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銀の槍、チャーハンを作る

「……む……」


 旅を続けてさらに幾年、その日の休憩所に使っている洞窟の中で、将志は中華鍋を前にして唸っていた。

 中華鍋の中には米の代用品の穀物を使った見事な試作品の黄金チャーハンが出来上がっていた。

 しかし、それを作り出した将志の顔は難しい表情だった。


「お兄様? どうかしたんですの?」


 中華鍋を前にして腕を組んでにらみを利かせる将志に、六花が話しかける。

 それを受けて、将志は六花に対して無言で目の前の黄金チャーハンを乗せたレンゲを差し出す。


「…………お兄様?」

「……食べてみろ」


 しかし、六花は少しあきれたような表情を浮かべて首を横に振った。


「違いますわ、お兄様。そういう時は、あ~んってするのですわ」


 子供に教えるような優しい口調で、六花は将志にそう言った。

 その言葉を聞いて、将志はあごに手を当てて首をかしげた。


「……いつも疑問に思うのだが、そういうものなのか?」

「そういうものですわ」


 将志の質問に六花は即答した。

 それを聞くと、将志は一つため息をついて再びレンゲを差し出す。


「……あ~……」


 将志はレンゲを差し出しながらそう声を出した。

 ちなみにこの男、これがどんな行動だか欠片も分かっていない。


「あ~ん♪」


 それを見て、六花は大層嬉しそうに笑ってレンゲの上のチャーハンを食べた。

 口の中でパラリと解け、程よい塩味と深い味わいが口の中に広がった。


「……お兄様、この黄金チャーハンちゃんとおいしいですわよ? 何を悩んでいるんですの?」

「……このチャーハン、火の通りが少し甘い。今使っている火では弱い」

「そうなんですの?」

「……ああ」


 将志はそう言うと再び腕を組んで唸り始めた。

 どうやら将志にとっては深刻な問題らしく、眉間にしわがよっていた。

 すると、そこに鈴の音のような澄んだ声が聞こえてきた。


「あ♪ 将志くん、チャーハン作ったんだ♪ ねえねえ、僕にもくれないかな?」


 愛梨は瑠璃色の瞳をキラキラと輝かせて将志にそう尋ねた。


「……良いぞ」


 将志はそういうと、レンゲでチャーハンをすくって愛梨に差し出した。


「……あ~……」


 ……この声付きで。


「あ、あ~ん♪」


 突然の将志の行動に一瞬戸惑ったが、愛梨はすぐに持ち直してチャーハンを食べた。

 しかしその白い頬は赤く染まっており、左眼の下の赤い涙のペイントが目立たなくなっていた。


「……どうだ?」

「え~っと……おいしいんだけど、前に将志くんが作ってたチャーハンはもっとおいしかった気がするよ♪」


 将志が感想を訊くと、愛梨は素直にそう答えた。


「……やはりな……」


 それを受けて、将志は再び考え込んだ。

 愛梨の舌は長年将志の料理を食べ続けてきたせいでかなり肥えており、将志にとっては重要な判断基準になりえる。

 それが以前よりも今のものの味が劣っていると言うのだから、自分の思い違いではないということが分かったのだ。

 そんな二人に、六花が首をかしげた。


「お兄様のチャーハンって、これよりもおいしいんですの?」

「うん♪ びっくりするほどおいしいよ♪ あんなチャーハンまた食べたいな♪」


 愛梨はうっとりとした表情で将志が以前作っていたチャーハンに思いを馳せた。

 六花はその様子を羨ましそうに見つめた。


「……食べてみたいですわ、そのチャーハン……」

「……だが、さっきも言ったとおりそのチャーハンを作るには火力が足りない。何らかの方法で火力を補わなければ最高の味は出せん」

「妖力で炎は出せないんですの?」


 悩む将志に、六花はそう提案した。

 しかし、将志も愛梨も首を横に振った。


「……炎を出しながら料理をするのは難しい。それに、俺はそういった妖力の使い方は苦手だ」

「きゃはは……残念ながら、僕もあんまり得意じゃないんだよね……失敗すると、鍋が溶けちゃうんだ♪」

「うっ……お二人のどちらかが出来るかと思ってましたのに……」


 それから三人はしばらくの間なにか良い方法がないか考えていたが、なかなか良い案が出てこない。

 結局考えはまとまらず、三人はとりあえずの行き先を決めて歩き出そうとした。

 すると、目の前にあるものを見つけて一行は止まった。


「……使えそうか?」

「うまくいけば使えるかもね♪」

「少なくとも私達が火をおこすよりは良いと思いますわよ?」


 三人の目の前にあるのは、もくもくと噴煙を上げる活火山だった。

 どうやら、溶岩を火の代わりに使おうという算段のようだ。


「……行くか」

「うん♪」

「行きましょう」


 こうして、何も具体的なことを言わずとも即座に次の行動が決まるのだった。

 




「……ふっ、はっ」


 将志は跳ぶようにして火山を登っていく。

 妖怪の中でもずば抜けた脚力を持つ将志は、あたりの景色を次々と置いてきぼりにしていく。


「うわぁ~、相変わらず速いね、将志くん♪」

「ちょっとお兄様! あんまり置いてかないで欲しいですわ!」


 その後ろからボールに乗って飛んでくる愛梨と、普通に空を飛ぶ六花が追いかけてくる。

 しかし将志の足は速く、どんどんと差がついていく。

 風を切る音が激しくて、将志の耳に六花の声が届いていないようであった。


「聞こえてないみたいだね♪ 六花ちゃん、少し僕に掴まっててくれるかい?」

「え? ええ、分かりましたわ」


 六花が愛梨に掴まると、愛梨は六花を自分が乗っているボールの上に乗せた。


「よ~し、それじゃあ、いっくよ~♪」

「え、きゃああああああああ!?」


 愛梨はそういうと、乗っているボールを地面に落とした。

 突然の落下する感覚に六花は愛梨にしがみつく。


「せーの、それっ♪」


 そして着地する瞬間、愛梨はボールに溜めていた妖力を爆発させた。

 その勢いで、ボールはものすごい勢いで上に登って行く。


「いやああああああああああ!?」


 今まで体験したことのない速度に、六花は悲鳴を上げる。

 愛梨はそれを敢えて無視して、同じ行動を何回も繰り返した。

 その結果、愛梨達は将志に追いつかんばかりの速度で山を登っていった。


 


「……この辺りか」

「キャハハ☆ 着いたよ、六花ちゃん♪」

「や、やっと着きましたわ……」


 将志達は火口に着くと、料理に使えそうな溶岩が無いか捜索を始めた。

 ただし、フラフラの状態の六花はしばらくの間休憩を取ることになった。


「……六花に何をした?」

「ちょっとね♪ 六花ちゃんを乗せて全速力出したから♪」


 将志は愛梨と一緒に溶岩を探す。

 しかしどれもこれも冷えていて、目的を達成できそうなものは無かった。


「……無いな」

「……そうだね……」


 二人は場所を変えながら使えそうな溶岩を探していく。

 そんな中、突然地面が揺れ始めた。


「わわわ、これはひょっとするかな?」

「……来る」


 将志達が身構えたその時、轟音を響かせて火山が大爆発を起こした。

 轟音と共に溶岩が空高く吹き上がり、黒い煙が空を覆う。


「うわぁ、噴火した」

「……一度退くぞ!」


 将志はとっさに愛梨を抱えて走り出した。

 空から降ってくる火山弾を躱しながら、将志は六花のところまで一気に駆け抜ける。


「お兄様、どうしますの!?」

「……一度安全なところまで退避して、それからもう一度探す。とにかく今は逃げるぞ」

「わかりましたわ!」


 三人揃って、一度安全なところまで下山し、活動が沈静化するのを待つ。

 しばらくすると揺れも収まり、火山の活動も穏やかになってきた。


「……そろそろ大丈夫か?」


 将志はそう言いながら山の頂上を見る。

 頂上では勢いよく吹き上がっていた溶岩もなりを潜め、噴煙も少なくなっていた。


「大丈夫そうだね♪ 行ってみよう♪」

「そうですわね」

「……行くか」


 三人はそう言うと、再び火口を目指すことにした。


「……っと、その前に将志くん♪」

「……何だ?」


 突然声をかけられ、将志は愛梨のほうを向いた。

 愛梨は人差し指を立て、口元に当てて、


「君は走ると僕達を置いてっちゃうから、僕より前に行っちゃダメだよ♪」


 と、将志に注意した。


「……む」


 全力で山を駆け上って鍛錬をしようとしていた将志は、どこと無く不満げな顔で頷いた。






「……これは……」

「真っ赤だね♪」

「これなら大丈夫そうですわね」


 火口に行ってみると、先ほどの噴火によって飛ばされてきた赤い溶岩がところどころに落ちていた。

 その周囲は、都合がいいことに歩いて近づける場所が沢山あった。


「……始めるか」


 将志はおもむろに調理道具を広げ、料理を始めた。

 中華鍋に油を引いて溶き卵を流し込み、それが固まる前にあらかじめ炊いた米をいれてサッと絡める。

 その中にほかの具材を投下し、溶岩の強火ですばやく炒める。


「……完成だ」


 将志はそう言って出来たチャーハンを皿に盛って、一人一皿ずつ配った。


「わ~い♪ いただきます♪」

「それじゃあ、いただきますわね」

「……ああ」


 三人はそう言ってそれぞれにチャーハンを口に運んだ。

 すると、その場に一気に笑顔の花が咲いた。


「ん~♪ これこれ♪ これが将志くんのチャーハンだよね♪」

「っ! この前のとは段違いに、本当に驚くほどおいしいですわ!」

「おおおお、俺こんなにうまい飯初めてだああああああ!!」

「……そうか」


 感想を聞いて、将志は薄く笑顔を浮かべて頷いた。


「「…………」」


 その一方で、愛梨と六花は口にレンゲをくわえた状態で固まっている。


「うおーっ、うめええええええ!! 兄ちゃんお替り!!」


 そんな中、幼い少女が叫ぶようにそう言いながら将志に皿を差し出した。

 将志はそれを見て立ち上がる。


「……了承した」

「「ちょっと待ったあああああああ!!」」


 何の疑いも持たずにお替りをよそおうとしている将志に、二人が待ったをかけた。

 将志は訳が分からないといった表情で二人を見た。


「……どうした?」

「どうしたもこうしたもありませんわ! どうみても一人増えてますわよ!?」


 将志は慌てふためく六花にそう言われて、辺りを見回した。


「お~い、兄ちゃ~ん。お替りまだか~?」


 お替りを催促する声を聞いてそっちを向くと、そこには炎のように赤い髪をくるぶしまで伸ばし、真っ赤なワンピースを着た小さな少女が立っていた。

 少女は空の皿を両手で持って、オレンジ色の瞳でじ~っと将志の事を見ていた。


「……誰だ?」

「いやいや、最初の時点で気付こうよ!? ていうか前にもあったよね、こんなこと!?」


 キョトンとした表情を向けてくる将志の一言に愛梨が全力でツッコミを入れる。

 それに対して、将志はただ首を傾げるばかりだった。


「おうおう、俺が誰かって? 俺は炎の妖精、アグナ様よ! 分かったか!? 分かったな、良し!!」


 アグナと名乗る少女はそう言うとえっへん、と胸を張った。

 よく見ると、足元からは炎が噴き出していて、少女が言っていることが本当であるっぽいことが分かる。


「……炎の妖精?」

「おうよ! 『熱と光を操る程度の能力』でちょっとした暖房代わりから森を一瞬で焼き尽くす炎まで、何でもござれよ! そんなことよりお替りだ!!」


 アグナはそう言いながら小さな体で一生懸命伸びをしながら将志に皿を渡そうとする。

 その声に、将志は中華鍋の中を覗き込んだ。そこにはもう米粒が数えるほどしか残っていなかった。


「……すまん、もう鍋が空だ。お替りがない」


 将志が鍋の中を確認してそういうと、アグナはカッと眼を見開いた。


「そんなわけあるか! あると思えばそこにあるんだ、あきらめるのはまだ早いだろ! もっと熱くなれよおおおおおおお!!!」

「……うおっ!?」


 アグナはそう叫ぶと、足元から巨大な火柱を噴き上げた。

 将志は即座にその場から退避した。


「……俺の分ならあるが……」


 将志がそう呟くと、アグナは火柱をあげるのをピタッと止めた。


「本当か!?」


 身を乗り出すようにして将志に詰め寄るアグナ。

 それを見て、将志はさらに声をかける。


「……いるか?」

「いる!!」


 瞳をキラキラと輝かせながらアグナは将志に元気よく返事をした。

 将志は自分の皿を手に取ると、レンゲでチャーハンをすくってアグナに差し出した。


「……あ~……」


 ……やっぱりこの声付きで。


「ふおおおっ!? 何だこれは、俺をナンパしてるのか!? むむむ、俺に目をつけるとは見所がある、しかも初対面でこの度胸、うん、気に入ったぞ、兄ちゃん!!」


 アグナは顔を真っ赤にしてそう一息でまくし立てると、将志のレンゲを差し出す手をがしっと小さな両手で握った。


「じゃあ、ありがたくいただくぞ! はむっ♪」


 アグナは将志の両手をしっかりと掴んだまま、差し出されたレンゲに食いついた。

 小さなアグナが将志のレンゲを小さな口でほお張るその姿は、えさを食べている小動物を連想させた。


「「(あっ、かわいい……)」」


 その姿をどうやら二人の見物客は気に入ったらしかった。

 アグナは頬いっぱいにチャーハンを頬張り、ニコニコと笑いながらもごもごと口を動かす。


「むぐむぐ……んっく、よし次だ!!」

「……あ~……」

「はむっ♪」


 将志はアグナにチャーハンをどんどん食べさせていく。

 アグナは満面の笑みを浮かべてどんどん食べる。

 なお、チャーハンを口に運ぶたびにアグナは将志の手が逃げないように両手で捕まえている。

 その様子を、残る二人はジッと見ていた。


「ねえねえ、そういえば将志くんがあ~んってやってるのはどうしてなのかな♪」

「……む? そういうものではなかったのか?」


 愛梨の質問に将志はアグナに食べさせながら首をかしげた。

 それを聞いて、愛梨は苦笑いを浮かべた。


「ちょっと違うと思うよ♪」

「……六花はそういうものだと言っていたが?」

「……六花ちゃん?」


 将志の言葉を聞いて、愛梨は六花のほうを向いた。

 その笑顔にはかなりの威圧感があり、見ていると気おされそうになる。


「ちょ、ちょっとしたお茶目でしたの、オホホホホホ……」


 そんな愛梨の視線に六花は眼をそらし、乾いた笑みを浮かべながらそういった。

 それを聞いて、愛梨は笑みから威圧感を消した。


「まあ良いけどね♪ 笑顔があればそれで良し、だよ♪」

「……そうか」


 笑顔を見せる愛梨の言葉に、将志は頷いた。


「それはそうと、何で皿ごと渡さなかったんですの?」


 六花の言葉に将志とアグナは食事を中断した。

 そして、六花のほうを見て、チャーハンの入った皿を見て、お互いの顔を見合わせた。


「「……あ」」







「ふぃ~……食った食ったぁ! ごっつぁんです! めちゃくちゃうまかったぜ!!」

「……そうか」


 アグナが満足そうに笑みを浮かべてそう言うと、将志は一つ頷いてそれに答えた。

 食事が終わると、将志は空になった食器を片付け始めた。

 将志が片付けている最中、アグナが寄ってきた。


「おう、兄ちゃん! そういや兄ちゃんはこんなところに何しに来たんだ?」

「……チャーハンを作りにきただけだ」


 威勢よく声をかけるアグナに、将志は淡々と事実を告げる。

 すると、アグナは大げさなまでに驚いた。


「おおう!? あれを作るためだけにこんなところまで来たのかよ!? そりゃまた何でだ!?」

「……手持ちの道具では火力が足りん。あれを作るには強い火が必要だった」

「なるほどねえ……」


 アグナはそういうと、何か考えるような仕草をした。

 少しすると、アグナはポンッと手をたたいた。


「そうだ! 兄ちゃん達、俺も一緒に連れてっちゃくれねえか!? 強い火が必要なら、俺は役に立つぜ! もちろん、加減した火だって出せるがな!!」

「……願っても無い話だが、良いのか?」

「良いってことよ! ここは住み心地はいいが、飯がねえし、あってもまずい。だったら、兄ちゃん達についてってうまい飯にありついたほうがずっと良いってもんよ!!」


 アグナが威勢よくそう言い終わると、将志は愛梨と六花の顔を見た。


「……愛梨、六花……」

「私には反対する理由はありませんわ。賛成する理由ならありますけど」


 澄ました笑顔で六花は賛成票を入れる。


「キャハハ☆ これでおいしいご飯が毎日食べられるんだから僕としては万々歳だよ♪ 笑顔もかわいいし、ぜひとも連れて行きたいね♪」


 愛梨は太陽のような笑みを浮かべてOKサインを出した。

 その二つのサインを見た将志は笑みを浮かべて、


「……そういう訳だ。これから宜しく頼む」


 といってアグナの頭を撫でた。


「よっしゃあ! うおおおおお、燃えてきたあああああああ!!!」


 アグナが眼に炎を宿らせて熱くそう叫ぶと、再び火山の火口に巨大な火柱が立った。




 ……その中央付近に、煤がついた銀の槍があるような気がするが気にしてはいけない。

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