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銀の槍のつらぬく道  作者: F1チェイサー
萃まる力と夢現
130/175

銀の槍、授業参観をする


 銀の霊峰の書斎にて、銀の髪の青年が手元の紙を睨みながら唸っている。

 その紙の内容は、魔術的観点において観測された銀月のことについてのレポートであった。

 将志はパチュリーとジニの両方から届いたレポートをそれぞれ見比べる。

 一緒に検査をしていたため結果自体は同じであるが、考察はそれぞれ別のものが書かれている。

 その二つの考察をあわせて考えると、将志は小さくため息をついた。


「……銀月に一方的に接触し、契約をした者か……」


 将志は自分の息子に接触した人物について考える。

 魔術的な契約であるところから、この幻想郷では候補者はかなり絞られるはずである。

 しかしそれを出来そうで、更にそれをして得をする人物となると、将志は一切心当たりが無かった。

 そんな中、将志の目の前の空間が裂けて、紫色の垂の付いた白いドレスの女性が現れた。

 それを受けて、将志はその人物に向かって顔を上げた。


「……紫か」

「ええ、そうよ。報告書は読んだかしら?」


 紫は現れるなり、将志に問いかけた。

 彼女も二人から報告書を受け取っており、その内容を把握しているのだ。

 その彼女の問いかけに、将志は小さくうなずいた。


「……ああ。生憎と専門的な内容も分からんし、銀月に接触した人物の心当たりも無いがな」

「そう……私も心当たりは無かったわ。そういう訳で、行くわよ」

「……どこへだ?」

「餅は餅屋。実際に患者を診ている専門家のところよ」


 紫は将志に行く先を短く告げる。

 それを聞くと、将志は納得した表情を浮かべた。


「……少し待つが良い。愛梨! 居るか!?」

「キャハハ☆ ここに居るよ♪」


 将志が声をかけると、オレンジ色のジャケットとトランプの柄の入った黄色いスカートを穿いたピエロの少女が手品のように何も無い空中からふわりと現れた。

 そんな彼女に、将志は小さくうなずいて声をかけた。


「……少し紅魔館に行ってくる。しばらくの間任せたぞ」

「おっけ♪ 任されたよ♪」


 愛梨が手にした黒いステッキで頭のシルクハットを軽くたたきながら笑顔でそう言うと、将志は紫に連れられてスキマの中へと入っていく。

 その先は赤い絨毯が敷かれた大きな図書館で、大きな本棚がたくさん並んでいた。


「こあぁ!? い、いきなりなんですか!?」


 突然目の前に現れた二人に、小悪魔は驚いてしりもちを付く。

 本を運んでいる最中だったのか、あたりには本が散乱していた。

 それを見て、紫はくすくすと笑った。


「あら、ごめんあそばせ。驚かせてしまったかしら?」

「……よく言う。確実に狙っていただろう」


 紫の発言に、将志はそう言って呆れ顔を浮かべた。

 悪戯好きな紫は将志の背後にも突然現れて驚かせようとすることもあるので、狙っていたのが分かっていたのだ。

 小悪魔は立ち上がると、将志の顔を見て挨拶をした。


「あ、将志さん。今日はどうしたんですか?」

「……報告書の件で訊きたい事があってな。パチュリーは居るか?」

「パチュリー様なら、今資料集めをしてますよ」


 小悪魔は散らばっている本を拾いながら将志の質問に答える。

 それを聞いて、将志は怪訝な表情を浮かべた。


「……資料だと? 何についての資料だ?」

「銀月さんの魔法の勉強に使う資料です。この後、銀月さんに魔法を教えることになってるんです」


 小悪魔はそう笑顔で答える。

 銀月は召喚術に大きな適正があり、パチュリーはその適正から教えておくべき魔法を選びに行っている。

 小悪魔としては一緒に働く仲間が増えて自分の負担が軽くなる可能性があるので、喜んで協力しているのだ。

 それを聞いて、紫は笑みを浮かべてうなずいた。


「それはちょうどいい時に来たわね。私達も見学させてもらっていいかしら?」

「えっと、それはパチュリー様に直接聞いてもらわないと何とも……」


 小悪魔がそう言いかけると、図書館のドアが開く音が聞こえてきた。

 将志達がそちらを見やると、パチュリーが数冊の本を持って立っているのが見えた。

 パチュリーは図書館の中に入ってくると、小悪魔に話しかけた。


「こあ、銀月見なかった?」

「え、銀月さんですか? 私は見てませんけど……どうかしたんですか?」

「それが今はまだ勤務時間のはずなのに、メイド妖精達の誰も銀月の姿を見ていないのよ。出勤してきたのは見ている人が居るのだけど、それから先が分からなくなっているわ」


 パチュリーは先程まで銀月を捜しに行っていたのだが、メイド妖精の誰に聞いても銀月の居場所が分からなかったのだ。

 それを聞いて、将志は首をかしげた。


「……どういうことだ? 銀月の気配なら確かにこの紅魔館からするのだが……」


 将志と銀月はお互いの魂の形が似ているために、近くに居るとお互いの力が流れて来やすい。

 つまり相手が近くに居れば、それだけで流れてくる力によって近くに居ることが分かるのだ。


「そうなの? おかしい、それじゃあ銀月はいったいどこに消えたのかしら?」

「失礼いたします」


 パチュリーが銀月の居そうな場所を考えていると、物静かな少女の声が聞こえてきた。

 そのほうに目を向けると、一人のメイドの姿があった。


「む、何の用かしら……」


 パチュリーはその見覚えの無いメイドにそう言いかけて、口をつぐんだ。

 メイドは黒髪で茶色の瞳をしており、首には赤い首輪をしていた。

 その首輪を見て、パチュリーは持っていた本を思わず取り落とした。


「……あ、あなたひょっとして銀月?」

「はい。パチュリー様が私をお捜しになっておられたと聞きましたので、こちらに参りました」


 唖然とした様子のパチュリーの表情に、銀月らしきメイドはそう答えた。

 そんな銀月の様子に、将志は呆れ顔でため息をついた。


「……何をやっているのだ、銀月?」

「咲夜さんが私の執事服を洗濯した後に、もう一つの執事服にほつれを見つけたようで……仕方が無いので、メイド服で代用することになったのです」


 銀月は苦笑いを浮かべながらそう言って話した。

 銀月が紅魔館で着ている赤い執事服は基本的に持ち出し禁止であり、全て銀月の部屋のクローゼットに収納してある。

 持ち出し禁止の理由は、全ての執事服の管理を紅魔館で行うことによって確実に指定された生地と糸で修繕することが出来、更にその代金が経費で落ちるためである。

 そして銀月の場合、力仕事や調理にメイド妖精の管理、更には咲夜のサポートなどで自身の服の洗濯に当てる時間が無いため、洗濯を担当している咲夜が代わりに洗濯しているのだ。

 そういうわけで、いつもの執事服が無く、かと言って私服で働くわけにも行かない銀月はメイド服を着る羽目になったのであった。

 そんな銀月を見て、紫は面白そうに笑った。


「あら、結構可愛いじゃない。似合ってるわよ、銀月」

「あはは……ありがとうございます……」


 銀月は乾いた笑みを浮かべてそう言うと、がくりと肩を落とした。

 化粧と芝居で女性にも化けられるはずの銀月のその様子に、将志は首をかしげる。


「……何を落ち込んでいるのだ? 普段ならば変装が上手くいったと喜ぶところではないのか?」


 将志がそう言うと、銀月はそれに対して力なく横に首を振った。


「あのですね……今、私すっぴんなのです。お化粧していないのです」

「……それは何故だ?」

「……ここ、鏡がありません。吸血鬼の館ですので。それに、私は手鏡を持っていなくて……」

「……納得した。それは済まなかった」


 銀月が口にした理由を聞いて、将志は苦々しい表情を浮かべた。

 銀月とて一人の男なのである。何もしていないのに女装が似合っていて可愛いなどと言われては、心情的に悲しいものがあるのだった。

 それでも銀月が一人のメイドを演じているのは、一種の意地のようなものであった。

 自分の格好をもう一度確認して、銀月は大きくため息をついた。


「それで、パチュリー様。私への御用とは?」

「この前言ったとおり、これから貴方には魔法を覚えてもらうわ。見てると基本の基本はもう出来てるみたいだから、召喚術の基本から始めるわよ」

「その前に、ちょっと待ってちょうだい。ここの当主や銀月の主人にも見せなきゃダメよ」


 パチュリーが用件を言うと、紫が隣から口を挟んだ。

 それを聞いて、パチュリーはしばらく考えた後で納得してうなずいた。


「……ああ。そうね、レミィとフランは少なくとも主人の責任として知っておくべきね。銀月、二人を呼んできなさい」

「……かしこまりました」


 パチュリーがそう言うと、銀月は少し苦い表情を浮かべながら二人を呼びにいった。

 そんな銀月を、小悪魔が何やらボーっとした、少々熱っぽい表情で眺めていた。


「こあ? どうしたの、銀月のほうをジッと見て?」

「うぇ!? あ、いえ、その……銀月さん、女装すると随分化けるんだなぁって……」


 パチュリーが声をかけると、小悪魔はハッとした表情を浮かべた後で少し戸惑ったようにそう答えた。

 それを聞いて、パチュリーは少し考えた後でうなずいた。


「ああ、そうか。よく考えたらこあの趣味って」

「わわわわわ! 言わないでください!!」


 パチュリーが何かを口にしようとすると、小悪魔は顔を真っ赤に染めて大慌てで話を止めようとした。

 そんな彼女の様子を見て、紫は意地の悪い笑みを浮かべた。


「あら、その子の趣味がどうかしたのかしら?」

「こあの趣味はとても小悪魔らしいってことよ」

「具体的には?」

「それは、大きい声じゃ言えないけど……」


 紫の言動に乗って、パチュリーは涼しい表情で紫に小悪魔の趣味をばらそうとする。

 すると小悪魔は、再びわたわたとし始めた。


「わー! わー! 言っちゃダメですよぉ~!!」

「ちょっと貴女は黙っててね♪」

「きゃあああああああぁ!?」


 騒ぎ立てる小悪魔を、紫は足元にスキマを開いてその中に落とし込む。

 そして、パチュリーの口元に耳を持ってきた。


「で、詳しいところは?」

「それは……」


 パチュリーは紫に小悪魔の趣味を小さく耳打ちした。

 それを聞いて、紫は目を白黒させた。


「え、どういうことかしら?」

「だから……」


 パチュリーは再び紫に小悪魔の趣味を耳打ちした。

 今度はもう少し詳しく、具体的に話をする。


「っっっっ!? きゅううううう~……」


 すると紫の顔が火が噴出したように赤くなり、目を回してその場に倒れてしまった。

 どうやら、小悪魔の趣味はかなり過激な趣味だったようである。

 それを見て、パチュリーは意外そうに倒れている紫を見やった。


「あら、意外と初心なのね。てっきりこの辺りのことについても平気なものだと思っていたのだけれど」

「…………」


 パチュリーが紫の醜態について口にした横で、将志は苦々しい表情を浮かべていた。

 それに気づくと、パチュリーは将志の方を見て首をかしげた。


「……? 将志、どうかしたのかしら?」

「……いや、紫の反応で少なくともその手の話だと言うことが分かったからな」


 そう話す将志の顔はほんのり赤く染まっており、どこと無く恥ずかしそうな表情であった。

 それを見て、パチュリーはにやりと笑った。


「ふ~ん……貴方も随分と初心ね。少し考えた程度で顔を赤くするなんてね」

「……やかましい」


 少しからかうようなパチュリーの言葉に、将志はそう言って彼女に背を向けた。




 しばらくすると、相変わらずメイド服を着た銀月がレミリアとフランドールを連れてやってきた。


「失礼します……レミリア様とフランドール様をお連れしました」


 二人を連れてきた銀月は、少し疲れた表情を浮かべていた。

 どうやらそれぞれに色々と言われた様である。


「パチェ、こいつが魔法を使えるって本当?」

「ええ。銀月は一方的に何かを植えつけられていて、それが魔力の源になっているわ。特に召喚術に関しては、磨いていけば相当なところまで行くかもしれないわ」

「へー、それじゃあ銀月も魔法使いになるんだね♪」


 レミリアの質問にパチュリーが答えると、フランドールが嬉しそうに銀月に話しかけた。

 それを受けて、銀月は能面のような表情を浮かべた。


「はい。魔法が使えるという点では魔法使いと言えるでしょう」

「そっか。どんな魔法が使えるのかな~?」

「っ……」


 起伏の無い銀月の返答とそれに対するフランドールの言葉を聞いて、レミリアがつらそうな表情を浮かべる。

 レミリアは銀月が未だにフランドールに心を開いていないこと、そしてフランドールの声がどこと無く寂しさをにじませている事が分かっているのだ。

 そんなレミリアに小さくため息をつきながら、パチュリーは銀月に声をかけた。


「銀月、召喚と送還を繰り返していくわよ。まずはノームから。これなら貴方の属性にもあってるから簡単なはずよ」

「かしこまりました」


 銀月はそう言うと、すばやく床に魔法陣を描きだした。そしてそれが終わると即座に詠唱に入る。

 すると魔法陣が光を放ち、膝下くらいの大きさの小人が現れた。


「……これが魔法か」

「成程ね、式神見たいなものなのね」


 将志と紫は銀月が召喚した小人を見て、それぞれに感想を口にする。


「……いかがですか?」


 銀月はパチュリーに魔法の成否を問う。

 それに対して、パチュリーはため息混じりにうなずいた。


「まあ、貴方ならこれくらいは完璧にこなせるでしょう。さあ、次は送還よ」

「はい」


 銀月はそう言うと、描かれている魔法陣をそのまま用いて送還の呪文を唱えた。

 すると、小人は光となって魔法陣の中へと消えていった。

 パチュリーはそれを見て本のページをめくる。


「次はホビットよ」

「かしこまりました」


 銀月は再び魔法陣を床に描き、召喚を始める。

 そして先程よりは少し大きな小人が出てくると、すぐに送り返した。


「次は属性を変えていくわよ。次、マーメイド」

「かしこまりました」


 それから先、銀月はパチュリーが指定したものを次々と呼び出しては送還していく。

 ジンのような精霊やサラマンダーなどの魔獣、またはゴーレムのような人形等が現れては還っていく。


「へぇ、なかなかやるじゃない。それでこそ私の従者よ」

「お姉さま、銀月は私の従者よ?」

「紅魔館の一員には変わりないわよ」


 満足げに笑うレミリアと、レミリアの発言に頬を膨らませるフランドール。

 二人とも目の前で行われているショーを楽しんでいるように見える。

 しばらく眺めていると、今度はパチュリーが困った表情を浮かべた。


「む……思った以上に出来たわね……これ以上は少し厳しいのだけれど……」


 パチュリーは本を見ながらそう呟いた。

 当初の予定の魔法陣を全て成功させてしまったために、先が続かないのだ。


「何か出来そうなものはございますか?」


 そんな中、銀月は黒い瞳でパチュリーを見ながら次のお題を聞いた。

 それに対して、パチュリーは小さく息をついた。


「そうね……ならば試しにこれを行ってみましょうか。ワイバーン」


 パチュリーはじっくり考えた後に、次の標的を決定した。

 それを聞いて、レミリアの口が愉快そうに吊り上った。


「最下級とはいっても龍種か。面白いじゃない。さあ、銀月。これを成功させて見なさい」

「かしこまりました」


 銀月はそう言うと、魔法陣を描き始めた。相手が大きいためか魔法陣も大きく、そこから感じられる力も大きい。

 そして呪文を唱え始めると、魔法陣全体が白く輝きだした。

 魔法陣の中央に大きな光の塊が現れ、その成功を予感させる。


「……!? パチュリー! この魔法を止めろ!」

「え?」


 しかし突如として、将志がとても張り詰めた声でそう叫んだ。

 名前を呼ばれたパチュリーは訳が分からず、将志の視線の先を見つめた。


「――――――」


 するとそこには、魔法陣に集中している銀月の姿があった。

 そしてよく見ると、彼の眼はぼんやりと翠色の光を放ち始めていた。

 それを見て、パチュリーは思わず息を呑んだ。


「っ!」


 パチュリーは素早く銀月の魔法陣を打ち消す呪文を唱えた。

 すると一定の形を保っていた光がはじけて消える。


「……え?」


 銀月は突然の妨害にキョトンとした表情を浮かべていた。

 そして彼が周囲を見渡すと、全員が睨むような表情で自分を見ているのが確認できた。


「……いかがいたしましたか?」

「銀月……貴方自分で気づいていないのかしら?」


 紫はいつに無く真剣で、焦りを含んだ声で銀月にそう言った。

 それを聞いて、銀月は首をかしげた。


「はい?」

「銀月。今、貴方の眼は翠色に光ってるんだよ?」

「え……」


 銀月は驚いた表情を浮かべてフランドールを見た。

 彼女の赤い瞳には、ぼんやりと光る自分の瞳が映っていた。

 それを見て、銀月は愕然とした。


「え……なん……で……?」

「……パチェ、いったん中止よ。このままじゃ銀月が大変なことになる可能性があるわ」

「……分かってるわ」


 緊張感のこもった声でレミリアがそう言うと、パチュリーはそう言ってうなずいた。

 実際に銀月が大暴れしていたのを見ているレミリアの判断の方が正しいと感じたからである。

 その間に、紫は銀月の体に流れる力を確認し、口元に扇子を当てて目を鋭く細めた。


「……妖力が増している……つまり、召喚術を使うと銀月は妖怪に近づくと言うことかしら?」

「……可能性としては無くはないな……まさか、狙いはこれか?」


 将志はそう言うと、紫のほうを見た。

 紫は思案顔であり、あらゆる可能性を考慮しているようにも見える。


「……質問なのだけど、貴女はこの魔法の授業を続けるべきだと思うかしら?」


 紫はパチュリーにそう言って試すように問いかける。

 するとパチュリーは考えるまでも無く口を開いた。


「ええ、絶対に続けるべきだと思うわ。例えその結果悪魔に近づくことになってもね」

「パチェ!? そんなことして銀月が暴走したりしたらどうするつもり!?」


 パチュリーがそう口にした瞬間、レミリアがそう言って反論した。

 それを聞いて、パチュリーは小さくため息をついた。


「仕方が無いのよ。もし銀月と契約を一方的に結んだ相手の狙いが、銀月の体を使って何かとんでもないものを呼び出すことだったらどうするつもり? 私も人狼の里の魔女も召喚術は専門外、召喚術に特化していると言っても過言ではない銀月が呼び出したものを、私達が送還できる可能性は低いわ。銀月には悪いけど、保険としてこの魔法は必要なのよ」

「私の能力で契約を壊しちゃ駄目なの?」


 パチュリーの説明を聞いて、フランドールはそう提案した。

 それに対して、パチュリーはしばらく考えてから首を横に振った。


「……やめた方が良いでしょうね。この契約が銀月の体にどのように作用しているか分からない以上、下手に壊すと銀月本人を殺しかねないわ」


 パチュリーは、銀月の心臓にまで契約の効果が達している可能性を考えたのだ。

 仮にそうであるとするならば、契約が切れた瞬間に銀月の心臓が止まる恐れがある。

 銀月は『限界を超える程度の能力』で治癒能力を限界以上に発揮することは出来るが、即死の場合は全く対処できない。

 身代わりの札も、契約の効果によって心臓が動くようになっていた場合は生き返ってすぐに死ぬことになってしまうのだ。

 そうでなくても、契約が切れると同時にどんなことが起こるかが分からないため、迂闊なことが出来ないのだ。


「それじゃあ、呼び出されたのを壊すのは?」

「絶対に駄目よ。召喚術で呼び出せるものの中には壊れることで周りに影響を与えるものもあるわ。壊した瞬間に大爆発を起こしたり毒ガスを撒き散らされたりしたら堪ったもんじゃないわよ」


 フランドールの質問に、パチュリーは今度は素早く強い口調でそう言って釘を刺した。

 召喚術で呼び出せるものは、生物や物質も関係なく幅広い種類がある。

 その中には、ヒュドラのように血に猛毒を持つものも居れば、核弾頭のように壊れることで周囲に甚大な被害をもたらすものもあるのだ。

 そう考えると、召喚されたものを壊して止めると言う事は非常に危険な行為であることが推察され、そのリスクを考えると元の魔法陣から送還した方がずっと安全で確実であることが言えるのだ。 

 パチュリーはそこまで言うと、小さくため息をついた。


「いずれにしても、銀月と契約している相手の狙いが分からないことには魔法を教えることをやめることは出来ないわ。物事は常に最悪の事態を想定して動くべきよ」

「そうね。私としても銀月が最高でどんなものを呼び出せるのかは気になるところね。もしかしたら役に立つかもしれないし」


 パチュリーの意見に、紫も賛同する。

 銀月が最大でどんなものを呼び出せるかによって、送還までにどのようにして呼び出されたものを抑えられるかが分かるからである。

 そのついでに、何か役に立つものがいる、もしくはあれば使役しようと考えているようである。


「……酷いものですね。人の体を勝手にこんな風にするなんて……」


 銀月は感情の消えた表情でそう話す。

 その表情は呆然としているようだが、手は血がにじみそうなほどに握り締められていた。

 そんな銀月を見て、フランドールが何かに気づいた。


「あれ、銀月の眼って黒かったっけ? たしか茶色だった気がするんだけどなぁ?」


 フランドールの視線の先には、闇のように黒く染まった銀月の瞳があった。

 そこには先程までの翠色の光は見受けられない。

 それを見て、レミリアは考えるしぐさをした。


「光は収まっているみたいね。しばらく魔法を使わなければ元の色に戻るのかしら?」


 レミリアはそう言いながら銀月の瞳を覗き込む。

 すると、銀月の眼の黒い色が段々と薄れ始めていて、その下から元の茶色い瞳が顔をのぞかせ始めていた。

 それを見て、将志はうなずいた。


「……どうやらそのようだな。つまり、銀月の眼が黒く変化したら危険信号というわけだ」

「でも、進んだ妖怪化は元には戻らないようね。と言うことは、人間で居たければ極力使うのは避けたほうが良いということね」


 紫は銀月の体の様子を確認しながらそう言った。

 魔法の練習をする前と比べると、明らかに体から放たれる妖力の割合が大きくなっていたのだ。

 それを聞くと、将志は小さくうなった。


「……では、この収納札も拙いのではないか?」

「あ、それは大丈夫です。それは全部の術式が札に組み込まれていますし、外を漂っている力を使うので使うのに必要な力はほとんどありません。五千回ぐらい使って、やっと最初のノームの召喚に使うくらいの魔力量ですよ」


 銀月の収納札は、使用する際に周囲に漂っている力を使用する。

 これは、人間や妖怪などが自然に発している霊力や妖力、魔法などを使用した際に後に残る力の残滓などを使うのだ。

 元より使う力も微弱であり、力を集めるための術式は札に組み込んであって術式を組むために使う力が不要なため、術者の負担はほとんど無いのだ。

 パチュリーはその札を手にとって持っている本を出し入れすると、感嘆のため息をついた。


「本当に、つくづく優秀な札ね。この術式を組むのに何年掛かったのかしら?」

「えっと……半年くらいでしょうか?」

「半年か……努力すれば作れない期間ではないけど、貴方の歳でそれが作れているのだからやはり才能はあるのね。それが使えないなんて、本当にもったいないわ。全力で研究すれば、どこまで伸びるか見てみたいものね」


 パチュリーは銀月の答えを聞いて、苦い表情を浮かべてそう呟いた。

 実際、新しい術式を作り上げるには、失敗を繰り返して術式を組みなおしてというトライ&エラーで組み上げていく。

 早ければ一月でも出来るのだが、それは長い時を生き、豊富な知識を蓄えた魔法使いの場合であり、駆け出しの者では同じものを組むのに何年も掛かる事もあるのだ。

 ところが、銀月はかなり高度な術式の札をかなり若い年齢で組み上げているのだ。

 パチュリーとしては、銀月がその才能を思う存分に発揮出来ないことが実用的にも彼女の興味的にももったいなく感じるのだ。


「いずれにしても、現時点じゃ手がかりが無さ過ぎるわ。分かっていることは見事にマイナス要素しかないし、解決の糸口はほぼゼロね」

「相手が尻尾を出すのを待つしかないわね。せめて相手の目的が分かれば良いのだけど、それすらも分からないんじゃ仕方ないわ」


 苦々しい表情のパチュリーの言葉に、紫はそう言ってため息をついた。

 現時点では犯人の特定に繋がる糸口が見つからないのである。

 その状況に、将志は小さく息を吐いた。


「……焦っても仕方があるまい。下手に動いて相手の思惑通りに運ぶのは愚の骨頂だ。しばらくは静観と行こう」

「……そうね。私達でしっかり観察しておくわ。フランも何かあったら私に教えなさい」

「うん。分かったよ、お姉さま」


 レミリアの言葉に、フランドールは少し緊張した様子でうなずいた。

 自分の従者に深く関わる事象のため、少し緊張しているようである。

 今後の方針が決まったところで、将志は大きくため息をついた。


「……ところで、お前はいつまでメイド服を着ているのだ?」

「……今日一日はこれですよ」


 将志の問いかけに、銀月は苦々しい表情でそう答える。

 すると、レミリアは意地の悪い笑顔を銀月に向けた。


「あら、これからずっとメイド服でもいいのよ? むしろそうしてもらおうかしら。その方が統一感があっていいし、見た目もなかなかに良いもの」

「む~、ダメよお姉さま。たしかにメイド服の銀月は可愛いけど、やっぱりいつもの執事姿の方が私はいいと思うわ」


 レミリアの提案に、フランドールが横から不満げな声を上げた。

 フランドールはいつもの執事服の銀月のほうが気に入っているようであった。

 それを聞いて、銀月は内心ホッとしながらレミリアに声をかけた。


「……そういえば、レミリア様。一つお伺いしたいことが」

「何かしら?」

「何故このメイド服は私にぴったりのサイズなのでしょうか?」


 銀月が着ているメイド服は肩幅から丈、スカートの長さまでが完璧に銀月の体に合っているのであった。

 過去にいつの間にかぴったりの執事服を作られていた過去がある銀月は、レミリアの指示であることを疑ったのであった。


「それは採寸したからじゃない? 私は知らないわよ」


 しかしレミリアは不思議そうな表情で銀月にそう言い切った。

 その表情からは嘘である気配は無く、本当に知らないであろうことが読み取れた。

 それを見て、銀月はキョトンとした表情で首をかしげた。


「……あれ、レミリア様の指示では無いのですか?」

「私はそんな指示をした覚えは無いわよ」


 レミリアは改めて銀月に自分の指示ではないことを伝える。

 すると銀月はしばらく考えた後、とある可能性に気が付いてがっくりと肩を落とした。


「……咲夜さん……まさか、最初からこのつもりで……」


 銀月がたどり着いた可能性とは、咲夜が仕掛け人であることである。

 彼女であれば時を止めて採寸をすることは容易であるし、メイド服を着ざるを得ない状況に細工をすることも可能である。

 つまり、今回銀月がメイド服を着る羽目になったのは咲夜の策略である可能性が濃厚なのだった。

 それにうなだれている銀月を見て、紫はくすくすと笑った。


「ふふふ、色々な人に気に入られて大変ね。私も何か貴方に着せてみようかしら?」

「……お手柔らかにお願いします」


 紫の発言に、銀月は苦い表情でそう言った。

 彼の頭には、かつて自分が演じた魔法少女のことがよぎっているのであった。


「……さてと、そろそろ帰るとしよう。銀月、何か異常を感じたら俺のところへ来い」

「霊夢にも気をつけるように言わないとね。こちらでも何か分かったら連絡するから、焦らないようにね」

「かしこまりました」


 将志と紫に銀月が返事をすると、二人はスキマを使って元の場所へと帰っていった。

 その直後、図書館のドアが開いて銀の髪のメイドが入ってきた。


「失礼します。銀月を見ませんでしたか?」

「……私ならここに居ますよ」


 咲夜の問いかけに、銀月はじとっとした表情でそう声を上げる。

 すると咲夜は、銀月を見て少し驚いた表情を浮かべた。


「あら、可愛いじゃない。あのときの話は本当だったのね」

「咲夜さん……ひょっとして、謀りましたか?」

「ええ。この前の話が本当なのか気になったから、少し試しにね。想像以上に似合ってて驚いたわ」


 銀月の質問に咲夜は隠すことなくそう答えた。

 この前の宴会で、霊夢が銀月の女装姿について話していたのが気になっていたようである。

 それを聞いて、銀月は気の抜けた表情を浮かべた。


「……そうですか。ところで、何の用なの?」

「メイド妖精達が貴方を探し回っていて仕事にならないのよ。貴方の口から説明してくれるかしら?」

「了解です。メイド妖精達に説明すればいいのね」


 銀月は咲夜に大人しい少女の声で返事をした。

 それを聞いて、咲夜は首をかしげた。


「……貴方、本当に銀月? 何か証明できるものはある?」

「そうですね……これで信用してもらえるかな?」


 少女の声から、普段の涼やかな少年の声へと銀月の声が切り替わる。

 それを聞いて、咲夜は感心してうなずいた。


「凄いわね……これじゃあメイド妖精達も分からないはずよ」

「まあ、私の能力を使っているから……」


 二人はそう言いながら図書館から出て行った。


「ねえ、お姉さま。銀月に着せてみたい服があるんだけどいいかな?」

「いいわよ。私も着せてみたい服があるから、一緒に作らせるわ」


 その一方で、レミリアとフランドールは服のカタログを持って話を始めた。

 どうやら今日の一件で銀月に色々な衣装を着せてどんな反応をするか気になったようである。

 当分の間、銀月は着せ替え人形になりそうな雰囲気であった。






「あ、こあが帰ってきてない」


 そんな中、パチュリーはスキマに送られた小悪魔が帰ってきていないことに気が付くのだった。

 彼女が帰ってきたのは、二日後のことであった。


 銀月、前回で強化フラグが立ったと思いきや、即効で使用禁止になりました。しかも、悪魔化進行のおまけつき。


 そう簡単に強化する訳ないじゃないですか。他人の力で楽をしようなどと言う甘いことはさせません。

 と言うわけで、銀月の魔法は使用自粛になりました。


 銀月の契約主が何者か、そしてその目的に関しては手がかりが無いので、将志達はしばらく様子見をします。

 何も分からないので、迂闊なことは何も出来ないと言う奴です。


 それから、銀月の弄りやすいこと。今回は咲夜さんに弄られてもらいました。

 弟を女装させて遊ぶ姉のようなものですね。

 ……まあ、そのせいでこあの趣味が紫にばれてしまったわけですが。

 ちなみに大体想像は付くと思いますが、こあの趣味は女装した男の子を○○することです。

 ……こあの趣味は案外ハードです。ゆかりんも倒れます。



 それから、一つ重要な連絡事項。

 新居への移転に伴い、私はしばらくネットが使えません。

 ネット回線の工事ができるのが十月十三日だそうですので、それまでの間更新できない可能性が非常に高いです。

 ご迷惑をおかけいたしますが、ご理解のほどを宜しくお願いします。



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