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銀の槍のつらぬく道  作者: F1チェイサー
霊峰の槍と博麗の月
122/175

妖々夢:銀の月、一騎打ちをする

 結界を超えて、一行は先へと進んでいく。

 その先にあったのは、長い石段。

 前方からは桜の花びらが舞い落ちてきていて、目的地がこの先にあるということを確信させる。


「……なあ、霊夢」

「何よ?」

「あいつらは何をやってるんだ?」


 魔理沙はそう言いながら、自分の真下を見やる。


「はああああああああ!!」

「うおおおおおおおお!!」


 するとそこには、凄まじい勢いで階段を駆け上がっている男二人の姿があった。

 二人は自分の足で走っているというのに、空を飛んでいる霊夢達を追い抜きそうな速さで階段を上っていく。

 そんな二人を見て、霊夢は大きなため息をついた。


「……修行だそうよ。あの修行馬鹿、階段見た瞬間眼の色変えて走り出すんだもの」

「それにつられてギルも走ってるって訳か。本当に元気な奴らだぜ」


 二人とも呆れ顔で激走している男共を眺める。

 銀月とギルバートは一心不乱に階段を走り続ける。

 激走とも言えるそれを見て、隣で見ている咲夜が乾いた笑みを浮かべた。


「あれでばてたりしないって言うのが凄いわよね……」

「と言うか、銀月は人間で、ギルも人狼だけどあの状態だと人間と変わんないんだよな……」

「……時々人間とは何かを考えたくなるわ」


 女三人は男二人の体力を目の当たりにして、揃ってため息をついた。

 彼女達は男二人の行動についていけないようである。

 そしてふと咲夜が小さく息を吐いて辺りを見回した。


「それにしても、不気味なほど誰もいないわね……」

「それに何だか空気がピリピリしてるぜ」


 咲夜の言うとおり周りにはあれほど集まっていた妖精は全くおらず、魔理沙の言うとおりどこか張り詰めた空気が漂っていた。


「止まりなさい」


 そんな彼女たちの前に、そう言って立ちはだかるものが約一名。


「死者達の住まう白玉楼に生きた人間が来るとは……」


 白い髪に二本の日本刀を携えたその少女は、目の前の人間達を見てそう呟く。

 白玉楼の庭師、魂魄妖夢である。

 彼女を目の前にして、一行は立ち止まった。


「っと、どうやら門番のご登場の様だぜ」


 魔理沙は妖夢を見て、軽い口調でそう呟いた。

 それに対して、妖夢は睨むような視線を投げかけてくる。


「貴方達は入り口の結界が何であるのか分からなかったのですか? ここはかつて生きていた人間の住まう場所。呼ばれてもいない生きた人間が来るべきところではないんですよ?」

「そうは言っても、私達はこの先に用があるのよ。貴方達が奪った春、返してもらうわよ」

「そう言うわけには行きません。この程度の春ではまだ足りないんです。西行妖を満開にさせるためにはもっと春が必要なんです」


 咲夜の言葉に、妖夢はそう言って首を横に振る。

 その言葉を聞いて、階段から空へ戻ってきたギルバートが首をかしげた。


「西行妖? その言い方からすると、桜か何かか?」

「ええ。あの妖怪桜を満開にさせるためには普通の春では足りないんです。だから、貴方達が持っているなけなしの春を頂きます」


 妖夢はそう言いながら手にした長い刀、楼観剣を一行に向ける。

 それに対して、霊夢が不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「そう簡単に渡すわけないでしょ。あんたらが春を集めてくれたせいで下は寒くてしょうがないのよ。西行妖だか何だか知らないけど、春が必要なのは誰も一緒よ。独り占めはさせないわ」

「そんなことは百も承知です。だから、私は無理やりにでももらっていきます」


 妖夢はそう言って一行を睨む。その眼には、何が何でも目的を達成するという意思が見て取れた。

 それに対して、銀月は冷たい視線を向けながら小さくため息をつく。


「……冷静な判断とは言えないな。君は俺達五人を相手にしなければならない。見たところ、君の力じゃそれは厳しそうだけど?」

「……ええ、それも承知の上です。それでも、私はやらなければなりません。貴方も従者なら分かるでしょう?」


 銀月の言葉に、妖夢は苦い表情を浮かべてそう言った。

 その力強い口調は、不退転の構えであることを物語っていた。


「はぁ……少々気張りすぎでござるよ、妖夢殿」


 そんな中、妖夢の後ろからため息交じりの声が聞こえてきた。

 そこに居たのは、頭に鉢金を巻いて黒い戦装束に臙脂の胸当て、そして手には赤い柄の十字槍を握った少女であった。

 その姿を見て、銀月は首をかしげた。


「涼姉さん? 何でこんなところに?」

「拙者はただ花見に招待されて来ただけでござるよ。今回の異変には何の関係もないでござる」

「それじゃあ、何でここに出てきたのさ?」

「何やら騒がしかったので覗いてみたのでござるよ。まあ、こんな大人数で異変の解決に来るとは思わなかったでござるがな」


 涼は涼しい表情で銀月にそう告げる。

 どうやら本当にこの場にいるのは偶然のようであった。

 異変には気づいているようではあるが、特に解決に手を貸したりはしないつもりのようである。


「それで、どうするつもり? 関係ないんなら帰って欲しいんだけど」


 霊夢は涼を見ながら面倒くさそうにそう言い放つ。

 それを聞いて、涼は周囲を見回してため息をついた。


「それでも良いんでござるが、この数で押す構図はどうにも気に食わないんでござるよ」

「気に食わないって、どうするつもりなんだ?」


 涼の物言いに、魔理沙が首をかしげる。

 すると、涼は息を大きく吸い込んだ。


『動くな!!』


 涼が叫んだ瞬間、何かが固まるような音が聞こえた。

 それからしばらくして、一行はその場に起きた異変に気がついた。


「っ!?」

「か、体が動かない!?」

「どうなってるんだ!?」


 霊夢達は自分の体を動かそうとするも、微動だに出来ない。

 まるで自分の間接と言う間接が石膏か何かで固められたような感覚を覚えていた。

 困惑する一行に、涼は小さく息を吐いた。


「ちょっと拙者の能力で止まってもらったんでござるよ。最近変化したんでござるが、ちゃんと効くようでござるな」

「……何のつもりなのさ、姉さん」


 状況の説明をする涼に、銀月がそう問いかける。

 その視線は鋭いものであり、理由次第では敵とみなすと言う意思を見せている。

 そんな彼に対して、涼は小さく笑いかけた。


「拙者の能力は知っているでござろう、銀月殿? あれが少し変わって『一騎討ちをさせる程度の能力』になったんでござるよ」

「つまり、俺達に一騎討ちをしろってことか……」

「そう言うことでござる。最初くらいは正々堂々、一対一で勝負してやって欲しいでござるよ」


 大きくため息をつく銀月に、涼は清々しい笑みを浮かべてそう告げた。

 その彼女に、妖夢が怪訝な表情で涼に話しかけた。


「……涼さん、何でこんなことをしたんですか?」

「なあに、ちょっとばかりの老婆心と言うものでござる。今の妖夢殿は少々危うすぎるでござるからな」


 涼は微笑を浮かべながらそう話した。

 それを聞いて、妖夢は首をかしげた。


「危うい?」

「門番の先人としての忠告でござる。門番は常に背水の陣で戦うべからず。間違っても相討ち覚悟などしてはならんでござる」

「正確には、私は門番では無いんですけど……」

「そんなに変わらないでござるよ。一番の目的は何か、それだけを考えれば良いのでござる。門番の仕事は門を守ることではないのでござるからな」


 涼はそう言って、門番のあり方を説く。

 それを聞いて、妖夢の表情に疑問の色が浮かぶ。


「……どういうことですか?」

「話せば長くなるでござる。知りたければ後で教えるから、早く仕事を終わらせるが良いでござるよ」

「でも、良いんですか? 銀の霊峰は異変には特別な理由無しに関与しないんじゃ……」

「はて、拙者は銀の霊峰の一員として呼ばれた覚えはかけらも無いんでござるが?」


 妖夢の言葉に、涼はそう言っておどけたように笑った。

 それに対して妖夢は深く頭を下げた。


「……感謝します。それで、私はどうすればいいんです?」

「戦いたい相手を指定してもらえば、拙者はその者の拘束を解くでござる。妖夢殿は、誰との仕合をお望みかな?」


 涼がそう尋ねると、妖夢は固まっている五人を見渡した。

 そして、その内の一人に刀の切っ先を向けた。


「……銀月さんで、お願いします」

「……承知した」


 妖夢の言葉を聞くと、涼は銀月のほうを見て軽く念じた。

 すると、何かがはじけるような音が聞こえてきた。


「ん?」


 突然動くようになった体を銀月は不思議そうに動かす。 


「銀月殿、ご指名でござるぞ」


 そんな銀月に対して、涼はそう言って後ろに下がった。

 それを聞いて、銀月は小さくため息をついた。


「そうかい。それじゃ、ちょっと話をさせてもらってもいいかな? えっと……」

「申し遅れました、私は白玉楼に仕えさせていただいている魂魄 妖夢と申します。お話はかねがね伺っていますよ、槍ヶ岳 銀月さん」


 妖夢はそう言って銀月に話しかける。

 それに対して、銀月はゆっくりと首を振った。


「悪いけど、俺は槍ヶ岳の姓を名乗ってはいないんだ。銀月と呼んで貰えればそれでいいよ」

「何故です? 槍ヶ岳 将志さんの息子さんだと聞いていましたけど、違うんですか?」


 銀月の物言いに妖夢は不思議そうにそう尋ねた。

 それに対して、銀月は苦笑いを浮かべた。


「いいや、あってるよ。拾われた身だけど、俺は確かに槍ヶ岳 将志の息子さ。槍ヶ岳の姓を名乗らないのはただの意地さ。まあ、そんなことはどうでもいい。妖夢さんは何で俺を相手に指定したのかな?」

「私、貴方に興味があるんです」


 向けられた質問に、妖夢は相手の眼をしっかり見てそう言った。

 それを聞いて、銀月は意外そうな表情を浮かべた。

 初対面の相手に興味があるなどと言われるとは思っていなかったのだ。


「それはまた何で?」

「貴方は人間でありながら、将志さんの息子も同然に育てられました。将志さんは私達に貴方のことをよく話してくれました。貴方が修行熱心なこと、趣味にも一生懸命なこと、そして時々困ったことを仕出かすこととか、色々です」


 妖夢のその言葉を聞いて、銀月はがっくりと肩を落とした。

 自分のあずかり知らぬところで、親の口から自分のことを勝手に喋られているのだから当然の反応である。

 そして、額に手を当てて天を仰いでため息をついた。


「……父さん、何処まで話してるんだか……それで、それを聞いてどう思ったのさ?」

「私が持った印象はこうです。貴方と将志さんは良く似ている。その行動、思想、そう言うものがきっと将志さんと近い、けれども何かが違う人と言う印象を受けました」


 妖夢は銀月に対してそう評価を下す。

 それを聞いて、銀月は小さく頷いた。

 彼にしてみれば、魂のレベルで似ている二人なのである。行動や思考が似ているのはある意味当然のことである。

 そう納得して、銀月は妖夢に眼を向けた。


「……それで、結局何がしたいんだい?」

「私は貴方のことが知りたい。ただそれだけです」


 妖夢は見定めるような目で銀月を見ながらそう言った。

 それを受けて、銀月は困ったような笑みを浮かべてため息をついた。


「成程、単純に俺に興味があるだけか。どうやら父さんが話す俺はよっぽど魅力的みたいだな」

「私の師匠は言っていました。相手のことは斬ってみれば分かると。だから、私は貴方を斬って確かめます」


 妖夢はそう言うと、銀月に向かって手にした楼観剣を構えた。

 それを受けて、銀月は乾いた笑みを浮かべた。


「ははは……随分と物騒なことを言うね、君のお師匠様は。でもまあ、君はどの道俺と戦って春を集めないといけないんだろう?」

「……ええ。それでは始めるとしましょうか」

「ああ、ちょっと待ってくれ。少しやることがあるんでね」


 銀月はそう言うと、収納札から黒い布を取り出して自分の体を覆った。

 そしてその布が翻った瞬間、銀月の服装は真っ赤な執事服から真っ白な胴衣と袴に変わっていた。


「着替え、ですか」

「君が興味を持っているのは父さんの息子としての俺だろう? それなら、こっちの服装の方が素の自分で居られるのさ」


 妖夢が呟いた言葉に、銀月は鋼の槍を取り出して戦闘準備を整えながらそう言った。

 この着替えは紅魔館の執事としての自分よりも、銀月としての自分を出そうという気持ちの切り替えのためのものであった。


「そうですか。では、貴方のこと、試させてもらいます」


 その様子を見て、妖夢は油断なく銀月を見定めながらそう言った。

 それに対して、銀月も手にした槍を妖夢に向けて構える。


「言っておくけど、俺も一応銀の霊峰の門番だ。銀の霊峰の面目のためにも簡単に斬られてやるわけにはいかない。だから本気で行くよ」


 銀月は眼を閉じて、心を静めながらそう言った。

 未知の相手を前にして、自らの平常心を崩さないようにするための行為である。

 それを見て、妖夢は小さく深呼吸をして頷いた。


「受けて立ちます。妖怪が鍛えた楼観剣に、斬れぬものなど、あんまりない!」

「なら、その限界を超えてみせる!」


 そう言い合いながら、二人はお互いに突っ込んでいった。

 最初の一撃は小細工なしのぶつかり合い。

 まっすぐに突き出される銀月の槍に、袈裟斬りに振り下ろされる妖夢の刀。


「「……っ」」


 その瞬間、両者共に息を呑んだ。

 銀月の槍は妖夢の水月に刺さる寸前で止められており、妖夢の刀は銀月の肩口で寸止めされている。

 そのタイミングはほぼ同時であり、仮にお互いに振りぬいていれば間違いなく相打ちになっていたであろう状態であった。


「……技の速さは私の勝ちですね」

「……ああ、そうだね」


 妖夢はそう言って小さく微笑み、銀月は苦い表情を浮かべる。

 何故なら、最速で相手に届く突きの動作と、弧を描いて迫る袈裟斬りが同じ速度であったのだ。

 つまり、振るわれる速度は銀月の槍よりも妖夢の刀のほうが速いのだ。

 もし先程お互いに突きを放っていれば、妖夢の方が勝っていたことであろう。


「何故、寸止めしたんですか?」

「……最初の一太刀はそっちが寸止めをすると思っていたからさ。君の動き、思いっきり振りぬくようなものじゃなかったしね」

「そんなに分かるほど手心を加えたつもりはないんですけどね」

「でも分かるんだよ。俺の眼には君が手加減しようとしたのが良く見えたのさ。だから、俺はまっすぐ君に突き込んだのさ」


 怪訝な表情の妖夢に、銀月はそう言い返した。

 実際、銀月の眼には妖夢の動きが全て見えていた。

 人間の観察眼の限界を超えたそれは、妖夢が本気で振りぬくことは無いという確信を銀月に与えたのだ。

 その銀月の茶色い瞳を、妖夢はしっかりと見据えた。


「……嘘は言ってないんですね」

「ああ。嘘をついてもしょうがないだろう?」


 銀月は冷静に相手を見据えながらそう言い放つ。

 それを見て、妖夢は内心歯噛みした。

 その発言から、銀月は自分の動きから何をするかを読み取る力があることが分かったのだ。

 つまり、些細な動きを感知され、その行動の先を読まれてしまうのだ。


「そう言う君は、何で寸止めしたのさ?」

「将志さんから聞いた貴方の性格から考えて、最初の一撃は寸止めしてくると思ったんですよ。貴方は自分の強さに自信があって、更に女の人を傷つけることを嫌いますから」

「……なるほどね」


 妖夢の言葉を聞いて、銀月は頷いた。

 確かに妖夢が本気であったとして、妖夢が自分より振り遅れたときは寸止めをするつもりであった。

 つまり、初太刀で妖夢がどのレベルの相手なのかを正確に測ろうとしたのだ。

 そんな銀月に妖夢は小さくため息をつく。


「本気を出すと言ったのに甘いですね。そんなことでは私に斬られますよ?」

「……返す言葉も無いよ。どうやら俺は自分でも気づかないうちに慢心してたみたいだ。ふっ!」

「んっ!」


 銀月はそう言うと、槍を振るいながら素早く妖夢から距離を取る。

 それに対して、妖夢はその一撃を刀の鎬で上手く受け流して後ろに下がり、銀月に向けて刀を向ける。

 自らに刀を向ける妖夢に、銀月は槍を構える。

 そして眼を閉じ、小さく深呼吸をした。


「……ごめんよ、あんなことして。これじゃあ不満だろう?」

「ええ。今のでは貴方が少々女の人に優しすぎる事しか分かりませんから。今度はがっかりさせないでくださいね?」

「ああ、分かってるよ!」


 銀月はそう言うと妖夢との間合いを素早く詰めた。

 そしてその勢いのまま妖夢に槍を突きだした。


「はあっ!」

「っと!」


 妖夢はその攻撃を横にステップを踏むことで躱す。

 そしてそのまま銀月の裏に回りこみ、楼観剣を振るおうとする。


「そりゃっ!」

「くっ!?」


 しかし銀月はそこから素早く手首を返し、頭の上で槍を回転させるように振るった。

 全方位に振るわれるそれに、妖夢は後退を余儀なくされる。

 そこに向かって間合いを詰め、銀月は上から叩きつけるように槍を振り下ろした。


「そらぁ!」

「甘いです!」


 しかし妖夢はその動きに合わせるように刀を滑らせて横に捌き、返す刀で下から銀月に斬り上げた。


「ちぃ!」


 それを銀月は槍の重量と勢いを利用して前に回転しながら避ける。

 銀月の眼と鼻の先を鋭く光る刃が音も無く、そして素早く通り過ぎていった。

 そのまま沈み込むように下に移動し、間合いを取りながら妖夢の正面に戻ってくる。


「……やるね。間合いではこっちが勝っているはずなのにな」

「槍相手は慣れていますから。将志さんや涼さんに稽古をつけてもらっているのは貴方だけではないんですよ?」


 銀月の呟きに妖夢はそう答えた。

 白玉楼には以前からの縁で将志や涼が良く出入りしている。

 その際に、妖夢は稽古をつけてもらっていたのだ。

 それを聞いて銀月は小さくため息をついた。


「……成程ね。つまりこちらの手の内は大体ばれているわけだ」


 銀月はそう言うと、鋼の槍を右手に持ち替えて左手に収納札から蒼白い槍を取り出した。

 その槍を見て、妖夢は身構える。


「二本目の槍……?」

「……流石にこの型は見たことが無いみたいだね。父さんも涼姉さんも使わないし」

「そうですね。槍二本を同時に扱う型は初めて見ました。貴方の我流ですか?」

「基本はそうだね。けどまあ、父さんの監修も入ってるから完全に我流って訳でもないかな」


 銀月は片手で軽々とそれぞれの槍を慣らすように振り回す。

 その淀みなく自然な動きから、銀月が普段から片手で槍を扱う修練を積んでいることが分かる。

 それを見て、妖夢は小さく息を吐いて呼吸を整えた。


「……その歳で複数の型を持つなんて、貴方はどれほどの修行を積んできたんですか?」

「……さあね、修行を積んだ時間なんて数えてないよ」


 妖夢の質問に銀月はそう言って答える。

 そして、その二つの槍を妖夢に向けて構えた。


「……行くよ」

「……ええ!」


 二人はそう言い合うと、お互いに勢い良く接近していく。

 そして、中央で激しくぶつかり合った。


「はあっ!」


 銀月は左手に持った軽いミスリル銀の槍で相手をかき乱しながら、右手の鋼の槍で攻撃していく。

 連続攻撃の間に差し込まれる重い一撃は、相手の防御を突き崩そうとして迫ってくる。


「やっ!」


 一方の妖夢は手にした楼観剣を巧みに操って銀月に攻め込んでいく。

 流水のように滑らかな太刀筋は銀月の攻撃を受け流し、その間に攻撃を挟んでいく。


「そらっ!」


 その妖夢の攻撃に対して銀月は左手の槍を器用に使って躱し、右手の槍で攻撃する。

 舞い踊るように動きながら、妖夢が避けづらい部分から次々と攻め込んでいく。

 軽やかな音と共に蒼白い線が風を切り、煌めく銀の線が空気を振るわせる。


「ふっ!」


 すると妖夢はそれに上手く合わせて動き、銀月の攻撃を捌く。

 そして、相手がもう片方の槍で攻めてくる前にこちらから素早く仕掛けていく。

 白く光る刃が鋭い音を立てて振るわれ、宙に幾重にも太刀筋を刻む。


 二本の槍を操って手数で攻める銀月と、両手で一本の刀を操って速度で攻める妖夢。

 その両者の刃がぶつかる度に甲高い音が響き、連続するその音がその激しいせめぎ合いを周囲に伝えた。


(……攻め切れないな)


 そんな中、銀月はこの状況下で考える。

 自分の攻撃を、妖夢は軸をずらして避けながらこちらに飛び込んでくることで自分が攻勢に出ようとしている。

 つまり、槍の間合いではなく刀の間合いに持っていこうとしているのだ。

 それに対して、銀月は踏み込んでくる妖夢と自分の間合いで戦うために引きながら戦っている。

 この状態では、銀月の攻撃の勢いは殺がれる上に妖夢の攻撃の勢いが増してしまう。

 このままでは自分がどんどん不利になっていく、銀月はそう考えた。


「はあああ!」


 銀月の攻撃を捌きながら、妖夢は果敢に銀月に攻め込んでいく。

 彼女も現在の状況が自分に有利に働いていることは分かっている。

 だからこそ、このまま一気に畳み掛けてしまおうと激しく攻め立てているのだ。

 今のところ銀月はそれを捌ききっているが、このままでは攻めきられるのも時間の問題である。


(……そろそろか)


 そんな妖夢を見て、銀月は一気に妖夢に踏み込んだ。

 槍の間合いを捨て、刀の間合いの更に奥へと踏み込んでいく。

 それと同時に右手の鋼の槍を札に戻し、霊力を通して強固な武器へと変貌したそれを妖夢に繰り出した。


「ふっ!」

「……そこです!」

「なっ!?」


 しかし銀月の札が届く寸前、妖夢はそれを待っていたかのように体を後ろに引いた。

 妖夢の鼻先を、銀色に光る札が音もなく通り過ぎていく。

 そして妖夢は即座に楼観剣を左手に持ち替え、右手で短い白楼剣を驚愕に眼を見開く銀月に向けて素早く抜き放った。


「くぅっ!?」


 銀月は体をひねり、肩越しに蒼白い槍でその一閃を受け止めた。

 無理な体勢で受け止めたせいで、銀月の体が悲鳴を上げる。

 そして苦痛に顔を歪めながら体を反転させ、右手の札を妖夢に投げつけた。


「おっと!」


 その一撃を妖夢は楼観剣で受け、後ろに後退する。

 両者は間合いを取ると、お互いに大きく息をついた。


「いたた……これはやられたな……」


 銀月は先程の行動で痛めた左肩と背中を気にしながら苦い表情を浮かべる。

 銀月としては槍をメインにして戦い、その間合いになれたところで札でしとめる算段だったのだ。

 しかし、妖夢はそれを狙って待っていたのだ。

 その結果不意を打つつもりが逆に不意を打たれる形になり、ダメージを追うことになってしまった。


「……しとめられませんでしたか」


 一方、妖夢も苦い表情を浮かべていた。

 将志から聞いた話で、銀月が札を使った超接近戦をこなせるのを知っていた。

 だからこそ銀月の槍から札への素早い切り替えにも対応でき、絶好の機会を得ることが出来たのだ。

 しかし、銀月は強引ではあるが防ぎきったのだ。

 防御の硬い銀月が見せた隙を捉えられなかったのは、妖夢にとって手痛いことであった。


「……危ないな。君、俺が札に持ち替えるのを狙ってたな?」

「ええ。結局防ぎきられてしまいましたが」


 二人はそう言うと、静かに相手の動きを伺う。

 すると、妖夢が口を開いた。


「それにしても、随分と泥臭い戦い方をしますね。将志さんは凄く洗練されているのに……」


 妖夢はそう言って銀月に疑問をぶつける。

 将志に教えを受けているのだから、銀月の戦い方も洗練されたものだと思っていたのだ。

 それを聞いて、銀月は天を仰いだ。


「父さんが洗練されている……まあ、父さんはそうだろうね。けどね、俺が父さんから一番に教わったのは泥臭さだよ」

「そうなんですか?」

「何かを守るため……例えば、自分の命だったり家族だったり……それを守るために、洗練されたものである必要はない。それよりは多少泥臭くっても大切なものを守れるようになれ。これが父さんに教わったことだ」


 銀月は言葉をかみ締めるようにしてそう言った。

 将志や銀月にとって、戦うことは目的ではなく手段である。

 よって、彼らにとって戦いの内容と言うのはそこまで重要ではなく、その目的を果たすことが出来ればそれで良いのだ。

 それを聞いて、妖夢は小さく頷いた。


「そうですか……でも、その割には正々堂々と戦いますね?」

「そりゃあ、卑怯な手段を使う必要がないからさ。それに、正々堂々戦った方が気持ち良いだろう?」


 首をかしげる妖夢に、銀月はそう言って返す。

 その表情は薄く笑みを浮かべており、何処となく楽しげであった。

 そんな銀月を見て、妖夢も笑い返した。


「ふふっ……貴方のことは大体わかりました。変な人ですね」

「……まあ、普通じゃないのは自覚してるよ」


 妖夢の言葉に、銀月の表情が苦笑いに変わる。

 それに対して、妖夢は笑顔のまま首を横に振った。


「でも、嫌いじゃないです」

「ああ、それは良かった」


 二人はそう言い合うと、お互いの眼を見つめる。

 そして、手にした武器を相手に向けた。


「それじゃあ、正々堂々戦おうか!」

「望むところです!」


 そう言い合うと、再び激しい戦いが始まった。

 銀月は二本の槍と札を駆使して、間合いを遠くに取ったり懐に飛び込んだりして相手をかく乱し、槍による重い一撃と札による素早い連続攻撃で攻め込んでいく。

 一方で妖夢は楼観剣と白楼剣を手に持ち、銀月の急激な間合いの変化に対応し、自分の間合いを掴んでは攻め込んでいく。

 銀月が人間離れした観察眼で妖夢の動きを予測して動くと、妖夢はそれを上回る速度で行動に移す。

 お互いに切り結ぶたびに速度を増していき、どんどん手数が増えていく。

 二人の間では銀色に光る刃が次々と翻り、ぶつかり合っては音を奏でていく。

 両者共に一歩も引かず、ひたすらにせめぎ合う。


「せやっ!」


 そんな中、銀月は鋼の槍を両手で持って突き出した。

 戦いの最中、無心で繰り出したそれは妖夢に向かってまっすぐ伸びていく。


「ふっ!」


 妖夢はそれを払いのけるべく、白楼剣を横に動かす。


「えっ!?」


 しかし鋼の槍を払いのけるはずだったそれは、あろう事か槍をすり抜けてしまった。

 軌道の変わらない槍は、そのまま妖夢に突き刺さった。


「がふっ!?」


 槍の一撃を受けて、妖夢はその場に膝を突き、苦しそうに蹲った。

 槍には刺さらないように術が掛けてあったが、それでもかなりの衝撃を受けたようである。


「……何だ、今の……?」


 そんな妖夢を、銀月は唖然とした様子で眺めていた。

 目の前で起きた現象を自分が起こしたであろう事は理解していた。

 しかし、その技は涼はおろか、将志からも教わった覚えのないものであった。

 銀月は全く知らないはずのその技を、体が勝手に動いて繰り出したように感じたのだ。


「……勝負あり、でござるな」


 そんな中、勝負の行方を見守っていた涼が横から声をかけた。

 それと同時に、辺りからいっせいに何かがはじける音が聞こえてきた。


「お、動ける?」

「ようやく終わったのね……」

「う~ん、体が固まっちゃったわ……」

「ずっと同じ体勢ってきついぜ……」


 涼の能力から開放されて、捕まっていた四人が口々にそう言った。


「っと、みんな開放されたみたいだな」


 そんな四人に気がつき、銀月は立ち直ってそちらに向かった。

 その一方で、ゆっくりと体を起こしている妖夢のところに涼が向かっていた。


「うう……」

「残念だったでござるな。でも良い勝負だったでござるよ」

「……負けたら意味が無いじゃないですか。春度は手に入りませんでしたし、このままでは中に入られて……」


 妖夢は暗い表情でそう呟く。

 しかし、それに対して涼はため息でもって返した。


「全く問題ないではござらぬか。重要なのはまだ妖夢殿が動けるということでござるよ」

「涼さん?」


 涼の言葉に妖夢は首をかしげる。

 そんな彼女の肩をつかむと、涼は真剣な表情で妖夢の眼を覗き込んだ。


「妖夢殿。門番にとって一番大事なことは門の中に敵を入れないことではなく、たとえどんなことがあっても生き延びて主人を守ることでござるよ。門を守るのは、その手段の一つに過ぎないのでござる。さあ、何をすれば良いか分かるでござるな?」

「……はい」


 妖夢はそう言うと、門をくぐって白玉楼の敷地内に入っていった。

 それを見て、涼は一つため息をついた。


「……気の毒でござるが妖夢殿、お主はまだまだ未熟でござるな」


 涼はそう呟くと、銀の霊峰へと帰っていった。





 しばらくして動けなかった四人が体勢を立て直すと、一行は白玉楼の敷地へと入っていった。

 敷地内は沢山の桜が咲いていて、すっかり春の様相を呈していた。


「やっぱりここに春が集められているようね」


 周囲の桜を眺めながら、咲夜はそう言った。

 それに対して、銀月は頷いた。


「そうだね。じゃないとここだけ春になっている理由が付かない」

「なら、話は早いわね。早く首謀者を探し出してとっちめましょ」


 銀月の言葉を聞いて、霊夢は少し気合を入れてそう言った。

 どうやらさっさと終わらせて花見がしたいようである。


「にしても、その首謀者は何処にいるんだ? こうも広いと探すのが大変だぜ」


 広い敷地内を見回しながら、魔理沙はそう呟く。

 すると、ギルバートが何かを見つけたようで声を上げた。


「おい、あそこに誰かいるぜ」


 ギルバートの声を聞いて、一行はそちらに向かうことにした。

 そこには三つの人影があり、一つは地面に倒れ付しているようであった。

 その異様な光景に、一行の間に緊張が走った。


「……なあ、あれどうなってるんだ?」

「さあ……なんだろうな?」


 魔理沙とギルバートはそう言って顔を見合わせる。

 するとその横で銀月が口を開いた。


「……行ってみよう。とにもかくにも近くまで行って様子を見ないと」

「そうね。ひょっとしたらあそこに首謀者がいるかもしれないしね」


 銀月と咲夜の意見を全員受け入れて、一行はそちらに近づくことにした。

 段々と近くなっていく人影。


「「「「「え……?」」」」」


 それが誰か分かったとき、全員固まった。

 見ると、地面に倒れているのは先程銀月と戦いを繰り広げていた少女。気を失っているようで、動く気配が無い。

 もう一つは、桜の花模様の入った水色の服を着ている桃色の髪の少女。

 彼女は正座しており、目の前の三つ目の人影をじっと眺めている。


 そして、三つ目の人影は桃色の髪の少女に銀色の槍を向けた、小豆色の胴衣と紺色の袴を着た銀髪の青年であった。

 その人影を見て、銀月は呆然とした。


「……父さん?」


 銀月の声から気の抜けた声が漏れ出す。


「……遅かったじゃないか……」


 それを聞いて、将志は一行に向かってニヤリと笑みを浮かべた。




 ……と言うわけで、今回は銀月VS妖夢でした。

 立会人に涼を立たせて一騎打ちをさせるのは最初から決まっていました。

 後はどういう展開にするかで少し迷いましたね。


 ……何と言うかこの二人、「強敵」と書いて「友」と呼ぶ関係になりそうだ……


 ついでに、伏線も一個ぶっこんでおきました。

 読めば分かりますが、銀月に関する伏線ですね。


 さて、最後に将志が出てきてどうなるか。

 それは次回をお待ちください。



 それから、改訂情報です。

 これまで改訂してきて、新しく書き足した部分があるので、そこの報告です。


 銀の槍、旅に出る……将志が復活した頃の永琳の話を追加。具体的には将志復活の理由。

 銀の槍、本気を出す……将志と永琳の夜の会話を追加。

 銀の槍、検証する……将志と紫による銀月の考察の追加。


 この他にも全体的に改訂しており、特に序盤などは前と比べると少し話が変わっております。

 お時間とご興味のある方は、一度読み直してみると面白いかもしれません。


 では、また次回に会いましょう。

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