銀の月、調べられる
紅魔館全体に低く透き通ったベルの音が鳴り響く。
その音色は、ついこの間新しく入ってきた執事を呼び出すベルの音であった。
足元から響くそれを聞いて、呼び出された当人である赤い執事服の少年は首をかしげた。
「あれ、足元からってことはパチュリー様か。何の用だろう?」
銀月は疑問に思いながらも、妖精達のために焼いていたクッキーを戸棚にしまうと、地下にある図書館へと急いだ。
図書館では、パチュリーが何やら机の上をにらんで待っており、小悪魔がカップに紅茶を注いでいた。
「お呼びでしょうか、パチュリー様?」
「本題に入る前に、一ついいかしら? 最近何か良いことでもあったのかしら?」
「いいえ、最近特にこれといった事はございませんが……いかがなさいましたか?」
パチュリーの突然の問いかけに、銀月は首をかしげる。
そんな銀月に、パチュリーは小さくため息をついた。
「貴方、最近レミィの前でずっと笑っているみたいじゃない。それでレミィが貴方が何か企んでるんじゃないかって疑ってるのよ」
「おや、私は何も企んでなどございませんよ?」
パチュリーの言葉を聞いて、銀月はにっこりと微笑んだ。
その表情は、何をしたわけでもないのに楽しそうな表情であった。
それを見て、パチュリーは納得してうなずいた。
「……ああ、そういうこと。やるのは良いけど、やり過ぎないようにして欲しいわ。愚痴を聞かされるのは私なのだからね」
パチュリーはそう言いながら、小さくため息をついた。
そんなパチュリーを見て、銀月は悪戯をしている子供のように笑った。
「ふふっ、かしこまりました。ところで、いかがな御用でございますか?」
「銀月、貴方今からここで身代わりの札を作りなさい」
「身代わりの札ですか?」
「ええ。どうにもこれから良くない気配がするのよ。けど、それが何なのかが分からない。これがどういうことだか分かるかしら?」
机の上に並べられた、千切れた札を見やりながらパチュリーはそう問いかける。
その札は以前銀月がフランドールの能力によって殺されたときに、身代わりになって散ったものであった。
それを見て、銀月は少し考えてから口を開いた。
「……陰陽道の札ですから、パチュリー様でも理解できないだけでは?」
「そんなことがある訳ないじゃない。貴方はこの術式の大本を人狼の里の書庫で見つけたって聞いたわ。と言うことは、貴方がどう改変したのか知らないけれど、この札は少なくとも陰陽道ではなくこちら側の魔法よ。だと言うのに、魔法を少しかじっただけの貴方が分かって、百年魔法使いをやってきた私が分からないと言うのはいくらなんでもおかしいわ」
パチュリーは銀月の疑問にそう言って答えを返した。
魔導書やそれに準ずるものは、本人の熟練度によって理解できるものが違うのだ。
つまり、魔法に関してはパチュリーの方が銀月よりも遥かに難しいものが読め、逆に陰陽道の書物は修行を積んでいる銀月の方がずっと理解できるのだ。
今回の場合、パチュリーは銀月が参考にした本は自分寄りの魔法の本であろうと推察し、銀月が理解できて自分が理解できない事態に疑問を持ったのであった。
「それで、私に実演して見せろと?」
「そういうこと。貴方のお父さんには事情を説明して、許可ももらってあるわ。だから一度私の前で実演してくれないかしら?」
パチュリーの言葉を聴くと、銀月は少し考え込んだ。
何しろ自分の天命、人生の内の一年を消費する術なのだ。そう簡単に作れるものではない。
しかし父親である将志も賛同していると言う事実から、自分にとってもかなり重要なことであることが予想できた。
「……かしこまりました。それでは、そのように致します。ですが、何が起きても決して止めないようにお願いします」
「分かってるわよ。さあ、初めてちょうだい」
銀月はそう言うと、一枚の紙に魔法陣を描き出した。
その様子を、パチュリーは強い興味とともにジッと見ている。自分が理解できない術式がどの様にして作られるのかが気になっているのだ。
そうして描かれた魔法陣の中心に札となる和紙を置くと、銀月はその上に手を置いて大きく深呼吸をした。
「$∝#%¥?∇@*;+……」
銀月の口から、聞いたことの無いような言語が流れ出す。
その瞬間に銀月の手のひらが裂け、傷口が腕を這い上がっていく。
体に起きた異常は強い痛みを訴え、銀月の額に脂汗が浮かび始める。
「∬∇∀§Å≡∫∃&$*……」
銀月はそれに構わず詠唱を続ける。
傷は胸を這い上がり、首を裂いて顔まで上ってきていた。
傷口からは血がだらだらと流れ出し、白いワイシャツを赤く染め上げる。血の様に赤いズボンも濡れた様な色に変わっているところから、足からもかなりの量の出欠をしていることが分かった。
しかし奇妙なことに、その大量に流れているはずの血は床や机に落ちることは無い。
「…………」
パチュリーはそんな銀月の壮絶な様子を、眉一つ動かさず、目をそらさずに真剣な表情で見続ける。
彼女は目の前に起きていることに対して、おぞましさよりも興味の方が勝っているようでもあった。
「……?Å∬@*∃#∀……」
銀月は顔を蒼くし、眩暈をこらえながら詠唱を続けていく。
すると今度は体の末端のほうから傷が塞がっていき、段々と血を吸い込んでいる札の方へと戻っていく。
服に吸い込まれている血も全て札のほうに流れていき、赤く染まっていたワイシャツは元の白い色を取り戻していく。
そして全ての血を札が吸い込み傷が塞がると、銀月はばったりとその場に倒れこんだ。
「……っ、終わりました……」
荒い息を吐きながら、かすれた声で銀月はそう宣言した。
パチュリーは硬い表情で銀月を見やると、机の上にある札を手に取った。
血文字で複雑な文字と記号が描かれたそれは、パチュリーが先ほどまで弄ってた破れた札と一致していた。
「……お疲れ様。無理しないでそのまま休んでなさい。こあ、出てきなさい」
「あ……は、はい!」
パチュリーが声をかけると、蒼い顔をした小悪魔が本棚の影から飛び出してきた。
どうやら銀月の札作りの様子を見ていたようである。
そんな小悪魔に、パチュリーは小さくため息をつく。
「見てたなら分かるでしょうけど、あの状態じゃ銀月でも回復までそれなりに時間が掛かるわ。私は少し調べものがあるから、しばらく銀月の様子をみてあげなさい」
「あ、はい!」
小悪魔はそう言うと、銀月のために水を汲みに行った。
「……ぐっ、大丈夫ですよ……この程度なら、まだ……」
その一方で、銀月は何とか立ち上がろうとする。
その顔は蒼く、眩暈を起こしているのか上体がふらついている。
そんな彼を見て、パチュリーはため息をつく。
「そんな真っ青な顔で言われても説得力は皆無よ。大人しくしていないと、強制的に眠らせるわよ」
「うっ……」
パチュリーに指先を向けられると、銀月は大人しくその場に座り込むのだった。
しばらくして、パチュリーが再び銀月の元へとやってきた。
どうやら調べものは終わったようである。
「……こあ、銀月の様子はどう?」
「あ、銀月さんならあっちに居ますよ」
「…………」
銀月は近くにあった魔導書を黙々と読んでいた。
呼んでいる本は魔法の基本から少し発展したレベルの本であり、初級者向けのものであった。
「銀月、貴方は人狼の里の魔女と面識があったわね?」
そんな銀月に、パチュリーは話しかけた。
すると銀月は顔を上げ、スッと立ち上がった。もう体調に問題はなさそうである。
「はい。ございます」
「人狼の城に行くわよ。大体の見当は付いたけど、実物を見ないとまだはっきりしないわ。こあ、留守番は頼んだわよ」
「あ、はい」
「では、お嬢様に許可を頂いて参ります」
銀月はそう言うと、主であるフランドールに外出許可を貰いに行った。
「あら、銀月君。どうかしたの? その格好だと、お仕事?」
幻想郷の高原に広がる人狼の里の奥にそびえる古城の大図書館で、二人は薄紫色のアラビアンドレスを着てベールをまとった褐色の肌の黒髪の女性と出会った。
その腰には黄金のランプが下がっており、彼女がランプの魔人であったことを示している。
その彼女の問いかけに、銀月は礼をして答えた。
「はい。私が仕えるお嬢様のお姉様のご友人の方が、こちらの書庫の本を拝見したいと言うことでこちらに参りました」
「そう。はじめまして、ジニ・ヴォルフガング、この図書館を管理している者よ」
「パチュリー・ノーレッジ。本を見る前に、一つ質問いいかしら?」
「ええ。何かしら?」
「この札について何か知ってるかしら? 銀月が作ったものなのだけど」
パチュリーはそう言うと、先ほど銀月が作った身代わりの札をジニに見せた。
ジニはそれを受け取ると、その暖かさと籠められている魔力に驚いた。
「っ……いえ、知らないわ。けど、本当にこれを銀月君が作ったの?」
「ええ。私の目の前で作ったものだから間違いないわ。銀月はここにあった本を参考にして作ったって言ってるのだけど……」
「……そうね。この術式自体には見覚えはないけれど、近い術式を書いた本ならあるかもしれないわ。それと、事と次第によっては銀月君自身を調べないといけないわね」
パチュリーの言葉を聞いて、ジニは少し考えてからそう言った。
それに対して、銀月は首をかしげた。
「私を、ですか?」
「銀月君。君が作った札は、本来の君のレベルじゃ到底作れないものよ。君が本当にこの札を作ったのなら、私は少なくとも貴方の魔法の適正を調べないといけないわ」
「それに関しては私も同意よ。とにかく、まずは貴方が参考にした本を持ってきてくれるかしら?」
「かしこまりました」
そう言うと、銀月は自分が参考にした本を探し始めた。
しかし一向に見つかる様子が無く、銀月は頭をかきながら首をかしげた。
「あれ、おかしいな……確かこの辺りにあったはずなんだけどな?」
「どうかしたの?」
「それが、参考にした本がどこにも見当たらないんです。白いミンクの装丁だったので、よく覚えているのですが……」
銀月は自分が参考にした本の特徴を端的に述べた。
それを聞いて、ジニは怪訝な表情を浮かべた。
「白いミンクの装丁の本? そんな本はここにはないはずよ?」
「え……?」
ジニの一言を聞いて、銀月の眼が点になった。
どうやらジニの口からそんな言葉が出てくるとは思っていなかった様である。
すると、しばらく考え込んでいたパチュリーが銀月に声をかけた。
「……銀月。その本の写しを持っていないかしら? 貴方のことだから、おそらく持っていると思うのだけれど」
「あ、はい。少々お待ちください」
銀月は収納札を取り出して、その中から本の写しを取り出した。
その様子を見た瞬間、パチュリーとジニの表情が少し驚いたものに変わった。
それを察知して、銀月は首をかしげた。
「……どうかしましたか?」
「……ずいぶんと便利な札ね、それ」
「ええ。陰陽道を勉強したときに、一緒に覚えたんですよ」
「銀月君、その札の術式を陰陽道で説明できる?」
「あ、はい……えっと……」
ジニに言われて、銀月は二人に札の説明をしようとする。
しかし、銀月は少し考えるとキョトンとした表情を浮かべた。
「……あれ? そういえば、これ五行のどれに入るんだ? それによく見てみれば九字護身法にもなってないし、八卦をあらわすにしてもなんか変だ……何だろう、これ?」
銀月は自分が手にしている収納札を眺めながら、その術式についての説明を考えている。
その札に書かれている陣は八芒星を描いており、とても五行や九字護身法には見えず、その上に八卦を表す文字も入っていない。
そんな彼を見て、ジニは納得して頷いた。
「説明できないのね? ……やっぱりそうか」
「どういうことです?」
「銀月、貴方が今まで陰陽道だと思っていたのがこちら側の魔法である可能性が高くなってきたわ。貴方のその札、魔法でなら説明がつくのよ。でも、それは後で良いわ。それよりも貴方が書いた本の写しを見てみましょう」
パチュリーに促されて、銀月は机の上に本の写しを置いた。
どうやら丸々一冊全て書き写していたようで、かなりの厚みがあった。
パチュリーとジニはそれに目を通すが、文字の持つ魔力によって解読できない。
「……銀月君。君、本当にこれが読めるの?」
「はい。例えば、これの発音は∬∇∀§Åですね」
銀月はいともたやすく書かれている文字を読み上げた。その発音は何やらぼやけたようなもので、何を言っているのか正確に掴むことが出来ない。
それを聞いて、二人は考え込んだ。
「……聴いたことのない言語ね。ジニ、貴女は今の言語に心当たりは?」
「無いわ。古代言語はそれなりに網羅しているつもりでいるけど、こんな言語は見たことも聞いたこともない。恐らく、言葉自体が魔力を持っていて、私達が理解できないようになっているのかもしれないわね」
パチュリーとジニは見たことのない言語に首をかしげながら、銀月の写しを読み進める。
すると、魔法陣の描かれているページに差し掛かった。ページをめくると、次々と魔法陣が現れる。
それを見ると、二人の眼の色が一気に変わった。
「銀月! ちょっと服を脱ぎなさい!」
「はい?」
「確認したいことがあるの! とにかく、服を脱いで!」
「は、はい……」
銀月は二人にうなずくと、服を脱ぎ始めた。
上着を脱ぎ、タイを取り、ワイシャツのボタンをはずしていく。
「っ! 銀月、ストップ」
そしてワイシャツを脱いだとき、二人は銀月の背中を凝視した。
銀月の背中には、まるで鳥の翼のような小さな黒い痣が出来ていた。
「どうかしたんですか?」
「この痣は、間違いないわね」
「ええ、銀月君は何かと繋がってるわ。いえ、この様子だと一方的に何かを植えつけられたような感じね」
「そうね……何かこう、それと一緒に外から別の力を押し込まれている感じね。辿れるかしら?」
「……おそらく無理ね。糸が細すぎるわ」
二人の魔女は険しい表情で銀月の背中の痣を眺め、指で触れながら何かを確かめている。
銀月は二人が何をしているか分からず、二人に声をかけた。
「あの、いったい何が起きてるんですか?」
「銀月。あの本の写しに描かれていた魔法陣は、術式としては契約の魔法陣に近いのよ。それも、貴方が使えるのが不思議なくらい高度なものね。そして、貴方の背中には何かと契約した証があるのよ」
「その他の魔法陣も殆どが契約に関するものだったわ。もっとも、君が誰とどんな契約をしているのかまでは分からないけどね」
銀月の背中を眺めながら、真剣な声色で二人はそう答えた。
魔法に深く関わっている二人は、写しに描かれている魔法陣が契約に用いるものの基本構造を共通して持っていることに気が付いたのだ。
そして自分が知らないほど高度な魔法陣で結ばれた契約となると、相手がそれだけ強大な者の可能性が高いのだ。
二人の言葉を聞くと、銀月は少し考えてから疑問を口にした。
「……しかし、ならば何故私までその契約した相手を知らないのでしょうか? 私は確かにその本の中の魔法陣を使いましたが、契約した相手を見ていないのですよ?」
「恐らく、貴方からの一方的な契約だけで良いように魔法陣が組んであるのよ。だから、対価が気を失うほどの大量の血液と一年分の人生なんて言う重たいものになっているんでしょうね。もっとも、効果と比べるとまだまだ安いものだけれどね」
「そういえば銀月君、この札の効果は何?」
「私が死んでしまうような事件や事故にあった場合、私の代わりに死ぬことになる札です」
ジニの質問に、銀月は簡潔にそう説明した。
その効果を聞いて、ジニは唖然とした。何故なら、そのような効果を得るために払った対価が安すぎる上に、どのようにしてその様なことを可能にするかが分からないからである。
つまり、銀月は気づかないうちに更に大きな対価を払わされている可能性があるのだ。
「そんなものが……パチュリー、貴女は何で銀月君がこの札を作るのを止めなかったの?」
「理由は言えないけど、銀月には必要な保険なのよ。だから銀の霊峰の首領も幻想郷の管理者も、その札の所持を認めているのよ」
パチュリーはジニの質問に素直に答えた。
それを聞いて、ジニはその残酷な理由を察して目を伏せた。
「……つまり、銀月君が死ぬかもしれない……いえ、殺されるかもしれないって事ね?」
「……端的に言えばそういうことよ。これ以上のことは幻想郷の管理者や銀月の父親に聞くべきよ」
「……分かったわ」
パチュリーの言葉に、ジニは小さくそう答えた。
そんな中、脱いだ服を着直した銀月が二人に声をかけた。
「それで、この後どうするんです?」
「銀月の魔法の適性を調べるわ。とは言っても、貴方の戦い方や今の魔法の札から大体の想像は付くのだけれどね」
「はあ……」
「とにかく銀月君。少し疲れるかもしれないけど、ここにある本を読んで、魔法をどんどん使ってみて」
「かしこまりました」
ジニが軽く指を振ると、本棚から数冊の本がひとりでに動き出して銀月の目の前に積まれた。
銀月はその本を読み、基本的な魔法をいくつか試していく。
魔法に関してはまだ初級者の銀月は、そのうちのいくつかを不発に終わらせることもあったが、中には本人も魔女二人も驚くほどの効果を上げたものもあった。
そして全ての魔法を試し終わると、パチュリーはそれらの結果をまとめて判断を下した。
「……銀月、貴方の魔法の基本属性は土。陰陽道では金行にあたる部分ね。そして貴方の適正分野は召喚術。召喚と送還、それから契約が貴方が得意とする分野ね」
「まあ、それに関しては疑いようも無いわね。そもそも、日常生活で平然と、それも無詠唱で使えるほどお手軽な魔法を開発しているくらいだしね」
ジニはそう言いながら、銀月が常日頃使っている収納札を見やった。
銀月の収納札はとても複雑な術式を精密に組まれており、ちょっとやそっと勉強した程度では組めそうに無いほどのものである。
「召喚術ですか?」
「ええ、そうよ。君の収納札もそれの応用で、触れているものを別の空間に送還しておいて、必要なときにそれを召喚するという感じになっているのよ。君の適性なら、いろいろと使役できるようになるはずよ。まあ契約は気をつけないと、力の強い相手には逆に使役されてしまうかもしれないんだけどね」
「……レミリア様に知られたら大変なことになりそうだ……絶対に契約させて逆にこき使うだろうなぁ……」
銀月はそう言うと、憂鬱なため息をついた。
レミリアの性格上、銀月との契約をした上で主権を乗っ取り、銀月を自分の都合の良いように扱うのが眼に見えているのだ。
「……確かにレミィならやりそうね。レミィの前では貴方の魔法については言及しないほうが良さそうね」
そんな銀月の一言に、パチュリーは苦笑いを浮かべた。
彼女もまた、レミリアが銀月をこき使うのが容易に想像できたのであった。
「それはそうと、契約が出来るなら何故私は父の力しか借りられないのでしょうか? 他の神の力を借りることが出来てもおかしくないと思うのですが……」
「それは当然よ。貴方には神を受け入れる器が無いのだもの」
銀月の疑問に、パチュリーはそう答えた。
それを聞いて、銀月は意味が分からず首をかしげた。
「……どういうことですか?」
「銀月、契約と憑依は全く別のものよ。契約は、基本的には相手の体で相手の意思をもって相手の力を利用するのよ。けど、巫女が行う憑依はそうじゃないわ。あれは巫女の体の中に神の力と意思を取り込んで、それで力を使うのよ。だからその神の意思と力を受け入れられる器が無いと神は降ろせないわ」
「それでは、私が父の力を借りられるのは?」
「それは貴方と神である父親の魂が非常によく似ているから。この場合は何もしなくても二人の間にパスが繋がりやすいし、普通のものよりも特に強い繋がりが出来るのよ。例えば、双子の兄弟がテレパシーで繋がったりするようなものね。これは契約とも憑依とも違って、感応という形になるわね。たぶん、あの巫女が貴方の父親を降ろすよりも貴方が父親の力を使ったほうが強い力が出るんじゃないかしら? そういった点では、貴方が銀の霊峰の神主になるというのは理に適っているわね」
パチュリーは銀月が将志の力を直接借りることが出来る理由を、魔法的観点から説明した。
それを聞くと、銀月は少し嬉しそうにうなずいた。どうやら父親と強い繋がりがあることが確認できたのが嬉しいようである。
「そういうことですか。それで、これからどうするんですか?」
「私とジニでこの身代わりの札を調べるわ。この札の本質はあの本に並んでいる魔法の系統から言って、十中八九契約よ。その相手が誰だか分からないのは貴方としても私達としても良いことではないわ。それから、貴方には魔法を覚えてもらう。これは絶対よ。貴方のことだから使うことは無いでしょうけど、それでも覚えてもらうわ」
パチュリーは身代わりの札を睨みながら、強い口調で銀月にそういった。
その口調には、何が何でも銀月に魔法を教え込むと言う意思が籠められていた。
それを受けて、銀月はキョトンとした表情を浮かべた。
「私に魔法を、ですか?」
「貴方の召喚術の才能は、はっきり言って物凄いものよ。原因は恐らく背中の痣なんでしょうけど、誰が何のために貴方にこんなことをしたのかも分からない。これは凄く危険な状態よ。貴方が訳もわからず使った魔法で、とんでもないものを呼び出すのかもしれないのだから」
「だから銀月君には、それこそ禁呪クラスの召喚魔法も覚えてもらうことになるわ」
その一方で、真剣な表情を崩さずにジニは話を続けた。
禁呪と言う言葉を聞いて、銀月は呆然とした表情を浮かべた。
「禁呪って……そんなことをして宜しいのですか?」
「むしろ覚えてもらわないと困るわよ。それを知るということは、止める事も還すことも出来ると言うことなのだから。知らずに発動されるよりもよっぽど良いわ」
銀月の言葉に、パチュリーは若干呆れ顔でそう答えた。
召喚と送還は二つで一つ、表裏一体の魔法である。つまり、召喚術が存在する以上は送還術も存在する。
と言うことは、何か危険な存在が呼び出されたりした場合、召喚術を覚えていれば送還することも出来るのだ。
二人の魔女の狙いは、銀月の才能を利用してそのような存在が呼び出されるのを阻止、もしくは送り返すことが出来るようにすることであった。
それを確認すると、ジニは小さく頷いた。
「最大の懸念事項は誰が銀月君と契約をしたのかだけど、こちらは今の状態ではどうしようもないわね……」
「それはこちらで経過を見るわ。もしかしたら、銀月の契約主が何か尻尾を見せるかもしれないしね。それに、銀月は幻想郷の管理者のお気に入りでもあるわ。向こうの方でも調べてくれるでしょうね」
パチュリーはジニに銀月と一方的に契約した相手についての対応を説明した。
それを聞くと、ジニはしばらく考えた後で難しい表情をしながら頷いた。
「……そう。こっちもギルに何か変わったことがあったら報告するように言っておくわね」
「ええ。それじゃあ、また来るわ。行くわよ、銀月」
「はい。ではジニさん、今日はこれで失礼します」
「またいつでもいらっしゃい、銀月君」
銀月はジニに向かって礼をすると、パチュリーについて帰っていった。
それを見届けると、ジニは図書館の中へと戻っていく。
「さてと……調べよう、ギルのお友達に取り付いた奴を。誰だか知らないけど、せっかく手に入れた平穏に横槍を入れて、ただで済むと思わないことね」
そう口にするジニの眼は、強い意思が籠められていた。
という訳で、まずは銀月には何かがついているというお話でした。
紅魔館の魔女のパチュリーと人狼の里の魔人のジニが結託して、銀月を調べると同時に災害防止のために魔法を叩き込むことになりました。
アリマリギルが院生の集まりであるとすれば、パチェジニ銀は熟練研究員と被検体ですね。
……ここでも銀月はこんな役かよ。
さて、いったい誰が銀月と繋がってるのでしょう?
それから、今回より新章です。
主軸となるのは萃夢想。それから、この『銀の槍のつらぬく道』オリジナルの話も少し織り交ぜながら進めて生きたいと思います。
では、ご意見ご感想お待ちしております。