萃夢想:紅白の巫女、激怒する
幻想郷を見下ろす妖霧の中で、霊夢達は目の前に立つ人物を驚きの表情と共に見やる。
そこには、捜し続けていた赤い鍵付きの首輪をつけた白装束の少年が立っていた。
その白い胴衣と袴はところどころ破れているが、浮かべた表情は久しぶりに仲の良い友人に会うときの様な、にこやかな笑みであった。
「みんなお疲れ様。霊夢も咲夜さんも、随分飛び回ってたね」
銀月はこれまでの苦労をねぎらうように、涼やかな声で二人に話しかける。
その言葉を聞いて、霊夢は冷ややかな眼を銀月に向けた。
「……あんた、まさかずっと見てたの?」
「そりゃあ、俺も萃香さんと一緒に居たんだもの。一部始終を全部見ていたよ。まあ、俺の予想通り大騒動になったみたいだけど。ね、萃香さん」
「そうそう。銀月の顔の広さにはびっくりだね。本当にあっちこっちで騒ぎになるんだもの。見ていて面白かったよ。ただ、将志の行動は流石にないと思うけど」
銀月の言葉に萃香が頷く。どうやら二人揃って幻想郷で動き回る人々の様子を見ていたようであった。
その言葉に続いて、妖夢が疑問を投げかける。
「それじゃあ、紫さんの言うとおり銀月さんはここに居た。でもそこの鬼も嘘をついていないという。これはどういうことなんですか?」
「ああ、確かに二人とも嘘はついていないよ。だって、俺は自分の意思でここに来たんだもの」
銀月は涼しい笑みを浮かべて、何と言うことも無いといった風にそう言って答えた。
その言葉に、咲夜は納得できないといった表情で口を開いた。
「……一体どうやってこの鬼を見つけたのかしら? 私達は紫に頼らなければ、この鬼の存在にすら気づかなかったのに」
「俺の『限界を超える程度の能力』を使って萃香さんの能力の限界を超えて、見えなくなるほど薄まった萃香さんを知覚できるようにしたのさ。萃香さんがこういうことを出来るのも知っていたし、見つけるのは簡単だったよ」
「今まで見つからなかったのは?」
「そりゃあ、俺が萃香さんの能力で同じように薄められていたからさ。簡単に言えば、俺は萃香さんに攫われに来たってわけさ」
銀月は咲夜に自分がどうやってここに来たのかを簡潔に述べた。
それを聞いて、萃香は苦い表情を浮かべた。
「私はあんたのトンデモ能力のほうにびっくりだよ。それに散々あっちこっちで聞いたけど、あんたほど人間らしくない人間も珍しいよ。それこそ、妖怪だって言ったほうが納得できるくらいに」
「うるさいなぁ……俺は誰がなんて言おうと人間だ。これは今のところ揺ぎ無い事実なんだから、放っておいてよ」
萃香はあちらこちらで聞いた銀月の評判を思い出して、深く頷きながら呟き、それに対して銀月は憮然とした表情で吐き捨てるようにそう言った。
そんな銀月に、魔理沙が横から口を挟んだ。
「で、今まで何をしてたんだ? 三日間、ここでただボーっと私達のこと見てたわけじゃないんだろ?」
「まあ、そうだね……ああ、そうそう、みんなに一つ謝らないといけない事があるんだ」
「謝らないといけないこと?」
「今回、俺は萃香さんの味方だから、そこのところ宜しく」
ふと思い出したかのように、銀月はさらりと清々しいまでの笑顔でそんなことを言った。
それを聞いて、霊夢が銀月に勢いよく食いついた。
「はぁ!? どういう意味よ、銀月!?」
「いやぁ~、それがちょっと勝負事に負けちゃってね……それで霊夢達が俺を助けるまで、萃香さんの側につくことになったんだ」
銀月は苦笑いを浮かべながら霊夢の問いかけに答える。どうやら、銀月の服がボロボロなのは萃香と勝負したからの様である。
「食事は美味しいし、色々なところに気が利くし、何より一緒に居ると楽しいし、不思議と落ち着くんだよね。将志は一家に一台欲しい執事って感じだけど、銀月は甲斐甲斐しいお嫁さんって感じだね」
萃香はそんな銀月の肩に飛び乗り、銀月の頭に手を置いてそう話した。
実際に霊夢達が銀月を探し回っている間、銀月はすることもないので萃香と組み手をしたり、食事の用意をしていたりしたのだ。
同じことは将志ともするが、仕事の質は高いが口数の少ない将志に比べて、銀月は仕事の質は少し落ちるが相手を退屈させずに楽しませる術を持っているのだ。
その違いを、萃香は少し距離のある執事と親しみの持てる嫁との違いに例えたのだ。
それを聞いて、銀月は楽しそうに笑った。
「あはははは、俺は男だから嫁にはなれないけどね。まあ、そういうわけで俺は今回君達を相手にしないといけないわけだ」
「上等だ、銀月……しばらくお前の相手をしてなかったせいで、どうにも収まりが悪いんだ。この際だから、思いっきりぼこぼこにしてやる」
「そうだね。俺ももうそろそろ君と一勝負したくなったところなんだ。こっちも遠慮なくやらせてもらうよ」
拳を手のひらに打ち付けて気合を入れるギルバートに、銀月は軽く手を振って手品の様に銀の札を取り出した。
そんな銀月の前に、咲夜と妖夢がナイフと長刀を携えて銀月に向ける。
「悪いけど、一対一の勝負と言うわけには行かないわよ」
「私達は貴方を連れ戻しに来たんです。だから、霊夢さんに加勢します」
「まあ、そうだよね。特に咲夜さんは仕事の都合もあるし……と言うか、メイド妖精があそこまで俺に依存しているとは思わなかったなぁ」
静かに意気込みを見せる二人の言い分に、銀月はそう言って苦笑いを浮かべる。
特に咲夜の声には若干の必死さが籠められており、それだけで自分の想像以上に紅魔館が大変なことになっているのが分かったからである。
その二人の前に割り込むように、霊夢が立ちはだかる。
「銀月。あんたが敵に回るって言うんなら、それでいいわ。思いっきり叩きのめして、無理やりにでも連れて帰るから」
「というか、萃香さんとの約束でそうじゃないと帰れないんだよね。だからと言って手は抜かないけど」
怒気をはらんだ低い声での霊夢の宣言に、銀月はそう言って引きつった笑みを浮かべた。
霊夢の眼は本気であり、本当にありとあらゆる手段を尽くしてでも自分を連れ去ろうという意思が見て取れたからである。
そんな霊夢の影で、箒を肩に担いだ魔理沙が小さく笑みを浮かべた。
「まあ、そういう訳でだ。私ら全員でちゃっちゃと終わらせてもらうぜ」
「魔理沙、君は絶対に面白そうだからって首を突っ込んだ口だろ……それに、ちゃっちゃと終わっちゃったら銀の霊峰の門番の名折れだ。そう簡単に負けてあげるわけには行かないよ」
軽い口調の魔理沙の一言に、銀月は大きくため息をついた。
魔理沙の声には全く緊張感がなく、まるで友達の家に遊びに行くときのようなお気楽さだったからである。
「ちょっと、そこだけで盛り上がんないでよ。私だって皆と遊びたいんだからさ!」
そんな霊夢達と銀月の間に、萃香が少し面白くなさそうな表情で立ちはだかる。どうやら、自分が蚊帳の外に置いておかれるのが気に入らないようである。
その不満の声を聞いて、銀月は萃香に笑いかけた。
「分かってるよ、萃香さん。だって、俺は萃香さんのためにこの舞台を作ったんだから。今回の俺は脇役。だから俺以上に主役として目立ってね、萃香さん」
「……あんた、脇役と言うよりも、思いっきり勇者様の助けを待つヒロインだけどね」
「……その発想はなかったよ」
萃香の例えを聞いて、銀月は苦い表情を浮かべる。流石に男として、嫁はともかく助けられるヒロインと言う例えられ方は嫌な様である。
萃香はそんな銀月を見てくすくす笑うと、霊夢達に向き直った。
「まあ、いいや。せっかく銀月がこんな楽しそうな相手を連れてきてくれたんだ。それなら、楽しまないと損だ」
「私はさっさとあんたを倒して、銀月にお茶を淹れてもらいたいわ」
楽しそうに笑う萃香に、霊夢は少し深呼吸をして落ち着いてからそう口にした。
その言葉を聞いて、萃香はキョトンとした表情を浮かべた。
「へえ、私をさっさと倒すとはまた大きく出たねぇ」
霊夢の言葉を吟味するように頷きながら、感心した様子で萃香はそう言った。
そして、その表情は段々と不敵な笑みへと変わっていく。それと同時に、小さな鬼の体から押しつぶされてしまいそうな巨大なプレッシャーが発せられる。
「けど、あんたらに私は倒せない。闇夜を埋め尽くす百鬼夜行、萃める鬼の力の前にひれ伏すがいい!」
萃香はそう言い放つと同時に、スペルカードを取り出した。
鬼符「ミッシングパワー」
萃香がスペルの使用を宣言した瞬間、突如として萃香の体がその体から発せられるプレッシャーにふさわしい、見上げるような巨体へと膨れ上がった。
そして、霊夢達が驚く暇も与えずにその拳を地面に振り下ろした。
「くっ、危なかった……」
岩盤を砕き大地を揺らす一撃を何とか躱し、妖夢はその攻撃の主を見やる。
「そらぁ!」
「そんなもの、当たるもんですか!」
萃香はどうやら自分を倒すと宣言した霊夢に興味が向かっているらしく、妖夢から注意を切ってそちらに向かって攻撃を加えていた。
そんな彼女を見て、妖夢は萃香に向けて攻撃を仕掛けるべく素早く体勢を整える。
「妖夢、危ない!」
「えっ? きゃあ!?」
そんな彼女に、突如としてギルバートが飛び掛った。妖夢は突然の事態に全く反応できず、ギルバートに押し倒される。
「ぐぅっ!」
その直後、妖夢がいた所を白刃が鋭く、音もなく通り過ぎていった。その銀色の刃は、ギルバートの背中を浅く切り裂いていった。
もし、ギルバートが押し倒していなければ、切り裂かれていたのは妖夢の首であった。
背中に走る焼け付くような痛みにギルバートは歯を食いしばる。背中に傷は付いたものの、人狼の治癒能力によってそれは即座に跡形もなく消え去った。
「あらら、外しちゃったか」
そんな彼を見ながら、その攻撃の下手人である銀月は残念そうにそう呟くと、風景に溶け込むようにして移動を始めた。
「え、え? 今、何が?」
状況が理解できず、妖夢は困惑した様子で周囲を見回す。妖夢には攻撃の気配は全く感じられず、音すらも聞こえなかった。それ故に、銀月が近づいてきていることにすら気づけなかったのだ。
そんな妖夢の肩を掴み、ギルバートは彼女に檄を飛ばす。
「しっかりしろ! 危うく銀月に首を持ってかれるところだったんだぞ! 銀月は、こういう乱戦のときは忍者みたいに気配もなく死角から襲いかかって来る、あの鬼に気を取られすぎるな!」
「そ、そうは言っても!」
「こいつを相手にしながら銀月まで気にしろって言われてもな!」
魔理沙と咲夜はそう言いながら萃香に向かってそれぞれの攻撃を仕掛けていく。
しかしその魔力弾と銀のナイフを、萃香は避けることすらせずに余裕の笑みを浮かべて受け止めた。
「効かないなぁ~。その程度の力じゃ、鬼を倒すなんてとても無理だね。そらそら、どんどん行くよ!」
萃香はそう言うと、相手の攻撃を完全に無視して反撃を開始した。
それはまさに暴風。彼女の拳が振るわれるたびに大気が震え、地面に当たるたびに大地が悲鳴を上げる。
「それっ!」
その暴風の中から、銀月は音もなく銀の刃と化した札を振るう。
それはまるで銀月自身が吹き荒ぶ風になった様であり、萃香の強烈な気配に紛れて一切の気配が隠れてしまっていた。
正面から畳み掛けてくる萃香に、影から襲いかかって来る銀月。そのどちらの攻撃も、性質は違えども一撃必殺の威力があるものであった。
「やっ!」
「っ!」
銀月は霊夢に素早く接近し、戦闘不能にするべく札を振るった。
しかし霊夢は直前でそれに気付き、後ろに飛びのくことでその攻撃を回避した。
「危ないわね! いきなり何するのよ!」
「何するって、萃香さんの援護だけど? それよりも霊夢、俺と話す余裕があるのかい?」
「ちっ!」
飄々とした口調で話しかける銀月の言葉を聞いた直後、霊夢は背筋に寒気を感じてその場から飛びのく。
すると、霊夢がいたところに萃香の拳が突き刺さり、大地を振るわせる。
「おっ、よく避けたね」
萃香は元のサイズに戻りながら、意外そうな口調で霊夢にそう話した。どうやらスペルカードの時間が切れたようである。
連携攻撃を避けた霊夢を見て、銀月は楽しそうに笑い出した。
「ははっ、流石に霊夢の感覚は鋭いな。本当に父さんみたいだ、っと!」
銀月は横から襲いかかって来る攻撃に気付き、札から素早く鋼の槍とミスリル銀の槍を取り出して迫り来る攻撃を受ける。
すると鋭い風切り音と共に刀と槍がぶつかり合い、甲高い金属音が辺りに響かせながら火花を散らす。
「やああああ!」
「ほっ、ほっ、ほいっと!」
一気呵成に連続で斬り込んで来る妖夢の刀を、銀月は円を描くように槍を動かして受け流していく。
「くっ……いつもより攻め切れませんね……まるで柳の枝に斬り付けてるみたいです!」
妖夢は太刀筋を色々と変えて攻め込みながら、そう口にした。
銀月は妖夢の刀の動きに合わせて槍を滑らせており、太刀筋を前から手前に引き込むように受け流すことで攻撃を躱している。その避け方により妖夢は切り結ぶ手応えを感じられず、更に刀の振り方が大きなものになってしまうため、通常よりも体力を消耗してしまうのであった。
そんな妖夢の言葉に、銀月は自信に満ちた笑みを浮かべた。
「そりゃそうさ。元より槍ヶ岳の槍は守護の槍。守りに徹した俺の槍はそう簡単には抜かれないさ。まあ、まだまだ父さんや涼姉さんみたいに攻守一体と言うわけには行かないけどね」
「うっ!?」
守りに徹している銀月の守りを突破しようとしている妖夢に、攻めに徹して暴れまわる萃香が攻撃を仕掛けてくる。
間一髪のところで妖夢がそれに気付いて攻撃を躱すと、風を切り裂いて重たい拳が地面に突き刺さった。
「全く寂しいじゃないか、私を放って銀月とばかり遊んでさ。そっちが来ないんなら、こっちから行くよ!」
酔神「鬼縛りの術」
萃香は楽しそうに笑いながら、銀月に攻撃を仕掛けていた妖夢に向けて分銅の付いた鎖を投げる。
「くっ!」
妖夢がそれを楼観剣で受け止めると、鎖は楼観剣に巻きついて取れなくなった。
萃香はその鎖を軽く引いて、妖夢の動きを封じ込める。
「あはは、捕まえた! まずは一人目だ!」
「きゃあ!?」
萃香はそう言うと、鎖を思いっきり強く引いて妖夢を引き寄せた。
その勢いに妖夢の体が宙に浮き、萃香に向かって吸い寄せられていく。
時符「プライベートスクウェア」
「ぐっ!?」
「おっと!?」
しかし、突然真っ直ぐに向かっていたはずの妖夢は横向きに軌道を変え、萃香には銀のナイフが飛んできた。
萃香は反射的にそれを叩き落し、妖夢はその隙に着地して鎖から楼観剣を引き抜いた。
「くぅ、容赦なく蹴りを入れてきましたね……でも、お陰で助かりました……」
「礼は後にしなさいな」
妖夢はわき腹をさすりながら、目の前に立つ咲夜に少し苦しそうな声でそう言った。
咲夜は時を止め、その中で妖夢のわき腹に蹴りを入れて軌道を変え、萃香にナイフを投げつけてきたのだ。
いきなり現れた咲夜を見て、萃香は少し首をかしげる。
「へえ、面白い手品を使うね。正直、ちょっと驚いたよ。一体何をしたの?」
「手品師がタネを見破られたら、もうその手品は出来ないわよ。もっとも、私の手品にタネも仕掛けもないのだけれど」
突如として、世界から色が抜け落ち、モノクロの世界が出来上がる。
その中で一人色を失わなかった咲夜は、萃香に向かってナイフを構えた。
「流石に時の止まった世界の中なら……」
「おっと、そうはさせない」
「っ!?」
突如として聞こえてきた涼やかな少年の声に咲夜は咄嗟にしゃがみこみ、その咲夜の首があった場所に白刃が翻る。
咲夜が顔を上げると、そこには色を失っていない白装束の少年が立っていた。
「忘れたのかい? 俺は君の世界の中でも動くことが出来る。君が時を止めれば、無防備な他のみんなを俺は攻撃し放題なんだぞ?」
銀月はそう言って、小さく笑みを浮かべる。銀月は『限界を超える程度の能力』で、咲夜の『時を操る程度の能力』の限界を超えて動いているのだ。
そして、そんな銀月の眼は翠色に光り始めていた。
その様子を見て、咲夜は驚いた表情を浮かべた後に、苦い表情を浮かべた。
「……そうだったわね……本当に、敵に回すと厄介な能力ね……それと、貴方の眼、翠色に光ってるわよ」
「そうだろうね。だから、早く時間を戻してくれるとありがたいかな」
咲夜の言葉に、銀月は笑顔でそう言って圧力を掛ける。
一切引く様子の無い銀月を見て、咲夜は大きくため息をついた。
「仕方ないわね……」
咲夜がそう呟いた瞬間、世界が色を取り戻していく。
そして止まっていた時が動き出した瞬間、萃香は飛び上がらんばかりに驚いた。
「うわっ!? 銀月、いつの間にそこに!?」
「ん~、咲夜さんが能力を使って時を止めたから、こっちも能力使ってそれに便乗して動いただけさ」
銀月は萃香に自分がしたことを簡潔に述べた。
それを聞いて、萃香は銀月の能力を思い出して複雑な表情を浮かべた。
「何だ、銀月はそこらの神や妖怪よりもよっぽど化け物じゃないか。相手の出せる限界を必ず上回るなんて、これほど怖いこともないよ」
萃香はそう言いながら銀月を見やる。その視線には、反則的な能力に対する僅かな恐れと、目の前の人間が将来とてつもない怪物になるのではないかと言う期待感が籠められていた。
そんな萃香の言葉を聞いて、銀月はうんざりした表情を浮かべた。
「はぁ……どいつもこいつもみんな人のことを化け物呼ばわりして……」
「むしろそれで化け物扱いしねえ奴を見てみたいぜ! そらっ!」
「おっと」
横から攻撃してきたギルバートを、銀月は体を軽く傾けることで躱す。
しかしギルバートは体を翻し、銀月に再び襲い掛かる。
「そこだぁ!」
「うわっと」
「おらおらおらぁ!」
「お、お、おおっ!?」
ギルバートは一気に畳み掛けるべく、銀月に一気に接近して猛攻撃を掛けた。
槍の間合いの内側に入り込まれてしまった銀月は、銀色に光る札を使って上手く捌いていく。まるで畳み掛けるかのようなギルバートの攻撃に、銀月はギルバートの意図を読み取って楽しそうに笑った。
「……成程ね。萃香さんに集中できないから、先に俺を倒そうってことか」
「ああ、そういうこった……うおっ!?」
「おおっと!」
符の壱「投擲の天岩戸」
ギルバートが銀月に攻撃を仕掛けていると、いきなり横から巨大な岩が飛んできた。
銀月とギルバートは素早くその場から飛びのき、その射手を見やった。
「いけないなぁ。攫われたお姫様を、助けに来た王子様が攻撃しちゃ」
萃香は他の三人の攻撃をゆらゆらと躱しながら、二人にそう声を掛けた。
それを聞いた瞬間、銀月とギルバートの背中をぞわぞわとしたものが駆け上がっていった。
「~~~~~っっ!! え、縁起でもないことを言うな!」
「さ、流石にその例え方はちょっと……」
お互いに蒼褪めた表情で、思いっきり距離をとって萃香に抗議をする二人。
そんな二人を見て、萃香は笑い出しそうになるのを必死でこらえながら口を開いた。
「ぷくく……そうかい! でも、捕らえている鬼は私なんだ。だから私を放っておかれるのは困る!」
「と言うか、あんたの言うお姫様が攻撃してきてるんだぞ!」
「そりゃあ、悪い鬼がそうするようにしてるからさ!」
萃香はそう言いながら、ギルバートに向かって再び岩石を投げつける。
ギルバートはそれを素早く躱しながら、萃香に向かって接近していく。
「甘いよ!」
「ぐああああ!」
それに対して、萃香は素早くひょうたんの中の酒を口に含み、ギルバートに向かって火を吹き出した。ギルバートはその直撃を受け、激しく燃え上がる。
その様子を見て、銀月は苦笑いを浮かべて小さく首を横に振った。
「あ~あ、すごいの喰らっちゃったな。流石にあれは、くっ!?」
攻撃の気配を感じて、銀月はとっさに斜め上から飛んでくる物体を鋼の槍で受け止めた。
銀月がその物体をよく見てみると、それは普段から一緒に暮らしている同居人であった。それを受けて、銀月は小さく眼を瞠った。
「……驚いた。まさか霊夢が直接殴りに来るなんて思わなかったよ」
「ふんっ!」
「あぐっ!?」
銀月の言葉に答える前に、霊夢は銀月の首に手を回して顎に頭突きを掛けた。そして銀月がよろけると同時に、素早く足を払って押し倒す。
そして両肩の上に膝を置いて馬乗りになると、霊夢は両手で銀月の首を締め上げながら、口を開いた。
「……ふざけるのもいい加減にしなさいよ……私がどれだけあんたのことを心配したと思ってるのよ!」
「うわっ!?」
「歯ぁ食いしばりなさい! 今日と言う今日は、絶対に許さないんだから!」
「わっ、わっ、わわっ!!」
「避けるなぁ! 大人しく喰らいなさい!」
霊夢は怒りに震えた声で怒鳴りながら、銀月に向かって怒りの拳を叩きつける。それは一切の冷静さを欠いたものであり、今まで溜め込んできた感情が爆発したものであった。
その理性のない拳を、首から下を固定されている銀月は首の動きだけで躱していく。
「おわっ!?」
そんな銀月の顔の横に、銀のナイフと短刀が突き刺さる。危うく刺さるところだったそれを見て、銀月の血の気が引く。
そして気が付くと、銀月の首にはそれを締め上げる霊夢の手に加えて、銀のナイフと日本刀が突き付けられていた。
「加勢するわよ、霊夢」
「同じく、加勢します」
「さ、咲夜さん? 妖夢さん?」
「ごめんなさいね、銀月。正直、私も少し頭にきてるのよ。これだけ大騒ぎして捜して、蓋を開けてれば本人は高みの見物ですもの」
「しかも、あの鬼に強制されて戦うのかと思えば、場を引っ掻き回して遊んでいるだけですし……士道不覚悟ですね、斬ります」
そう言いながら、咲夜はナイフの刃で薄く銀月の首をなぞり、妖夢は銀月の首に白楼剣の刃を押し当てる。
銀月は上に乗っている霊夢を引き剥がそうと、霊夢の服の背を握って力をこめる。しかし、それは霊夢が片手で銀月の首輪を掴むことによって止められてしまった。
「……っ!?」
「知ってるのよ。あなたの『限界を超える程度の能力』、触れている生物の限界を超えることは出来ないってね。おまけに、あんたのお父さんが言っていたのだけれど、銀月に触ると私達は自分の能力の限界を超えることが出来るのよ……もう、あんたは逃げられないわ」
眼を見開いて驚く銀月に、霊夢は低い声でそう言い放った。
銀月の能力は、自分に干渉する物や、自分自身の限界を超えることが出来る能力である。しかし、その能力は銀月が触れることによって伝播し、その相手は自分の力の限界を超えた上で更に銀月の能力の限界を超えることが出来てしまうのだ。
例を挙げるならば、咲夜が銀月から離れて『時を操る程度の能力』を発動させて時を止めた場合、銀月はその能力の限界を超えて行動することが出来る。しかし、咲夜が銀月に触れた状態で時を止めると咲夜の能力が銀月の能力の限界を超えるため、銀月は動けなくなってしまうのだ。
更に言えば、銀月は組み伏せられると相手は銀月の力の限界を超えることが出来るようになるため、銀月は抜け出せないのだ。
その事実を聞いて、咲夜と妖夢はにやりと笑った。
「へえ、それは良いことを聞いたわ。さあ銀月、覚悟は良いかしら?」
「少し痛いですよ。でも、その後は一瞬です!」
咲夜と妖夢は、そう言うと銀月に向かって攻撃を仕掛けようとした。
「……散!」
すると、突然銀月の胸元から白い閃光とともに爆発が起きた。
「きゃっ!?」
「くぅっ!?」
「わぁっ!?」
銀月を押さえつけていた霊夢達は、その爆風によって吹き飛ばされる。
それによって開放された銀月は、苦笑いを浮かべてゆっくりと立ち上がった。
「……やれやれ、たかが組み伏せたくらいで、銀の霊峰の門番がやられる訳ないじゃないか」
銀月の胸元は爆発の衝撃で服が破れており、三人をまとめて飛ばすために威力を強くしたせいか火傷を負っていた。
そんな銀月を見て、妖夢は信じられないものを見る目つきで銀月を見ながら立ち上がる。
「ううっ……貴方、正気ですか? 自分の服の中の札を爆発させるなんて……」
「正気だとも。ちょっと痛いけど、これくらいすぐに治るよ」
そう話す銀月は眼を閉じており、胸の火傷がまるでコマ送りのように治っていく。どうやら治療関連の能力の制御は相当練習したらしく、再生速度は以前とは比べ物にならないほど速くなっていた。
そんな銀月に、霊夢は呆れ顔を浮かべた。
「ほんっとうに妖怪って言ったほうが真実味があるわね。それが出来るんなら、何でいつもルーミアやレミリアに組み伏せられたときに同じことしないのよ」
「戦場でもないのに、そんなに本気になる必要はないだろう? それに、本当に襲われることは無いと思うし」
「お嬢様はともかく、どう考えてもあの宵闇の妖怪の方は危ないと思うけど……それはそうと、貴方マゾの気でもあるのかしら? いつもろくに抵抗していないような気がするのだけど」
銀月の言葉に、咲夜は乾いた笑みを浮かべてそう口にした。何だかんだ言って、銀月は脚をばたつかせて暴れたりすることはなく、本気で抵抗しているようには見えなかったからである。
それを聞いた瞬間、銀月の顔が真っ赤に染まった。
「何でさ!? 俺にその気はない! 断じて!」
「……これ、図星を突かれてムキになっていると取っても良いんでしょうか……」
必死に叫ぶような銀月の言葉に、妖夢は何と言ったら良いのか分からないといった表情を浮かべた。
そんな妖夢の姿を見て、銀月は大きく深呼吸をして気分を落ち着かせる。
「はぁ……とにかく、さっさと決着を着けよう。萃香さんがメインだったけど、観客が望むのなら話は別さ」
銀月はそう言うと、手を軽く振ってスペルカードを取り出した。
白符「名も無き舞台俳優」
銀月の手の上でスペルカードがくるくると踊る。
その瞬間、銀月の足元が白色に光り始め、円形に広がっていく。そして、大きな白い円の中心に銀月が立つ形になった。
円形の白い舞台からはところどころ白い玉が現れ、銀月の周囲を守るように次から次へと空へ飛んでいくシャボン玉のように上がっていた。
その中心で、銀月は踊るように両の手に持った銀と青の槍を振るう。それと同時に、銀月の周囲には銀色に光る札が何枚も浮かぶ。
「さあ、来なよ。君達三人相手は正直厳しいけど、まとめて相手してやる」
そう言うと、銀月は薄く笑みを浮かべて霊夢達に槍を向けた。
「ちょっと! 私をほったらかして何でそっちに行くのよ!」
一方、銀月のほうに向かっている三人に、萃香はぷりぷりと怒りながらそう叫んだ。
自分が主役のはずなのに、放っておかれるのが我慢できないようである。
「なら、俺が相手してやる!」
「おっと!」
そんな彼女に、黄金の爪が襲い掛かる。
その攻撃の主は、群青の毛並みに黄金のオーラを纏い、青白い光が取り巻いている人狼であった。
それを見て、萃香は興味深そうな視線をギルバートに送った。
「へえ、あんたも銀月みたいなことが出来るんだ」
「ああ……あんた相手には、これぐらいはしないと勝てないだろうからな」
萃香の言葉に、ギルバートはそう言って答える。ギルバートは自分の力を溜め込んだ青い丸薬を呑んでおり、力が膨れ上がった状態であった。
そんなギルバートを見て、萃香は楽しそうに笑った。
「お? 私に勝つ気でいるの? 私がその程度の力に負けると思う?」
「知らないな、そんなこと! お前こそ、人狼を舐めるなぁ!」
ギルバートはそう言うと、萃香に向かって真っ直ぐに向かっていき、全身の力を籠めて爪による攻撃を繰り出した。
「なっ……」
しかし、その攻撃は萃香に片手で掴まれ、止められてしまった。
全力の攻撃を容易く受け止められて驚くギルバートに、萃香は若干呆れ顔でため息をついた。
「舐めてなんかないよ。私は単に事実を言っただけ。あんたの方がよっぽど認識が甘いよ。鬼は、まして私は、人狼の若造程度に倒されるほど弱くない!」
萃鬼「天手力男投げ」
萃香はギルバートの手を掴んだまま飛び上がり、その腕をぐるぐると振り回し始めた。するとギルバートに向かって周囲からどんどん岩が集まっていき、巨大な岩の塊と化す。そして、萃香はその巨岩を地面に向かって叩き付けた。
「ぐはっ……」
叩きつけられた衝撃と周囲の岩に押しつぶされたことにより、ギルバートは甚大なダメージを受ける。
通常ならば、骨は砕け、内臓がつぶれていてもおかしくはない。
「……まだだ……まだ終わっちゃいない!」
それでも、ギルバートはその岩山の中から這い出して、立ち上がってくる。その瞳に宿る闘志は折れておらず、それどころか更に激しく燃え上がっていた。
そんな彼を見て、萃香は楽しそうに笑った。
「おおっ、流石に人狼なだけあって頑丈だね。けど、何度来たって無駄だ!」
「そんなの、やってみなけりゃ分からねえだろ!」
そう言いあうと、二人は再びぶつかり合うのであった。
その一方で、霊夢達は防御の堅い銀月に攻めあぐねていた。
銀月のスペルによって思うように近づけず、更に近づいたとしても槍で鮮やかに受け流されてしまう。
遠距離からの攻撃も、銀月に易々と躱されて札による反撃を返してくるのだ。
「ええい、ちょこまかと!」
「相変わらず堅い守りですね!」
「ナイフは避けられるし、近づくのも難しいわね」
三人はそれぞれにそう言いながら、銀月に攻め込んでいく。
しかし、やはり銀月の防御を崩しきれず、苛立ちばかりが募っていた。
「参ったなぁ……攻める隙がないや」
一方、銀月はそう呟きながら三人の攻撃を捌いていた。銀月は銀月で、三人の攻撃を捌くのが精一杯で中々本格的な反撃に移れないでいたのだ。
ささやかな反撃に札を飛ばしてはいるが、それは全て避けられてしまっている。
「でも、萃香さんがギルバートを倒すまで粘れば……」
「そこよ!」
今が霊夢は手にした札を銀月の横に放り投げる。すると、その札を起点にして四角い結界が壁のように銀月の周囲に立ちふさがった。
その状況に、他の事を考えて少し気の抜けていた銀月は思わず息を呑んだ。
「っ!? しまったっ!」
銀月は体勢を立て直す時間を稼ぐために、周囲に防御用の札を数枚浮かべる。
しかし、その札は鋭く速く飛んでくる銀のナイフによってことごとく撃ち落されてしまった。
「くっ!」
「させないわ」
銀月が撒く札の機雷を、咲夜は正確無比な投擲で次々と撃ち落していく。ナイフが当たった札は白い閃光を発しながら爆発し、千切れていく。
すると、結界に封じ込められた銀月の前に、一直線に通り道が出来た。
「行きます!」
人符「現世斬」
二人の援護によって出来た白銀のトンネルの中を、妖夢は風を置き去りにして駆け抜けた。
「こ、このっ!」
銀月はそれを見て受けきれないと判断して避けようとしたが、霊夢の結界に阻まれて身動きが取れない。
そんな彼に、妖夢はただひたすら真っ直ぐに突き進んでいく。
「やああああああ!」
妖夢は風を切りながら銀月の横を一瞬ですり抜け、すれ違いざまに横一文字に刀を振りぬいた。
その白銀に輝く一閃は、霊夢の結界ごと銀月を切り裂いた。
「ぐあっ……」
その直撃を受けて、霊夢の結界がガラスのように割れると同時に銀月はその場に膝を突き、静かに崩れ落ちた。それと同時に、銀月が立っていた白く光る舞台も霧散して消える。
「……終わった?」
霊夢は地面にうつ伏せに倒れている銀月に、ゆっくりと近づく。すると、銀月はごろりと転がって仰向けになった。
「……ああ、降参だよ、霊夢」
銀月は少し疲れた声で、静かにそう言って笑った。
銀月が霊夢達の猛攻撃を受けている頃、萃香はジッと前を見つめていた。
その視線の先には、倒れ伏している群青の人狼が存在した。
「ぐっ……このぉ……」
ギルバートは地面に手を突き、震える体を必死で支えながら立ち上がる。
能力強化の丸薬の効果はとうに尽き果て、数えられないほど叩きのめされ、何度も意識を手放しかけた。
それでも、その心は全く折れておらず、剥き出しの闘志を向けてくる。
「まだ立ち上がるんだ。頑張るねぇ、銀月も根性のある方だけど、あんたも随分と粘るね」
そんなギルバートを見て、萃香は心の底から楽しそうに笑う。
彼女が今楽しんでいるのは、もはや戦いではない。たとえどんな困難があろうとも、いくら倒れようとも、何度でも立ち上がってくる力強い意思。
萃香は正々堂々とした勝負を好む鬼として、どれだけボロボロになっても立ち上がり、真正面からぶつかってくるギルバートの強い意志を楽しそうに、そして嬉しそうに眺めていた。
「……ふっ……それなら、なおのこと負けられねえな……」
そんな萃香の一言に、ギルバートの心の炎が更に強く燃え上がる。
絶対に負けられない好敵手。その名前を出されたことで、ギルバートの視界が変わる。
今の彼の眼には、小さく強大な鬼の向こう側にボロボロの姿で挑発的な笑みを浮かべる人間の姿が映っていた。
ギルバートは立ち上がると、そのいけ好かない人間の顔に向かって一気に殴りかかった。
「うらっ!」
ギルバートは精一杯の力を振り絞り、萃香にその手を伸ばす。
気持ちだけで繰り出されたそれは、どこまでも真っ直ぐに飛んでいく。
「ぐおおおお!」
しかしその拳が届く前に萃香はその内側に潜り込み、ギルバートを肘うちで弾き飛ばした。
ギルバートはその攻撃を腹に受け、勢いよく吹き飛んでいく。
そんな彼を見て、萃香は苦笑いを浮かべた。
「本当に真っ直ぐすぎるくらい真っ直ぐな攻撃だね。そんな攻撃じゃ私は倒せないよ」
「それじゃ、こいつはどうだ?」
恋符「マスタースパーク」
「おおっと!」
頭上からの声と共に、萃香をめがけて極太の光線が放たれる。
萃香がその地面をえぐる光線に飛びのくと同時に、その射手がギルバートの隣に降り立った。
「全く無茶するぜ、ギル。勇気と蛮勇は別物だって教わらなかったか?」
魔理沙はそう言うと、ギルバートの手を掴んで引き起こす。
するとギルバートは、腹を押さえながら震える足で立ち上がった。
「ぐっ……少なくとも、お前に教わった覚えはねえよ」
「そうかい。じゃあ、この機会に覚えておきな」
歯を食いしばって立ち上がったギルバートに、魔理沙はそう言って笑った。
そんな彼女に対して、ギルバートはジト眼をくれる。
「で、お前は今まで何をしてたんだよ?」
「ギルがあんまり楽しそうに戦ってたから、上で色々準備してたんだぜ」
得意げな魔理沙の言葉に、ギルバートは空を見上げた。
するとそこには巨大な魔法陣が浮かんでいた。それは魔理沙が描いた、使用者の魔力が増幅される魔法陣であった。
その恩恵を受けて、魔理沙は普段よりも更に強い力を得ていたのだ。
並び立つギルバートと魔理沙を見て、萃香は不敵な笑みを浮かべた。
「今度は二人で私に掛かってくるのか。勇敢だねえ。源頼光だって四天王引き連れて鬼に挑んだのにさ!」
萃香はそう言うと、弾丸のように魔理沙に向かって飛び出していった。
「そんなもの、当たらないぜ!」
迫り来る萃香を、魔理沙は軽々と避ける。しかし、それを見て萃香の瞳が光を放った。
突如として萃香の体は霧散し、回避運動を取った直後の魔理沙の目の前に現れる。
「そこだぁ!」
萃香は掴んだ好機を逃さず、必殺の威力の篭った拳を魔理沙に向けて突き出した。
瞬間移動をして現れた萃香に、魔理沙の顔から血の気が一気に引いた。
「やばっ!?」
萃香の拳は、まるで吸い込まれるように魔理沙へと向かっていく。
しかし、その必殺の一撃は間に割り込んだ黄金に輝く何者かによって受け止められた。
「おおっ?」
その手応えに、萃香は思わず呆けた声を上げる。
拳を受け止めていたのは、ボロボロになり、立つのもやっとであったはずの人狼の両の手であった。その毛並みは手足のみが本来の群青色から気高い黄金の輝きを放つものに変わり、突き出した左手を右手で支えられる形になっているそれは、とても力強かった。
「……俺をそんな奴と一緒にするんじゃねえ……人狼は人間よりずっと強いんだ……英雄だか何だか知らねえが、俺はそいつよりもずっと強いんだよ!」
「ふわっ!?」
ギルバートは力の限りにそう叫ぶと、萃香を真上に放り投げた。
そんなギルバートに、ようやく我に返った萃香が楽しそうに笑いかけた。
「おお~、驚いた。そんなズタボロのあんたに私の攻撃を真正面から受け止められるとは思わなかったよ」
「だから言っただろ……人狼を、俺を舐めるなぁ!」
ギルバートは、そう言うと両手を真上に思い切り振り上げた。
嵐符「ライジングストリーム」
スペルの宣言と共に、ギルバートの両手が地面に向かって振り下ろされる。
その刹那、ギルバートの足元から空に向かって黄金の奔流が竜巻のように昇っていった。
「うわあ!?」
それに巻き込まれた萃香は、巨大な槌で殴られたような衝撃と共に空高く打ち上げられる。
萃香は痛みをこらえる表情を浮かべると、空中で体勢を立て直そうとする。
「あいたたた……中々に効いたけど、まだこの程度じゃ……」
「グッドタイミングだぜ、ギル!」
「っ!?」
そんな萃香の真上から、先程までギルバートの後ろに居た少女の声が響く。
萃香がその声に後ろを向くと、夜空にを背景に青白く輝く魔法陣を背にし、箒にまたがって空を飛ぶ魔理沙の姿があった。
その手にはスペルカードが握られており、攻撃態勢が整っていることが分かった。
「あわせて行くぞ、魔理沙!」
真下からは、自分を吹き飛ばした人狼の声が聞こえてくる。ギルバートの黄金の両腕の光は先程よりも力強さを増しており、周囲を明るく金色に染め上げている。
その手にはやはりスペルカードが握られており、今にも飛び出すところであった。
萃香はそれを確認した瞬間、二人の力が急激に膨れ上がるのを感じた。
「やばっ」
彗星「ブレイジングスター」
狂狼「キャノンボールクレイジーウルフ」
萃香が反応を始めるよりも早く、魔理沙とギルバートは飛び出していた。
空から降る白い彗星と、地面から昇る金色の彗星。その二つが、同時に萃香を挟むようにしてぶつかる。
そして衝突の瞬間、ぶつかり合った二人の魔力が周囲を太陽のように強い光で多い尽くした。
「きゅう……」
そしてその光の中から、眼を回した小さな鬼がぽとりと地面に落ちた。
「いや~、負けちゃったよ。う~ん、こんなに気持ちよく負けたのは久々だね!」
しばらくして、清々しい笑みを浮かべて萃香はそう言い放った。
流石の萃香も、自分の計算を遥かに超えた力をまともに受けては負けを認めざるをえなかったのだ。
「ちっ、あれだけやってもこれか……」
「いや、単純な火力で言えば流石に私もちょっと危なかったよ。正直、少しばかり油断しすぎた。地上の人間や妖怪も捨てたもんじゃないね」
若干ふてくされた表情のギルバートに向かって、萃香はその方をバシバシと叩きながらそう言った。
相手が弱いと思って油断をしていたのは事実であるが、それでも最後の一撃の威力は萃香も太鼓判を押すほどの威力があったのであった。
そうしてからからと笑う萃香に近づく人影が一つ。
「萃香さん、楽しいのは分かるけど調子に乗ってスペルカード使いすぎだって」
少し休んで体力が回復した銀月は、呆れ顔で萃香に向かってそう言った。事実、萃香がどんどんスペルを使っていったせいで、銀月がほとんどスペルを使えなくなってしまったのだった。
そんな銀月に対して、萃香は小さくため息をついた。
「あんたはこいつらごときにやられすぎだ。大体、あんた全然本気で戦ってないじゃないか。将志から力を借りれるんじゃなかったの?」
「あの力は本当に守りたいもののためだけに使うと決めてるのさ。萃香さんとの勝負で使うのは、父さんの名前を守りたいからだし」
「あ、そう。それで……あ」
萃香は何かを言いかけたまま、呆けた表情で固まった。
それを見て、銀月は首をかしげる。
「……? どうかしたの萃香さ……」
銀月が後ろを振り向くと同時に、その頭は銀髪の青年の手にがっしりと鷲づかみにされる。そして、その手は万力のような力で銀月の頭を締め上げ始めた。
異変の解決を確認した将志が、紫の手助けによって現れたのである。
「……さて、銀月、そのまま話を聞いてもらおうか」
「あだだだだだ!」
将志は銀月にアイアンクローを掛けたまま、その手で銀月を持ち上げた。
自分の骨がきしむ痛みに、銀月はジタバタと苦しそうに手足を動かす。そんな銀月の様子に眼もくれず、将志は口を開いた。
「……お前は自分の享楽のために通常の業務を投げ出し、今の今まで遊んでいたわけだ。どうやら、自分の仕事に対する認識が甘いようだな……」
「あがががが、わ、割れるぅ~!!」
将志は底冷えするような冷たい声で銀月に話しかける。しかし、銀月は頭を締め上げられる痛みで話を聞くどころではない。
そんな銀月を眺めながら、将志は左手にスペルカードを取り出した。
「……少々きつい灸を据えるぞ……歯を食いしばれ」
星符「星屑の幻燈」
将志がスペルを発動させると、頭上を幾重にも槍が飛び交い、その軌道を銀色の線に残していく。
ところで、このスペルはその銀色の線が崩れることで出来る弾幕を、相手の上に降らせるスペルである。しかし、このスペルは使い方を変えると恐ろしいスペルへと変貌するのだ。
「……ふっ!」
将志は右手に掴んだ銀月を、大量の槍が飛び交う空へ高々と放り投げた。
すると、銀月の体に四方八方から槍が布地に高速で動くミシンの針のように突き刺さっていく。
「ぎにゃああああああああ!!!」
フードプロセッサーの中に放り込まれたような状態になった銀月は、数分間槍の嵐にもまれた後に全身ズタボロになって地面に落ちた。
それは先程まで萃香の攻撃を受け続けていたギルバートの痣だらけの体が綺麗に見えるほどのものであり、ほぼ全身に青あざが出来ていた。
地面に倒れ伏して気絶する銀月を見て、将志は小さく頷いた。
「……ふむ、これで少しは懲りるであろう」
「ちょ、ちょっと、お父さん? いくらなんでもそこまでしなくても……」
「……自分の仕事に責任を持たなければならない。それも、弁当屋の主をしているならばなおのこと。周囲にどれくらいの迷惑が掛かるのかを目の当たりにしておきながら、それを笑って眺めているなど有り得ん。ゆえに、今回はきつい灸をすえたのだ」
銀月に対する想像を超えた過激な懲罰におろおろする霊夢に、将志は淡々とそう告げた。
その言葉を聞いて、咲夜と妖夢は乾いた笑みを浮かべながら頷いた。やりすぎだとは思っているのだが、将志の言うことも正しいので反論できないのだ。
「……正論ね。けど、銀月がそういうことに頭が回らないはずは無いと思うのだけど? 特に弁当屋の業務を放り出すなんて、信用に関わってくると思うのだけど」
「そ、そうですよね……いつも周囲に気を配っているのに、何で今回はこんなに周囲に迷惑が掛かるようなことをしたんでしょう?」
「……それが、銀月の一番困ったところなのだ」
「どういうこと?」
「……俺からは何も言わん。理由なら、銀月に尋ねればすぐに分かることだ」
将志はそう言いながら額に手を当ててため息をつく。
そして、小さく苦笑いを浮かべると一堂に声をかけた。
「……さて、異変も終結したし、会場には今日も宴会を心待ちにしている者が大勢いるのだ。宴会を始めるとしようではないか」
将志はそう言うと、萃香のところへと向かった。
「……久しぶりだな、萃香。勇儀や伊里耶は元気か?」
「ホント、久しぶりだね、将志。元気そうで何よりだよ。母さんも勇儀も元気に暴れ回ってるよ」
「……そうか」
懐かしげな表情を浮かべる萃香に、将志はそう言って微笑みかける。
すると、萃香は驚いた表情を浮かべた。
「あれ? 何か随分変わったね、将志? 前はいつも仏頂面だったのにさ」
萃香は眼をこすりながら将志の表情を確認する。萃香が最後に将志を見たのは将志が心を取り戻す前のことなので、表情が豊かになった将志を見るのは初めてなのであった。
そんな萃香に、将志は心を取り戻した当時を思い出して小さく笑みを浮かべた。
「……ふっ、俺にも色々と会ったのだ。それはさておき、時間は有限だ。久々に会ったことだし、じっくり語り合おうじゃないか」
「そうだね。あんたに何があったのかも、じっくり聞かせてもらうよ」
将志の言葉に、萃香はそう言って頷く。
そして、二人は宴会場である博麗神社へと戻るのであった。
あとがき
これにて、萃夢想の本編は終了です。
いや~、久々の戦闘描写は厳しかった。
今回、銀月の能力の弱点とも利点ともいえる特性が露見しましたね。
つまり、銀月自身がブースターの役割が出来るということです。
何気にギルバートや魔理沙と相性のいい特性です。
萃香との決着は本当にどうしようか迷いました。
と言うのも、萃香を強くしすぎた上に撹乱することが得意な銀月が味方についたせいで、どう倒したものか本気で分からなくなったからです。
で、最終的に少々慢心したところをギルバートと魔理沙の高火力コンビのダブルパンチで倒すことに。
……どこの慢心王だ。
そして安定して悪い銀月の扱いと、その父親の怒りの鉄槌。
将志は親バカではありますが、決して甘やかしたりはしません。
今回みたいに約束や信頼を裏切るようなことがあると、きつ~いお仕置きが待っています。
それこそ、銀月に対して激怒していた霊夢が一転して慌てて擁護しだすレベルで。
次回は、異変の後の宴会ですね。
では、ご意見ご感想をお待ちしております。