萃める鬼、宴会に参加する
緑の葉を茂らせた桜の木を、柔らかな月明かりが照らす神社の境内。そこでは、今日も宴会を楽しむ人々でにぎわっている。
今回の料理はいつも調理している弁当屋の店主が行方不明であったため、普段と違って紅魔館のメイド長が調理を担当したのだが、メニューが一新されているために目新しさがあって好評のようである。
そんな中、今回初めて顔を出した宴会の主催者である小さな鬼が、懐かしい面々との再会を果たしていた。
「キャハハ☆ 萃香ちゃん、久しぶり♪」
「あ、愛梨! 本当に久しぶりだねぇ、千年ぶりくらいかな?」
明るい笑顔を浮かべる陽気なピエロの少女に、萃香は嬉しそうにそう話す。
「大体そんなものですわよ。元気そうで何よりですわ」
「あはは、私達がそう簡単にくたばるわけ無いじゃないか。そっちこそ元気そうだね、六花」
優雅に立ち振る舞う赤い着物の艶やかな銀髪の女性に、萃香は楽しそうにそう言って笑う。
「おう、俺達も元気だぜ! ところで、あんたの母ちゃんは元気か? また色々教わりてえんだけどよ?」
「あ~、アグナか。元気だけど、また母さんの周りに屍の山ができるからそれを聞くのは勘弁して」
「……それ以前に、俺達は地底に行くことは出来ん上に、伊里耶も地底からそう簡単に出られるわけでもないだろう……それは我慢しておけ」
燃えるような赤い髪の無邪気な炎妖精の言葉に、萃香は乾いた笑みを浮かべてそういった。その横から、将志は小さくため息をつきながら口を開くのだった。
その言葉を聞き終えると、萃香はきょろきょろと辺りを見回し始めた。
「そういえば、涼はどうしたの?」
「……いや、宴会に来てはいるのだが、先程から姿が見えなくなっているのだ。何処へ行ったのやら……」
「もしかして、萃香ちゃんの気配を感じて帰っちゃったのかな?」
「ああ、それはないわよ」
愛梨の言葉に、どこからともなく意味ありげな含みを持った女性の声が聞こえてくる。
そして何もない空間が突如として裂け、中から白いドレスに道士服のような紫色の垂をつけた金髪の女性が現れた。
その女性こと、八雲紫に六花は疑問を投げかける。
「あら、紫さん。それは一体どういうことですの?」
「せっかくの宴会で、主催が逢いたがっているのに逃げるって言うのはいただけないでしょう? だから、神社の外に出ようとしてもまた戻ってくるような術式をかけたのよ」
「それって、涼はここから逃げられなくなってるってこと?」
「そういうこと。だから探し回れば涼と会えるはずよ」
涼しげな笑みを浮かべた紫の言葉を聞いて、萃香は面白そうな表情を浮かべた。
萃香にとって楽しい遊び相手である涼が逃げてしまうのは面白くないので、紫の行為は願ってもないことであった。
そんな萃香のところに、愛梨がにこやかに笑いながら近づいてくる。
「ところで、萃香ちゃん♪ 萃香ちゃんはお花見がしたかったんだよね?」
「そうなんだよ。今年はあっという間に咲いてあっという間に散っちゃったからね。だから、せめて宴会くらい楽しもうと思って」
萃香は残念そうな表情でそう言いながら首を横に振った。
今年は幽々子の起こした春雪異変のせいで春の到来が送れ、更に解決された時期が遅かったために一気に初夏の陽気になってしまったのだ。そのせいで、桜の開花時期が遅れたうえに散るのも早くなってしまったのだ。
それを悔しがる萃香に、愛梨は浮かべた笑みを深くした。
「そこで、だよ♪ この笑顔の魔術師がとっておきの魔法を見せてあげるよ♪ それ、ワン、ツー、スリー♪」
愛梨がそう言って指を鳴らすと、緑色の葉を茂らせていた桜の木が、一斉に桜色に染まった。愛梨の魔法によって、全ての桜が一斉に満開の花を取り戻したのだった。
突然春の景色へと逆戻りした神社の境内に、目の前で見ていた萃香はもちろん、他の客も驚きの表情を見せていた。
「びっくりしたぁ……愛梨、今のは一体何をしたの?」
「キャハハ☆ ピエロは魔法使いさ♪ みんなを笑わせられるなら、これくらいお茶の子さいさいだよ♪」
驚く萃香に、愛梨は楽しそうにその場でくるくると回る。周囲を驚かそうとする目論見が成功したので、とても満足げな表情を浮かべていた。
そんな愛梨に、萃香もまた笑顔を浮かべた。
「ふふっ、今からお花見が出来るなんて思ってもみなかったよ。今日は思う存分騒ぐぞ~!」
「キャハハ☆ 萃香ちゃんの笑顔頂きました♪ 嬉しそうで何よりだよ♪」
「嬉しいんだから仕方ないでしょ。それじゃあ、ちょっと涼を捜してくるよ!」
萃香は愛梨にそう言うと、宴会場の人波の中へと駆けていくのであった。
一方、神社の縁側では、その神社の主である巫女が座っていた。彼女の膝の上には、静かに眠るボロボロになった黒髪の少年の頭が置かれていた。
そんな彼女のところに、メイド服を着た少女がやってきた。
「……まだ眼を覚まさないのかしら?」
「……うん」
霊夢はとても心配そうにそう言いながら、膝の上の銀月の頭を優しく撫でる。その行為にも銀月は全く反応せず、静かに寝息を立て続ける。
そんな二人の下に、タオルを取り替えたりしていた魔理沙・ギルバート・妖夢の三人組がやってきた。
「あの銀月が何十分も気絶しっぱなしっていうのもな……銀月の親父さんは過激だぜ」
「親父さん、昔っから理由なく約束事や信頼関係を裏切ることに関してだけは厳しかったからな……とは言え、流石にあれはやりすぎだと思うが」
「……あれは正直、銀月さんが死んじゃうんじゃないかと思いましたよ。声も上げなくなってからも、将志様は容赦しませんでしたし……」
三人はまだ気を失っている銀月を見て、口々にそう言った。
実際問題、将志は余程許せなかったのか、銀月が気を失ってからも数分間にわたって槍の嵐を浴びせ続けていたのだ。
そのせいで、自分の意思で回復能力を高めることも出来ず、また命に別状があるわけでもないので暴走もせず、気を失ったままになったのだ。
そんな凄惨な光景を見ていた面々は、無事だと分かっていても銀月を心配せずにはいられなかったのだ。
「ぐっ……ううっ……」
そんな中、小さくうなる声が聞こえると同時に銀月は軽く身じろぎをした。
そして、ゆっくりとその眼が開かれた。
「……あれ? 俺、どうなって……」
眼を覚ました銀月は、不思議そうな表情で周囲を見回した。どうやら自分が置かれている状況がよく理解できていないようである。
そんな彼の様子に、霊夢はホッと一息ついて銀月の顔を覗き込んだ。
「銀月、体大丈夫なの?」
「う、うん、もう体を起こせるくらいには回復したけど……なんで俺膝枕されてるの?」
「何よ、しちゃ悪いの?」
「いや、そんなことはないけど……よっ……」
銀月はまだ少し痛む体をゆっくりと起こそうとする。
しかし、その行為は霊夢に頭を抱き寄せられることで止められる。
「ダメよ。念のために、もうしばらくこのまま休んでなさい」
霊夢はそう言いながら銀月の頭を膝の上に置き、銀月が起きられないように額に手を置いた。
そんな霊夢の行為に、銀月は少し困惑した表情を浮かべる。
「えっと、足、痺れたりしない? 結構重いんじゃないかな?」
「私の足の心配をする前に、自分の体の心配をしなさいよ。普段体を酷使してるんだから、こんなときくらいしっかり休みなさい」
銀月の額を少し強めに押さえつけながら、霊夢はそう言い放った。
そんないつもよりも少し強引な霊夢の物言いと態度に、銀月は苦笑いを浮かべてため息をついた。
「……そっか。それじゃあ、もう少しだけ休ませてもらうよ」
銀月はそう言いながら、ゆっくりと息を吐き出した。その様子はどこか落ち着いた様子で、リラックスしているようである。
そんな銀月を見て、ギルバートがにやにやと笑いながら話しかけた。
「しかしまあ、銀月も隅に置けないな。女の子に膝枕なんてしてもらってよ」
「ふふっ、羨ましいかい? 何だったら、君も魔理沙かアリスさん辺りにしてもらいなよ」
ギルバートの言葉に、銀月は小さく笑いながらそう言い返した。
自分の想像とは違う銀月の反応と言葉に、ギルバートは苦々しい表情を浮かべる。
「……魔理沙はともかく、アリスだけはご免被る。何をされるか分かったもんじゃない」
「だってさ、魔理沙。ギルバートは君の膝枕をご所望みたいだぞ?」
「は、はぁ?」
銀月に突然声をかけられ、魔理沙は呆けた表情で声をあげる。
その一方で、ギルバートは顔を赤く染めながら銀月に叫ぶように反論した。
「んなこと一言も言ってねえよ! と言うか、何でお前そんな余裕なんだよ?」
「やましいことは何もしてないからね。別に見られたって恥ずかしいわけじゃないし」
「ちっ、つまんねー」
銀月の返答に、ギルバートは吐き捨てるようにそう言い放つのであった。
そんな中、魔理沙は顔を真っ赤に染めながら俯いてもじもじしていた。その彼女の様子に、妖夢が気付いて声をかけた。
「どうしたんです、魔理沙さん? 顔真っ赤ですよ?」
「ふぇ!? い、いや、何でもないぜ!」
妖夢の声に、魔理沙ははじけたように顔を上げ、大慌てでそう返答した。
そんな彼女の反応に、咲夜がくすくす笑いながら口を開いた。
「大方、ギルバートに膝枕しているところを想像してたんでしょう? 門の前でぴったり寄り添って寝ておきながら、今更恥ずかしがるのもどうかと思うけど」
「……わ、分かってるなら、言うなよ……」
魔理沙は動揺した様子でそう言いながら、帽子を深くかぶりなおして顔を隠す。
実は、魔理沙は以前ギルバートに押し倒されたときのことを思い出していたので、それがばれてなくてホッとしていたりするのは余談である。
一方その頃、萃香は涼を探して宴会場の中を歩き回っていた。
あちこちうろうろしてみるも、涼はどうやら彼女のことを強く警戒しているようで、中々姿を現さない。
そんな中、萃香はとある者を見つけてその場に立ち止まった。
「お? ああ、そういえばあいつも居るんだったね。うん、挨拶くらいしようっかな~」
萃香はそう言うと、ふらふらとその方向へと向かっていく。
「さ~てと、今日の宴会は何が食えますかね?」
「知らねえよ。それはともかく、今日はから揚げにいきなりレモン掛けんなよ」
その先に居たのは、青い特攻服を着た黒髪の男と、紺色のスラックスにワイシャツ姿の男であった。
二人は箸と取り皿を持って、周囲にある料理を少しずつ取り分けながら会話をしているようであった。
「え~、だって美味いじゃん」
「レモンのないほうが好きな奴も居るんだよ! アンタ知らねえのか、時々慧音がアンタに殺意の篭った視線を向けてるんだぞ!」
雷禍の言い分に、善治は強い口調でそう言って反論する。
しかし、雷禍は善治のその主張を一笑に付した。
「ハッ、知らねえよ。それなら俺より早く……」
「やっほ~、雷禍ちゃん。久しぶりだねえ」
善治に話しかけている雷禍の後ろから、萃香は突然後ろから飛びついた。
その突然の闖入者に、雷禍の眼が驚きに見開かれた。
「げっ、テメエ見てるだけじゃなかったのか!?」
「異変が解決されたから、出てきたんだよ。しっかしアンタも変わったねえ、あの暴れん坊がこんなに丸くなって……けど、今のアンタとやった方がずっと面白そうだけど」
「うるせえ、流石にもうあんなアホなことはしねえよ」
ニヤニヤと笑う萃香に、雷禍はうんざりとした表情を浮かべてそう言い放った。どうやら、雷禍は萃香に対して苦い過去があるようなのであった。
そんな雷禍を見て、萃香は不思議そうに雷禍の顔を眺めた。
「けど何があったの? 私や勇儀に負けてはあちこちで暴れまわって、力をつけてから私達のところへ来て再戦を挑んできた奴が、そう簡単に丸くはならないと思うんだけど?」
「こっちにも色々あったんだよ。ったく、人の黒歴史を掘り返すんじゃねえ。後悔はしてねえが、自慢も出来ねえ話だからな」
雷禍はそう言いながら嫌そうに大きくため息をつきながらその場に座る。
そんな彼の態度を見て、萃香も座りながら苦笑いを浮かべた。
「まあいいけど。そういえば、母さんも勇儀もアンタに会いたがってたよ」
「勇儀は大方、俺と喧嘩したいだけだろ……それから、お前のお袋からは何やら別の意味で危機感を感じるときがあるから会わねえ」
雷禍は萃香が口にした二人を思い浮かべながらそう言い放った。特に、萃香の母親たる鬼子母神からは、何やら獲物を目の前にした狩人のようでいて発情した獣に狙われた時のような、えもいわれぬ危機感を覚えていたのであった。
そんな彼の言葉に、萃香は乾いた笑みを浮かべた。
「……母さんについては全く反論できないね。けど、勇儀は一度くらいアンタと思いっきり飲み比べをしたいって言ってたよ」
「へいへい。もし会うことがあったら考えといてやるよ」
萃香の言葉に、雷禍はぞんざいにそう言って答えた。
すると、萃香はその隣に居る人間に眼を向けた。
「ところで、その人間は?」
「こいつか? こいつは俺のダチ公で、善治っつーんだ。喧嘩は出来ねえが、ギャンブルに強い……つーか、心理戦やイカサマが強いって奴だな」
「イカサマ? 何だ、正々堂々戦わないのか」
雷禍の言葉に、萃香は心底がっかりした表情を浮かべた。
そんな萃香の言い草に、善治は小さくため息をついた。
「勘違いしているようだから、言っておくぞ。ギャンブルって言うのは単純な運試しじゃない。持てる力を出し切って挑む駆け引きだ。その中には、イカサマを使ったディーラーと客の騙しあいだってあるし、それが出来る様になるまでは必死に練習するしかない。そんなイカサマ同士なら、正々堂々の勝負だろ?」
カジノのディーラーは、ルーレットで自分の狙った目を狙って出したり、特定の相手を勝たせるなど、己の技量で場をコントロールすることが出来る。
一方、客もそのディーラーと勝負して引き際を見定めたり、中にはイカサマを使ってディーラーの裏をかいたりしようとするのだ。
その勝負に運はほぼ関係なく、ディーラーと客の駆け引きとなるのであった。
その説明を聞いて、萃香は分かったような分からないような微妙な表情を浮かべた。
「へえ、そういう考え方もあるのか……例えば、どんなことをするの?」
「一番分かりやすく驚いてもらえるのは、やっぱりトランプだな。まあ見てろ」
善治はポケットからトランプを取り出すと、鮮やかな手つきでカードを混ぜていく。
そして混ぜ終わると、雷禍と萃香の前に五枚ずつ配った。
「で、普通に配ってるけど、これがどうしたの?」
「アンタに配ったのはスペードのロイヤルストレートフラッシュだ。雷禍には、7とジョーカーのファイブカード」
善治はそれぞれのカードで作ったポーカーの役を宣言した。その表情は、それで間違いないという確信に満ちた表情であった。
そんな彼の様子に、萃香は怪訝な表情を浮かべた。
「ホントに~? どう見ても普通に配っただけじゃないか」
「いいから見てみな」
「どれどれ」
萃香はそう言うと、自分のカードを確認した。すると、そこにあったのはスペードの10、ジャック、クイーン、キング、エースの四枚。
善治の宣言どおり、スペードのロイヤルストレートフラッシュであった。
一方、雷禍のカードもこれまた宣言どおりの7のファイブカードである。
それを見て、萃香は驚きの表情を浮かべ、雷禍は呆れた表情を浮かべた。
「うわっ!? 本当にそうなってる!」
「……善治ちゃんよぉ。いつも思うが、お前なんでこんな技持ってるんだ?」
「会社で賭けポーカーとかやってたんでね。勝ち負けを調節するために暇な時間を使って練習したんだよ。覚えるのに五年掛かったぞ」
「ったく、この不良リーマンが……」
少し得意げな善治に、雷禍はそう言いながらため息をつくのであった。
その横で、萃香は何か気に食わないのか微妙な表情を浮かべていた。
「これ、すごいけどやっぱりインチキくさいなぁ。私はやっぱり正々堂々運試しをしたほうがいいや。あんたは紫でも相手にすればいいと思うよ」
「ああ、彼女には普段から楽しませてもらってるよ。あれだけ大っぴらにイカサマが使える相手も少ないからな。退屈しなくていい」
萃香の言葉に、善治はそう言って笑う。
以前将棋を指して以来、紫と善治は将棋や囲碁などを様々なイカサマを駆使しながら勝負を続けているのだ。
なお、今のところは善治の方が少々勝ち越しているようである。
萃香はその様子を聞いて乾いた笑みを浮かべると、雷禍の肩から離れた。
「さてと、そろそろ他のところに行こうかな。それじゃあ、雷禍! 今度会ったら勝負しよう!」
「あいよ、覚えてたらな」
走り出す萃香に向かって、雷禍は投げやりな態度でそう言って答えた。
その表情は、少し楽しそうであった。
次に萃香が向かったのは、博麗神社の社の裏であった。
涼が人の滅多に来ないところに隠れていないかを確かめるためであった。
「こっちに隠れてないかなぁ?」
萃香はそう言いながら涼を捜す。
するとそこでは、白装束の少年が満開の桜をじっと眺めていた。
そんな彼の姿を見て、萃香はそこに向かった。
「あれ? 銀月、もう大丈夫なの?」
「ああ。あんな大目玉をくらったのは久々だよ」
萃香の言葉に、銀月はそう言って苦笑いを浮かべる。
将志の折檻は鬼である萃香の眼からみても行き過ぎだと思えるものであり、通常であれば死ななくとも数週間はまともに動けない痛みを味わうレベルであった。
「それにしても、あんたも無茶するよ。あの生真面目な将志が、自分の息子の無断欠勤を許すわけがないでしょうに」
「あはは、まあこうなることは最初から覚悟の上だったよ。萃香さんのところへ遊びに言った時点で、父さんには怒られるだろうなとは思ってたしね」
呆れ顔の萃香の言い分に、銀月は笑ってそう答える。
それを聞いて、萃香はしばらくキョトンとした表情を浮かべた後、顔をしかめながら首をかしげた。
「わっかんないなぁ。何でそうまでして、私のところへ来たの?」
「ふふふ、教えてあげません」
「え~、何でよ」
「秘すれば花、秘さざるは花ならざるなり。秘密にしておいたほうが面白いでしょ?」
不満の声を上げる萃香に、銀月はそう言って含みのある微笑を浮かべた。
そんな銀月を見て、萃香はジトッとした視線を銀月に送った。
「……あんた、時々紫みたいなこと言うよね」
「そりゃあ、小さい頃からお世話になってるもの。紫さんの影響だって少なからず受けてるよ」
萃香の言葉に、銀月はにこやかに笑って返すのであった。
すると、ふと思い出したように萃香は手を叩いて口を開いた。
「そういえばさ、一つ気になるんだけど」
「ん?」
「銀月って、本当に男なの? 見た目は正直男でも女でもいけそうだし、声に至っては玉虫色でどれが本物でもおかしくないし……何より、男らしい仕草の中に女を感じるときがあるのよね。ぶっちゃけどっちなのよ?」
萃香は感じた疑問を素直に銀月にぶつけた。中性的な顔立ちで、声も自由自在に変えることが出来、男女双方の仕草が入り混じった銀月の性別が分からなくなったのだ。
そんな萃香に、銀月は額に手を当ててため息をついた。
「……あのね、俺は男なの。大体、女の子は俺みたいなしゃべり方はしないだろ?」
「……アンタ、それをアグナの前で言ってたら大変だよ」
「……そうだったね……アグナ姉さん、よく考えたらそこらの男よりも男らしいこと言うよね……」
渋い表情を浮かべる萃香に、銀月はそう言って頭を抱える。正直なところ、銀月にはアグナの言動は自身よりも乱暴で男っぽいものに思えたのだ。
「さて、そんな訳で今から銀月君の性別を確認したいと思います!」
萃香はにんまりと笑いながら、そう言って銀月の肩を叩いた。
その瞬間、銀月は萃香が何をするつもりなのか悟り、顔からさっと一気に血の気が引いていった。
「……さよならだっ!」
萃香の手を素早く振り払い、脱兎のごとく逃げ出す銀月。
「おっと逃がさないわよ、銀月」
「大人しく私達に調べられなさい!」
「うっ!?」
しかし黒い服に赤いリボンをつけた金髪の少女とこうもりのような翼を生やした赤い眼の少女が飛び出し、二人掛りで一気に銀月を組み伏せる。
銀月はその二人に対応しきれず、仰向けに押し倒される形になった。
「ぐっ……何処から沸いてきたのさ、二人とも!?」
「何って、銀月が人気のない境内裏に一人で居るとなったら、ねえ?」
「勝手に雲隠れして家族や主人を心配させた執事には、お仕置きしないといけないでしょう?」
「仲良いなぁ、二人とも!」
自分を拘束しながらニヤニヤと笑いあうルーミアとレミリアに、銀月はもがきながらそう叫んだ。
そんな銀月に、萃香は手をわきわきと動かしながら近づいてくる。
「よ~し、二人とも、しっかり押さえて……あ、そういえばさっき霊夢が銀月の能力は触っていると自分も使えるって言ってたっけ。じゃあ、逃げられる心配はないか」
「え、そうなの? 初耳なんだけど?」
「……アンタ、銀月の家族なのよね? まあ、私も咲夜から報告を受けなかったら知らなかったことなのだけど、銀月は組み伏せられて相手に自分の能力を使われると、ほとんど振りほどけなくなるそうよ」
キョトンとした表情のルーミアに、レミリアは呆れ顔で銀月の能力について説明する。
どうやら銀月に対する所業から、ルーミアには銀月の能力に対する情報が伝えられていなかったようである。
「じゅるり……つまり、押し倒しちゃえばこっちのものって訳ね」
「そういうこと。ふふふ……こうしてしまえば、銀月は完全に逆らえなくなるわ」
二人はそう言って、再び笑いあう。その眼は獲物を倒し、ご馳走にありつく直前の肉食動物のような眼であった。
そんな二人に加え、萃香が楽しそうに笑いながら銀月の服に手を伸ばす。
「じゃあ改めて、銀月の服をひん剥いちゃいましょうっ!?」
銀月の服に手が掛かった瞬間、三人は頭上から猛烈な熱を感じて動きを止める。
そして上を見上げると、全身が炎に包まれた、小さな少女の姿があった。
「よお、テメエら面白れえことしてんじゃねえか。ところで、寒くねえか、テメエら?」
「「「「ぎゃああああああああ!!」」」」
アグナが勢いよく着地すると同時に、周囲が炎の海に包まれ、四人を焼いていく。
その炎が収まらぬうちに、アグナは炎を纏いながら再び空へと飛び上がる。
「骨まで暖めてやるよ!」
「「「「いやああああああああ!!」」」」
アグナが着地し、再び地面に炎が広がる。
津波のように押し寄せるそれは、四人に全く避ける隙を与えることはない。
「うおおおおおおお! あっちぃいいいいいいいいい!!」
「「「「ふぎゃあああああああ!!」」」」
そして、アグナは三度飛び上がって、三度目の攻撃を行った。
その火力はそれまでのものとは段違いで、炎が起こした熱風で重石の乗っていない銀月以外の三人が空高く打ち上げられるほどのものであった。
そんな三人を眺めながら、アグナは小さく鼻を鳴らした。
「ったく、こいつらはちっと眼を離すとすぐこれだ……」
「あ、アグナ姉さん……なんで俺まで……」
「んあ? テメエあれだけ心配かけておいてお咎め無しになるとでも思ってたのか? これは俺個人の分だ」
ぎろりと地面に這い蹲る銀月を見やりながら、アグナはそう言い放った。
それを聞いて、銀月は恐る恐るといった風に言葉を返す。
「個人の分って……」
「当然だろ! 大体お前が行方不明になったせいで、兄ちゃんが全然眠らなくなったんだぜ!」
アグナは銀月に対して、銀月が行方不明になった間の将志の様子を簡単に話した。
どこでどうなっているか分かっているとはいえ、将志はやはり親として銀月がどうしているのか気になっていたのだった。
そんなアグナの言い分を聞いて、銀月は乾いた笑みを浮かべた。
「……それ、アグナ姉さんが夜寝るときに淋しかっただけなんじゃ……」
「よ~し、反省が足りねえようだな、銀月。こっちに来やがれ」
「あ、待って姉さん、は、反省してるから、痛い痛い痛い!」
アグナは銀月の髪を掴みながら、近くの藪の中へと入っていく。
それと同時に、空へと打ち上げられた三人が地面に落ちてきた。そんな三人に、空に上がる火柱を見てやってきた霊夢が声をかけた。
「あんたら、一応聞くけど……大丈夫?」
「……今日のお姉さまも激しかったわ……」
「あつつ……相変わらずアグナの火力はすごいなぁ。これで本当に封印されてるんだからびっくりだよ」
「あれが妖精だなんて詐欺もいいところよね……何処の世界に吸血鬼を力でねじ伏せる妖精がいるのよ……」
三人は口々にそう言いながら、重たそうに体を起こす。
かなりのダメージを受けたようであり、体を支える手は震えていたが、何とか起き上がることが出来た。
「詐欺といえば、銀月も本当に人間なのか分からなくなることだらけだよ。いろんな所の評判を聞くとね」
レミリアの言葉を聞いて、萃香が何やら思いだしたように話題を変える。
その話題に、霊夢が興味を持ったようでその方を向いた。
「銀月の評判? そういえば、あんた人里での評判がどうとか言ってたわね。一体どんな評判が立ってたのよ?」
「曰く、「妖力霊力を使わずに壁や天井を歩いてた」、「縄で縛り上げたと思ったら、いつの間にか抜けられていた」、「内側から鍵を三重に掛けて窓のない部屋に引きこもっていたのに、気が付けば鍵を全部外されて背後に立っていた」、「どれが本当の顔なのか分からない」、「時々甘い言葉に身をゆだねそうになる」……ねえ、銀月って悪魔か何か? 人間よりおばけって言ったほうがよっぽど納得できるんだけど」
萃香は乾いた笑みを浮かべながら、銀月について聞いたことを霊夢に話した。銀月は仕事や色々な頼まれごと等で頻繁にあちらこちらで行くのだが、その先々で色々と人間離れしたことをしているようである。
そんな銀月の評判を聞いて、霊夢は大きなため息をついた。
「そりゃあまあ、銀月だし……というか、何やってるのよ、あいつ……」
「でも、私はそれを抜きにしたって銀月は人間らしくないと思うよ」
「あら、どういうことかしら?」
「誰だって痛いのは嫌だし、死ぬのは怖いでしょ? だから、銀月の死にたくないって思いが強いところは確かに人間らしいんだ。けど、銀月は死ぬのは極端に怖がる癖して、死に掛けるようなことは平気でするんだよね。何と言うか、死にたくはないけど、死ぬギリギリまではどんな危険を冒してでも何かをやり遂げようとするんだよ。その死の寸前まで死を怖がらないところは、人間としてはちょっと外れてるって思うのよね」
萃香は自分が銀月に感じた人間らしくない場所を口にした。
彼女は異変の最中に銀月と戦いをしたのだが、銀月は捨て身の戦法をかなりの頻度で使ってきていたのだ。それは、萃香にとって人間では考えられないことであった。
何故なら、一般の鬼ですら素手で人間を殺すことくらいのことは容易に出来るのだ。まして四天王の一角ともなれば、その力は押して知るべきである。
その攻撃に恐怖することなく自分から突っ込んでくると言うのだから、萃香には銀月に人間らしさを感じることが出来なかったのだ。
それを聞いて、三人は心当たりがあったのか頷いた。
「あ、それは否定しないわ。銀月は昔から死ななきゃ何でもするような子だったし、過労で倒れそうになることも結構多かったわね」
「戦い方だってそうよ。さっきなんて、自分の服の中の札を爆発させてたくらいだもの。本当に、死にたくないけど死ななきゃ良い、って感じよね」
「なるほどねぇ。確かに、いくら再生能力もどきの能力を持ってたとしても、それありきの行動は普通しないものね。再生するとはいっても、怪我自体はとても痛いし」
三人がそう言って頷きあっていると、藪から空高く火柱が上がる。
アグナが銀月に対する制裁を実行したようであり、焼け焦げた何かが社を飛び越えて境内へと落ちていくのが見えた。
「お~、でっかい火柱。今日は銀月の厄日だね」
「自業自得よ。あいつは自分の重要性をまるで理解していないんだから」
からからと笑う萃香の一言に、霊夢は憮然とした表情でそう言いながら立ち上がった。
その言葉に、レミリアはため息と共に頷いた。
「お前が言うと説得力がすごいわね。で、何をしにいくのかしら?」
「銀月を回収しに行くのよ。まだ、私に対する償いもないし」
霊夢はそう言うと、境内のほうへと歩いていった。
それを見て、萃香も立ち上がって大きく伸びをする。
「さてと、そろそろ涼を見つけに戻らないと。ここにも居なかったし、どこに居るのかなぁ?」
萃香はそう言いながら、再び涼を捜しに戻るのであった。
一方神社の境内の一角では、焼け焦げた白装束の少年が頭を抱えながら体を起こしていた。
「ううっ……酷い目に遭った……」
地面に手を付き、ゆっくり体を起こしながらその場に座る。
周囲を見回してみると、そこは宴会場からは少し外れたところであり、割合に静かな場所であった。
そんな彼の元に近づいてくる人影が一つ。
「まだ終わってないわよ、銀月」
「あ……霊夢」
「んっ」
霊夢は胡坐を掻いている銀月の膝の上に座る。その様子は堂々としていて、何か言いたいことがあるのか逃がす気はなさそうであった。
膝の上にすっぽり収まっている霊夢に、銀月は苦笑いを浮かべた。
「……君、宴会のときはいつもここだなあ」
「何よ、何か文句でもあるわけ?」
「いや、特にないけどね。それで、霊夢は俺に何をするつもりなんだい?」
「今日一日と次の休み、問答無用で私に付き合ってもらうわ」
霊夢は自分の要求を単刀直入に述べた。
それを聞いて、銀月は渋い表情を浮かべた。
「え~……お弁当の卸し先や材料の仕入先にお詫びして回らないといけないのに」
「知らないわ、そんなこと」
「……売り上げが落ちたら、食事もお茶もちょっとグレードが下がるよ?」
「くっ……なら、その次の休みは絶対に空けなさい! これ以上は譲らないわ」
銀月の言葉を聞いて、霊夢は苦い表情を浮かべた後に妥協案を出した。台所を握る人間は強いのであった。
その妥協案を聞いて、銀月は大きくため息をついた。
「はぁ……分かったよ。それで、今日は何をすればいいんだい?」
「私ね、一つ気になることがあるのよ」
霊夢はそう言いながら、にっこりと眩しいくらいの笑みを浮かべた。
それを見て、銀月は何やら不穏な気配を感じて引きつった笑みを浮かべた。
「き、気になること?」
「よく考えたら、あんたが酔い潰れるところ見たことないのよ。だから、あんたを酔い潰したらどうなるか見てみたいわ」
霊夢はそう言うと、銀月から貰っていた収納札から酒の入った一升瓶を何本も取り出した。
それを見て、銀月の表情が引きつったものに変わった。
「うげ……それはちょっと……」
「ダメよ。私があんたに触っている以上、あんたは私から逃げられないわ。どんな手段を使ってでも飲ませてやるんだから」
霊夢は銀月の右手を左手で掴みながら、右手で栓の空いている一升瓶を手に取った。
銀月の額からは冷や汗がだらだらと流れ出し、その眼は泳ぎ始めている。どうやら、何か逃げる口実を探しているようであった。
「お、俺、明日仕事……」
「どうせあんたは能力のお陰で二日酔いなんてならないでしょ。ほらほら、ちゃっちゃと飲む!」
「うわっぷ!?」
しどろもどろになっている銀月に、霊夢は問答無用で一升瓶を口に突っ込むのであった。
「やあ、王子様。楽しんでる?」
その頃、涼を探していた萃香はと言うと、たまたま見つけたギルバートに絡んでいた。
突然声をかけられて、ギルバートは怪訝な表情を浮かべる。
「……誰が王子様だ、誰が。で、俺に何の用だ?」
「いやぁ~、ちょっとばっかり話がしたくてね。流石に銀月がライバル視してただけあったし、中々に格好良かったからね」
「へいへい、そいつはどうも」
絡んでくる萃香に、ギルバートは少し面倒くさそうにそう言って答えた。
そんな彼の様子に構わず、萃香は話を続ける。
「とくに、彼女を守るためにボロボロになった体で力を振り絞って私の拳を止めて、その上で「俺は英雄より強いんだよ!」なんて、ねえ? 恋人を守るヒーローとしちゃ、ちょっと格好良すぎない?」
萃香はニヤニヤと笑いながら、ギルバートに向かってそう話す。
それを聞いて、ギルバートは顔を上げて怪訝な表情で萃香を見つめた。
「はぁ? 何の話だ?」
「だってねえ。あんたの力、あの魔法使いを守るときだけ段違いに強かったんだもの。付き合ってるんでしょ、実際?」
「な、何でそうなるんだよ!? 魔理沙とは単なる幼馴染だ!」
萃香の言葉を、真っ赤な表情で叫ぶようにギルバートは否定した。
しかしその反応が面白かったのか、萃香はにやけた表情を崩さずに話を続けた。
「おお~、赤くなってまあ。幼馴染なんて恋人候補の最有力候補じゃないか。そりゃあ、守るにも必死になるよねえ?」
「だから、関係ねえだろ! 恋人かどうか以前に、仲間だろうが! 仲間を守るのに必死にならねえ奴がどこに居るんだよ!?」
「おっと、そんな格好良いこと言っても誤魔化されないよ。ほらほら、正直に白状しちゃいなよ」
「だから、白状もへったくれもねえって言ってんだろうが!」
萃香のしつこい問いかけに、ギルバートは必死になって否定の言葉を投げ続ける。
「その話、私にも詳しく聞かせてもらえるかしら?」
そんな最中、横から水色の服を着た金髪の少女がやってきた。
その姿を見て、ギルバートの表情が凍りついた。
「げっ、アリス……」
「いきなり「げっ」とはご挨拶ね、ギルバート。何か拙いことでもあるのかしら?」
薄ら笑いを浮かべながら近づいてくるアリスに、ギルバートはジリジリと後ずさる。
その一方で、萃香は突然横槍を入れてきた人物に目配せをすると、キョトンとした表情で首をかしげた。
「あれ、あんた誰だっけ?」
「ギルバートの許嫁のアリスよ」
「はあぁ!?」
突拍子もないことを言い始めるアリスに、ギルバートは困惑の表情で叫ぶ。
そんなアリスとギルバートの反応に、萃香は意地の悪い笑みを浮かべた。
「へぇ……許嫁がいるのに、恋人までいるのか。やっぱり、英雄色を好むというやつかねえ?」
「待て、そいつは……」
「ふぅん? 私と言うものがありながら、浮気してたの……浮気者には罰を与えないとねえ?」
慌てて否定の言葉を口にしようとするギルバートに、アリスはニヤニヤと笑いながら薬瓶を取り出した。
そんなアリスに、ギルバートは静かに俯いた。
「……待て、何の冗談だ?」
「いいえ、もう二度と浮気できないように、貴方を人形に変えてしまおうかと……っ!?」
アリスがそう言った瞬間、ギルバートはアリスの手から薬瓶を奪い去り、左手で薬瓶を持っていた手を掴んで後ろにひねり上げて背中に付け、右腕を相手の首に回した。
アリスは突然乱暴な行為に出たギルバートに不意をつかれ、眼を白黒させている。
「……冗談もいい加減にしな。人狼が浮気なんて言う裏切り行為の罪を着せられる何ざ、たとえ冗談だとしても我慢ならねえ。その発言、取り消せ」
ギルバートはアリスの耳元で、怒りのにじんだ低い声でそう言い放った。余程気に障ったのか、アリスの首に回った右腕は今にも締め上げようとしていた。
そんな彼の様子に、アリスは小さくため息をついた。
「やれやれ、ね。この冗談が貴方の逆鱗だなんて思わなかったわ。ごめんなさいね」
「当たり前だろ。人狼は仲間を信頼して助け合うことで生き延びてきたんだ。その仲間を裏切るなんて、何よりも大きな恥だ」
アリスの謝罪の言葉に、ギルバートはアリスを解放した。
そんなギルバートの言葉に、萃香は苦い表情を浮かべていた。
「あ~、私らで言う嘘をつくことと同じことだったのか。ごめん、流石にそれはあんまりだったね」
「それに関してはお互い様だ。俺だって、さっきあんたが嘘をついていないか疑ったからな」
萃香の謝罪の言葉に、ギルバートは憮然とした表情でそう言った。
そんなギルバートに、アリスは思案顔を浮かべた後に、薄く笑みを浮かべた。
「なるほど、人狼を恋人にすれば浮気をされることはないって事ね」
「……否定はしないが、一体何が言いたいんだ?」
「つまり、私が貴方を篭絡してしまえば、貴方は一生私のものになると」
「恐ろしいことを言うな、お前は!?」
「ああ、ダメだよ。彼の心はもう愛しのあの子に雁字搦めにされて解けないんだから」
「そっちはそっちで何を言ってんだ! つーか、そんなんじゃねえよ!」
好き勝手なことを言う二人に、ギルバートは必死になって反論する。
しかし、弄っている二人からすればそれは面白い反応であり、火に油を注ぐ結果となった。
「……何騒いでんだ、ギル?」
そこに、渦中の一人である魔理沙がギルバートの叫びを聞いてやってきた。
そんな彼女に、萃香は浮かべた笑みを深くした。
「お、彼女が来たよ、色男」
「だから、違うって言ってんだろうが!」
萃香の言葉にそう言って叫ぶギルバート。
その二人のやり取りを聞いて、魔理沙は苦笑いを浮かべながら頬を掻き、アリスに話しかけた。
「あー、何の話か全然分からないぜ。ちょっと説明してくれないか?」
「私も途中からしか聞いてないからよく分からないのよ。貴女、要約して説明してくれないかしら?」
「さっきの戦いのとき、そこの人狼の力がそこの魔法使いを守るときだけ異常に強かった。と言うわけで、あんたと人狼が付き合ってるんじゃないかって話」
魔理沙とアリスに尋ねられて、萃香はそう答える。
それを聞いて、二人は苦笑いを浮かべると共に、納得して頷いた。
「……確かにそういう見方も出来なくはないけどな。ギルのことだから、きっと何も考えてないぜ」
「ギルバートらしいわね。でも、けっこう満更でもないじゃないの?」
「まあ、仲間として大切に思われてるっている点では嬉しいぜ。それに、やっぱギルはそういう時の顔が一番格好良いんだよな」
アリスの質問に、魔理沙は素直にそう言って答えた。
それを聞いて、萃香は楽しそうに笑った。
「おおっ、惚気はいりました~」
「私は事実を言っただけだぜ。案外、ギルのそういう顔見て惚れる奴も居るんじゃないか?」
「確かにそうよね。ギルバートってナイトのイメージにぴったり来るし、私も時々ドキッとするような時もあるもの」
「ギルは割と美形だからな。ちょっとした仕草が、すごく絵になるような時もあるし」
「そうそう。やっぱりお坊ちゃまだけあって、仕草が優雅なのよね。時々ギルバートのところのメイドが見とれるのもよく分かるわ」
魔理沙とアリスは二人でギルバートの仕草や表情について語り合う。その内容は大方好意的であった。
「…………」
しかし、それを聞かされている本人は、二人に背を向けて無言で俯いていた。いきなり褒め殺しにされて、気恥ずかしさに耐えられないのだ。
そんなギルバートの様子を見て、萃香は正面に回りこんで下から顔を覗き込んだ。
「おやおやぁ? どうしちゃったのかな、ナイト様? ひょっとして、照れてるの~?」
「やかましい! くそっ、銀月に口説かれた奴がどんな気持ちなのかよく分かるな!」
萃香の言葉に、ギルバートは顔を真っ赤にして、半ばやけくそでそう口にした。
それを聞いて、萃香はふと何か思いついたような表情を浮かべた。
「お、それじゃあ改めて銀月にあんたを口説いてもらおうか?」
「ひぃぃぃ!? き、気色悪いこと言うんじゃねえ!」
萃香の一言に、ギルバートは赤い顔を一気に青く染め、背中にぞわぞわとしたものを感じながら後ずさる。
「あははは、それじゃあ私はそろそろ行くかな。そろそろ本命が見つかっても良い頃だしね」
そんなギルバートの様子にひとしきり笑うと、萃香は再び涼を捜しに戻るのであった。
それから先、萃香は会場を探し回るのだが、一向に当初の目的の人物が見つかる気配はなかった。その現状に、萃香は首をかしげる。
「……う~ん、これだけ捜しても居ないってことは……あ、そうか」
萃香は何かに気付いたようで、そう一言呟くと再び歩き出した。
その行き先は、博麗神社の母屋であった。
萃香はその中の台所へと上がりこむと、中を探し回った。すると、水瓶の陰に誰かが座り込んでいるのが見つかった。
その姿を見て、萃香はにんまりと笑って近づいた。
「りょ~う~ちゃん♪ あっそび~ましょ~♪」
萃香は嬉しそうにそう言いながら、うずくまっている人影の肩を叩いた。
「で、でーーーーーたぁーーーーーー!」
声をかけられた黒い戦装束の少女は、萃香の姿を見るなりそう叫びながら一気に壁まで後ずさった。
そんな涼に、萃香は手を広げながらゆっくりと歩み寄ってくる。
「何よぉ、いきなり妖怪かなんかに会ったような声を出してさ」
「萃香殿はまさしく妖怪ではござらぬか! ええい、こっちに来るなぁ~!」
「つれないな~。亡霊だって人間から見ればお化けじゃん。ほらほら、そんなところに居ないで、あっちに行こうよ!」
「ぬわぁーーーーーーっ! はーなーせぇー!」
萃香は嬉々として笑いながら、涼を引きずりながら外に出て行くのであった。
その頃、銀月は霊夢に飲まされ続けていた。限界を超える程度の能力による処理を超えた酒精に、銀月は酔いが回ってゆらゆらと体が揺れていた。
そんな銀月に、霊夢は容赦なく酒を飲ませようとする。彼女もそれなりに飲んでいるため、顔は赤く染まっていた。
「全く、手こずらせるわね。大人しく飲みなさいよ」
「うゆ……霊夢……これ、アルハラ……」
「まだそんなことが言えるのね。なら、もう少し飲んでもらうわ」
「や、やめて……いくら罰でも、これ以上は……」
銀月は何とか酒から逃げようと、揺れる視界の中、手で酒瓶を振り払いながら必死に抵抗する。
そんな酒を拒む銀月に、霊夢は業を煮やす。
「ああ、もう! 抵抗するなぁ!」
「っ!?」
霊夢はそう言うと口に酒を含み、銀月に抱きついて腕を拘束し、手で顔を掴んでその唇に自分の唇を押し当てて酒を流し込んだ。
想定外のその行為に、銀月の眼が驚きに大きく見開かれた。
「……れ、霊夢……な、何もそうまでしなくても……て言うか、良かったの?」
「構いやしないわよ。ファーストキスなんてそこまで大げさなものでもないし、大体あんたはもう済ませてるじゃない」
「いや、でも初めてって大事にするもんじゃ……」
「あんた、そんなこと言ってるから乙女チックとか夢見がちとか言われるのよ。正直、私も下手な女よりもあんたの方がよっぽど乙女だと思うし」
困惑する銀月に、霊夢は何てことの無いようにそう言い放った。
彼女にとって、ファーストキスとはその程度のことのようであり、そういうことを大事にしている銀月の感覚がとても乙女っぽく感じたのだ。
「む~……どうせ俺はヒロイン属性ですよ~だ……みんな妖怪だのヒロインだの何なのさ……」
その言葉を聞いて、銀月は不満そうに頬をぷくっと膨らませていじけた。その仕草はとても子供っぽく、少し幼く見えた。
そんな銀月を霊夢はジッと眺めていたが、突如としてその頬を掴んで顔を覗き込んだ。
「ほえ?」
「……こうしてみると、あんた本当に可愛いわね。何と言うか、お人形みたいな可愛さもあるけど、小動物みたいに色々と撫で回したりしたくなるような感じよね」
呆けた表情の銀月に、霊夢は割と真剣な表情で銀月に向かってそう言い放った。
唐突な霊夢の言動に、銀月は面食らって軽く身を引く。
「れ、霊夢? 君、酔ってるでしょ? 息がかなりお酒臭いよ?」
「……否定はしないわ。けどね、今私はあんたのことを滅茶苦茶にしてやりたい気分なのよ。あんたを酔い潰して、どうするかはじっくり考えるわ」
霊夢はそう言いながら酒を手に取り、銀月の肩に手を回す。肩に回した手には力が篭っていて、絶対に逃がさないと言う意思と今すぐにでも弄り倒したい気持ちを抑えていることが現れていた。
その霊夢の行動に、銀月は身の危険を感じて慌てだした。
「ちょっ!? 霊夢、今水を取ってくるから、その手にしたお酒を置いて僕の上から退いて!」
「くすくす……あんたも相当酔ってるわね、銀月。慌てて口調が小さいときのに戻ってるわよ」
「うっ……そ、それは霊夢が飲ませるから……」
わたわたと子供っぽい仕草を見せる銀月に、霊夢は楽しそうに笑う。普段は大人びて落ち着いた性格をしている銀月が、歳相応以下の可愛らしい幼さを見せているのが新鮮なのだ。
そんな銀月に、霊夢は何かを思い出したように口を開いた。
「ああ、そうそう。酔いつぶれる前に聞いておくわ。あんたは何で萃香のところに行こうと思ったの?」
「……だって、嫌だったんだ」
「嫌だった?」
「皆が楽しんでるのに、萃香さんはただ見ているだけ。そんなの、少なくとも俺は嫌だね。だから、俺は萃香さんを宴会の場に引きずり出すために、萃香さんに勝負を挑んだのさ」
銀月は霊夢の質問に、満ち足りた表情でそう答えた。
それを聞いて、霊夢は呆れ顔でため息をついた。
「それで負けてりゃ世話ないわよ。私達が来なかったら、あんたいつまでたっても雲の中よ?」
「ああ、それは心配してなかったよ」
銀月はそう言うと、くらりと酔いが回っている体を傾け、霊夢の胸元に頭を預ける形になる。
そして小さく息を吐き出すと、銀月は見上げるように霊夢の顔を見ながら、酒に酔った赤い顔で柔らかな笑みを浮かべた。
「だって、俺が負けたとしても霊夢は必ず、失敗したって何度でも俺を迎えに来てくれると信じてたから。だから、俺は気兼ねなく萃香さんに勝負を挑めたんだ」
そう話す銀月の声はとても穏やかで、霊夢に対する信頼に溢れた言葉であった。
その言葉を聞いて、霊夢は気恥ずかしさから思わず銀月から顔を背ける。
「……あ、あんたって奴は……どこまでヒロイン属性を高めれば気が済むのよ……」
「待って、今のどこにヒロインの要素があったのさ?」
「むしろ、何でヒロイン要素がないと思うのよ……とにかく、もう聞きたいことは聞けたわ。じゃあ、酔いつぶれてもらうわよ」
「ま、待って、それはちょっと……」
「抵抗したら、その柔らかい唇にぶちゅーっともう一発いくわよ?」
霊夢はそう言いながら、銀月の顎を掴んで軽く持ち上げ、上から顔を覗き込んで笑みを浮かべる。
そんな霊夢に、銀月は一瞬眼を見開いた後、真っ赤な顔で霊夢から眼をそらした。
「……うん、いいよ……霊夢になら、されても……」
「っ!?」
銀月は眼をそらしたまま、恥じらいの色を含みながらもどこか期待をにじませた小さな声で返事をした。
霊夢はその返答にに驚きの表情を浮かべ、心を落ち着かせようとするかのように自分の杯から酒を口にした。その様子は明らかに動揺しており、心穏やかな様子ではないようであった。
そんな霊夢の反応を見て、銀月は突然笑い出した。
「あはははは! 冗談だよ! いや、驚いた霊夢もっ!?」
けらけらと笑う銀月に、霊夢はその頭を抱き寄せ、笑い声を上げる口を自分の唇で強引に塞ぎに掛かる。
それと同時に銀月の口の中には霊夢が口に含んでいた酒が流し込まれ、銀月は思わずそれを飲み込んだ。
「……お望みどおり、もう一発したわよ」
「……え、あっ、あれぇ……?」
酒のせいか羞恥のせいかは分からないが、霊夢は赤い顔を更に赤く染め、ぶっきらぼうに銀月に話しかける。
それに対して、銀月は自分の予想していた反応の遥かに斜め上の反応を返してきた霊夢に、茹蛸のように赤くなった顔で呆けた表情を浮かべていた。
その銀月の表情を見て、霊夢はトロンとした表情でにやけ顔を浮かべた。
「あらあら、珍しいわね。あんたがそんな間抜けな表情を見せるのなんて初めて見たわ」
「くぅ、冗談だって分かってたくせに……霊夢の意地悪ぅ。それと、やっぱり君飲みすぎだよぉ……」
意地の悪い霊夢の表情と言葉に、銀月は潤んだ瞳で訴える。それはからかわれた子供のような表情で、とても幼い表情であった。
そんな銀月を見て、霊夢は銀月の頬を優しく撫でつけた。
「そういう銀月も、酔ってきてどんどん子供っぽくなってるわよ。これはいよいよもって酔い潰したくなってきたわ」
「うう……勘弁してよぉ……」
悪戯な笑みを浮かべる霊夢に、銀月は泣きそうな声でそういうのであった。
お酒は二十歳になってから、一気飲みや強要をしたりせずに楽しみましょう。
さて、今回は宴会を楽しむ萃香と、銀月の思惑を書かせていただきました。
涼を捜し回りながら、周囲を次々と弄っていく萃香は描いていて楽しかったです。
特に、銀月を弄るところはオチも含めて楽しく描かせてもらいました。
それと、雷禍が鬼と少なからず関係が有ることも判明です。
長くなりすぎたので将志たち銀の霊峰との再会はあまり描けませんでしたが、それは後日別の話として描こうと思っています。
そして、銀月がどうして萃香のところへ向かったのかも判明です。
愛梨と同じく、全員が平等に楽しめないと気に食わなかった銀月が、萃香を連れ出すために取った行動でした。
……それにしても、こいつのキャラクターは毎度のことながらどこへ向かっているのだろうか?
それでは、ご意見ご感想お待ちしております。