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銀の槍のつらぬく道  作者: F1チェイサー
萃まる力と夢現
139/175

萃夢想:紅白の巫女、異変に気づく


 宴会の翌朝の、静けさを取り戻した博麗神社。その境内に白装束の少年が立っていた。

 銀月は弁当を作り終え、余った時間で鍛錬をしていたのだ。

 彼は鍛錬を終えて槍を収納札にしまうと、小さく息を吐いて周囲を見渡した。

 名物の桜の木はほぼ葉桜に変わっており、春から夏への季節の変わり目を感じさせている。

 それを見て、銀月は穏やかに笑みを浮かべた。


「……さてと、もういい頃かな」


 銀月はそう言うと、静かに歩き出した。






「暇ね~、ホント。これからどうしようかしら」


 霊夢は銀月が作っていった弁当を食べながら、午後の予定を考える。境内の掃除は午前中に終わっており、母屋の掃除は前日に銀月が行ったために掃除するほど汚れていない。

 結果、することがなくなってしまった霊夢は、退屈を紛らわす方法を考えなくてはならなくなったのだった。

 とは言うものの、真剣に考えるほどのことでもないので、とりあえずは目の前の弁当を食べることにしたのであった。


「……いつものことだけど、やっぱり出来立てのあったかいご飯が食べたいわ。何とかして仕事を休ませられないかしら?」


 冷めてしまっている弁当の料理を食べながら、霊夢はそう呟く。実は霊夢の食べている弁当は銀月が彼女のためだけに作った特別なメニューのものなのだが、それでも温かい料理のほうが食べたいようである。

 霊夢は食事をしながら、銀月に仕事を休ませる方法を考える。


「失礼するわよ」


 するとそこに、メイド服を着た銀の髪の少女がやってきた。

 その姿を確認すると、霊夢は首をかしげた。


「あら、咲夜。どうかしたの?」

「貴女、銀月がどこにいるか分かるかしら?」


 咲夜の質問に、霊夢はキョトンとした表情を浮かべる。今日の銀月は出勤日であり、紅魔館に居るはずだからである。


「え? 紅魔館に居るんじゃないの?」

「ええ、本来ならね。でも、今日は誰も銀月の姿を見ていないのよ。無断欠勤するような子じゃないとは思うけど、念のためにね」

「と言われても、別に変わったところなんてなかったわよ? 出かけてくるって言う書置きがあったくらいで……」


 そこまで口にして、霊夢は首をかしげた。今朝の光景を思い出して、その違和感に気が付いたのだ。


「……あれ、そう言えば何で書置きなんてしていったのかしら?」

「出かけてくる……ね。仕事に行ってきます、とは書いていないのね。真面目な銀月が、仕事や修行を放り出してまで出かける用事って何かしら?」


 二人して、しばらく考え込む。そして、とあることに気が付いた。


「そういえば……最近宴会のときに妙な妖気を感じるのよね。今も薄く漂ってるけど」

「ひょっとして、それが関係してるのかしら?」

「可能性はあるわね。これを異変とみなしたら、そっちを優先するだろうし」

「でも、それなら私に声をかけるのよね……どういうことかしら?」


 霊夢と咲夜は再び考え込む。しかしいくら考えても、銀月が何を思って書置きをして、姿をくらませたのかは分からない。

 しばらくして、咲夜が霊夢に声を掛けた。


「とりあえず、銀月が行きそうな場所をあたって見ましょう。何かしらの問題があったとして、銀月だったらまずどうするかしら?」

「そうね……問題を解決するために、相棒をさがす?」

「ああ、だとすれば、今はあの場所ね」


 霊夢と咲夜はそう言うと、博麗神社から飛び立った。

 しばらく移動していると、湖の真ん中に浮かぶ、鮮血の様に紅く大きな館が見えてきた。

 それを見て、霊夢は首をかしげた。


「ちょっと、ここ紅魔館じゃない。ここに居るの?」

「ええ。たぶんこの辺に……」

「はあっ!」

「やあっ!」


 二人が話をしていると、門の方から声が聞こえてきた。それは掛け声のようで、かなり気合が入っている。

 どうやら一人は女性で、もう一人は若い少年の様であった。

 その聞き覚えのある少年の声に、霊夢はそのほうへと向かう。


「ぐあああっ!」

「ふふ~ん♪ まだまだですよ、ギルバートさん♪」


 そこには地面に寝そべっている群青の毛並みの人狼と、彼に向かって楽しそうに勝ち誇った笑みを浮かべる門番が立っていた。

 どうやら今まで手合わせをしていたようで、今その決着がついたようである。

 人狼が金髪の少年の姿に戻ると共に、霊夢は彼に話しかけた。


「ああ、ここに居たのね、ギルバート。探したわよ」

「いつつ……何だ、博麗の巫女か。俺に何の用だ?」


 ギルバートは仰向けに倒れこんだまま、少し顔をしかめながら霊夢にそう問いかける。

 相変わらず人間嫌いは治っていないが、魔理沙の友人と言うことで少しは話しやすいようである。


「銀月を見なかったかしら? どこに居るのか分からないのだけれど」


 霊夢の質問を聞いた瞬間、ギルバートと美鈴はキョトンとした表情を浮かべた。


「はぁ? 紅魔館に居るんじゃないのか? あいつ今日仕事だろ?」

「そういえば、今日は見てませんねぇ。いつもなら、出勤と同時に挨拶してくれるんですけど」

「そうね。毎朝額にタロットカードが刺さってるわね」

「何だ、そんなに毎日居眠りしてるのか、美鈴?」

「あはははは……はい」


 ギルバートの問いかけに、美鈴は乾いた笑みを浮かべた後でがっくりと肩を落とした。

 どうやらギルバートにはあまり知られたくない事実だったようである。

 それを聞いて、ギルバートは少し驚いたような表情を浮かべた。


「へ~、意外だな。俺が来るときは大概真面目に仕事をしてるから、いつもそうなのかと思ってたぜ」

「そうなのかしら? それは良いことを聞いたわ。これからは毎日ギルバートに来てもらうことにしようかしら?」

「でも、この前銀月は美鈴とギルバートが恋人みたいに寄り添って寝てるのを見たって言ってたわよ? それも戦うたびに、毎回って」


 考え込む咲夜に、霊夢は銀月から聞いていたギルバートと美鈴の様子を報告する。

 銀月はギルバートと美鈴が戦うたびに寝ているのを知っていたが、敢えて起こしていなかったようである。


「……結局寝てるのね。しかも、格好いい男の子侍らせて」

「はぅ……」


 霊夢の報告を聞いて、咲夜は美鈴にジトッとした視線を送り、美鈴は肩を縮こまらせて震える。

 この辺りの上下関係は、完全に咲夜のほうが上のようである。


「で、結局貴方は銀月の居場所は知らないのね?」

「知らないな。第一、あいつは俺に用があるときは遠吠えで声を掛けるからな。それが無いってことは、俺には特に用は無いんじゃないか?」

「そういえば、そうだったわね……」


 ギルバートの言葉を聞いて、霊夢はため息混じりに頷いた。今朝は銀月が通信手段で遠吠えを使っていないことを思い出したからである。

 それを聞いて、咲夜は小さくため息をついた。


「ここは外れね。銀月の行き先を知ってそうな人は他にいるかしら?」

「あ、そういえばパチュリー様が銀月さんの関係で人狼の里に行くって言ってましたよ? ギルバートさんのお母さんと話し合うことがあるんですって」

「そういや、最近母さんのところにここの魔女が来てるって言ってたな。あいつ、今度は何をやらかしたんだ?」

「さあ……私達にはよく分からないわ。ところで、人狼の里への道が分からないのだけれど、案内頼めるかしら?」


 咲夜は地面に倒れこんだままのギルバートに道案内を頼む。

 しかし、ギルバートは起き上がろうとしても体に力が入らず、首を横に振った。

 どうやら美鈴との手合わせでかなり消耗しているようであった。


「悪い、少し派手にやり合っちまったもんだから、しばらく動けねえ。少し待っててもらえるか?」

「こっちは急ぎの用よ。妹様が銀月をお待ちしているのよ」

「そうか……それじゃあ、魔法の森に行きな。魔理沙とアリスが人狼の里への道を知ってるからな」

「分かったわ。それじゃあ、さっさと行きましょ」


 霊夢はそう言うと、咲夜と一緒に魔法の森へと向かうことにした。

 しばらく空を飛び、暗い森の中へと入っていく。キノコの胞子や瘴気などが漂う森の中を進むと、一軒の家が見えてきた。

 その前では、何やら考え事をしているモノトーンの魔法使いの少女が居た。

 彼女は霊夢達が近づいてくるのに気づくと、顔を上げてそのほうを向いた。


「ん? 霊夢と咲夜とは珍しい組み合わせだな。どうかしたのか?」

「魔理沙、銀月がどこに行ったか知らない?」

「銀月? あれ、あいつ仕事で紅魔館にいるんじゃないのか?」

「それが今日はうちには来ていないのよ。休むって言う連絡もなかったし、どうしたのか分からないのよ」


 キョトンとした表情で首をかしげる魔理沙に、二人は事情を説明する。

 それを聞くと、魔理沙は首を横に振った。


「悪いが、私は知らんぞ? それはそうと、ギルがどこにいるか知らないか? さっき人狼の里に行ったんだけど、いなかったんだ」

「ギルバートなら、たぶん今頃紅魔館で門番と一緒に寝てるわよ?」

「は、はあぁ!? お、おい、それどういうことだよ!?」


 霊夢の返答に、魔理沙は声を上げる。その言葉には、困惑と驚愕の色が伺えた。

 そんな彼女の様子に、霊夢は訳が分からず首をかしげた。


「どうって、そのままの意味だけど……それがどうかしたの?」

「い、いや、だって……なぁ? ギルと美鈴だろ? そ、その、一緒に寝てるってことは……」


 魔理沙は顔を真っ赤に染め、しどろもどろになりながら霊夢の質問に答える。どうやら何かよからぬ方向に想像が飛んでいっているようである。

 それを聞いて、咲夜が苦笑いを浮かべた。


「……何か勘違いしてないかしら? 何もギルバートと美鈴が同じベッドで寝てるわけじゃないわよ? 門の前で塀に寄りかかって寝てるのよ」


 咲夜がそう言うと、魔理沙はしばらくぽかーんとした表情を浮かべて固まる。

 そして、咲夜の言葉の意味を理解すると、苦い表情を浮かべた。


「あ……ああ、何だそういうことか。おい霊夢、紛らわしい言い方すんなよ、全く……」


 魔理沙はそう言いながら、恨めしげに霊夢のほうを見る。その表情は勘違いをしていたのが恥ずかしかったらしく、先程よりも更に赤くなっていた。

 そんな彼女の様子を気にも留めず、霊夢は話しかけた。


「ところで魔理沙、人狼の里への行き方を教えてくれる?」

「ん? 何で人狼の里に行きたいんだ?」

「パチュリー様が銀月のことで人狼の里に行ったらしいのよ。だから、パチュリー様が何か知らないかと思って」

「成程な。人狼の里ならここからあっちにまっすぐ飛んでいけば着くぜ。ちっとばかし遠いけどな」


 魔理沙はそう言うと、霊夢の横まで歩いてくる。

 それを見て、霊夢は首をかしげた。


「あら、案内してくれるの?」

「違うな。これから寝ている狼を起こしに行くんだ」


 霊夢の質問に、魔理沙はそう言って笑う。どうやら紅魔館に行くつもりのようである。

 その返答を聞いて、咲夜は小さく頷いた。


「そういうこと。ギルバートを起こすついでにうちの門番を起こしてもらえると嬉しいわ」

「それじゃあ、私達は行くわよ」


 魔理沙と別れて、霊夢と咲夜は人狼の里へと向かう。

 魔理沙の指し示した西の方角へ進んでいくと、森を抜けて野原が見えてきた。

 その向こうには小高い丘があり、その麓には集落が広がっていた。


「ひょっとして、あれが人狼の里かしら?」

「だと思うわよ。それで、私達はどこに行けばいいのかしら?」

「えっと、ギルバートは領主の息子だから……」


 霊夢はそう言うと、行く先を見やった。

 人狼の里の丘の上には、立派な石造りの古城が聳え立っている。その中央には、黄金の鐘を吊り下げた高い塔が建っていた。

 その想像以上に豪華な城を見て、霊夢は乾いた笑みを浮かべた。


「……ひょっとして、あのお城?」

「思った以上にお坊ちゃまなのね、彼は。銀月と喧嘩ばかりしてるイメージしかないけど」

「そういえば、日頃一緒に居るから忘れてたけど、銀月もすごいお坊ちゃまだったわね」

「従者のイメージが強すぎて、全然そんな感じはないけどね」


 二人はそう話しながら、城の門の前に降り立つ。

 すると、門の前に立っていた一人の若い執事が霊夢達に話しかけてきた。


「失礼ですが、こちらにどのような御用ですか?」

「パチュリー様がこちらにいらっしゃると思うのだけれど、知らないかしら?」

「パチュリー様……ジニ様のお客様のパチュリー・ノーレッジ様で間違いないでしょうか?」

「ええ、そのパチュリー様よ。居るかしら?」

「ただいまお取り次ぎ致しますので、お名前をお聞かせ願えますか?」

「十六夜咲夜よ」

「こっちは博麗霊夢よ」

「少々お待ちください」


 若い執事はそう言うと、急いで、しかし決して走らずに中へと入っていった。

 その様子を見て、咲夜は小さく頷いた。


「……迅速な対応ね。うちのメイド妖精もこれぐらい出来ればいいのに」

「本当にね。そうすれば銀月の休みも増やせるし」

「それとこれとは話が別よ」

「何でよ。世話できる人が増えるんなら、銀月はいらなくなるんじゃないの?」

「そのメイド妖精が餌付けされすぎて、銀月の言うことばかり聞くようになっちゃったのよ。そうでなくとも、妹様は銀月の執事を御所望よ。正直、銀月には住み込みで居てもらいたいくらいよ」


 咲夜はそう言うと、陰鬱なため息をつく。

 銀月はちゃんと仕事をしたメイド妖精には、休憩時間におやつを配ったり、食事に一品追加したりしている。

 そのため、メイド妖精達は銀月の言うことはしっかり聞いて仕事をするようになったのだが、それ以外の仕事が留守になってしまったのだ。

 現に銀月が行方不明になっている今、メイド妖精達はその業務を完全に停止して銀月を探し回っているのであった。

 二人が話している間に、執事が戻ってくる。


「お待たせいたしました。確認が取れましたので、こちらへどうぞ」


 二人は執事の後について行く。その先には、大きな図書館があった。

 その中に入ると、目的の人物が一人で本を読んでいた。

 その人物こと、パチュリーは二人の接近に気づくと、本から眼をそらさずに咲夜に声を掛けた。


「咲夜。何で貴女がここに居るのかしら?」

「パチュリー様が銀月が行方不明になっている件について、何かご存知なのかもしれないと思い、参りました」

「そういえば、今朝は銀月を見てないってこあが言っていたわね。メイド妖精も騒いでるそうね」

「はい。何かご存知ですか?」


 咲夜は本を読んでいるパチュリーにそう問いかける。すると、パチュリーは片手で本を閉じながら首を横に振った。


「残念だけど、今回はそれとは別件よ。ちょっと銀月についてジニと話がしたかっただけだったのよ」

「何であんたと人狼の魔女で銀月の話が出てくるのよ?」

「それについては今は教えられないわ。とにかく、銀月の居場所を私は知らないわよ」


 パチュリーはそう言いながら、本棚から新しい本を取り出して読み始める。

 その手元を見て、霊夢はとあるものに気づいて声を掛けた。


「あれ、これ銀月の収納札じゃない。あんたも持ってたの?」

「そりゃあ、こんな便利なものがあるんなら私だって使うわよ。それに、魔法使いの視点から見ても興味深い代物だしね」

「そうなの? 銀月は初めて会った時から使ってたから、簡単に作れると思ってたんだけど」


 霊夢のその言葉を聞いた瞬間、パチュリーの眉がピクリと動いた。


「待ちなさい。初めて会ったときって、いつのことかしら? 貴女と銀月は幼馴染って聞いてるのだけど」

「そうね、私が八歳くらいの時だから……八年前? 銀月もたぶんそれくらいだったと思うわよ」


 いつになく真剣な眼で尋ねてくるパチュリーに、霊夢は素直にそう答えた。

 それを聞いて、パチュリーは奥歯を食いしばりながら銀月の札を見やった。


「……それが本当だとしたら、世の魔法使いに対する冒涜だわ。私やジニでさえ、この札の再現をするのは難しいのに……」

「そうなのですか?」

「ええ。この札にいくつの魔法陣が重なっていると思う? それに、それが一つでもずれたりするとあの札の効果は発揮できないのよ。この札は、貴女達が思っているよりもずっと高度な術式なのよ。まともに作ろうと思ったら、何年掛かることやら……」


 パチュリーは銀月の作った札を親の仇を見るような眼で睨みながら、拳を握り締める。

 魔法とは、魔法使いの研究成果のであり、何年、何十年、何百年と知識と研究を積み重ねて編み出されるものである。

 パチュリーも、当然ながら百年以上魔法使いとして研鑽を積んできた自負があり、ジニも古くから魔法に携わっているのだ。

 それが、弱冠八歳の少年がたった半年で作り上げられた札の再現が出来ないというのは、今まで積み重ねてきたものを否定されたような気分になるのであった。


「それじゃあ、銀月は将来すごい魔法使いになれるのかしら?」

「否定はしないわ。銀月は特定の魔法に関してはずば抜けているし、基本となる魔法は全てカバーできているわ。でも、魔法使いとしてはあまり優秀ではないわね」

「どういうことですか?」

「銀月の魔法は全部脆いのよ。ほんの少しの不確定要素が加わっただけで、魔法が失敗してしまう。彼の魔法は、ガラスの靴で全力疾走をするようなものよ。ちゃんと成功させようと思うと、入念な事前準備をしなければならないわ。実戦で魔法が使えるようになるのは当分先でしょうね」

「でも、銀月は実戦で槍を出し入れしたり、札を爆発させたりしてるわよ?」

「札にかかれた魔法陣なんて完成した魔法と変わらないわよ。それしか使えていないのだから、研究者としては良くても魔法使いとしてはまだまだ駆け出しもいいとこよ」


 パチュリーは銀月の魔法の能力をそう評価する。

 彼女の眼から見ても、銀月の魔法のレベルは決して低くなく、特化した魔法に関しては著しい成長を見せている。

 しかし、それは常に最高の状態でないと発動できていないのだ。つまり、少しでも悪い条件が加わると結果にものすごく響いてしまうのだ。

 例えるならば、銀月の魔法はちょっとした過電圧で壊れてしまうような、非常に壊れやすいコンピューターのようなものなのである。

 そこまで話すと、パチュリーは顔を上げ、まっすぐに二人の方に眼を向けた。


「でも正直な話、私は銀月をこの手で育て上げたい。私の手で彼がどこまで育つのか、魔法の可能性をどこまで見せてくれるかを試してみたい。銀月には悪いけど、彼にはぜひとも人間を捨てて強大な力を持って欲しいわ」


 そう話すパチュリーの眼は、どこまでも純粋で無邪気な興味に満ちていた。

 それはちょっとでも振れれば狂気に変わってしまいそうな、とても危ういものだった。


「あうう~……パチュリー……」


 パチュリーが説明をしていると、嗚咽混じりの女性の声が聞こえてきた。

 そのほうに眼を向けると、そこには薄紫色のアラビアンドレスを着てベールを纏い、腰に黄金のランプを下げた褐色の肌の女性が立っていた。

 そのアメジストのような紫色の瞳にはいっぱいに涙が蓄えられていた。


「……どうしたのよ、ジニ。どうして泣いているのかしら?」

「あの魔法陣、失敗だったみたい……マンティコアが出てきて怖かった……」

「よく無事だったわね……で、送還したの?」

「うん……毒針を回収してからね……ひっく」


 そう話すジニの手には、その毒針と思われる大型のナイフほどもある尖ったものが詰め込まれた袋が握られていた。

 それを見て、パチュリーは頭を抱えてため息をついた。


「……私、貴女が繊細なのか豪胆なのか分からなくなってきたわ。と言うか、すぐに泣くのは勘弁して欲しいわ。さっき涙で滲んで読めなくなってた本があったわよ」

「だって……だってさぁ……うえ~ん、怖かったよ~」

「はぁ……また旦那さんを呼ばなきゃ……いっそのこと、泣き虫を治す魔法でも作ろうかしら……」


 泣きついてくるジニに対して、パチュリーはそう言って背中を撫でながら、再び大きくため息をつくのだった。

 そんな二人のやり取りを見て、苛立たしげに声を上げる者が約一名。


「あんた達、何の話で盛り上がってるのよ。ああもう、もう日が暮れちゃったじゃない!」

「続きは明日になりそうね……私もそろそろ戻ってお嬢様のお世話しないと」


 二人が図書館のドアの方角を見てみると、廊下にオレンジ色の夕日の光が長く伸びているのが見えた。

 それと同時に、霊夢はとある重大な事実に気づいて声を上げた。


「あ……そう言えば、今日の晩御飯どうしよう……」


 霊夢はそう言いながら、すがるような眼で咲夜を見やる。料理の出来ない霊夢にとって、料理人である銀月の不在は死活問題なのだ。

 そんな彼女の視線を受けて、咲夜は苦笑いを浮かべた。


「……分かったわよ、私が作ってあげるわ」

「咲夜、私はしばらくここに残るわ。少しばかり泊りがけで作業しないといけないからね。こあにも伝えておいてくれるかしら?」

「かしこまりました。じゃあ、霊夢。紅魔館に帰るわよ」


 パチュリーの用件を咲夜が聞き終わると、二人は紅魔館へと帰っていった。





「す~……す~……」

「ZZZ……ZZZ……」

「すやすや……」


 紅魔館の門の前では、三人仲良く座って寝ている光景があった。

 美鈴とギルバートがお互いを支えにしてもたれ合っており、その隣で魔理沙がギルバートの肩に頭を預けて寝ている。

 三人ともとても気持ちよさそうに寝息を立てており、霊夢と咲夜が近づいても起きる気配はない。

 そんな彼らを咲夜は無表情で、霊夢は興味なさげに眺めていた。


「…………」

「寝てるわね、三人仲良く」

「……ええ、そうね。ちょっとお仕置きが必要ね」


 咲夜はそう言うと、鋭く正確に美鈴の額に向かって銀のナイフを放り投げた。


「あいったあああああああ!?」

「ぐおっ!?」

「うわぁ!?」


 額にナイフが突き刺さると美鈴が飛び起き、それを支えにしていたギルバートと魔理沙が地面に倒れこんだ。

 美鈴は暗くなりかけていた空を見て唖然とした表情を浮かべた後、目の前にいるメイド長を見て顔を真っ青に染めた。


「あ……」

「……今までずっと寝てたのね、貴女。自分の仕事、ちゃんと分かってるのかしら?」

「ひぃぃぃ~!」


 頭を抱えて震える美鈴に、咲夜はナイフを投げ続ける。

 指の隙間や足の間、耳の横など、少しでも動いたら当たってしまいそうなところばかりに投げ、相手の恐怖を煽る。

 その横で、ギルバートが自分の上に覆いかぶさっている魔理沙を見て首をかしげていた。


「魔理沙、お前いつの間にここに来たんだ?」

「いや、それが昼には来てたんだけどな……」

「それなら起こしゃ良かっただろうに。何で俺の横で寝てたんだ?」

「そりゃ、お前があんまり気持ち良さそうに寝てたからな……あんな寝顔を見せられたら、起こす気なんて失せるぜ。お前、案外可愛いのな」


 魔理沙がそう呟いた瞬間、ギルバートの表情が火を噴いたように紅くなった。


「お、おまっ!? いきなりなんて事言いやがる!?」

「いや、だってそう思ったのは事実だし。時間忘れるほど人の顔眺めたのは久々だぜ」


 慌てた表情でまくし立てるギルバートに、魔理沙は苦笑いを浮かべながら答える。

 その返答を聞いて、ギルバートは魔理沙に背を向け、胡坐をかいて頬杖をついた。


「おい、何ふてくされてんだよ?」

「うるせえ、お前に俺の気持ちが分かるか。この女銀月」


 首をかしげる魔理沙に、ギルバートはそう言い放つ。どうやら魔理沙に可愛いといわれた事で 褒められているのだが嬉しくない、微妙な気持ちになったようである。

 そんな彼の発言に、魔理沙が食って掛かった。


「ちょっと待て。私はあいつみたいに人間をやめてないぞ?」

「そういう問題じゃねえよ!」

「じゃあ、どういう意味だよ?」

「知るか、自分で考えろ!」


 話しかけてくる魔理沙を、ギルバートは冷たく突き放す。

 実際にはさらりと相手に可愛いなどと自然に言い放つその言動が、ナチュラルに相手を口説きに掛かる銀月の言動に似ているために魔理沙に向かってそう言い放ったのであった。


「なあ、どういう意味だか教えろよ」

「嫌だね。意地でも言わねえ」

「お~し~え~ろ~よ~」

「だから、教えねえって言ってるだろ!」


 魔理沙はなおもギルバートの肩を揺さぶりながら発言の意味を問いかけ、ギルバートは正面に回りこんでくる彼女から眼を背ける。


「ほら、自分の仕事を言ってみなさい? この体たらくで言えるものならね」

「ひぃ、咲夜さん、ご、ごめんなさい……」


 咲夜は美鈴の喉元にナイフを突きつけ、美鈴はその迫力に泣きながら謝り続ける。


「……私はいつになったら中に入れるのかしら……」


 そんな面々を見ながら、霊夢は疲れた表情でため息をつくのであった。


 なお、この日霊夢が無事に客人として招かれ、銀月の待遇をめぐって当主と激しい争いを繰り広げたのは別の話。


と言うわけで、萃夢想の話が始まりました。

 今回メインとなるのは、霊夢と咲夜ですね。早速行方不明になった銀月を捜しに出かけました。

 この二人にとって銀月の存在はかなり大きいですから、その分必死で捜します。

 ……と言うか、銀月が行方不明になったせいで異変が忘れられてますね。


 あと、今回久々に美鈴が登場。

 純粋な体術では、ギルバートや銀月はまだまだ美鈴に勝てません。

 紅魔館の門番を一人で任されている以上、いくら才能が有るとはいえ、まだまだ未熟なこの二人に負けるような能力ではないはずですので。

 ……まあ実力はともかく、勤務態度はアレな訳ですが。


 次に、パチュリーの銀月に対する想いも明らかに。

 パチュリーにとって、銀月は弟子のような者のようです。

 ……永琳が丸くなった分、マッド成分がこちらに来たような気もしますが。

 あと、ジニとはとっても仲良くなった様子。

 でも、自分より遥かに年上なはずのジニは事あるたびに旦那やパチュリーに泣きついているようです。


 そして魔理沙は何で口説き文句がこんなに似合うんだろう?

 あと、ギルバートは今回両手に華。どうしてこうなった。


 では、ご意見ご感想お待ちしております。

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