表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀の槍のつらぬく道  作者: F1チェイサー
霊峰の槍と博麗の月
128/175

番外編:外来人、心境を語る


「あ~……暇だ……」


 人里の路地を、一人の男が歩く。

 その男は赤いサングラスをしており、赤いシャツに青い特攻服を着て、腰には白鞘の日本刀を差していた。


「なあ、雷禍」


 そんな彼に、白い髪に赤いリボンをつけた少女が声を掛ける。

 雷禍と呼ばれた男は、声を掛けられてその方を向いた。


「ん、誰かと思えば妹紅じゃねえか。俺に何の用だ?」

「慧音を見なかったか? さっき家を見に行ったけど、居ないんだ」


 妹紅は雷禍にそう言って話しかける。

 それを聞いて、雷禍は深刻な表情を浮かべ、重々しい口調で口を開いた。


「……慧音か。あいつなら一人のきしとして竜王に戦いを挑んでるぜ」


 雷禍がそう言った瞬間、妹紅は眼を見開いて驚きの表情を浮かべた。


「は!? 慧音が騎士ってどういうことだ!? それに竜王って誰だよ!?」

「まあ、竜王は竜王だ。んでもって、俺の見立てからすりゃ慧音は負けるな、ありゃ」


 掴み掛からんまでの勢いでまくし立てる妹紅に、雷禍はそう言って答える。


「……おい、今すぐその場所に案内しろ」


 すると、妹紅は雷禍の襟首を掴み、相手を威圧するような低い声でそう言った。

 それを聞いて、雷禍は小さくため息をついた。


「行ったところで手助けなんざ出来ねえぞ?」

「良いからとっとと連れて行け!」

「へいへいっと」


 雷禍は妹紅を慧音が戦っている場所まで案内する。

 彼の歩く速度は至って普通で、急ごうと言う気が感じられない。

 そんな彼に、妹紅は苛立った様子で怒鳴りつけた。


「おい、急げよ! 慧音が危ないんだろ!?」

「ちっ……わ~ったよ! 急ぎゃ良いんだろ、急ぎゃ!」


 雷禍はそう言うとふわりと宙に浮かび、空を飛ぶ。

 妹紅もそれに続いて空を飛び、雷禍の後についていく。


「ここだぜ」


 そうして雷禍が降り立ったのは、一軒の長屋の前であった。

 それを見て、妹紅は怪訝な表情を浮かべた。


「……おい、ここはあんたの家じゃなかったか?」

「そうだぜ? この中で慧音と竜王が戦ってるぜ」

「っ!? しまった、これは田楽刺し!?」


 雷禍と妹紅が話していると、中から焦った様な慧音の声が聞こえてきた。


「っ!? 慧音!!」


 それを聞いて、妹紅は慌てて家の戸を開け放った。


「金将取りの王手。この先はこちらの必勝手だ」

「くっ……これで詰みか……」


 すると、中では藍染の着流しを着た黒縁眼鏡の男と慧音が将棋盤を囲んでいた。

 笑みを浮かべる善治と、悔しそうな表情を浮かべる慧音。どうやら勝敗が決したようである。

 そんな彼らを見て、妹紅はキョトンとした表情で雷禍に目をやった。


「……おい、雷禍。確か、慧音は騎士として竜王に挑んだんじゃなかったのか?」

「んあ? たしかに慧音は<ruby>棋士<rt>・・</rt></ruby>としてうちの竜王に勝負を仕掛けたぜ?」


 雷禍は笑いをこらえながら、妹紅の質問に答える。

 それを聞くと、妹紅は家の中に入り、善治に声をかける。


「……何でお前が竜王なんだ?」

「俺が竜王? ……ああ、竜王ってのは外の世界での棋士の称号だ。それ以外の何でもない」

「……じゃあ、田楽刺しってのは?」

「田楽刺しって言うのは、香車を使って角や飛車等の駒を二枚同時に狙う手だ。実際にやられると、場合によってはどうしようもなくなる。ほら、ちょうどこんな形だ」


 善治の説明を聞いて、妹紅は盤の上を見た。

 見てみると、善治の香車の先には慧音の金将と玉将が一列に並んでおり、金将が無くなると善治の持ち駒の銀将で詰む形になっていた。

 一連の話を聞いた後、妹紅ははらわたが煮えくり返るのを抑えながら雷禍に向き直った。


「おい……雷禍、お前知っててわざとああいう言い方したな?」

「おう! 笑かせてもらったぜ!」

「このやろう! 一発殴らせろ!」

「かっはっは! やれるもんならやって見やがれ!」


 雷禍は笑いながら外に出て、妹紅の攻撃から逃げ回る。

 それを見て、善治は大きくため息をついた。


「雷禍のやつ、何かまたアホなことしたな……」

「ふふふっ、妹紅も妹紅でいつも騙されているのだから、少しは学習すればいいのだけどな」


 善治の一言に、慧音はそう言って苦笑いを浮かべた。

 どうやら妹紅は常日頃から雷禍にこうやってからかわれているようである。

 そして、慧音は将棋盤を見ると小さく一息ついた。


「しかし……本当に強いな、善治。将棋も碁も隙が無くて、なかなか勝てそうに無い。見た目若いのにどうしてそんなに強いんだ?」

「小さい頃から近所の爺様達に教え込まれてね。負けるのが悔しいからテレビや本でプロの対局を学んだんだよ」

「つーか、こいつはこういう卓上遊戯に関しちゃ頭おかしいんじゃねえかってくれぇ強いぜ? テメエの外での本業は何だったんだ?」


 二人が話していると、突如横から雷禍が口を挟む。

 それに対して、善治は肩をすくめて小さくため息をついた。


「何って、しがない窓際サラリーマンだ。で、妹紅はどうしたんだ?」

「はぁ……はぁ……くっそ、相変わらずすばしっこい奴め……」


 妹紅は息を切らせながら部屋に上がり、壁にもたれるようにして座り込んだ。

 ふと彼女が横を見ると、何やら取っ手の付いた平たい箱が目に入った。


「お、何だこりゃ?」


 妹紅はその箱を手に取ると、ふたを開けた。

 すると中には様々な模様や漢字が描かれた、白くて四角いものがあった。


「そりゃ麻雀の牌だな。お、そうだ。せっかく頭数揃ってんだし、麻雀しようぜ!」


 それを見て、雷禍はそう言って部屋の真ん中のちゃぶ台の天板をひっくり返した。

 すると下には緑色の布が張られていて、そのまま麻雀卓に使えるようになっていた。

 それを見て、慧音は少し考える仕草をした。


「麻雀か……これなら運の要素も絡んでくるから、善治にも勝てるかもしれないな。妹紅はやったことあるのか?」

「あ~、私は麻雀の役とか知らんぞ?」

「そうか、ちょっと待っててくれ。確か初心者向けの本があったはずだ……ほら」

「ん、ありがとう」


 善治はそういうと、自分の鞄から麻雀の本を持ってきた。

 妹紅はそれを受け取ると、パラパラとページをめくって中を流し読みする。


「ふ~ん、とりあえず三つ揃えれば何とかなるんだな」

「まあ、基本はそうだ。まあ、後は実際にやって覚えた方が早いな。それじゃあ始めるとしよう」


 慧音がそう言うと、四人は卓の上に牌を散らして山を作った。

 そしてサイコロを振って親を決める。サイコロの目は、雷禍が親であることを示していた。


「まずは俺が親か。そんじゃ、もう一度振るぜ」


 雷禍はそういうと、もう一度サイコロを振る。

 サイコロの出目は七で、対面の慧音の山から自分の牌を取っていく。

 そして全員が取り終わると、雷禍から対局が始まる。


「ほれ」

「ロン」


 雷禍が南を捨てると、善治はそう言って自分の手牌を倒した。

 その手牌は、東三枚・南一枚・西三枚・北三枚・九索三枚であった。

 善治は雷禍が捨てた南を自分の手牌に加える。


「……は?」

「人和、小四喜、四暗刻単騎……四倍役満だな。十四万四千点の支払いだから、一発飛びだな」


 唖然とする雷禍に、善治はそう言ってにやりと笑った。


「何だこの手は……こんな手がありえるのか?」

「お~、もう揃ったのか。それにしても、そんなに点数高いんだな、それ」


 その一方で、慧音は善治の手を見て呆然としていて、妹紅は訳が分からず暢気な声を上げていた。

 そんな中、雷禍は善治に食いついた。


「おい、テメエ! サマしやがったな!?」

「ああ、チョイとばかり燕返しをさせてもらった」

「燕返し? 何だそりゃ?」

「こういうことだ」


 善治はそういうと、自分の手牌を目の前の山に積み、素早く下の牌と入れ替える。

 すると、当然善治の手牌は元のものとはまったく違うものになっていた。

 本来、自分の前の山にあらかじめ役が完成した並びを作って置き、引いてきた牌と用意していた牌を入れ替える、速さと正確さが求められる高度なイカサマである。

 それを見て、慧音は呆れるのを通り越して感心した表情を浮かべていた。


「全然気づかなかった……善治、お前はいつの間にそんなことを?」

「あんたらが理牌(役が分かりやすいように牌を並び替えること)している間に。これを出来るようになるまでどれだけ苦労したか」


 慧音の質問に、善治は苦笑しながらそう言って答える。

 その横で、雷禍が文句を言い始めた。


「無効だ無効! サマ使いやがって、テメエと言う奴は……」

「だが、雷禍も人の事言えないだろ? みんな、これを見てくれよ」


 そう言うと、善治は雷禍の前にある山の牌を次々と一つ飛ばしに表にしていった。

 すると、それを見ていた慧音の眼の色が変わった。


「白、發、中ばかり……このまま引けば大三元じゃないか。まさか!?」

「そう言うこと。雷禍は積み込みをやってたんだ。立派なイカサマだな。と言うわけで、イカサマをした奴にちょっとお仕置きをした訳だ」


 積み込みとは自分が上がれるように山に牌を積むことで、これもイカサマの一つである。

 したり顔の善治にそれを指摘されて、雷禍は大きくため息をついた。


「……いつ気づいたんだ、あ?」

「最初の散らしの時。わざわざ眼に見えるような形で牌を確認するもんだから、積み込みをする気なのがすぐに分かったぞ。やるんなら盲牌(指先でその牌が何であるかを見ずにして知ること)しないとな」

「……テメエはサマなんていつ覚えたんだ?」

「漫画で読んで、細かいやり方調べて、そこから先はひたすら練習。親父相手にばれないようになるのに結構時間掛かったがね。そう言うわけで、俺が居る限りはイカサマが出来ると思うなよ、雷禍?」

「ちっ……」


 雷禍はそういうと、苦い表情を浮かべて牌を散らし始めた。



 それから、しばらくの間麻雀をしていた四人であったが……


「えっと、カン。それからリーチ!」


 本を見ながら、妹紅は一筒を暗カンをした後にリーチを宣言して千点棒を卓に置く。

 そして自分の番が回ってくると、妹紅は引いてきた牌を見て笑った。


「ツモ! で……慧音、これ役なんだ?」

「リーチ、一発だな。ドラは?」


 慧音は妹紅の手を見て、そう言いながら善治に声をかける。

 善治は裏ドラを確認すると、その場で固まった。


「……十二翻だ」


 善治はそういうと、手にしたドラ表示牌を慧音に見せた。

 妹紅がカンをしたことで増えた表示牌が九筒、二枚の裏ドラの表示は両方とも九筒であった。


「……マジかよ……俺、数え役満親っ被りじゃねえか……」


 それを見て、雷禍はそう言いながらがっくりと床に手を着いた。



 また、とある対局の時。


「あ、それポン!」


 妹紅は緑色で發と書かれた牌をそう言って手に入れ、三索を切る。


「(索子が随分切れているな……發をポンするってことは役牌のみか? だが萬子が一枚も切られてないという事は、可能性としては混一色、対々和、チャンタ辺りもありえるか)」


 それを見て、善治は妹紅の捨てた牌を見ながら考える。

 初心者がやりやすい役を考えて、本を読みながら対局する妹紅の手牌を推理する。


「ほれ」


 そう考えている間に、雷禍が五索を捨てる。

 善治は自分の牌を引いてくると、場全体を見て再び考え出した。


「(……妹紅に対する安牌は無し……雷禍は筒子が怪しい……だとすれば、慧音が前に切っているこれだな)」


 善治はそう考えて、手牌から八索を切った。


「お、それ当たりだ!」

「うっ、読み違えたか」


 妹紅が嬉しそうに宣言すると、善治は苦い表情を浮かべた。

 妹紅が手牌を公開すると、そこに並んでいた牌は二索・四索・六索・發が三枚ずつ、そして八索が二枚であった。

 それを見て、雷禍の表情が青くなった。


「……うわ、こいつぁやべえ……あぶねえところだった……」


 雷禍の手牌の中には、一つだけ浮いている八索があった。

 もし、雷禍が先にそちらを捨てていたら、雷禍がその直撃を受けているところであった。

 その横で、妹紅は本を見ながら役を数えていた。


「えっと……役牌、混一色、対々和、三暗刻だな。跳ね満で……」

「違うぞ、妹紅……これは緑一色で役満だぞ?」

「……しかも親か。一撃で箱だぞ、こんなの……」


 善治は大きくため息をつきながら、そう言って点箱を空にした。


 その後も、妹紅は凄まじいまでの豪運を見せて経験者達を圧倒したのであった。




「へへへ、麻雀って面白いな! またやろうな!」


 対局終了後、妹紅は楽しそうに三人にそういった。

 総合成績一位、全員を最低一回ずつ箱割れさせた上、最後は三人まとめて箱割れさせての大勝であった。


「……いくらビギナーズラックつっても、こいつぁ酷ぇ……」

「……リーチのみの安手に振り込んで逃げようとしたら、裏ドラ赤ドラ乗って倍満だもんな……」

「……私、清老頭の四暗刻で天和なんて初めて見たぞ……」


 一方、妹紅の豪運に振り回された経験者組は疲れた表情で口々にそう言うのであった。


「ところでよ、ここの冬はいつもこんなになげえのか? もう五月だっつーのに未だにくそ寒いんだけどよ?」


 そんな中、ふと雷禍が外を見てつぶやいた。外は未だに雪が降り続いており、春の兆しは全く感じられなかった。

 雷禍の質問を聞くと、慧音はため息をつきながら首を横に振った。


「そんな訳無いだろう。こんな時期まで銀世界になることなんて、本来ならばありえない。これは明らかに異変だな」

「異変か……本当に外の常識が通用しない世界だな、ここは」


 慧音の言葉を聞いて、善治はそう言いながら人数分の緑茶を淹れる。

 その一言を聞いて、妹紅が首をかしげた。


「と言うと、どういうことだ?」

「季節を狂わせるような奴は居ないし、妖怪なんて存在しない。人間も生身で空を飛ぶことは無いし、道具無しじゃ弾丸を撃つことすら出来ない。そんな外の世界の一般人の俺からすれば、言い方は悪いがあんたら含めて化け物だらけだ」


 善治はそう言いながら盆に茶の入った湯のみを載せて運ぶ。

 すると雷禍はそんな善治の言葉に小さくため息をついた。


「ま、そうだわな。妖怪や神が全部科学にすげ変わっちまってるのが外の世界だしな。俺みてえな妖怪は、とっくのとうに本の中だけの存在になっちまってるし、生身の人間が空を飛ぶ何ざ夢物語だ」

「そう言えば、雷禍もつい最近まで外の世界に居たんだったな。やけに人間の事情に詳しいみたいだが、何やってたんだ?」

「安アパートを借りて、昼は古本屋で漫画を漁って、夜はコンビニで深夜バイト。期限切れのコンビニ弁当が俺の主食だったな。フ○ミチキともなるとご馳走だな」


 慧音に訊かれて、雷禍は幻想郷に来る前の生活を端的に語った。

 そのあまりに人間じみた生活に、善治は呆れ顔を浮かべた。


「……おい、あんた本当に妖怪か? いくらなんでも人間の生活に馴染みすぎだろ。と言うか、ファミチ○がご馳走とかどんな貧乏生活だ……」

「だってよ、人間の漫画面白えじゃねえかよ。それを手に入れるためには金が要るだろ。なら、バイトでもして稼がねえとな?」

「一つ気になるんだけど、その漫画とやらは何だ?」

「昔で言う絵巻物みたいな奴だ。試しに読んでみっか?」


 首をかしげる妹紅に、雷禍はそう言って笑う。

 それを聞いて、善治は首をかしげた。


「雷禍、この家に漫画なんて置いてあったか? 漫画どころか本棚すらないぞ、ここ?」

「あ? お前知らねえのか? ちっと待ってろ」


 雷禍はそう言うと、脚立を持ってきて天井板の一部をおもむろにはがした。

 そしてその穴に手を突っ込むと、中から数冊の単行本が出てきた。


「ほらよ。こいつが漫画だ」

「へぇ、何ていうか変わった本だな。外の世界じゃこんなのが流行ってんだな」


 妹紅は渡された漫画を受け取ると、早速読み始めた。

 その一方で、善治は雷禍が持っていた別の漫画に目をつけた。


「お、これ北斗○拳じゃないか。俺にも読ませてくれよ。あと、ト○イガンはあるか?」

「おう、良いぜ。ト○イガンなら全巻揃ってるぜ。後で持ってきてやるよ」


 善治も雷禍から漫画を受け取ると、その場で読み始めた。

 慧音はその様子をじっと眺めていたが、床に置かれた漫画の一つを見ると興味を示した。


「ん、三国志? こんなものまで漫画になっているのか?」

「おう。まあ、そっちは三国志演義が元だけどな。そう言う歴史物の漫画も割と多いぜ? 子供向けの教材に使われてることもあるしな」

「漫画を教材に……そういうものもあるのか……」


 慧音は三国志の漫画を読みながら、何かを考える仕草をした。

 どうやら漫画を何とかして教育に使えないかどうかを考えているようである。


「お、これ何だか真似できそうだな。邪○炎殺黒龍波か……あ、でもこの威力は流石に出せないな……けど、アグナあたりは出来そうだな……」


 そんな中、妹紅が漫画を読みながらそう呟いた。

 それを聞いて、善治は頭を抱えてため息をついた。


「……それが本当に出来そうなんだからあれだな……子供が物真似をするのとは訳が違うし」

「何だ、怖いのか、善治?」

「怖いに決まってるだろ。外の世界じゃ素手で相手を殺せる奴なんて滅多に居ないし、そう言った奴は見た目で分かる。だが、この幻想郷は違う。あんたらみたいな女の子が、素手でも簡単に危害を加えることが出来る。前に会った弁当屋に至ってはもう見れたもんじゃなかった。正直に言うとな、俺はいつ何かの弾みで殺されるかをずっと考えてるんだ。今の俺にとって、幻想郷に安全地帯はないんだ」


 雷禍の質問に、善治は少し蒼い顔でそう答えた。

 外の世界では、素手で人が人を殺すことは容易ではない。ものすごい力が必要になるか、高い技量が必要になるかのどちらかである。

 しかし、幻想郷の妖怪や力のある者はそうではない。妹紅のように魔法や法術等を使うものも居れば、吸血鬼や鬼のように純粋に身体能力が高いものも居る。

 善治からしてみれば、幻想郷は住人が常に武装しているように感じられる場所なのである。

 それを聞いて、妹紅が呆れ顔を浮かべた。


「それじゃあ、何でお前はここに居るんだよ。さっさと帰れば良いんじゃないか?」

「それはな、向こうに帰ると今度は居場所がないからだ」


 妹紅の言葉に、善治は憂鬱な表情で答えを返した。

 それに対して、妹紅は首をかしげる。


「居場所がない? どういうことだ?」

「岩笠、木花咲耶姫」

「……っ! お前、何でその名前を……」


 善治が呟いた名前に、妹紅の顔が険しいものに変わった。

 その二つの名は、妹紅にとっては非常に忘れがたく、苦すぎる経験を思い出す名前であったからである。

 妹紅の反応を見て、善治は自虐的な笑みを浮かべた。


「嫌なものだろ、自分の過去をこうやって明け透けに見られるのは。今の俺は知りもしない他人がどういう経緯をたどってどんな奴になっているのかが分かってしまうんだ。こんな面倒な能力を持って外に出てみろ。嘘つきだらけの人間社会じゃあっという間に人間不信だし、口を滑らせて相手の過去を掘り返せば即座に社会から排斥されるだろうさ」


 善治は『あらゆる生物の正体が分かる程度の能力』を持っている。

 その能力によって、相手が何者で、どんなことを経験し、どんな性格なのかが良く分かるのだ。

 つまり相手が嘘をついても過去を見ることでそれが嘘だと言うことがだいたい分かる上に、その相手がもっとも嫌がることや弱点まで分かってしまうのだ。

 そんな彼を近くに置いておこうとする者が、果たして何人居るのだろうか?

 その話を聞いて、慧音は考え込んだ。


「……成程。確かにそんな者を身近に置こうとする者は少ないだろうな。しかし、それはこの幻想郷でも同じことじゃないのか?」

「ところが、違うんだよ。人間は嘘をつくが、妖怪はほとんど嘘をつかない。人間よりはまだ信じられるさ。それに、ここには確実に居場所がある。これが外の世界との大きな違いさ」


 善治はそう言って静かに笑った。

 外に出てからの居場所は保障されていないが、今は確かにこの場に居場所がある。

 それが善治をこの場所につなぎ止めているのであった。

 それを聞いて、妹紅は小さくため息をついた。


「居場所か……そういえば雷禍、お前は善治の能力を知ってるんだよな? お前は平気なのか?」

「はっ、テメエの過去が何だって言うんだよ。そいつをひっくるめてこその轟 雷禍だ。俺はテメエの過去に隠すことも恥じることもねえんだよ」


 雷禍は妹紅の質問に、自信にあふれた表情でそう答えた。

 知られて困る過去などない。自分には弱点や汚点などは何一つない。何故なら、今の自分を形作っているのは己が進んできた過去だからである。

 力が強く、自らに強い自信を持っている雷禍にとって、善治の能力など取るに足らないものなのだ。

 だから、雷禍は善治に対して嫌悪感を抱くことはないし、居場所を提供することが出来るのだ。

 そんな彼を見て、善治は苦笑いを浮かべた。


「……星の数ほど女に振られてるのにな」


 善治がそう言うと、雷禍は言葉を詰まらせた。


「うぐっ……ま、まあ、それも今となってはいい経験だ」

「……生まれてから六歳までは寝小b」

「おいこらテメエ! どこまで口に出すつもりだぁ!?」


 善治の暴露に、雷禍は顔を真っ赤にして彼の襟首を掴んだ。

 いくら己の過去に恥じることはないといっても、流石に最低限の羞恥心は持っているようである。

 それを聞いて、妹紅が唖然とした表情を浮かべた。


「げ、そんなことまで見えるのか!?」

「流石にここまでは見ようと思わなければ見えないぞ?」

「うわっ、こっち見んな!!」


 善治が目を向けると、妹紅は大慌てでその視線から逃げ出した。

 家の外まで飛び出し、善治の視線から完全に逃げたのだ。


「お、おい妹紅。何もそこまですることはないだろう?」


 妹紅の行為をたしなめるように、慧音はそういった。

 しかし、そんな彼女に雷禍が白い視線を向けた。


「……そう言いながら、テメエは何で水瓶の裏に隠れてんだ、あ?」

「あ、いや、その……他意はないんだが……」


 雷禍の言葉に、慧音はしどろもどろになる。




「春ですよぉ~!!」




 そんな中、人里中に春告精の声が響き渡った。

 その瞬間、積もっていた雪が一気に溶け出し、暖かな太陽の光が降り注いだ。

 突然の変化に、四人は揃って外に出る。

 肌に伝わる空気の感触も、刺すような冷たさから柔らかな暖かさに変わっていた。


「……お~お~、一気に春の陽気になりやがったな」

「どうやら、今回の異変も解決したみたいだな」

「これで少しはうちの屋台の客足も伸びるかな?」


 空を見上げながら、雷禍は陽気にそう呟き、慧音はホッとした表情を浮かべ、妹紅は笑みを浮かべる。。


「……全く、本当に幻想郷じゃ常識が通用しないな……」


 その横で、善治はこの超常現象に肩をすくめてため息をつくのであった。


「そうだ、せっかくだから今日は飲もうか! 春になったことだしな!」


 そんな中、妹紅がそう言いながら手をたたいた。


「お、いいじゃねえか! うっし、そうと決まればさっさと行こうぜ!」


 それに対して、雷禍がそう言いながら走り出し、妹紅もそれに続いていく。


「待て、二人とも! まだ正午を回ったばかりだぞ! こんな早くから飲むつもりか!?」

「雷禍ぁ! あんたまだ今月分の家賃払ってねえだろうが! せめてそれを払ってからにしろ!」


 そんな二人を、慧音と善治は追いかけるのであった。




 ちなみに、居酒屋の営業時間は酉の刻(午後六時)からであったことを追記しておく。

 視点を変えて、本作の中で数少ない戦闘能力を持たない外来人、遠江 善治さんにスポットを当ててみました。

 彼は本来なら、さっさと元の世界に帰る側の人だったのですが、能力が発動してしまって帰るに帰れなくなってしまった人でした。

 この人の能力、実はさとりの能力と同じくらいみんなに嫌われる能力です。それを非力な人間が持ったから、さあ大変。

 もしその能力が広く知れ渡ってしまうと、人間からは村八分に合い、妖怪には殺されかねません。

 特にぬえなんかにとっては、天敵とも言える能力です。


 そんな彼に居場所を作っているのが、精神的は最強クラスに図太い雷禍さん。

 彼にとって過去を知られることはどうでもよく、単純に幻想郷内で外の話が出来るから気に入っているのです。

 要するに、私達が乳児に殴られても痛くないように、強者は弱者の武器が全く気にならないのです。

 そんな訳で、雷禍が居場所を作って善治が話題を提供するという、一種の相利共生がこの場では成立しています。


 あと、この話を見て分かったかも知れませんが、善治さんはこの手のボードゲームやカードゲームの腕前はチートクラスです。

 いわゆる、仕事をそこそこにしながら趣味に走ってた人です。正直、この人が福本漫画に出ていても不思議ではない。

 麻雀で妹紅に負けたのは、妹紅が初心者だからです。初心者って、本当によく分からない手であがってきたりするんですよね……つまり、麻雀のセオリーが通用しないんです。


 それにしても……コンビニでバイトする妖怪の話ってどっかであったような、なかったような……

 まあ、あろうがなかろうが妖怪のイメージは木っ端微塵なわけですが。



 それでは、ご意見ご感想お待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ