萃夢想:紅白の巫女、発見する
次の日の朝、魔法の森の入り口にある香霖堂の前には数人の人妖が集まっていた。
彼らは香霖堂の客と言うわけではなく、とある目的のためにそこに集合していたのであった。
「もうすぐ八時だぜ」
「そろそろ駆け込んでくる頃ね」
魔理沙が窓から店の中の時計を確認すると、アリスが空を見ながらそう呟いた。
一同は、緊急事態に陥って飛び込んでくる妖精を待っているのであった。
「準備は出来たし、後は出迎えるだけだな」
「ギルバート、軍手一枚じゃやけどするぞ。三枚は重ねないとダメだ」
「おっと、そうだった。あの火力は尋常じゃないからな」
その一方で、霖之助とギルバートは手に軍手をはめながら自分達の服装をチェックしていた。
霖之助は自分の服が炎で燃えないように、袖をまくって紐で留めている。
ギルバートも春物の赤いジャケットを脱ぎ、半そでのシャツにジーンズ姿で軍手をはめていた。
その物々しい雰囲気の中、霊夢は男二人の足元にある大きな黒い物体に目を向けた。
「……ねえ、霖之助。それ、何?」
「何って、中華鍋だぞ?」
霖之助は霊夢の質問に、足元の大きな中華鍋を拾い上げて霊夢に見せる。
それを見て、霊夢は呆れ顔で首を横に振った。
「そんなことは分かってるわよ。何で妖精一人受け入れるのに中華鍋が要るのよ? 妖精くらい、飛んでくるなら撃ち落せばいいじゃない」
「霊夢、これから来る炎妖精は、はっきり言って妖精と思わないほうがいいぜ」
「本当にね。この前ギルバートがどれくらいの強さなのか確かめたら、一瞬で燃やされたものね」
「……全くだ。ありゃ油断とかそういう次元じゃなかったしな。完全に力負けだな、あれは」
霊夢の言葉に、魔理沙とアリスとギルバートは深刻な表情で頷きあった。
実は、三人は銀の霊峰の幹部の中に妖精がいるという事実に疑問を抱き、アグナに勝負を挑んだことがあったのだ。
先鋒としてギルバートがアグナに挑んだのだが、結果はアグナに完全に遊ばれた上に、圧倒的火力で封殺されたのであった。
それを見て、三人はアグナと言う存在の評価を改めることになったのであった。中でも実際に戦って負けたギルバートは、あまりの力の違いに逆に清々しさを感じるほどであったのだ。
その話を聞いて、ギルバートの強さをそれなりに知っている霊夢は小首をかしげた。
「あんたが妖精に負けるとはとても思えないんだけど」
霊夢の中では、ギルバートの強さは銀月と同等のものであると言う認識である。
つまり、妖精の中でも特に力の強い部類であるチルノに勝つことの出来る銀月と同等と言うことなので、一介の妖精に負けるとは考えられなかったのだ。
しかし、その言葉を聞いてアリスがため息と共に首を横に振った。
「それ、アグナの前じゃ禁句よ? それを言った瞬間、本当に消し炭にされかねないわ。アグナがスペルカードを使ってなかったら、人狼の里の高原が焼け野原になってるところだったんだから」
「あの時は本当に殺されるかと思ったぜ。銀月が人間詐欺なら、アグナは妖精詐欺だ」
「悔しいけど、あのパワーは桁違いだぜ……同じ妖精でも、チルノとは比べ物にならない……と言うか、銀月の親父さんと比べるくらいでちょうどいいレベルだぜ」
三人は口々にアグナのパワーについて言及する。
その大げさとも取れる内容の会話を三人揃って口にしているのを聞いて、霊夢は咲夜と妖夢のほうを向いた。
「……そんなに強いの?」
「霊夢さん……アグナさんは妖精ですけど、銀の霊峰の大幹部ですよ? 弱いと考えるほうがおかしいと思いますが……」
「お嬢様が宴会の時の仕返しに勝負しに行ったけど、お嬢様は彼女を怒らせて酷い目に遭わされて帰ってきたわよ。少なくとも、並みの実力者じゃ勝てないわね」
妖夢は若干呆れ顔で霊夢に答え、咲夜は苦笑いを浮かべてそう口にした。
そうやって話していると、突如として空の明るみが増した。
その光に一同が空に目をやると、そこには異様なほどに明るい炎を纏った何者かが一直線に突っ込んでくるのが確認できた。
二つ目の太陽のように輝くそれを見て、霖之助とギルバートは身構える。
「来たぞ……三人とも、準備は良いかい?」
「こっちは大丈夫だぜ」
「私も問題ないわ」
「いつでも行けるぞ」
全員が準備が出来ていることを確認すると、霖之助とギルバートは中華鍋を持ち上げ、その後ろに魔理沙とアリスが立って準備をする。
「霖之助ぇぇぇぇぇ!!」
「来るぞ!」
霖之助はそう言うとギルバートと共に正面に中華鍋を構え、その背中を魔理沙とアリスが支える。
そしてその中華鍋をめがけて、まるで隕石のように炎の弾丸が飛び込んできた。
「兄ちゃんはどこだぁぁぁぁぁ!!」
「くっ!」
「っと!」
飛び込んできたアグナを霖之助とギルバートはしっかりと受け止め、魔理沙とアリスは二人が衝撃に負けて弾き飛ばされないように、後ろから押し返した。
アグナの炎はとても強く、三重に軍手をしても熱さを覚えるほどであった。
突っ込んできた衝撃に四人揃って後ろに滑り、二メートルほど後退したところでようやく動きを止めた。
「あぅう~……いってぇ……」
一方のアグナは、鉄の中華鍋に思いっきり頭をぶつけて眼に火花を散らしていた。地面にぽてんと落ちると、額を押さえてその場にうずくまった。
そんな彼女に、アリスが近づいて話しかけた。
「ちょっとは落ち着いた? 私達に訊いたって銀月のお父さんの居場所は分からないわよ」
「っ!? そうだ兄ちゃん! 兄ちゃんを捜さないと! 霖之助! 兄ちゃんはこの森の中か!?」
アリスの言葉に、アグナは即座に飛び起きて霖之助に詰め寄った。
興奮しているアグナにに対して、霖之助は後ろに下がりながら頷いた。
「ああ、確かにこの森に入っていくのを見たよ」
「本当か!? ちっ、めんどくせえ、この森まとめて焼き払ってやらぁ!」
「だからちょっと落ち着けって! あいつは毒物の一つや二つ食べたって死なないだろ!?」
霖之助の返答を聞いた瞬間、アグナの足元から赤い炎が一気に噴出してきた。どうやら本気で魔法の森を全焼させるつもりで居るようであった。
そんな彼女を見て、魔理沙が即座にその頭に中華鍋をかぶせた。中華鍋はアグナの顔の上半分を覆い隠して視界を塞ぎ、燃え盛る炎を受け止めた。
「そういう問題じゃねえ! 倒れたところを誰かに連れ去られたらどうするんだよ!?」
しかしアグナはそれを即座に手で振り払うと、再び魔理沙達に目を向けて怒鳴り始めた。
足元から噴出す炎は宥めようとしている四人に向かって飛び火し、四人は急いでそれを避ける。
「連れ去られたってあの人をどうこう出来る人はいないでしょ! 危ないからその炎をしまいなさい!」
「うぉあっちい!? おいこらアリス! 危ないとか言いながら俺を盾にするんじゃねえ!」
アリスはギルバートを盾に使いながら、アグナを説得しようとしていた。
そんな騒がしい様子を遠巻きに眺めながら、霊夢は乾いた笑みを浮かべた。
「……何と言うか、騒がしい妖精ね」
「まあ、将志様は曲がりなりにも一組織のトップですし、アグナさんが焦るのも無理は無いですよ」
「明らかにそれだけじゃない気がするんだけど……というか、アグナは激情家だからああなってもおかしくないわね」
「そんなことより、さっさと銀月のお父さんを捜しましょ。あの妖精が来たってことはまだこの中に居るってことだし……」
霊夢達はそう言うと、森の中で行き倒れていると思われるバカを捜しに行くのであった。
アグナを何とか宥めて、一行は森の中を慎重に進んでいく。
どんな些細な手がかりも逃さず、将志が歩いていったであろう方角へと進んでいた。
そして現在、ギルバートが森の中に残る将志の匂いを嗅ぎつけ、その嗅覚を頼りに進んでいるのであった。
なお、霖之助は将志が勝手に起きて戻ってきた時のために、香霖堂で待機している。
「……親父さんの匂いはこっち側に続いてるな……親父さんの性格上、随分深くまで潜ったと思うんだが……まだ行ったのか」
ギルバートは体勢を低くしたまま、将志の匂いを辿っていく。
しかし、途中からその手がかりとなる匂いをかき消してしまう様な、酷い悪臭が立ち込めてきた。
「ぐあぁっ!? 何だ、この臭いは!?」
ギルバートはその匂いをまともに嗅いでしまい、鼻を押さえて悶絶する。
人狼の優れた嗅覚が災いし、人間よりも大きなダメージを負ってしまったようである。
その横で、アグナがその匂いを嗅いで顔をしかめた。
「……この臭いの中に血の臭いが混じってやがるな。こんな大量の血が流れるのは、兄ちゃんが妖怪を倒したか何かしたか?」
「だな。それじゃ、この辺りを重点的に捜してみようぜ」
「そうね。それが一番確実そうね」
アグナの言葉に頷く魔理沙の言葉に咲夜が同意し、全員で周囲を探し回る。
そしてしばらく時間がたったとき、霊夢が声を上げた。
「あ、見つけた!」
霊夢の視線の先には、地面に倒れている銀の髪の男。その手に握られている銀の槍のけら首に埋め込まれている銀の蔦に巻かれた真球の黒耀石から、その男が目的の人物であることが見て取れた。
そして、その横には血がべっとりと付いた肉の塊が落ちており、よく見るとその肉の塊には歯形が付いていた。どうやら、将志はこの肉を食べて倒れたようである。
アリスと咲夜は酷い臭いを放つそれに近づいて、じっくりと眺めることにした。
「……何、この臭気……この肉の塊から臭ってくるわね……」
「将志さんは、きっとこれを食べて毒にあたったんでしょうね。外傷は特に見られないもの」
「アリス、この肉の正体が分かったぜ」
アリスの後ろから、魔理沙が口をハンカチで押さえながら声を掛けた。
それを聞いて、アリスは魔理沙のほうへと意識を向けた。
「そう。それで、何だったのかしら?」
「こっち来てみりゃ分かるぜ……」
魔理沙に連れられて、一行はこの肉の正体を確かめるべく先に進む。
するとそこには、まるで蛇のような妖怪の死骸があった。その蛇には巨大な胴体に付く頭が九つあり、その全てが鋭利な刃物によって斬り落されていた。
このことから、将志はこの妖怪を倒してあの肉を手に入れたことが想像できた。
妖怪の死骸を見ながら、霊夢はそれが放つ酷い臭いに顔をしかめる。
「九つの頭の妖怪? それにしても酷い臭いね……」
「みんな、そいつに触らない方がいいぜ。私の答えが正しかったら、銀月の親父さんはどえらい事してることになるからな」
魔理沙は全体に死骸に触らないように声を掛ける。
そんな中、アリスとギルバートが妖怪の死骸をジッと眺めながら呆然と立ち尽くしていた。
「……これ、ひょっとしてヒュドラ?」
アリスは信じられないといった表情で魔理沙にそう問いかける。
それを聞いて、魔理沙は苦い表情を浮かべて頬を掻いた。
「あ~、やっぱアリスもそう思う? こいつを食べるとか狂気の沙汰だぜ」
「……親父さん、確かヒュドラがどんな奴か知ってるはずなんだがなぁ……」
魔理沙とギルバートは目の前の死骸を眺めながら、頭を抱えて首を横に振った。
その横で、事態が飲み込めない妖夢がギルバートに質問をした。
「……あの、ヒュドラって何ですか?」
ヒュドラとは、ギリシャ神話における九つの首を持つ化け物のことである。その血には猛毒を持ち、ヘラクレスによって倒された後に矢毒として利用されるほどのものであった。
その毒は、誤射によって毒を受けたケンタウロスの賢者・ケイロンが苦痛に耐え切れずに不死を返上するほどのものであり、ヘラクレス自身の命も奪うほどのものであった。
ギルバートの説明を聞いて、妖夢は思わず口を押さえていたハンカチを取り落とした。
「……そんな……将志様~!!」
「……どうかしたのか、妖夢?」
「うにゃあああああああ!?」
後ろから掛けられた声に、妖夢は飛び上がって驚いた。
そこには平然と何事も無かったかのように立っている、ヒュドラの毒を受けたはずの男がいた。
妖夢は腰を抜かしたまま、後ずさろうともがき始めた。
「き、消えなさい、将志様のおばけ! 寄らば斬ります!」
「……おばけも何も、最初からおばけの様な者なのだが……」
逃げられないと悟って楼観剣を向ける妖夢に、将志は唖然とした表情を浮かべた。
そんな彼に、アグナが声をかける。
「もう大丈夫なのか、兄ちゃん!?」
「……ああ、つい先程回復したところだ……正直、あまり美味い肉ではなかった。わざわざ猛毒を取り除いてまで食べようとするほどでもない。珍味にはなるであろうが、労力に見合わん」
将志はそう言って、残念そうに首を横に振った。どうやらヒュドラの肉は、将志が期待したほどの味ではなかったようであった。
そんな彼に、魔理沙が白い目を向ける。
「なあ、親父さんよ。毎度毎度毒だと分かってる物食べて、森の中で行方不明になるのは勘弁してくれないか? その度にアグナが駆け込んできて大騒ぎになるんだぜ?」
「……食の発展に犠牲は付き物だ」
「だからって、毒だって分かってるものまで食べることは無いでしょう! 何でそんなことするのよ!?」
魔理沙の質問に対する将志の答えに、アリスが思いっきり叱りつける様に言い放つ。
それを聞いて、将志は心底不思議そうな表情を浮かべて首をかしげた。
「……? 食ったら美味いかもしれないじゃないか」
「毒物は食いもんじゃねえんだよ! 何すっとぼけたこと言ってんだよ、兄ちゃん!!」
将志の返答に、アグナが足元から炎を吹き上げながらそう叫んだ。
しかし、なおも将志は訳の分からないといった表情で口を開いた。
「……いや、毒抜きすればあるいは……」
「いやいや、あんた生で食べてたからな? これに関しては全く言い逃れできないぞ」
そんな将志に、ギルバートが呆れ顔で盛大にため息をつくのだった。
話がいつまでたっても平行線になりそうな気配を察して、咲夜が将志に声をかけた。
「将志さん、聞きたいことがあるのだけれど」
「……む、咲夜か。訊きたいこととは、銀月のことであろう?」
「ええ、何かご存知で?」
「……ああ、知っている。どこに居るかまでは知らんが、どんな状態かは大体分かる」
咲夜の質問に、将志はそう言ってうなずいた。
その言葉を聞いて、霊夢が即座に将志に質問を投げかけた。
「それで、銀月は今どうなってるのよ?」
「……さてな……銀月のことだから、今頃は傷だらけになっている頃であろう」
ため息混じりに将志は質問に答える。その表情は、悪戯好きの子供に頭を抱えている時のような表情であった。
そんなのんきな将志を見て、霊夢は思わず声を荒げて食って掛かった。
「全然無事じゃないじゃない! 何で助けに行かないのよ!?」
「……その理由だが、銀月が死ぬことはまずありえん。それ以前に、俺の力ではあいつを連れ戻すことは出来ん。異変が絡んでいる故、銀の霊峰は動けないからな」
「でも銀月はあんたの子でしょ! だったらそんなの無視しなさいよ!」
親としての行動よりも銀の霊峰の首領としての静観の立場を取った将志に、霊夢は一気にまくし立てた。
それを聞いて、将志は大きくため息をついた。
「……成程、お前達はどうやら根本的なところで勘違いをしているな」
「どういうこと?」
「……銀月は、お前達が思っているよりもずっと困った性格をしているということだ。それよりも、今日の宴会の準備はいいのか? いつも銀月に任せきりだったと思うのだが?」
「何をのんきなことを言ってるんですか!? 行方不明者がいるのに、宴会どころじゃ……」
「……その犯人は、ここ最近の宴会に毎日来ているのだぞ? 今日もまた、宴会を楽しみに待っているのではないか?」
将志は頭に血が上っている面々に、極めて冷静に助言をした。異変の解決に関わることが出来ない彼は、出来る限り最大限のヒントを霊夢に与えようとしているのであった。
それを察知した咲夜は、冷静な口調で将志に質問を重ねた。
「それで、犯人は一体誰なんですか?」
「……俺が名前を言ったところで、恐らく誰も分かるまい。あいつに会いたければ、紫辺りに頼んでみればよいだろう」
「紫に?」
「……ああ。あいつなら、お前達を犯人に会わせることもできるからな。銀月も絡んでいることであるし、今日はほぼ確実に出席するであろうよ」
将志はそう言うと、森の外へと歩き出した。
それを見て、慌ててアグナがその後を追いかける。
「あ、待ってくれよ、兄ちゃん!」
「……心配をかけたな、アグナ。お詫びに今日はお前の言うことを一つ聞こう」
それを聞いた瞬間、アグナの表情がぱぁっと輝きだした。
「本当か!? それじゃあ、今日一日遊んでくれよ!」
「……ふっ、了解だ……それから、ギルバート。そこのヒュドラの肉だが、お前達で使うなり、ジニに持っていくなりすればいい。捜索の報酬はそれで十分だろう?」
「流石に神話の化け物の肉を報酬で渡されたら文句は言えないな。分かったよ、今日はこれで手打ちにしておくよ」
将志からの報酬を聞いて、ギルバートは苦笑いを浮かべたのだった。
その様子を見て、霊夢は妖夢と咲夜に目を向けた。
「さあ、私達も帰りましょ。宴会に来るって言うんなら、ちゃんと準備しないとね」
「そうね。いい加減に銀月には帰ってきてもらわないと」
「色んなところに迷惑が掛かってますからね。今日でこの異変も終わりにしましょう」
三人はそう言うと、一直線に博麗神社に戻って準備を始めた。そして準備が終わり、宴会の開始時間まで境内で待つ。
やがて時間が流れ、青かった空が赤みを帯び始め、茜色に染まっていく。
それを見て、咲夜がポツリと口を開いた。
「もうすぐ逢魔が時ね」
「紫が起きるのも大体この時間ね」
「ところで、ギルバートさんと魔理沙さんはどうしてここに?」
妖夢はそう言いながら、自分の隣に居る魔理沙とギルバートに声をかける。
彼らは準備が終わってからしばらくして、ここにやってきていたのだ。
「何というか、銀月がいないと張り合う相手が居ないし、何か足りないんだよな」
「それに、銀月が戻ってこないと霊夢が捜し回って、私の暇が潰せないし」
二人はそう言って笑みを浮かべる。どうやらそれぞれに思惑があって、異変を解決したいようである。
その言葉を聞いて、霊夢は大きくため息をついた。
「魔理沙、私の神社は暇つぶしの場所じゃないんだけど?」
「そうかしら? そんなに変わらないと思うのだけど」
霊夢の言葉に、何もない空間から突如として大人びた女性の声が聞こえてきた。
次の瞬間、目の前の空間が突然裂けて、中から白いドレスに導師服のような紫色の垂をつけた金髪の女性が現れた。
女性はふわりと地面に降り立つと、一同に声をかけた。
「おはよう、霊夢。宴会の準備は済んでいるの? それに皆勢ぞろいでどうしたのかしら?」
「待っていたわよ、紫」
霊夢は立ち上がり、紫にそう言葉を返す。それを聞いて、紫は胡散臭い笑みを浮かべてスキマの上に肘を突いた。
「私に待ち人なんて、珍しいこともあるものね。それで、私に何の用かしら?」
「単刀直入に言うわ。銀月はどこ?」
「あら、銀の霊峰でヒントをもらっていたと思うのだけれど?」
紫はキョトンとした表情で霊夢達に問いかける。
すると、咲夜は少し考えてからその答えを口にした。
「銀月を攫った犯人は幻想郷中に居る、って言うあれかしら?」
「そうそれ。攫った犯人が幻想郷中に居るのだから、銀月も幻想郷中にいるって言うのが自然でしょう?」
「それはそうだけど……」
「幻想郷中に居るねえ……何の事だかさっぱりだぜ」
相も変わらず胡散臭い笑みを浮かべる紫に、咲夜と妖夢は考え込む。
そんな中、霊夢は自分の勘を頼りに答えを口にすることにした。
「私はこの妖霧を振りまいてる奴が犯人だと思うんだけど、違うのかしら?」
「当たらずとも遠からず、と言ったところね。まあ、私としても銀月が眼に見えないこの状況は好ましくないのよ」
「どうしてですか?」
「だって、銀の霊峰の首領が保護した訳ありの子供でしょう? それがどうなったか分からない状態でずっと居るって、怖いと思わない?」
「訳あり……ですか?」
紫の言葉を聞いて、妖夢は首をかしげる。どうやら、銀月が銀の霊峰に拾われた理由について深く考えたことがなかったようである。
そんな彼女の様子に、紫は苦笑いを浮かべてため息をついた。
「はぁ……妖夢、貴女はもう少し物事を丸呑みしないで、裏を疑う癖をつけたほうがいいわ」
「それで、あんたはどうやって銀月を連れ戻すつもり?」
「あいつは妖気そのもの。密度が薄くなりすぎて、普通じゃ誰にも見えないのよ。と言うわけで、これで見えるようになるはずよ」
紫がそう言った瞬間、周囲の景色が移り変わる。
青白い霧が地面に広がっており、そこには遥か下に博麗神社の境内を見下ろす形になっていた。
「あれれ、今日の宴会はどうしたの~?」
のんきな少女の声が辺りに響き渡った。
一行がその声の聞こえてきた方向を向くと、そこには頭に二本の角を生やし、腰に紫色のひょうたんを下げた少女が立っていた。
鬼の四天王の一角、伊吹 萃香である。
その姿を見て、霊夢は彼女が犯人だと確信して表情を引き締めた。
「あんたがこの異変の犯人ね。さあ、さっさと銀月を返しなさい!」
「せっかちだねえ、本当に。私はもっと宴会を楽しみたいのにね。あの賑やかな空気って、宴会でもないとなかなか出来ないんだよねぇ」
うっとりとした表情で萃香は霊夢にそう告げる。
その言葉を聞いて、咲夜はため息と共に首を横に振った。
「知りませんわ、そんなこと。霊夢じゃないけど、私も早く銀月を返して欲しいのよ。せっかく真面目に仕事をし始めたメイド妖精達が仕事をしなくなってしまって困ってるのよ」
「貴女が銀月さんを攫ったせいで、いろんな人が迷惑を被っているんです。早く返してください。でないと、斬ります」
口々にそう言いながら、咲夜はナイフを抜き、妖夢は楼観剣を萃香に向ける。
その様子を見て、萃香はキョトンとした表情を浮かべた。
「……あれ、何か勘違いしてない?」
「勘違いって、何を勘違いしてるって言うんだよ?」
「私、銀月を攫ってなんてないんだけど」
魔理沙の言葉に、萃香はそう言って答える。
それを聞いて、ギルバートは怪訝な表情を浮かべた。
「それ、嘘じゃないだろうな?」
「嘘なんかつくものか! 嘘をつくのは人間だけだ! 鬼は絶対に嘘をついたりなんてしない! 私は本当に銀月を攫ってない!」
ギルバートの言葉を聞いて、萃香は若干むきになりながら叫ぶようにそう言い返した。鬼が嘘をついたと思われることが、とても我慢できなかったのだ。
その返事に、魔理沙が再び質問を投げかける。
「それじゃあ、紫がお前と銀月が一緒に居るっていう話をしていたけど、あっちが嘘なのか?」
「いいや、嘘じゃないさ」
魔理沙の質問に答えたのは、涼やかな少年の声だった。
その声を聞いて、霊夢は驚いた様子でその方を向いた。
「銀月?」
「やあ、久しぶりだね、皆」
そこには、捜し求めていた人物が笑顔で立っていた。
あとがき
香霖堂の災難。
将志がキノコ狩りに行くたびに、アグナが突っ込んできて火災の危機になる。
そのため、霖之助は将志がキノコ狩りに行くのを確認すると、即座に魔理沙とアリスに協力を要請します。
最近ではギルバートと言う男手も増えて、アグナの受け入れ態勢はだいぶ整ってきました。
料理バカの遭難はもうどうしようもありません。
何しろ、むしろ毒物だとわかっているものを口にして倒れることのほうが多いです。
で、毎回捜索を受けて、その報酬として珍しい薬草やキノコ、そして今回のような貴重な素材を魔理沙達に提供しています。
そのお陰で、魔理沙のノートには珍しい材料の特性や効果なんかがずらりと並ぶことになりました。
そして、とうとう霊夢は銀月を発見しました。
ところが、攫われたはずの銀月の様子が何やらおかしいですね。
さて、次回はどうなることやら。
……何だか、久々に胡散臭いゆかりんを描けたような気がする。
では、ご意見ご感想お待ちしております。