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銀の槍のつらぬく道  作者: F1チェイサー
萃まる力と夢現
133/175

銀の槍、報告する


 銀月に対する調査が中断した後、将志と銀月は永遠亭に向かっていた。

 銀月も永遠亭に出入りする以上、永遠亭の者にも現状を伝えなければならないからである。


「……という訳だ。だから、銀月の様子には常に気を配っておいて欲しい」


 将志は一同に銀月の現状を詳細に告げる。

 それを聞いて、輝夜が困惑した表情で声を上げた。


「……あの、将志? 翠眼の悪魔って何?」

「……む?」


 輝夜の質問に、将志は首をかしげる。どうやら何か肝心なことが抜けているようである。

 そんな将志に、永琳が声をかけた。


「将志。私達は翠眼の悪魔の正体はおろか、その言葉自体、今初めて聞いたのよ?」

「私達が聞いたのは、銀月が自分の能力で暴走することがあるかもしれないってことだけよ?」

「……そうだったか?」


 永琳とてゐの言葉に、将志はキョトンとした表情でそう言った。

 事実、将志は銀月を拾った顛末と能力に関することは話していたが、翠眼の悪魔や妖怪化に関する話は全くしていないのであった。

 将志から得られた新たな情報に、鈴仙が疑問を呈する。


「それで、銀月君が翠眼の悪魔ってどういうことなんですか?」

「……実はだな……」


 将志は翠眼の悪魔に関することの仔細を全員に話した。

 特に、妖怪を喰らう事や本人の妖怪化に関する部分を強調して話しており、事の重大さを表していた。

 それを聞いて、一同は呆然とした表情を浮かべた。


「そんなことが……」

「……ああ。もちろん、俺がその現場を見ていたわけではないが、証拠が揃いすぎている上、俺自身もあの夜に妖怪達の死骸の中にたたずむ銀月を見ているからな」

「将志さん、その証拠って何ですか?」

「……銀月の眼は、特定の条件が揃うと翠玉の様に光るのだ。それも、見るものを惹きつけるような、美しく魅力的な輝きを放つ。これが、翠眼の悪魔の名の由来であり最大の特徴なのだ。更にその他の状況証拠も、銀月が翠眼の悪魔であれば全て説明がついてしまうのだ」


 将志は重々しい口調でそう話す。将志本人は銀月が実際に暴走しかけたところを見たことがあるため、事の重大さを承知しているからである。

 それに対して、事の重大さがよく分かっていないてゐは興味深げな表情を浮かべた。


「へえ……銀月の正体はともかく、その眼は見てみたくもあるわね。で、特定の条件って何?」

「……それは銀月が瀕死の重傷を負ったときだ。そうそう簡単に見せられるものではない。更に、銀月の体は何もしなくても日々妖怪に近づいている。一つのきっかけで、即座に妖怪に堕ちる可能性もありえるのだ」

「あの銀月君が……何とかならないんですか?」

「……現状ではどうしようもないのだよ。そもそも、銀月の背後に誰かが居ることが分かったのですら最近になってやっとなのだ。それも、ほぼ偶然に近い形でだ。相手の狙いや正体などは全く分からない。この状態では、不用意なことは出来ないのだ」


 将志はそう言いながら、憂鬱なため息をついた。

 それを聞いて、永琳は考え込む。


「成程ね……私達では魔法に関する知識がないから何も出来ないけど、様子を見るくらいなら出来るわね」

「……今日はそれを頼みに来たのだが……良いだろうか?」

「当然よ。他ならぬ貴方の頼みですもの」

「そうですよ。それに、銀月君はもう他人ではありませんし」

「そうね……銀月がいないと私ら糖死するし」

「……あれ、そう考えるとこれってかなり深刻な問題?」


 将志の頼みを聞いて、全員快くそれを引き受けた。

 特に輝夜とてゐは銀月の居ない生活に危機感を持っているようで、かなり深刻な表情を浮かべていた。

 その中で、永琳がふとした疑問を将志にぶつけた。


「ところで、当の銀月は何をしているのかしら?」

「……銀月なら庭で槍を振るっている。銀月のことだ、この話を目の前でしたら遠慮してここに来れなくなるだろうからな」

「それじゃあ、ここには何で連れて来たのよ?」

「……一種の気晴らしだ。銀月にとって、ここは銀の霊峰と並んで日頃の仕事を忘れられる場所だ。休日しか来ていないという意味では、銀の霊峰よりもくつろげる場所かもしれない。だから連れて来たのだ」


 輝夜の質問に、将志はそう言って答える。

 銀月にとって、永遠亭は外の世界から隔離された、仕事や人の世話を考えなくてすむ空間である。

 例えるのならば、仕事に疲れた社会人が別荘で過ごすようなものなのだ。

 将志は自分の身に起きていることの重大さに悩んでいる銀月を見て、すこしリフレッシュさせてやろうと思って連れて来たのだ。


「……でも、銀月君修行してますよ?」

「……それはもうあいつの性分なのだから仕方がない」


 苦笑いを浮かべる鈴仙に、将志はそう言って苦笑いを返した。

 その言葉に、輝夜は思いついたように声を上げた。


「それにしても、銀月もあんたもそうだけど、やけに軽々と槍を振り回すわよね。そんなに軽いの、それ?」

「……そうだな。試しに持ってみるか?」


 将志はそう言うと、自分が背負っている銀の蔦に巻かれた黒耀石が埋め込まれた銀の槍を輝夜に差し出した。

 輝夜が受け取ると、想像以上の重さに思わず前のめりになった。


「うわっ、重っ!? 将志、あんたこんなものを棒切れみたいに振り回してるわけ?」


 輝夜は手にした槍を見ながらそう口にする。

 全身が特殊な金属で出来たその槍は、輝夜が全力で踏ん張らなければならない重さであった。

 そんな彼女の言葉に、将志は微笑を浮かべた。


「……そうなるな。ついでだ、銀月の槍も持ってみると良い。銀月!」

「どうかしたのかい、父さん?」


 将志が呼ぶと、銀月は将志のところへとやってきた。

 その手には青白く光る槍が握られていることから、修行中であったことが分かる。

 そんな銀月に、将志は話しかけた。


「輝夜にお前の槍を持たせてやってくれ」

「ああ、了解だよ。はい、これ」


 銀月はそう言うと、手にした槍を輝夜に差し出した。

 ポトリと手に落とされたそれは、羽毛のような軽さを輝夜に伝えた。

 それを受けて、輝夜はキョトンとした表情を浮かべた。


「え、軽い? ていうか、何これ?」

「……ミスリル銀の槍だな。気をつけろ。その槍は軽いが、そこらの岩くらいなら豆腐に楊枝を立てるくらい簡単に徹すぞ」


 興味深げに青白い槍を軽く振るう輝夜に、将志はそう言って注意を呼びかける。

 その横で、銀月は収納札から自分が普段使っている銀色の槍を取り出した。


「で、こっちが小さい頃から使っている槍。ちょうど俺が初めてここに来た時に使い始めたものさ」


 銀月は輝夜から青白い槍を受け取りながら、手にした銀色の槍を片手で手渡す。


「へえ、これがねえ……って重い!! 重すぎるわ!!」


 軽いものと高をくくっていた輝夜は、総鋼作りの槍の重量に面を喰らう。

 その様子を見て、鈴仙が銀月の鋼の槍に手を伸ばす。

 すると銀月のような線の細い人間が振るうものとは思えない重量が伝わってきた。

 それを受けて、鈴仙は唖然とした。


「銀月君……本当にこれをあの時から使ってたの?」

「ああ。もっとも、使い始めたその日に父さんに没収されたけどね」

「……成長期の子供が持つと悪影響が出るからな。しばらくの間預からせてもらったのだ」


 苦笑いを浮かべる銀月に、呆れ顔を浮かべる将志。

 その様子は、当時の銀月が余程の無茶をしていたであろうことがよく分かる。

 それを見て、永琳は納得してうなずいた。


「当然ね。体が出来上がっていないのに無理をしたら、骨格が歪んだりして大変なことになるわ」

「それで、これが最後の一本。はい、父さん」

「……ああ。輝夜、しっかり受け取れ」


 銀月は収納札から将志の手の上に黒い槍を呼び出し、将志はそれを輝夜に差し出した。


「え、きゃあ!?」

「……おっと」


 あまりの重さに、輝夜はそれを持ちきれずに落とし、将志は輝夜が怪我をしないようにとっさに掴む。

 そして呆然とする輝夜を見て、将志と銀月は笑い出した。


「……ははは、まあ、こうなるだろうな」

「ふふふ、そうだね。俺だって普通は持てないもの」

「な、何なの、この槍は!?」

「神珍鉄っていうとても重たい金属で出来た槍だよ。本当は錘に使うためのものなんだけどね」

「……こいつの一番の特徴は使用者が念じれば形が自由自在に変形するところだ。西遊記に出てくる如意棒と同じものだ」

「ついでに言うと、本当はこれ室内で使っちゃいけないんだ。出した瞬間、重すぎて床が抜けるからね。永琳さんの術式が無かったら出さなかったよ」


 将志と銀月は一同に黒い神珍鉄の槍の説明をする。

 すると、説明を聞いた輝夜が怪訝な表情を浮かべた。


「ミスリル銀もそうだけど、それって結構なお宝じゃないの? いったいどこで手に入れたのよ?」

「……うちの集落の鍛冶場に使い道がなくて死蔵されていたものだ。それを俺が買い取って、銀月に与えたのだ」

「それで、おいくら?」

「……貴族が数年間豪遊できる額はしたな」


 将志は銀月に買い与えた槍の金額を思い出しながらそう答えた。

 それを聞いて、銀月の眼が驚愕に見開かれた。


「うぇ!? そんな大金を払ったの、父さん?」

「そんな大金とは言うが、千年以上貯めて来たは良いものの使い道がなかった金だぞ? 俺の手元で腐っているよりも、地域に貢献できるほうが遥かに良い。現に、その二本の槍を作らせたおかげで鍛冶師に余裕が出来、雇用の増大と技術の発展に繋がったのだからな」

「でも将志、貴方一時期自由に使えるお金が無くなって困ったって言ってなかったかしら?」


 話に水を差す永琳の一言を聞いて、将志はガクッと肩を落とした。

 どうやら知られたくないことを言われたようである。


「……何も、今それを言うことは無いだろう、主……」

「ふふふ……ごめんなさい、貴方の困った顔が見たかったのよ」


 恨めしげな表情で見つめる将志に、永琳は悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべてそう言った。

 それを聞いて、将志は大きくため息をついた。


「……そんなものを見て何になるのやら」

「私の心の糧になるわよ?」

「……それは重畳だが、俺としては複雑な心境になるな」

「好きな相手には意地悪したくなるものよ。貴方はそうならないのかしら?」

「……俺としては、困り顔よりも笑顔で居て欲しいからな。笑顔の主が、一番好きだ」


 永琳の問いかけに、将志はそう言いながら静かに首を横に振った。


「……そんな貴方が好きよ、将志」


 それを聞いて、永琳は嬉しそうに頬を染めて腕を絡めるのであった。


「(また始まりおったわ……)」

「(また始まりましたね……)」

「(また始まったわね……)」

「(また始まったよ……)」


 そんな二人の作り出す甘ったるい世界を見て、残された四人は盛大にため息をついた。

 毎度毎度来るたびにこの光景を見せられるのだから、堪ったものではない。

 そんな中、てゐがふと銀月に話しかけた。


「ところで銀月、将志はお師匠様とあんな感じだけど、あんたには意中の相手っていないの?」

「あ、それ気になるわね」

「それ、私も気になります」


 てゐの言葉に、輝夜と鈴仙も興味を示して銀月のほうを見る。

 それを受けて、銀月はキョトンとした表情を浮かべた。


「え? どうしたのさ、いきなり?」

「将志の話だと、あんた巫女の家に住んで吸血鬼の館で働いてここに来てるわけでしょ? どこも女所帯みたいだし、誰か一人くらい好きな人が居るんじゃないの?」

「好きな人って言えば、大体の人は好きだけど?」


 銀月は至って普通にそう答える。

 それに対して、三人はため息をつく。


「いや、そういう意味じゃなくてね……」

「想い人は居ないのかって話よ」

「ああ、そういうこと。それは内緒さ」


 銀月はそう言いながら、楽しそうに意味ありげな笑みを浮かべた。

 それを見て、三人は悔しそうに歯噛みした。


「くっ……読めない……」

「自然体過ぎて、相手が居ないようにも見えるし、笑ってはぐらかしているようにも見えるわ……」

「感情の波にも全く変化が無い……これじゃあ分かんないよ……」


 肩を落とす鈴仙の言葉を聞いて、輝夜とてゐは面白いものを見つけたといわんばかりににやりと笑った。


「……鈴仙、あんたそこまで気になるの?」

「へっ?」

「だって、能力を使ってまで銀月に想い人が居ないかどうか確かめたかったんでしょ? 銀月のこと、かなり気になってるんじゃないのかしら?」

「え……ああっ!? そ、そういう訳じゃなくて!!」


 二人の言わんとしていることを理解して、鈴仙は顔を真っ赤にしながら慌てて否定する。

 そんな彼女を見て、銀月は思わず笑い出した。


「あはは、そんなに気になるんだ。でも、教えないよ」

「何でよ。教えられない理由でもあるの?」

「ああ、あるよ」

「じゃあ、何で?」


 首をかしげる輝夜とてゐ。そんな二人に、銀月は涼しい顔で片眼を瞑った。


「その方が格好いいから、とか?」

「もういいわ……」


 そう言っておどける銀月に、輝夜は疲れた表情を浮かべた。

 その一方で、鈴仙が銀月に質問をする。


「それにしても、銀月君って演技上手いよね。練習してるの?」

「してるよ。大体は着る服に合わせてキャラクターを作ってる。まあ、異変の時は例外だけどね」

「ああ、それでこの前私が服を貸したときにあんな感じになったんだね」

「あの時はあんまり自然すぎて誰だか分からなかったわよ。なんて言うか、所作が女だったもの」

「ああまで近づけるのは苦労したよ。手の位置とか足の運び方、指先の動きとか何人も観察して研究したもの」

「そう言えば、その格好でも女の子の演技できそうね?」

「やって見せようか?」


 銀月はそう言うと、眼を閉じて小さく息を吐く。

 それから、手の位置やつま先の向き、胸の張り方などを微妙に調整していく。


「えっと……これだけじゃあんまり変わらないけど……」


 少女の声で、銀月はそう呟く。

 外見には一切手を加えていないが、話す時の仕草は女性のものとであり、普段の銀月とは明らかな差異が見られた。

 そんな彼を見て、三人は興味深そうにうなずいた。


「……確かにあんまり変わらないけど……何か雰囲気が違うわね」

「本当にね。この動きを遠目から見たら女に見えるかも」

「こうしてみると、銀月さんって結構男らしい動きをしてたんですね」

「見た目がそこまで男らしい男って訳じゃないからね。せめて所作は男らしくないと」


 三人の評価を聞いて、銀月はそう言って苦笑いを浮かべながら元の男のしぐさに戻した。

 その言葉を聞いて、輝夜は小さくため息をついた。


「でも、所作以前に日々の生活が主婦、と言うか完璧に嫁なのよね……将志から聞く限り」

「普通女が男の胃袋を掴むのに、銀月が巫女の胃袋を完膚なきまでにがっちり掴んでるものね」

「銀月君の料理美味しいもんね……女としては負けた気分になるよ」

「勝ち負けは関係ない気がするけどなぁ。要は、自然体の自分が相手に好かれればそれでいいと思うよ。第一、俺は鈴仙さんに勝ったなんて思ったこと無いもの」

「え、そうなんですか?」

「ああ。だって、守ってあげたくなる魅力って言うのは俺には無いから」

「あうっ……」


 ごく自然に銀月の口から出た言葉に、鈴仙は顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 それを見て、輝夜がジト眼で銀月を見やる。


「……相変わらず、あんたも息を吐くように口説き文句吐くわね」

「え、今の口説き文句だった?」

「あんたの言葉、要約すると『あなたは魅力的で守ってあげたくなる』って言っているのと同じことよ?」


 輝夜はよく分かっていない様子の銀月に、自分が何を言ったのかを説明した。

 それを聞いて、銀月は納得してうなずいた。


「ああ……まあいいか、否定する要素はないし」

「そういう問題じゃない!!」


 ずれた発言をする銀月に輝夜がそう叫んだ瞬間、銀月が以前持ち込んだ、部屋に置かれた柱時計がレトロな鐘の音を五回鳴らす。

 それを聞いて、銀月は大きく伸びをした。


「さてと、そろそろ晩御飯の準備をしないと。父さん、今日はどっちが作る?」

「……すまないが頼めるか、銀月?」


 銀月が将志に声をかけると、将志はどうやら永琳と大事な話をしているようで手が離せないようである。

 それを見て、銀月は大きくうなずいた。


「了解っと。で、鈴仙さん、今日はどうする?」

「あ……それじゃあ、お願いします」


 銀月と鈴仙はそう言いあうと、二人で台所へと入っていく。

 どうやら今日も銀月は鈴仙に料理を教えるようであった。


 銀月たちが夕食の用意をしている頃、将志と永琳は永遠亭の奥の縁側に座って話をしていた。

 二人は肩を寄せ合い腕を絡めており、仲睦ましい様子である。


「それにしても、銀月も大変ね。まさか都市伝説級の悪魔の正体だったなんて知らなかったわ」

「……全くだ。おまけに勝手に体を弄られたうえに、暴走の危険があるのだから困ったものだ」


 銀月の現状に、将志はそう言って大きなため息をつく。

 そんな将志のどこか緊張感に欠ける発言に、永琳は肩に預けていた頭を上げた。


「鏡月? 貴方、ひょっとして銀月のことをあまり危険視していないのかしら?」

「……銀月が危険か否かを問われれば、答えは否だ。何故なら、俺は銀月が悪魔に変わっても自我を失うことは無いと考えているからな」

「その根拠は何かしら?」

「……仮に銀月が悪魔になるにしたがって自我を失っていくのであれば、この間の魔法の試験の時にもっと大きな事件が起きるのが普通だ。だが、眼が微弱ながら翠色の輝きを宿していても銀月の意識ははっきりしていた。つまり、銀月が翠眼の悪魔になると必ずしも暴走するとは限らんのだ」


 将志は銀月が自我を失わないと思う根拠を永琳に告げる。

 しかし、それを聞いて永琳は難しい表情を浮かべた。


「……鏡月には悪いけど、希望的観測としか言えないわね。銀月が完全に妖怪に堕ちたとき、銀月の自我があるかどうかは分からないわよ?」

「……ああ、それも理解している。だが、銀月がそうなることは無いと考えている」

「どういうことかしら?」

「……銀月なら……自分がもう戻れないと悟れば、周囲の者を傷つけることを嫌い、自ら全てを捨てる道を選ぶだろうからだ」

「っ……」


 暗く平坦な声で紡がれた将志の言葉に、永琳は思わず息を呑んだ。

 家族や友人を非常に大事にする銀月が、もし自我を失い暴れだすような状況になったらどうするか。

 それは、魂が似通い思考が似ている将志にとって、十分に思いつくことであった。


「……俺が本当に不安なのはそこだ。自分の置かれた境遇に押し潰されてしまわないか。何があろうとも、自分を受け入れられるかどうか。こればかりは、俺がいくら手を尽くしてもどうにもならんからな」


 将志はそう言うと、陰鬱なため息をついた。

 自分がいくら手を尽くしても、現状では銀月の妖怪化を止めることが出来ていないのだ。

 更に精神的な面では銀月の全てを支えきれないので、途方にくれているのであった。


「そんなこと無いわよ、鏡月」


 そんな将志に、永琳は彼の腕を抱く力をそっと強めながら優しく声をかけた。

 その声に、将志は永琳の方を見やった。


「……××?」

「貴方、忘れたのかしら? 輝夜に怒られて家出したときのこと」


 永琳がそう言うと、将志はそっと眼を閉じて当時のことを思い出した。

 自らが貫くと決めた誓いにひたすらに縋っていた時代、将志は誓いに縋るあまりに自らの心を殺して仮面の心を作り上げ、ただひたすらに永琳を守ると決めていた。

 しかし、その仮面の心は輝夜の言葉によって叩き壊され、将志はがらんどうの心で家を飛び出したのだ。


「……忘れるはずが無い。俺はあの時、ようやく誓いを守るためだけの機械から一人の妖怪になって、××と向き合うことが出来たのだからな」

「その時、今にも消え去ってしまいそうな貴方を助けてくれた人が居るでしょう? だから、今度は貴方の番。銀月がどうしようも無くなったときには、今度は鏡月が助けてあげなさい」


 がらんどうの将志を救ったのは、かつて自分のことを怨敵とみなしていた妹紅であった。

 彼女は心が壊れた空虚な将志がどうしても許せず、荒療治を行ったのであった。

 将志はそれを思い出して、眼を開いた。


「……そうだな。今度は俺の番だ。何が何でも銀月を救い出してやる。子供を守れずして、何が親か」


 そう話す将志の言葉には、自らに発破をかける強い意志が籠められていた。

 そんな将志を見て、永琳は面白くなさそうな表情を浮かべた。


「……妬けるわね、本当に」

「……む?」

「気づいてないのかしら? 貴方、銀月が来てから私にずっと銀月の話ばかりしてるのよ? 私よりも銀月の方が大事なのかしら?」


 永琳は予てより不満に思っていたことを将志にぶつけた。

 将志が銀月を引き取って以来、彼は事あるたびに銀月のことを永琳に相談していた。

 その一方で、将志は自分のことや主である永琳の話題がめっきり少なくなっていたのであった。

 それを聞いて、将志はハッとした表情を浮かべた。


「……そんなことは無い」

「じゃあ、態度で示してちょうだい」

「……了解した」


 将志はそう言うと永琳をそっと抱きしめ、永琳は将志を抱き返す。

 しばらくの間、お互いの体温を感じあう二人。

 そしてしばらくすると、永琳は将志の腕の中で微笑みながら首をかしげた。


「……これだけかしら?」

「……自分の気持ちもよく分からんのに、これより先のことは出来ん」


 永琳の問いに、将志は苦い表情を浮かべてそう答えた。

 それを聞いて、永琳は苦笑いを浮かべた。


「真面目すぎよ。貴方はもう少し自分の気持ちを気楽に考えたらどうかしら?」

「……すまないが、こればかりは性分でな。自分の一番の相手を示すことに妥協はしたくは無いのだ」


 将志は苦い表情を浮かべたまま、はっきりとそう言い切った。

 それに対して、永琳は少し悲しそうな表情を浮かべた。 


「……まだ、自信が持てないのかしら?」

「……ああ。あの日以来、俺は××をただ主として妄信し、誓いを守るだけではなくなった。しかし、心境的には以前と変わらないのだ。××が俺にとって大切な存在であることは変わりないのだからな」

「それじゃあ駄目なのかしら?」

「……駄目と言うよりも、怖いのだ。以前の俺の様に、この気持ちが自分の使命感から生まれているのではないかと思うと、怖くてその気持ちを素直に受け入れることが出来ん」


 将志は淡々と、呟くようにそう話す。

 しかししばらくすると、その表情にどんどん苦悩が現れ始め、彼は頭痛をこらえるように自らの頭を抱えた。


「……××が大切なのは間違いない。××を確かに好いている。だが、どうしても今の俺は受け入れられんのだ。もしこれが以前と変わらないのであれば、俺は××だけでなく、周りの者まで傷つけてしまうのだからな……」


 そう話す将志の声は切羽詰って震えており、余裕がまるで無い。

 かつての自分が大きなトラウマとなっているようで、自分の気持ちがはっきりと分からず、それに自信が持てないのだ。

 そんな彼を見て、永琳は将志を抱きしめる力を強めた。


「……もどかしいわ。まるで欲しいものにあとちょっとで手が届くのに、その間にガラスの壁があるような気分よ」

「……そうは言われてもな……今の俺ではどうしたものか……っ!?」


 将志が永琳の言葉に答えた瞬間、彼はそっと押し倒されていた。

 その上に永琳は覆いかぶさり、将志の眼を覗き込んで微笑んだ。


「いっそ、私と貴方の間のガラスを叩き割ってみようかしら?」

「……何をするつもりだ?」

「貴方の心を阻んでいるのは理性よ。だから、貴方が私を滅茶苦茶にしたくなるくらい、好きって思わせるのよ」

「……それで、どうするのだ?」

「さあ、それは分からないわ。だから、貴方に色々と試そうと思うわ」


 永琳はそう言うと、色香を含んだ表情で将志に微笑んだ。

 その表情は横から黄昏色の光に照らされており、とても美しく見えた。

 それに対して、将志は余裕の笑みで微笑み返した。


「……では、まずは何を試す?」

「まずは、精一杯私から想いを伝えるわ」


 そう言うと、永琳は将志の唇にそっと口づけをした。

 それはとても優しく、その行為以上の想いが篭ったものであった。

 夕暮れ時の涼しげな風が二人の頬を撫ぜる。

 しばらくしていた後、永琳が唇を離すと、将志はそっと微笑んだ。


「……ここまではいつも通りだな。それから?」

「そうね……思い付かないわ」

「……おいおい……」

「仕方ないじゃない。私は貴方のことでいっぱいいっぱいだもの。方法にまで頭が回るほどの余裕が無いのよ。考えるなら、一人で考えないと」


 苦笑いを浮かべる将志に、永琳は熱を帯びた眼でそう訴える。

 その表情は少し苦しそうで、とても幸せそうだった。


「師匠~、晩御飯できました……よ……?」

「父さんも早く……」


 そこに、夕食の支度を終えた鈴仙と銀月がやってきた。

 二人は押し倒されている将志とその上に覆いかぶさっている永琳を見て、一瞬思考が停止する。

 そんな二人に、永琳は意味ありげな笑みを浮かべた。


「あら、もうそんな時間なの、うどんげ? もうちょっとゆっくりでも良かったのに」

「え、あ!?」

「ああ、そうだ。どうせなら見ていくかしら? 貴女も恋人が出来たらするんだろうし」


 困惑する鈴仙に、永琳はそう言って微笑んだ。どうやら将志と触れ合ったことで少しスイッチが入っているようである。

 突然の誘いに、鈴仙の顔が一気に紅に染まった。


「い、いえ、私に恋人なんて……」

「あら、銀月でも駄目なのかしら? 贅沢ねぇ、あれだけ気配りが出来て尽くしてくれる人もいないというのに」

「そっか……俺じゃ駄目なのか……それは、残念だな……」


 からかうような永琳の言葉に、心底残念そうに銀月は首を横に振った。

 それに対して、鈴仙は大慌てでそれを否定した。


「あ、いえ、そういう訳じゃ!」

「それじゃあ、俺としてみる?」

「……へ?」


 銀月の一言に鈴仙は虚を突かれた様で、呆けた表情を浮かべる。

 そんな鈴仙に、銀月は言葉を継ぐ。


「俺は別に構わないよ? ファーストキスは奪われちゃったし、もうそこまで気を揉む必要も無いしね」

「え、ええ!? いったい誰にとられ……って、そうじゃなくて!!」


 鈴仙は酷く驚いた表情で銀月に問い詰めようとしたが、何とか踏みとどまって本来の用件を思い出した。

 そんな鈴仙の様子に、銀月と永琳はくすくす笑って声をかけた。


「あはは、慌てすぎだよ、鈴仙さん」

「ふふふ、分かってるわよ。それじゃあ、料理が冷めないうちに行きましょうか」

「もう……それはそうと銀月君、あとでファーストキスについて聞かせてもらうからね」


 鈴仙はそう言うと、永琳と共に食事が用意されている居間へと向かう。

 その後を追って銀月が居間へ向かおうとすると、後ろから声が掛かった。


「……銀月。ファーストキスの相手は誰だ?」

「え?」

「……相手は誰だと訊いている」


 そう問いかける将志の口調は有無を言わせない口調で、かなりの威圧感を漂わせていた。

 それを受けて、銀月は面食らった表情で後ずさった。


「あ、ルーミア姉さんだけど……」

「……後でじっくり話を聞かねばなるまいな……」


 そう口にする将志の表情は、とても険しかった。


 後日、銀の霊峰にて宵闇の妖怪が槍妖怪と炎妖精の手によって厳しい取調べを受け、十字槍の門番の証言によって火刑に処されたのは別の話。


 久々に本編での永遠亭のメンバーの登場。正直、超難産でした。

 ……だって、変化が付けにくいんですもの。

 何度シミュレートしてみても、将志と永琳が速攻でくっついて、輝夜達が呆れ果てる図が真っ先に浮かぶんですよね……

 書いた後に、永琳に仕事させれば将志と輝夜達の絡みが増えるんじゃないかとも思ったけど、銀月に関する報告がメインなのだからそうも行かないし。

 だから、どうしても出番が少なくなっちゃうんですよね……


 ……まあ、永遠亭メンバーは番外編で大暴れする傾向があるんですけどね。特に輝夜。


 いっそのこと、将志や銀月以外の連中が主役の話を増やそうかなぁ……善治さんみたいに。

 六花やギルバート、霊夢や妖忌辺りで書いてみようかな……


 では、ご意見ご感想お待ちしております。


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