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銀の槍のつらぬく道  作者: F1チェイサー
霊峰の槍と博麗の月
124/175

銀の槍、感づかれる

「……ねえ、父さん」


 白玉楼にて、銀髪の青年と黒髪の少年が話をしている。

 将志は至って通常通りだが、銀月の方は何やらげんなりした微妙な表情をしている。

 その銀月の問いかけに、将志は作業を続けながら耳を貸す。


「……何だ?」

「……これ、何人前?」

「……全部で八人前のはずだが?」


 二人は作業を続けながら話をする。

 将志の手元では巨大な寸胴鍋いっぱいに筑前煮が煮込まれている。

 一方、銀月の目の前ではブリの照り焼きが焼かれており、横にある大皿には山盛りの照り焼きが盛られていた。

 背後にある六畳分はあろうかという大きな机の上には、山盛りの料理が所狭しと置かれている。

 誰がどう見ても、通常の八人前の量ではなかった。


「……誰がこんなに食べるのさ?」

「……幽々子だ」

「うわぁ……一月の食費っていくらなんだろ……」

「……さてな。俺とてここの食費を考えるのは怖いから、考えないようにしている」


 目の前の大量の料理を見て、二人の顔が青くなる。

 将志は銀の霊峰という組織の長として、銀月も博麗神社の家計を支えるものとして、この暴食とも言える女主人の食事量に経済的な面で恐怖しているのだ。

 そこに、台所の戸が開いて人が入ってきた。


「あ、やっぱりここだったんですね、将志様」


 入ってきたのは腰に長短二本の刀を差した銀髪の少女。

 その声を聞いて、将志は作業をしながら答えを返した。


「……妖夢か。先ほどはすまなかったな。怪我は無いか?」

「ええ、ありません……貴方が敵になることがどれほど怖いかが良く分かりました」


 将志の問いに妖夢は少し苦い表情でそう返した。

 妖夢は先程幽々子に槍を向けていた将志に斬りかかったのだが、あっさり躱されて一瞬で意識を刈り取られたのだった。

 結果として、妖夢は主人を守ることが出来なかったのだ。

 それを悔やんでいる妖夢に、将志は小さくため息をついて声をかけた。


「……妖夢。お前も幽々子の部下であるなら覚えておけ。主の言うことが絶対ではない。その行動で何が起き、どのような影響があるかを予測して、どうすれば確実に主を守れるか。それをよく考えるのだな」

「はい……」


 妖夢はそう言って頷くと、将志の隣に立つ白装束の少年に眼を向けた。


「あの、将志様? 銀月さんのお料理の腕前ってどうなんですか?」

「……近頃、人里で弁当を売り出しているものが居るだろう?」

「ええ、居ますね。巷で美味しいって評判で、あっという間に売切れてしまうお弁当ですよね?」

「……あれを一人で作っているのがそこの銀月だ」

「そうなんですか……」

「まだ父さんの腕には全然追いつけないけどね」 


 感心した様子の妖夢に、銀月は苦笑交じりにそう言って返す。

 それに対して、妖夢は首を横に振った。


「そうやって開業して評判になるほどの腕があるのなら充分ですよ。正直、うちのお手伝いさんに欲しいくらいです」

「残念だけど、銀月はうちの執事だから無理よ」


 妖夢の言葉に、横から少女の声が差し込まれる。

 その方を見ると、メイド服を来た少女が立っていた。


「あ、咲夜さん。どうかしたのかい?」

「待っているのが性に合わないから、手伝いに来たのよ」

「そっか。それじゃあ、この照り焼きを少し見ててくれないかな? そろそろ霊夢がお茶を欲しがり出す頃合だからね」

「ええ、良いわよ」


 銀月と咲夜はそう言葉を交わして場所を入れ替える。

 銀月がお茶を淹れるためにお湯を沸かし始めると、妖夢が再び話しかけてきた。


「あの、銀月さん? 貴方お弁当屋さんですよね?」

「うん? そうだけど?」

「じゃあ、執事をしてるってどういうことですか?」

「ああ、俺は弁当屋と紅魔館の執事を掛け持ちしてるんだ。朝早くに弁当を作って、午前中に家事を終わらせて修行して、昼から夜にかけて執事をして、帰ってから翌朝の仕込みをするっていう感じだよ。ほら、最初に俺真っ赤な執事服着てただろ?」


 怪訝な表情を浮かべる妖夢に、銀月はそう言って答えた。

 それを聞いて、妖夢は銀月が最初に来ていた紅魔館の執事服を思い出して頷いた。


「そう言えばそうでしたね。大変ですね……疲れたりはしないんですか?」

「まあ、休みが少しあるから大丈夫だよ。それにこれくらいで音を上げるような柔な体はしていないからね」


 銀月はお茶の準備をしながら妖夢の質問に答えていく。

 それに対して、妖夢も湯飲みの用意をしながら銀月に質問を重ねた。


「ところで、何で執事をしてるんです? 紅魔館って、吸血鬼の館ですよね?」

「あ~……ちょっと俺が起こした事件があってね。それがきっかけで働くことになったんだ」

「事件ですか?」

「そう。詳しい内容は言えないけどね。っと、それじゃあお茶を運んでくるよ」


 銀月はそう言うと、盆に茶の入った湯飲みを乗せて台所を出て行った。

 すると妖夢は、銀月に代わって台所に入った咲夜に話しかけた。


「えっと、咲夜さん、ですよね?」

「なにかしら?」

「銀月さんって、執事してる時ってどんな感じなんです?」


 妖夢がそう尋ねると、咲夜は紅魔館での銀月の様子を思い出して答えた。


「そうね……一言で言うなら、真面目で優秀な執事よ」

「やっぱりお料理関係ですか?」

「料理もだけど、全体的に気が利くのよ。ちょうど居て欲しい時にそこに居るって感じね。部下の妖精の扱いも上手いし、こちらとしては助かってるわ」


 咲夜は銀月の勤務態度をそう話す。

 実際、咲夜が手伝って欲しいときには銀月は何故か数人の妖精を引き連れてそこに居るのだ。

 種を明かしてしまうと、銀月は咲夜の行動の優先順位を把握して行動を予測し、妖精達を食べ物で釣っているだけなのだが。

 それを聞いて妖夢は首をかしげた。


「欠点とかって無いんですか?」

「欠点ねぇ……少し部下に甘いのと、働きすぎるのが欠点かしら」

「働きすぎ、ですか?」

「ええ。だって、銀月が紅魔館に居る間に休んだところを見た者が居ないんですもの。私みたいに時を止めて休める訳でもないし、そこは少し心配ね」


 咲夜は少し困った表情で妖夢にそう話す。彼女は銀月が『限界を超える程度の能力』を使って少しの休憩で体力回復が出来るのを知ってはいるが、それがどれほどの効果があるのか分からないので心配になるのだった。

 実は銀月も咲夜が『時間を操る程度の能力』で時を止めて休憩しているのを知っているが、いつ休憩しているかが分からないので心配しているのは余談である。


「……随分と銀月のことを気にするな、妖夢? 何かあったのか?」


 二人が話していると、そこに将志が横から話しかけてきた。

 すると妖夢は、それに対して少し困惑した様子でそちらを向いた。


「あ、いえ、少し気になったもので、大した意味は無いんですけど……」

「……そんなに気になるか?」

「はい。何て言うか、銀月さんって欠点って言う欠点がない人ですね」

「そうでもないと思うけどね、俺は」


 将志と妖夢が話をしていると、横から銀月が口を挟んできた。

 どうやらお茶を配り終わったようである。

 そんな銀月に妖夢は声を掛けた。


「そうですか?」

「ああ。でないと、こんなものを付けられる事態になんてなったりしないよ」


 銀月は苦笑しながら、自分の首に付いている紐付きの赤い首輪を指で弾いた。

 それを見て、妖夢は首をかしげた。


「そう言えば、何で首輪なんて付いてるんです?」

「あー……ちょっとギルバートとの勝負に熱くなりすぎてね……それを諌められたのさ」

「そうなんですか?」

「ええ。普段は冷静なのに彼と一緒にいると何故か周りが見えなくなるのよね」


 確認するように問いかける妖夢に、咲夜はそう言って頷く。

 その返答を聞いて妖夢は不思議そうな表情を浮かべた。


「そうですか……勝負の時もずっと冷静だったので、少し意外です」

「本当にね。ギルバートの前だけではまるで子供みたいになるのよ」

「……否定できないのがつらいな」


 妖夢と咲夜の言葉に、銀月は少し苦い表情を浮かべた。

 そこに将志が横から話しかけてきた。


「……銀月。こちらももう仕上がるから、そろそろ料理を向こうに運べ」

「了解だよ、父さん」

「私も手伝うわよ」

「あ、私もお手伝いします」


 四人は大量の料理を他の四人が待つ部屋へと運んでいく。

 するとそこでは、霊夢達がお茶を飲んで待っていた。


「みんなお待たせ、料理が出来たよ」


 銀月達は次から次へと机の上に料理を並べていく。

 そのあまりの量に、幽々子を除いた三人は絶句してその場に固まった。


「……おい銀月。この量は何だ?」

「……父さん曰く、幽々子さんはこれぐらい食べるんだってさ」

「良くこんなに食べられるわね……」

「私は絶対に食べきれないな……」

「食費が怖いわね……」


 銀月達は揃って顔を蒼くしながら幽々子を見る。

 あの細い体のどこにこんな大量の料理が入るのか、それ以前に彼女は亡霊じゃなかったのか等という考えが頭の中をめぐる。

 そんな中、幽々子はその視線を気にせずににっこり笑って箸を取った。


「さあ、みんな揃ったことだしご飯にしましょう? 私もうお腹が好いて我慢できないわ」


 幽々子はそう言うと皿の上から手元にある小皿に次々と料理を取っていく。

 彼女の前には料理が取り分けられた小皿の群れが出来上がり、もの凄い量になっていた。

 そんな中、ふと幽々子は料理を取る箸の動きを止めた。


「あら? この料理、いつもと何か違うわね?」


 幽々子は大皿に盛られた料理を見ながら首をかしげる。

 その料理は味付けした鶏胸肉で大葉を包んだ料理で、何故か冷やしてあるのであった。

 そんな幽々子に将志が話しかけた。


「……その料理を作ったのは銀月だぞ? 弁当屋をしているからその手の料理は専門だ。味のほうは保障しよう」

「そう……じゃあ、いただきます」


 幽々子はそう言うと、銀月の作った料理に手を伸ばす。

 しかし、その料理がやけに減っているのに気づいて再び首をかしげた。


「あら……?」


 幽々子はそう言って料理を取りながら、その料理が減った原因を探し始めた。

 すると、霊夢の目の前にある皿にその料理が小山を作っていたのを発見した。


「……霊夢、そんなに焦って取らなくても料理はそうそう減らないって」

「良いじゃないの、私の好きなものを自由に取ったって」


 その横で銀月がその様子に呆れ顔を浮かべていた。

 それに対して、霊夢は美味しそうに料理を食べながら答える。

 それを聞いて、銀月はため息をついた。


「……だからって、そんなまとめて取らなくっても……」

「私の好物ばかり作っておいて何言ってるのよ。みんなで食べるんなら、先に無くなっちゃうかもしれないじゃない」

「これだけ量があればそう簡単には無くならないって。と言うか、良く俺が作った料理が分かったね?」

「そりゃあ、銀月の料理ですもの。毎日食べていれば分かるわ」


 霊夢はそう言いながら、料理を取っていく。

 彼女は正確に銀月が作った料理を選び抜いており、皿の大半を銀月の料理が占めていた。

 その様子を、幽々子はジッと眺めていた。


「ねえ、将志。銀月とあの子ってどんな関係なの?」

「……本人曰く、幼馴染兼味見役だそうだ。銀月と来たら、すっかり食事係になってしまっているな……」


 どうしてこうなったと言わんばかりに将志は頭を振った。

 それを聞いて、幽々子は少し考え込んだ。


「……と言うことは、もし私が彼女の立場だったら銀月は私のために料理を作るようになっていたかもしれないのね……」


 そう言いながら幽々子は鶏胸肉の大葉巻きを口に運ぶ。

 口の中では鶏肉とそれに絡められた甘辛いたれと大葉が絶妙な調和を生み出し、口の中に広がる。

 将志の料理を時々口にして舌が肥えている幽々子からしてみても、将志が味の保障をしたことに納得がいく味であった。

 それを飲み込むと、幽々子は恨めしげに将志を見やった。


「何で私に紹介してくれなかったのよぉ……」

「……初対面の相手を殺害しようとする者に、銀月を会わせられる訳がないだろう」


 幽々子に対して呆れ顔で将志はそう返す。

 現に、将志は初めて白玉楼を訪れた際に幽々子に殺害されそうになったことがあるのだ。

 親の心理として、そう言うところに行かせる訳にはいかないと思うのは当然のことである。


「……それはさておき、幽々子には今回の異変に関していろいろと話をしておきたいのだが、構わないか?」

「ええ、良いわよ。そのためのこの席ですもの」

「……正直なところ、今回の異変については少々重く見ざるを得ない。本来春になるべき時期に冬の寒さが伸びてしまっているせいで、農作物に影響が出始めている。これから農耕の神達に事情を説明して色々とやらねばならないことが出て来たからな」


 将志は深刻な声色で幽々子にそう告げる。

 それからは今回の異変の影響が既に出始めていることが伺えた。


「それで、私達は何をすればいいのかしら?」

「……今回の異変の関係者には、その神達の指示に従って農作物が正常に育つことが出来るようにしてもらう。そうでなければ、今年の冬を乗り切るのが非常に難しくなってしまうからな」

「そうねえ……まあ、仕方の無いことね」

「……それとは別に通常の異変の処置も取らせてもらうぞ。要するに宴会場の手配と言うわけだ」

「はいはい。そちらも任されたわよ」


 幽々子は将志の裁定を聞いて食事を続けながら返事をする。

 そんな幽々子に、将志は小さくため息をついた。


「……それにしても、相変わらず良く食べるな。いや、作った側としてはありがたいことなのだが」

「それは将志の料理が美味しいからよ。それに銀月の料理も美味しいし、ご飯が進むわ」


 幽々子は次から次へと料理を取りながら話をする。

 先程まで目の前に大量にあったはずの料理はいつの間にか消えており、空の小皿が鎮座していた。


「時に質問なんだけど、いいかしら?」

「……なんだ?」

「銀月はお弁当屋さんをしているのよね?」

「……そうだが?」

「じゃあ、何で紅魔館のメイドと仲が良いのかしら?」

「……む?」


 幽々子の質問に将志は銀月のいる方を向く。


「……やっぱり気持ち良いわね……」

「……はふ~……」


 するとそこには、微笑を浮かべて頭を撫でる咲夜と、頭を撫でられてとろけきった表情を浮かべている銀月が居た。

 銀月は見るからに気持ち良さそうに眼を細めていて、咲夜の手を完全に受け入れている。

 その様子はまるで顎の下をくすぐられて喉を鳴らす猫のようであった。

 それを見て、将志は唖然とした表情を浮かべた。


「……銀月……お前、それで良いのか……」

「で、何であんなに仲が良いのかしら? お弁当屋さんと紅魔館のメイドの接点が見当たらないのだけど」


 がっくりと肩を落とす将志に幽々子は質問を重ねる。

 それに対して、将志は深くため息をついて答える。


「……銀月は紅魔館で執事をしているのだ。その関係でメイドとも話をするのだろう」

「執事?」

「……ああ。そこの当主の妹の監視をさせながら、執事として働かせているのだ」


 将志は幽々子に銀月が働いている事情を話す。

 しかし、銀月が翠眼の悪魔であると言う事実は伏せた。何故なら銀月が翠眼の悪魔であると言うことは事件の当事者、つまり目撃者と一部の関係者だけの秘密であるからであった。

 それは不用意に情報を拡散して銀月に悪影響を及ぼすのを防ぐためである。

 そんな将志の言葉に、小さく幽々子は首をかしげた。


「あら、その妹には何か監視をしなければならない要素があるのかしら?」

「……大いにある。まず、能力が『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』と言う危険な能力を持っていることが一つ。それと精神的に幼く、ものをあまり知らないことがもう一つだ」


 将志は幽々子の質問にそう言って答える。

 それを聞いて、幽々子はスッと眼を細めた。


「……それはおかしいわね」


 鋭い眼で将志を見ながら、やや低い声で幽々子はそう言い放った。

 それに対して将志は小さく息を吐いた。


「……おかしい、とは?」

「ありえないのよ。だって将志、貴方は銀月を『死を操る程度の能力』を持つ私のところには行かせたくないって言ってたわよね? だと言うのに、それと同じくらい危険で、おまけに精神も未熟な相手のところには銀月を執事に出しているわ。これがおかしくないはず無いでしょう?」

「……銀月はその当主の妹と知り合いでな。その縁で執事をすることになったのだ」

「だから、それこそおかしいのよ。たったそれだけのために貴方が銀月をそんな危険な相手のところに行かせるとは思えない。大体、紅魔館ならば貴方の方が余程顔が利くはずよ。何でわざわざ銀月にさせるのかしら?」


 将志の説明に、幽々子は扇子を開いて口元を隠しながらそう言って更に切り込む。

 幽々子は将志のどんな些細な反応も見逃さないように、しっかりと観察をする。

 そんな彼女に対して、将志は眉一つ動かさずに答えた。


「……以前の紅霧異変の解決に銀月が関わっていてな。その当主の妹に銀月が気に入られたのだよ。気に入った相手と一緒にいることは彼女の精神の安定にも繋がる。そう判断して俺は銀月に任せたのだ」

「本当にそうかしら? 私としてはそれだけではない気がするわ。精神の安定にしたって、銀の霊峰を探せばもう一人くらい懐いてくれるかもしれないじゃない。そうね……どちらかと言えば、問題があるのは銀月の方ね。そうでないと、わざわざ銀月を指定する理由がないわ」


 幽々子は将志の言葉から推理して、自分の考えを口にする。

 それに対して、将志は全くの無反応を貫いて幽々子に付け入る隙を見せまいとする。

 その将志の態度に、幽々子は再び質問を重ねることにした。


「将志、もう一度訊くわよ。銀月は何者なのかしら?」

「……俺の息子で、人間だ」

「彼の能力は?」

「『限界を超える程度の能力』だ」

「何故拾ったのかしら?」

「……妖怪に襲われていてな、そこを助けたまでのことだ」


 将志は嘘をつかず、事実をぼやかして答える。何故なら嘘をつくと自分でも気がつかない癖が出るかもしれないからである。

 そんな彼の言葉に、幽々子は一言一句漏らすまいと耳を傾ける。

 そして幽々子は少し考えてからもう一つ質問をした。


「……いつ拾ったのかしら?」

「……何故、そんなことを訊く?」


 幽々子の質問に、将志はそう尋ねる。

 それに対して、幽々子は小さく息を吐いた。


「いいから答えてちょうだい」

「……十年近く前だ」


 そこまで聞くと、幽々子は眼を閉じて考え出した。

 将志の言葉をつなぎ合わせて、そこから推測される事実を導き出す。

 そしてしばらくすると、手にした扇子をパチッと閉じた。


「……将志、やはり銀月はただの人間ではないわね?」

「……何故そう思う?」

「簡単よ。貴方は人間の子供が妖怪に襲われていても絶対に助けないからよ」

「…………」


 幽々子の言葉に、将志は眼を閉じた。

 そう、将志は立場上絶対に妖怪に襲われている人間の子供を助けることが出来ないのだ。

 人間と妖怪、その双方を平等に扱わなければならない神。それが妖怪から神になった将志の立場である。

 黙したままの将志に、幽々子は話を続ける。


「そんな貴方が人間の子供を拾うと言うことは、その子供は人里なんかで拾われたわけでもなく、外で一人ただ迷っていたわけでもない。彼は将志が監視をしていなければならない存在だった。違うかしら?」

「……成程、確かにそうだ。銀月が普通の人間とは違うと言うことは認めよう。そうでなければ、俺はあいつを拾うことはなかった」

「更に言えば、紅魔館の当主の妹と言うことは吸血鬼よね? その監視を任せられるのほどの実力を持っていて、吸血鬼を相手にせざるを得なくて、十年くらい前に拾われた者……こんなことになるの、私には一つだけしか心当たりが無いのだけれど?」


 幽々子はそう言って将志に問いかける。その眼は自分の答えに確信を持ったものであり、鋭く将志を射抜いていた。

 将志はそれを見て、小さくため息をついた。


「……その件についてこの先話すことは少々待って欲しい。これを話すのであれば、紫とも相談せねばならんからな」


 将志は諦めたようなため息をついて、苦い表情で首を横に振った。

 自分の迂闊な発言から銀月の秘密を知られてしまったの事を悔やんでいるようであった。

 そんな将志に、幽々子は話しかけた。


「ところで将志、ものは相談なのだけど」

「……何だ?」

「たまにで良いから、銀月をここに連れて来てくれるかしら?」


 幽々子の言葉を聞いて、将志は怪訝な表情を浮かべた。

 将志からすれば、幽々子は今の問答で銀月がただの人間ではないこと、そして翠眼の悪魔であると言う事実に感づかれたかもしれないのだ。

 相手が何を望んでいるか分からない以上、将志にとっては警戒しなければならないのだ。


「……何をするつもりだ?」

「銀月には妖夢の相手をしてもらおうと思うのよ。あの子、どうやら銀月と色々と話をしたいみたいだから」


 少々の睨みを利かせて警戒心を見せる将志に、幽々子は苦笑いをしながらそう言った。

 それを聞いて、将志は警戒心を若干解いた。


「……そう言えば、以前話をした時も会いたがっていたな」

「ちょっと、妖夢には銀月の話をしていたの?」

「……ああ。幽々子には話さないように強く念を押してな」


 幽々子の質問に将志は何てことの無いようにそう言った。

 すると幽々子はよよよと泣きまねをしながら将志に訴え始めた。


「……本当に酷いわぁ……そんなに私に会わせたくなかったの?」

「……ああ、その通りだ」

「ぶーぶー」


 将志がニヤリと笑いながら質問に答えると、幽々子は膨れっ面をして抗議した。

 将志はそんな幽々子を無視して、銀月のいる方を見た。


「……ふにゃぁ……」

「ふふふ……本当に気持ち良さそうね」


 そこには咲夜に撫でられて気持ち良さそうに伸びている銀月の姿があった。

 銀月の頭は咲夜の膝の上にあり、時々起き上がろうと動くも力が入らずにその場に伸びる。

 咲夜は咲夜で銀月の触り心地の良い滑らかな髪を撫でるのが気持ちよくて、やめようとする気配が見られない。


「本当に気持ち良さそうですね……と言うか、銀月さん凄く綺麗な髪ですね……」


 そんな二人を見て、妖夢が興味津々と言った様子で銀月を眺めている。

 その視線の先には銀月の黒くつややかな髪。咲夜が銀月の頭を撫でるたびに、その髪がさらさらと流れていく。

 妖夢の視線に気がついて、咲夜は声を掛けた。


「何だったら、貴女も触ってみる?」

「え、良いんですか?」

「良いわよ。どうせ銀月はこの様子じゃ逃げたりはしないし、そもそも受け答えと行動が一致しないわ。乱暴しなければ問題ないわよ」

「えっとそれじゃあ失礼して……」


 妖夢はそう言って銀月の髪を触る。傷みのない見た目にも綺麗な髪は、妖夢の手に心地の良い感触を残していく。


「…………」


 妖夢は銀月の頭をしばらく無言で撫でつづける。その後、その手で自分の髪を撫でてみた。


「……私の髪よりも髪質が良いなんて……」


 妖夢はそう言うと、打ちひしがれたような表情で自分の髪と銀月の髪を交互に撫ではじめた。

 やはり一人の女として、男に髪で負けるのは流石にショックだったようである。


「……ん?」

「「あ」」


 そんな中、首についていた首輪の紐がくいくいと引かれて、銀月は現実に引き戻されて体を起こし、咲夜と妖夢の手はやり場をなくしてしまった。

 銀月が首輪の紐を引かれた方向を見ると、そこには銀月が作った料理を食べている霊夢が座っていた。

 その霊夢を見て、銀月は納得した表情を浮かべた。


「……ああ、ごめんごめん。そろそろお茶が欲しい頃だね。すぐに全員分持ってくるよ」

「察しが良いわね。頼んだわよ、銀月」


 霊夢は銀月の言葉に笑顔で答える。それを受け取ると、銀月は起き上がってお茶の準備をしに行った。


「……銀月……どうしてこうなった……」

「良いじゃないの、本人が満足してるんなら」


 そんな銀月を見て将志は頭を抱えてため息をつき、幽々子は横から口を出す。

 それを受けて、将志は幽々子にもう一度話を始めた。


「……で、銀月を呼ぶ目的は何だ? とても妖夢に関係することだけとは思えないのだが?」

「それは内緒よ。でも、真面目な話だってことは保障するわ」

「……お前が一番真面目なのは食に関することだと思うが?」


 思わせぶりな幽々子の発言に、将志はため息混じりにそう言った。

 すると、幽々子の眼がジト眼に変わった。


「……どういうことよ」

「……日頃の自らの言動を思い出してみるが良い」 

「……ぶ~」


 すっぱりと言い切る将志に、幽々子は再び膨れっ面を浮かべた。

 それを見ながら、将志は小さく息を吐いて口を開いた。


「……いずれにせよ、銀月単独でここに来させるという事は絶対にさせん。俺が同伴することが銀月がここに来る条件だ」

「ああ、それくらいなら構わないわよ。それじゃあ、今度から連れて来てね」

「……了解した」


 将志は小さくため息をついてそう頷くと、空の大皿を持って立ち上がった。

 それを見て、幽々子は首をかしげた。


「あら、どうしたのかしら?」

「……そろそろデザートがいるだろう?」


 将志がそう言うと、幽々子は嬉しそうに笑顔を浮かべた。


「ええ、それじゃあお願いするわ」

「……ふむ」


 幽々子の返答を聞くと、将志はデザートを取りにいった。


 その後いつの間にか全て空になっていた大皿を見て、異変を解決しに来たメンバーが唖然としていたのは言うまでもない。

 と言うわけで、幽々子様は本当に頭の良いお方。と言う話でした。

 何だかんだ言っても、幽々子は切れ者だと思うんですよね。

 ぼんやりと何も考えていないようなふりをして、実は既に分かっているから考えずにいるだけ、と言うのが私の幽々子のイメージですね。

 と言うわけで、将志の言葉の中から銀月の正体を見破ってもらいました。


 それから、銀月のキャラがどんどん大変なことになっていってる気がする……



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