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銀の槍のつらぬく道  作者: F1チェイサー
霊峰の槍と博麗の月
125/175

銀の月、受難の日々


 春雪異変の後、宴会の準備が行われている。

 場所は霊夢の希望によって博麗神社で行うことになった。

 しかしそんな中、博麗神社で準備をする霊夢と銀月は浮かない表情をしていた。


「……ねえ、銀月。最近やけに幽霊の数が増えたと思わない?」

「そうだね……たしかに最近幻想郷のどこに行っても幽霊を見るようになったね」


 霊夢の問いかけに、銀月は商売道具である様々な種類の包丁を研ぎながら答えた。

 その銀月を見て、霊夢は首をかしげた。


「……あんた、首輪まだつけっぱなしなの?」


 今の銀月の格好は、白い胴衣袴と言った姿で、首には錠前の付いた赤い首輪が付いていた。

 霊夢の問いかけを聞いて、銀月は陰鬱なため息をついた。


「……お嬢様のお姉様がね、こうのたまったんですよ。『あんたそれずっとつけてなさい』ってね」


 銀月はわなわなと肩を震わせながらそう呟いた。どうやら余程腹の立つことがあったようである。

 そんな銀月に、霊夢が怪訝な表情を浮かべた。銀月が態度に表れるほど腹を立てることは珍しいからである。


「いったい何があったの?」

「……それはね」


 銀月はそう言うと、その時の詳しい状況を語り始めた。




 * * * * *




 紅魔館のとある一室の前の廊下。

 そこには、銀髪のメイドと鮮血のように赤い執事服を着た黒髪の少年がいた。


「……咲夜さん。本当に行かなきゃダメなのかな?」

「ええ。お嬢様の要望ですもの。主人の要望に応えるのは従者の勤めでしょう?」


 どんよりとした表情で問いかける銀月に、咲夜はきっぱりと言いきった。

 それを聞いて、銀月は大きくため息をついた。


「……分かっちゃいるけどね。全く、気が重いよ……」

「まあ、早く済ませてきなさいな。お嬢様だってきっと悪いようにはしないわよ」

「……行ってくるよ」


 銀月はそう言うと、ドアを四回ノックした。


「入ってきなさい」


 すると、中から当主である吸血鬼の少女の声が聞こえてきた。

 その声を聞くと、銀月は小さく息を吐いて扉を開けた。


「失礼致します」


 銀月は中に入ると恭しく礼をした。

 そんな銀月に、紅茶を飲んでいたレミリアは顔を上げた。


「あら、銀月。いったい何の……」


 レミリアは銀月の首に付いた赤い首輪を見つけると、まるで獲物を見つけて喜ぶ狩人の様な笑みを浮かべた。


「あらあら、貴方とても良い格好をしてるじゃない……」


 レミリアはそう言いながら銀月に近寄り、首輪に付いたリードを握った。

 銀月はひたすら無表情で、レミリアの行為を受けながらも口を開いた。


「レミリア様、この首輪の鍵をいただけないでしょうか?」

「ああ、鍵ね……それが、どこに置いたか忘れちゃったのよ。ごめんなさいね」


 レミリアは悪びれた様子も無く、意地の悪い笑みを浮かべたままそう言った。

 それを聞いて、銀月は眼を閉じた。


「でしたら、私の手で開錠しても宜しいでしょうか?」

「却下よ。規則は規則。私の持っている鍵以外での開錠は認めないわ。破ったりしたら酷いわよ?」

「では、この部屋を捜索する許可をくださいますか?」

「それも却下。この部屋を探して良いのは私と咲夜だけよ。お前にこの部屋を荒らされるのは御免だわ」


 レミリアはそう言いながら首輪のを引いて、銀月の顔を自分の顔の前に持ってくる。

 銀月は背の低いレミリアに引っ張られて前屈みの格好になった。

 銀月は小さく息を吐くと、眼を開いて目の前にあるレミリアの赤い瞳を見つめ返した。


「……それでは、私はどのようにすれば宜しいのでしょうか? 申し訳ございませんが、私にはレミリア様の真意が掴みかねます」


 銀月は感情の篭らない、抑揚のない声でそう告げた。

 するとレミリアは、楽しそうに笑みを深めた。


「ふ~ん……そう。残念ね、貴方なら分かると思ってたんだけど……これは少しお仕置きが必要かしら?」

「っ!?」


 レミリアは銀月の首輪のを両手で掴み、一本背負いの要領で銀月を投げた。

 銀月は投げられると同時に受身を取り、頭を打たないようにする。

 それと同時に、レミリアは銀月の肩を踏みつけて起き上がれないようにしながら、首輪のリードを強く引っ張った。


「ふふふ……無様ね、銀月。少し良い服を着せられた奴隷みたいね」


 レミリアは銀月の右肩を踏みつけたまま、仰向けに倒れている銀月の顔を覗き込んだ。

 その顔は愉悦に浸っている表情で、明らかにこの状況を楽しんでいた。

 それに対して、銀月はあくまで無表情を決め込みながら口を開いた。


「……何をなさるのです?」

「そう言えば、一つ聞き忘れたことがあったわ。お前は何で咲夜に首輪をつけられたのかしら?」

「……ギルバートとの勝負に熱くなりすぎ、それを諌められたからです」


 レミリアの質問に、銀月は無感情を貫きながら答える。

 それを聞いて、レミリアは少し考える仕草をしてニヤリと笑った。


「成程ねぇ……つまり、お前は紅魔館の執事と言う立場でありながら、周りに不要な迷惑を掛ける様なことをした訳だ」

「……申し訳ございません」


 レミリアは無表情で受け答えを続ける銀月を見て、思案する。

 そしてしばらくすると、何かを思いついたような表情を浮かべた。


「まあ良いわ。さあ、これを使いなさい」


 レミリアはそう言うと、銀月の胸元に何かを落とした。

 銀月がそれを見ると、それは小さな鍵であった。


「これは……」

「首輪の鍵よ。ほら、使いなさいよ」

「かしこまりました」


 銀月はそう言うと自分の首輪に付いた錠前に鍵を差込み、開けようとする。

 しかし、途中で引っかかって開く気配が無い。

 それを受けて、銀月はキョトンとした表情を浮かべた。


「……ん?」


 何が起きているのか分からない様子で鍵を確かめる銀月。

 それを見て、レミリアはくすくすと笑い始めた。


「ふふふ……何やってるの、お馬鹿さん? それはギルバートに付いている首輪の鍵よ?」

「なっ……」


 ここに来て、銀月の表情に変化が現れた。

 銀月が絶対に負けたくない相手であるギルバート。その彼だけ許されるという事態が、銀月の琴線に触れたようであった。

 レミリアは銀月とギルバートの性格から、ギルバートにも首輪が付いているのではないかと当たりをつけたのであった。

 愕然としている銀月に、レミリアは追撃の言葉を掛ける。


「何を驚いているのかしら? 彼は外部の者、お前はこの紅魔館の従者よ。他所の奴がどうなろうが知ったこっちゃ無いけど、身内はきちんと躾けないとダメでしょう?」

「ぐっ……」


 にこやかに笑いながら話しかけてくるレミリアを、銀月は恨めしげな視線で見つめ返す。

 その視線は先程までとは違い、反論できないことに少し悔しげなものが押さえきれずに出ていた。


「っ……」


 それを見て、レミリアの背筋にゾクリとした感覚が走った。

 それと同時に、彼女の心の中をとあるものが占拠し始めた。


 それは支配欲。


 目の前にいるのは、自分がどう頑張っても倒せないでいた戦神の息子で、一時期周囲を恐怖に陥れていた翠眼の悪魔。

 そんな彼が自分の思いのままに従うことしか出来ないという事実は、レミリアの心に優越感と共に大きな愉悦をもたらしていた。

 しかし普段銀月は感情を隠しているために反応が薄く、少し退屈なものであった。

 その最中、突如として銀月の感情が表に出てきたのだ。銀月が思わず見せたそれに、彼女は銀月が自分の手の中に少しずつ落ちていっているような気がしたのだ。

 レミリアは、もっとその感覚を味わいたくなった。


「うふふふふ……やっとお前のポーカーフェイスを崩すことが出来たわ。そんなにギルバートだけ解放されるのが気に食わないのかしら?」

「……かしこまりました。彼に鍵を渡してきます」


 銀月は無表情に戻ってそう口にすると、体を起こそうとする。

 しかし、レミリアは体を起こす手を脚で払い、再び銀月を床に押さえつけた。


「まだよ、銀月。私の用はまだ済んではいないわ」


 レミリアはそう言って、首輪のリードを引っ張りながら銀月の腹に跨った。

 その行為に、銀月の眉がピクリと動いた。


「……何をなさるおつもりですか?」

「フランはもう口をつけたのよね? なら、次は私の番よ」

「ひうっ!?」


 レミリアはそう言うと銀月に覆いかぶさり、首輪を下にずらして首筋をぺろりと舐めた。

 それを受けて、裏返った声と共に銀月の体がビクンと跳ね上がった。

 銀月のその反応に、レミリアは妖しく嗜虐的な笑みを浮かべた。


「あら、お前ひょっとして首が弱いのかしら? へぇ……面白いじゃないの。食事の前に少し遊ばせてもらうわよ……ん……」


 レミリアはそう言うと、銀月の首筋に自分の小さな舌を這わせ始めた。

 左手で首輪についたリードを引き、右手は銀月の首を抱えて逃げられないようにしている。

 ゆっくり、じっくり、ねっとりと、焦らすような動きで舐め上げていく。


「くぅ……」


 首にぬめりとした舌が動くたびに全身に電流を流されたかのような感覚が走り、体はそれに対して反応を示そうとする。

 銀月は眼を硬く閉じ、ひたすらに歯を食いしばり、相手の思惑通りにならないようにそれに耐える。


「ふふふ、耐えるわね。そらそら、声を上げて鳴いてみなさい!」

「っ……っ……」


 しかしレミリアからしてみればその表情こそ嗜虐心をそそるものであり、更にエスカレートしていく。

 速度を上げ、広い範囲を徹底的に舐め回し始める。銀月の首筋は唾液でもうべとべとになっており、銀色の糸がレミリアの口に向かって引かれていた。

 もっとこの従者を自分の思い通りに動かしたい、そんな気持ちがレミリアの心を支配していた。


「っ!」

「おっと」


 そんな中、銀月はとうとう耐え切れなくなって首とレミリアの口の間に手を差し込んだ。

 それを受けてレミリアは銀月の首筋から口を離し、手に持ったリードを引っ張り銀月の体を起き上がらせた。


「はぁー……はぁー……」


 歯を食いしばり声を上げないように息を止めていた銀月は、まるで水の中から顔を出したかの様に荒く息をした。

 目じりには小さな涙の粒があり、肩で息をしているところから、かなりギリギリの状態であったことが見て取れた。

 疲れた様子の彼は、レミリアが引っ張る首輪に体を預けてぐったりした様子であった。

 そんな銀月を見て、レミリアは背筋を走るぞくぞくした快感に酔いしれる。

 そして彼女は銀月の顎の先を手で掴み、その顔を覗き込んで妖艶に笑った。


「くすくす……こうなってみると、翠眼の悪魔も可愛いものね。ぞくぞくするわ」

「っ……レミリア様、後の仕事がつかえておりますので、そろそろ……」


 何とか息を整えて事務的な話に持っていこうとする銀月。その表情は元の無表情に戻りかかっており、レミリアとの話を切り上げるべく淡々と話をする。

 そんな銀月の必死な態度に、レミリアは思わず苦笑いを浮かべた。


「仕方ないわね。それじゃあ、頂くわよ」

「あうっ……」


 レミリアはそう言うと、銀月の首に噛み付いた。

 銀月の首からはだくだくと血が流れ出し、口の中へと入っていく。

 その瞬間、レミリアはその味と香りに驚いて口を離した。


「っ……これはいけないわね……危険な味だわ……」


 そう呟くと、レミリアは再び銀月の首に口をつけた。

 レミリアの口の中では銀月の血がまるで極上のワインのように香り、気を抜いてしまうとその味に酔ってしまいそうになる。


「ちゅ……癖になりそうね……ちゅっ」


 レミリアは一口一口をしっかり味わうように、口の中で血を転がす。

 銀月の血の味に酔っているのか、その表情はどこか浮ついていて呼吸も荒くなり始めていた。


「ぐっ……うぅ……」


 その一方で、銀月は吸血されることで全身に走る快楽に耐えるべく懸命に歯を食いしばっていた。

 段々と失われていく血液のせいで意識にもやが掛かっていく。

 すると、突如レミリアは再び銀月の首から口を離した。


「あっ……」

「ご馳走様。まるで麻薬のような、抜け出せなくなってしまいそうになる味だったわ」


 レミリアはそう言いながら手で口元を拭った。

 着ていたドレスは飲みきれなかった血で真っ赤に染まっており、こぼれた血の量の多さを物語っていた。

 銀月の意識は貧血でどんどんと遠くなり、その場から動けなくなった。


「あら、少しやりすぎてしまったかしら。咲夜、居るんでしょ?」

「ここに」


 レミリアが名前を呼ぶと、咲夜が突然その前に現れた。

 それを確認すると、レミリアは咲夜に指示を出した。


「銀月を部屋に運んでやってちょうだい。この様子じゃ、しばらく動けないだろうし」

「……お言葉ですがお嬢様、いくらなんでも少々やりすぎではないでしょうか? これでは銀月の心が離れてしまうかもしれませんよ?」


 咲夜は少しとがめる様な口調でレミリアにそう告げた。どうやら所々で見ていたようである。

 するとレミリアは罰が悪そうな表情を浮かべて咲夜に弁明した。


「う……それが、この銀月を見てると無性に悪戯したくなって……何て言うか、銀月って普段子犬みたいな感じじゃない? あれがここだとちょっと生意気になるもんだから、もの凄くいじめたくなって……」

「子犬のようだと言うのは同意しますが、生意気ではなくて生真面目なんです。あと、お嬢様の銀月への対応が銀月を事務的な対応しかしないようにした原因だと思いますよ?」

「う~、銀月があんなにいじめてオーラ出してるのが悪いのよ!!」


 咲夜の追及に、レミリアはそう言って銀月を指差した。完全なる責任転嫁である。

 そんな彼女を見て、咲夜は小さくため息をついた。


「……とにかく、せめてリードだけでも取らせて上げてください。あれがあると仕事のときに危険ですので」

「……ええ、それくらいなら良いわ。さあ、早く連れて行きなさい」

「かしこまりました」


 咲夜はそう言うと妖精達を呼び寄せて、銀月を部屋へと運んでいった。



 * * * * *



「……ぐすっ」


 そこまで話して、銀月は悔しげに鼻をすすった。

 その一方で、霊夢は御幣を握り締めて立ち上がった。


「よし、あの吸血鬼ぶっ飛ばしてくるわ」

「……待って。お姉様には俺が直接復讐するよ。ああまでやられて、俺が黙っていると思っていたら大間違いだからな……」


 銀月は暗い笑みを浮かべてそう言った。

 その声色は、深い怨嗟の念が込められた怖気すら感じられる声であった。

 それを聞いて、霊夢は思わず背筋を震わせた。


「そ、そう? それじゃあ、そうするわね……」


 霊夢はそう言うと、机に置かれていた銀月が淹れたお茶を口にする。

 そして一息つくと、銀月に本題を切りだすことにした。


「それはそうと、冥界と顕界の境がおかしくなってるのが幽霊が増えた原因なのよ。だから紫に頼まなきゃいけないんだけど……」

「成程ね。それで紫さんのところに今から行こうって訳だ」


 銀月は状況を理解してそう頷いた。


「……銀月、居るか?」


 そのとき、男の声が博麗神社の中に響いた。

 その声を聞いて、銀月は首をかしげた。


「あれ、この声は父さん? どうしたんだろう?」


 銀月と霊夢は二人揃って声のした方向へと向かう。

 するとそこには銀色の槍を背負った銀の髪の男が立っていた。


「……ふむ、居たか」

「銀月のお父さん? 銀月に何か用?」

「……ああ。藍が呼んでいるのでな。迎えに来たというわけだ」


 将志はここに来た理由を霊夢に説明した。

 それを聞いて、銀月は首をかしげた。


「藍さんが? わざわざ俺を指定して何の用なんだろう?」

「……さてな。藍にも聞いてみたが、答えてはくれなくてな。とにかくお前に用があるらしいのだ」

「もう一つ質問。何で藍さん本人が来ないで父さんが迎えに来たのさ?」

「……最近の幽霊の件で紫を訪ねて迷い家に居たのだ。藍が来るよりも、俺の方が脚は速いだろう?」


 将志は銀月の質問に答えていく。

 その質問の答えを聞いて、銀月は少し困った表情を浮かべた。


「う~ん、困ったな。まだ霊夢の今日の夕食作ってないんだけど……」

「……それならば、霊夢も一緒に連れてくれば良い。さあ、早く支度をするが良い。少々急ぎの用らしいからな」


 将志の言葉に、銀月と霊夢は軽く身支度をして藍の待つ迷い家に向かうことにした。

 迷い家に着くと、そこでは金色の九尾を持つ女性が外に立って到着を待っていた。


「やあ、久しぶりだな、銀月……って、その首輪はどうした?」

「……ちょっとした失敗がありまして……」


 キョトンとした表情の藍に、銀月は苦い表情で言葉を濁した。

 その横で、霊夢が藍に対して話しかけた。


「で、銀月に用って何よ?」

「ああ、そうだった。ちょっと銀月、こっちに来てもらえるか?」

「え、はい……」


 藍の指示に従い、銀月は藍のすぐ目の前にやってきた。

 銀月が訳が分からないでいると、藍は銀月に微笑みかけた。


「それじゃあ、銀月。少しお話をしようか」

「……?」


 藍が異様に優しい口調で銀月に話しかけると、銀月は何か小さな違和感を覚えた。

 その様子を横から見ていた将志は、銀月に起きた小さな異変に気がついた。


「……む? 銀月の気配が変わった?」

「え……?」


 将志の呟きに、霊夢がキョトンとした表情を浮かべて聞き返した。


「銀月、返事はくれないのか?」


 そんな中、藍は再び銀月に話しかけた。

 その口調はやはり優しく、母親が子供に話しかけるようなものであった。


「あ、ごめんなさい! 何のお話をするの?」

「……ん?」

「はい?」


 すると、銀月の口から飛び出したのは普段の銀月からは想像もつかないほど幼い口調の言葉であった。

 それを聞いて、将志と霊夢は唖然とした表情を浮かべた。

 その横で藍は銀月と話を続ける。


「銀月は何のお話がしたい?」

「僕がしたいお話? う~ん……修行のお話かなぁ?」


 銀月は子供っぽい仕草で口に手を当て、そう口にした。

 その姿はまるで精神だけ幼い子供に戻ってしまったかのようであった。

 そんな銀月を見て、将志と霊夢はジトッとした眼で藍を見つめた。


「ちょっと藍。あんた銀月に何をしたのよ?」

「なあに、少し精神だけ十歳くらい若返ってもらっただけだ」

「……そうすることの意図が全く読めんのだが?」

「それもすぐに分かる。まあ、少し待ってくれ」


 藍はそう言うと、再び銀月に向き直った。

 銀月は自分に起きていることが理解できていないようで、三人の会話にただ首をかしげていた。

 そんな銀月の眼を藍は覗き込んだ。


「さあ、銀月。私の眼をよく見てくれ」

「うん……」


 銀月は藍の眼をジッと見つめる。すると、銀月のまぶたが段々と下がってきた。

 銀月は眠そうに眼を擦りながら、藍の眼を見続ける。


「眠いか?」

「ん……うん……」

「それじゃあ、こっちにおいで」

「うん……」


 藍は銀月の手を引きながら家の中へと入っていく。

 その途中、ふと藍は事の次第を見守っていた将志と霊夢の方を向いた。


「ああ、そうだ。二人は居間で待っていてくれるか? ことが終わったら私も行くから」


 藍はそう言うと、再び銀月の手を引き始めた。銀月は藍に手を引かれながら、フラフラとその後ろをついて行く。

 その様子を、将志と霊夢は困惑した様子で見ていた。


「……いったい何なのよ……」

「……まあ、藍のことだ。銀月を酷い目に遭わせる様な事はすまい。俺達は大人しく居間で待っているとしよう」


 将志はため息混じりにそう言うと、霊夢と一緒に居間へと向かった。

 居間でしばらく待っていると、藍がやってきた。


「すまない、待たせたな」

「……銀月はどうした?」

「銀月には仕事まで眠ってもらっているよ。さて、私達は食事の用意をするとしよう」

「……? そうか」


 将志はそう言うと、霊夢の顔をジッと見つめだした。

 突然見つめられて、霊夢は思わずたじろいだ。


「な、何よ……」

「……成程な」


 将志は納得したような表情でそう言うと、台所へと入っていった。


「……何だったのかしら?」


 そんな将志を見て、霊夢は訳が分からず呆然とした表情を浮かべるのであった。






 一方その頃、銀月はと言うと。


「う……ん……」


 銀月は何やら暖かいものを感じながら目を覚ました。

 その感触から、布団の中に居ることが理解できた。


「……寝ちゃってたのか……」


 銀月は小さくそう呟きながら、ゆっくりと体を起こそうとする。

 しかしそのとき、銀月の体の上に何かが置かれていることに気がついた。


「……?」


 銀月は寝ぼけた頭で自分の右肩辺りに置かれているものに手をやった。

 それは何やら滑らかな手触りがするもので、確かな温かみが感じられるものであった。

 その手触りに覚えがある銀月は、段々と何かがおかしい事に気づき始めた。


「…………あれ?」


 寝ぼけてぼやけていた視界が段々とクリアになる。

 すると、銀月の目の前には金髪の女性の顔が現れた。


「あ……え……?」


 銀月は訳が分からずその場に固まる。目の前に居るのは八雲 紫、しかもどういう訳だか同衾している状態である。

 そして何故こうなっているのかを考え始めたとき、藍に話しかけられてからの記憶が無いことに気がついた。


「……まさか、藍さんこのために……」

「……ん……」

「……っ!?」


 銀月は藍の真意に気づくと同時に、強く抱き寄せられた。

 紫の体の柔らかい感触と共に、髪から漂ってくるほんのり甘い匂いが銀月の鼻に入ってくる。


「(……これ、下手をすれば死ぬな)」


 銀月は身動き一つせず、ただ紫に抱きしめられたまま考える。

 もし紫が眼を覚まして、一緒に自分が寝ている事実に混乱を招いた場合に何が起きるか分からない。

 パニックになって暴れられて本気で攻撃などされようものなら、命の保障は無いのだ。


「……すぅ……」


 一方、紫は銀月の焦りなど露知らず、抱きしめた銀月の首筋に顔をうずめていた。

 人食い妖怪でもある紫にとって、銀月の匂いは甘く心地の良い匂いなのでいくらでも嗅ぎたくなるのだ。

 その表情はリラックスしたもので、どこと無く幸せそうなものであった。


「……はぅっ……」


 首筋に当たる吐息がくすぐったくて、銀月は思わず声を上げそうになる。それを何とか耐えながら、何とか脱出の糸口を探す。

 しかし、紫にしっかりと抱きしめられていたために身動き一つ取れない。その力は銀月が抜け出すのにかなりの労力を要するレベルであった。

 実際に抜け出そうとすれば、ほぼ間違いなく紫を起こしてしまうであろうことがはっきりと分かった。


「……どうしよう」


 銀月は途方にくれた様子でそう呟きながら、紫の肩をそっと抱きしめた。安心させて起こさないことで、考える時間を作るための作戦であった。

 そうしてまで必死になって考えるが、紫を起こさずにこの場を乗り切る方法が思いつかない。

 途方にくれていたそんな中、銀月は紫のとある変化に気がついた。紫の首筋に汗がにじんでいることに気がついたのだ。

 それを見て、銀月の顔から血の気がサッと引いた。


「……紫さん?」

「……え、えっと、こ、これはどうなってるのかしら?」


 銀月が問いかけると、困惑した声と共に抱きしめる力が強くなった。

 どうやらかなり混乱しているようであり、どうすれば良いのか分からなくなっている様子であった。

 銀月はそれを聞いて、紫が暴れなかったことに安堵すると同時に小さくため息をついた。


「……ごめん、どうやら俺が藍さんに罠に嵌められたみたいだ。俺も気がついたら紫さんの布団にいたし……」

「ら、藍は何を考えてるのよ……」


 紫は耳まで真っ赤に染めながら藍への苦情を銀月に告げ、それと同時に銀月の頭を抱き寄せた。

 そんな紫の行動に、銀月は呆気に取られた表情を浮かべた。


「あの、どうしたんです?」

「ご、ごめんなさい、今ちょっと貴方の顔を見てられないのよ……し、しばらくこうさせてちょうだい」


 紫は銀月にしっかり抱きつき、顔を見せないようにした。

 藍による男性に対する苦手意識を克服する特訓で銀月と抱き合うのは慣れていたつもりであったが、布団の中と言う状況ではまた事情が違うようであった。

 その一方で、銀月は紫の肩を抱く腕の力を少し強めた。


「……良いよ。紫さんが落ち着くまでこうしてるさ」


 銀月は紫が落ち着けるように、その長い髪を手で優しく梳きながらそう囁いた。

 銀月は困惑する紫を見てかえって冷静になっているようで、柔らかな笑みすら浮かべていた。

 そんな彼の様子に、紫は少し悔しそうに頬を膨らませた。


「……何で貴方はそんなに余裕があるのよ……」

「俺だってこの状況は慣れてないけど、慌ててる紫さんを見てたらしっかりしなきゃと思ってね。かえって冷静になれたよ」

「むぅ……本当にいつもいつもずるいわね……」


 紫はそう言いながら、抗議するように銀月を軽く締め上げるように力を込めた。自分だけあたふたしていたのが不満なようである。

 銀月はそんな紫の態度に、思わず苦笑いを浮かべた。


「……どうやら落ち着いたみたいだね。じゃあ、そろそろ居間に行くかい?」

「……ごめんなさい、もう少し待ってちょうだい」


 銀月の言葉に、紫はばつが悪そうな声色でそう言った。紫のプライドが、銀月に赤くなった自分の顔を見せることを許さなかったのだ。

 そんな紫の心情を汲み取ったのか、銀月は微笑んだ。


「了解したよ。それじゃあもうしばらく……」


 そこまで言うと、銀月の表情が凍りついた。

 紫を抱きしめている銀月は、背後からの強烈な気配に冷や汗を流す。


「ふ~ん……仕事ってそう言うことだったのね……」


 上から冷たい声が降り注ぐ。その声の主である紅白の巫女は、能面のような表情で銀月を睨んでいた。

 その威圧感に、銀月は振り向くことが出来ずにそのまま応対した。


「あ、いや、霊夢? その、これはね?」

「分かってるわ。あんたは何も悪くない。悪いのはあの狐よ。私がおなか空いたり喉が渇いたりしても、あんたが動けなかったのはぜ~んぶあの狐のせい。ええ、分かってますとも」


 絶対零度の声で霊夢は銀月にそう言った。

 普段空腹や喉の渇きを覚えたときは銀月が即座に対応していたため、それがなくなったことで霊夢はとても不機嫌になっているのだった。

 そんな一見許すかのような彼女の言葉に、銀月は不穏なものを感じた。


「えっと、それじゃあどうするの?」


 銀月は恐る恐ると言った様子で霊夢に問いかけた。

 しばし無言。

 そして霊夢は、大きく息を吸い込んだ。


「……とりあえず、一発殴らせなさい!!」

「はうあっ!?」


 銀月の頭に、霊夢の拳が勢い良く振り下ろされた。






「……ぐすん」


 食事時、銀月は頭に大きなたんこぶを作って食卓に座っていた。

 その様子に、ただ一人事情を知らない将志が首をかしげた。


「……銀月はいったい何があったのだ?」

「それが、ちょっとね……」


 将志の問いかけに、紫は乾いた笑みを浮かべながら言葉を濁した。

 その顔はほんのり赤く染まっており、先ほどのことを思い出しているようであった。

 その横で、霊夢が黙々と食事を続けていた。


「……この料理美味しいけど……銀月よりも少し上ってくらいで、そんなに驚くほど美味しいって訳でもないわね」

「……それだけ普段の食事が上等だということだ。銀月に感謝しておけ」


 霊夢の呟きに、将志は憮然とした様子でそう答えた。

 そんな将志を見て、藍が意外そうな表情を浮かべた。


「おや? 銀月を褒めた割には晴れない表情だな? どうかしたのか?」

「……今日の料理は霊夢の舌に合わせて作ったのだが……作りこめば作りこむほど銀月の味に似ていくのでな。銀月も上達はしているのだが、それ以上に霊夢の口に合うように味付けが変わっているようなのだ。いや、どちらかと言えば霊夢の舌が銀月の料理に合わされてきたと言ったほうが正しいか」


 将志は苦い表情で藍に事情を説明する。

 それを聞いて、藍は少し考えて言葉を返した。


「……それはつまり、霊夢が銀月に完全に餌付けされている、と言うことか」

「……噛み砕いて言えばそう言うことだ。白玉楼で食事をした時、俺の料理よりも銀月の料理を多く食べていたので気になって調べたのだが……結果はごらんの有様だ」


 将志はそう言うと、頭を抱えてため息をついた。

 霊夢が銀月に依存している現状は、将志にとって憂慮べき事態であった。

 何故なら銀月の霊夢に対する対応を鑑みるに、銀月が霊夢に対してかなり甘いということが見て取れたからである。

 そんな将志を見て、紫が苦笑いを浮かべた。


「そうねえ。霊夢ったら日々の生活を完全に銀月に依存しているものね。銀月に何かあったときが心配だわ」

「うっさいわねぇ。銀月はそう簡単に居なくなったりしないわよ。第一、怪我をしたってすぐに直っちゃうじゃない」

「どこからその自信が出てくるのかしら……」


 うんざりした様子の霊夢に、紫はそう言ってため息をついた。

 そんな中、今の今までへこんでいた銀月が口を開いた。


「ところで、話の本題はどうしたのさ? 父さんも冥界と顕界の境の件でここに来たんだろう?」

「……ああ。幽霊が最近増えてきたのでな。その境界に関することを訪ねに来たのだ」


 銀月と将志の言葉を聞くと、紫は小さく頷いた。


「ああ、それくらいなら特に問題は無いわよ。幽霊が増えてきたからといって、別段気にするようなことは無いはずよ」

「問題ないって……」

「それよりも、博麗の結界の北東部が少し綻んでいるわ。そっちの方は直していかないといけないわ」

「それは大変ね。早いとこ直さないと」

「まあ、私がさっきくしゃみした拍子にうっかり穴開けちゃったんだけど」

「……何をやっているのだ、紫……」


 紫の言葉を聞いて、将志は呆れたようにため息をついた。

 その横から、銀月が藍に向かって話しかけた。


「ところで、藍さん……起きたらいきなり紫さんの布団の中ってどういうことなのさ……」

「そうねぇ……流石に今回のこれは少しやりすぎね」


 銀月と紫はそう言いながら藍にジト眼を向ける。

 お互いにパニックに陥りかけたので、かなり藍の行為に反感を持っているであろう事が分かる。

 そんな二人を見て、将志も藍に対して白い眼を向けた。


「……藍、お前そんなことをしたのか?」

「ああ、紫様のために少しな」

「藍、貴女それを口実に私と銀月で遊んでいないかしら?」

「いえいえ、そんな滅相もないですよ」


 藍は反省をするそぶりすら見せずに二人の質問にそう返した。

 それに対して、霊夢が疑問の声を上げた。


「ねえ、何でその相手が銀月なのよ? 別に男に慣れさせるだけなら、銀月にこだわる必要は無いんじゃないの?」

「それがそうも行かなくてな……紫様が一番慣れている男が銀月だから、まずは銀月で慣れさせようと言うわけなんだ。他の男では、まだまだこうは行かないよ」


 霊夢の質問に、藍はそう言って肩をすくめた。

 実際、つい最近も男に声を掛けられてどうしようもなくなったことがあるため、まだまだ課題は山積みなのであった。

 そんな紫の現状を聞いて、将志は小さく頷いた。


「……そう言えば、紫はその手のことに関しては筋金入りだからな……」

「おや、お前がそれを言うのか?」


 藍はそう言って小さく笑うと、将志の手を取って自分の胸に押し当てた。

 突然のその行為に、将志の眼がぎょっと見開かれる。


「なっ……」

「ふふふ……相変わらず触れられるのはある程度慣れていても、自分からこうして触れるのは慣れていないようだな」

「くっ……何がしたいのだ、藍……」


 ニヤニヤと笑う藍に対して、将志はそう問いかける。その表情は困惑したものであり、顔が若干赤く染まっていた。

 そんな将志を見て、藍はにやついた笑みを深めた。


「お前のこれも充分筋金入りだと思うぞ? 私との付き合いももう千年を超えるというのに、こういうことに関しては未だに初心な子供のような反応を見せるのだからな」

「……っ、大きなお世話だっ」


 将志はそう言うと、藍の手から自分の手を引き抜いてそっぽを向いてしまった。

 それを見て、藍は苦笑いを浮かべた。


「ふふふ、そう拗ねるな。お前が拗ねても可愛いだけだぞ?」

「……拗ねてなどいない」


 藍が話しかけるが、将志はそっぽを向いたまま黙々と料理を食べている。

 傍目から見ると、どう見ても将志は拗ねているのであった。

 そんな将志を見て、銀月は苦笑いを浮かべた。


「あはは、藍さんの前じゃ父さんも形無しだね。反応が子供みたい」

「……よし銀月、表に出ようか」


 将志はそう言うと銀月の襟首を掴んで外へと歩き出した。

 それを受けて、銀月の顔から血の気が一気に引いて大量の冷や汗があふれ出した。


「あ、いや、待って、やっぱり今のは……」

「……口は災いの元だ。その身をもって思い知れ」


 将志は銀月を引きずりながら外へと出て行った。



 そして一分後、外から大きな悲鳴が上がった。

 と言うわけで、銀月の悲惨な日々でした。

 おぜうさまにはいじめられ、藍しゃまには利用され、将志には折檻されると言う散々な眼に。

 その結果、銀月の固定装備に赤い首輪が……どうしてこうなった。

 う~ん、おぜうが何だかドSになったな……自分の中では、強く出られる相手には強く出て、自分より強い相手にはやせ我慢するイメージなんですよね、おぜうさまは。


 そして霊夢が完全に銀月に餌付けされていることが発覚。

 ……ダメだこの巫女、早く何とかしないと。<s>そりゃこんだけ依存してりゃヤンデレ希望とか言われるわな。</s>


 ……にしても、銀月のキャラって本当にどこに向かっていくのだろう? 今回はいじめてオーラがついたし。

 そのうち銀月に付いたキャラを全部書き並べてみようかしら。



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