしてきたことを話した。

 つまり、銀月が初めに暴走状態であったことも、身代わりの札の魔法陣が書かれた本を置いたのも、銀月とつながりを持っていたのも全てこの二人であったのだ。

 二人は自分達の目的のために、銀月を影から操り、誘導していたのであった。


「なら最初から悪魔として作ればよかっただろう! 何で人間にした! 何で俺にこんな苦しみを味わわせる! 最初から悪魔なら、こうも悩むことは無かったのに!」


 二人の話を聞いて、銀月は再び叫ぶようにそう言い放った。左腕を掴む右手には限界まで力が籠められており、後少しでもすれば相手に手が出そうな状態であった。


「必要なことだからに決まってるでしょう。そうでもないと、わざわざ人間に何てしないわよ」

「そうよ。こうしておけば、貴方はいずれここに帰ってきて、永遠の時を過ごすようになるわ」


 銀月の言葉に、夢月は小さく笑い、幻月はそれに頷きながら銀月に微笑む。

 二人はそう言うと、お互いに向き合い、笑い合う。


「そう、私達と一緒に、三人きりで永遠に」

「そう、私達と一緒に、三人きりで永遠に」


 二人の声が重なる。その言葉は、この先確実にそうなるという確信に満ちていた。


「……ふざけるな……お前達の勝手な都合で、俺はこんな体になったのかよ……」


 銀月は肩を震わせ、怒りに震えた声でそう口にする。

 そして軽く手を振ると、どこからともなく両手に札を取り出した。


「……今すぐ俺の悪魔化を止めろ」


 低く、脅すような声で銀月は二人に詰め寄る。


「ふふっ♪ 嫌よ♪」


 それに対して、幻月はその場から動かず、楽しそうに返事をした。


「早く……早く、はやく、ハヤク!」


 怒りのあまり呂律の回らなくなった口で催促しながら、銀月は手にした札を銀と蒼の二本の槍へと変化させる。


「くすくす……それで私達が言うことを聞くと思っているの?」


 そんな銀月に、夢月は冷たい笑みを浮かべながらそう言い返した。


「このぉ……」


 激昂した銀月は、将志の力を使おうと、力をこめる。


「え……?」


 しかし、将志の力が彼に届くことはなかった。


「あはっ♪ それっ!」


 呆然としている銀月を、幻月は素早く抱き寄せることで捕らえ、夢月も銀月の腕を取る。

 銀月は自らの体に父親の力が届かなかったことに、錯乱状態に陥った。


「何で……なんでなんでなんで!?」

「ここは私達、たった三人きりの世界。それ以外の者は、一切入れない夢幻の世界よ」

「貴方の父親になっている戦神も、ここにまではやってこれないわ。彼自身も、彼と貴方を結ぶ縁すらも、全部ね」

「だから貴方は、ここでは戦神の助力は得られない」

「だから貴方は、たった一人で私達に向き合わなければならないわ」


 混乱している銀月に、夢月と幻月はその理由を説明する。

 二人が存在する夢幻界は、外部から隔絶された世界である。故に力だけの行き来は出来ず、将志がその世界の中に何らかの理由で入り込まない限り、銀月は将志の力が使えないのであった。


「父さんがいなくったって……」

「無駄よ。今の貴方くらいなら、私一人でも簡単に抑えられる」

「私達は二人で一人前の悪魔。人間にそう簡単に負けたりなんてしないわ」


 銀月は二人を振りほどこうと力を込める。

 しかし、悪魔である二人の力は強い上に、自らの能力を使用されて身動きが取れない。


「ええい!」


 そこで、銀月は自分の服の中に仕込んでいた札を爆発させた。銀月の懐から白い閃光と共に爆風が吹き荒れる。


「ぐあっ!?」


 しかし、その爆風は全てが自らに帰ってきて、自分の体を傷つけることになってしまった。

 そんな銀月に、夢月が呆れ顔で銀月に話しかけた。


「馬鹿。無駄だって言ったはずよ。貴方のことで私達が知らないことなんて無い。こうすることだって、全部お見通しよ」


 そう話す夢月の手は銀月の胸元に当てられており、青白い魔法陣が手元に現れていた。

 夢月はその魔法で、銀月の札が起こした爆風を全て押し返したのだ。


「んっ……」

「むぐっ……」


 幻月は唐突に銀月の首に抱きつき、抵抗させる間を与えずにその唇を奪う。


「んっ、ちゅっ、むちゅっ、んっ、ちゅっ」

「っっっっ!」


 幻月は自らの唇を強く押し付け、銀月の口の中を舌で激しくかき回した。歯茎をなぞり、舌を噛み、口の中に溜まった唾液を銀月に流し込む。

 それは今まで会えなかった時間を埋めようとするかのようで、熱い吐息にはその切なさがあふれ出していた。

 銀月はそれから逃げ出そうとするが、幻月はその暇さえ与えず一心不乱に銀月の口の中を味わおうとする。

 そんな二人の間に、突然夢月の手が入り込み、銀月を奪い去っていく。


「あっ!」

「姉さんだけずるいわ。んっ……」


 夢月は銀月の頬を両手で掴むと、素早く口づけを始める。


「んちゅ……はぁ……んんっ……」


 夢月はゆっくりと味わうように、銀月の唇を吸い、舌を絡め、自分のものと銀月のものが交じり合った唾液を嚥下する。

 幻月が銀月を蹂躙するような激しいものだったのに対し、夢月は優しく相手を求めるような、少しじれったいくらいのものであった。

 夢月が口を離すと、二人の間には艶かしい銀色の橋が掛かる。それが途切れる前に夢月は銀月の頬を舌で軽く舐めると、そっと悦の入ったとろけた表情で銀月の腕を抱き寄せた。


「私は悲しいわ。私達はこんなに貴方が好きなのに……貴方は私達に手を上げようとしてるわ」

「本当に、寂しいわね。好きな男の子に嫌われるなんてね」


 囁くような夢月の言葉に続いて、幻月も銀月に抱きついたまま残念そうにそう口にする。

 そして、銀月の頭を強く抱き寄せた。


「……絶対に渡さない。あんな連中に、最愛の人を渡してたまるもんですか」


 幻月は低く、強い口調でそう言うと、素早く銀月の後ろに回りこんで背中に手を押し当てた。

 それと同時に赤い魔法陣が銀月の背中に展開された。


「があああああああああああああああああああ!?」


 銀月は背中に焼け付くような激しい痛みを受けて、悲鳴を上げた。それにも構わず、幻月は銀月の背に魔法を刻み続ける。

 そしてしばらくして、幻月は銀月の背中から手を離した。それを見て、夢月が幻月に話しかけた。


「終わった、姉さん?」

「ええ。人間としての心はもう十分に育ったわ。ちょっと幼いくらいでちょうど良いわよ。これからは次の段階に移るわ」


 夢月の問いかけに、幻月は満足そうに笑いながらそう答えた。


「……俺は貴様らが憎くてしょうがない。俺が向こうで積み上げてきた、その全てを奪い去ろうって言うんだからな」


 銀月は俯いたまま、震える声でそう言いながら涙をこぼす。目の前に自分を悪魔に変えようとしている犯人がいるのに、どうにも出来ないのが悔しくてしょうがないのだ。

 そんな銀月の頬に流れる涙を、夢月がそっとキスで拭う。


「私達が奪うんじゃないわ」

「……なに?」


 夢月の一言に、銀月は怪訝な表情で顔を上げる。それに対して、幻月は優しく微笑んだ。


「ふふふっ♪ そう。貴方から愛するものを奪うのは……」

「うっ……」


 ふと、銀月は目眩を覚えて頭を抱え込む。視界にもやがかかり、意識が遠のいていく。

 頭を抱えてふらついている銀月を見て、幻月は苦笑いを浮かべながらその肩を抱き寄せた。


「あらあら、今日はもうお別れみたいね。夢月ちゃん、お願いね」

「分かってるわよ」


 夢月はそう言うと、銀月の額を人差し指で軽く触れる。そしてゆっくりと指を離すと、銀月の頭から青白い煙のようなものが引き出され、夢月はそれを小瓶にしまいこんだ。

 そうしている間にも、銀月の意識はどんどん遠のいていく。


「う……あ……」

「それじゃあ銀月、また会いましょ♪」


 幻月がそういった瞬間、銀月の意識は完全に落ちた。





「う……ん……」

「起きた……銀月、大丈夫?」


 銀月が目を覚ますと、目の前には心配そうな表情を浮かべた同居人の顔があった。

 それを見て、銀月はキョトンとした表情を浮かべる。


「……霊……夢?」

「銀月、本当に大丈夫なの? 酷くうなされてたけど……」


 どこかボーっとしている銀月を見て、霊夢はそう問いかける。

 銀月は周囲を見渡すと、考え込むように口元に手を当てて俯いた。


「ここは、俺の部屋か……」

「どうかしたの、考え込んで?」

「……う~ん、何か大切なことを忘れてる気がするんだよね……けど、それが何だったのか思い出せないんだ」

「そ、そう……」


 真剣な表情で考え込む銀月に、霊夢は少し気まずそうに頷いた。

 そんな中、銀月はとある事実に気が付いて霊夢に声をかけた。


「……ところで霊夢。何でここに居るのさ?」

「……あんたがうなされてたからよ」


 銀月の問いかけに、霊夢は少し硬直した後で憮然とした表情でそう答えた。しかしその額には冷や汗が浮かんでいた。


「あ~、だからって、普通は布団の中には入ってこないよ? それに、何か俺の服が乱れて……」


 それに対して銀月は頬を掻きながら、少し言いづらそうに口を開いた。

 銀月の言うとおり、何故か霊夢は銀月の布団の中に入り込んでおり、さらに銀月の胴着や袴の紐が解け、服装がかなり乱れていたのであった。

 その指摘に、霊夢は頬を赤く染め、しどろもどろになる。


「そ、それは……」

「嘘はいけないなぁ、霊夢」


 霊夢が言葉を選んでいると、楽しそうな少女の声が聞こえてきた。

 その声に、銀月はその方向を向く。そこには、頭に二本の角を生やした小さな鬼が立っていた。


「萃香さん?」

「二人ともぐでんぐでんに酔っ払ったから私が銀月をここに運んで布団に寝かせたら、霊夢もその後についてもぐりこんで銀月の体を弄繰り回してるんだもの。あんたら、酔っ払うと面白いなぁ」

「酔っ払ってって……あっ……」


 ニヤニヤと笑う萃香の言葉を聞いて、銀月は昨夜のことを思い出した。

 異変解決直後の宴会で、霊夢に散々に飲まされ、その際に色々されたことを思い出して銀月の顔に段々と血が上っていく。

 そんな銀月を見て、霊夢は顔を真っ赤に染めたまま俯いた。


「……思い出したわね」

「あ~、その、何だ……」


 低い声を出す霊夢に、銀月は危機感を感じて霊夢から距離をとろうとする。

 そんな銀月を霊夢は素早く押し倒し、その首に手を伸ばす。


「忘れなさい」

「ぐえっ、ちょ、首絞まって」


 霊夢の手は銀月の首を掴み、じわじわと締め上げ始める。

 銀月はその手を軽く叩いて止めさせようとするが、霊夢が止める気配はない。


「とっとと忘れろ~!」

「ぁ……」


 それどころか、霊夢は銀月の首を絞める力を強め、そのまま揺さぶり始めた。余程恥ずかしかったのか、霊夢は必死の形相で銀月の頭を布団の上に叩きつける。

 銀月は首を絞められ酸欠状態になり、段々と意識が遠のき始めていた。


「霊夢、ストップ! それ以上いけない!」

「は、放しなさい!」


 そんな霊夢を、萃香が後ろから羽交い絞めにして止めに入り、霊夢はジタバタと手足を動かした。

 解放された銀月は軽く咳き込むと、苦笑いを浮かべて霊夢に話しかけた。


「けほっ……あのねえ……別に誰にも言いふらしたりしないって。それに、昨日は二人とも酷く酔っていたし、事故みたいなものだ。そんなに気にすることはないさ」

「……何よ、それじゃあ私のファーストキスも事故だったって言うわけ?」


 銀月の言葉に、霊夢はむっとした表情でそう口にした。ファーストキスにこだわりはないが、流石に事故とされるのは気に食わないようである。

 それを聞いて、銀月は困った表情で頬を掻いた。


「昨日は気にしないって言ってたのに……あれはあれでも良かったと思うよ? 見方によっては、お酒を飲ませるのは口実で、キスすることが本当の目的だったと取ることもできるし……ん? そう考えると、昨日の霊夢はすごく可愛かったんだな」

「んなっ!?」


 ふと思いついたような銀月の言葉に、治まりかけていた霊夢の顔が爆発したかのように一気に赤く染まっていく。

 その横で、銀月は昨日の霊夢の様子を思い出して、ほっこりした表情で頷いた。


「……うん。ごめんね、霊夢。やっぱり、昨日のことは覚えておくよ。急に忘れるのが勿体無くなったし」

「ち、違うわよ! 私は、本当にあんたにお酒を飲ませるために……」


 にこやかに笑う銀月に、霊夢は大慌てでそう言って否定しようとする。

 そんな霊夢を、銀月は微笑ましい表情で浮かべながら頷いた。


「うんうん、そういうことにしておくよ。それじゃあ萃香さん、着替えるから霊夢と一緒に部屋から出てくれないかな?」

「おっけー。それじゃ、外に出るよ、霊夢」


 萃香はじたばたする霊夢を羽交い絞めにしたまま、銀月の部屋の外へと出て行く。

 霊夢は必死で抵抗するが、鬼の力に敵うはずもなく、ずるずると引きずられていった。


「後で覚えておきなさいよ、銀月ーっ!!」


 遠ざかる部屋に向かって、霊夢はそう喚き散らす。

 その声を聞いて、銀月はくすくすと笑った。


「ふふふっ、霊夢も可愛いところあるなぁ。さてと、早く着替えて準備しないとね」


 銀月はそう言うと、乱れた服を着替え始めた。




 背中にある鳥の翼のような痣は、少し大きくなっていた。




 ――――そして、それは夢の中であった少女の翼によく似ていた。

 というわけで、銀月の生い立ちが判明いたしました。

 さて、ここで初めて旧作の連中が出てきましたね。幻月さんと夢月さん。

 彼女達が銀月の生みの親で、銀月は彼女達に作られた人間でした。

 どうしてこんなことをしたのかはまだ内緒です。

 ……と言うか、この二人は設定が無さ過ぎて、誰が描いてもオリキャラぽくなってしまう気がする。

 なお、現時点では銀月はこの二人に全く勝てませんし、普段は二人のことを思い出すことは出来ません。

 ですので、将志や紫も銀月がどうなっていたのかを知ることは出来ませんし、銀月も全く自分の生い立ちを気にすることなく翌朝を迎えたわけです。

 要するに、この二人が関係する話は全編通じて長く続くというわけです。


 それにしても、夢幻世界と帰ってきてからの温度差の激しいこと激しいこと。

 ……幻月も夢月も、ナチュラルにヤンデレ入ってるし。特に幻月。

 でもって、一方の霊夢ときたら……



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