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銀の槍のつらぬく道  作者: F1チェイサー
萃まる力と夢現
134/175

魔の狼、研究する


 幻想郷北西部の高原に位置する西洋風の集落、人狼の里。

 その奥の丘には、長い歴史を感じさせる古びた立派な城がそびえ立っている。

 その城の前に、三つの人影が立っていた。


「おー、ここがギルの家か……本当にお坊ちゃまだったんだな、お前は」

「ええ。私も初めはまさかこんな立派なお城がギルバートの家だなんて思わなかったわ」


 白黒の魔法使いと七色の人形使いは、目の前の城を見上げながらそう話す。

 城の四隅にはそれぞれ塔が建っており、中央には里のシンボルにもなっている黄金に輝く巨大な鐘が据えられた、最も高い塔が建っていた。

 その堂々たる古城の住人である金髪の少年は、二人の言葉に小さく笑みを浮かべた。


「親父は一応領主だからな。こういう見てくれで威厳を保つことも重要なんだよ。威厳の無い領主を信頼する奴はいないからな」


 三人が大きな石造りの門の前に来ると、濃紫色の執事服に銀縁のモノクルをつけた老紳士が通用門から出てきた。

 年老いた執事は、自らが仕える主人の息子を見て深々と礼をした。


「お帰りなさいませ、ギルバート様」

「ああ。俺への来客はあったか、バーンズ?」

「いえ、本日は特にそのような方は現れませんでした」

「そうか。それならいい」


 バーンズの言葉を聞いて、ギルバートはそう言って頷く。

 それを受け取ると、バーンズは二人の客人に眼を向けた。


「いらっしゃいませアリス様。それから、貴女とはお初にお目にかかりますな。私めはこのゴルドベル城で執事を勤めさせていただいております、バーンズ・ムーンレイズと申します。失礼ですが、お名前をお聞かせ願えますか?」

「霧雨 魔理沙だぜ。ギルとは幼馴染だ」


 魔理沙はバーンズに簡単な自己紹介をした。

 すると、バーンズは静かに微笑みながら恭しく礼をした。


「そうでしたか。人狼の里へようこそいらっしゃいました。いやはや、人間のお客様とは珍しいですな」

「バーンズ、銀月も一応人間だぞ?」


 苦笑交じりにギルバートがそう言うと、バーンズはしばらく眼を瞬かせた後、ハッとした表情で苦笑いを浮かべた。


「……おお、失念しておりました。銀月様はどうにも人間という感じがしませんので……」


 そのバーンズの言葉を聞いて、魔理沙も苦笑いを浮かべる。


「あ~……ここでもあいつは人間扱いされないのな」

「いえ、そういう訳ではございませんが……彼と話していると、何故か妖怪と話しているのと同じ感覚を覚えるものですから」

「ああ、それ分かるぜ。まあ、あいつは妖怪の中で育っているからな。そうなるのも仕方が無いんじゃないか?」


 バーンズの言葉に、ギルバートはそう言って答える。

 そして、ふとした疑問をバーンズに投げかけた。


「ところで、これからどこかに出かけるのか?」

「はい。これから少々他流試合に参ります」

「他流試合?」

「魂魄 妖忌様から誘われまして……将志様の立会いの下で試合をすることになったのです」


 ギルバートの言葉に、バーンズはそう言って楽しそうに笑う。

 どうやらその他流試合が余程楽しみのようである。

 そんな彼の様子に、アリスが首をかしげた。


「あら、バーンズさんって何か心得があるのかしら?」

「嗜む程度ではございますが、剣を握ることがございます」

「よく言うぜ、バーンズ。うちに来る前は騎士団で団長をしてたって親父から聞いたぞ?」

「ほっほっほ。そういう時代もありましたな」


 ため息混じりのギルバートの言葉に、バーンズはそう言って朗らかに笑って肯定する。

 そんな彼に、魔理沙が怪訝な表情を浮かべた。


「本当か?」

「こいつを見りゃ分かるさ。ほいっ」


 ギルバートはそう言うと、ポケットから林檎を取り出してバーンズに放り投げた。


「……っ」


 次の瞬間、バーンズの眼が鋭く光ると同時に、手が素早く動く。

 バーンズの手の先では銀色の光が煌めく線を残し、風を切る音が聞こえている。

 そして銀月からもらった収納札から皿を取り出し、飛んできた林檎を受け止めた。

 すると、皿の上で林檎が八等分に分かれた。芯もしっかりと取り除かれており、そのまま食べられる状態である。


「失礼いたしました。宜しければお召し上がりくださいませ」


 バーンズはそう言いながら切り分けられた林檎を一同に差し出した。

 後ろに回された右手に細長いサーベルが握られていることから、彼がそのサーベルで林檎を切ったことが推察された。

 それをみて、魔理沙とアリスは唖然とした表情を浮かべた。


「すっげー……こんな器用なことが出来るもんなんだな……」

「いえいえ、将志様なら槍で料理を作れてしまいますので、あそこまでは……」

「もうなんでもありね、銀月のお父さんは……」


 バーンズの口から漏れた言葉に、アリスは乾いた笑みを浮かべた。

 そこまで話すと、バーンズは一行に深々とお辞儀をした。


「では、先方を待たせるわけには参りませんので、これで失礼いたします」

「ああ。しっかり勝って来いよ」

「承知いたしました」


 ギルバートの声に応えると、バーンズは対戦相手の待つ戦場へと向かっていった。

 それを見送ると、ギルバートは魔理沙達のほうを見た。


「それじゃ、中に入るぜ。勝手に動き回るなよ、魔理沙」

「そんなことしないぜ」


 ギルバートに続いて、一行は門の中へと入っていく。

 中に入るとそこは白いタイルが通路に敷き詰められた巨大な庭園になっており、中央の噴水を取り巻くように様々な花が植えられていた。

 その庭園の中では、庭師として働いているメイドや執事が大勢いて、その他にも散歩に来たと思われる者も何人かいた。

 その庭を見て、魔理沙は驚きの声を上げた。


「うわっ、これまた随分と広い庭だな。紅魔館より広いぜ」

「ただの園芸のための庭じゃないからな。さっきも言ったが、威厳を示すための庭なんだ。人狼の里は住人もそれなりに多いから、その分強い威厳が必要なんだよ。だから、この庭は普段から一般に開放されているんだ」

「それでここの門はいつも開いているのね。ところで、薬の材料は裏庭かしら? ジニは確か薬作りもしていたと思うのだけど」

「ああ。正確には裏庭の隔離部分だな。紅魔館もそうだが、ああいう植物は隔離しておかないと危険だから厳重に囲ってあるはずだぞ?」

「にしても、庭師が多いぜ。やっぱり、これだけ広いと手入れも大変なんだな」

「それでも、美鈴みたいに一人で全部をカバーしているよりはよっぽど楽だと思うぜ。それに大きな声じゃ言えないが、俺はここよりも紅魔館の庭の方が庭師の気持ちが篭っているから気に入っているよ」


 一行はそう話しながら、扉の前に立っている執事に一礼をして城内へと入っていく。

 広い石造りのエントランスには大きなシャンデリアがつるされており、壁際には沢山の騎士甲冑が飾られていた。

 その甲冑は古びたものであり、ところどころに傷が入っていた。


「何度見ても、今にも動き出しそうな甲冑ね」

「ああ、そいつは実際に使われていた奴だよ。何でも、バーンズが昔率いていた騎士団の連中が使っていたものだそうだ」

「何でわざわざそんなもんを飾ってるんだ? どうせなら新しくて綺麗な奴を飾れば良いのに」

「親父が自分が手に掛けた相手のことを忘れないようにするためだ。この甲冑の主達は、親父に殺されてるんだよ。だから、この城には傷だらけの甲冑がいくつも置いてあるし、その手入れは親父とバーンズが自分でやっているんだ」


 かつて、アルバートが数少ない人狼の集団を率い始めた頃、バーンズが騎士団を引き連れて人狼を討伐しに来たことがあった。

 その時に、アルバートは仲間を守るために前線に立ち、その騎士団を壊滅させたことがあったのだ。

 そのことを忘れまいとして、アルバートはその騎士団の甲冑を飾っているのであった。

 それを聞いて、魔理沙は乾いた笑みを浮かべた。


「……本当に動くんじゃないか、これ?」

「さあな。少なくとも、俺は動いたところを見たことが無い。それよりも、さっさと図書館に行くぞ」


 金の刺繍で縁取られた紫色の絨毯が敷かれた廊下を歩いて、図書館へと向かう。

 図書館は日当たりは悪いが風通しのいいところに作られており、日焼けと湿気を防げるような場所に作られていた。

 扉の横には小さな本棚があり、難しい本がたくさん並んでいる。

 その扉を開けると中には背の高い本棚が並んでいて、様々な魔導書が置かれていた。


「おー、これまた随分とたくさん本があるな」

「そりゃ、母さんが昔から集めていたからな。といっても、あんまり古いのは大体が写本だがな」

「え? それはどういうことだ?」

「その写本の大部分は、元々石版に描かれていた奴だ。そんなものを図書館に置いていたら、場所がいくらあっても足りないさ」

「けど、パピルスに書かれた原本はここの書庫にあるのよね。珍しい魔法がいっぱい載っていたわよ」

「へぇ、それは見てみたいな」

「駄目だ。あれは母さんが居ないと見せられない。理解できないのに触ったら危険な奴がたくさんあるからな」


 ジニが集めている魔導書の中には、触れるだけで発動するようなものもある。

 つまり、知識も無いのに触ってしまった場合に対処が出来ずに大事故に繋がる可能性があるのだ。

 それ故に、管理者であるジニの同伴が必要なのである。

 それを説明するギルバートの言葉に、アリスは小さくうなずいた。


「その道の専門家にしか読めない本がいっぱいだものね……ジニも完全には分からない本があるみたいだし」

「そういや、この間母さんがあの棚から本を持ち出してたな……たしか、召喚術の本だったような」


 ギルバートは数日前のジニの行動を思い出してそう呟いた。

 それを聞いて、アリスが怪訝な表情を浮かべた。


「召喚術? ジニの専門じゃないわね。彼女は呪術と錬金術が専門だし……いったい誰かしら?」

「となると、パチュリーか? あ、でもあいつは占星術が専門だったな……」

「俺は身体強化が主。アリスはオールラウンダーだし、魔理沙は……何て言えばいいんだ、あれは?」

「魔理沙の場合、魔力をそのままぶつけるのが専門ってことかしら?」


 それぞれの得意とする分野を並べ立てて、ジニが持ち出した本を誰が使うのかを考える三人。

 そんな中のアリスの言葉に、魔理沙は面白くなさそうな表情を浮かべた。


「むっ、私だって日々研究はしてるんだぜ? ギルだって知ってるだろ?」

「まあ、魔法薬学の基礎研究にはなってるよな、あれ」


 魔理沙は普段、魔法の森の中のキノコなどを採ってきては分析を行い、薬の試作品を作ったりしている。

 それを手伝っていて知っているギルバートは、魔理沙の言葉にうなずいた。

 すると、ふと魔理沙は何かを思い出して苦笑いを浮かべた。


「……そういやこの間、魔法の森で銀月の親父さんが食べかけのカエンタケ持って倒れてたな」

「何やってんだ、あの親父……」


 魔理沙の話に、ギルバートは呆けた表情を浮かべた。

 カエンタケとは致死性の高い強力な毒をもつキノコであり、見た目にも色鮮やかで明らかに食用に出来るとは思えないキノコである。

 更に人間なら触れるだけでも毒の症状が現れるため、人里でも毒キノコとして名の知れたキノコなのである。

 そんなキノコを食べるという将志の奇行に、アリスは唖然とした表情を浮かべた。


「何でそんなことするのよ……カエンタケなんて、人間の間でも有名な毒キノコじゃない……」

「それが後で聞いてみたらな、「……食ったら美味いかもしれないじゃないか」って返ってきたぜ」

「……もはやただのアホじゃねえか……」


 将志の返答に、三人はあきれ果てることしか出来なかった。

 そんな話をしながら図書館の中へと進んでいくと、空中に何やら本が数冊浮かんでいるのが見えた。

 それに気が付いた魔理沙は、ギルバートに話しかけた。


「ん? なあギル、あそこで空を飛んでる本は一体何だ?」

「っ!? 伏せろ、魔理沙!」

「へ? うわっ!?」


 ギルバートが叫んだ瞬間、宙に浮かんでいた本が勢いよく三人に向かって突っ込んできた。

 魔理沙は飛んできた本をしゃがむことで避けると、眼を白黒させながら本を見やった。


「な、何だあの本!?」

「ここの警備用の魔導書だ! 母さん、警備掛けてたのか!」


 ギルバートがそう言っている間に、本棚から次々と本が出てきて侵入者に襲い掛かる準備を行っている。

 それを見て、魔理沙とアリスの頬に冷や汗が伝う。


「何かいっぱい出てきたぜ……」

「ギルバート、どうするのよ!?」

「こいつらが出ているときは特定の魔法しか使えない! 二人とも出口まで走るぞ!」


 ギルバートの言葉と共に、三人は一斉に図書館の出口へと走り出した。

 その後ろから、大量の本が風を切るような速度で追いかけてきており、両者の距離は段々と縮まり始めていた。

 それを見て、魔理沙が叫んだ。


「おい、これじゃあ追いつかれるぜ!」

「そんなこと言ったって、私これ以上速く走れないわよ!」

「ちっ、二人とも、ちょっと触るぞ!」

「うわっ!?」

「きゃあ!?」


 ギルバートはおもむろに二人を肩に担いで走り出した。

 能力を使って走るギルバートは弾丸のような速度で、襲い掛かってくる本をどんどん引き離していく。

 そして図書館の出口に滑り込むと、素早く扉を閉めた。

 すると、内側から本が扉に当たる音が聞こえてくる。

 それを聞きながら、ギルバートは大きくため息をついた。


「ふう……危ないところだった。うっかりしてたぜ、警備を確認していなかった」

「で、図書館に入れないけど、どうするのかしら?」

「ちょっと待ってろ。今警備を解除するからな」

「どうやるんだ?」


 魔理沙は眼をキラキラと輝かせながら、ギルバートを見やる。

 そんな魔理沙を見て、ギルバートは頭を抱えた。


「……お前には絶対教えない。アリス、こいつの耳をふさいで後ろを向かせてくれ」

「ええ、良いわよ」

「あ、おい!!」


 アリスは魔理沙の耳をふさいで、後ろを向かせる。

 するとギルバートは扉の横の本棚に近寄り、中の本を動かし始めた。

 整然と順番どおりに並んでいる本を、決められた順番に並べていく。

 そして最後の本にはさまれている栞を決められたページにはさむと、ギルバートは確認してうなずいた。


「よし、警備解除できたぜ。もう手を離してもいいぞ」

「了解よ」


 アリスはそう言うと、魔理沙の耳から手を離した。

 すると魔理沙は不満げな表情でギルバートを見やった。


「ちぇ、どうやってるのか見たかったのにな」

「誰が前科持ちに解除方法を教えるかっての。さあ、とっとと入るぜ」


 ギルバートに促され、三人は再び図書館の中に入っていく。

 今度は空中に浮いている本はなく、全ての本が本棚に戻っているようであった。


「お、さっきの本が無くなってるな」

「あの本もこれでちゃんと読めるぞ。その手のことが書いてある本だからな」

「でも、今回はそれが目的じゃないでしょ?」

「今日は何をするんだっけ?」

「今日は母さんから課題をもらってるんだよ。こいつの分析だ」


 ギルバートはそう言うと、ポケットから一枚の紙を取り出した。

 その紙には複雑な模様が描かれており、どこか異様な雰囲気を漂わせている。

 そんな紙を見て、魔理沙が首をかしげた。


「ん? これ、どっかで見たような……」

「こいつは母さんが作った、銀月の収納札のコピー品だ」


 ギルバートがそう話す中、アリスは収納札を手にとって見る。

 そしてしばらく眺めながら手元のペンと出し入れした後、難しい表情を浮かべた。


「……見たことの無い形ね。いくつかの魔法陣が重なってるみたいね」

「あーっと……これ、召喚の魔法陣か?」

「何でそう思うんだ?」

「いや、何となくそんな感じがしたんだぜ。というか、こいつはどうやって物をしまってるんだ?」

「“収納”するからには、どこか別の空間に送ってるのよね。それなら、基本は召喚と送還じゃないかしら?」

「そうか? 俺はてっきり空間形成と転移だと思ってたけどな」


 アリスの考察に、ギルバートがそう言って異論を唱える。

 それに対して、アリスは首を横に振った。


「空間形成はありえるけど、転移ならしまうことは出来ても取り出すことが出来ないわよ。だから、やっぱり基本は召喚術だと思うわ」

「けど、召喚術って一つの物体に付き一つの魔法陣が必要だろ? この収納札、一つの魔法陣で何でもしまえるぞ?」

「それなのよね……ただの召喚術じゃ、それが説明できないのよね」


 アリスとギルバートはそう言って考え込む。

 その横から、魔理沙がふと思いついたように口を開いた。


「これ、大元は銀月の札なんだよな? 案外、限界を超える術式があったりして」


 魔理沙がそう口にした瞬間、アリスはハッとした表情を浮かべた。


「……それ、確かにありそうね。問題は、そんなものがあるのか分からないところだけど」

「それじゃ、それが探す本の第一候補だな。次は何だ?」


 それから三人は、札に書かれている魔法陣についての考察を色々と考えた。

 途中で様々なものを出したりしまったりしながら意見を出し合い、それをまとめていく。

 そして数時間がたったころ、ギルバートが大きくため息をついた。


「……召喚、魔力吸収、空間形成と連結、限定解除二種、詠唱省略……たった一枚の札に、魔法陣てんこ盛りだな」

「そんだけ重なってりゃ、何だか分からなくもなるぜ」

「魔法陣の種類を調べるだけで一日使いそうね……重ね方とか、そこまでは行けそうにないわ」

「銀月が昔から使っていた札なんだけどな。あいつ、よくもまあこんな複雑な陣を思いついたもんだ」


 ギルバートはそう言いながら手にした札を眺める。

 その札に描かれた魔法陣がどのような相互作用をしているのかは分からない。

 それを見ながら、アリスは深く考え込んだ。


「……一つ思うのだけど、銀月って何者? ただ戦神に拾われた人間ってだけじゃなさそうだけど」

「そういや、銀月のこと全然知らないな。あいつ、自分のことはちっとも話さないし」

「俺が知ってるのは、銀の霊峰があいつを引き取ったことには理由があるってことだけだな。まあ、昔から人間離れした強さだったから、野放しにしてたら周りが危ないってのもあったのかもしれないけど」

「そうだよな……私が初めてギルと会った日も、銀月ととんでもない喧嘩してたもんな」


 ギルバートと魔理沙は銀月と初めて会った日のことを思い出した。

 ギルバートは人狼としての本気を出した上で負けており、魔理沙は銀月の異常な身体能力を目の当たりにしているのだ。

 また、アリスはギルバートの身体能力を知っていて、それに対抗できるほどの能力を持っているということで銀月の異常性を理解している。

 そんな中、アリスはふとした疑問を二人にぶつけた。


「そもそも、彼って本当に人間なの? 銀の霊峰に拾われたのだから、普通じゃないのは分かる。でも、あまりにも常軌を逸しているわ。実は人間に見えるだけで別物だったりはしないのかしら?」

「でも、あいつがメインで使ってるのは霊力だぜ? それなら人間じゃないのか?」

「それも含めて見せ掛けじゃないかってことよ。妖力や魔力が一見霊力に見えるように偽装されていないかって事」

「けど、そんなことして何になるんだ? 人間として暮らしたかったって言うんなら、そもそも銀の霊峰に拾われた時点で人里に行きたいって思うはずだろ? 俺はあいつが親父さんにそういうことを言ったところを見たことがないぜ?」

「それもそうね……それでも、やっぱり私は銀月が人間だと思えない。人間としては、あまりに上手く出来すぎている気がするのよ」


 ギルバートの意見を聞いて、アリスはそれに頷きながらも銀月に対する評価を述べる。

 すると、それを聞いてギルバートと魔理沙は納得したように頷いた。


「上手く出来すぎてるねえ……まあ、確かにあいつを指すにはぴったりの言葉かもしれないな」

「それに関しては俺も同意だ。それはさておき、そろそろ休憩にするか」


 ギルバートがそう言うと、三人は二階のテラスへと移動する。

 テラスからは広い庭園が一望でき、その向こう側には人狼の里自体が高台にあることもあって素晴らしい景色が広がっていた。


「おー、こりゃいい景色だぜ」

「今日の風は暖かくて気持ち良いわね」

「だな。ついこの間まで真冬の寒さだったからな……ちっと待ってろ、お茶とって来る」

「ん? 執事に任せれば良いんじゃないのか?」

「自分の個人的な客人だからな。公に招いた客ならともかく、自分の客人は自分でもてなすことにしてるんだよ」


 ギルバートはそう言うと、紅茶を淹れるためにキッチンに向かった。

 そしてしばらくすると、トレーにティーセットとスコーンを乗せて戻ってきた。


「はいよ、ミントティーとスコーンだ。クロテッドクリームとジャムは自由に使ってくれ」

「ありがとう」

「で、魔理沙はどこに行ったんだ?」


 ギルバートはそう言いながらあたりを見回す。

 先程まで魔理沙が座っていたはずの場所には誰も居らず、周囲にもモノトーンの服の女性は見当たらない。

 そんな彼女を捜すギルバートに、アリスは話しかけた。


「魔理沙ならお花を摘みに行くって行ってたわよ?」

「……ちょっと待っててくれ、アリス。何やら嫌な予感がする」


 ギルバートは苦い表情を浮かべてそう言うと、建物の中へと入っていった。




 一方その頃、魔理沙は広い城の中を歩いていた。

 彼女は周囲を見回していて、何かを探しているようであった。 


「っと……ギルの部屋はどこだ?」


 彼女の目的はギルバートの部屋。

 どうやらこの前の宴会でギルバートの自室にある本が気になるようであった。


「あいつの立場からすると、たぶん奥のほうだよな……」


 魔理沙はそう言いながら、長い廊下をどんどん奥のほうへと進んでいく。

 しかし一向にギルバートの部屋が見つかる様子はなく、メイドや執事に怪訝な表情をされるだけであった。

 そんな中、魔理沙はふと思いついたように手を叩いた。


「あ、そうだ。私は今ちゃんと招待されてきてるんだから、訊けるんだっけ。なあ、ちょっと良いか?」

「はい、何でしょうか?」

「ギルの部屋ってどこだったっけ? トイレに行っている間に迷っちゃったんだ」

「ああ、それならこの奥の階段から三階に上がって、右に曲がって左手の奥から三番目の部屋です。案内いたしますか?」

「いんにゃ、大丈夫だ。サンキュ」

「どういたしまして」


 魔理沙はメイドからギルバートの部屋の位置を聞きだすと、まっすぐ彼の部屋へと向かった。

 ギルバートの部屋は三階の南向きの部屋の一室で、扉には満月を模した木彫りの彫刻が掛けられていた。

 魔理沙がその扉を開けると、中は少し広い書斎のようになっており、中心の机には実験台になりそうな机が置かれていた。

 そして部屋の奥の窓際には、普段から使われていると思われるベッドが置いてあった。

 それを見て、魔理沙はここがギルバートの部屋であると確信した。


「お、ここだな。随分といい部屋もらってるじゃないか、あいつ」


 魔理沙はそう言うと、一直線に本棚へと向かう。

 そこには図書館のものよりも少し易しい内容の魔導書や、趣味の本や小説などが置かれていた。


「お~、これまた面白そうな本が揃ってるぜ。魔導書に教科書……これは釣りの本か……へえ、あいつ恋愛小説も読むんだな。意外だぜ」


 魔理沙は興味津々と行った様子で本棚を漁る。

 最初のうちは魔導書を漁っていた魔理沙だったが、次第にギルバートの趣味の方が気になりだし、そちらの方を漁り始める。

 そしてそのうち、魔理沙は本棚から外れて机に眼を向けた。


「……日記とかないかな?」

「おい……そこで何をしている?」


 魔理沙が机の引き出しに手を掛けたその時、後ろから少年の声が聞こえてきた。

 それを聞いて、魔理沙は慌てて後ろを振り返った。


「げ、ギル」

「……」


 すたすたと無言で歩いて近づいてくるギルバートに、魔理沙は後ずさる。

 魔理沙はどんどん壁際に追いやられていき、ギルバートが段々近くなる。


「…………」

「うわぁ!?」


 そして次の瞬間、魔理沙はベッドの上に押し倒されていた。

 その上にはギルバートが覆いかぶさっていて、彼女の両手を耳の横に押さえつけていた。


「……よく聞け、魔理沙。俺は人間が嫌いだ。それでもお前と付き合っているのは、友人として好意があるからだ。それがなけりゃ、俺はお前をここで喰い殺していてもおかしくないって分かってるのか?」

「お、おお……」

「だったら、勝手な行動をするんじゃない。俺だって、友人を手に掛けたくはないんだからな」


 しどろもどろになっている魔理沙に、ギルバートは少し真剣な表情でそう言い放つ。

 しかししばらくすると、ギルバートは小さくため息をついて首を軽く横に振った。


「……といっても、お前はたぶん聞かないよな?」


 ギルバートはそう言うと、顔をゆっくりと魔理沙に近づけ始めた。


「……ギル?」


 魔理沙がそう問いかけるも、ギルバートはそれに答えることなく顔を近づけていく。


「……んっ」

「きゃふぅ!?」


 そして、ギルバートは魔理沙の首筋を怪我をしない程度の力で甘噛みした。

 そこから伝わってくる感覚に、魔理沙の背筋にぞくりとしたものが走り、上ずった声を上げた。


「な、何するんだよ!?」

「……黙れ。人の言うことを聞かない奴はこうだ」

「ふあぁう……」


 ギルバートは自分の牙で軽くつつくくらいの力で魔理沙の首をかみ続ける。

 彼の吐息と牙で与えられる刺激に魔理沙は身をよじるが、両手をしっかり押さえつけられているために抵抗できない。


「ひぅ……あぁ……」


 魔理沙の顔は今まで受けたことのない感覚と恥ずかしさで上気したものに変わっていき、抵抗する気力すらなくなっていった。

 そして魔理沙の体から力が抜け出したことを感じると、ギルバートは口を離した。


「今はこの程度で済ませてやる。今度俺の部屋に勝手に入ったりしたら、もっと酷いことしてやるからな」

「うう~……」


 憮然とした表情でギルバートは魔理沙に話しかける。

 しかし、当の魔理沙は耳まで真っ赤になっており、顔を手で覆っていて明らかに様子がおかしい。

 そんな彼女に、ギルバートは首をかしげた。


「……? 何赤くなってるんだよ、魔理沙?」

「お、お前、自分で今何をしたか思い出してみろ!」


 ギルバートの言葉を聞いて、魔理沙は勢いよく起き上がってギルバートに詰め寄った。

 その顔は真っ赤で、少し涙ぐんでいる。


「ん?」


 そんな魔理沙の言葉に、ギルバートはふと自分のした行為を思い返してみた。

 本来ならば、ギルバートは相手の息の根を止める喉元に噛み付くところだったのだ。

 それを今はまだ最初の警告ということで、首筋に変更したのである。

 しかし、よく考えるとその行為は相手に性的な刺激を与える行為でもある。

 それに気が付いたギルバートは、思わず呆けた表情を浮かべた。


「……あ」

「あ、じゃない! どうしてくれるんだよ! 私こんな赤い顔でアリスの前に出なきゃいけないんだぞ!」


 呆けているギルバートに、魔理沙はそう言ってまくし立てる。


「っ、知るかそんなこと! 大体、お前が勝手に俺の部屋に入るのが悪いんだろうが!」

「そ、それとこれとは別問題なんだぜ!」


 それを聞いて、ギルバートも頬を赤く染めながら叫ぶように反論する。 

 すると正論を言われた魔理沙はそれから逃げるように言葉を返した。

 その発言に、ギルバートはガシガシと頭をかきむしった。


「ええい! とにかく、今度勝手にうろうろしたら今のよりも凄いことしてやるから覚えとけ!」

「な!? おいギル、お前本気か!?」

「ああ、これが一番効くって言うんならやってやるよ!」


 ギルバートは真っ赤な表情で魔理沙を指差しながらそう叫んだ。

 つまり、命を狙う方向ではなく、そういう方向で攻めるつもりのようである。


「なっ、なあっ……」


 そのギルバートの宣言に、ただでさえ赤くなっていた魔理沙の顔が更に赤くなり、頭から湯気が立ち上り始めた。

 どうやら何をされるのか想像してしまったようで、体をもじもじと動かしながら縮こまっている。

 そんな魔理沙の手を掴んで、ギルバートはアリスが待つテラスへと歩き始める。


「ほら、とっととアリスのところへ戻るぞ!」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ!」

「いいや、待たない! これ以上アリスを待たせるわけには行かないだろ!」


 二人は道中で言い合いながらテラスへと戻っていく。

 二人とも顔は真っ赤で、もはや周りを気にしている余裕など全くなかった。

 テラスに着くと、アリスが収納札を眺めながら紅茶を飲んで待っていた。


「あら、お帰り……って、どうしたの? 二人とも顔が真っ赤よ?」

「……何でもねえよ」

「な、何でもないぜ……」


 アリスの問いかけに揃って答える二人。

 そんな二人を見て、アリスは意地の悪い笑みを浮かべた。


「……もしかして、ギルバートが魔理沙を襲いでもしたかしら?」

「んな訳ねえだろ!!」

「……ぁぅ……」


 思いっきり否定するギルバートと、俯いて帽子で顔を隠す魔理沙。

 その反応を見て、アリスの表情が冷ややかなものに様変わりした。


「ふ~ん……この反応を見るとおおむね図星って所かしら? 見損なったわ、ギルバート」

「違うっつってんだろ!! 大体魔理沙が俺の部屋に入らなきゃ……」

「へぇ……勝手に部屋の中に入ったから、襲い掛かったのね。たったそれだけで襲い掛かるなんて最低」

「だから、ちょっと待てよ!!」


 冷たく言い放つアリスに、ギルバートは必死で弁明する。

 しかし、冷静さを欠いたギルバートは混乱し、何を言えばいいのか分からなくなってしまっていた。

 そんなギルバートを見て、アリスは腹を抱えて笑い出した。


「……ぷっ、あははははは!! 必死すぎよ、ギルバート。分かってるわよ。普通本気で襲い掛かられたら、真っ赤な顔なんてしていられないもの。でも、それなら何があったのかしら? ねえ、ギルバート?」

「……絶対に言わねえ」


 にやにやと笑うアリスに、ギルバートは憮然とした表情で短くそう言い放った。

 それを聞いて、アリスは大きく頷いた。


「ふむふむ、つまりここでは言えないような事をしたわけね」

「……もう好きにしろ」


 ギルバートは吐き捨てるようにそう言うと、アリスに背を向けて黙り込むのであった。




 それから休憩が終わった後、三人は再び図書館で勉強をした。

 収納札についての議論を交わし、ある程度まとめたところで夕暮れを告げる鐘が鳴り、客人達は帰り支度をして城から出る。


「今日はありがとう。今度はここに銀月を呼びたいわね」

「そうだな。あの札の解説を聞くんなら、大本を作った本人に聞くのが一番だもんな。けど、もうしばらくは俺達だけで調べてみようぜ」


 アリスの言葉に、ギルバートはそう言って返す。

 アリスはそれを受け取ると、自分の隣を見てため息をついた。


「……けど、ギルバート。本当に魔理沙に何をしたの? あの後から完全に使い物にならなかったじゃない」

「……ぁぅぁぅ……」


 アリスの隣では、顔を真っ赤にした魔理沙が立ち尽くしていた。

 彼女は休憩の後からずっと思考がパンクしており、議論に全く参加できなかったのだ。

 そんな魔理沙を見て、ギルバートは少し頬を染めながら苦い表情を浮かべた。


「……黙秘権を行使させてもらう」

「そう……まあ良いわ、それならこっちであることないこと考えるから」

「考えるな!」


 アリスの言葉に、ギルバートは身を乗り出してそう叫んだ。

 そんな彼の様子に、アリスは楽しそうに笑った。


「ふふふ……それじゃあ、また今度ね。ほら、帰るわよ、魔理沙」

「お、おお、そ、それじゃあ、またな、ギル」

「あ、ああ、また今度な、魔理沙」


 魔理沙はギルバートとぎこちなく挨拶を交わすと、空へと飛び上がっていった。

 それを見送ると、ギルバートは大きくため息をついた。


「……ああくそ。銀月じゃあるまいに、何てことしてんだ、俺は……」


 ギルバートはそう言いながら、城の中へ戻っていくのであった。



あとがき


 という訳で、ギルバートの日常的なものを書いてみました。

 とは言うものの、実際にはギルバートの周りの人物の過去を少し掘り下げる形になりましたね。


 バーンズが元騎士団の団長だったり、それを壊滅させたのがアルバートだったり、銀月がやっぱり滅茶苦茶だったり……とにかく、人狼の里の連中の過去を掘り下げると軽く一章くらい書けるくらいの文章量になりますね。

 ちなみに、雷禍の過去でも二、三話書けます。

 ……我ながら表に出てこない設定をぎっしり作ったものだ。


 それから、ギルバートと銀月の女性に対するスタンスは、まあこんな感じ。

 銀月はほぼ受け手で、ギルバートは受け取ったらそれを返そうとする感じです。

 まあ、とどのつまりはゆうかりんに引っ叩かれるか、てんこをひっぱたくかの違いですが。


 最後に、将志が毒キノコを躊躇なく食べるのは仕様です。

 死んでも直りません。



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